カテゴリ:会津・越後( 35 )

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画像をボカしてみた 想像力を働かせて… 岩の斜面を見上げてくださいね 
斜度は60度ほど、、、作並温泉駅近くにある鎌倉山の「左方カンテ」同様の仰角かなぁ?
いや? ソレより10度ほど寝てる かな? これが取り付き。 
100mほど この斜度が続くわけだから ちっちゃいのに たまらん♪


蒲生岳のような登りと違う点は・・・蒲生岳は登るに連れて角度が急になるが
この山はいきなり イントロドンで急登になる所 かな?


空が見えて山頂がもう直ぐ・・・と思うけど、、、が、まだ着かない。
最後までブッシュを 手繰り寄せる。
振り返り見るが、枝木の「隙間」が空いていない 
景色は…山頂に登ってから ゆっくり堪能することにしよう。



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中央部、龍ヶ岳532m


西会津から新潟に抜ける際に高速道路は「龍ヶ岳トンネル」を潜っていく。
そのトンネルの根本にあるのが 「龍ヶ岳」という岩山だ。

この辺り、安座(あざ)地区は雪が多く 雪崩で山肌が削がれ白いスラブ肌となり
 尾根筋には松の緑が残り これらの筋が縞模様になり その微妙な美しさが一帯にある。

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例えて云うなら 一頭のシマウマが寝そべっている感じ



龍ヶ岳と御神楽岳はセットで昨年10月に計画されていたが 雨天順延で、、、今日になった
「仙台ゆうゆう館」でも5年前に催行企画され 歩かれている小さな山だ
隣の山が目指岳で「九才坂峠」で有名なところ 弘法岩もある


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6月24日10時 この小さな看板標識から右が すぐさまの取り付きだ
標高は532mと低いが 登りはのっけから急登で泣かされる。

でも愉しい山だ。山頂まで ロープあり~の ブッシュあり~の
ひたすら ただ ひたすら 急斜面を登る。


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449m峰

左 反時計回りで帰り道を採る。細い馬ノ背状で時々パノラマが展開される
地形は沢を真ん中に挟んで グルっと馬蹄形に一周りする城壁のようになっている。

ブッシュが多いが 明日の「足馴し」には面白い山だった。こういう山もあるんだね。

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馬の背あり~の
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目指岳650m 
細尾根あり~の

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ロープを出し~の

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グルっと一周して ブッシュが終われば 下山口

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14:00に下山。(朝、こちらの民家の門をまっすぐ谷に降りていく・・・)
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弘法岩方面






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by tabilogue2 | 2017-06-28 15:04 | 会津・越後 | Comments(0)

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山伏尾根と山伏ドーム 

ドーム直下にはテントが張れるらしい、、、
25年前のこと、もう記憶には 印象の強いイメージしか残っていないが
この山伏ドームを この尾根の反対側、もう一本向う側の水晶尾根の各ピークから 
憧れの眼で眺めていた そんな自分が 居た。



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オトメユリ


6月25日 今日の天気は曇りで昼頃から雨降りの予報。
その中で「山伏ドーム」を拝むことができた。。。 じつに痛快 満足だった。
悔いは一つだけ、「湯沢の頭」で雨に降られてしまい、写真を撮れずに通過したこと。
あと30分早ければ、、、撮れていたなぁ。

コレがこの季節、このコースのポイント・・・雨が降る前に「湯沢の頭」を通過すべし。
こんな岩だらけの山でw 靴ズレを起こして、その痙攣した足を4時間、引きずってきたわけだから 
幸運だったと思わなきゃ バチが当たるというもの。。。

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10:57 「高頭」直下。 右手、楢山ゾネに立つ「覚道の頭」(カクドウノカシラ)
オトメユリ 白い花はキバナウツギ 

他に ドウダンツツジ ウラジロヨウラク キバナニガナ シロバナニガナ タニウツギ 
ハクサンシャクナゲ アリドウシ トキソウ ニシキゴロモ ゴゼンタチバナ

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栄太郎新道の頂点「高頭」(コウツムリ)
 
この頭から本谷に向かって 左斜め下方に落ちる尾根が「中央稜」です。
栄太郎新道から最初に目指す稜線・「高頭」は右肩から目指します


数年前のこと、、、
「南会津山の会」の、今となれば「遺物」のような会報誌68号(昭和62年9月発行)を読んでいたら
こんな記事が載っていた。


「1985年9月14日、偶然 栄太郎さんのキリツケに遭遇」
場所は笠倉山と赤綿尾根とを結ぶ稜線の藪の中

栄太郎新道を「高頭」に向かって登っている時、背後に「笠倉山」はある。
つまり「栄太郎新道」は周回する円の「初め」と「終わり」部分だ。
他の尾根部分は昔からの登拝道、交易道、マタギ道だ。

ブナのキリツケにはこう書いてあった
「登山道切開キ記念 昭和三十四年七月中 熊倉栄太郎五十九才」


59歳・・・って、、、還暦前の一仕事でしたか? 開いた口が塞がらない。
栄太郎さんは最終集落「蝉ヶ平」の生まれ。還暦前にあの急峻な登山道を拓いたのは 何のため?
どんな使命感があったのだろうか? …今でも それを思うと 不思議な思いになる。

昭和32年(1957年)はようやく新潟の雄、峡彩山岳会が飯豊の沢登りを開始したころ、、、?
新生間もない新潟山岳会も 御神楽の沢や冬尾根を登り始めたのは昭和40年ごろ・・・だから 
熊倉栄太郎さんの御神楽登山道開拓はそれらより5~10年ほど以前に始まっていた。
逆に言えば、新潟にジャルピニズムが浸透しだす前に、「登山道」を開削したことになる。
どこから こんな「ヒント?」をもらったんだろう? 御神楽の七不思議だ。

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湯沢本谷の大伽藍

画像左から右上中央の湯沢の頭へ向かう尾根が「山伏尾根」(ヤマブシオネ) 
山伏尾根上の2つの岩塔、小さいほうが「ピナクルⅢ」 大きな岩塔が「山伏ドーム」
正面真ん中のピークが「湯沢の頭」(ユザワノカシラ)湯沢本谷スラブ群の要 
「湯沢の頭」直下に向かって三本の光るスラブ(アバランチシュート)が見える 
左から本谷スラブ(山伏の頭の右) 中央スラブ ダイレクトスラブ(湯沢の頭直下から奥壁にかけて)

