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山伏尾根と山伏ドーム ドーム直下にはテントが張れるようだ
25年前、もう記憶には強いイメージしか残っていないが
この山伏ドームを反対側の水晶尾根のピナクルⅢから眺めていた。


今日の天気は曇りで昼頃から雨降り予報。その中で「山伏ドーム」が拝めたのは満足だ。
悔いは「湯沢の頭」で雨に降られ、写真を撮れずに通過したこと。あと30分早ければ撮れていたなぁ。
コレがこの季節、このコースのポイント・・・雨が降る前に「湯沢の頭」を通過する。
靴ズレに痙攣した足を引きずってきた割には 幸運だったと思わなきゃバチが当たる。

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栄太郎新道から右手、楢山ゾネに立つ「覚道の頭」(カクドウノアタマ)
オトメユリ 白い花はキバナウツギ 他に ドウダンツツジ ウラジロヨウラク キバナニガナ 
シロバナニガナ タニウツギ ハクサンシャクナゲ アリドウシ トキソウ ニシキゴロモ ゴゼンタチバナ

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栄太郎新道の頂点「高頭」(コウツムリ) 
ここから本谷に向かって落ちる尾根が「中央稜」です
栄太郎新道から最初に目指す稜線=高頭は右肩から目指します


数年前のこと、、、「南会津山の会」の会報誌68号(昭和62年9月発行)を読んでいたら
こんな記事が載っていた。


「1985年9月14日、偶然に栄太郎さんのキリツケに遭遇」
キリツケにはこう書いてあった
「登山道切開キ記念 昭和三十四年七月中 熊倉栄太郎五十九才」


59歳・・・って、、、還暦前の一仕事でしたか? 開いた口が塞がらない。
栄太郎さんは最終集落「蝉ヶ平」の生まれ。還暦前にあの急峻な登山道を拓いたのは 何のため?
どんな使命感があったのだろうか? …今でも それを思うと 不思議な思いになる。

昭和32年(1957年)はようやく新潟の雄、峡彩山岳会が飯豊の沢登りを開始したころ、、、?
新生間もない新潟山岳会も 御神楽の沢や冬尾根を登り始めたのは昭和40年ごろ・・・だから 
熊倉栄太郎さんの御神楽登山道開拓はそれらより5~10年ほど以前に始まっていた。
逆に言えば、新潟にジャルピニズムが浸透しだす前に、「登山道」を開削したことになる。
どこから こんな「ヒント?」をもらったんだろう? 御神楽七不思議だ。

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湯沢本谷の大伽藍

左の尾根が「山伏尾根」(ヤマブシオネ)です 
山伏尾根上の2つの岩塔、小さいほうが「ピナクルⅢ」 大きな岩塔が「山伏ドーム」
正面真ん中のピークが「湯沢の頭」(ユザワノアタマ)湯沢本谷スラブ群の要です 
湯沢の頭に向かって三本の光るスラブが見える 左から本谷スラブ 中央スラブ ダイレクトスラブ
湯沢の頭の左下が「山伏の頭」(ヤマブシノアタマ)ここで「水晶尾根」が分岐する
写真最右翼のピークは「正面陵」の頭でその左が正面ルンゼ 
25年前 この辺りを湯沢本谷(ユザワホンダニ)の奥壁群と呼んでいた。

25年前に戻り 誰にも邪魔されず眺めていました。。。懐かしいです。。。


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広谷川の左岸沿いに断崖を巻き込むように道は付いている



今日は山クラブKAMUROのグループ登山。
栄太郎新道は水晶尾根の岩登りで、御神楽岳に15年ぶり、8回目の登山だ。
過去に2回ほどこのコースを下っていた。怖さは充分知っているw
この栄太郎新道を登りで使うのは25年ぶりで それでも2回目と少ない。

今回は靴ズレを両足共に起こしてしまい、
そのカバーでぎこちない動きになり 足に負担がかかったのか?
両足に痙攣を起こすというハプニングに見舞われてしまった。

「高頭」(コウツムリ)で靴を脱いで 靴ズレをテーピングで応急手当をしようとしたら
 偶然、高頭にいた新潟三条の男性に処置のお手伝いをして頂くことになった。

新潟の三条と云えば… 福島側本名村の隠里に「三条集落」がその昔あった。 
越後に砦を築いていた豪族で「三條掃部頭兼任」(サンジョウカモンノカミカネトウ)という人がいて
その流れをくむ者たちが落ち延びて三条に住むこととなった。
家筋の大元は新潟の三条市の出だ。そこへ今日、偶然に三条市出身の男性が現れた、、、 
これは? 何かの縁かもしれないw

靴ズレと痙攣のダブルパンチで まるで修行僧のように苦しんだが耐えぬいた。
歩いても攣る 休んでも攣る 冷えればもっと攣る
遅れはしたが自力下山できたのはもっけの幸い。皆さんもキツカッタんじゃないだろうか?

