「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:アラカルト( 26 )

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Black Diamond と Chouinard、、、
先刻の話題の続きですが・・・

”Black Diamond” のロゴに引き継がれた
”Chouinard” の心意気ともいわれる
「ダイアモンド”C”」 のロゴは

このアイスバイル(1991年購入)でも
Black の ”C” として生き続けた

1991年、、、
もう 25年も昔の話だ (´艸`)





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by tabilogue2 | 2017-02-17 15:16 | アラカルト | Comments(2)

好天待ち・・・CHOUINARD

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好天待ち 山頂は荒れているらしく 
彼の「東面」は ガスの中、今日も姿を現さず

先週から 舌下状の寒気団が居座っており 
なかなか 安定した日柄にはならないみたい

この風は 水曜から木曜にかけて止みそうだが
移動性低気圧のため、金曜から再び冬型に戻るようだ

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暇で・・・ 手持ちのカラビナをピカールしていた
リンク先の「ばやん老人 風塵日記」で 
ばやん氏が「刻印」について 一くさり書いていらしたので
自分も刻印付きのガチャを取り出し 感慨に耽ろうとw 

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今日はカラビナの話

「CHOUINARD」
古いクライマーは ショイナードと呼んだりしたものだが
イマジンは シュイナードといったりするのだろうか?
「Black Diamond」とは いちおう 口にはするだろうけど 
それが「CHOUINARD」のリボーンだとは 多く知られていない

シュイナード氏は
「patagonia」社を起こした創立者でもある

横道にそれるが、、、
二人の脱サラ男が 1988年 鎌倉に日本支社を創るまで…
当時の僕は patagoniaの”チンチラ”を個人輸入で手にしていた
今は”シンチラ”というのか? 「フリース」のことであるが

特に思い出すのは、、、
チンチラのタグが モノクロから現在のカラータグに突然変わった
理由は 偽タグを市場から排除するためだった 
高級バッグのブランド品の紛い品がネット市場に流されていた頃の話
シュイナードが衣料部門として残した、小さなパタゴニア社は成長を遂げた
そんな話も付け足しておく
ユーザー歴はかれこれ35年?になる


さて、、、写真のカラビナには新と旧とがあって
旧いほうが打刻印タイプ 新しいほうがエンボスタイプだ

で、先述のばやん氏のBlogで 
打刻印 "S" に 一種の情感を抱いた風に記してあった 
自分もそういえば カラビナは
エンボスよりも打刻印のツルっとした手触りを好んでいたっけ
 
ブランドマークの「ダイヤモンド ”C”」のロゴ刻印
今更 旧いカラビナを並べて 
30数年前の「あの頃」を呼び覚ましていたところ(笑)
「CHOUINARD」は「ダイヤモンド ”C”」のロゴマークで
「Black Diamond」のBla”C”kに引き継がれていたが 
それは 創立世代の「男」たちの”友情の証”だ

打刻印タイプのシュイナードはもう手に入らない
時の流れを知る者にとって 
Chouinard と BlackDiamond の関係は語り草
Patagoniaという大きな礎を築いた流れも



旧いカラビナを一枚一枚手にとって並べた
エンボスタイプより打刻印タイプに 趣というか 風味を感じる
でも カラビナの味なんて・・・?
わっかんねぇだろう が、じつは色々と ショッパイのだ




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手前下からの4セット 左のカラビナがCHOUINARDの打刻印タイプ 
つづく2セット 左のカラビナがCHOUINARDのエンボスタイプ 
奥の1セット 左のカラビナがBlack Diamondのエンボスタイプ
環付きカラビナ Black Diamondの刻印タイプ(おそらく鋳型)






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by tabilogue2 | 2017-02-12 13:53 | アラカルト | Comments(2)

雑感

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”縞男”   縞男本舗 提供




雑感


笹谷峠の「ダンコ平」。山形神室と仙台神室の鞍部のことだが、その呼称問題を当ブログでつぶやきだしてから、かれこれ3年になるだろうか? 今、ようやっと「違い」が理解されるようになってきた。

ダンゴではない ダンコが正しい(濁点無用)。ガイドブック、エアリアマップでさえ「ダンゴ」と濁ったまま。でも、それでも一向に構わない。一般登山者についてはダンゴのまま、近代登山史に興味のないものにあれこれ言うつもりはない。必然、歴史を追えば「旧制 二高山岳会」の久野久らが先駆 と、山岳関係者らには言っておこう。その会報(昭和7年、1932年発行)に著され、「ダンコ平」の名が世に知れた最初。一高山の会:柴崎先生も「宮城の名山」ガイドブックに書いていた、YMCA山岳会:深野稔生氏も労作「神室岳」に著していた 一度ご覧あれ。




