「自分の山」は何処へいった?


山に登るのは誰でも出来るけど 深く山を味わい知るのはその中の一部の人でしかない。
その味わいを知るには・・・どんな山にも一泊でもしないと 本当の山を知るチャンスには遭遇できないだろう。
基本、例えば「山に泊まって朝夕に食べる」ということに長けていないと その上を望むことは不可能になる。

生活技術の一つである山料理に長けていないと縦走などの一連の登山は成立たない。つまりは 真の山を味わえない。
為さずにいると、それこそ「具なし」カップ麺や 「具なし」レトルトカレーに頼った登山になる。
先を急ぐ心を抑え、じっくりジカンをかけ 山料理の腕を上げないと 山の深み、山の楽しさ、紀行としての山は味わえない。

山小屋での焼肉は迷惑なものだが、小屋の隅でカップ麺をすすって寝袋にくるまるというのは よほどに格好が悪い。
「継続登山」という課題に食事面で取り組む、宿泊前提での登山。
山に泊まる(生活する)のに技術がいるの?という素直な疑問が(いずれ体験を積むことで)納得に変わるはず。

同行の初心者には手始めに 小屋泊まりの「朝夕2食のレシピ」を考えさせることから始める。
「フリーズドライ」をもとに加工するとどうなるか?
また朝の食事に工夫を凝らし、「煮炊きの水」を要さず、「時間」もかけずに摂り込める食事・・・という課題を設定した。 
「ぱぱっと料理」ができて 「ガス」もあまり喰わず 「ゴミ」も出さないことが前提でレシピを考える。
前日、料理の具材を一緒に購入しながら 料理の完成イメージを伝えただけだったが・・・はたして?

今回の初体験メニュー計画は・・・
夕食・・・アマノフーズ 香る野菜カレー + 副菜 
朝食・・・アマノフーズ 香るグリーンカレー +副菜 + 味噌汁

・・・であったが、
初食当の判断で・・・下記となる。

夕食・・・主菜 アマノ 香る野菜カレー 
     副菜 野菜炒め ピリカラ燻製牡蠣 福神漬 みかん
     具材 玉ネギ ピーマン ナス ミニトマト バジルソーセージ 牡蠣燻製 福神漬
     汁物 乾燥ホウレン草とブイヨンでスープ
朝食・・・主菜 お粥 余ったオニギリと梅干しと福神漬と塩で味付け
     副菜 三分茹で上がりのパスタ トマト風味で味付け 福神漬 みかん 
     具材 玉ネギ ピーマン ナス ミニトマト スパイシーソーセージ  
     汁物 玉ネギ スパイシーソーセージで出汁をとったコンソメスープ
オイル  オリーブオイル(使いきりパッケージ)

食器・・・コッヘル(大) カレーを作るのに使用
     コッヘル(中) お湯を沸かすのに使用
     コッヘル(小) カレーご飯の盛りつけに使用 
     フライパン   スパゲティを茹でる 野菜を炒める際に使用
鼠対策・・・食材とゴミは小屋内のロープで吊るしネズミ被害の予防とした
水場・・・ネットで事前に情報を得ていたので特に問題はなかったが、水場の案内が小屋のどこにも掲示されていなかった
その他・・・常夜灯にロウソク(燃焼4時間)を2個使用、携帯ラジオを使用、発電型LEDを使用

総じて 初心者としては 美味しくできあがったと思う。
時間も短時間だし ゴミも出なかったし 無駄に水を使わないし 味も良かったし 食欲をそそる味付けに合格点を差し上げた。




以前に書いた記事 「最近の山事情*」を読み直した。

2年前は「山ガール」が流行し 今や「山ボーイ」なるものが流行だそうな。
SNSの世界に浸った若者が 「山小屋の冷蔵庫でサムアップしながら寝そべってる写真」を ブログに掲載しないとも限らないw 
現実、ますます危険な?登山者が増えたと感じる。積雪期のGW、穂高にスニーカーで登る奇人も出たほど・・・。
100とか、200とか、300とかの名山を追い求め、たった数日の時間を宛がい、
車で移動し車内で寝泊まりしながら数山まとめて目的を達せんとする中高年も同類に思えてくる。

