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南面白山から見た小東岳「こあずまだけ」



呼び名だけど・・・小東岳って コアズマダケって読むの? ショウトウダケなの? どっちなの? 
迷っちゃうなぁ。
「大東岳」を音読みでダイトウダケと読めば 必然 「小東岳」も音読みでショウトウダケになっちゃうよね。
でも 正しくは 
訓読みでコアズマダケと読ませてる。ならば「小東峠」もか?というと、こちらは音読みショウトウ峠 
かなり複雑だね。
 
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何故 大東岳はオオアズマダケではなく ダイトウダケと読ませたんだろう? 
由来は時代とともに変化する… 言葉や名称も変化する… これがいつもの答えになるんだろうけど? 
調べてみようか? 

平安時代 坂上田村麻呂の東国(蝦夷)征伐に関連し、歴史的には「オオアズマ」と読むべきものだろうと
押し付けず 婉曲なとらえ方をなされて 「一高山の会」の柴崎先生は説いていたね。
*柴崎徹:仙台神室岳のパイオニアとして宮城の登山史に名を残す、揺るぎない「宮城の岳人」の一人

平安時代 関東以北は東の国アズマノクニ 黄金の国 棲んでる人をアズマビトと読み権勢があったようだ。
アズマビト、蝦夷(えみし)…とは 私たち関東や東北人のご先祖ね。
阿弖流為(アテルイ)の支配は下野(シモツケ)下総(シモウサ)…辺りまでだそうでだからけっこう遠大だよね。
黄金で栄えて、政治も軍武も統率力があったといわれ、大和朝廷への納税を拒否していた、対抗できる実力もあった。

阿弖流為の征服過程、朝廷軍の東進北上に連れ「四阿山」「東岳」「吾妻山」「大東岳」と
アズマ アヅマが点在していった…と考える、、、”ニュアンス”的に柴崎先生は著書で簡略に記しておられます。
音訓重箱読みの「ダイアズマ」とは読まないので オオアズマダケと訓読みしたんだろうなぁ。
深野稔生さんは「東、吾妻は地名学でも難しい分野に属する」に留め、地元野尻での呼び名オビス岳を紹介していた。

多賀城に国府が置かれるまでは 広瀬川を挟んで長町郡山の地に大和朝廷軍が砦を構えていた時代に
西に大きくどっしりとした山容は否が応でも目に入る。「オオアズマダケ」と征夷軍が呼んでも何ら違和感を持たないわけだ。

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左が大東岳 右が南面白山 カモシカ尾根より撮影


上州「四阿山」に似て台形の山で、これを蝦夷国(エミシノクニ)のオオアズマと呼ぶ…これが起源か。
征夷軍の中には戦に破れ「俘囚」となった関東勢が含まれもしたか? 大東岳を見て上州の故郷を懐かしんだのだろう 

眺めれば東側にある山だから…と 西側(山形)の何処から眺めていたんだろう? 山寺から?
などの疑問も付随しがちだけど 
「東」という字には「アズマノクニの征服」「征夷の意図」が隠されており、
なかんずく「黄金の国」の奪取という大きな「狙い=支配」が込められていたのだろう。

それほど大和朝廷は 黄金の国である東の国に利権を馳せていたわけだ。
征夷軍が東進北上する路に「アズマ」「アヅマ」が遺されていく。
アズマ アヅマが増えるたびに黄金に近づいていく。そう考えると凄いスペクタクル映画を思い浮かべるね。

「えみしの国」という誇り、先祖の偉大さを改めて感じます。

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秋保の里の稲刈り風景 左に糸岳 右に大東岳


話を現代に戻して 地元にダイトウ村やダイトウ町があったのだろうか?という点だけど 
長袋・境野・湯元・馬場・新川の旧秋保五村に「ダイトウ」の文字は見受けられないようだ。
なので、どうして音読みのダイトウダケになったのか 変遷過程が分かっていません。

庶民は由来、伝記などの物語には興味が無いだろうから 解りやすい読みやすい方に流されやすい。
仙台神室岳の「駄んこ平」がネット時代の現在「だんご平」と濁り、誤って呼ばれるようになったように・・・ね。 

この「伝播」に関しては・・・以前、
ネットで「自称:宮城の岳人」さんが「袖泉」と書いていた、あの一件を思い出します。
取り巻き連が各自のブログで「袖泉の伝道師」となってネットで普及・伝播した
そのパターンなのかもしれませんね。

呼び名の変遷で結論は出なかったけれど 
山の呼称から民族の歴史を識ることは、山を「総体」として捉えることの端緒だと思うし
横っ飛びに100、200、300と名山を追いかけるより どれほど知的好奇心を深耕させるか計り知れませんね。
山や自然に目覚めるきっかけにもなり、登山者としては基本的な心構えであるとも思うので
特に付け加えておきます。

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で、「オオアズマ」の出ドコを諦めかけていたところ、当家次女の彼氏が秋保に実家があるので 聞いてみました。
なんと!驚いたことにw
秋保小学校校歌には「ダイトウダケ」ではなく 「オオアズマダケ」という歌詞がありますよ 
いうじゃあ~りませんか! 
しかも作詞が土井晩翠だっていうんで さらにびっくりしました。びっグリコ。

旧名取郡の秋保地区小学校三校 秋保 馬場 湯元 これら3つの小学校の共通校歌として
1947年(昭和22年、ちなみに青葉通りの拡幅工事は昭和25年)に晩翠は献歌したというのですから 
再び 気を取り直して調べ直しましたw
戦中の「秋保国民学校」、戦後市町村制の発布により名取郡秋保町立秋保小学校になった。1947年(昭和22年)のこと。
校歌一番は ”おうあずまだけ しせんじゃく~♪”(四千尺1200m)で始まるんです…、嬉しいじゃありませんか
唄も聞きました 確かに「オオアズマ」です

土井晩翠は「国粋主義」な歌詞を各地各校に残していたようで 現代にそぐわない歌詞が目立つようですが 
それもこれも「売れっ子作詞家」、戦前、戦中に全国各地に校歌を遺した土井晩翠であればこそ 
とは思います
が 少なくとも 旧名取郡秋保町地区住民 東北大学関係者 学識家 文檀 新聞報道関係におかれては
「ダイトウダケ」ではなく「オオアズマダケ」と呼んでいたのでしょうね?
…秋保一帯では 校歌を口ずさむほどパブリックだったのかもしれません その 一端が窺えました。
もし、これが虚偽であるならば、鼻にもかけず 晩翠は校歌として書かなかったことでしょうから。

歴史を軽んじるな!と言われているようです。
歌詞なので、曲に合わせて訓読みもあるんでしょうけど まあ そういうわけで、、、
この件は ここで一応オシマイです。( ´艸`)ゴメンナチャイ

旧名取郡秋保町で「オオアズマダケ」と読んでいたのなら 俄然「コアズマダケ」も成立しますね。
これは納得です。

東 あ「ず」ま・・・「ス」にテンテン 四阿山 東岳  大東岳 
妻 あ「づ」ま・・・「ツ」にテンテン 吾妻山 吾嬬山 吾妻屋

言われてみれば 岩手県の胆沢城下、東山から千厩に掛けて大東町(ダイトウチョウ)って町があったけど 
こちらは下閉伊郡に点在する町や村が合併されできた新しい町名なので・・・ 征夷軍には無関係と思う。
現在は平成の大合併で大東町は一関市に編入されていた。
 

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岡田喜秋著 「青春の山想」より


追記 12/01
 
岡田喜秋が仙台市民に向けて「山想会」の発足と会員募集を河北新報で呼びかけたのが1947年。
ちょうど 土井晩翠が秋保小学校に校歌を献上したのも 1947年と同時期でした。

これは何を意味しているのか?