「ヒザ川中間尾根」「袖泉とした件
ネットを中心に活動している、知ったかぶりな?、自称「岳人」さんが泉ヶ岳のヒザ川中間尾根を「袖泉」だとネットに載せインフルエンズさせてしまった。数年もの間、彼の取り巻きの誰もが「WHY?」「STOP!」を言えておらず、皆一様に「袖泉」と各自のブログに「右倣え!」で書き上げている。疑問を挟む余地など無い風だった。コレを観て「袖泉」ってなんだろ…?と「旧来の山ヤ」連中から話が出て、場所は特定できたのだが、なぜ?何のために?と疑問だらけだった。いちおうネットのことだから…と放置していた。

「袖泉」は 古くからある「北泉ヶ岳」の呼称
「ヒザ川の中間尾根を袖泉と称するのは間違い」と、過ちを指摘する声が外部からあがり、検証材料をもとに証明がなされた。ようやく自称「岳人」さんグループ内で 正しく認識されだし、ブログに記載する者がいなくなった。それまでは 親分に楯突いたら嫌われる?そんな心理が働いたのかな。しかし 今に至っても「小山の大将」の口から誤りを認める発言はない。それどころか「誰かが言っていたのを聞いた」と素知らぬ顔だ。ヤレヤレ、さすがのネット人間。潔さがないというか、往生際が悪いというか?、山ヤの風上にも置けない男だ。

これらの事例が「ネット内コミュニティ」に住む一般登山者たちの平均的「実力」か? 教えてあげようスタイル・知ったかぶり然・虚勢。それゆえに「ネットに記載されていたから」とか「誰かがネットで言っていたから」と「客観性」「信憑性」を持たせて脚色してしまう。ネットという「論拠や確証のない、姓名さえ名乗らぬ無責任な発言」を転用する(そこに悪意が在る)のは正しくない。謙虚にかまえ実力以上の背伸びをしないのが大事だと思う。

「遭難対策」で考えれば簡単に分かるはずだが
現実的な話をすれば、、、「山の世界」は遭難対策の連絡網、「遭難対策連絡協議会」で繋がっているという事実。参加団体や職種は幅広く、医療機関、学識経験者、警察、消防、県岳連・山岳会とガッチリ。 近代登山史、初登記録、民話、歴史、地質、民俗学、植物、実務では 遭難救助、捜索、救急、搬送など専門知識や技術に長けた人たちの集合体だ。捜索に当たっては消防団、山岳会は手弁当で任に当たっている。その遭難対策のエキスパートたちが知るところにない「地名・名称」を勝手につけたりするのは遭難救助、捜索のジャマをすることにもなる。「袖泉」という名称で110番されても捜索隊は到着できません。人命に関わることなので、公認されていない地名をネットで呼称したり、地名プレートを堂々と掲げるのは止めようぜ。(ついでに「南西尾根」という名称もありません)

それにしても、ネットに疎遠な山岳界の諸先輩がこれらの問題を生んだ一因を成しているのかも。一方、山の歴史や伝統的事柄、遭難対策に疎いネットの民が「仮想の山岳界」つまり「B層のコミュニティ」を形成したことも一因だろう。そのことによって前述したような裏付けの取れない事象が問題化するわけだ。

昔から「ケガと弁当は自分持ち」といわれる山の世界、、、この世界に登場する”仮想の山岳界”も「下手すりゃ、オシャカ」ってことを忘れないでおこう。

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話は変わって・・・ 

山は「格式」で登るものではない。「袖泉」のように「ベテラン」だからといって正しいとは限らない。ついでにいえば、、、山は個々人のセンスで登るもの、そして味わうものと思う。「写真家」が撮ったからといって、その写真が個々人の感銘を得るとは限らないし、「登山家」が良い山だと言ったところで同様に個々人もそう思うとは限らない。

自分で歩ける山、惚れた山が2つ3つあって、季節を変えて歩けばその2つ3つの山が突然、魂を揺さぶってくることがある。そんな感動的な出会いのある山がじつは最高な山。「登山家」や「岳人」が教えてくれなくとも「感動」と巡り会えることがあるわけだ。むしろ 感動する心を奪ってしまう「ガイドブック」やベテラン「登山家」の平易なブログなどは「How to」程度にとどめて、自分のペースで山遊びをすることが大事。

