山岳会 会員であること・・・

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チョットした事情で・・・、過去記事を旧サイトから引っ張り出しました。当時者なら このコラムをお読みいただければ私の云いたいこともお解りいただけるかと。

ワカンのテープが切れないように、よくよく噛み具合いを見ながらアイゼンに重ねて装着するのは基本のキです。途中でワカンのベルトやアイゼンのテープが切れたらどうなるか?考えなくとも解るからです。人に迷惑を掛けぬよう妥協せず取りつけます。でも、点検も自分でするとなると・・・意外や!、横着極まりないのが人間。まして一般の単独行となれば、点検せずとも「後でやりゃいい」という本音が潜むのではないでしょうか? おまけに単独行だから休憩も採らずに山頂まで一直線、アイゼンの緩みに気づいても、締めなおすのは後回し、自分は大丈夫だっ!って、、、傲慢ですよね。悪いことだらけですが否定もできないでしょう。そういった人間の性格や見識を平準化して、山岳会はケアレスミスを無くそうとします。そこに組織のありがたみ、会員としてのメリットがあるわけなんですが・・・。

今回は無事に下山できました。登る途中でワカンのベルトが切れ、下る途中で気づいていたアイゼンの紐の緩み、あげく脱げて紛失・・・一日に2度も「命のやり取り」をしておきながら やり過ごしたんですから、、、傲慢ですよね。どこからそんな自信が出てくるのか・・・。一般登山者だから許される? 山岳会の名前が新聞に載らないから遭難しても恥をかかすことはない、迷惑かけることもない? どこのどなたがそんなことを考えつくのでしょう? 世間体、見栄などの裏返しですか? 

仮にそれで 谷に滑落して戻れなかった際には、計画書は誰が管理しているのかも含め、一体どうなると考えたんでしょう? 山岳遭難の捜索費用200万程(50名体制×@20000×2日間)、民間ヘリを一度飛ばせば100万ほど・・・ これって危険との背中合わせ、綱渡りでしょう? 安全に向けての想定問答みたいなものですが、仮にこのケースでは 山岳会員であれば危険回避・忌避行動をとるように促されています。山行途中で下山命令が出るか? 即、山行中止です。一般登山者は どうにも危険回避の回路が違うらしい・・・。

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貴ブログでは先駆者に助言を求めておられるけれど・・・、実際におやりになってることが「傲慢」で「低レベル」です。元遭難対策本部長から悲惨な事故例を聴いている?、某山岳会の副会長を存じ上げてる? だからそれが何です? 威を借りて自己弁護をしても、先人に頭を下げて教えを乞うことができない もしくは 自尊心を捨てきれないようでは 他人からの助言なんて無意味です。実際、表では先駆者からアドバイスを求めていながら 裏では重大ミスをする・・・単に、自分は間違っていないと?その正当性に同意して貰いたいとでも??? どういう了見、魂胆なんでしょう?「アドバイスをうける」ことの意義を教えてください。理解できません。 

会は会員に対して会則というルールを作って組織を守っています。逆に言うと(会員によって守られた)組織が会員一人一人を守っているわけです。なので フェイルセーフやセルフレスキューの観点からも危機回避のアラームが鳴り、脳内の安全スイッチはかなり強く機能するよう厳命されております。だからこそ 山岳会県連として遭対訓練を毎年繰り返し実践しているわけです(訓練の日は個人山行禁止です)。命を守るための専門的な実践訓練です。

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山岳会としての遭難事故の例ですが・・・ 
海外遠征隊が5000mを越えようとする朝を迎えたとします。パーティ員相互に今朝の自己診断を問診チェックリストに則って報告し 相互に体調を点検します。一寸でも頭が重い、おかしい?と思えたらテントキーパーか、行動を中断しベースを一段下げるか?リーダーが決断をします。遠征隊というのは高度障害や遭難の危機と隣り合わせなので「あいまい」だったり、「独善的な個の登頂意欲」などは基本的に排除されて然るべきです。疲れ 食欲 精神状態など「真実のやりとり」が毎朝交わされます。

18年前に当会でも高山病(脳浮腫)で会員を失いました。特に高度障害は突然来るものではなく、数日前にベースキャンプ入りした時点で既に高度順応に馴れずに、平地とは違う「異常」がシグナル出力されていたはず。それを見抜けなかったのは、リーダーに「経験」という力量が不足したからで、そのことだけでも遭難が発生してしまう。 遠征先はアラブゲリラの戦闘渦中である中央アジア・・・、これには最後まで苦しめられました。慣れぬロシア語(ペルシャ語も)の前にあまりにも無残。
この山行計画の直前、いろいろ点検していく中で問題点が浮き彫りになり そもそも何故中央アジアなのか?についての根拠が薄く、単に旅行代理店のプランに乗っかった形で山が用意されていたわけで、会内部からも実力不足が指摘され、会としての支援を取り下げられ、ついに個人山行になってしまった経過がありました。それでも計画を敢行させたわけですが 遭難と遺体回収の2つの大問題が残されてしまいました。