湯沢の頭の左下が「山伏の頭」(ヤマブシノカシラ)ここで「水晶尾根」が分岐する
湯沢の頭から右へ向かう稜線は楢山ゾネ
写真最右翼のピークは「正面陵」の頭で その下、右斜めに落ちるのが正面ルンゼ 

25年前、これら上部のピラミッド(三角錐)群を「湯沢本谷の奥壁群」と呼んだ
湯沢本谷最下部にある雪渓下の滝を「湯沢の大滝」と呼んだ たぶん大滝は雪で埋まってるはず
今日 誰にも邪魔されずこの景色を眺めてきた。 いやはやまったく 懐かしい。


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7:06 広谷川の左岸沿いに断崖を巻き込むように道は付いている


御神楽岳には15年ぶり、8回目の登山だ。今日は山クラブKAMUROのグループ登山。参加者は12名。

栄太郎新道は水晶尾根の岩登りで歩いた道、過去に2回ほどこのコースを下っていた。この道の怖さは充分知っているw
この栄太郎新道を登りで使うのは25年ぶりで、2回目と少ない(登りのルートは岩か 沢か 夏道か?だった)

今回は 靴ズレを両足の踵に起こしてしまい、そのカバーで?ぎこちない動きになり 足に余計な負担がかかったようで
両足の大腿筋に痙攣を起こすという 自分にとっては初のハプニングに見舞われた。
酒の飲み過ぎだ…などとけしからぬ評判を立てるものがいるがw キメツケはよろしくない 
前夜はウィスキー100ccのみの持参なので 御神楽登山の前夜に深酒するよな?愚か者ではないのですよ(´艸`)

「高頭」(コウツムリ)で靴を脱ぎ、水の溜まった靴ズレ痕をテーピングで応急手当をしようとしたら
 偶然、「高頭」にいた新潟三条の男性が 見るに見かねてw応急処置をしてくれた。

新潟の三条と云えば… 福島側、本名村の隠里に「三条集落」はあった(今は廃村) 
僕が本名側から狢ヶ森や日尊ノ倉、霧来川から前ヶ岳南壁に通っていた頃は 暗いジメッとした「分校跡」もボロボロの民家もあった。 

その昔 越後三条に砦を築いていた豪族で「三條掃部頭兼任」(サンジョウカモンノカミカネトウ)という人がいて
その流れをくむ三家(三条、下山、丸山)の一族が落ち延び、県境を越え福島県金山の本名村の奥地に住むこととなった。
家筋は新潟の三条家の人たちだ…、墓碑には代々「道明」と彫るなどして家系・血筋を守っていた、その物語が三条集落にある。
宝刀も法典、書物、巻物もすべて残っていたが 隠れ里が里人に見つけられたと同時に 庄屋である栗田家が持ち去ってしまった。

噺はかわるが、「源賴義時代の言い伝え」だと云うことから・・・ 「当時」とは 平安時代中期まで遡ることになる。
ということは 荘園制の地頭と家人の関係に?三条と下山、丸山の3名は当たるのかもしれない…(物語が長くなるので止める)


そこへ今日、また偶然に、三条の男性が現れ靴ズレの手当をしてくれた、これは何かの縁か?w
靴ズレと痙攣のダブルパンチで まるで修行僧のように歩むたびに苦しんだが 耐えるしかなかった。
歩いても攣る 休んでも攣る 冷えればもっと攣る 痛みには行動食と白湯、漢方薬で耐えてきた

遅れはしたが… 自力下山できたのはもっけの幸い。皆さんもキツカッタんじゃないだろうか?
Aさんからインドメタシンの塗り薬と リーダーから痙攣止めの漢方薬とサロンパスを戴き
良いペースで けっこう降りのよい雨に濡れながらの下山となった こんな日もあるんだね(´艸`) 



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8:00 湯沢の出合い着、地元では「スモ平」(スモヒラ)と呼ぶ。
ここは沢ヤの天場で4人用テント1張り張れる 焚火もできるし水は湯沢からすぐ汲める

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9:08 50m後方からの撮影。ルートが松の尾根から先が見えない。不明になった感じw
登ってみたら、岩壁の基部を左から回り込み バンドを左上し 岩の上部にたつ… 巧いコース設定だ。
向かって左側は「前の沢」 右は「覚道沢」


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9:32 その上の 鎖のない岩場を三点支持で一人ずつ通過する。そのご休憩だから時間がかかる。
この頃から「靴ズレ」がひどくなってきた、 昨日処置したテーピングも剥がれてきたみたいだ。
踵の皮がベロっと剥けたか???ヒリヒリ肉に当たって痛い(T_T) あと3時間はかかるのに・・・。

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9:37 リーダーの指示で「またずり岩」を一段下がって難なく通過
ここからは 斜面も急になり靴ズレがさらに酷く 一歩進むたび 傷口に塩を塗ったように痛む
景色を楽しめず(写真は撮ったけどw)、「高頭」まで ただひたすら耐えた

ところどころの岩に穴がポコポコ空いており 小さな水晶が光っている。採取できなかった。
昔、「水晶尾根」登攀時に2cmほどの水晶をハンマーで採集したことがあったっけ。

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ココは”V字バランス”で、、、 いやいやw 一段降りて稜に手を添えながら進む。
左右ともスッパスパの断崖絶壁。落ちたら死ぬ。岩はボロボロ、手でモロっと剥がれるほどw

「高頭」~「湯沢の頭」稜線では 2つほど悪場が待っている
三点支持でゆっくり確実にホールド&スタンスをなぞる フリクションは充分ある。

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おそらく ここは「正面陵」のピークになると思っている岩場だが、、、クライムダウン箇所。
ココを過ぎれば まもなく「湯沢の頭」(ユザワノカシラ)だ。 gas gas! 何にも見えない。
稜線で唯一見えると言ったら、白い十字の花で着飾ったヤマボウシの木。見事でした

湯沢の頭には 小さな山名プレートがあっただけ
25年前にそれを抱えて撮った写真がアルバムに残っている 今は文字が掠れているが
雨が降ってきた合羽を着る カメラをしまう

