夏の船形山 升沢コース

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奥に 黒伏山 沢渡黒伏 中段に 白髭山 最上カゴ 柴倉山 手前に 仙台カゴ 


さあてと 世の中 三連休だが? 初日の天気はまあまあだから 山は激混みになるのかな???
早めに出て 早めにテント張って…と。「避難小屋難民」だなんて… 恥ずかしくてブログに書けんし(笑)
朝日・飯豊・尾瀬は論外の激混み予報。北海道・八幡平・鳥海・吾妻なら余裕だろうけど どこ行こうか?
どこに行っても「登山ブーム」の渦中にハマるわけだから いっそのこと 浜辺でキャンプか?

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いやあ あつかったdeすねぇ 血管が沸騰して「脳卒中」にでもなったら??? ヤバイよ 
案の定 下山路は「のぼせ気味」で…鼻血が出ちゃった 
鼻血が出たからいいようなもんだが一歩間違えば脳出血? 夏山登山は笑えない真剣勝負だw

夏の登山は 水分と柑橘類と炭水化物など、コマ目な「摂取」に配慮しないとアカン
オニギリも一口サイズに握って5個ほど持っていく。プチトマトと一緒に食べれば水分・塩分OK!
水をがぶ飲みしてちゃダメだよ 「ポカリ」飲まなきゃ? 「粉末」「ぜりー」いいね!

カメラを構え低い姿勢で息を殺しシャッターを切る イザ!と立ち上がれば クラクラする 
いつものペースなのに「最初の坂」がキツく感じる…そんなとき 焦ってはダメ!

最初の汗をかくまでは「ゆっくり歩く」こと。
 汗をかいたら座って水を飲んで5分ほど休むこと。
肥ってる人は痩せてる人の2倍の時間をかけ順応を待つ  ここ大事! 
躰が朝一の登山ペースに慣れていない > 順応するまで待つ > 今日一日の体調がコレで決まる

下山路 蛇ヶ岳の下、丁度いいところに雪渓があったので さっそく タオルで雪をくるんで
首筋と脇の下をアイシングした 気持ちよかった 血流の温度を下げると意識が通常に戻る

それと…17番ポスト 22番ポスト 撮影できたw

先月、後白髭山登山での「撮影課題」を こちら船形山から試してみた
前回同様 ズームは同じ18-55ミリだったが ううんむ イマイチだった
被写体となる山の大きさに対して 55ミリの中望遠では用が足せないみたいだ
18-135ミリなら なんとか 山の大きさは伝えられたかも 
仕方がないので カメラを縦構図にして 山幅を画角一杯にして用を足した


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北泉 泉 三峰山 蛇ヶ岳 宝森 後白髪山



今日は 船形山のロングで ブナの森の涼しいコースを選定した 
虫が出なけりゃ最高なんすが… ムシムシコロコロ金ちょーる、蚊取り線香?

升沢駐車場には既に車が10台ほど駐車していて
今までにないほどw賑やかな登山となる (前後に人がいるだけで愉しいわ)

冬場から残雪期にかけ どこへ行っても ほとんど車がなく
毎回 寂しいソロ登山だったけど さすがに夏山だな 活気があるw


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千畳敷からの山頂ゴヤ

涼しいはずのコースは升沢小屋までで 
それ以降の沢コースは1時間は ゆっくり歩いても汗が出るコースだ
沢沿いなので タオルは冷やせるし 水も汲めるけれど 
滑るので余計な神経をつかうことに・・・
登山ポストの7,6,5,4番は沢コースにあるが すべて横になって寝ている
3番ポストで稜線に出る そこは千畳敷といわれる紅葉の美しいところだ

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最も綺麗だったと思われた”白山石楠花”
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山頂 一等三角点 ミネウスユキソウ


山頂は踏み荒らされ すっかりハゲ坊主になっちゃったね
岩に座り たっぷりと山座同定の時間をたのしむ 


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沢コースに咲く アカモノ

沢コースでの花たち…
 オオバミゾホウズキ オオバキスミレ シラネアオイ イワカガミ ショウジョウバカマ 
ムラサキヤシオ サンカヨウ モミジカラマツ ゴゼンタチバナ… 
雪解けが遅れて「春の花」が咲いている

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サンカヨウ


稜線付近に咲く 花たち…
ホソバイワベンケイ アオヤギソウ ネバリノギラン ゴゼンタチバナ ミネウスユキソウ
マルバシモツケ ハクサンシャクナゲ アカモノ (イワカガミとミツバオウレンは草原コースで)

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観音寺コース合流点近くから 後白髭山とマルバシモツケ
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ミネウスユキソウと後白髪山
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左から 北泉ヶ岳 泉ヶ岳 三峰山 蛇ヶ岳


蛇ヶ岳経由で下山開始 
薮が被さって歩きにくく 蛇ヶ岳まで通常50分コースも 1時間以上かかるありさま
積雪期であれば 全て雪の下に隠れるものを、シャクナゲとハイマツが鬱陶しい

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草原コースは雪渓が消えたばかり

いやあ でも 汗をたくさんかいたので 気持ちよかった
下山途中、「鳴清水」で熱いコーヒーを飲む余裕もあったし…
山に来たら「山を楽しむ」ことを忘れちゃいかん 花を眺め 空気感を楽しむ

とかく ガイドブックに頼ってしまう登山じゃ
「未知との遭遇」にはならないわけだから 「クローン登山」じゃアカンよ

この日(も) 大崎市から来られた80歳の爺さんが
エイホ、エイホと掛け声かけながら登っていた
「毎日 登ってんだぁ、山頂から湯谷地におりて一周するんだぁ」って言ってたなぁ 
「千日回峰行」? すげえ「爺さん」にあった 

ガイドブックなんか関係ない 自分で決めた健康維持のコースを歩く
休む場所も毎回同じところで休んで その日の体調を診てるそうだ
「セルフコントロール」。。。
登山の基本を「地」でいってる爺さんだった









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by tabilogue2 | 2017-07-09 18:44 | 船形連峰 | Trackback | Comments(4)

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鳥海山、船形山と薬師森


太平洋側の低気圧、梅雨前線のせいで?上空に冷たい空気が入り込んでいるためか、日本海側の空気が澄み遠くまで見渡せる。まるで山形側は9月の長雨が明けた10月のような空気感。ブナの緑と空の青が… 山を引き立てとても綺麗だった。こんな時もあるんだなぁぁぁ。左肩に白い鳥海が浮き立つのを飾りとして、初夏の緑に覆われた船形山の姿が…じつにいい。

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梅雨入り前のとても良い季節に とても地味な山を選び( ̄ー ̄) とっても長く緩い尾根を半日ずうっと登りっぱなし。この山、この両辺の大倉川・横川で遊んできた身だが尾根上からの晴天の眺めは初体験だ。沢をやると夏道はほぼ歩かない、逆に藪の林道歩きの方が経験的には長い。

今日のコース、深野ガイド本に”宮城県でもっとも標高差のある尾根”と書かれてあった。標高差1044m、宮城県一、ヘヘヘ (´艸`) 
それで深野本に県内一の標高差について ”屋敷平から登れば・・・” という条件が付いていたので十里平に向かう途中、定義林道とのT字路交差点に車を停め、出発した。どうせ、MINIじゃ林道は走れないし、一度は「県内一」をクリアしておきたい、納得できるし、、、。

「下空沢林道」は急登はないがとにかく長い、林道の登山道は緩く長く続く、半日もブナ林を登る、歩く。旧林道らしく広くて窮屈さがない。道幅だけは飯豊の三国-五段山コースの道幅に似ている。五段山コースとの違いは、展望ないけどブナが茂る日陰の小径…という感じで涼しい、いい径だ。下空沢までずうっと、変化のない林道跡の登りが続く。ある意味、忍耐力が試されてるみたい。休憩込みで4時間チョイかかった 久しぶりに歩いたなぁ…こういう自虐的なのが好き。

熊プーが出ないとは限らないけど 熊笹の迫る所に昼寝できそうな平場がたくさんあった。

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アレからひと月が経つ、、、「アレ」とは先月14日に開催された「ブナの森観察会」のこと。そのお手本通りに今日はアプローチしてみた。すこし違うところというのは…スタート地点がグっと下がって、標高385mの屋敷平であるという点だ。先日、升沢コースも復習した。それと同じで今日は先月登ったばかりの後白髪山の復習をした。『同じ山、同じルートを季節を変えて味わって…』他の参加者よりもコースに深く馴染めばまた違った思いが生れるか? それとも5月14日に教わったことが深く記憶に残るか? まあどちらにせよ、それが俺流なんだと思う…、山はあちこち飛ばない。(イヤ、飛べないw) もしかして、課題が尽きるまで、個人山行はすべて船形連峰になるかも? 冬は面白山ばっかりだったし(´艸`)


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遠くは鳥海から… 近くは船形 薬師森 蛇ヶ岳 宝森 三峰山 北泉 泉ヶ岳とつづく尾根。船形連峰を眺めるには…後白髭は「特等席」だと思う 狙い通りだ。180度の視界に入る近景は左に寒風山から右の泉ヶ岳まですっかり見える、遠くに蔵王 朝日連峰 月山 鳥海。。。次回は蛇ヶ岳に登って写真撮影のアングルを試行錯誤しようかな・・・近すぎるか? 宝森の頂きから撮影してみるか? んっ? ズームレンズがないとダメ?(重いんだよなぁ 260mmは)


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定義に向かう途中 大倉ダムから後白髭と三峰山を臨む
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”You are here” と英語でかかれているコース案内看板が
立っている地点からのスタート(クリックで拡大します)
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ノビネチドリ
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「水茶屋」だなんて…古風だね、水場があるの?、”知的遊び心”つうやつだね
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先月、この赤布から左へと藪に入り雪堤に上がった 思い出したこの赤布
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ユキザサ
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時代を物語る標識
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タチツボスミレ
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マイヅルソウがずうっと続く


話は変わるが・・・、手元にある「一高山の会」の遡行図集を見ると、、、
下空沢の位置が1077mピークに突き上がるように記されているが
実際には1124mピークに突き上がるように下空沢は記されるべきである。
(深野本が正しい)
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このコースの魅力は 
下空沢の涼味あふれる雪渓にある ( `ー´)ノ イチオシ 8月までには消えるけど

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上空沢は既に水がチョロチョロ


25000地形図の登山道は 上空沢から300mほど東へトラバースする。
上空沢を過ぎてそのトラバース後に 直登尾根を200mほど登るようになるわけだが 
25000地形図上では コンタ1250からその直登尾根の取付きが始まっている。
実際には コンタ1150に近い標高から直登尾根に乗るので…この標高差が100mある。
最後にオマケが付いたと同じで直登も300mほど続く。ここが唯一の急登箇所になる(笑)