この当会のケースも リーダーに「傲慢さ」があり、事故を起こす人間の共通項である「不遜」な態度、自分の腕を過信する、実力を背伸びして捉える傾向にあり、旧い言葉で言えば、当時の彼は”青二才”そのものでした。事故報告書にも「反省めいたもの」が記してあるけれど、いずれにせよそれに気づいた時は事故後であり、虚しさの中です。山岳会員でも先鋭的であれば事故例は増える。やるべきことを順序立てても事故は起きる、登りたいという思いだけでは遭難を避けることはできないなど 事例でお話ししました。

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また、別途党派性の問題を論じられておられるようですが 畏怖の念からか、自尊心が邪魔をしているからか?、山岳会に対して遠慮気味でおられるようですが・・・?、基本的に会員が党派性を背負うという「大上段に構えた考え方」では決してありません。会員に会則を守る義務を持たせ、その一方、組織の力で未知の山に挑むチャンスを会員に公平に与えている、と一般的に考え捉えてください。むしろ党派性やパーティシップは 本人が望まずともゆっくり後から身に着いてくる、そういうものです。

これらが 目的を持って集まった集団・山岳会会員と 好きな山を求めて登るだけの一般登山者との大きな違い、それと権利と義務です。入会すれば 素人の世界では全く「想いもよらなかった別世界」が四季を通じて味わえるようになります。毎年 毎月 毎回 鬱陶しい?ブログを書いて過ごしても・・・9年目ともなれば、素人レベルで成長を得るものは少ないと思いますし、先ず人生という時間がこれまた勿体ない。

上を目指すには組織系統だった訓練を受け、技術を上げることが必要になってきます。 最近は山の専門家と一般登山者の区別もつかなくなった などと馬鹿げた屁理屈を垂れていないで(笑)、トラッドな地方山岳会の門戸を叩いてみてください、自尊心を捨て、扉を開けてみてください。冬山はその白さを厳然と示すだろうし、夏山縦走も山脈を幾重に重ね、素人には味わえぬ世界がその日その時から待っているはずです。

8年も山に通い続けていたら、「素人の単独行」の無知による怖さ、限界点は否が応でも理解しているはず。そのうえで 今まで通り、一般登山者としての悩みをブログにつらつら書き綴っていたほうが身の丈に合っているとお思いならば そうなさってください。「命のやり取り」をも含む未体験ゾーンに一歩でも足を踏み込みたいなら 真面目に山岳会の門戸を叩いてみてください。どちらも貴殿のご意志です。

ここで述べたことが 最後のアドバイスになります。



山岳会会員であること

◆「組織の壁」、一見 邪魔くさい壁ではあるが・・・

じつは この壁が組織を護ってくれているということにお気づきだろうか? ココが山岳会、組織の人間にとって特に重要な問題なのである。楽しいネットは命や組織を護ってくれるのか?と言い換えてもよいほどの問題でもある。

山岳会はある意味「趣味の蛸壺」。覗けば・・・伝統ある会組織であればあるほど基礎をきちんと学びかつ遭対訓練もキッチリやっているのが窺える。彼らは組織原則を護るという不文律な壁を等しく心に持っている。組織原則を護ることは自らの命を護ることと同じだ。会員が少ないと嘆く弱小山岳会であれば、組織原則の壁をガッチリ組んで会活動を絶やさず個人山行を増やし未組織者を堂々と「勧誘する」この原則的活動・行為が肝要だ。

既に分かっていることは、、、ザイルを結べば結ぶほど パーティを組めば組むほど「党派性」への理解は深まること。反対に未組織者にはそれが何故なのか?理解されることは恐らくないだろうということ。突き詰めればそこが山岳会組織と一般登山者との境界線だということ。

「冒険」と「危険」とは隣り合わせだが、夜を徹して歩くことも、自分の限界に挑むことも、冬山も、谷も滝も・・・、「冒険心」を抜きにして語れはしない。それがあるから 僕らは山岳会の門戸を「意を決して叩いた」のだった。山行の経験を積めば積むほど、安全対応へ技術も上がる。もちろん遭難などしたくない!から 春と秋と遭対訓練もするし登攀技術も雪山技術も高め合う。会の事業活動・事業目的にもそのことは謳われているはず。

一般登山者にそれらを理解して!とは言わないまでも、何のために?命のやり取りまでしてリスクを冒し山に入るのか?って問われれば、、、それは貴殿よりも「比較的に冒険心があるから」、 貴殿よりも「比較的に探求心が強いから」、 そして「より高度な自己実現のため」、 まとめて我らは「山岳会という組織の一員だから」としか言いようがない(笑)