自分の回りに一年中通える、惚れた山が2つ3つあれば それこそ自分にとって最良の山。決めるのは貴方個人。登山家も知らない動物の集まる水場や、岳人も知らない実のなる木があることを自分は知っている。そんな馴染みのある山が2つ3つあること それで「山の楽しみ」は充分です。さらに馴染みの山を増やしたいなら1年で2つ3つ登れる山を増やせばいい。一遍にあれもこれもと欲張ってはいけない それこそ事故を呼んだりするから。ゆくゆく…私達は 手持ちの山の少なさに悲観するのではなく、(他人と比べて)少ないと思う「貧しい心」にこそ問題が潜んでいる…という一点に気づくはず。知れば、北アルプスに通うことよりも、もっと大事な山が足下にあることが(それこそ数年後に)分かってくるはず。これは 誰でも罹る病い・・・「充足感」がないと嘆く気持ち これが問題なんです。

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一介の登山者がブログのプロフィールに自らを「岳人」と名乗る方が現れ、「こりゃ 変わった男だなぁ」と当ブログでも2年前に取り上げました。「袖泉」の呼称問題が落着したのを経て関心も薄れたこの頃、、、「あらら…この人 とうとう「登山家」になっちまったよ」と耳にしました。覗いてみると、昨年11月の笹倉山の記事では自分を「登山家」と称しているようです。山岳写真集団にも参加したとも聞きました。そうなると…?次は「写真家」を目指すのかな。岳人 登山家 写真家?…、どうしても自分をカテゴリー分けしたいのか、不思議な感覚の持ち主らしい。単に肩書が欲しいだけなのか? 山を楽しむのに、肩書なんてちっとも役立たないのに。さらに肩書全てが「自称」だなんて、呆れます。

この珍事で関心を集めるのは 「取り巻き」の方々。その資質(イェスマンかどうか?)、どんな受け止め方をなさっておられるのか?一度伺ってみたい。誰かに頼ろうとする心が「岳人」「登山家」「写真家」など権威をもたせた「偶像」を生んでしまったんだろうけど、「威厳」に頼ってしまった自分たちの弱さにお気づきになってるのかどうか? 誰かが勇気を出して言って差しあげないと グループの皆さん方が「裸の王様」を作り上げた温床と指摘されることになります。しかも 自称「岳人」さん本人が気づくまでその「自称の恥」はネットに晒されたままです。

第三者から 「あの人は立派な人格者だ」とか、「名誉」や「褒め言葉」風に使われるのが普通なのに、その「普通」なことを、取り巻くグループの皆さんが「小山の大将」に言って差しあげないと、この自称「岳人」「登山家」病は死ぬまで治らない。あらためて、、、「皆さん 私は宮城の人格者です」と自分から名乗る人はいません。岳人 登山家 写真家 人格者 山のベテラン リーダー、これらの言葉は第三者から「尊敬」や「畏敬」「威厳」を持って使われるのが一般的。けして自称で名乗る言葉じゃない。

ゆうゆう館に来られている東北山岳写真集団(旧、東北山岳写真家集団ではないらしい 主宰の早川さんが新たにメンバー構成して写真家の「家」を外したようだ)は 早川さん、舟山さん、素晴らしいグラビアを出されたばかりの鈴木さん、それに新人の福井さん(ステッカー戴いちゃった ありがと♪)・・・一度「岳人、登山家、写真家」の定義を聞いてみようかな。







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by tabilogue2 | 2017-02-08 14:15 | アラカルト | Comments(0)

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昨年の11月22日、M7.4 震度5弱の地震があって以来、毎週のように地鳴りがあって 
12月28日には震度6弱の大地震が発生しました その後、茨城北部で25回も余震が起きて
仙台でも毎晩5秒か10秒の地鳴り後に グラッと揺れ始める、深くて周波数の長い地震が続きました。

昨日も、今朝方も、あったんじゃないですか? 寝てる時に ゴオーーーっと地鳴りがしてて 
そろそろ 来るなぁーーーって時に ユラユラしはじめる。
今朝の震源地は宮城県沖だったそうで、東日本大震災の余震・・・いまだ余震は続いています。
太平洋岸が4mも後退していたのに、11月22日は50cm海側に戻った、、、と言うんで 
いよいよ房総沖の反発が始まったという学者もいます。実際、唐桑半島では5mも海岸が東にズレたし。

いつ来てもおかしくない、南房総沖の地震については南海トラフ以上に喫緊の課題とされているようです。
深さが地表から10kmと浅ければ 「激震」になるはず。津波も発生する。



千葉と横浜に住む娘たち、2家族5人分の避難用品を一揃い(大震災の被災地支援で考えられた必要品)
それぞれ50リットルザックに詰め、、、この正月に父親からの「お年玉」として2家族に手渡しました。
どんなことがあっても 「生き延びろ!」です。 気持ちは伝わったと思います。