これを考えましたら 戦後の民主化と時が一致するわけです。
占領軍が支配していた時代ですが それまでの軍国主義の圧政のもとでは知り得なかった・・・ 
主権 国家と国民 機会均等 自由 民主 権利 男女平等 と言う言葉が生まれでて
「市民文化」が花開き 歩みだしたことを意味しているのだ と、
無頼漢な私が 登山史をパラパラ捲っただけでも感ずることができました。

そこのところで 
下のコメント欄で ”ばやん老人”さんから ナイスな情報を戴いたわけです。

山想会の起草者である岡田喜秋が かつて「大東岳の呼び名」を
その著書「青春の山想」にて書きとどめていていたことを 新たに知ったのです。
やっぱり 秋保地区では「オオアズマダケ」と読んでいたのです。
あぁ、よかったぁ、地域には地域なりの文化がある、その通りでした。これぞ カルチャーショック!

部外である強い文化圏が 地域の小さな文化を 地域の誇りを考えずに 押し退けてしまったようです。
じつは、こうして名前は「変化させられる」んです。「文化の南北問題」まさにそのサンプルのような案件です。

これで失われた言葉「大東岳」の一つの結論にしたいと思います 
ご協力ありがとうございました。



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少々頭を使ったので疲れました。この程度のことで???w

エネルギー補填しようと(´艸`) 日吉台の「とがせ酒店」まで愛車ミニを走らせてきました。
空気が冷えているので キャブレターの被りが目立ちますけど
そんな時は…一旦シフトダウンして 高回転域で吹け上がらせシフトアップしてしまえば 何の問題もありません 
京浜キャブがチリチリチリチリと鳴いて もっとアクスル開けろ、もっと開けろ、ほらもっと開けろ と囁くw
たまりませんなぁ 小型車でこその一体感www 

さて 昨夜から慣れない古代史に踏み込んだので 日本酒が恋しくなりました(´艸`*)カンケイナイダロ 
古代万葉の里:大衡の酒を望んだのですが 大衡産酒米の該当なし。てなわけで中新田町の酒でキマリ。
こちら、米の香りが最初の一口にかすかに残ります 酸が切れ味鋭く吟醸酒となればスッキリ感が。。。
夏場にギンギン冷やして飲むなら最高でしょうね 冬場の鍋、食中酒でもきっと楽しませてくれるでしょう。
どちらかというと女性向け ここのところ華やかなお酒ばかりを店主に勧められてる感じw
どれも売れ筋だそうですけど アミノ酸が前面に出た「九平次」や「磯自慢」が20年前のトレンドならば
この爽やかな味が当世のトレンドでしょうか。 

中新田町 山和酒造 山田錦100% ”山和” 純米吟醸 Pulito

お値段3割UPでしたが 美味しい味が楽しめました。しっかし これも女性向けだなぁ ぶつぶつ… 
今日まで塩釜の”阿部勘”辛口純米を越える酒には まだ出会えていませんねえ。
日本酒度6前後、キレのある酸度を持ち ポン酒好きな男の脳天にガツンと来る酒、なかなか現れません。
日本酒度 酸度で男らしい酒とあれば 澤の泉か 日高見か くどき上手か いやいや会津の…

答えを言ってしまいそうなので この辺までにしておきます あえて。
山形の十四代、 ”本丸” を温燗でやりながら  暫く次を待つとしますか。。。
あ、そうそう 「本丸を 温燗で!」とお願いしたら 怒り出した飲み屋の店主がいましたよ 昔。
 「十四代を燗して出すわけにはいかない」 ですって おどろ木ももの木さんしょの木です。
そういう思惑が 清酒にプレミアを付けてしまうんですよ 観ましたか?獺祭の一面広告。。。
「当店のお酒は希望小売価格で買ってください お客さん」 2萬円も3萬円も出してお酒を買わないで!

たかが「十四代」w、本丸は国分町「きゃりっこ亭」で昔も今も 温燗で戴いておりますが・・・ なにか?
「きゃりっこ亭」といえば日本酒愛好会「蔵元見学会」の奔りでした 
十四代や綿屋や於茂多加など月イチで蔵見会を開催してました 25年前です。懐かしい 皆さん元気かな?


追記:開栓二日目なら 酒が甘く感じるものですが この酒は酸が強く表に出てきます。
これは開栓して2日目から呑んだ方が旨いんじゃないでしょうか。天婦羅や肉料理に合います。

そういえば酒屋の店主が云うには 
この酒はヤブタで搾リに搾って最後に出てきた酒で作られてます
酸が強い酒ですと 言っていたのを思い出した。 なるほど!





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by tabilogue2 | 2017-11-27 12:11 | 二口山塊 | Trackback | Comments(6)

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今朝は冷えたけど山は暑くてアノラックなしでもいいくらい。  晴天は午前10時まで
ご覧の山は南面白山から眺めた「大東岳」。雪は多いんですが先週の凍てついた感じはない
雪も解け 重くて重くて さすがに北西側=山形側は湿雪になる

霧氷は10時を過ぎたあたりから カラカラと氷の音を立てて解け落ち始め 
都合の悪いことに登る歩調(標高)に同調し 
解けた霧氷がアノラックにあたる音に 1時間以上付き合わされた。
自然の中、枝から落ちるチリ雪と氷が シャワーのよう
降り落ちる、雪煙る白の世界に彷徨ってきた。登山道がないってのも 自由でいいもんだ


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面白山って 近いよなぁ・・・ 仙台駅からたったの1時間だぜ 
電車の中で装備を整えてりゃトンネルに、、、抜け出たと同時に面白山高原駅に着く

仙山線は「自動ドア」じゃない、ドアの「開ボタン」を押してドアを開けるんだけど
ホームに下りたら 即、前も…後も…横も…全部で4つも! オール登山口だ。
感心 感心 考えてみりゃこんな高効率な 登山者のための山は他にないのだ♪

(あ?、あるか?そういや南会津の七ヶ岳も駅に接続していたような? 接続登山口は2つ)
それに面白山高原駅の待合室で仮眠も テント(泊)だってできるんだ 最高だwww


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熊もいたぞ 数分前? ゴロゴロ石の沢を南へ渡っている


さて、せっかくの「初冬」。 感触を忘れないうちに その初冬の雰囲気や状態を
午前中の晴間に この眼で覚えておこうと 金曜日に続いてやってきた。 
二度味わう?・・・ じゃなくて 再確認のために登った。


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ローリングストーンの登路、先週のベルグラはすっかり消え 重い雪がどっしりと岩に乗っている
気持ち良いほどソールパターンがくっきり。LOWAのビブラムソールがバッチリ雪面に食い込む。
あ、そうそう 前回は軽登山靴で指先が冷たかったが さすがに今日はプラブーツなので指先が温かい。



さて・・・今日のリピートの課題だが 
いちおう隻眼でも見えているんだけどw 心眼が「まだ見てない 見たい」といっている?
初冬というものを 心眼が覚えきれていないと言ってる。とまあ こんな自分だけの課題。

そんなアホなことってある? と誰しも思うんでしょうが でも 隻眼になってから
見えてるんだけど 見えたことを自覚し切れていない…感じがしている、言葉にすれば変だけど。

沢登りもイケてるけど 脳が復習して…見えた部分に気持ち上の「納得」がゆっくり追随する 
8年前まであり得なかった症状? 右脳で捉えていても左脳が捉えきれていないという 
いや 逆かもしれないけど・・・ 私の眼と脳の認識のチグハグがあって行動が鈍る そんな感じだ。

「右眼 眼球動脈閉塞症」っていう病気。。。解りやすく言えば 「右眼 失明」。

でも ロッククライミングも 沢登りも 残雪の山も 厳冬期の山も ヤル気一本で行けてます。
8年前までの経験が活きてる、老いの一言で甘えさせない。サーキットも ツーリングもいける 慎重だけど。

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帰り道に振り返ると なんとなく理解が深まる


一度お会いしているのに お名前が パッと出てこない?仮に貴方を 利き目の左眼で見てるんだけど 
じつは右眼では見えていない。ボケ老人みたいに思われちゃう…かもしれないけど、違うんですよ。 

認識しない、見えてない右眼の情報量ゼロを左脳が「情報をくれ、よこせ!」と言ってる。
今まで60年間、右眼の信号を普通に受け続けてきた左脳が 8年前の発症時から
「信号不足分」を補おうとしている感じで2度3度、見て聞いて、名前と顔とを一致させてる 
このようになりますですぞ 失礼多々ですが・・・。

納得しきれていない「左脳」が「リピート行動」を右眼にさせている(?)