湯沢の頭を越えれば「小岩塔」が一つあるだけ バランス保持以外は危険個所はない
「殺生窪」(セッショウクボ)の最低鞍部から いよいよ最後、ズルズルの急登にかかる 
右手の大蕎麦谷側に道がつけられたり 岩場を登ったり ロープがあったりするが 雨乞峰まで我慢の登り
難所・悪場が続く場面だが ガスでスラブ群が見えず残念。見えずに助かった人もいるか? 左の御神楽沢は恐ろしいよw
(昔、ヘッデン一つで最後のスラブ壁を攀じって 20時に本名御神楽岳に上がってきた男が居たっけ・・・思い出す)

湯沢出会いを8時に発って 計画予定時刻の1時間遅れで湯沢の頭を雨中通過 
痙攣がもとで 雨乞峰までさらに30分遅れ皆を待たせたが 急いでも仕方ない。
歩きの速い人はリーダーだけだろうし。皆に遅れてすまない…と思う前に この稜線では先ず慌てないことだ!
これで「積年の個人的思い」は達成された…。。。


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ニシキゴロモ

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トキソウ


湯沢の頭で 雨に降られ大事なカメラを仕舞い込んだので 画像はない 
景色がガスで遮断されているので怖さはない 逆に妙に記憶の残りやすい部分が頭に入った

汗で躰が冷え、休むとまた痙攣しそうになる 動いてる方が楽チン
申し訳ないが リーダーに許可をもらい雨乞峰で本隊と別れ、2名先行し「予定通り室谷コース」を下りた
体が温まると… 筋肉痛も収まってきた 動いてる方が正解だった

追いついてきたリーダーから 行動食の餡パン差し入れがあった。半分食べ半分はポケットに閉まった
いちおう チョクチョク行動食を摂り続けていたのだが さすがに炭水化物がないと空腹は治まらない
下山口まであと30分というところで、胡桃砂糖も貰い、白湯と食べかけの餡パンで落ち着いた
リーダーのMさんには細々と気配りしてもらい、世話になりっぱなしだ。ありがたい。水はペット2本半のんだ。


ツェルト ガスバーナー ビバーク用アルミ箔 120cmのテープスリングは
個人装備にしたほうがいいと思う テン場で緊急時に凌げるし暖も取れる 我身の安全が第一だ
特定小電力トランシーバが2台ほど必要かな? 500mは電波が飛ぶ。リーダーは助かるはず。 




私のブログで使用している地名や名称は 1993年に検証を済ませてあります。
新潟山岳会で用いた1993年当時の名称(会報くちなし100号 特集御神楽岳)と呼び名を使っています
面白いことに「高頭」が コウツムリか?、タカツムリか? 国土地理院でも呼び名に変遷があります。
ちなみに当時は「コウツムリ」と呼んでおりました。「覚道の頭」も当時は「カクドウノアタマ」と呼びました。
ネットでの山名呼称を追うと「カシラ」という呼び名が目立ちますが 昔からカシラであればそれが正式なんでしょうね。
で、津川町上川支所に尋ねたところ「音読み訓読みでの山名呼称雛形がないのでこれが正解だとは言い切れない」とのこと。
次に 新潟山岳会にお尋ねしたところ「高頭」以外は「カシラ」で統一な?お話しでした。昔は「アタマ」もあったのに…
仮に 音読み 訓読み 現代呼称などで違和感があればコメント欄にお知らせください。


湯沢の頭 ゆざわのかしら
覚道の頭 かくどうのかしら
山伏の頭 やまぶしのかしら
赤松の頭 あかまつのかしら
高頭 こうつむり
蝉ヶ平 せみがたいら
スモ平 すもひら
大蕎麦谷 おおそばだに
死谷 しだに
常浪川 とこなみがわ 
広谷川 ひろたにがわ
室谷 むろや
大九蔵 小九蔵 おおくぞう こくぞう
棒目貫 ぼうめき
志無燈山 しぶとやま


*当ブログも「カシラ」に統一・変更いたします  2017.07.04



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by tabilogue2 | 2017-06-26 14:46 | 会津・越後 | Comments(5)

坪入から丸山まで・・・

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訓練やってるかい?

そろそろ
荷造りの軽量化を試そうと思う

計画は3泊4日だ 
食糧(7食 行動食4日) 酒3日分 水 テント 寝袋 アイゼン ロープ

軽量化したら 背負って尾根を何度も 登ろうと思う
こんなもんさ・・・と慣れるまで続ける

食糧も 実際にメニューを考え作って食べるべし
カップラーメンは昼だけにしよう



カモシカの雪稜が発達するまで JR面白山駅から登る
雪稜が発達すれば 雪上訓練しよう!
そして 栗子の稜線で2泊 試そう!



準備を怠りなくぅ 同行諸氏。

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中央に坪入山  左奥が会津丸山岳

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右から 会津丸山岳 中央奥に梵天岳 左に高幽山 手前の尾根は坪入山から高幽山への稜線

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右から 高幽山 浅草岳 鬼ヶ城 大川猿倉山 村杉岳 

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ここも 赤布だらけだ・・・



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by tabilogue2 | 2016-11-18 17:45 | 会津・越後 | Comments(0)

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いやいやいやいや・・・ 

別に 甘く見ていたわけじゃなかったんだけど・・・
結果的には こんな山もあるんだという驚きと新鮮味と楽しさとを
一度に感じさせてくれる「会津の里山パック」だった

3つある佐倉山のうち 登山道のある八総佐倉山(やそうさくらやま)

坊や~よいこだ 寝んねしな♪ 
あの「まんが日本昔ばなし」に見るよな そのまんまの 
ポッコンポッコンと急激な上り下りが連続する岩山だった

トラロープが ひっきりなしに出てくるw 
断崖や 瘠せ尾根が 背筋を凍らせてくれるw
たっぷり汗を絞られる、、、 でも 可愛い~お山・・・w

この矛盾した表現がピッタシの里山


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9:45 登山口から ジグザグの急斜面がつづく
時々 四つん這いで登るのだが 落葉にイガグリが潜んでるんで
うっかり手を下ろせない


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 濡れた落葉の上に カッサカサの落葉が積もって滑りやすく
また この落葉が深いので 時々道形を見失うほどだ
そんな急斜面に 一汗もふた汗もかかされる 


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30分後 ようやく屏風岩だ。ここは右側を通過し 岩の背後で一本とった
バックバクの心臓鼓動音を聞きながら 息を整える