バーナー ガス3本 コッヘル 軍手10足 子供用軍手 笛 ヘッドランプ 発電装置付きの携行ライト 歯磨き歯ブラシ
ろうそく 洗濯バサミ クリップピン カーテン用ロープ ゴミ袋(黒) サランラップ ガムテープ 洗剤 割箸
折畳式水槽 子供用ヘルメット ウェットティッシュ マスク 子供用マスク 携帯トイレ(大、小) ロールペーパー 
消毒アルコール コンタクト洗浄液 テント用シート シュラフ夏用 緊急保温用アルミシート 20000mAhUSBバッテリー 


関東地方に わが子を住まわせている親御さん 
孫子の心配をしてばかりいてもしょうがないんですが、やれるだけの支援をし 経験を活かして必需品を準備して
送っといたほうが宜しいんじゃないでしょうか? やらずに不安で過ごすより 「やって、安心」を選ぶ! 

「帰宅難民」・・・2011年大震災では 帰宅難民と化した勤労者学生が5百万人と推計されました
環状7号線の封鎖・通行規制と「備蓄」条例とで 都心部企業か公共機関への泊まり込みも増えるとしています
常に持ち出せるようにザックに当面の緊急用品を詰めておくことを 我が子には申しつけました。
既にあちらの勤務先では ヘルメット、水、食料などは社員全員分、ロッカー室に据え付けられたそうです。

登山も、山スキーも 気になるんでしょうけど・・・がまんがまん (´艸`) 


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今村雅弘復興相は マラソンに例えて「今現在は30キロあたりで、勝負どころだ」と強調したそうですが
福島県民はいまだにスタートラインに立てないでいる 「政府と現場との認識」の大きなズレがありそうで
福島県知事からも この大臣発言に苦言が出たようです。

さらにまた 大臣から「フクシマ フアースト」という 今流行りの言葉も出たそうですが
この言葉さえ「福島第一」原発を連想させるので 言葉遣いには細心の注意を図ってくれと苦情が出たとか。
自民党はオリンピックの綱引きとテロ「等」準備罪の成立に躍起だから・・・呆れる発言ばかりが続きます。







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by tabilogue2 | 2017-01-29 11:18 | アラカルト | Comments(0)

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今日も 仙台ゆうゆう館で油を売っていたら、この映画を観てきたばかりのお客さんが
興奮冷めやらない口調で ストーリーを 一気にまくし立てるものだから・・・
こりゃヤヴァイ ってなわけで、MOVIX利府へ シルバー料金で観てまいりました (25日まで?)

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ヒマラヤ山脈 「メルー中央峰」 にそびえる岩壁 ”シャークス フィン”
この壁は過去30年間 一人のクライマーも寄せ付けなかったキワモノ

コンラッド アンカー、常に冷静な彼が唯一私情を挟んでサミットする・・・
世界のビッグウォールをこなしてきたウォールクライマー達による
ヒマラヤ未踏の”大岩壁”に挑んだ実録映画です(メインスポンサーはノースフェイスです)

今まで・・・、ヒマラヤに挑んだサミッター、ヒマラヤ遠征隊とは、まるで違う角度からの
アプローチ、そして企画、撮影がなされています 言ってみれば「私的なヒマラヤ登攀」です

1度目の登攀、、、
世界の屋根に挑む彼らは 90キロを超える登攀具、食料、テントなどを
ポーター無しで、自力で担ぎ上げて、ベースキャンプからルート工作をします 
無駄に資金をかけず、純に目の前の壁に命をかけた 3人のビッグウォールクライマー、

完登まで僅か100mのところで ギア類が尽き 壁を諦めざるをえないシーン
ギアを納めていた空っぽのツールバッグが 6000mの大岩壁を舞いながら落ちていく
このシーンの虚無感、、、「無情」を感じました ここが一番見応えあったかな 
この重要なシーンを いとも簡単にサラッと流してゆく・・・しびれました。。。

この映画は彼ら、登攀家の手による企画、撮影、自らの手に依って為された実録映画です
過去に制作された、どこかの国の、どこかの企業が提供し、宣伝までも仕組まれた
企画・脚本通りに撮影と編集がなされ 意図的に制作された「大遠征隊」の映画とはまるで違います

大掛かりな遠征隊を組むでもなく、5000mでコックが料理の腕を振るうわけでもなく、
医師が健康状態を診るでもなく、そんなド派手なベースキャンプシーンやら、
アタック隊との無線交信シーンなど これっぽっちもない 専ら「壁の中の3人」でした