他には、、、 心眼が追いついてこないんで じっくり見ているうちに・・・
あ、この人嘘ついてる って 意外に 分かっちゃうもんなんですよ(´艸`)

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ここまでくれば 多少の凸凹もさして気にならない


まあ慣れてきてはいるけど 右眼と司っている左脳神経との関連で
「納得」「認識して納得したい」というプロセスを 左脳が右眼に要求している
たぶん左脳の方で 今まで何事もなく見て感じて過ぎ去っていたものが
ワンシーン ワンシーン 納得しないと前に進めない?みたいな ガンコな所が出る。

勿論 ソロ行動なんで 納得のためのリピート行動はいつでもできるんだけど。
なので また南面白山へ 前回ガスだったので 今日の晴れ間を狙ってきた
見えなかったものが見えて納得できたので下山してきた。左脳が認識できたら もうそれでいい。

雪が藪をひれ伏せ、消えてしまった夏道や雪で見えない段差やゴロゴロ岩のガレ場の通過や・・・
いろいろリピートして ああこうなっていたんだ・・・と左脳に納得させてきた。
もちろん かつて何度も経験済みの風景だけど、「左脳の悪戯」とでもいうのかなぁw

そんな自分、「隻眼な山びと」の現状。晴れていれば何ともないことなのに・・・
「認識すること」、、、そのためにリピートするって なかなかメンドイ。
片眼が見えない人って けっこういるんだけど 現実 静かにキッチリ登って居られる。

生きてるんだから、人間の理性をつかさどる脳の働きには とうてい逆らえない。


伊達政宗なんか どうやって間合いをとり、斬り合いしたんでしょうかねぇ??? 
遠近感がないのに不思議だな・・・彼は幼少の頃から失明したんでしょう? 
還暦から失明した自分とは だいぶ落差があるが 少年時代は悩んだんだろうね。

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登りはここまでくれば大丈夫 下りはここからが緊張の連続
転んだりしたら 必ず 岩角にぶつけて青タン赤タンか出血だね


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北面白 中面白 矢尽(奥新川駅から見える高い頂)

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中面白と矢尽をアップで
奥の白い山が船形山 右へ蛇ヶ岳 ▲の南宝森 三峰 左に大倉川、右に矢尽沢の川筋を抱いた後白髭山 


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矢尽1205m 1025m峰 1010m峰、奥新川峠、1040m峰、権現様峠
中ほど、チョンと頭を出した1043m峰 1069m峰(仮称:向船倉山) 新川岳1013m 
奥に北泉ヶ岳 泉ヶ岳

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白く登路が浮き出た「猿鼻山」 この山をYMCAでは「中東岳」(チュウトウダケ)と呼んでいた。
中央奥の黒い山が後烏帽子 その右が屏風岳 最右手に熊野岳

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左手前に中東岳 右手前に小東岳 中央どまん中に山王岳 秋取峰 糸岳の三連連荘
蔵王熊野岳との重なりに仙台神室 その奥に雁戸山だが 拡大しないと判別不能?
中央奥の小さい尖りが山形神室 右手奥の黒い山が蔵王連峰の瀧山

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手前中央右寄り、雪枝の上に小東岳(こあずまだけ 通称 ショウトウダケ)

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がっしゃん

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朝日連峰 、、、 湿度が高くてコンデジは限界だった

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ほんでもって 今日は計画通りに 6時に自宅から徒歩で駅に向かい仙山線。 
さらに 行き帰りとも徒歩で歩き通したので自分で自分にご褒美w。 

三本木町の新澤酒造店 おりがらみ「あたごのまつ」 純米吟醸 ささら 旨いす
食中酒として綺麗でさわやかな味 でも僕には甘すぎるかな? 女性向け!!!
「伯楽星」という酒の名前ならご存知だろうか 日航国際線で出されていたそうだが
そこの蔵元で造っている酒。 今は286号線 川崎町の新工場で生産中ですね

僕は「あたごのまつ」よりも 清酒「愛宕の松」の燗酒が好き。
若き土井晩翠も 愛飲したと言われてます 

”匠の技”という意味でなら 「伯楽星」が最高ではないでしょうか!
魚料理にはぴったりの酒、上品。適度に酸があってボディはしっかりしている。

酸度、日本酒度については 別のお酒購入時にお話したいと思います。





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by tabilogue2 | 2017-11-22 20:01 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

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群から離れて杉林を彷徨うはぐれ猿♂  この発情期に彼女♀もいない? 
毎日が無目的だな、オマエ。なんか分かるぜ、そのカッタル感。何をしても充実しねんだろ?
木に隠れているつもりなんだろうけど ふさふさした毛並みが光ってるよ 
ちゃんと身を隠せよ 哀れな風テイだなw

「オイそこに潜んでるのは分かってんだ 出てこいっ!」 
といったら、 彼は ヒョイとこっちを向いたwww、、、 通じたみたいだ(笑) 

何? 「うるせー」だって~ぇ? ヒマ猿のくせに こ生イキなヤツだ (あ、ヒマなのは俺か)
おい、奥只見のマタギたちはオマエ達、猿を”ベイ”と読んでいたぞ って…人の話聞いてるか?ベイ。
熊は”ナビレ”で 羚羊は”アオ”だとよ。ついでに覚えとけよ! またなベイベ。。。

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最近とんと朝の目覚めが悪うござんして、、、毎回二度寝の連発、今日も7時になってもた。
天気の良い日に限って布団を被りっぱなし…なのは 歳のせいだと思うけど ちがう?

いや?モチベの問題かい? マンネリの夏道歩きに少々アキが来てるのかもね ホントつまんね
興奮して、行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ… と思ったことがない ショウジキ
健康維持の山歩きだから…かい? ボケ老人よりまだマシだって? あ、そーかい( ̄ー ̄;

「山高きを以て貴しとせず」ではあるが 宮城県って1000m以上の山はたった23座しかない。
山域でくるめてしまうと・・20座。他は500m前後ばかり。さらに「夏道」コースが少ないときてる。
山が浅いので「山に泊まる」という概念をそもそも宮城県人は持っていない。他県に行って解消する。 
公設避難小屋も、自然林の中では船形升沢小屋と二口樋ノ沢小屋と…2つしかない? 遊べない
福島 山形 秋田 岩手 それぞれ10棟以上あるってのに・・・。

概略的に登山対象の山って会津地方の10%にも満たないんじゃないの? 山形の半分以下か?
冬になると、「交通の便」問題が加わって、車がないと遊べる山が無い。唖然である。
福島からの転勤組な自分にとって 会津の山々を懐かしむ一因となっている 溜息が漏れるのだ。

とはいえ 二口山塊 二口渓谷 二口山脈は 私の中では「別格」の山域だと 思っている。
これでいて、二口の沢登りとなると3時から朝飯食べて4時には出かけてるんだけどwww
だが、退屈な夏道歩きとなるともう もろに態度に出ちゃう。困っちゃうな どうすりゃいいのさ?


どんな山でも「上り2時間歩いて下り1時間で戻る」は必要だが…しかし 
それに 低山歩きは70歳と決めている、ならば低山を3時間歩けばいい? 
そんな風に気楽に考えるべきかい?冬季限定 低山の大安売り! さすれば、朝のニ度寝も許せるか?w

低い山が問題なのではなく前置詞の「老」と併せて「生活スタイル」が oldmen’s style なんだろうな? 