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最後に負荷のかかる直登部分を終えて、上から眺める。 
写真じゃ平坦にしか見えないけどw
さて、ココからは頂上まで少し長めの稜線歩きになる 
山頂までの横歩きだが 20分もかかる 長い(泣)

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ようやく頂上付近、、、ヤンビツ尾根・横川コースが合わさる。この合流点も地形図と違う
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ミツバオウレン
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サラサドウダン
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長嶺の頂は大東岳に似てじつに長い コバイケイソウが出てくればもうすぐ
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山頂ポスト
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蛇ヶ岳から右隅の点=王城寺ヶ原の上に自衛隊の軍用ヘリ 
手前に中高年のパーティ10名ほど
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北泉ヶ岳・泉ヶ岳は西側から見ると こんな風に見える
泉ヶ岳はガスの中、北泉ヶ岳から長倉尾根が左へきれいに裾を曳く
梅雨時には分水嶺を境に 太平洋側はもっと悪天になる
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手前に白髭山から仙台カゴ 大倉川源頭部 楠峰 
奥に黒伏、沢渡黒伏、白森、柴倉 そのずっと奥に 真白なガッシャン

なかなか涼しくて 楽なコースだった


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もう一度、、、鳥海と船形山
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屋敷平8:15-4km地点9:24-水茶屋10:02-下空沢11:03-上空沢11:12-やんびつ尾根分岐12:10-山頂12:30-13:20-4km地点15:15-屋敷平15:55
所要時間 登り4時間15分 下り2時間35分(カメラデータによる)








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by tabilogue2 | 2017-06-06 18:30 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

シト…っと 雨の船形山

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今日の天気予報じゃ晴れ間が期待できそうだったが・・・裏切られた。予報はどこまでやっても予報ということか? まぁ、外れても…頭を掻いてりゃ済むし、高射砲で処刑されることもないし…、助かるなぁ、日本の気象予報士諸君よ(笑) 

霧雨の中 さて どこに行こうか? 思いあぐねて( ^ω^)・・・車を升沢に向けた。駐車場は「山開き」ということで?満車に近い状態。警察関係が3台ほど。マイクロバスまで駐っていた。運転手さんが暇そうにしている。皆さんとっくに開山祭に出かけたあと、再び静けさが戻った状態だった。今冬の雪山登山の復習をしておきたかった。冬のポストと夏のポストの「見え方の違い」を心得ておきたかった、水とオニギリと合羽をもって森に入ってみた。

結果は 案の定、やはり撮り漏らしたポストがあった。難行苦行の坂の途中だったか?梢の陰だったか?17番は撮り忘れた。 22番は見落したか???帰り道にも注意を怠らなかったが見つからなかった。夏道では初心者同然の身、秋にたった一度登っただけだ。冬山か沢登りでしかこの山には通っていない。今夏は船形山のお勉強という風体である。意外に…、知ってるようで知らないのが近くの山 なのだ。

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ポスト一つ一つを撮ってみてわかったのだが 冬と夏とじゃその見え方が違うことに気づかされる。白い世界に赤いポストは視界に入っただけですぐにそれと分かるが、夏場の見え方は複雑だ。地形的に特徴があれば、より一層ポストの位置や状況は登山者の印象に残ると思われるが…、平地や平易な箇所、位置にあるポストというのはそうそう印象に残らない。そういうポストこそ「迷いやすい地形」にぞ立っている というのも解ってくる。この事は 平地のポストは極めて重要だ…に繋がってくる。

今度行ったら こちらから関心を持って22番を探し出そう。見落とすには何らかの理由があったはずだ。それを「自分の心理」、或いは「癖」として掴んでおきたい。赤い標識番号のポストって何時頃から何のために設置されたんだろう?って 根本的なことからして分からん。おそらく 冬に遭難事故とかがあって用意されたものなのだろうけど。
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この辺は まだ若いブナだ


それにしても 登山口から稜線手前まで、下から上までずうっと、ブナの森の中に登山路がある。これがこの山の特徴で、こういう山にはなかなかお目にかかれない。深さに違いはあるけど、白神を除けば朝日連峰の五味沢コースぐらいに匹敵するだろうか。 27番を過ぎて気づいたが、先ほどからずうっと頭上でツツドリが鳴きっぱなしだ。うるさいっ!托卵族め(´艸`)  26番ポストを過ぎると…30mほど先に若いカモシカが現れた。目が悪いとされるカモシカだが、こっちに気づく迄ゆっくりと間を取ってカモシカが道をあけるのを待つ・・・。

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アオジシと異名を持つカモシカは なんとなく動きがスローモーな動物だと思われがちだが…、 とんでもない! 雪が消えつつある南会津の三本山毛欅峠(サンボンブナトウゲ゙)で、ウシ科らしく蹄の音を鳴らして疾駆するヤツに出くわしたことがある。目の前まで駆け寄ってくるので 即座にピッケルで身構えた。こっちに気づいたかな?と思った次の瞬間、パッと身を翻して藪に消えていった。身が軽いんだよアイツ。”野性”を見たって感じ。。。

こんな動物たちとの遭遇場面が得られることも… ゆっくり歩く「船形山スタイル」だからできること。”ゆっくり歩く登山スタイル”には動物との間隔、間合いがもてる。こっちが10m以内に近づく前に、動物の方から距離をとって離れていく。登山とはいえ 動物たちの棲むブナの森を訪ねに行ってるわけだから、動物優先に物事を考えないといけないのだろう。それとは逆に トレランや急ぎ足の御仁ならば、動物たちとバッタリ出くわすことになるんだろ。マムシを踏んだり 熊と遇ったり 猿の集団に囲まれたり、、、特に熊の奴は一度咬んだら、首を振って骨が砕けるまで離さないから…、片足や片腕を失ったり、落命をも覚悟して飛ばさないと。鈴の音が効力がないといわれる条件は・・・沢音、滝場、風の音、捕食中、風下・・・などが挙げられる。掛け声のほうがよっぽど効き目がある。

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山で熊に遇わない秘訣をお教えすっぺが? 会津の山奥を独りで歩くときには、、、「ホーイホイ、ホーイホイ…」って 大声だして山中を歩いてきた。会津のマタギが昔っからヤッている巻狩りの方法だ。藪に向かうときには勢子(セコ)になったつもりで ゆっくり歩きながら「ホーイ ホイホイ ホーィィホイ、ホーイ ホイホイ、ホーィィホイ」と追い立てるようにやってみたらどうだべ?藪の向こうでガサガサって笹が揺れたら熊が遠ざかっていく証拠だ(笑)そん時は「パォーパオパオパオ、パォー」って象のように叫ぶんだぞいw そーすっつど 熊のヤローは登山道に近づがねぇべ(´艸`) ほんじゃまだない♪   
 
明日は五月晴れ?28度まで上昇するのだろうか… となれば後白髭か 雁戸か いづれかに出かけてみようか。。。せっかく船形山塊に通い始めたので…後白髭かな?ここは一つ。にしても、船形山は、標高は1500mなのに、深くて、シトっとくる、、、じつにいい山だなぁ。

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27番の旗坂平
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この辺のブナは太っている
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一群平の25番ポスト
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歩き易いのはこの辺まで せいぜい鳴清水あたりまで 
笹が被ったり登下降が有ったり 遊歩道のような道から普通の登山道に変わるようだ
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23番のブナは立ち枯れ。
強風でいつかは倒れる 危険なポストだ。
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鳴清水 21番ポスト手前
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鳴清水の21番ポストはヒメコマツの倒木によって 薙ぎ倒された。
いずれカットされるだろう
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おお!、懐かしい20番ポスト

このブナから右の藪に向かって行ったわけだな ブナ平方面起点
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19番ポスト

ここが 冬の山行では要注意なところだ
19番ポストを見たら 登りならポストの左側を通過する 
下りならポストの右側を通過する
4mほどの急な崖を持った沢が走っているところ。
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16番手前から雪が出てきた 周囲を見回せば赤テープが…ある
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登りがややきつくなり 足元ばかりに目を落とし勝ちになる
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15番ポスト 三光ノ宮のすぐ手前
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溶岩流跡の”三光の宮”から見えるこの山は・・・たしか黒森
ブナ平の朽ちかけた老木の「愛称」になった山
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眼下の北丸松保沢と中間尾根を挟んで対岸はるか、、、今日の三峰はガスの中だ

蛇ヶ岳への夏道は瓶石沢から左折する…、冬は三光ノ宮を過ぎてから蛇ヶ岳への尾根を登った。
自分の癖で蛇ヶ岳に登ってから船形に向かった方がなんとなく気分が楽だった…ことを覚えている。
早く稜線に登って 後白髭や三峰の遠望が利くことを確かめたかったのだろう。

金田法務大臣は、ビールと弁当を持っていたら「花見」で、地図と双眼鏡を持っていたら・・・
「犯行現場の下見」という答弁をした。山でキノコを採ったらそれもテロの資金源になるとかならないとか。
三光の宮で その趣意を透かしてもらおうか。。。

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まんさくの花












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by tabilogue2 | 2017-06-01 07:04 | 船形連峰 | Trackback | Comments(4)

山菜山行でした。

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山クラブKAMUROの皆さんとグループ”山菜”山行でした。。。大倉尾根にて


福島第一原発の核物質拡散事故から6年が過ぎ 原発事故の恐ろしさが薄れてきている頃合い。セシウム134、セシウム137が青葉区定義で採集したコシアブラ検体から一般食品制限基準値の2倍…209.3ベクレル/kgの数値が先週5月12日に出たばかりだ。コシアブラ以外の山菜からは検出されていないけど。まあ、もっとも宮城県のホームページにも出荷制限品目が掲載されているが ”コシアブラ”は山菜筆頭株でそれに含まれる。

放射能は半減期まで30年は消えない。だから、、、政府のいう「除染」という言葉に騙されてはならない、あくまでも「除染」は「移染」なのだ。 

むしろ 壊れた原発から南風に乗って飛んでくるセシウム。融点が摂氏28度と低いセシウム、夏は大気に溶け込んでくる。完全廃炉まで夏季はわいた羽虫のように飛んでくる。黄砂のように見えればいいんだろうが「大気に溶け込む」ってわけだから見えない、かなり厄介だ。かつて 大人たちが「大津波の怖さ」を忘れたように 既に今、セシウムの怖さをたった6年で忘れかけ始めている。孫が遊びにやって来るジジババの家庭では山菜は食べないほうがいい。女の子に比べ男の子は甲状腺癌になる確率が 2倍ちかく高い。

いま地方自治体の放射能ゴミ「一斉焼却」が問題になっている。 「放射能の拡散」を地方自治体に押し付ける国・環境省。山に焼却灰を分散で埋めもどすだなんて、、、まして 堆肥として?林野・公園地下に鋤き込む(すきこむ)だなんて、、、ありえない。 正しく処置するならば… 30年という期間、原発地区内で一箇所に集めて保管すべきで、半減期に至って償却すればいいことだが。何故 地方自治体に分散・焼却させるのか甚だ疑問だ。 安倍総理、自ら招致に出向いた2020オリンピックのためか? 森友学園や加計学園にばかり便宜を図らず、こういう所で政治がリードしないと核物質汚染が日本中に拡散する。

「ブナ」は1本の木で 約8トンの水を蓄えるといわれる。その根元に放射能焼却灰を埋めるってどういうことだろう? 爆発による核拡散に加え その「原発事故の焼却灰」で 我らの「命の水」を汚染しようするなんて「ありえない話」だ、いや、あってはならない話だ。80年もの間、地下を巡り巡って地表に出てくる「地巡りの水」。それをほんの一瞬で汚染する。それって「汚染被害を広めるだけ」だろう。それは人間が「自分で自分の首を絞める」ということを意味する。国の指示というなら それこそ国家による「テロに等しいほどの蛮行」だ。一度ならず、二度までも 国民生活を脅やかすことになる! 安倍って…、いったい何様のつもりだ?