2度目の登攀、、、
スポンサー企業の思惑に左右されずに、壁に挑む3人のクライマーたちの夫々の内面が
くっきり露出されます、関わる人間たちの内面に照準が当てられた珍しいドキュメンタリー映画でした
そう、これこそが、、この映画の魅力であり その無駄な演出を省いた映像が
ヒマラヤサミッターたちが有す葛藤を 純粋に「言葉」「動き」として前面に浮き立たせます



完登シーンでは 涙こそ出ませんでしたが、
この日に至ることを悟り、プロのクライマーを夫に持った婦人の ”「死辺」に佳人を送り出す気持ち”
しかも前夫(アレックス ロウ)を雪崩で亡くし、2人目の夫(コンラッド アンカー)は前夫のクライミングパートナー
しかも コンラッドは現在進行形のバリバリの登攀家 そんなビッグウォールクライマ-たちとの「関わりかた」、
じつは そっちの方に、強く胸を打たれました

世界の屋根に挑むクライマーたちの友情は すごく気高いんですね、、、
映画を見て、もしそれを察して頂けたなら 僕と同じ観点に一緒に立てたことになります

是非 ご覧になっては如何でしょう?


*コンラッド・アンカー

アメリカでもっとも著名な登山家のひとり。
ロッククライマーとして北米の数々の岩壁を攻略。
ラトックⅡ峰の西壁ルート登頂など輝かしい記録を持つ。
エベレストではマロリー捜索隊として遺体を発見した。

*アレックス・ロウ

1999年10月5日、チベットのシシャパンマで雪崩により遭難
アレックスはコンラッドの最大の友であり、クライミングパートナー。








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by tabilogue2 | 2017-01-17 19:45 | アラカルト | Comments(0)

暮れの瑞鳳殿

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山も一旦降った雪が溶け、スキー場はアイスバーン、雨降りで土が出てオテアゲ。

暖かいですねえ 雪が降らない年末だから 年の瀬などという言葉に実感がこもりません
記者やアナウンサーなどの職業の方は 季節の標語をどのように使い分けているんでしょうか? 
冬なのに暖かい 雪だるまも作れない 雪のないクリスマス おせち料理もはかゆかない・・・
心中お察し致します たいへんですね。

ま、そんなわけで温かいうち 雪のないうちに 霊屋(おたまや)の伊達家御廟まで出向きましたw
見学者の多かった藩祖政宗公の御廟を避けて・・・撮影したのは 
二代藩主・伊達忠宗公、三代藩主・伊達綱宗公の御廟です。

昭和20年 空襲で消失したものを昭和60年に再建したとのこと


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仙台空襲と御廟消失について

1945年7月・・・アメリカ軍によって仙台空襲を予告するビラが撒かれた
「仙台よい町 森の町 7月10日は灰の町」

サイパンのテニアン島を飛び立った123機のB-29爆撃機より
午前0時3分 1,000フィートの高さから 114,245発 の焼夷弾が投下された
仙台は「火の海」となった  死者1,066名

この時の空襲で、向山も火の海となり霊屋の御廟を焼失した。

この際、「東北軍管区司令部 仙台師管区」は 撃墜5 撃破12 と「戦果」を発表したそうです。
虚偽に長ける大本営と同じ、死者が1000名を超えたというのに?
戦意高揚のつもりなんでしょうけど、「本土決戦」などとタケ槍での挺身一途で
物量の大国に敵う由もありません。。。たとえ 戦時と言えど呆れてしまう。


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以前、2010年1月11日に撮影しましたが それと比べると・・・
だいぶ 地震後の歪が散見できるようです

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伊達家の家紋は「三つ引両」と「竹に雀」 
他に 九曜紋 伊達牡丹紋 蟹牡丹紋 雪薄紋 が使われておったようです

三つ引両家紋は 仙台市のシンボルマークとしてデザインされていますが 
本家が用いる家紋は 円の縁と三本の三引きが「接合しません」

竹に雀家紋は上杉から亘理伊達家に贈られたものを 伊達家の家紋として当主に献上されたもの
当主本家が用いる竹に雀御紋は 竹の円の内外に52枚の笹の葉があしらわれています
家族は48枚と定められ 一門は亘理伊達36枚 宮床伊達30枚 角田伊達26枚 
他は9枚と減じられてゆきます 涌谷、登米、・・・

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 笹52葉 伊達本家家紋 (ごめんなさい 訂正しました)




苔の生えた石垣と御廟
桜の枝がした垂れております

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by tabilogue2 | 2016-12-22 10:35 | アラカルト | Comments(0)

5年前には、、、
こんなことを ほざいてましたヨ わたくし。。。

でも、結構 実現できてるようです
、、、って思うのは私だけ?