それが 今のところの結論みたいだな。う~んむ<(`^´)>
まず 深夜に ネットの「GYAOを見ない」ことから始めるか… うぷぷ( ´艸`) 
映画3本、通しで鑑賞するのは不健康w とりあえず…よくわからんが 問題解決だ♪ ヨカッタヨカッタ


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鹿打林道・穴戸沢分岐で北泉ヶ岳を撮る(昔、穴戸沢じゃなくて”穴堂沢”と書いた気がする)



というわけで 秋保二口ビジターセンターに着いたのが 9:45。超激おそ!
ゆっくりデッパツで糸岳に登るつもりで来たんだけど 
林道工事のためビジターセンターから 100m先で 追い返されちまった。なんでだよ?

もう年内いっぱい 車も 歩行者も 二口林道は「通行禁止」だそうで 
仕方なく 登る予定のない大東岳へ向かうことにする、、、予定外、さらにモチベなし。
ビジターセンターの下部にある駐車場にて装備し 気を取り直して 登山口へ。

10:00 登山口 やる気の無さに負けず、鞭打って(笑)紅葉の残骸が散る斜面をパパッと登る
なんのために登るんだろ? なんて考える余裕を持たせない感じ?w

11:40 四合目と五合目がやけに近いけど、どうなってんだ? ってことが 気になるのかい?

12:15 冬木立の明るい東清水分岐、ブナ二次林の小さな広場につく。まるで風がない・・・!

よしっ ここでいいだろ! 小さい岩に南向きに座った。二口本流右岸の三神歩道の沢筋が見える。
ひとしきり山を眺めて ポットをだして楽しみなw手作り男弁当を広げる。
おにぎり2個 漬けたばかりの自家製白菜漬け 自家製イカニンジン、お菓子、柿
コーヒーを淹れて 梢に絡む微かな音を楽しむ。

このフリーな時間が一番良かった にしても暖かかったな小春日和でいい日だ(季語合ってる?) 
まだ早いのか? 東北だし 山だし もうこの季節でいいだろ?…小春日和
そう気分良く納得したら 山頂に向かわずとっとと下ってきた。 じつにいい天気だった。

山なんて・・・自分さえ良ければ・・・何処でもいいんだよ。。。 これが結論だな。
2時間登って1時間で下る これでいい。これからの季節、陽射しさえあればどの山でもOKだな
悩んで… 損したなぁ (´艸`)

13:30 下山はじめ
15:00 登山口到着

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東清水水場:京渕沢の水源地。 冬木立の木々の上 青天井が最高だった!

むかしむかし こぶし平のコノ看板を左に見ながら 
ファイトー イッパーツ!と叫んで あと1時間頑張りとおしたものだが・・・
40年も昔からこの看板(重いのよコレ)があった・・・そう思うと色々去来するものがあるのよね。

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先ほど追い抜かれた男性は  これから和賀岳を往復するという。
ザックをピークらしい所に置き捨て カメラを手に先を急いでいた。

僕なんかは考え方が違うので・・・たぶん・・・
こんだけの風景を得れた今日のアルバイトのご褒美に たっぷり時間をかけて この風景を眺め味わうのだが・・・。

まずお茶を沸かして、 いつものオレンジをカットして、キュウリとムラサキタマネギのマヨネーズ和えを
半切りのパンに たっぷりと塗りこんで、サンドイッチにして戴いた。

こんな山登りスタイルが好きなのだから,,, 仕方ない。
山に入ったら、アクセクしないことw 下山時間を17時に延長してでも たっぷり至福に浸る。
これが自分流。
小さなビール缶を開けて ぐっと飲み干せば いつもの昼寝タイムが待つだけだった。


結局、山を味わうとは・・・ 山に入った「時間」を味わうということ。
「時間を愉しむ」、、、ココに味わい方のアクセントをつけるだけ。
個人山行なら、そういう趣向を持つことで自分流の登山ができることになる。

極端に言えば、途中に好適地があれば大休憩! そこで今日の登山を終えてもヨシ となるw
ハカハカするより、のんびりする方がいいに決まってる。



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ゆくゆく心にしみて残るのは 寡黙な山中の夜 と ガスの中の単独行 であろうか

空が突然に光を得たなか、たまにガスの中で行き交う登山者とのチョットの触れ合いに
ホッと一息ついて勇気を得るのも 寡黙な山行ゆえの心情だろうか

美しいものを美しいといえる感性や 本能的な触感を研ぎ澄ませ 山を寡黙に歩く・・・
すると 見えてきもし聞こえてもくる 色々わかってくるものがある

そう これこそ、「山びと」といわれる者の「真髄」ではなかろうか?
山に向かう者としての「山びと」は一般登山者、グループ山行たちとは「根源的な違い」をもつ

「寡黙」、、、ということ

山に向かう者の「覚悟」の表われ、永遠、絶対の「テーマ」だと この歳になって思っている

山旅 八幡平から裏岩手 ーより



寡黙といっても 「日帰り専門の単独ハイカー」とは違うよw

 
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明るいはずの立石沢の広場も 午後になると こんなに翳るんだねえ。
知らなかったよ。いつも明るい広場だったのに。。。少し おどろいた。

晩秋の「顔」だね 違う表情があるんだな。



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by tabilogue2 | 2017-11-11 08:53 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

大東岳カケス沢 北石橋


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二口(ふたくち)渓谷が冬枯れに入る前に 北石橋に足を向けてみた

いや? 秋になると二口渓谷が 僕の感性に”秋波”を送り込むようだ 
決まって深まる秋の訪問が多いのは そのためだろう 

前々回は11月に入ってからだったので 色気の付いたものは何一つなく
コンクリート色がデンと両股を開いて仁王立ち 
まるでお相撲さんのシコを踏んでるイメージしか無かったけど
今回は明るいブナ林のもとで 気楽に石橋に対峙できた。いつ来てもいい。

12mmの広角レンズを持たなかった 僕の頭じゃ 表現もコレが限界かな

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二口渓谷 大行沢が西の奥羽脊梁に向かって伸びる。
それが大きく右へカーブし北上をみるところに カケス沢が左から入リ込む

このカケス沢の由来が面白い。「架け橋」が訛ってカケハス、それがカケスに転じる
そんな説明を仙台一高山の会・柴崎先生が記している。

右に大東岳 左に小東岳 それを割って流れる大行沢のナメを亘って
秋取峰へと結ぶ対岸に取り付く 130m登って 70m下ると 架け橋にであう。

大東岳に向かって北面を東に流れるので 日差しが差すのは秋になるほど厳しい。
西日が架け橋の大穴から差し込むが コレも逆光で撮影にはちぃっと泣かされる。

ここは奥山の谷間 世人の踏み入れない所 山びとが静かに心を降ろすところである。
それらしく 撮影しないといけない
秋取尾根を上がって西に進めば屈曲点。左折して糸岳に向かうがブナ林が静かでいい。




● 2014年 11月 北石橋 散策ブログ


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仙台市西方にある二口山塊・渓谷を知らない方々のために 説明を加えておきたい
石橋の岩質は集塊凝灰岩である。水勢がこの凝灰岩を削って深い谷と奇異な滝と奇景を作り上げた。
深野稔生著「神室岳」より抜粋して これらの石橋ができた背景・原理を転載しておく。

「流水によって抉られた橋が滝の上に跨っている。これは還流丘陵によってできたものと思われ、
アーチの部分は分離されたはずの丘陵が橋となって残ったとしてよいであろう。北石橋 南石橋がある。
これらと似た世界最大のものに アメリカ ユタ州のレインボーブリッジが有名である。」