「個人では不可能なことも、仲間がいれば可能になる」 組織の力で自己実現を得る。会社であってもどの組織であっても集団のパワーで困難を乗り切り目的を果たすものだ。山岳会とて同じである。

同じ釜の飯を食って寝食を共にし深山幽谷に入らない限り、日帰り・夏道山行の一般登山者にはとうてい理解されないだろう。未知の面白味があるから沢登りに興じるわけだし、難しい滝がクリアできたらそれだけでも楽しいものだ。夏道しか歩かない者に沢登りや藪漕ぎの楽しさがどうして解りえるだろうか。

山岳会という「目的を持った集団」とそうじゃない一般登山者とでは埋まらない溝、彼我の違いは厳然としてある。もしかすると 理解されることは永遠に無いかもしれない。

ただ、少なくとも僕らが一般登山者に言えることは「毎月の会費は伊達に支払ってるわけじゃないんだよ」「組織の大義(事業)、その目的のために僅かな会費を支払って結束し活動しているんだよ」ということぐらいか(笑) 毎月例会に出て会費を払うというのは山岳会員としての義務であり、組織集中・自覚の証である。目的を持たない未組織登山者とは イロハのイからして違うのである。



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Commented by andanteeno at 2016-03-03 00:42
恐れ入りました m(_ _)m
やはり自分には到底近づけぬ、まさに高嶺の花です。
もときちさんの興味深い山の話や様々な山行録を、
遠くから、憧れを抱きつつ拝見させて頂きます (^^)
Commented by tabilogue2 at 2016-03-03 10:53
> andanteenoさん
まあ、真摯に山に取り組んでいるけど 実際、おやりになってることが まどろっかしい事柄ばかりで、見るにつけ聴くにつけ どうして組織に入って学ぼうとしないのか?などとお節介で傍目に映る時があるんです。

それほど山に対する姿勢が良いし、貪欲だし、組織に入ったとたんに年齢を飛び越えて動き回りそうな人はたくさんいます。ただ、残念なのは 生まれてこれまで 他人の世話になるというのを嫌う自負心が邪魔をして 独立独歩と言えば聞こえはいいんですが・・・謙虚に仲間に入れてもらって 教えてもらって 覚え込んでいくといった初動段階で躓く人もいるんですね。

勇気があれば 門戸を叩けるのに・・・、今年も一人で行動し、同じレベルの悩みにまた今年も悩んでしまう、、、勿体ない時間で 勿体ない人生だと思うんです。山岳会員から手を差し伸べる方法もありますが・・・。

組織ですから 少しばかりコンサバティヴですが そういう固い面もあります。が、皆で登頂する喜びという 本来の登山を追求していく上のことですので 怖れて腰砕けになるようでは私の本意ではありませんよ。
Commented by andanteeno at 2016-03-03 11:51
>>もときちさん
アドバイスありがとうございます。
Commented by tabilogue2 at 2016-03-07 23:52
andanteenoさんのことじゃないんで・・・ご心配なく。ここ重要( ´艸`)

難問や難関をバイパスするだけでは・・・長生きしても よくぞ生きた とは評価されないでしょう? 他人から高評価であっても 自分で自身で評価するなんて・・・できやしない。

「そこ」から逃げてばかりの人生じゃないですか 俺と同じ轍を踏むだけです( ´艸`)

アドバイスをもらう・・・なんて人は言うけど、、、 自尊心の高い人って アドバイスを求めてるんじゃなくて  単に 「同意」を求めているだけ なんでしょうね。

無駄な骨折りをしたかも知れない・・・。 一般登山者にブログ上で解って貰えると思っていたのが間違い。 山岳会というのは 一般的にはもっぱら「禁裏」なんでしょうね。
Commented by HITOIKI at 2017-02-15 20:36 x
ご無沙汰しております。
それからも貴ブログは読ませておりました。もときちさんからのアドバイスは今も生き続けております。山と言わず、自然に対する僕の考えや行動は確かに、もときちさんのアドバイスで今も変わっています。寛容は自己を広げると信じております。
Commented by tabilogue2 at 2017-02-17 14:05
> HITOIKIさん
お元気でしたか? 山ヤから観ていますとどうしてもじれったい(笑) これが本音です ごめんなさい。 自分で言うのも何ですが・・・このところ、一般登山者のネット上での偶像化?が進んで旧来の「山ヤ」の出る幕がなくなりつつあるようです。 もう一般登山者に関わるのを止そうと思っているほどです。寛容ではなく「放置」でしょうか? またコメントください。
by tabilogue2 | 2016-03-02 20:03 | mount | Trackback | Comments(6)