こういう朝一に急坂が出るよな山路は 「最初の汗をかいたら一本とる=順応時間」のが大事。
じつは 歩き始めの発汗で、最初の休憩をとることが 一日の体調を決定する
心臓の負担を軽くするには 順応時間を設けることが じつに科学的な登り方なんだね~。


そうそう今朝の冷え込みは厳しかったぁ 霜が降りて屋根も草も真っ白け
 アノラックを着込んでのスタートだったのだ

休憩地では皆さん一様に「小バカにできない里山だなあ・・・やれやれ」
そう思ったに違いない
軽装となった各自の表情に それを読み取るのは容易だった


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屏風岩のつづき 細尾根で・・・
カメラを構えるがシャッターがロックした(ボタンを押し間違えたトホホ)

左下3mに トラバース道があったようだが それに気づかず
御札があがってる石塔前の痩せた岩稜を稜線通しでアクロバチックに ソロ~リと通過する
知らぬうちに お尻がサワサワしてくる
これはこれで楽しい思いをしたんじゃなかろうか?(笑)

後ろで キャーッ! 歓声?悲鳴?がする(´艸`)
120cmのスリングを 細い木に掛けアシストにするが・・・
はたして、セットの効果のほどはいかに?
どんな山でも 入山の際にはスリングを一人一本 携行しよう!

でも御神楽岳の榮太郎新道を登るのであれば 
ココは練習ゲレンデっつう感じ


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黒岩山、保城峠など 七ヶ岳に連なる山々



序の口、怖さが連続する場面がつづく(笑)
足元の先、北側は尾根以外の全てが断崖なのだ さすがに岩山だ
「スリル序盤戦」を味わいつつ 一山越えてアンテナ跡地にてホッと一息ついた
東には 昨日登った七ヶ岳がきれいにクッキリだった

さて ここからトラロープの連続する「本番」へ・・・ 
一旦下って 最初の小さなポッコンを越えるのだ 
作並の鎌倉山に例えると、「左カンテ」ルート下部と同等の斜度をもつ
最初は高差で30m、さらに続けて50m+50m=100mほどを2段で登ってゆく

この山の特質にもなっている「岩場」が続くのだが・・・?
鎌倉山のゲレンデと違って、左右に木立があるし、木の根っこが手掛かりになるし
トラロープもあるし まずは「余裕」だろうけど・・・。

ポッコンを登ってしまえば 下るしかない さて30m急降下だw
なんせ断崖が~ぁ、、、イヤというほど目につく~ぅ、、、(◎_◎;)
いやらしい。。。
見ないでおこ(´艸`)プッ

最初のポッコンと次のポッコンを結ぶ、渡り廊下のような道を3、40mほど水平移動して
続く2つ目の大きなポッコンにとりかかる~んw
トラロープが頭上に何本も垂れさがるw (ホールド・スタンスは充分)
直上か?、と思いきや右に振られ、崖をトラバる・・・複雑 
左右にゆるゆるのロープがガードしてくれるw

「もう たくさん!」・・・こんな心理が働くのかどうだか?
最後の最後、頂上か~? と期待すれば、、、裏切られ 偽ピークに泣き(´;ω;`)が入る
あと50m先?、、、ガッカリさせられるんだゎ、これが(笑)

心の内を 山に見透かされたようで チョピッと屈辱感を味わう(´・ω・`)
もう 違う風景を観たいのにぃ・・・だなぁw

今年の「山開きに200人参加」 中には地元の子供たちも登る・・・って 
湯ノ花温泉の蕎麦屋で、自慢げにオヤジが言ってたなぁ 
佐倉山-大嵐山-田代山の順番で毎週が山開き。関東から毎週Pハンターが来るらしいw

で、、、調べてみた・・・
キャノン山の会 奥田博さんが書いたガイドブック「福島の山」1987年版によれば、、、
テレビ塔の所に「これより先、小中学生の通行を禁ず」という標識がある と記されていた。
つまり、30年前は通行制限の標識があったようだ。んが、今は、ない。
つまり 登山道として整備されたわけだ。
なるほど 蕎麦屋のオヤジは嘘をついていなかったw


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秋の一日を 陽がな楽しんでいるうちに 頂上に導かれる 
時計は すでに2時間近く経ちつつあるようだ
ちょうどお昼時、、、里の村からオルゴールのチャイムが響いてきた
L'amour est bleu 「恋は水色」という、おフランスの香りふんぷんのPOPS 

僕は当時 高校2年生だった テエシタ ベンキョモシネデ・・・ヨゲナコトバリオボエデキテ コマッタヤロダ
シルヴィ バルタンの「アイドルを探せ」のほうが当時は好きだったなぁ
それから、フレンチ ギャルの「夢見るシャンソン人形」ってのもあったしぃ
ああ 懐かしい(´艸`)

ま、フレンチPOPSはそんなもんだ、、、20人が座れるほどの二等三角点の頂上。
さあ、ランチだ。 皆さん、安堵したのか? ニコニコ笑っている
楽しいというより、「してやられた・・・」という気持?
顔にチョッピリ その想いをのぞかせる


東には 「七゚ヶ岳」が白くうっすらの雪を反射し 浮き上がっている
西には 「割佐倉山」(ワッツァグラ)越しに「大嵐山」、さらに、、
既に白く、、、雪山となった2000mの峰々がひかえている
白き峰の右端は坪入山か そして窓明山 木の枝が被っていたが三岩岳 
南には 三角形の「黒峠山」、「荒海太郎山」以外 指呼できる山は雑木で見えない
「枯木山」も22年前に登ってはいるけれど、、、雑木が邪魔して同定できなかった

いい感じの山懐に、幾畳もの山脈(ヤマナミ)を這わせた里山たち
凄い数の里山・奥山が連綿と東へ東へ さらに東へ県境稜線へとつづく
まるで ヌウの群れが土煙を上げ アフリカの大地を移動するかのようだ

南会津の山脈(ヤマナミ)はいつもこんな感じで 見る者にスケールの大きさを呈する


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ハイ もう少し下がって、下がって~・・・
といわれても?
後ろは 断崖絶壁 ムリ(´艸`)
 
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帰り道も急斜面が続く 岩場や細尾根がないぶん ずいぶん助かるけど(笑)
この山道をピストンにしないで 正直ホッとした
おそらくそれなら僕ばかりじゃない・・・全員がそう思っただろね♪