ということで 流水が岩にぶつかって凝灰岩を抉り取り、穴を開けて両端の岩が残ったとされている。
二口山塊には現在3つの石橋がある このうち2つ北石橋・南石橋は還流丘陵によってできたもの。
もう一つはムジナ森石橋で これは還流丘陵ではなく岩の節理の崩落とされている。

①大雨の日、穴が開く前は上流からの沢水がここで左岸側(向かって右側)に直角に曲がって 
この小山を迂回し 右手から滝となって落ちていた・・・
②平水時は、岩への浸透と氷結の繰り返しで小さいヒビのような割れ目が崩落を招いた・・・
と想像がつく


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明度を一段上げたら こんな感じで 明るくなってしまい「スッポンポン」
どこぞの「観光パンフレット」によく見受ける、「インスタ映え」な画像になってしまった
ちょっと、自分的には「北石橋らしくない」と思う 「秘めた部分」を持たせないと…ね
一段マイナス補正するほうが 奥山感が出て、らしくていいんじゃないかな。


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午前11時の裏磐司岩展望台にて


夏の間は 深い谷と広葉樹の森のせいで 昼なお暗い二口「裏磐司」コース
錦繍の秋、、、一年でもっとも軽快で明るい谷に変貌する 
この見事な変わり様は 深く暗いという夏のイメージからの転換ゆえに強烈な印象を残す

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京渕沢の展望台。空は晴天 青空なのに深い谷に入り込む日差しはなく 
紅葉を照らし出す朝の光と違って 午後の光はほとんど弱い

朝に大東岳登山をして午後に二口渓谷を撮影しようと思っても 谷には光がささない
また 撮影を終え、この展望台を午後3時までに通過すれば 明るいうちに下山できる


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午後3時の裏磐司岩




10月30日は藤本義一さんの命日だった もう5年が過ぎたのか。。。










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by tabilogue2 | 2017-10-26 22:04 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

山形 北面白山

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台風一過だが水蒸気で霞んでいる この急斜面を積雪期に越えようとした
200m下降して200mトラバース たった400mだが されど400m




昨日のことですが、選挙の結果、、、議席獲得という点では不満足な結果に至った??そんな総括を散見できますが(むしろ多いかな?)、、、本来なら もっと、もぉっと深刻な問題があるわけです。共闘という「1+1=2」、、、或いは「2以上」の力を生み出せるはずなのですが、本来の共闘という姿とはかなり違うのが 今選挙なのかな?と思っています。各組織 各党がそれぞれ100%頑張って、共闘でさらに150%や200%できた。民進も 社民も 自由も 共産も、、、各党が伸びるというのが本来の共闘のはずですが 今回は本来の姿とは大きく違います。
 
共産党が 少し「シールズ景気」の昨年の余波をまともに捉え過ぎたな と思っています。昨年夏からの情勢が「弱まっている」にも関わらず「共闘を大前提にした」選挙協力をしたわけです。昨年の参院選で北海道 東北ブロックは大当たりしましたから野党共闘の実績は大いに評価できたわけですので。

本来 民進が100%の力を発揮できれば 自由党や社民党の力が少し弱くとも充分に戦えたはず。共産党が「反安倍」という旗印に「一本化」に固執せざるを得なかった、、、ともいえるのかな? なんせ昨年の参院選からの「野党共闘」言い出しっぺ政党ですから共産党は…必然今般も「野党共闘」を追及する路線。ン・・・投票結果は共産党議席の減少。「野党共闘」の「1+1=2以上」にならなかったこと。国会で質問時間が今よりもさらに短くなるのは 共産党にとって辛いですよね。国会で舌鋒鋭く疑惑を追及する、国会議員団が少なくなるということは質疑の持ち時間が不足することを意味します…これが国民にとって凄く残念です。



選挙前に希望の党との数合わせ 捕らぬ狸の皮算用になってしまった。リベラル潰し…それが今衆院選の全てです。”緑色の希望”という「党とも言えない集団」に残念ながら淡い期待を寄せてしまった。思惑が見えみえ、前原代表の情勢読みが凄く甘かった結果だと思っています。

いや むしろ だからこそ立憲民主党が「アンチ安倍の受け皿になった」わけで まともに希望と合流していたら、いづれ希望が絶望の「保補」色に変色しもっと悲惨な目に遭っていたんじゃないか?と。ものは考えようですが 希望の党?のお陰で「立憲民主党」の立ち位置・集約力が出たんだと思っています。

できれば 共産党がグッと比例区で伸びてほしかったのですが 残念な結果です。安倍政権にとって最も目の上の瘤は共産党のはず。 ビシビシと東北大出身の小池議員がテレビ中継で追求する姿は視聴者として頼もしく映ります。さらに今回、「立憲民主党」という期待を寄せられるリベラル党派ができたわけですから、国会は共産党と合わせて期待できるんじゃないでしょうか? 議席こそ あれ? ですが。。。


しかしながら かつて小選挙区制をひいた自民党の魂胆が 今になって大当たりしているということは・・・、自民党にとって「背水の陣」(小選挙区制に頼らざるをえない情勢)が近いことを物語っているのでは? そのように僕は思っています。 

友人、知人、仲間との情勢討議を欠かさず、耐えてがんばりましょう 次回は…同じ想いの仲間を「投票」という意思表示の場に誘えたらいいですね( `ー´)ノ 



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藪が凄まじくて行けなかった 矢尽岳 
ていうか 目的を持たずして貫徹は有りえない

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長左衛門水平道の様子です
ブナ ナラ イロハモミジ ウリハダカエデ イタヤカエデ コシアブラなど
黄色い葉っぱのトンネルだった


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面白山の帰り道、、、 
シャコタン・ミニ号で柳沢小屋まで走れるかどうか 確かめてきました。
今までランドクルーザーでしたからどうということもなかった。 
が、シャコタン・ミニ号じゃ???

ジャングルジャングルスキー場のアスファルトが切れ
ダート突入後の最初の左カーブ、波打っている砂利に底を擦った程度で
小屋まで無事に行けました チョー嬉しいです

これで 山形側・御所山ルート側を気兼ねなく通うことができそう
 沢登りでは こちらがほぼ下山口でしたからね。。。



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僕のミニは インジェクションをキャブに換装してあります
ミニのキャブレターはお決まりのウェーバーでもなく
少し前に定番だったSUキャブでもありません デロルトでもない

バイクの世界では定評のある京浜気化器のキャブです
超珍しいのですが そのため チョークを外してしまっています
冬場はもう大変 アクセルを踏まずにスターターを回し
超低速回転でエンジンを5分ほど回します 回転力が不足の場合は
エンジンキーを回して セルで回転を補助しないとダメw



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いい思い出の 一つもない黒伏の岩壁
仙台で山岳会入会当初に 会員が先行パーティの落石を
頭に受け即死した

ヘルメットの脇を スッ! と小石が飛んでいくだけでも
当たれば致命傷 大きな石をグラつかせたもんです

船形山塊では二人 逝ってしまっている 
新人は いとも簡単に石を落としてしまう 困ったもんだぜ







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by tabilogue2 | 2017-10-24 20:56 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

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雁戸山は冬枯れに入ったようだ 仙台神室 山形神室も冬枯れ入りか?
その挾間の笹谷峠界隈が紅葉期に入っている

笹谷峠発 11時20分 

途中 なぜか遅れたままの腕時計に 身を任せてしまい
知らず知らず2時間もの間 テッペンに居座る羽目になる

おかげで、、、 

雲間から差す 午後のコントラストの強い斜光が得られ 
山神に魅入られたかのように… 峠の光に見入った

いい光だった。

授かったのは”虚ろな午後2時”だけ、これだけ長居しても…だ
”2時間”ものプレゼントを受け取ったみたい

明日が最後の好天日 

冬枯れ前の紅葉見物 行くなら明日か?
じゃなきゃ 来年秋までさようならだ

腕時計の竜頭が浮いているのに気づいて 戻したが 
峠まで1時間半 暗くなる前に駆け下った

( 那須・日光連山はこれから?)