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今年も飽きずに撮影に出向いた。心に響くものに出会うため時間を最大限に費やした。
昨年の寺社仏閣の景観と今年の紅葉をテーマにした自然景観と両年どちらも良かった。
何事をするにも先んじてテーマが大事、それに旅する側の条件を整えることがまた大事。

休みたいなぁ~、どこかに行きたいなぁ~ だけじゃ実現しない 
まずは休みを取らないと・・・。
テーマを持つ 休みをとる これら双方がそろって 
「旅」への動機づけ 実践の意欲へとつながる
、、、というわけだが じつに難しいんだよね~。


来年は何処へいこうか? 

いつもこの時期になると、「来年」を求めはじめる。
意識して求めないと叶うものも少なくなるが、
悲しいことに 残りの人生は減算の一方だ。




山なら 計画が頓挫したものを優先に考えて・・・計画遂行率60%ぐらい

4月 ペース編・・・泉ヶ岳 鍛錬登山 
5月 学ぶ編・・・尾瀬 ミズバショウ トガクシショウマの撮影(桜の撮影)
6月 実践編・・・焼石岳 ハクサンイチゲ、 不忘山 ユキワリコザクラ、
7月 実践編・・・秋田駒 タカネスミレ、  燧ヶ岳・至仏山 ニッコウキスゲ
8月 実践編・・・会津駒 ハクサンコザクラ、早池峰 ウスユキソウ
9月 応用編・・・アルプス 飛騨口からのアルプス 飛騨高山 五箇山 黒部峡谷 
10月 自立編・・・紅葉の山 月山志津口 安達太良山 あちこちの山・・・かな?
11月 自立編・・・大東岳 面白山 船形山 雁戸山など



山が駄目でも観光があるさ・・・計画遂行率50%以上になかなか成らない

春休み 3月上旬 知床 流氷のころ行ってみたい。 砕氷船 オジロワシ 
夏休み 5月連休 函館でヤリイカが食べたい 坂道を撮る 海の小島・漁港に泊りたい 
秋休み 9月中旬 京都泊~奈良(法隆寺)、~伊勢、~金沢(茶屋街)、~神戸
冬休み ?    四国かな? 行けるかどうか分からないけど。。。


また来年も定禅寺JAZZフェス バンドをオッカケ撮影。
他の催し・車関係フェスタは 力加減を抜いて もっと自然に飛び込む、勤しむ企画を立てる。
小手初めに、正月~二月までは温泉にいくぞ 4つぐらい 小さすぎる計画だ(笑) 



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皆さんはいかがお考えですか? 車や 山や カメラに 明けくれますか? 
旅はいいですよ~ どこかに「旅する」、、、
「旅行」ではありませんよぉ(笑)
「旅」にでるんです(´艸`) ナムナム チーン の旅もあるか?


年末前に、、、雪の温泉宿に連泊してくるか・・・雪降るかな。。。
正月・後でも いいか?、、、雪見風呂 雪見酒だな(´艸`)







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by tabilogue2 | 2016-12-21 10:10 | アラカルト | Comments(0)

山田洋次もの・・・



一度観て もう一度観てみたいと思っていた映画が 早速TV放映された。「東京家族」 自分でもこのブログに読後感というか 映画を観た感想を書いたものだが あらためてそれを読み直して少し文節の不具合を直しながら 昨年、封切りの臨場感を味わい直してみた。

以下、昨年1月21日に書いた感想文を 編集し直してみた。

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 TVの宣伝に煽られつられ映画館へ、封切となったばかりの山田洋次監督「東京家族」をみてきた。それで、その映画のお尻部分から今日のブログが始まるので…、誠に申訳ない。

 込み上げてくる感情で泣き腫らした顔を他人に見られるのはイヤなもので、館内に明かりが灯るようになっても席を立てないでいた。終映の字幕エンドロールが流れるスクリーンに「この映画を小津安二郎監督に捧ぐ・・・」めいた文字がチラリと映された。遅まきながら「東京家族」の出自をこの時に知った。山田監督作品ということだけでシルバー料金の映画館に入ってしまったのでこの映画が生まれた背景や監督の意図など前知識の持ち合わせなど全然なかった。