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山菜の中でも「コシアブラ」はセシウムの取込みが 他の山菜、ウド、タラノメよりも多い。 地域によっても 思わぬ測定結果が出ているとのこと(山形県の最上地区)。理由は セシウムとカリウムの性質が似ていて、コシアブラがそれを必要栄養素としていっぱい取り込むから… なんだそうだ。先々週学んだばかりだった。せっかくセシウムを多めに摂り込んでくれているのに、それを人間が採り集めてわざわざ食べるだなんて…おかしな話だ。でも原発事故以前はそれが庶民の楽しみだったのだ。

私には孫が四人いる。夏休み 冬休み 春休みに元気にやって来る。そんな孫達が居る限りは 簡単にヒョイと採集する気にはなれない。まして持ち帰るなんてことは ないだろうな。。。

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今日は、「そんなこと私たちには関係ないわ」 と言わんばかり?(´艸`)  理論より食感が勝る。 放射能よりも”山菜のエグ味”?っつう「コシアブラ・山菜山行」だったw おいしい…から、天麩羅でコシアブラを食べるのも個人の楽しみ、、、だが放射能汚染山菜を食べないことも個人の主義主張や立場…、孫と同居の方もいるだろうし…、互いの立場を認め合うことも大事。 福島の方々は 一概に?そうも言っていられないだろうけど…。

まあ、そうだとして・・・ 食べずとも、「採ることだけは 愉しい」 それだけは楽しみではある。

それにつけても頭に血がのぼる! 市民の楽しみを奪ってしまった東京電力の原発事故って 平成人生の一生の恥辱。 原発推進のために並べた嘘八百の「安全神話」「原子炉の七重構造壁」・・・国民を騙し続けた自民党は 一切の責任を取れ! 公布金に目がくらみ騙された地方自治・・・原発で補助金を得た自治体も恥を知れ! 
大企業の生産活動のために原発はある。市民の生活には無縁だ。その証拠に今でも電力は充分間に合っている。国は大企業のために安い電力を供給し、原発事故という高い犠牲を地方に強いる。原発再稼働だなんて 絶対ありえん! 権力の「無神経」さに辟易だ!


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登る途中で大きな桂の木が目についた

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桑沼近辺ではアスナロがたくさん生えてるが 大倉山稜線上では太いクロベの木が目立つ


泉ヶ岳の奥、桑沼をすぎ 縄文の森登山口から大倉山へ登る。トンペイ(東北大)のサークルがトレランで登る大倉尾根に 我々も軽く一汗かいて上がった。さっそく 「コシアブラ眼?」に成り切った人たちから 順に採取が始まる。北泉分岐まで 藪に入り採取を続け…手に下げたビニール袋の半分に少し足りないくらいに。さらに「水源」に降りるまで採集を続け ランチしてからも 食後の運動とかで採集を続ける?

昼休憩に天麩羅か?( ^ω^)・・・山菜山行だから、採りたてを天麩羅にするのか?と期待したが…全てお持ち帰りだそうだ。 山クラブKAMUROでは「山上の天麩羅大会」はしないらしい。採る方にしてみれば 家庭から寄せられる期待を担った身だからして(笑 なかなか現地消費とは…いかないらしい と想像するが、 大人の事情というヤツかな(´艸`) 晩酌にそれを待ってる旦那サマもいるしね。。。

むかし、只見・赤崩のゼンマイ小屋で浦和浪漫山岳会の山菜山行に興じた。中ノ又山まで登ったその夜は酒宴となったのだが、聞きしに勝る浪漫の連中は下戸では太刀打ちできない連中だった。山菜よりもじつに酒が多かったw YMCA山岳会でも山菜班と岩魚班に分かれて採集して天麩羅やおひたし、酢醤油で食べた。山葡萄の芽、ウドの花芽、イワナの天麩羅もいけた。ウルイ シドケ ミズ… あの頃をつい思い出してしまう。


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ブナの道が続く
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登山道のド真ん中、水溜りにサンショウウオの卵が・・・
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水源 字のごとし源頭部に近い


懐かしい「水源」でおにぎりを食べて過ごす。「水源」キャンプ場、、、大学一年生の時以来だっ。あの時は ホエブスで米を炊き 鍋を持ち上げて芋の子汁?トン汁だったか?を作った。バッカみたいな話だがw、今どき立派なオートキャンプ場が定番だが、昔はこんな山の尾根上で焚き火をしてキャンプしたものだった。

大倉山の山裾を流れ伝って丸松保沢(まるまっぽ)に流れこむ、ここ「水源」は長倉尾根「登山道開削」の基地だった所。 戦後 1950年の夏に半月ほどかけて開削された「長倉尾根」登山道。「水源」に笹の葉で簡素な屋根を葺いた小屋をたて 登山道開削に当たった。吉岡の住民が船形山経由で定義山詣でができる と同様に根白石の住民たちも定義山詣でが可能となった。もうかれこれ67年の歴史に在る。

登山道が「沢化」しちゃって ボサが溜まってウッチャリたい気分にもなるが 開拓者の労苦を思えば感謝の気持ちがこぼれだす。歴史を知ってるのと知らずにいるのと同じ登山道への想いは反し合うものだ。水源のブナは300年以上のものが林立してる。。。

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300年ものブナ林の中に佇んでいられる… 
それだけで 僕にとっては最高の気分だ なんといっても おちつく。

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長倉尾根分岐 

水源からの帰り道 ピタリ30分でこの分岐までの登りをクリアした。往きも還りも休憩にはちょうどいい所だ。 
下界は30度だったらしいが 1000m付近は吹き抜ける風が心地よかった。

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復路は急な崖を桑沼に下った 長倉尾根分岐から40分で桑沼の畔に出た。
この急傾斜な崩れた個所は コース自体を迂回させれば問題ないのに・・・ 何故しない?

ニリンソウが咲き ムラサキヤシオが咲き サンカヨウがほほ笑む道( ^ω^)・・・
終点は間もなくだ

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サンカヨウ
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ムラサキヤシオ
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桑沼の湖畔にたどり着いて ホッと一息
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何やら桑沼では見かけぬ大魚が2匹・・・? ゆうぜんと泳いでいた

鯉かとも思ったが そのわりに鼻先が長い 尾びれも長い 
南米の魚種かもしれない? いや? チョウザメの一種かもしれないな・・・、

何故 こんなところに放すのだろうか? イワナとイモリとモリアオガエルの沼なのに。
生態系が崩れてしまうぞ? 釣り上げてしまわないと・・・。



↓ わかるかな?
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by tabilogue2 | 2017-05-21 20:39 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

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このあたり、高低差のある雪庇が続く。 この雪堤をどこまでも登り続けると 後白髭。
下空沢の稜線上に着ている。今日は1077m、頂上まであと2キロ地点を最高点とした。



今日は「ブナを守る会」の観察会 2回目の参加。場所は船形山系の後白髭山。四輪駆動車がないので定義林道を乗合で行ける企画は 僕にとって凄く楽しみ。今日の参加メンバーは19人 前回の北泉ヶ岳とは違うメンバーが半数ほど? 前回と合わせて全部で30人ほどと知り合いになる。名前がまだ空覚えだけど(m´・ω・`)m ゴメン…あらためて、200人ほどのサポートメンバーだそうで 緩いけど凄い?集いですね。

今日の目的は「雪堤」見物。仙台から残雪が白髭のように見える後白髭の山容。その白髭のように見える雪提そのものを実地見物することが今日の目的。白髭の謂れは 山形の白髭神社が大本らしいと”深野”本にも出ていた。ヒゲの文字は「顎鬚」ではなく、「頬髯」でもなく、「口髭」の髭・・・( ^ω^) 25000図では「白髮」と記されている。どうみても「シラヒゲ」とは読めない。むかし国土地理院が間違えて「髪」と誤記してしまったという。白髭山も後白髭山も名誉を回復されないまま現在に至っている。

屋敷平からではなく その上の定義林道を一段駆け上がった地点からのアプローチ。夏道は林道の下半分を車で通過し二段上がった「4キロの看板」から登っていたが 今日はキッチリと下から登った。これで定義コースの未踏部分がなくなったw。 次回、登る時は屋敷平から車を使わずに「県内最高の標高差1044m」を徒歩で味わおう。




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この辺り1000m まだ新芽が吹いていない 雪堤上で立休憩するブナの会の会員さん達


この雪提に乗るまで 道々にはコシアブラがたくさん! タラッポがたくさん! あった。天婦羅で、日本酒で一杯・・・妄想が脳内を駆け巡りつい採りたくなる

福島第一原発の核物質拡散事故から6年が過ぎ 今は原発事故の恐ろしさが薄れてきている頃合いだが じつは「コシアブラ」はセシウムの取込みが 他の山菜よりも多く て思わぬ測定結果が出ているとのこと。・・・ ”net情報”から・・・セシウムとカリウムの性質が似ていてコシアブラがそれを必要栄養素(チッソ、リン、カリウムなど)としていっぱい取り込むから…だそうで、セシウムを吸収する「チャンネル」の量に差がある事による・・・。なるほど だから…コシアブラだけが他の山菜よりも多くセシウムが検出されるわけだ。コシアブラ同様、キノコの仲間もセシウムを効率よく吸収する「チャンネル」を多く持っているようで「セシウム多検出」となる。秋のキノコも 採取はヤバイということになりそうだなぁ・・・。