それに 最近は「B層の論理」的な人や、登り始めたばかりの高齢者のブログ発信が増えた。
気をつけなければならないことに、「素人発信」が増えるほど 
例えば標識を備えない山を管轄下におく役所側の立場はどんどん悪くなる。
「B層の論理」が過ぎた結果だ。

「俺は悪くない!悪いのは標識を立てない役所の方だ」「危険な山に登る初心者を制止しない役所が悪い」となる。
自己責任の登山を役所や警察の責任にすり替えてしまう。 

「B層の論理」もいい加減にしないと。
地球という自然、理屈で語って挑めるほどの相手じゃないことは知っておくべきだ。


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山への畏敬の念を養わず、怖れもせず、夏季に単独で名山を追いかけたとして実力は早々には付かない。

体力はつくだろうが(?)生活技術、観天望気、危険回避、自己脱出、
山への畏敬など精神も含めての「総合力」は付かないということだ。

他人様のブログに記してある通りにコースを選び、コースタイムの載った昭文社の地図しか読めない実力の程度で、
木道完備の尾瀬やホテル並みの山小屋が揃った北アルプスや登山者の列が山頂まで続く富士山など、
人の流れに乗って標識の指し示す道を歩いたとしても「登山の凄みや醍醐味」は味わえない、実力などつくものではない。
せいぜい「グループ登山」ができる程度、「夏場のソロ山行」ができる程度の「体力登山」が関の山だ。

それなのに「北アで実力がついた」と自分で勝手に勘違いするから 
山の難易度を勝手に高めて 上級者向けの山岳(便宜上のクラス設定だが)に独善的に挑むようにもなる。
それがクリアできたら自分は上級者だとすっかり勘違いする。
ブログにもラッキーな「結果オーライ登山」が見受けられるし、他人の成功体験をブログで読んだだけで、
「よ~し俺も!」と勇み立つのは考えものだ。
それらの「認識違い」の結果、受難者がまた増えることになる。



今や発想に豊かさが消え、その代わり「ヤマレコ」「トポ」など他人の記した「トレース」をこよなく愛す中高年が闊歩する時代。基準は「標準タイム」より早く歩くこと。他人のトレースを追うだけの登山、オリジナルな山の楽しみ方なぞ どこ吹く風 ?? 「トレース文化」を愛し、ブログでそのインフルーエンスを極める、、、一体 君らの 「自分の山」はどこへ行ってしまったのか? 



「独り善がり」は総てが勘違いの元なのだ。それを正しいと思い違いしているのは他の何方でもない、「好天ヤホー+宴会大好き」な貴方だ。 
難題だけど「組織に入ることがイヤ」「ガイドもイヤ」というなら覚悟して入山しないといけない。
そもそも「ソロ」というのは「登山技術、生活技術、登攀技術を併せ持ち、謙虚に構えて入山する人」という意味に理解すべきだ。
誰もいない深い山で 一人朴念と数日暮らすこともせずに、実力など養われないし計れるものではない。
束縛されたくない?・・・組織に入ることを嫌い、団体行動がイヤ 身勝手な理由で単身登山するのとはわけが違う。

自分の山を持つ、持ちたい 山を知りたい そんな時は・・・謙虚に地元山岳会の門を叩くことを勧める。

山岳会では幾つかの個人山行計画が提出されているので 自分の経験や力量を伝え 見合った山行を選べばよい。
思想信条が問われるわけでもないし所得制限があるわけでもない。生活技術は公平に教えて貰えるし事故回避術も同様だ。
本格的な雪山シーズン前に冬山のセオリーを覚え込めば 「何故そのセオリーがあるのか」その理由を一つ一つ実践で知ることになる。
セオリーを理解すれば我が身大事に思えてくるし 身勝手な登山を慎むようにもなるはずだ。 
山岳会のそれは蘊蓄などではなく、生存技術そのものなのだから。