 じつは 妙な感じがしていて…、演じるタッチが何かに似てるなぁ?と疑問符を周吉役に抱いていた。この映画を見終えるまでずっと、それが何かを思い出せないでいた。 で、この字幕でやっと、あぁ!あれは あの人の演技だったのか、と遅まきながらやっとモヤモヤがとれた。主演で周吉役の橋爪功さんは「東京物語」での笠智衆さんをイメージして演じていたのでは?と思った。いやいや、俳優さんをモノマネの如くに捉えるのはとても失礼なこと、が、72歳という人物設定にしては 過度な半ば硬直した仕草(失礼!)や、首をほんの少し回し顔を手向ける姿や、台詞をぶっきら棒に云うあたりはそれが誰かの演技そっくり!と私に思わせていた。字幕に映し出された「小津安二郎監督に捧ぐ・・・」の段になってやっと「誰か?」の誰がわかったのであるw。


 小津安二郎監督の映画「東京物語」。。。そこでは、淡々とした日常の中に当世風な世情をあらわす人物を登場させる。例えば、東京に暮らす長男や長女でさえも尾道の重篤の母を見舞うのに喪服を用意してから東京を発つ、こんな風に70年前の都会人の当世風、合理性、割り切り感をドライに演じさせている。現代風な感覚や見方で この映画を観れば けっこう面白く受け取れる当時の白黒フィルムだ。

 また70年前の太平洋戦争や2年前の東日本大震災、その時代、その時代の象徴的な大事件にあって、「まとまっているようで、じつは崩れやすい、いつかは離別するもの… それも家族の一面」というメッセージを観るものに残してゆく。それを如何にとらえるかは受け手の問題であるのだが それは当映画で周吉夫婦の東京旅行での妻の急死にまで急展開させる中、家族という安心の中にも崩れやすさのある「繋がりの脆さ」として映しだす。

 監督の作風の違いとでもいうのだろうが、小津映画のもつ淡々さに山田映画の温かみという一味をふわりと加えたことが映画に表れ出る。たとえば… 旧いFIAT500を登場させ、その旧さに愛着を持つ次男の「ほんのり」感をキャスティングさせたり、母と初見の紀子(次男の恋人)とを一晩で意気投合させるあたりに「温かみ」や「未来」とか「明るさ」といった期待感を一条の光として差し込ませる。さらに瀬戸内の島、実家の隣りに住む少女役の投入により島に残る孤老周吉の明日が朧気ながらも「生活の再生」として先行きの展望が映し出される。大きな違いといえば 戦争未亡人という過去を背負う小津映画の紀子(原節子)と、二男との明るい未来を描く現代版山田映画の紀子(蒼井優 )との対比、独居老人を温かく包む島の人たちの登場などもそうであると思うが、小津映画と山田映画との違いは随所に散見できた。


 違いはともかく、2つの映画で共通するのは「都会と田舎」という古典的対比をしながら人の暮らしや生き方、考え方を捉えていることであるが 1953年、昭和28年に戦後の混乱を経て作られた映画と平成24年、東日本大震災を経て作られた現代の映画という関連で、山田監督が明確に加えたのは大震災被災直後故に「希望ある未来が見えるようになること」に思える。二つの映画を通して 未来を見つめる先が どれだけの明るさを持って どれほど遠くまで見通せるのか、その違いがわかってくる。と同時に、それが映画に保たせた「時代性」なんだということも 受け手は気づかされ山田作品の理解に深みが備わっていく。

 70年という時を越え、山田映画「東京家族」に加味されたのは「希望ある未来性」だとすれば、孤独となっても東京の息子たちを頼らず慣れ親しんだ土地に生き続けるという周吉の姿が印象的になる(私自身の老後を準えて共感もする)。またこれを 震災後に再生を誓う被災者の姿に重ねてしまう。さらに再生という点では 亡き妻の時計を周吉が紀子に形見分けする、周吉から家族として繋がりの芽を託される紀子。などなど「家族の再生」ひいては「地域の再生」を意味している。「東京物語」には著しえなかったものを平成という時代になって「東京家族」に加味された。その意味で つくづく映画というものは「時代性」を担わされているものだと思わされる。


 この映画を見て原作に遡ってゆく思考法もありかもしれない。山田洋次監督の現代版東京物語 「東京家族」。ぜひ映画館に出向いてあなたの乾いた心をご自身の涙で潤してみてはどうだろうか。あれから2年などと軽々には言えないけれど 是非とも震災時の想いをこの映画に繋げ、地域の未来までをも見とおしてもらいたいと思う。 つくづく 過度に発達する文明社会は人の暮らしの密な部分、たとえば「繋がる」という人間の文化度をも低下させるものだなぁ と思ってしまう(完)