隣県、山形でさえセシウム134とセシウム137とが大量に検出された。最上地区の件り・・・。どなただったか?新庄神室登山で地竹汁を食べていたみたいだけど…?(排泄も最上地区で済ませてきてくれ 笑)最上地区、山菜出荷前検査での検出結果だという 恐ろしい。奥羽山脈系なら宮城県も「同等」だ。「気楽に採取した山菜天婦羅…」、体外排出後も核物質が浮遊するので食べない方がベター。ご近所にお裾分け??? とんでもない!!! 配ってはダメ!!! 拡散は禁物。子供に食べさせては 絶対ダメ! 「甲状腺被曝」問題がある…絶対ダメ! お孫さんをお持ちの家はダメ! 目に見えないものだから、、、つい…。 一旦多く取り込めば… 近い将来、遺伝子的に影響が出るものと思って「家庭内持込み」は回避しよう。ベトナム戦争の枯葉剤散布でさえ多くの奇形が現出しているじゃないか(ベトちゃん ドクちゃんの例があるじゃないか)、大人たちが神経を尖らせないで 誰が子らを守るというのか?…ということ。

福島浪江町での山火事が起きた。融点が摂氏28度といわれるセシウム、山火事などが起きたら大気に気体ガスとして溶け込み風に流される。近隣住民の内部被曝に関しては留まることを知らない。大人が知恵を働かせることを怠れば 孫や子らの被爆は山菜どころの話ではない。

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ちなみに原発事故後、福島の甲状腺ガン罹患者数は(プライバシー問題云々で)明確に発表されてはいない。じつは確実に罹患者数は増えているんじゃないの?という疑問がでている。政府も「5年後の数字」を発表したらどうなんだろう? 
実際、福島での一斉検診データによれば、2015年時点で子ども達に1巡目で113人、2巡目ですでに25人、計138人の「甲状腺がん」罹患、または疑い。 2001年から2010年のデータの男子は90倍、女子は52倍とされた時点からさらに増加しており、事態は深刻のはず。いまだ中間の2011年から2016年までの「5年間の経過データ」は環境省による発表がない。チェルノブイリでも大きな社会問題になっているのだから この日本でも現出しないわけがない。
環境省は数的情報を積み上げているというが、もし正確な罹患者数を発表したらブーメラン効果で「自主避難者の正当性」を認めることになる。未発表の理由は不明、というか「怪」。


来週、三峰山の「山菜山行」の予定だが、コシアブラとキノコは「食べないのがベスト」「採らずに過ごすのがベター」な選択。Sさんから5月12日現在の青葉区定義で採集コシアブラを 測定依頼した際のデータが別紙にて示された。それによると セシウム134が34.3ベクレル/kg、 セシウム137が175ベクレル/kg、 合計で209.3ベクレル/kgというデータが示された。宮城野区役所6階にある測定所に持ち込んでの結果。一般食品の基準値は、100ベクレル/kg以下ということだから 約2倍の値になる。”今日の強烈な「セシウム情報」をお知らせしました”…ですと。壊れた原発から南風に乗って飛んでくるセシウム、完全廃炉になるまで、夏季はわいた羽虫のように飛んでくる 収まるはずがない。まいっちまう 原発。。。


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ランチ後 帰り足ですが雪提は続きます


今日も アカデミックな観察会だった。 山ヤは山ばかり見て 沢ヤは沢ばかり見て 釣師は魚影ばかりを追って 山と関わっているが、いづれも山の捉え方に偏りが見られる。「楽しさを求めることばかりが山じゃない」ってこと。山に行く途々で登山行為とは別の観点・基準で山を振り返り観ることの重要さをこの観察会で教わった。今まで半世紀、山に通ってきたのに…いったい何を学んできたのだろ? 見返りでのショック!? 痛いほど我が身の「着眼点のズレ」をさらけ出し、その代わりとして新しい知識と考え方を心地良く教わった。

ある種、50年も登山行為で親しんできた「自然」をより総体的な「暮らしの中の一概念」として探ろうと筋書き。つまり山は 日常生活とかけ離れたところにあるものではなく、また精神の浄化作用をもたらすための特別な地域・環境でもなく、日常にある普通の生活と常に接続するものとして位置づけられている…ということだろうか。

それで何が見えてくるのか? 過去に為された事柄が現在そして未来にわたり暮らしにどう関わっているのか? さらにこれからどんな影響が出るのか? そう考えると… 単に フィジカルに沢を、単に 雪山を「消費登山」していただけじゃないか・・・単に ブナのもつ柔らかさに憧れ 単に その情念に身を任せ 単に ブナの森の懐に寄り縋っていただけじゃないのか? 山歴だけは50年の身ゆえに、自省の嵐が吹き荒れる。

300年、400年と生きるブナたちを… 山に常備された置き薬のように「在って当たり前」なものとして、今現在の断末魔に単に過ぎ去る「背景」として、、、見てるだけ?って…問いかけられた。実はそこに「政治」が大きく関わっていた…、ということを見逃していた。それらのもっと根本的な問題が「ブナの森から社会に向けて発信されている」ということが見えてくる。そういう立場で ブナの会の「観察」「学び」の見学会にこれからも参加していこうと思う。 

しょせん、一階の住人にはニ階の住人の暮らしぶりなど見えないものだ、、、上には上がいる その一言だった。「船形山のブナを守ろう」「仙台の水源を守ろう」と行動を起こした先達がいたから こうしてブナの森を我々は歩くことができる。またしても開眼させられた。ほんとに感謝し、皆さんの博学 深みのある知識 行動力に感服している。。。 

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今日のチーフリーダー Sさん 「仙台のブナ林と水・自然を守る会」幹事
90年代当時、彼らの「皆伐反対運動」のお陰で、我々はブナの森を楽しんでいられる、「感謝」の一言である。
 
2週間前に下見に来た時と違って雪の後退が早くて驚かれていたようで。
それにしても担当者は 下準備 ご手配 ご苦労様なことです。

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最近、テレビのニュースに「熊と一緒に出演」されている後姿の彼・・・(笑)ブナの葉に関しても ヒトクサリ持っておられるようで、黙ってここは伺った。「ブナ林に霧がよく発生する」、その訳は?という小噺。 構造的、科学的な論拠だ。それはブナの葉に関する考察、知識がある故の説明でとても解りやすかった。

ブナの葉の表面は水を溜め込もうとする構造になってるそうだ。まずは全体が「繊毛」に覆われ 葉の上の水滴を溢さず、繊毛の内側に溜め込む能力があるとのこと。コレは解りやすい。それともう一つ、ブナの葉に秘密があるそうで、、、くるりんと「U字」になっている葉の形状 更によく見ると ブナの葉の縁(フチ)は波を打つように出たり引っ込んだりを繰り返して先端に向かっている。で、波の引っ込んでる部分の縁にちょうど葉脈が当たるようになっている。容易に水滴を葉脈から葉のフチに流し落とさないため だそうだ… で 樹幹流につながるワケ。

U字と繊毛と葉脈、これらが葉に水滴を貯めており、それが水蒸気となりブナ林内を霧に包んでいる という説明。保水性の高いブナ。伐採したら山全体の保水力を失ってしまう という論拠の一つはココにある。100年かけて幹周り50cm ゆっくりと育つブナ。平均寿命は300年。その一本の木で約8トンの水を蓄える。根は複雑に絡み 天然のダムと言われる由縁。土壌の崩れも防止する。だから「皆伐」はいけない。だから「ダム建設」も要らない。。。林野庁お抱え学者によって、ブナは利用価値がないだの、曲がり易くて木材としては扱いにくいだの、さんざん言われ続け「皆伐の根拠」にされてきたが・・・、環境との関連で説けばこれほど市民に密着した、理解しやすい樹木はないのである。

熊で一躍「時の人」になった彼だが、熊以外の知識も相当に備蓄されてるようだ(´艸`) 


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「ダウンバースト」・・・いつぞや、日本中がこの話題に席巻された感があったダウンバースト。
この船形山系でもこの辺り、標高700mあたりにその痕跡を見た。

「ダウンバースト」下降気流・・・下降してきた冷たい空気は地表にぶつかり秒速30mから50mという横風になる。
その横風が通過したという痕跡。このあたりの「大量の太いブナが折れ、倒れて林が明るくなっている」という説明があった。
気象条件の凄まじさを目の当たりにした。これも今日の話題の一つ、教えて頂いた。ほんと毎回 山知識が深まる。
参加に有意義を感じる。

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「樹幹流」 よく雨の日に ブナの幹を雨水が伝い流れ落ちるシーンを目にする
それが樹幹流(じゅかんりゅう)だそうだ。この言葉自体を初めて知り 
この「ウダイカンバ」の木にも樹幹流の流れが幹を伝って滴れ落ち 白い泡となっている
、、、これらの現象を教えていただいた。

そういえば 沢荒れの日などは・・・沢水が汲めなくなるので
ブナの幹に笹っ葉を当てて ペットボトルに雨を溜め込んだもんだった。樹幹流、おかげさま!

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木炭用に伐採したブナ林も「下種更新」(落下した種から生え育って新しく林を成立させた)により
二次林となったわけだな。昭和63年に立てられたこの看板には林齢50年とある 
既にこの二次林は80年が経過してるということか。

この立て看板一枚にも 休憩時間10分ほどをまるまる割いて
立看板に書いてある言葉の意味を一つ一つ解いて、文章の中身をくわしく説明されておられる 

CLのSさん ありがとうございました。


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なかなかどうして こんなアカデミックな山登りは他に例を見ない。いや、他にない。
もともと「観察会」は「登山」という範疇にはないカテゴリーだけど それら両面が味わえて愉しい。 

「学びの心」を呼び起こす。
それもこれも 先達の皆さんがブナとの関わりを深く持ったが故なのだろうけど
今日で、僕は二回目の「ブナの森」の見学会参加・・・、カルチャーショック 依然として出遅れ気味だ。

ブナの森を遠くじっと見据えれば、「自然」を通して「国家」「政治」が霧の中に浮かび上がってくる。
懐かしい、故庄司幸助衆院議員の話も出て…、今日も本当に自分の無知無頓着さを認識した次第。
CLのSさん ピタッと後ろにくっついて迷惑だったでしょうかw たくさんお話を戴きありがとうございました。
次回 栗駒山の「千年クロベ」 再びお会いできることを楽しみにしております。






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by tabilogue2 | 2017-05-14 21:32 | 船形連峰 | Trackback | Comments(2)

北泉まで足を延ばした

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四本桂からの北泉ヶ岳




ソロ山行をするようになって・・・6年か?
泉ヶ岳駐車場を起点に、北泉ヶ岳から長倉尾根を通って船形山に抜け・・・ 
循環して、、、再び泉ヶ岳駐車場にもどってくることを考えてみたり・・・