急傾斜を3つほど過ぎただろうか?
緩く長く延びる南尾根を右へ(西へ)折れる

やがて尾根筋が消え 沢状に広がる地形となる 
この山の抜けでは 里山の雰囲気が存分に味わえるようになっていた

栗と小楢の雑木林に カラマツが黄金色を添えている 
ドングリの実がたくさん落ちている
明るい、ふかふかの枯葉の林で 最期の休憩をとった

「反芻」の時が流れる・・・
時間とともに茶枯れた景色に馴染んでゆく
去りがたい気持ちのモヤ-っとした塊が、いつまでも林の中を彷徨っているようだ 

もうすぐ 冬が来るんだなぁ そう、白の世界が一面を覆うのもあと一月だ


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山の裏側に出た。。。伊予戸川が流れている。。。
 
カラマツが風に吹かれて、「金色」のシャワーを降らす
いつまでも降りかかる枯葉のシャワーに
 足取りも軽くなるよな・・・解放感がそんな気にさせる

沿道の農家のお母さんが ニコニコ挨拶なさる
「山に登ったの~?ごくろうさまだごどぉ こっつの山てえへんだったべ~」 
こっちもニコニコ顔で挨拶をお返しした                                                              

下山口から30分も歩けば 伊予戸集落、舘岩橋につく
此の川は暴れ川のようで・・・、川幅がかなり広い

午後の日差しは 気温計を17度にも昇らせていた
舘岩川越しに何枚も写真を撮る 長閑な里山の褐色がつづいた。。。


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午後の陽に映える八総佐倉山
あのポッコンポッコンを登ってきたんだべ・・・(´艸`) 
いい山だ・・・ んだんだ いい山だべ


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こっちのポッコンポッコンは 
伊予戸のワッツァグラだべした(割佐倉山 わりさくらやま)
おもしれそーだー んだんだ おもしれそーだべー、
また登るべー んだんだ また登るべー








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by tabilogue2 | 2016-11-14 08:23 | 会津・越後 | Comments(2)

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今回、34年ぶりに七ヶ岳に登った といっても縦走ではないけど・・・。

初めて登ったのは 郡山勤務時代。
程窪沢から登って荒海駅へ下りたのだったが 
今回は登山路が沢荒れで黒森沢コースが通行止め 循環できず。
そのため 上岳のみのピストンだった。


あらためて 上岳から眺めた七つの峰々は 
降雪もあって 登山路が白く浮き出て
さも 七つの峰を縫い合わせているステッチの白い糸のようにも見える
素晴らしい光景だった


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印象に残ったのは 高杖スキー場のカラマツ林・・・
午前中は曇り空で 時折霧雨を感じる程度だが 
その折々で眺めるスキー場はカラマツのお陰で 異常に明るい

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陽が差してくる直前のスキー場



写真の画角なら・・・どこか・・・見もせぬアルプスのよう と言い放ちうる
そんな牧歌的な雰囲気が漂う スキー場の大きさに比例するのだろうか?


午後の晴天でも 雰囲気は同等だったが やはり曇り空での黄色
カラマツ林の黄色が浮き立つ様は 晴天時のそれより格段上のような気がした
天下一ね

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スキー場の最上部手前、この標識が登山道の入口だ 見過ごしてしまうほど小さい!!

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高杖スキー場の登路はけっこう長く それなりに登山の負荷がかかる

途中 さいごのリフトからは雪道になり 初ラッセルの気分を味う
夏山から冬山へと「心の入れ替え」が必要な時期に それができて良かったと思う
電波塔からの下降、急斜面はスリップの連続だったが それさえも「入れ替え」には良い刺激だった。

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賑やかな隊列は山頂付近で長く伸びるが、、、でもここはまだ山頂じゃない

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あれが山頂だ


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八総佐倉山が見える・・・


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スキー場の雰囲気は こんな感じ

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午前中は曇り空だが見通しはきいた 
下山時には高気圧圏内に入ったようで 青空が広がった

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「山クラブKAMURO」の仲間に入れて戴き 初めての会山行
いちおう「新人」さんだ(´艸`)カッコツキダ 新入りの「洗礼」もうけたゼぃ(笑)

これで 孤老の山行も 賑やかなグループ山行も 
どちらも味わうことができるかな?

ご一緒する「山クラブKAMURO」メンバーと人生初の「グループ山行」だった( `ー´)ノ

いい年こいて ご迷惑をかけるわけにはいかないので・・・
それなりに老躯に鞭打ったのは、、、 内緒(笑)

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「グループ山行」って なかなかいいもんだね。
 たった一人で、ランチタイムもなしに、行動食のみで、、、ソロ山行してきた身にとって 
どんどんお昼の手料理が回ってくるのは カルチャーショックだった 

このクラブの皆さんは仲がいい その秘訣が手料理にあったわけか??? 
今日は行動食のみで済ませ、紅茶とパンをカジルことしか考えてこなかった自分には
ランチの午後は豊かな時間だった

山歴を懐にしまい込んで ここはひとつ、、、
豊かな食事のためにも?w 楽しいグループ山行のためにも?
どちらにも釣られる”小魚”になろうじゃないか・・・(´艸`)






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by tabilogue2 | 2016-11-13 23:40 | 会津・越後 | Comments(4)


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福島県南会津郡といえば、、、思い浮かべるのは何だろう? 仙台からじゃぁ、一般的に尾瀬かなぁ?
登山ブームだから、山岳関係なら皆さんもパッと思いつくんでしょうけどねぇ・・・

山間の狭隘な土地で農業耕作面積がもともと小さい、特にこれといった名産はない。強いて言えば南郷のトマト?舘岩の赤かぶ?
でもTPPが影響するほどじゃない 大規模経営がないし、自家生産自家消費だし、肝心の林業もとうの昔に極少になった

農業に励む遣り甲斐がない。ちがう???TPPで小農切捨て、輸入米と輸入野菜、畜産農家は格安輸入牛肉で飼料代も稼げないっ 
破綻した林業と同じ道を日本農業は辿ることになる 営農意欲などどこ吹く風・・・自民党政策には納得できるものがない。

只見や伊南・伊北、桧枝岐、舘岩地区は周囲を森林で囲われた土地柄。暮らしにはここ独特な趣がみられるところ。
ここで唯一の産業であった林業は 政治に見捨てられ衰退したまま。
輸入外材の圧倒的シェア、、、自民政治の無策により展望がないまま林業は駆逐され、野放図状態が続く。