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せっかく山に登るのだから・・・
夕方は7時過ぎまで、朝方は4時から行動開始し 撮影に勤しむ
昼はテントで居眠りというのが いわゆる至福なんでしょうか。

花が撮れて ズームでアップされても・・・
結局は植物図鑑には敵わないわけで(´艸`) 

空が撮れても、、、青空ばかりが空の色じゃないわけで、
形どおりのブログ用にキマリキ〇タマじゃ 
しょうがないですよね

ブログというのは 結局 トドノツマリ 末を見据えると 
「難しい」 ところです 

自分の生き様を隠して ブログのために体裁を整えてばかりで 
人間としての面白味…なんて 
これっぽッチも表現されていないことに 
歳を重ねると…気づくもんです。

その時には 
かつて気づかなかったことや 無駄に生きた時間とかに
否が応でも いろいろ気付かされるんでしょう

つらいですね 
数十年も過ぎて「自己満足」を知るんですから
「他者の居ない世界」に浸って生きた そんな自分を知るんですから



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1241m トンガリ山


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1241m 山形神室1244m 仙台神室1356m


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平ヶ岳 「姫の池夕景」より



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by tabilogue2 | 2017-10-19 19:41 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

笹谷峠 ハ丁平の六地蔵

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山形を向いて立つ・・・



こういう歴史物は 当の教育委員会の説明書きにあるとおりに 
記述・転載すればいいのだけど 
「あたかも自分が調べたかのように」尤もらしく書くのは
人の文書を横取りしたようで、品性が疑われそう・・・ホント白々しく思えちゃう

建立年代は不詳ということらしい。自分で調べるまでには至らずw

ちょっと見 お顔立ちが他の地蔵さんと違っているのが数体 分かるかな? 
土の中から掘り出した時に 既にお顔がなかった地蔵さんもあるらしく
石の質、彫りの表情などで真贋が分かるらしい 僕にはわからんちん。 

「あくまで余興として、、」
4番目の石仏だけがモノホンかなぁぁぁ と疑ってみたが 
皆さんは 何番目の地蔵さんがホンモノだと思う?
よくよく拝顔いたさば・・・
2番もモノホンかなぁぁぁ  決定、2番、4番!

「山工高笹谷小屋」のある山形側から仙台側へと歩む順路で石像を並べ…UP!


説明書の看板によれば・・・

直線で900メートル、約八丁ほどあるので「八丁平」と呼ばれた。
むかし、ココを越える荷運びの六人の人足たちが吹雪に遭い 荷を背負ったまま凍死した。
その霊を慰めるため また 二度と同じような事故が起きないようにと・・・
冬の峠路の「道しるべ」として 六地蔵を等間隔で並べ立てたと言われている。
遭難した人足のあるものは 吹雪に背を向けるように仙台方面を向いて
あるものは 吹雪に抗して山形方面を向いて亡くなったと言われており、、、
一体一体の立つ方角が 亡くなった人足それぞれが向いていた方角を指している

・・・とされる。なるほどねぇ。

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仙台神室を向いて立つ・・・


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七体目のお地蔵様は 仙台側の外れに立っている
お顔立ちのきれいな お地蔵さん
室町時代の六地蔵とは年代が違う、この地蔵尊だけ戦国時代以降のようだ

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by tabilogue2 | 2017-10-18 18:56 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

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5m+7mの二段滝で訓練した 

ハウツー教本では知りえない色々の「場面と登攀技術」があることを知ったことだろう。

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アウトドアの専門ショップ「仙台ゆうゆう館」のお客さんで、「沢登りを始めたい」という若者がいた。
まるで親子ほどの歳の差なのに…w 会津つながりで?私にお鉢が回ってきた(社長の思惑は理解しているがw)

先ず、「沢登り」の持ち物検査をした。ハーネス スリング各種 環付きビナ エイト環 メット 沢タビなど、、、
つづいて一昨日、手始めに…25000地形図に「水線」を書き入れてもらった。机上の学習はまずまず合格点だった。
この作業では これから登る山の尾根と沢の入込み具合を 地図という平面図上で理解してもらう為であるが、
きれいに 書き込めたなら… 沢筋が沈み、尾根筋が仄かに白く浮き上がって見えてくるはず。
コンターラインに潜む「未だ見ぬ滝」まで予測できれば「水線学」は卒業だ。登らずとも 山の楽しみ方は奥が深い。

次に 確保支点の取り方 2本のロ―プの繋ぎ方(エイトノット) 自己確保でブーリン結び・・・など
机上レッスンは社長に済ませてもらったが? 社長直々のレッスンをどこまで理解しているか?僕にはとんとわからない。
「マンツーマンレッスン=実地訓練」で確かめるというわけで、大雨の降る予報が出ていたにもかかわらず 
午前の好天に釣られ 二口(ふたくち)渓谷に出向いてきた。今日の訓練は京渕沢からの入渓である。


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老体に鞭打って ヤッてみせる。 懸垂下降のポイントは・・・
ロープに体重を預けること ((+_+))イタタタ
”ブレ―キ(制動)の手”を腰の横に位置させること 
斜面に対して足を90度に維持すること 

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装備を身に着けて、、、初っ端から30mロープ懸垂で 京渕沢に降りてもらった。いちおう…度胸はあるみたい。
(余計な知識だが・・・懸垂「下降」は登攀用語で、懸垂「降下」は自衛隊用語だ。あしからず)

最初の出だしで ロ―プに体を預けることができれば 懸垂下降技術は早めに上達できるはず。。
注意点は… 制動手側に、ベルトに下げたスリング類が無いことを確認すること!(意外に注目されていない)。
下降途中で 下げたスリングや笛がエイト環やロープに絡まれば それこそ緊急停止する。
ロープが折れ曲がったりキンクしたり 「空中懸垂」でロックされたらナイフで切るしか無い。一大事ご注意あれ!

次の5m+7mの二段滝で問題が多発した。。。今日は水量が多く、轟音で言葉が伝わらない状況。
予測通りではあったが…、いきなりの実践だから「何故そうなるの?」という「ヒモ付け」ができないでいるらしい。

事前に説明したのだが 「ザック荷揚げ」を理解していなかったらしく?、二人分のザックを重ねて担ごうとしたw
荷揚げザックをロ―プに括り付けかたが不明だったりして(インクノットが早くて簡単)、だいぶ時間がかかった
登攀時に「膝」を使ったり ガバホ-ルドがなくヌメリまくる岩に ついぞ「メインロ―プを掴んで」登ろうとしたり。 

さすがに初心者だけあって?許せるうちは何でもOKだが、驚きの場面に出くわすばかり、コッチも焦りまくった。 
 ミスるであろう…と予測されたポイントは全問不正解。でもそれで良かった。解らないことが分かったのだから。
知ったかぶりは良くない 技術もないのにブログを埋める為に「沢歩き」する方もいるが 事故ればサヨナラだ。

動作とその理由とを一つ一つ自分で納得しながら進むので誠にじれったいのだが・・・そこは抑えて つきあわねばw 
彼がやれる方法に こっちが合わせることにした。そのうちベストな回答がでてくるだろう。


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基本的なことを云えば・・・「クライミング時に膝を使う」のはダメ! 足で立った分だけホールドが探しやすいからだが。
クライミング動作が「 two motion 」になってしまうし、初めから「足で立ち込む」ことを覚えなくなるし…。
「膝は使わない」を約束して貰うしかない。意外にこれが…曲者になるかな(笑)昔、山岳会の先輩方に厳しく注意されたことでもある。
ダメなものはダメ!何時になったらわかるっ?とコテンパンにやられたものだ… あのころ、自分は今の君のように必死だった。 