2度目の感想
それにしても 今あらためて気付いたのだが・・・「日本の茶の間文化」を屈託なく著しだせること、見る方も素直に「ちゃぶ台のある6畳間」に展開される芝居に魅入る などというのは「昭和世代」の独特の感覚なのだろうか? この映画ではそんな昭和な自分自身を観察する良い機会にもなったかな。 もう一つ 山田監督の目には「家族」という視点と もう一つ「地域社会」という大きく広い視点があるんだということも あらためて理解しえた。







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by tabilogue2 | 2016-12-19 12:22 | アラカルト | Comments(2)

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先月、シルバー料金で? あれ? 50歳以上の夫婦料金だったかな? 
何れ、まあ低料金で映画「深夜食堂」を長町の映画館で観てきた。

ネットで「ドラマ・深夜食堂」をシリーズで観てきた自分にとって
楽しみにしていた年末前の、封切の一本。

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あの、、、ゆっくりと語るように歌うテーマソングが 流れはじめると・・・
思わず どっぷり と・・・、夜の街かげに 引きずり込まれる。


♪ きみが はいた しろい いきが 
いま ゆっくり かぜに のって 
そらに うかぶ くもの なかに
  すこしずつ きえて ゆく ♪

他人事をさも我が身のように、
過ぎたお節介でもなく かといって 通りすがりでもなく、
その距離感も大事にし 一人ひとりの息遣いも大切にする、
なんともいえない 優しさの持ち主たち
 
深夜食堂のコの字カウンターに集う 生活感の濃い人たち 
それがこの店、深夜食堂の主役たちだ

小林薫さん演じるマスターの親方気風の店に集う客は 
世の中の裏側で生活している人たち
陽のあたらぬ、都会のサラリーマン、OLたち。
それぞれが「過去」という重い荷を背負って 今夜も店にやってくる。



名演なのは、新宿オカマバーのママ、「小寿々ねえさん」
その本名は小村徹五郎という、、、
硬軟あわせ持つ、味のある役まわりの綾田俊樹さん。

オカマのお兄さんたちの仕草?目線…の研究は「役づくりの妙味」だ。
流石に「劇団東京乾電池」の俳優さん。
このドラマシリーズから今映画に至るまでの超ハマリ役です。
映画と現実との境を超越する役どころ( ^ω^)・・・好きかもw
どこぞの横丁、呑み屋の暗がりに居そうなのである。

新宿地回りヤクザの竜さん役を演じる松重豊さん、
その同級生役で、今は新宿署の野口刑事の光石研さん、
ストリップ劇場通いの忠さん役、不破万作さん 
個性派俳優たちが ズラリ揃いぶみで脇を固める。

そういえば、、、ドラマ版では安田成美が好演していたっけ
「再び赤いウィンナー」編、、、あんな風に じゅわんと人間味を出されちゃ
誰だって どうしたって マスターの店であの料理が食べたくなる

ペーソスただよう人間ドラマに、その逞しく生きる人たちの人間臭さ・・・に
僕などは あっさり魂を射抜かれてしまう。



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と同時に・・・ 
いつかまた観たい「東京家族」にも思いが馳せた。

良い映画は何度でも観たい









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by tabilogue2 | 2016-12-16 12:46 | アラカルト | Comments(2)

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なんとなんと なんと! できるもんですねえ・・・
予算は たったの35万円だそうです
オリンピックの何分の一????
頭皮のフケみたいなもんですなぁ 例えが悪いけどw
カスみたいな予算額で
こんな立派な「手作り」、「持ち寄り」感の強い祭りが
できちゃう!!!


すべて 町民のボランティアで賄っており
案内人も 飾り付けの皆さんも すべて手弁当だそうです

「五輪権益」に胡座をかく 日本中から批判を浴びている「小心臓の森喜朗」ら 
柔軟な「発想」ができずに、「国民の税金を湯水のように使う」ことしか思いつかないような
旧い自民党の老齢な石頭連中に 耳の穴カッポジってとくと聴かせてあげたいもんだ

人口6万の町だからこそできる 強い結束感を感じます



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「ザクロ」と華麗な「鰈」の木彫り漆黒 五段重と調度品
他に「堆朱」(木彫りの漆器)も立派なものが飾られていました
村上市は 北の浄法寺町や会津若松と同様に漆の名産地なのだそうです

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町内には 竹灯籠が設えの真っ最中だった
さぞかし今宵は・・・ロマンチックなことだろう


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東京から 美大の学生たちが参加して
灯される灯籠の配置を考えたりして・・・楽しそうです


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by tabilogue2 | 2016-10-10 08:19 | アラカルト | Comments(2)