昭和39年、木材輸入の自由化が始まって以来、林業ほどTPPを地でいってるものはない。
林業で稼ぐ人たちは外材の輸入自由化で追い出される、過疎地域の農業・林業政策なんてあったもんじゃない。
  
自民党の政権が代々続けば・・・、精密、自動車、機器製造業は保護され、工業製品の輸出が伸びても 
農業 林業 漁業、、、一次産業は衰退するばかり後がない、全農はまるで圧力になっていない証拠だ。

リンク先、「東北アルパインスキー」坂野さんのブログでも こう書かれている・・・
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昭和39年(1964年)に木材の輸入が全面自由化されると、

国産材に比べて安い外国産の木材の需要が高まり、国産材の利用は急激に減少した。


1975年(昭和50年)代には変動相場制になり、さらには円高も進み、
その影響で国産材の価格が下落、木材自由化で日本の林業経営が厳しいものとなった。

この自由化は日米繊維摩擦に続く貿易摩擦問題で、日本の高度成長の絶頂時期に始まったわけだが、
オートバイ・家電製品やのちの自動車輸出の増大に伴うバーター取引で、
日本が受け入れた貿易自由化の最初の方向転換であった。
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すでに 1964年、、、林業はTPPを地でいっていたという その証拠である
岩手県の住田町や山形県の金山町などのように 林業と建築技師とをワンセットで 
和風建築を売りとする集団をつくり、技能者育成を支援し 地域振興策としてバックアップするなど
新手が成功していることにもっと政治は着目すべきである 一次産業はダメでも三次産業で展望を持たせよ( `ー´)ノ!


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南会津郡内は 下郷町、田島町、舘岩村、南郷村、伊南村、桧枝岐村、只見町で構成されていた
このうち 只見町、桧枝岐村、下郷町は大合併せずに自活できる財力があるようですが(電源、観光?)
田島町 舘岩村 南郷村 伊南村が「南会津町」として平成18年に大合併し郡内一になりました
現在、南会津郡内は 南会津町 下郷町 只見町 檜枝岐村の3町1村
広い福島県南部の山間に 11200世帯、27850人が暮らしている(桧枝岐村は614人)

観光地は大内宿、塔のへつり、湯野上、湯ノ花、木賊、小豆の各温泉、田子倉ダム、奥只見ダム、尾瀬、
それから駒止峠の台鞍スキー場、中山峠の高杖スキー場、伊南の高畑スキー場など、
トマトの南郷町、酒は國権、金紋会津、花泉、開当男山、田圃面積が小さいから蔵元も少ない。
江戸時代は幕府の直轄地(天領)だった 歴史的には「南山御蔵入」というようですが。

旧家にみられる建築様式では、中門岳の名称にもなった「中門造り」(曲がり家を含む)、
豪雪地帯独特の、二階にも一間幅の玄関を設えた「兜造り」などでしょうか?
国立公園の尾瀬以外は 何が何だかわからないくらい山の多い、耕作面積の小さい、基幹産業の不明な地域。



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 右から近影に高幽山、 中央奥に浅草と木が被った鬼ヶ城、 左に大川猿倉、猿倉、村杉岳


山は多いと言っても、その山名なら大筋で判る。
那須連山、帝釈山脈、会越アイエツ山脈、燧ヶ岳外郭稜線、内陸の低山に分類できる。

観音山、小野岳、大戸岳、思案岳、本元飯豊山、三倉山、黒滝股山、貝鳴山、斉藤山
大嵐山、真名板倉山、神龍ヶ岳、家老岳、家老山、舟ヶ鼻山、七ヶ岳、荒海山、安ヶ森
枯木山、田代山、黒垰山、土倉山、八総佐倉山、城郭朝日山、大根下山、大博多山
会津朝日岳、丸山岳、稲子山、坪入山、窓明山、三岩山、大中子山、長須ヶ玉山、帝釈山、台倉高山
これに只見・会越山脈の 雲河曽根山、中の又山、浅草岳、猿倉岳、村杉岳、などが加わる・・・

以上の堂々たる山名が南会津郡には控えている。実際にこの30年間で、年に2度は各地を登ってきた。



以上の山名一覧では 似たような名前が三つあることに気付きます、、、「かろう」という名前です。
大内の神龍ヶ岳、 糸沢の家老岳、 針生の家老山、、、
大内の神龍ヶ岳は神域を持った立派なお山だが 他の二つは初耳の方も多いだろう。
3座はともに「会津百名山」に入っている。ほかにも福島県では相馬の鹿狼山、大子の佳老山がある。

で、この一覧の他にもう一つ、同名の山があるんです。面白いことに これまた三つある!
塩ノ原の佐倉山 熨斗戸の割佐倉山(のしど わりさくらやま) 八総の佐倉山(やそう さくらやま)
「さくら」または「さぐら」と訛って呼ぶ「佐倉山」です。
 知らない人も多いだろうけど、南会津好きを自認するなら頭に入れておく必要があるでしょうね。

割佐倉山は「わっさぐらやま」と?ネットで散見する。さっそく立岩支所生活課に聞いてみました。
『地元では「わっさぐら」とは呼ばず「わっつぁぐら」と呼んでます、正式には「わりさくらやま」です』との答えでした。
 そういうわけで、ここでは郡山山岳会編「南会津東部の山」昭和55年(1980年)に準拠し 
正式名称で「わりさくらやま」と呼ぶことにします。
地名は「熨斗戸」ではなく舘岩川を渡るので「伊予戸」が正解かも?
手始めに 唯一登山道のある八総佐倉山から調べてみようか。雪が降る前に見分してこよう。

塩ノ原と熨斗戸(伊予戸)と八総地区は それぞれ数キロの間隔がある また 八総には銅の鉱山跡があった。
佐倉の読みを「サ」と「クラ」に分けると サは桜の花のように 小さい、霞む、うっすらという意味
クラは岩山という意味だろう。つまり、小さいけど急峻な岩山という「イメージ」を文字から抱く
塩ノ原佐倉山が1156.9m 割佐倉山が1304.4m 八総佐倉山が1073.3m 