昔は 「三人寄れば山岳会」と揶揄されながらも 経験が人から人へ伝わる手段、
いわゆる「空間」(インシュレーション・中間の機能)が存在した。

だけど今は違う。

若者の登山ブームも老齢者の独善的「トレース登山」ブームも、どちらも危険回避を経験として積む「集い」「時間」「伝承」などの手段(空間)がない。PCを開けば手軽に教えてくれるが、だがネットでは「知識」しか手に入れることができない。知ってはいるけど実践では試せないし活かせもできない、そもそもそれらネットで拾い集めた知識をあてがう「現実」や知識を活かす「状況」との「ヒモつけ」が理解されていない。さらに無目的な中高年登山者は深田百名山のような「価値基準」「既成の目的」、他人の「行為の結果」に寄ってすがろうとする。


自分という主体もなく、他人の結果に身を任せるという心配(事故の元)は今後も増える一方のようだ。
それでいて 自分は登山界のセオリーから逸脱しているだろうか?と半信半疑になる。
山岳会に入れば その道のプロたちが過ちを諭すように教えてくれ・・・、前述の「ヒモつけ」が実践で理解できるようになるのに。
何故 自信過剰な自分?(独善的な、傲慢な自分)に留まるのだろう。 山岳会のドアを叩けば 全てが正回転で廻り始めるのに・・・。。。


長年山をかじってきた私には「他人の結果に身を任せる」「独善的な自分」などの考え方がどうにも分からない。
過信するほどの体力もないけど 好きな山が2つ、3つ程よくあって 季節を変えルートを変えつつ年中登れたらそれでいいじゃないか
とピークハント欲の無い者として考えるのだが もし貴殿が「それ以上」を望むなら 今現在の「独善」を捨て去らないといけない・・・。
いかがなものだろう? 今の独善的状況から一歩踏み出すことによって もっと高度な組織的登山が可能になる。
その新たな世界を体験したい 高みに上がりたい 垣間見たい、、、とは思わないのだろうか?。。。

一昨年に書いた「*文章」だが、じっくりと正月にでも読んでもらえたら・・・ 素直にうれしい。


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朝日連峰小桧原-大桧原川遡行を終え、大桧原林道を歩く・・・












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Commented by HITOIKI at 2015-12-30 23:26 x
もときちさん、こんばんは。
今年一年、ブログだけの交流でしたが、大変お世話になりました。ありがとうございます。年末になり慌ただしい年の瀬になってしまいましたが、山への思いを忘れずにやってこれたことが慰みでした。ただ山に登るにしても老若男女、様々な想いやら、追従やらがあって、人それぞれの自分探しがあるようです。気力、体力が続くかぎり、新たな反復を目標にして来年も行きたいと念じております。よろしくお願い申し上げます。
Commented by tabilogue2 at 2015-12-31 12:49
> HITOIKIさん
雪降る季節に、籠って内省する時間を作らないと・・・雪国の民にとって「いい山」を思考することができないと思います。暮れから正月にかけてたっぷり時間を作ってそれに宛がわないことには「自分の山」は始まりません。
表現を羅列する内向の文学はあまり好きじゃないのですが それに似た時間を作って自分を見つめることも大事と思います。春も夏も秋も世間のブロガーと同じことをやっていたんでは身が持たないし 知恵がないと思えますね。そのために東北の冬があるんだとも思えます。
来年もよろしくお願いします。
Commented by andanteeno at 2016-01-01 12:41
自然に対しては決して無理をせず、謙虚な気持ちで向き合い、
何よりもその懐で自然と戯れたい・・それが自分の山遊びの動機ですが、
やはり経験的には未熟は未熟・・
地元の最良な登山グループを検討中です (^^)
Commented by tabilogue2 at 2016-01-02 21:48
> andanteenoさん
旧年中は お酒の話と会津学で楽しくコメントさせていただきました。

既成の組織に入るということは、我儘のならぬ部分はありますけど、、、それ以上に得るものが多いと確信します。自己流・我流で進むよりも 短時間で確実な技術が習得できるはずです。

できれば 泊まり山行計画の多いところ、遭難対策訓練が春秋二回ほど計画が組まれ、基礎的なロープワークの習える山岳会に入られることを期待します。沢登りをする山岳会がいいですよ。
by tabilogue2 | 2015-12-29 15:00 | mount | Comments(4)