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霧来川・三条は平家の落人集落ではない②

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滝谷川 小野川集落付近




本題に入る前に、仙台神室の「ダンコ平」が、最近は「だんご平」と濁って呼ばれる。
「ダンコ」より「だんご」のほうが親しみやすい、安易に「だんご」が市民権を得てし
まった。さらに ネットでどんどん間違ったまま 無制限に拡散されていく。
YMCA山岳会でも 歴史や史実に興味のない会員は「だんご」と呼ぶ。私自身も いち
いち面倒なので 相手を選んで諭すように話していた。

ネット伝播が真実味を帯びるようになると「無理が通らば道理ひっこむ」の喩えどおり
になる。民俗学的な「検証」が頭をひっこめてしまう恐れがあるのできちんと解説しよう。

秋保・馬場の古老に聞き取り調査を行なった際、「ダンコ馬」の言葉を採集したとある。
荷駄を「駄んこ」、それを運ぶ馬を「駄んこ馬」といっていたようで、仙山の峠となる
平らかな地に荷駄を一旦集めて、荷繋ぎ中継所のようにしていた(駄んこ平)というのが
「民俗学的考察」であろうか。「荷駄を駄んこと呼び、駄馬を駄んこ馬と呼んでいたこと
に依る」と口語検証が深野稔生氏によってなされている。(「神室岳」・深野稔生著)
駄んこの「んこ」は犬っこ、どじょっこ、女ごこ、野郎こ、どろんこ 語尾につけられた
愛称。いずれ「駄んこ平」が「だんご平」と変化するのは 口語伝播の陥りやすい「罠」
である。

歴史に興味を持ち、地名と歴史との相関関係を紐解いてみようという気持ちがなければ、
否、山を単に「スポーツの対象」として観ているようでは、「だんご」は「だんご」のま
まで終わる、けして「駄んこ」にはならないものだ。世の不思議さに何故?どうして?と
振り返り見る観点を持たないと、何事も深く捉えることはできない。

会津金山では ちなみに塩は十貫目俵を半分(20kg)にして大山越をしたとされる。
また 一駄は・・・牛馬の背中に「俵を2つ」着けることをいう。
数え方は 一駄、二駄、三駄・・・となる。



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ところで・・・ 三条は全12戸 全て「栗田」姓だった ということをご存知だろうか? 
何故? みな、栗田姓になったのだろうか?

これを紐解くうちに、彼らの素性が解ってゆくのだが・・・暫く三条の口伝を記述しよう。



「先生、今日は私らの今までの三条の歴史を話しすっから 聞いてってくんちぇ」と栗田
新吉さんが話を続ける・・・

「しかし どんなわけがあったのかわかりませんが・・・追われる身であったため 外部
とは一切交渉を断ち隠遁生活、自給自足を送っていたのです。ところが霧来沢の川下にお
椀が流れているのを本名の名主がみつけ、これは川上に人が住んでいるに違いないと考え、
村人を大勢連れ山越えして捜しに来たのでつい見つかってしまった」

「じつは 私たちの先祖は何百年か前、越後から移ってきたようです。それも室谷から津
川方向へ抜けようとする林道あたりを通ってこの地に落ち着いたのです。でも見つかった
以上、事情を話し内密にしてもらう外ありません。さらに今後は名主の手下となり 忠勤
を励むよう誓約しました」

「名主はいたって義侠心の強い人で「よし、わかった。これからは本家・分家の関係にあ
ることとして 匿ってやろう」となり、何の血のつながりもないのに名主の栗田家を本家
と仰ぎ 長い間、主従関係にありました」

「明治になり農民にも苗字が使用されることになり 村中の全12戸、皆一様に゛栗田゛の
姓を名乗ったのです。正月二日には毎年決まってコウゾの細い幹で作った箸一把を添えて
栗田本家に村中揃って年始に行きました」これに対して「栗田本家では正月十一日前後に
お茶をもって答礼のため来村し、一戸一戸廻って帰られました。これは太平洋戦争が終わ
るまで続きました」

「三条は全てが自給自足、江戸時代さながらの生活でしたから 和紙も漉いておりました。
ただし若干色がついた小片があちこちについた特有の紙でしたが。このコウゾは焼畑に植
え付けておりましたので、毎年新芽が出て太さも丁度よかったのです。」

「こうして 一人一人がこの手製の箸50膳(100本)ずつを 手土産として持って行
ったのですが、この意味は、、、 ”お陰さまで 毎日箸をとっております。何とか一年無
事に暮らし過ごすことができました” という隠語でした。」

「当時は高価な貴重品だったお茶を少しずつ包みに入れて土産に渡したと栗田本家では話し
ています。それにしても 大雪の年など三条への往来は容易ではなかったろうにと想像され
ます。」

新吉さんの話は いよいよ佳境に入っていきます。。。





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by tabilogue2 | 2015-11-20 16:31 | 会津・越後 | Comments(0)