霧来川・三条は平家の落人集落ではない①

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只見川支流 滝谷川



御神楽岳の福島会津側の登山口 三条集落、さらに新潟側の登山口、広谷川・蝉ヶ平とい
う集落。どちらも「平家の落人」と言われてきたが、、、

いや検証もせずに・・・

「ネットで言われてるから」「皆が言ってるから」「昔から言われていたから・・・」
などと 如何にも客観性・信憑性を持たせて?どんどんと無責任な噂話が広まることに
ネット社会のいやらしい一面を感ずる。

噂が独り歩きし、「たかが噂如き」が?さも真実であるかのように?社会的地位を纏い 
もっともらしく裾野に広まってゆく無責任さに怒りを覚えるしネットの恐しさを感じる。
山の話になるのだったら 最初から 疑問は疑問として書かないこと!
仮に書くのであれば 検証を加えずにブログを更新することが主目的になる時には 
前置詞として、歴史に対する尊厳さを認め その意志を示して書きはじめるべきである。


庶民である我々は無学な故に易々と信じてしまいがちなので、「真実の口伝」を会津側の
御神楽岳登山口である霧来川・三条集落に、謂れを説いた書物や三条集落の住人に代々伝
わってきた口伝を拾って それを基に検証しようと思った次第。「金山史談」をもとに面
倒ながらも口伝を敢えて書き写して、今現時点における三条集落の起源に触れたいと思う。


三条集落が平家の落人だったといわれてきた・・・が それは本当なのだろうか? 


かくいう私も かつて霧来川に遊んで、前ヶ岳南壁やら御神楽岳の沢・岩に遊んできたわけ
だが ずうっと平家の落人集落だと思っており疑問すら抱かなかった。 最近、時間が余っ
て会津金山町の古文書研究グループ「金山史談会」の出版本を眺めているうちに 「秋田マ
タギの山言葉と里言葉」についての記載が目に留まった。

マタギは狩猟に入ると集団を組んで生活するのだが、その集団ではわざわざ「山言葉」を使
って日常の「里言葉」を忌避する習わしがあったようだ。里言葉を狩猟時に使えば 猟の出
来高に影響が出るとのことなので 吉凶を占う意味で使い分けされたという。木地師も 山
師も 山に入る時の呪術や忌み語に共通の習わしがあると うっすらと聞き及んでいた。そ
れは秋田も会津も小国も同じであった。


首巻きーとねまき  着物ー身ぐるみ  ズボンーふんごみ  かんじきーつまがけ  
川の上流ーいり  川の下流ーでと  くまーなびれ  飯椀ーおおかせ  飯鍋ーおおくま  
汁椀ーこかせ  血ーなじ  獲物を捕ったーさじのった  鉈ーこたたき  小刀ーえむし  
動物の足跡ーはみ  食事するーはむ  戻るーさしかえす  火を焚けーさしぶをたてろ  
出かけるーさしむかう  天気が変わるーなぞら変わる  なだれーひめころぶ


さて、三条集落の成立期は近世の中期だろうともいわれ 山野跋渉していた「マタギ」が里
に定着したのであろうともいわれている。

「世間では三条は平家の落人の隠れ家だなどと勝手な推測をしているようですが、決してそ
うではありません。あるいは平家以外の敗残武者に属しているかもしれませんが、ともあれ
京都とは密接に結びついているのは確かです。」 

こう語るのは 以前に三条集落に住んでいた「栗田新吉」さん。当時、営林署の小屋番をし
ていた。三条の自宅から離れての小屋番住まい。

聞き取りは「広報かねやま」に歴史や民俗を書き記していらした故・加藤文弥先生。 次号
に加藤さんの記述を記していきたいと思う。三条は以前から外来の人たちの興味本位で、未
開な面があって面白いなどと野次馬根性で訪れる人が多かったので つい部落の人は口を閉
ざすようになった、ともいわれ ますます神秘性が高まっていたわけでしたが 事実は「そ
うではない」ということらしい。 


次は 平家の落ち武者か?について、「金山史談会」の出版本を詳しく調べていきたいと思う。

「金山史談」六号 ”三條の史的民族学的考察” 加藤文弥 著




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by tabilogue2 | 2015-11-20 12:35 | 会津・越後 | Comments(0)