逆に船形山登山口である旗坂駐車場を起点にして船形山と三峰、北泉を経て旗坂に戻る・・・
コッチのほうが 「藪漕ぎ」が下り坂なので現実的なのだが? などと妄想したり・・・
 
どちらの場合でも 「南丸松保沢」を抜きには考えられない。
どうしても沢ヤの場合は、「沢の遡下降を思考した計画」になりがちであるw 
南丸松保沢を使って北泉に循環する記録が 当会では昔からトレースされている。

もう一つ 大倉尾根を使って残雪期限定で循環が考えられる。
雪尾根をベースに「循環の輪」を描く・・・。
大和町のチバさんはその円周の一辺を大倉尾根を使って描いてくれたようだ。

自分としては 水源-大倉山-桑沼林道-藪漕ぎ697P-升沢の遊歩道に降りる。。。
幾度となく考えてきたルートだが、実践にあたって「ソロ」は色々とめんどくさいw
というか、交通手段や年齢的なものからくるのか?、心を過る「翳り」いうか・・・笑



4/15 は10時過ぎから風が強まって
「四本桂」を10時20分に通過する際に、けっこうな小雨に遭う
せっかくワカン不要の堅雪になってきたのに この雨まじりでまたズボズボ雪になっちゃうのかい? 
進退を逡巡するが、時折り日差しがさすのでついつい北泉まで 滑る斜面に足を延ばした。

強風、、、
11時まで 8合目にあたるのか?泉ヶ岳展望所に一旦下がって
泉ヶ岳を眺めながら風除けをしたが 
梢を渡る風の音、ゴォーっと吹かれれば無性に寂しくもなり
煙草をやらぬ身にとり暇は酷であり 落ち着かない
山頂の3パーティ7人ほどが降り始めた。 
風に煽られる登頂を悔しがっていた。
パーコレータで珈琲を淹れランチしたかった♡という彼らに、
そりゃあ残念だと同情もした。

ついに 我も下山。
水神にて合羽のまま昼飯をこさえ、時折り降り注ぐ陽光を見やりながら
コーヒーも飲んだりして過ごしたが、
ここでまた小雨がパラツキ しつこくまとわり
追われるように駐車場までくだった・・・
Pに着いたのは13時半だった。

小雨に濡れる水芭蕉たちを観光して、帰宅した。 まっ、こんな日もあるさ。



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by tabilogue2 | 2017-04-16 08:32 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

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今日の気温はかなり暑くなると予想 時間のかかる山は遠慮した 反射光がギラギラって病んだ目にはよくない
なるべく林の道を選んだつもりが 裸の木ばかりでw身を潜めるところもない(´艸`) 

すっかり春山ですね 毎週登ってるんで いつ春になったのか さっぱり分かっておりませんが
でも3月に降った雪が多く残ってるんで まだ冬を楽しめそうです

というわけで うどんをこさえて ランチしました、、、”きつね” です。

一般登山愛好家がソッチコッチの山に出かけている最中にも 世間を騒がす問題がおきています。

狐に化かされる・・・って 昔、おふくろに言われたものですが  
狐につままれた、狐に化かされた こんな使い方です 騙す 俄に信じられない 嘘のような という意味
いまでも巷には在るようで・・・昨日のニュース 小馬鹿にしてますねえ。狐に化かされたような噺ですが…、


『文句あるなら 裁判でも何でも起こせばいいだろ!
”喧嘩腰”・・・って これが復興大臣の言葉かよ? 信じらんねぇ

争いごとにならぬように…、国民の声に耳を傾けるのが政治なんじゃないの?
いきなり上段の構えで「斬捨御免」ってやったら国民は政治家に信をおきません (いかにも安倍内閣らしいけどね)

フクシマの自主避難者に向かって「てめえのケツはてめえで拭け」って?
政府の決定が遅れて しかも あとあとになって放射能の霧雨が通過したとわかって
一日でも早くここから避難したい 脱出したい 普通の親なら誰しもそう思う!
子供を抱えている親御さんなら尚さら 沖縄でもどこへでも逃げ出したくなるのは普通の心情だ

政治決定が遅れて しかも避難地域の指定から外れたり 僅か数mの差で指定されなかったり
それでも じっと我慢して暮らす親子・家族がどこの世界にいるんだろうか?
それを 避難指定区域じゃない! 勝手に「自主避難」したんだから 結果も「自己責任」…って???
6年も面倒見たんだしあとは自分で何とかしろ! 今後の身のフリも「自己責任」…って???
加害者である東京電力・日本国政府が何の罪もない国民(被害者)に向かって「自己責任」とは… 一体どういうことだろ?
この言葉も、大臣発言とは俄に信じらんねぇ
自分で好き好んで自主避難したわけじゃないだろうに よくよく避難したワケを考えてモノをいいなさいよ
原発事故被災者に向かって こんなこと云う方がおかしいだろ? 被災者の目線で物事を見て、言いなさいよ!
自民党の原発推進政策によってこんな事故が起きたわけだし 原発政策から脱却できない自民党こそ「自己責任」もんだ!


福島の甲状腺ガン罹患者数は(プライバシー問題云々で)明確に発表されていないけど
じつは 確実に 罹患者数は増えているんじゃないの? 政府も「5年後の数字」を発表したらどうなんだろう?
もし正確な罹患者数を発表したら、ブーメラン効果で「自主避難者の正当性」を認めることになる… 

実際、2015年時点で子ども達に1巡目で113人、2巡目ですでに25人、

計138人の「甲状腺がん」、または疑いが発見されている

2001年から2010年のデータの男子は90倍、女子は52倍とされた時点から

さらに増加しており、事態は深刻のはず。

いまだ中間の2011年から2016年までの「5年経過後のデータ」は環境省による発表がない。


放射能汚染という止むに止まれぬ理由で故郷を離れた「自主避難した子育て世代」、今後も帰村しないだろう
「帰村祝賀ムード」真っ盛りの飯舘村も やがて年寄りだけが残って 若者のいない村になってしまう 

いずれ 誠心誠意を盡すのが 原発推進政策を掲げた自民党の「政治責任」というものだろ?
いまだに 核燃料棒の取り出しもできず 核のデブリは沈下したまま 汚染水は貯まる一方(光景を見たか?)
まだまだ 福島の原発事故は終わっていないんだよ! 汚染の度合い、除染の度合いも半信半疑のまま
再び事故が起これば、、、誰が命の保証をすると言うんだ? また「賠償金」で済ませるのか?
 

避難指定区域の「解除」、被災者生活支援・住宅補償問題・避難先でのイジメ問題…すべて「打ち切り」して 
オリンピック前に「原発事故の幕引き」をしようって魂胆が ミエミエじゃないか!

今村 復興大臣 貴方こそ「出ていけ!」


東電株を8000株保有している利害当事者(株主)である今村復興大臣 あなたこそ不適格者だ
「フクシマファーストだ」といった貴方の「流行語」発言が 地元に「福島第一」原発を連想させる…と反感を買い 
いまだにスタートラインに立てないでいる福島県民に向かって「今現在は30キロあたりで、勝負どころだ」と
マラソンに喩えてみたり、今度は「打ち切り」で幕引きだって? トンデモ発言 失言続きの今村復興大臣 もう辞めてええよ 
「福島県民に寄り添って…」なんて心のこもらない発言ばかり もう、君はうんざりだ! 

舌禍大臣:松本龍 下着ドロ大臣:高木 喧嘩腰大臣:今村 どうしてこうも変な復興大臣ばっか出てくるんだろ?


こんな記事がYahoo Newsに載ってました、、、皆さんに読んでもらいたくて転載します

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「避難中のシングルマザーたちは本当に追い詰められています。
彼女たちは働いていないわけではありません。
しかし、非正規雇用で、最低賃金で働いているというケースがとても多い。
男性の避難者でも、やはり非正規で経済的に困窮しているということもあります。

ですから、この3月に住宅支援が打ち切られたことは、とても深刻です
先日、ある避難者の方から『住む場所もお金もない』と連絡を受けました。
聞いてみると、現金は1000円しかないと言います。
その後、その方とは連絡が取れなくなってしまいましたが、
どうしているのかとても心配です」

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                                    フリージャーナリスト志葉玲さん






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by tabilogue2 | 2017-04-05 15:21 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

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下山途中、四本桂にて…   (新型スマホで初撮り画像)


「4本・カツラ」の謎が解けずに1週間が過ぎていたので、解決を見出すべく先週に続けて今日も2週連続で北泉ヶ岳までw 今日は「船形山のブナを守る会」の観察会(山行)の日だったので、千葉さんに招かれて初参加した。今日の参加者は21名、、、うち会員外の初参加者が1名、むろん私だw それだけコアな方々が集っていらっしゃる。「船形山のブナを守る会」は1985年の会創立、かれこれ30年が経過している。一般的には「自然保護団体」といわれている集団だが、この30年間ずうっと、常に50名前後が入れ替わり立ち代わりで観察会や行事に参加され今日まで継続されておられる…、ということは、余程に実力の備わった会ということ。今日の参加者も県内各地から来られている。

「船形山のブナを守る会」の活動には仙台YMCA山岳会として団体で参画しており、それに「追従」し、船形山の各支流の紹介、ブナの森と沢との関わり、沢に懸かる滝、沢登りなどのパネル展示等をしていた。なので、「守る会」の活動は今日で4回目ぐらいの参加になるのだろうか。小関代表とは既に25年前にお見うけしていた。とはいえ彼ら本体とのご一緒観察会(山行)は今日が初めてである。

「守る会」の活動目的は設立当初からみれば、だいぶ変遷した。1990年代、「リゾート法」の破綻により国土は乱開発の深手を負うとともに全国の保護運動下にあった「ブナの森は残された」わけだ。 代わりに1997年林野庁の実質的解体による「国家営林事業の放棄」(営林署職員の三分のニを解雇)による間伐未処理の弊害や、最近の緊急の課題として「原発のゴミ集積場建設問題」や「ゴルフ場建設問題」にも新たに監視の目が必要になってきている… この30年、取り組んできた課題、或いは今後、取り組むべき問題である。

そんな「行動的集団」と山行をともにするのだから、初参加の自分は「どんな格好wで参加すればいいのか?」悩んだ末に、「四角四面」風に装ってみたw。ところが、蓋を開けてみたら気さくな方々ばかりでw居心地の良い雰囲気で行動を終えることができた。まずは参加された皆さんの温かい心に「感謝」である。


今日の問題は・・・「四本桂という地名」ができた理由を知ることと 実際にその木の「実態を知ること」であった。以前、泉ヶ岳ヒュッテで「開拓史」が冊子となって売られていた。それでは詳細が不明な部分も多かった。詳しくは県立図書館で史資料を得ることでも解決につながるだろうと千葉さんに教えられた。