ロープを掴んでしまった件については…、基本的に岩登りは「ホールド」に頼るものではないことを覚悟しよう。
ガバッなホールドは「有るに越したことはない」が、登攀は先ず「スタンス」が重要であり、足で立つ!ことが基本。 
外傾ホールドもヌメる岩も「バランスの支え」程度の認識で済ます。基本は「スタンス」、足で岩場に立つこと。
フリークライムのようなジャンプして掴む「腕力頼み」のガバッは ナチュラルクライムに於いては…ラッキー。先ず、無い。

次に大事な「予見動作」に関しては 慣れてきさえすれば ゆくゆくできるようになる。心配無用だ。
それまでは「指示待ち」でも仕方がないけれど、「ビレイしながら次はどうするか?」を考えて待機すればいい。
いずれ いざとなれば パパっとできるまでに成長する… はず。先ず ビレイ中にカメラ撮影は禁止ねw


吾妻の大滝沢に向かうには あと3回は基本をやらないと駄目。体重もその頃までには落ちるだろうし。泳ぎもできなきゃ。
帰り道の雷雨にビクともせず、濡れネズミになっても楽しむ姿勢は立派、歩き通せる体力/話題の多さには恐れ入った。

あしたはショップに集まって「反省と対策」をしよう。 ”フォロー「ふりかえり」” をすることで理解が深まる。


次回、実践編2回目は・・・
次回、この二段滝を反対側の左岸壁から登ってみよう。ガバホールドがなく、外傾ホールドと外傾スタンスが君を待つw。
フリクションとバランスで左岸バンドに立つ。岩と自分との距離は僅か20センチしかない。膝をつくスペースなどまったくない。
ジワジワとフリクションを信じ バンドに立ち上がるしかない。重心移動、バランス感覚の適否がモロに出るところ。
この滝だけで「へつり・泳ぎ・コース取り」以外はほぼ訓練可能。懸垂下降、自己脱出だってこの左岸壁を使えば訓練できる。

●ビレイ
ビレイ/セルフビレイ/ランニングビレイのとり方 
ロープに対する立ち位置 ロ―プ捌き 笛合図(ザイルUP! 登ってよし! 登ります!)
 
ブーリン(ボーライン)で自己確保(身体にセット)・保持(立木に固定)
クローブヒッチ(インクノット、マストノット)で固定・・・セルフビレイ

●懸垂下降 
エイト環で懸垂下降 緊急STOP 仮固定/”保険”
イタリアンヒッチ(半マストノット)で流動/制動/懸垂下降
(ガルダーヒッチで流動/制動・・・知識だけで済ます?)

●自己脱出
 セルフレスキュー (マッシャー結びによる2本のスリングで)

●登下降
 カラビナバックマン(バッチマン)で補助しながら登下降
プルージックで補助しながら登下降
マッシャー結びで補助しながら登下降

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●水の流れの弱点
コース取り 歩き方 へつり 泳ぎ 
徒渉の注意点 二人組/三人組での渡渉



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T 君は「小道具オタク」らしい。体格に不釣り合いな小道具があるようだ。
パプパプぅ♪とゴムを押し鳴らす、熊除け?おもちゃのラッパが 中でも気に入った(´艸`)
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覚えることがたくさんあって大変だろうけど 沢登りや岩稜クライミングは基本が大事と昔から言われている。
道具が変わっても 基本は変わらないので「予習/実践/復習」「plan do see」 で覚えこんでいこう。

今しか、今だからこそ…の基本技術。 今さら聞けない「ヘテラン」にだけはなってほしくない。。。





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by tabilogue2 | 2017-08-25 05:39 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)


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帰路途中、裏磐司岩を眺め休憩する



今日は暑くもなく 時折の風に癒やされながら ”今年の沢登り”のスタートだった。山クラブKAMUROの皆さん(沢登り経験者8名、沢登り初体験2名)とで二口渓谷・大行沢に遊んできた。汗をかかなかった、でも冷汗ならたくさんかいたw

初心者体験コースとはいえ、大行沢の2km以上も続く巨岩帯をのっこして歩くというのは けして「初級者」のレベルではない、どちらかと言えばハード、お間違いのないように (´艸`) かつて初心者を連れだしたことが数度あったけど 皆さん一様に疲れを訴えていた。大行沢を遡行するというのは”中級/上級編”といっても差し支えないほど「体力」がものをいう。初心者にとって 大きな、とてつもなく大きな巨岩帯をのっこして、あるいは潜ったり、高巻いたりなどして歩くというのは あらゆる技術を各場面で駆使して2kmをこなさなくちゃならない、修練された技術の要る場面がそうとう頻繁に出ることを意味する。なので訓練の沢としては「総括的」であり 体力勝負の堂々の上級コースと私には思える。

いちおう 山クラブの「初心者の体験教室」という企画だったのだが。。。初体験の2名はおそらく思ったことだろう、「きつぅ…」って、たぶん3日間は筋肉痛だなw。まあでも ハーネスを身に着けた時点でいちおうの覚悟はされているように思っている。この大行沢で初心者向けの訓練というなら、途中の京渕沢から上流部だろうし、栗駒でいえば麝香熊沢、虎毛でいえば湯ノ又沢になるだろう。 しかも花の季節なら 麝香熊沢には終盤お花畑が待っている、お薦めの沢登りになるだろう。

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ベルト折り返し基本ですぅ



今日は…真っすぐ立って歩くという当たり前のことが思うようにできず、それが故で2度もコケた。体が硬い? おそらく…視覚障害から来るのだろうけれど 河原歩きでのバランスが悪い 三半規管も悪化か? ましてや油断もあった。装備後、フェルトを充分に濡らさずに砂地を歩き、石を跨いだ。滑るのは当然の帰結。岩場のバランス感覚は今日「できた」という感じ。視野の狭さをカバーしようと無意識に右手を突く癖もわかった。

そもそも「隻眼」で沢を歩くってのは かなりのハンディキャップであることに違いないわけだが。去年よりさらに追い打ちで、「老い」があらゆる点で躰に現れるということ。 沢シーズンの始まりで既に「無理」という文字がちらつくw、弱音を吐きたい気持ちになるけど、医者の世話にならぬように「生きる」を頑張らなくちゃ( `ー´)ノガンバル 

眼球動脈閉塞症で右眼を失明し何をするにも隻眼に泣いた。失われた視野に慣れるまで、右側方の視野の補助を相方にお願いしたりもした。一番町を歩くにも右後方からの追い抜きにぶつかることがあった。今は…、人の気配が解るほどになってるけどね。失明し、寝たきりになり、介護を受け、それまでして生き長らえたいとは思わないが 最悪、「生き抜く精神力」が先にやられちまうのかと覚悟だけはしている。それまで 山に登り続けるんだろう、おそらくね。

ふつうにキャッチボールさえもできなくなった。正面からのボールがまるで掴めない。距離感がつかめず、、、沢で跳ねて飛ぶこと自体が脳裏でパッと計算できずに居る。転石を飛び跳ねる際、ショートしないよう余計多めにジャンプしてしまう。飛び過ぎて「おっとっと」だ(´;ω;`) 枝を掴み損ねたり 岩に伸ばした脚が届かなかったり 眼から来るフラツキまである。 高低差・段差は今まで数十年の経験でなんとか補い登ってる感じ。自分でも訝るほど不慣れなギコチナサだ。

なので今日、カメラはザックに仕舞いっぱなしだった。まあ、なんとか、、、課題がクリアできたのは…もっけの幸い、良しとするかなw それはともかく ビール飲んで 風呂に入って 筋肉をほぐそう といっても 青タン 赤タン ヒリヒリだろうよ、 ひえ~!