インドメタシンの塗り薬と 痙攣止めの漢方薬とサロンパスを戴き
良いペースで 降りのよい雨中に下山となった(´艸`) 



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湯沢の出合い、地元では「スモ平」(スモヒラ)と呼ぶ。
ここは沢ヤの天場になっていて 4人用テント1張りが張れる 水は湯沢から汲める

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その上の 鎖のない岩場を三点支持で一人ずつ通過する。そのご休憩だから時間がかかる。
この頃から 靴ズレがひどくなってきて 昨日処置したテーピングも剥がれてきたみたいだ。
踵の皮がベロっと剥けたか?ヒリヒリ肉に当たって痛い(T_T) あと4時間はかかるのに?

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50m後方からの撮影。ルートが松の尾根から先が見えない。不明になった感じw
登ってみたら、大岩壁の基部を左から回り込むようになって岩の上部にたつ… 巧いコース設定だ。
向かって左側は「前の沢」 右は「覚道沢」

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リーダーの指示で「またずり岩」を一段下がって難なく通過
ここからは 斜面も急になり靴ズレがさらに酷く 一歩進むたびに傷口が開くようで痛む
まともに景色を楽しめずに 「高頭」まで痛みに耐えた。

ところどころの岩に穴がポコポコ空いており 小さな水晶が光っている。採取できなかった。
昔、「水晶尾根」登攀時に2cmほどの水晶をハンマーで採集したことがあったっけ。

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「高頭」~「湯沢の頭」稜線では 2つほど悪場が待っている。
ココは”V字バランス” いやいやw 一段降りて稜に手を添えながら進む。
左右ともスッパスパの断崖絶壁。落ちたら死ぬ。岩はボロボロ、手でモロっと剥がれるほどw
三点支持でゆっくり確実にホールド&スタンスをなぞる フリクションは充分ある。


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おそらく ここは「正面陵」のピークになるのだと思っているが、、、クライムダウン箇所。
ココを過ぎれば まもなく「湯沢の頭」(ユザワノアタマ)だ。 gas gas! 何にも見えない。

湯沢の頭を越えれば「小岩塔」が一つあるだけ バランス保持以外は危険個所はない
「殺生窪」(セッショウクボ)の最低鞍部から いよいよズルズルの急登になり 
大蕎麦谷側に道がつけられたり 岩場を登ったり ロープがあったりするが 雨乞峰までの登り
湯沢出会いを8時に発って 予定の1時間半遅れで湯沢の頭を雨中通過 雨乞峰までさらに30分遅れて
皆を待たせたが急いでも仕方ない。速いのはリーダーだけだろうし、遅れたついでに慌てないことだ
これで「積年の個人的思い・目的」は達成された、南無…。


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ニシキゴロモ

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トキソウ


湯沢の頭で 雨に降られ大事なカメラを仕舞い込んだので 画像はない 
景色がガスで遮断されているので 妙に記憶に残りやすい で、頭に入れた
汗で躰が冷え、休むとまた痙攣しそうになる 動いてる方が楽チン
申し訳ないが リーダーに許可をもらい雨乞峰で本隊と別れ、2名先行して下りた
体が温まると筋肉痛も収まってきた 正解だった

後ろから追いついてきたリーダーから 行動食の餡パン差し入れがあった。半分だけ食べた。
いちおうチョクチョク行動食を摂り続けていたのだが さすがに空腹は治まらない。
下山口の所まであと30分というところで 胡桃砂糖も貰い 残りのパンを食べ落ち着いた。
リーダーには細々と気配りしてもらい 世話になりっぱなしだった。ありがたい。






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# by tabilogue2 | 2017-06-26 14:46 | 会津・越後 | Comments(0)