1950年7月、それまで存在していた「船形山-後白髭山経由の定義参道」に加え 新たに根白石方面から船形山へ「北泉ヶ岳・長倉尾根を経由した新登山道」開削の依頼を受けた人たちがいた。その資料に拠れば、作業者たちの便宜的な「作業上での通称」が現在の「地名」になり代わった経緯・流れがわかってくる。その資料は 千葉さんのブログに説明されているので参照願う。つまりは、この「四本桂」という地名も長倉尾根の「水源」や「熊の平」という地名も新道開削に当たった「人夫たちが呼んだ通称」がそのまま残ったようだ。(ただ、泉ヶ岳から北泉ヶ岳までの仮道開削にあたっては 前進基地が”1番最初に小屋掛け”をした「川平」という場所だが、それがどこを指すのかが不明だった。後日その資料を詳しく読んだところ、「川平」は四本桂の真西を40分ほど横川方面に降りた所、高度1000m付近で涸れ沢となっており、地巡りの水=伏流水が湧き出る所であることがわかった)

資料で分かったことは 開削に当たっては南丸松保沢源頭の「大平の水源」(現在の「水源」地点)に笹の葉で屋根を葺いた”2番目の仮小屋”を作ったようであること。不明だったのは「八合目の見晴らし台」(北泉の肩のことかと思う)と、「定義の阿弥陀如来を見下ろして拝む石」(山頂の西側から横川の流れを辿れば定義山の門前町がみえたのだろうか?或いは柴崎先生がいう1115m西端の”ソバ倉”のことか?不明)とが作られたという事実。今となってはそれぞれどの辺りになるのか?不明なことが多い。次回の後白髭観察会の課題にもなるのだろうか?とひとまず期待したい。

まあ、そんなわけで主題から逸れるが、大平の仮小屋を発ち20分で熊ノ平さらに20分で二ツ石、30分で爪先立ちの急坂、15分で坊主岳東端の笠松の峰、ここまでは藪が濃く笹も深くブナの森だ、馬の背を難なく越え一ノ峰、いつの間にか主峰の二ノ峰に達し そこから三ノ峰は高山の体をなし、昭和12年頃まで定義詣や三峰参りの人達によって踏まれた道形もところどころに現れたと記されており、それを越えて船形山の手前「蛇ヶ岳三叉路」まで開削したようだ。こうして長倉尾根新道の開削は1950年8月17日から始まり、実働14日を掛け完成は1950年9月6日となっている。

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左に南宝森1360m 右に三峰山本峰1417m


67年前の史資料全ページに目を通した(3/31現在)。古風な述語体で、何よりもセルバンテスの誇大妄想狂「ドン・キホーテ」を思い起こさせるミリタリー調な「登山道開拓記」は当世に於いては小腹が痛いほど滑稽な部分もあったけれど お陰で問題の一つは解決した。新道開削工事の発注者は仙台市であり、受注者は根白石に住む五百城幸治(いおきこうじ)さん。余計なことを付記すれば、五百城さんは受託にあたって、お住いの根白石から仙台市役所まで直線距離12キロを徒歩で往来したと記されている。梅雨の明けた夏の炎天下に徒歩で往復する体力・気力のお有りになる方のようだ。おそらく仙台市の意図としては戦後5年を経て「市民の楽しみを拡大するため」に定義山参詣が泉ヶ岳経由でもできるように…ということなのだろう。なんせ1950年といえば、仙台の青葉通の建設工事が始まった年で「戦後復興」で世の中が大きく動き出した年でもある。

現代風に言えば「市民のレクリエーションの充足」とか「ディスティネーションキャンペーン」みたいな施策なのかも。当時の交通事情を考慮すれば有りうる噺で、たとえば 泉ヶ岳に登って、定義詣でをして、作並に泊まって…みたいな(´艸`) ついでに記しておくが、10000発に及ぶ焼夷弾の絨毯爆撃で焼け野原となった仙台の街並みは、1950年、ようやく復興の途にあって斬新な区画整理により二番町通りや青葉通り、定禅寺通りの拡張工事が為され、その工事現場は大風が一たび吹けばひどく土埃が舞い立ち、辺りが霞むほどだったといわれている。そんな時代に、少年少女や青年たちの心に「生きる希望の光を灯そう」という狙いもあったことだろう。当会、仙台YMCA山岳会が創立されたのも「戦後市民の福利厚生の一助」がキッカケとされている。

もう一つの今日の問題は・・・なぜ「カツラ」の木なのか?ということと どうして「4本」なのか?という疑問についてだ。

それについては 会員の柏さんから説明があった。開削した人夫たちが特定樹種を知識として持っていなかったことによるものであり、「誤認」をしたのでは?とされた。正式には「シナノキ」。葉っぱはカツラのハート形ではないし、樹肌は似つつも、違いを見分けることができなかったのでは?と推測。シナノキは動かぬ水、つまりは谷地を好み、カツラは動く水、つまりは沢辺を好んで棲息する特徴がある…そのような説明もあった、納得。 次に、何故4本なのか?については 雪原となった一帯を奥の方へ進むと、数えることができた大きなシナノキは8本ほどあった。つまり「4本」というのは登山道開削作業上の資材置き場であり、目印となる場所でもあり、「沿道に限った樹木の本数であろう」という理解の仕方に決着した。 



今日は北泉ヶ岳山頂のランチタイムまでは風もなく日差しもあり 良い天気。観察会(山行)は知的な説明が付加され「カルチャー教室」さながらのアカデミックな内容が盛られていた。なかなか他では味わえない山の奥深さを「言葉として学べた」ことで有意義な一日だった。ソロ山行の身にとって「観察会」という人様の言葉が耳にできるほどありがたいことはない。長年山に登ってはいても「山を知る、深く識る」という点で自分の登山スタイルはどうであったろうか?という見返りの機会にもなった。

「山を識る目」を持つことが 山に関わる見方、見識を深め、豊かな味わいにしてくれる…こと、それと社会問題にも参画する意志を養うことが将来的に「社会的価値」として表出するはず。30年前に”ブナを守る”という命題に取り組んだ先輩たちが居られたという事実、今もこうして和やかに森の観察会を継続しておられるという事実とが 30年経ても曇りのない「社会的価値」を具体的に表しているのである…ということも、、、今日の観察会の感想として付け加えておこう。

つまりは「登山を私的な楽しみとして捉えている」うちは ”社会的にかかわっている人間” としてはまだまだ「稚拙の域を出ない」ということでもあるのかな(´艸`) 「山が好きな人=登山行為が好きな人」と限定的に評価されてしまいがち。そこを一歩飛び出るには自然観察、歴史、草木、地質などの視点などにより副次的な「生活にかかわる教養」を身につけることが大事で、必要とあらば「社会的行動の意志」を伴うことも知らねばならないよ と「守る会」の先輩諸氏は語っておられるのだろう。

次回の観察会は5月14日、定義からの後白髭山ということで「ヤンビツ尾根」(矢櫃尾根)の横川コースを使うのか それとも定義から一般的な「カラサワ尾根」の定義コースを登るのか? まだ定まってはいないようだが、またまた足腰を鍛えて参加してまいろうか? 船形山塊の楽しみが今日また一つ増えた。60歳を過ぎたら歩きなおそうと思っていた宮城近景の山々に、「観察という新鮮な歩き方」の一歩が残せて非常に嬉しい。




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by tabilogue2 | 2017-03-26 18:21 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

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春山 泉ヶ岳ですぞ~
 
水神までは雪が踏み固められて まるで高速道路並みに整地されていた。水神から三叉路まで、トレースがたくさんあって どれを引き当てるかが効率という勝敗の分かれ目だった。アイゼン装着のツボ足なので トレースを選び損ねればズボッと重い雪にはまり込む、効率が悪いとなるのだろう。僕なんかは それを賭けに変えるw  勝敗は10歩のうち外したのが2歩ぐらいだった。

北泉から長倉尾根に乗り込む ワカンに履き替えたのに膝下までズブズブ沈んじまった。それでも下り斜面なので ラクラク100mは進んだろうか? 梢が邪魔にならないところで 三峰山を撮って引き返した。仙台市民の山は いま「早春」の最中だ、、、泉ヶ岳までなら春山だが 北泉から先はまだまだ冬山という感じだ。

南斜面にテントを張ってる人が居た 縦走の準備かな? 暖かだろうな?羨ましい!ビール飲んで 昼寝したら… 気持ちいいだろうなぁ。春のお山は… 重い装備に耐え、誰もいない雪原で野営し、大地に泊まってナンボの世界。日帰りで単に消費するだけの山は、「心の底から山といえる」山じゃぁないんだな。装備が重い分だけ それに耐えた分だけ 山への想いは気高くなるものだ。泊まり山行の佳さ、深さに気づくか否かで その人の「山」の経験度合いが解ってしまう。

その意味で、ブログの文章をみやっただけで、その人なりの「山の深さ」が解る。野営の夜に語られた言葉で、その人なりの「山への想い」が しんみり解っても来る。テント泊で酒を酌み交わすシーンや テントから仰ぐ星空や 風の音やらが伝わってくる。お天道さまと一緒に日帰り山行ばっかやってると 「はぁ~疲れた」を吐いて一日が終わるだけw 人生の「愚痴封じの山」「風穴塞ぎの山」「気晴らしの山」程度にしかならないw 想いを焙煎するような山行じゃないと「生きる意欲」は再生産されないぞw

そろそろ 熊公も目覚めるときだが テント張って、酒のんで、朝を迎える山行を計画しないとイッチョマエにはならんぞ~! なんぼ日帰り山行したとしても たった一夜のテント泊には 実に敵わないものだ。


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こっから 昔の福島弁で ちょぺっと語っかんない 聞いでくんち~


なんでかんで いちばん最初の印象っつぅのんが 
ずうっと 記憶に残ってるもんだべ? んだべした?
人の記憶ってもんは そういうもんだべした~ ちがぁがい?
 
中すぅ神経にガンガン電気走って?(オラまだ見だごどねぇげんとも) 
まあ 刺激が強ぐって 印象が脳みそさあ 残っちまんだべなぁ

北泉ヶ岳にも これに似たよな噺が たぁんと あってない、、、
なんせ 本物と違うもんって 「袖泉」ばっかじゃ ねえんだぞい


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ほんとは「シナノキ」(科の木)なんだげんともがぁ
いづのこまにか 「カツラ」の木に化げっつまって「4本カツラ」って地名になったんだど 

なぁに 北泉からおってきて 最初の鞍部のぉ ごどだぁ
そごに並んで立ってる ぶっとい木が四本あっつど 
今度行ったらばはぁ 気いつけで見でみやっせ 確かめでがっせ

悪意は ね~んだべげんちも 最初に見た時の「印象」が残ったがらだべ
ま~るこいっ「カツラ」の葉っぱに まちげえだんだべな

シナノキってば 皮剥いて水にヒタヒタど浸して しなっこい繊維とって
カゴや ミノや 縄なって 昔っから使われでいだんだど

ほんでもって オラも まちげえだんだぁ しょーすねぇごど
ミズナラどばっか思っていだべしたぁ…ショックもショックぅ はぁ~寝こんじまっw 
こりゃ まいったどぉ なんせオラは
カツラも ミズナラも 葉っぱで見分けるやり方だべした? 