南会津の里山、藪山、、、山そのものは誠に小さいけれど、これでいて男を飽きさせないほどの中身を持つ。
登るだけでは体躯の運動に過ぎませんけどね、でもね、登ることで気持ちをリフレッシュさせたり モチベを持ったり 
歴史や生物の研究したり、言い伝えの実証的研究をしたり 例えばここの「南山御蔵入地」(天領)の歴史を
古文書を通して研究したり、それらこそが、これからの「知的な山遊び」の一つのスタイルになるんじゃないかなぁ 
と思うんですけど・・・気負いすぎ?言いすぎ?(´艸`)
名山ピークハントなどの単一思考に飽きたらw 登山に知的遊び心を付加した新趣で楽しい山とかかわりを持つ
そんな新機軸が生まれ出るとしたら・・・「趣味の蛸壺」と言われる登山は よりさらに楽しくなるだろうね(笑)


どういうわけか? 飯豊や朝日や鳥海など有名山にばかり興味関心が行きがちだけど・・・、
歴史や山名考、生活史など あくまで自ら興味を抱く山であればあるほど 山への愛着は強く感じるものです
それが「知的遊び心、知的な山遊び」というもんなのかな?・・・ どうだろ?ピークハンター諸氏。

登った順番に画像を貼り付けて一つの物語を表すのも一案ですが さらに、自分が何故その山に登るのかの関係性や
地元人の生活やふれあいを書き加えれば 訴える力も増すんじゃないだろうか?・・・ どうだろ?ブロガー諸氏。









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by tabilogue2 | 2016-11-05 12:09 | 会津・越後 | Comments(4)

三岩岳 その他の写真

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中継アンテナから 三岩
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上に同じ
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2014/05



ブナ平から・・・三岩と、右に1699峰 
ここまでが 体調判断の目安

体調が悪ければ、、、ここで戻るか
ここで幕営か どちらか。。。


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高畑スキー場方面
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遠く那須連山
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田代山方面
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家向山

体調すぐれないときに 窓明からのエスケープで使う
保土橋に降りず、小立岩に降りる際にも使用する尾根






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by tabilogue2 | 2016-10-30 20:24 | 会津・越後 | Comments(2)

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小豆温泉のスノーシェッドの上を歩いて 
黒桧沢コースに入るのだが

数年前の豪雨でコースが荒れ
今は沢沿いのコースは閉鎖されている

ここ何年か 冬道で登っている



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無線中継アンテナ設備のある地点から細尾根になる

その尾根道には カラ松と姫小松の落葉が赤茶色に光り 落ちている
フカフカ道の始まりとなっている
松の脂もあってか?靴音は ススッ ススッ と しなやかさを感じさせる


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やがて 1000mあたりからは ブナの落葉に移り
靴音も ガサッ ゴソッ に変化する

時々 朴葉の大きな葉が
バサリ バサリ と落ちてきている


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1300mのブナ平から
1600mあたりまでかな? 

その尾根が すべてブナの樹林帯

風の通り道は枯れ葉が落ちていない
風が運んでしまうからだ

つまりここでは強風に遭いやすい ビバークしないこと
と言ってるようだ



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陽射しはあるけど とても寒い

続いたブナロードも この辺で終わる



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1700mを超えると 
途端に
アオモリトドマツの樹景に変化する 

この様相、激変が堪らない 心を揺らすのだ

あれ程の ブナの木が
一本もない 潔いではないかw

この変化が 会津の山のおもしろさなのだ


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針葉樹の中に 
ダケカンバが白い樹肌の奇形を晒している

その昔 

完成したばかりの三岩岳の小屋で
白露のクリスマスツリーを見たっけ



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三岩の小屋で 白秋の山を語りあう
 
夜は更け 月は高きにあり 透明な白で輝きをます 
小屋を囲むシラビソの木々を 白く照らしだす

シラビソの米つぶほどの葉先には 小さな雫が垂れ 
その一粒一粒の葉の 一滴一滴の雫を 月が透明な白で照らし出す
キラキラと幾千幾萬の葉先が 光の瞬きを繰り返す

とてつもなく大きい クリスマスツリーのようだ
闇に立つシラビソは 幻想のうちに薄衣を纏い 光を飾りとした

深く静かに魅入ると 突然 風が吹きあげた 
枝が揺れ 光の飾りが掃われて どぉっと「光」が降りかかってきた 

凄い 見惚れるばかりで 何もすることができなかった
この驚き、、、これが自然?茶飯事なのか? 
魅入る者に感動を宿らせ それに触れてしまった心を震わせる
 
その感動に 崩しかけた身のアンバランスを知る
都会ズレした身の そんな浸し方でもいいではないか 
オオシラビソの光のシャワー・・・、少し早いメリークリスマス

振り返ると 薪ストーブの灯りが 小屋の硝子から漏れだしている
その硝子のこちらとあちらとに 人間臭さの境界が見えた

仕事に追われ 山にも行けないと嘆いたS
忙しがり屋の彼も そんな硝子の内側の人間だった

賑わいの夏が終わり 山もそして仲間もそれぞれに迎える秋
山との関わりを 静かに見つめなおしている

山は思考の場でもある 
白秋の宵に 想いを・・・、じっくり 語り 伝えよう   

1994年 山行記録より




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登山道の手の届く高さに 何本ものピンクテープ
5mおき?
無粋な人々の造作に憮然としてしまう

この高さに下げたとしても、、、無意味だろ?
雪に埋もれてしまうだけなんじゃないの?

もっと高いところに下げられたテープはないものかと
周囲を見渡し探すが 
風にゆれるテープはなかったようだ







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by tabilogue2 | 2016-10-27 09:49 | 会津・越後 | Comments(2)

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45リットルのザックに こんだけ詰めたw 必要十分




寒いっ! 疲れたっ! こんな体では、水場は余計に、さらに、遠くなるぅぅぅ 
小屋から10分ほどかかるし 悩むし めんどくせーい・・・ビールでもメシは炊けるしw
だ、か、ら、、、水くみは翌朝一番に回そうぜい(笑)

大陸性の高気圧による放射冷却現象で 午後2時の山頂は霧氷で真っ白ケ(下界はピーカン)
晴れてるのに アオモリトドマツは白くなってる ダケカンバの枝先は氷結してるし 
風が吹けば、小屋の屋根に落ちてきてカツカツ音たてて当たるし 異様なほど小屋中に響くし
小屋前の水たまりは「シガコ」が張ったまま 霜柱が10cmほど ぐにゅぅと伸びている 