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イイ男だね♪ Sさん


次回25日、山クラブでは広谷川・蝉ヶ平からの「御神楽岳」と西会津安座の「龍ヶ岳」の計画になった。どちらも岩山だ。「仙台ゆうゆう館ツアー」で「九才坂峠-目指岳-龍ヶ岳」が2012年に組まれたっけなぁ。そっちはともかく、まずは御神楽岳・・・、車がない身にとって「栄太郎新道」に連れてって戴けるというのは好機。ありがたくお願いした。40代当時に遊んだ日尊の倉、狢ヶ森、雲河曽根から中ノ又まで越後山脈の藪尾根をこの眼、脳裏に焼き付けたい。御神楽稜線から水晶尾根、御神楽槍、山伏尾根、山伏ドーム、湯沢本谷、各スラブ壁、雪崩で磨かれた異次元の”大伽藍”を眺め下したい。

●トラさんのブログ ”ソロで生きる” 御神楽岳 リンク張っておきます

昨年、雨で流れたこの計画、今年もリトライだ。そろそろ梅雨入りだが、晴れるといいなぁ御神楽岳。皆さんに迷惑をかけずに楽しみたい。雨が降ったとしても、室谷登山口からの往復にすれば24年ぶり、8度目の稜線に立てる。諦めかけていたので素直に嬉しい。70歳前に再見、登れる、しかも横断っだなんて・・・、「山クラブ」のお陰だと思う( `ー´)ノガンバル 同じ山に8度も登っても…いや何度登っても、新鮮な山だと自分は思っている。厭きることがない。

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裏磐司岩を眺める ”夏子” (´艸`)
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終了点に到着 今日のコースを地図で確認する
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ナメの始まり
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巨岩帯をのっこした者へのご褒美… 「天国のなめ」
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かしましく咲くのも中にはあるが・・・フタリシズカ
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アマドコロ?

余計なことだが・・・
じつは私の場合、夏道の段差はストックでその深さを計っている。「白い杖」代わりにストックを携行している。なので、下山中の段差は気にならない。問題なのは木道や直に地面をストックで突く際、ゴムキャップの所為でストックがツルっと滑る場合があること。なので一律にゴムキャップ着用を強要するのは善くないというのが持論だ。
隻眼となって障害者の立場を理解したのだが 尾瀬で「ゴムキャップ無し」を咎められるのも面倒、かといって「白い杖を突いて歩けば?」というのも「差別」的感覚だと思うし… 自然保護の名のもとに「画一的に」ゴムキャップをつけることが即「善行」と言えないのはそんな理由からだ。
木道で挨拶を交わす人の中には眼の悪い人も・耳の悪い人もいて普通に尾瀬の自然を楽しんでいる。木道を削ってしまうから、植生を荒らすから、土を崩してしまうから、、、と「偽善者?」たちが一律に「善行」を重ねるが、マイノリティである視覚障害者にとってはその「善行」がキツイ一言に変わることもある。
ゴムキャップを付けない人たちの中には 身を守るために『意図して装着しない』人たちも居る ということを忘れないでいてほしい。






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by tabilogue2 | 2017-06-11 18:51 | 二口山塊 | Trackback | Comments(3)

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この連休、海だ山だ川だ・・・ という人は何の心配事もなく暮らせる人だ。4月27日以来 ここんところ秒読みの政治情勢を 先んじて読みすぎちゃってw  先行きが窮屈感に抑え込まれ 老いた身には息もできんほど(´艸`)

大きな見出しで「無敵艦隊の来襲」、煽る見出しが新聞に踊るたびに たとえそれが トランプ流の ” ブラフ ” だとしても庶民の一人としては 遠出もできぬほどに 心痛む日々となる

煽る、人為の証拠に安倍晋三という人は 北朝鮮情勢を好機と言わんばかりに憲法改悪、自衛隊の国軍化と海外派兵、テロ対策と称する共謀罪、、、防衛・艦艇護衛と余念がない その割に 韓国にいる邦人の引揚げに関しては 具体的に案を練ってるにすぎない。 北が狙うテロとしては最大懸念である原発防備に関しては完全に無策。原発規制委員会の田中委員長は北の攻撃に関する防衛について何も考えてもいない。 つまり 安倍晋三という人が煽る割には情勢は緊迫はしていない という見方だ。

アメリカと中国とが介入し、5月1日に北朝鮮に対して「対話路線」「禁輸路線」に転換した以降も北朝鮮を核実験とミサイル発射との危惧で半島の軍事勃発は不可避的状況だ といい続けている 世界の国民が反戦を希望している中、米中の強硬路線はとっくに懐柔路線に切り替わっているのにいまだ「憲法改悪」に向けこの北朝鮮情勢を宣伝利用しようとする。 戦争の悲劇を再び か?



とまあ、、、今日は 足馴しと 少しの息抜きの積りだ、五月の空気を羽根いっぱいに摂り込むで 初夏の空を楽しみたいと近場の山に出向いた

昨年と同様に 奥山登山適期のスタートには笹谷峠を選んだものだ。峠に向かう高速道脇の斜面を 山桜が ポッ、ポッ、ポッと ピンクの灯りをともしている 遠目に淡い新芽のうす緑の中、ピンクが浮き上がり 南斜面の彩りが凄くきれいだ 南会津黒谷川、城郭朝日山の東西両面の谷に咲く桜を思い出す…。

笹谷峠はまだ宮城側が開通していない 雪が落ちてもまだ落石の心配があるからだが 12日が開通予定という情報なので 山形側から峠に登ることにした。 既に峠には 10台ほどが並んでいた。


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いきなり、最上神室のテッペンの写真から失礼するが・・・w
山頂では6人ほどが昼食中 声が明るい 開放感がいっぱいだった

ラーメンをこさえて オニギリをほうばり お茶を沸かして飲んで
世間話に興じ 談笑する・・・山の時間を十分に取って 味わっている 

こういう登山が この歳になってからは好きなんだなぁ あぁたまらんw

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赤シブの「烏帽子岩」肩越しに月山が浮き出て 左へと
赤見堂山から大朝日岳を主峰にして御影森までの朝日連峰が白い一筋を曳く

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ハマグリ山の山頂からスマホ撮り。 とんがり山(外蕪岳) 奥に最上神室の稜線

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ハマグリ山の山名板はところどころに貝殻が抜け落ち、読みにくいが
 
謎めくこの貝殻の山名板。 
いつごろ いったい誰が どうやって そして ココにあるのか・・・? 
チビッコ登山家たちに大いに人気がある

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キクザキイチゲの白花と青花がきれいだった


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8時半に登り始め13時に大関山を下山したが、せっかく笹谷に来たのだから
少し足を伸ばして・・・山形市緑町の「わかばのたい焼き」を買って 
さらに 東根温泉の とくに熱い風呂を浴びて 関山峠で帰ろうと
ハンドルを西へと切り、笹谷峠を降りた

「わかばのたい焼き」さんは混んでいた 隣りの蕎麦屋の琳さんも売り切れ、はや店仕舞い
たい焼きをほうばりながら 「食べログ」を開き 東根温泉に向かった

今日一番の驚きというか 蕎麦馴れした私の好奇心をくすぐったのは…
「一寸亭」の肉ソバではなく、東根市役所横の「二代目高橋商店」の醤油ラーメン。
「黄色いのれん」が勇ましい ラーメンに自信有りの表れでもある。

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嘘偽りのないところを写真にとってあるので ごろうじろう
お店のおすすめ書きに 以下のごとくに記してあった

煮干しの出汁です
極太の縮れ麺です 看板に書いてあった ”あえて硬め”ですよw

とにかく登山の後にピッタシの塩分がとれます 重宝します

さらに どでかい、分厚い、チャーシューに おったまげる。
厚さが5mm以上ありましたよ
それと メンマが長いまま まるまる入ってる

煮干しのきいた庄内系ラーメン 麺は太く硬めで体育会系でした 
”食べログ”の口コミのまま、印象に残るラーメンでした おいしかった。


さあて これから おんせんおんせん ひとっ風呂だ
東根の湯家:石湯にて汗を流そうか 君も ひとっ風呂 どうだ?


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by tabilogue2 | 2017-05-05 08:44 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)