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確かに葉っぱが丸いけどハート形じゃない,,, 樹肌は似ていてもカツラじゃない



したっけ 偉い専門家の先生がたは
「樹の肌」でパッとわがるんだそうだ てえしたもんだんだ
冬場でも パッと見分けるんもんだ そりゃすげえぞい

なぬ? ほだごどてえしたごっでねぇ ってが?

ほんだら、ちょぺっこ おめぇらに 尋ねるげんども? 
ヒノキ、ヒバ、クロベの違えがわがる人 おめだつの中に いらっかよ? 
ながなが いねえぞい どうだぁ?
この違いばぁ 葉っパ見で…パッとわがっかした? んん、どぅだ? 

オラ パッと見で スグ わがっつぉい ( ̄^ ̄)エッヘンオッホン
さいきん オラこん歳ではぁ 勉強したったもんだはぁ すげ~べ?
首の上に乗っかってるもんは ワゲエうちに たぁんとつかぁねえど だめだ~! 



コモコモ語ってねえで 早ぐねろてば~ って 隣の仙台弁使いに怒られちまったはぁ
頭ちょぺっこ使ったっけが 眠ぐなってきたんなはw 
ほんでは お先すっかんない おやすみなぃ~




北泉の山頂から下ってきた順に 4本並べっとぉ~
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まずは ダケカンバ
枝は横に這って13mほど ある 凄い樺だ

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1本目

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2本目

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3本目

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4本目

あれ? でも実際には 8本もある・・・しかも カツラではなく シナノキ???

では、なんで「4本カツラ」という地名になったんだろう?
翌週の「船形山のブナを守る会」の北泉ヶ岳登山があるので 
おそらく その謎が解けるであろうことを期待しよう

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北泉から下ってきて 鞍部からまっつぐ1115mまで乗り上げたべ

数日前の足跡 やっぱり同じトラックを 辿るもんだわな
雪に隠れてる踏み跡はしまって潜らねえ トラック外せば膝下まで潜っぺよ

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これは そば倉に出る尾根だぁ 来週歩くんだと


来週、、、樹叢の専門家の先生居だったら ちいっと 聞いでくんだぁ
まあ ベンキョだわナ この歳になってもガリガリ勉強しねぇどなぁ 
酒ばっかし飲んでばっかいねぇで ちっとはベンキョしろよぉ~
ポックリいっちまがんない つか 楽しみなんて あんま もうねえし(笑)


でも、天気良ければ 面白山にもいきてえし 栗子にも行きてえ
13号線はノーマルタイヤでも走れっぺがら・・・誰がいがねえがa?


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by tabilogue2 | 2017-03-20 19:15 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

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ブナ平に立つ 「くろもり 黒森」という名を授けられたブナの老木 



人の顔に似せて すましてるよ 
よ~く 見てごらん 

何? 知らん顔して 
そっち向いたって… だめさ
隠したって… だめさ

もう バレちゃってるよ~

ほら、つぶらな瞳。
ほら、オシャレな白いお鼻。
ほらほら、おちょぼぐち。

ね? 見える人には 
ちゃ~んと見えてるんだ

ちょっと お道化顔(ごめんw) 
400年の木霊 いい顔になって

船形を知って以来、48年
初めて会えた木霊さんだ 
よろしくね♪


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船形山を知ったのは大学1年の時、船形山に登ろうとしたのも大学1年の時、秋だった。そうあの時は、定番コースの長倉尾根を北泉ヶ岳から三峰に向かい、途中の「水源」にキャンプし翌朝、秋雨に負けて桑沼に下りた。その後、歩いたのはずうっと遅く40歳のころ。ご近所の旦那とそのご親戚の方とで大滝から登ったのが初めてだった。それ以来、夏道は登っていない。山頂に登るのは決まって山スキー。一群平からの下り…、ジャンプターン以外では曲りもしない湿雪とブナの立木とに格闘しながら旗坂キャンプ場に降りたものだ。

私と船形山との関わりについてもう少し述べておこうかな。白水社から出版された「ブナの山々」(1990年)。この本の共著者であり、紛れもない「登山家」である深野稔生氏の「勢いのある時代」に書かれた文章。そのレトリックに長けた彼の論調が好きで当時はゾッコンだった。「ブナの森をまもれ!」といった直接的な表現を一切とらずに読者に対してあらゆる角度、あらゆる検証から「間接的にブナの森を考えさせる」深みのある文体が強く心に残ったものだ。当時40歳?その本を読んで、福島県郡山の地から遠く船形山を思っていたものだがそれに触発され仙台転勤に乗じてYMCA山岳会に入会する動機にもなり、また船形山の沢を歩くキッカケにもなっていた。

今現在の私があるのはその結果なわけでそういう意味で人生の転機にもなった山がじつはこの船形山なのである。さらにまだ夏道で山頂を踏んだのは1度だけというのも船形山が「心の秘境」であるが所以か?お取り置きの山になっている。まあこう言っちゃなんだがあれほど通ったように思える鳥海山であっても、山頂を踏んだのは皆無であるから私にすれば「さもありなん」というわけだ。さて、ついでだがYMCA山岳会は当時 会長:深野稔生ともども会員が「船形山のブナを守る会」の運動に参加していたことを付記しておく。


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そしてもう一人、紹介せねば今日の話がみえてこない。「船形山のブナを守る会」の会員であり「升沢小屋の管理人」でもある千葉さん。昨年夏に「ゆうゆう館」で知りあい、これまたブログ上で互いに気を惹く存在でもあったりして(笑)面白山大権現の御神体探索ルポ以降「ゆうゆう館」でしばしばお会いして親しくさせて戴いた。何が縁になるかわからない、彼は会うたびに私の意に共感を寄せてくれた。もう20年も付き合ってきた 古くからの友であるかのような?違和感のない、奇特な、イヤ、この年令になった僕とも話せる知識、認識に深みのあるお方である。以上のお二方によって吸取紙に吸い取られた芥の水がこの私というわけである。

今日の山行のキッカケは千葉さんのお仲間であるヨッちゃんが小屋で作ってくれる「釜あげうどんを食べる会」とのことで 物好きなので釣られてみた。怠けた体に悪戦苦闘しながらも船形山の中腹をグルっと一周して「これも この山の魅力なんだよ」という船形山のエキスとでもいいたげなポイントを点々と繋ぎ合わせる面白い山行になった。雪山だからこそ描かれるとっておきの絵図だ。しかも船形山に精通しているからこそやってのけることが可能になる。「テッペンばかりが山じゃないよ」という典型的な山行だ。この考え方に僭越ながら、千葉さんと私とは同じ色の絵具で描ける方向性 vision を持ってると思っている。

升沢小屋管理人:千葉さんのブログもご覧になってください リンクを貼っておきます。

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小雪の吹き付ける帰り道に撮った ここから右手に進んで左手よりここに一周して還る 


赤い25番プレートが目に付いた。山頂まで30枚あるプレートのようやく6分の1、一群平につく。「ひとむれ」平 ではなく「ひとむら」平というそうで千葉さんに念押しされた(笑)ここに至るまで身体が覚醒せず、最初の汗が出るまでほんと苦労した。ひと汗かいてようやく体調も落ち着く。睡眠不足の朝はいつものことながらスロースターターだ。。。

20番のプレートに着いた。ここから夏道を離れブナの雪原へと右へ湯谷地(ゆやち)方面に曲がる。いよいよ本日の目的、ブナ平の住人達に会いに行く行程の出発点だ。「ブナを守る会」が発足したのは1985年、かれこれ30年も歩む中で「伐採反対運動」から「森の再生運動」へと質が変わっていった。笹刈り、広葉樹の混交林などの復活再生を目指す活動に転化できた、これは地道な努力の表れだ。

運動の証である船形山の聖地に閑かに立つ「2本のブナの木に出会う」のだ、森に足を踏み入れた。「ブナの良さを解っていないとブナは守れないよ」そうブナたちが語っている。はたしてブナたちの息遣いを感じとれるかどうだか? 船形山のテッペンではなく中腹を横断することで何事かを感じとる… 山に登るという意味合いがガラリと変わるけれどそれもまた登山の範ちゅうということだろう。「テッペンじゃ あまり深くは考えないよ ビール飲んで終わりだもんなw」 風以外の音は聴こえない、森閑とした世界/宇宙/境地を得ないと、人間あまり深くは考えないものだ。「山は総体だ!」という言葉の意味が この森に佇むことでビシビシ心に迫ってくる。


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こちらが「はなそめ」 花染山側に立つ


小荒沢(こあらさわ)源頭、ブナ平で2本のブナを見学する。黒森山側に立っているから「くろもり」、花染山側に立つので「はなそめ」。心からブナの森が好きな人ならば「見学」という第三者的な言葉はおそらく使わないだろう。まさに恋人に逢うような?秘密の宝箱をそっと開けるような?憧れの人を思い慕うような?そんな修飾・形容詞を最大限に用いることだろう。でも自分はそれら形容詞をつかう境地には未だに至っていない。これが自分の正直な気持ち、いや白状すれば、、、学生時代から「反権力」という捉え方で「船形山のブナ」も捉えていた風な節がある。若い時分から運動に心酔するほど純粋派ではないし、かといってガサツな男である故にブナに恋慕の気持ちを宿すこともできない (´艸`)

すでに「くろもり」は枯木となり土に還りつつあり曾孫根(ひこね)が生えている。樹齢400年超。ココこそ「ブナを守る会」が皆伐を阻止した証のブナたちの聖地、太いブナが林立する。。。とまあ「反権力」というモノの見方がこんな表現にさせてしまう 過ぎた文章ほど心を厭きさせるものはない(笑)。


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「くろもり」


少し お固い話をしなくちゃいけないと思う・・・しばらくお読みください。
1964年木材の輸入自由化から1997年の「林野庁改革」(営林の放棄)に至るまでの30年間、日本の林業は日本経済の最先端産業と比べたらずうっと後方末端に追いやられ、弄ばれた事実がある。日本経済が高度成長期に入ると、政府の林業潰しが露わになった。日本経済の大きな流れである「精密機器・機械産業優先策」「貿易不均衡の是正」のために日本の農業、林業、畜産業は生け贄えとさせられ、減反政策や輸入外材やパルプ、小麦、牛肉などを外国から輸入することで日本政府は貿易収支の均衡を図ろうとしたのである。林業こそ日本経済のスケープゴートの一番手であり、それに続くのは畜産業、農業である。