翌朝、水取りに行けば カチカチ凍ってるし コップで掬えないし 
太く流れ出るところまで さらに降った 案の定 遠かったぜ~い♪

仙台市水道局謹製の水を1リットルも担ぎ上げれば用が足りると思ってたけど、、、
1リットルで アルファ米とカレーと味噌汁とコーヒー2杯飲めるはずだから(´艸`)
2リットルなら お釣りが来るはず、、、 あまる=重いを意味する
・・・だから 朝に水取りに出ればいいこと、それで必要分を補えばいいことさ
実際それでよかった、軽量化にあたって 四の五の理由は要らぬ(笑)



小屋内に自立式のツェルトを張った たったの1分だ 野外であってもサッと立つ
今どきの便利道具にあらためて感謝した 
頭が旧く、ツェルトといえば 先ずポール立てて 張り綱を引いて・・・なんて
思い浮かぶ、一連の面倒臭さがナイ
雨具を着て ズボン下はいて 手袋して 毛糸の帽子をかぶって バーナー焚いて、
で・・・ようやく温まった 落ち着いた

ローカルFM局、新潟も郡山もきれいに入感している 音はクリアだ
17時からの耐寒体制にアクセントを添える

 寒さに体が慣れていないので 今回は厳しかったぜぃ
そろそろ 耐寒訓練しないと、テント泊山行が億劫になるぞ!(山ヤ廃業か?)


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5年前に戴いた支援物資のガスボンベが まだまだ有る 助かるなあ



”軽薄短小”のお陰で、、、45リットルのザックにこれだけの荷物が詰めた
写っていないのは、、、シュラフとエアマットぐらいかな?(ツェルトの中にあるけれど)
冬装備には ギヤとメットと8mmロープ、アイゼンとピッケル、ワカンとストック、シュラフカバーなどが加わる
一昔前なら この荷を担ぐに60リットルザックは最低線だった、、、軽量化しても18kgくらい?
重いんだよなあ、酒と食糧を切り詰めるしかない、最近つらいわ

ンなこと言ってるうちに、
なんと!ビールが2本 まるまる余っちまった これじゃただの「重し」じゃん(日本酒は呑んだけど) 
炙りサバの味噌煮缶詰、イケル! シャケの昆布締め、イケタ! サビ抜きの笹かま、これ普通(´艸`)

今日の行動食・・・甘納豆とミカン この組み合わせが抜群だった! いい! ベストカップル!
ラテを休憩に飲んだ 美味しかった 
休憩地は 無線中継所、ぶな平クロビ沢分岐、1500の平坦地の3箇所 
タイムは 登りで3時間40分 降りで2時間20分かかった(どちらも休憩込み)



自分にとって 南会津は山遊びの原点だ、会津駒、三岩岳には毎年登ってきたが 
一昨年の敗退後 行けてなかったので 今日登ってきた
嶋津よ、借りを返してきたぞ  
急登なんざ屁のかっぱ・・・といいたいけど 4つほど壁があった(気になる齢になったということか)
ブナ平1300m手前の急登では 脚の裏側が延びきってしまって バテタ(´艸`)
落葉が急斜面のステップに溜まっていて 滑って歩きにくかった 朴の葉がデカかった
 
ついでに 坪入山の地形状況を確認してきた 
スノーリッジといっても 実はちっさいし 斜度もゆるいんだね…と(´▽`*)
会津朝日から丸山を狙う ってのもあるな・・・ 
昔、大幽朝日からの「藪」で敗退したけど 手としては悪くない 問題は雪解けのタイミング

小立岩の登路も確認した こっちから登れば稲子山の登路だけがネック? トラバるか?
大中子山の登路も 長須ヶ玉山の登路も 確認した 

20万分の1地勢図「日光」を一度手にしてみてください 僕はこれで30年も夢を培ってきた

さあ あとは 登るだけだ(意気込みばかり荒い おお笑いだ)


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窓明は こんな感じで女性的だ 
さあ どこ登ろ????

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坪入山 

この山が何故?会津100名山に選ばれたのか
理由がわからんけど・・・


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昔々 三岩岳から縦走したときの窓明山と坪入山




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大中子山の取り付きは この橋の手前5m 
舟俣川右岸沿いに行って最初の右岸沢から登る

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小立岩 安越又川から三本山毛欅峠への取り付き 

この橋の奥を尾根伝いに! 
左に見えるピークよりも200m高いところに 三本山毛欅峠が在る
但し、右の沢沿いに行かないこと はなから尾根筋を維持すること

ここは歩きやすい 少し長いが傾斜は急じゃない
この登路を覚えておくと・・・便利だ 
途中、途中に キリツケも ナタメもある ゆうゆう三本山毛欅峠に導かれる
右 城郭朝日にも行けるし、左 坪入経由で朝日丸山にも行ける












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by tabilogue2 | 2016-10-25 22:47 | 会津・越後 | Comments(2)

夏休み・尾瀬ハイク ②

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木道を右折、長英新道に向かう


娘たちと尾瀬ハイク・・・何年振りだろうか?
上の娘が小学生だったから 20数年ぶりかな?
彼女たちは4度目の尾瀬になるそうだ

今は孫もできて・・・
その5歳児も自立心が芽生えてきたころ

燧ヶ岳に、、、その登れるところまで 登ってきた
4時間かかって ミノブチ岳まで登れた

そうやって 山に親しむDNAがつくられていく


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右からだよ!  お兄ちゃんが妹に指図する
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4合目から6合目まで 石ゴロ、段差がきつい 
でも 娘は手を貸さずに
登り切るのを後ろから見ている

そういえば・・・、自分も昔 子らにそうしてきたっけ
手を貸さない そう 思い出した


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ミノブチ岳山頂 2210m 

宿 1650m から4時間もかかる
爼嵓を目前にしつ、今日はここまでとした
へこたれないで よくがんばった!



娘は 宮城沖地震の年に生まれた
そのまた娘、孫は東日本大震災の年に生まれた
親子で「地震の子」なのだ

こうして見ていると きちんと子育てやってる 
次代の親子を見て そう思った 

もう安心だ 
爺さんも 第2の人生を謳歌するとしよう



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尾瀬沼が一望できる

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マルバタケブキが風に揺れていた


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by tabilogue2 | 2016-08-10 12:46 | 会津・越後 | Comments(0)