その後の1987年(昭和62年)中曽根政権は「リゾート法」という悪法をつくり、国土開発の名目に始まった国有林の開発・伐採を私企業のために取り計らった。最終的に全国各地に赤字覚悟の「三セクによる開発」という爪痕だけを残した。グランデコ 弓張平 ジャングルジャングル 台鞍スキー場などが事例であるが、儲かったのは政界に通じた堤義明率いる「西武系列不動産」の「日本国土計画㈱ 現:株式会社コクド」、他不動産関係だ。この後、日本経済のバブルが破綻する。北海道のトマム、宮崎のシーガイヤが破綻したのは記憶に新しい。船形山スキーリゾート構想もこの流れで「三セク」がパートナー(開発企業)を選定する前に立ち消えになった。

1990年当時、薬剤を使用した北海道のリゾート開発で数万尾の魚が死に 開発に大きくブレーキが掛かった。飲料水と直結するからであるが「仏つくって魂いれず」のリゾート法。箱はつくってみたものの、民間の経営ノウハウもなく、ヒットもせずに終わった。よって全国的に国有林の「伐採」は免れたが、我らはどっちに転んでも喜べなかった。伐採を「阻止」した「勝利」したというが 「言葉の裏」を見極める者にとって 勝利に酔う者は居なかったはずだ。なにせ国土が乱開発されズタズタにされたのだから。山岳会の例会において「船形山」の基調報告を受けたが締めの言葉に「物事には必ず裏がある」と、まさにその通りの結果だった。

1997年、トドメは「林野庁改革」という”美名”の下で「営林」、林業育成の考え方が消えたことである。「営林署事業の赤字解消」、その煽りを食らったのは林業の現業者だ。収支の面では3兆8000億の赤字。それを国民の税金で2兆8000億穴埋めしても残り1兆円の債務は遺ったまま、林野庁は今も立木を売りに出し返済中である。「赤字解消」を免罪符に「世論の同意」を創り出し 人員・諸経費を抑え込んだのだのである。まことに抜かりのない「上手」である。大きな狙いは「国家予算削減」にある。つまり赤字の元凶「営林事業の放棄」というわけだ。「国有林の営林」という国家事業にもかかわらず、企業同然の独立採算制を敷き、赤字解消策と称して「営林の放棄」なる悪政をもたらした。国有林の伐採、間伐に関わる人員を三分の一に大幅に削減し、山が荒れる結果を今に生むことになる。これらが「開発狂想曲」を演じ奏でる政治であり、その舞台の裏で腹を抱えて笑っている企業側が透けて見える。

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ブナの森に関わる歩みをザッと書いたが・・・、、、今日のブナ平は天気もよく 一面が見渡せる平らかな地(1030m)でもある。北側に横たわる稜線は花染山への稜線。ブナの梢の風きり音がまったくなく 穏やかな陽光が雪面に樹林の陰を何本もその縞模様を落とす。ブナたちの安住の地。ここで朝を迎えられたら最高だろうね♪などと話が弾めば、我らの歩みも先へと軽やかに進む。ブナの森は間違いなく心が安らぐ森、、、そう言えた自分に先ずは乾杯であろうかw


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左手に千本松山(せんぼんまつやま)の裾を感じながら北上すると…、シューッと一本、正面に花染山の尾根が雪庇5m~7mほどを高架橋のように走らせており それを越えることになる。上がりやすい雪庇の弱点を崩し花染山の尾根に乗った。 と同時に記憶が蘇る・・・、2006年の正月、船形山に一人で山スキーに出かけ、下山中に吹雪かれてこの花染の尾根に引き込まれ、林道の果てに行きついて 疲労か?安堵か?そこで眠るように息絶えた会員がいた。いつの日かこの花染山のルートに乗って祈りたいと思っていた。来れてよかった。合掌 

そのゆったりとした尾根を1080mまで登りその鞍部から右へ折れ、花染の尾根を乗越え再び北上すると保野川(ほのがわ)に至る。おおよそ大滝から来る夏道のところだ。1050m 保野川が雪で埋まっているのはおそらく3月末までだろう、ココを超えて湯谷地の尾根に取り付くのだが 今日は難なく雪で埋まった保野川を渡れた。雪解けの時は両岸からブロック雪が沢を堰き止め、この辺一帯がダム湖のようになるらしい(千葉さんのブログ参照)

湯谷地の尾根に乗れば…左手にはクロベや姫子松の生える千本松山がスッキリと見える。その奥、蛇ヶ岳方面に「南宝森」のトンガリが幽かに見える。右手には前船形山が嵐の雲を避け全貌を現し白い稜線が輝く。素晴らしい。こんもりした1224mほどのピーク(滝山岳)に向けゆったり盛り上がる白い尾根、、、湯谷地の尾根 なかなかいい所じゃないか!



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湯谷地の尾根から左手に見える 千本松山


湯谷地の尾根1200mあたりのゆったりとした台地が じつに気持ち良いところだ。右手上の緩い1224mピーク(滝山岳)への盛り上がり感が東北的でいい。なんとも勿体ないが ここで湯谷地の尾根は終わるのだ。さらに200メートルも上れば千畳敷~山頂方面だが 左手稜線上にある「南宝森」を方角の指針とし雪で埋まった保野川源頭に降りたつ。そのまま沢沿いにコースナンバー8番の升沢小屋(ますざわごや)まで進んだ。


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湯谷地の尾根 登りやすく 眺めのいい斜度/斜面でした


保野川源頭の奥 南に沢が屈曲すると雪原の小高い部分に赤い三角屋根が現れた。升沢小屋である。なかなか清楚にまとまった小屋のように思えた。豪雪に耐えるような力強さを感じないが それでいてしっかりと台地に立っている。新生升沢小屋に初めて入った。小屋にはデポ品でもない、荷が余ったとしか思えないガスボンベが数本、残置してあった。小屋の備蓄物はトイレットペーパーのみ、たとえ厚意であってもゴミとして片付けることになる。石油ストーブも火事の原因になるので置いていない。船形山の山頂小屋が消失した原因でもある。かつて仙台の某山岳会が升沢小屋にストーブを寄贈したいと申し出たそうだが町ではそれを断っている。


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保野川源頭を詰めてゆくと 三角屋根の升沢小屋がみえてくる・・・


その後、その会がストーブを升沢小屋まで荷上げして宴会に興じたそうだ。それがネットに載ってしまい「升沢小屋にはストーブがある」と噂が立つ。それを見て読んだ人が石油を荷上げして・・・こんなネットでの悪循環が回り始めた。ストーブがあると思って石油を持ち込んだ人は ストーブ有りきの装備であったためにとても寒くて寝られなかったと言っていたそうだ。そもそも それ等の行為が小屋消失の火元を呼ぶということを「ストーブ宴会」の彼らは思っていない。その山岳会は各地の小屋でも問題を残していて、宴会で飲んで食ったゴミ・ビールの空缶を小屋の後ろの叢に隠した こんな話も朝日天狗小屋の小屋番さんから聞かされたっけ。

ヨッちゃん特製の「釜上げ饂飩」、おいしくて おいしくて 2玉も食べてしまった。普段からこんなに山飯を食べたことがあっただろうか。薬味の茗荷にツナ缶がすごく合っていた。山料理の慣れは作った回数に比例するから 重かったであろう生うどんさえ大きな荷物にならずに持ち込めるというのは大したもんだと思う。次回 真似てみたい。その時には大根下ろしも 甘い稲荷揚げも付けようと思うw それって「どどん どん兵衛じゃないか?」なんて野暮は言わないでネ。(´艸`) いつもなら時間短縮で「白石温麺」で同じような汁麺を作ってるんだけど、薬味にツナ缶は使っていなかった。

 
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行動食に三色だんご か・・・ アリだなw


帰り道 少し変わった赤布がひらめいているのを目にする。じつはそれが「大売出しの幟」の生まれ変わりらしい 初耳だった。最近になってお店を閉じられた会員さんがおられたそうで、その「大売出し」の幟が赤布として再利用され船形山で生き還った、こういう噺らしい。幟の文字が白抜きだったのだろう?紅白縞々の赤布がコマ目に打ってあって愉快しい。 なるほど! 真っ平らな地形のココいら辺りだからこそ、「遭難を回避させたい!」そんな「ブナを守る会」会員の思いが伝わってくる。

「ブナを守る会」は色々の職種の方々が参加している、それぞれ数十人のメンバーは 地味だけど基本的な仕事を 自分なりに理解なされておられるようだ。秋になると山頂小屋へ「薪の荷上げ」作業と升沢小屋のバクテリアで分解された「屎尿(土嚢袋)下ろし」作業があるが 毎年楽しみにしているファンが多く、集いはかなり「濃い」らしい。

黒森山を背にしてやがて19番、このプレートを見たら下りでは進路を右寄り、山側へ寄り気味でとる。逆に 登ってくるときは左へ寄って通過することが自己防衛だそうだ。千葉さんがアドバイスをくれる。実はプレートの周りは谷地や沢が走っており、雪で埋まっていてそれが不明瞭で、ドスンとそこにハマるともう脱出できないのだそうだ。

20番プレートから始まった今日のトリップは 升沢小屋を経由して再び20番プレートに還流した。地形図上をぐるっと回る 船形山の大懐で遊ぶ 循環トリップ。いやまさに初めて尽くしの一日だった。頭を整理するのにメモが必要なくらい出来事が次から次とあって、、、携帯アプリの「メモ機能」がとても便利だった(´艸`) 面白い話が聞けて愉しい一日だった。ありがとう 千葉さん、ヨッちゃん。


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前船形山(風頭山) きれいなラインだ



今日は いい旅ができた。「ブナ平」「くろもり」「はなそめ」「ブナの精霊たち」「花染山の尾根」「雪の保野川越え」「湯谷地の尾根」「初めての升沢小屋」。。。
こんな懐の深い山に・・・今まで通いこまなかったのは 何故だろう? おそらく理由があったはずだが 忘れ去った過去を追々思い出して付け足して書いてみようか。今日、旧い頭で思い出せたのは… 朽ち果て、寂れた、赤サビのトタン屋根、ボロボロの升沢小屋がかつてココに在ったということだけだった。 

小屋の外は小雪が舞っている、まだまだ冬景色だ。歩みを進めると白いガスに包まれてゆく。だんだんと 視界は白いブナの林に占められてゆく。。。

 

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3/15原稿修正済み 校了

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by tabilogue2 | 2017-03-06 07:58 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)