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下山途中、四本桂にて…   (新型スマホで初撮り画像)


先週、「4本・カツラ」の謎が解けずに頭を痛めてw 一週間が過ぎていたので、解決を見出すべく先週に続けて今日も2週連続で北泉ヶ岳までやってきたw 今日は「船形山のブナを守る会」の観察会(山行)の日だったので、千葉さんに招かれて初参加した。まあ実際には「船形山のブナを守る会」の活動に仙台YMCA山岳会として団体で参画しており、1991年転勤後に入会したての私はそれに「追従」していただけなのだが。なので「守る会」の会活動は今日で4回目ぐらいになるのだろう。小関代表とは既に30年前に山岳会としてお見うけしていた。当山岳会の坂本某会員はかなり心酔していたように記憶する。とはいえ彼ら本体とのご一緒観察会(山行)は今日が初めてである。

参加者は21名、、、会員外の初参加者が1名、むろん私だがwそれだけコアな方々が集っていらっしゃる。1985年の会創立以来 かれこれ30年が経過している自然保護団体といわれている集団であるが 常に50名前後が入れ替わりで観察会や行事に参加されている素晴らしい会でもある。

「守る会」の活動目的は設立当初から観れば、だいぶ変遷した。1990年代に「リゾート法の破綻」により、乱開発の深手を負うとともに全国の保護運動下にあった「ブナの森は残された」わけだが、その代わりとして 1997年林野庁の実質的解体による「国家営林事業の放棄」(営林署職員の60%を解雇)による間伐未処理の弊害や、最近の緊急の課題として「原発のゴミ集積場建設問題」や「ゴルフ場建設問題」にも新たに監視の目が必要になってきている…などが この30年の活動変遷の各時点別の取り組んできた課題、或いは 今後、取り組むべき問題である。

そんな行動的集団と山行をともにするのだから、初参加の自分は「どんな格好wで参加すればいいのか?」だいぶ悩んだw。悩んだ末に、顔を「四角四面の堅物」風に装って参加してみたw。ところが実際に蓋を開けてみたら皆さん気さくな方々ばかりでなかなか居心地の良い雰囲気の中で行動を終えることができた。まずは「感謝」である。




それで今日の問題は・・・「四本桂という地名」ができた理由を知ることと 実際にその木の「実態を知ること」 であった。

定義山参詣を理由の一つとして、それまで存在していた「船形山-後白髭山経由の参道」に加えて、新たに根白石方面から「北泉ヶ岳・長倉尾根を経由した新登山道」開削の依頼を受けた人たちがいた。その資料に拠れば、作業者たちの便宜的な「作業上での通称」が現在の「地名」になり代わった経緯・流れがわかってくる。その資料は 千葉さんのブログに説明されているので参照願う。つまりは、この「四本桂」という地名も長倉尾根の「水源」や「熊の平」という地名も1950年に新道開削に当たった「人夫たちが呼んだ通称」がそのまま残ったということであった。(ただし、川平がどこを指すのか不明、今でいう「水源」あたりか?小屋掛けしていたというし)

資料で分かったことは 開削に当たっては水神からのコース以外に荒川の支流、南丸松保沢あたり(桑沼杣道)からもアプローチしたのか?写真が切れて判明しないけど。不明だったのは「八合目の見晴らし台」(北泉の肩のことか?)と 「定義の阿弥陀如来を見下ろして拝む石」(横川の流れを辿れば定義山の門前町がみえたのだろうか?柴崎先生がいう”上ソバ倉”のことか?)とが、それぞれどの辺りになるのか?次回の後白髭観察会の課題にもなるのだろうか?とひとまず期待したいw その前に当該資料のコピーを手に入れなきゃね♪ 千葉さんコピー半分よろしくお手配ください。残りの半分は図書館で私がとりましょうw

67年前の史資料に目を通すことで…、問題の一つは解決した。新道開削工事の発注者は仙台市であり、受注者は根白石福岡に住む五百城幸治(いおきこうじ)さん。余談だが 新道開削に当たった人夫の日当は1950年で300円だったとも。さらに余計なことを付記すれば、五百城さんは根白石福岡から仙台市役所まで直線距離12キロを徒歩で往来したと記されている。仙台市の意図としては戦後5年を経て「市民の楽しみを拡大するため」に定義山詣でが泉ヶ岳経由でもできるようにということなのだろう。

現代風に言えば市民のリクリエーションの充足とかディスティネーションキャンペーンみたいなものなのかも。たとえば 泉ヶ岳に登って、定義山詣でして、作並に泊まって・・・みたいな(´艸`) ついでだが、戦後のその頃は 焼け野原となった仙台の街並みが復興の途にあって 楽しみの少ない時代に少年少女や青年たちの心に「生きる希望の光を灯そう」という願いもあったことは事実。仙台YMCA山岳会が創立されたのもそれが一つのキッカケであったとされている。

もう一つの今日の問題は・・・なぜ「カツラ」の木なのか?ということと どうして「4本」なのか?という疑問についてだ。

それについては柏さんから、、、開削した人夫たちが特定樹種を知識として持っていなかったことによるものであり、「誤認」をしたという推測であった。 正式には「シナノキ」なのだが、葉っぱは丸葉で似ているがカツラのハート形ではない。樹肌は似つつも違っており、それを見分けることができなかったのでは?と推測できる、シナノキは谷地っぽい所、カツラは沢の岸辺を好んで棲息する特徴がある… そのような説明もあった。 次に 何故4本なのか?については 新道開削施行日が8月であったため、草木の繁茂により森の奥の方に足が伸びなかったのであろうと推測できる。実際に奥の方へ入り込むと、数えることができた大きなシナノキは8本ほどあったのである。つまり「4本」というのは登山道開削作業上の物資置き場であり、目印の場所でもあり、「沿道に限った樹木の本数であろう」という理解の仕方に決着した。 



今日は北泉ヶ岳山頂のランチタイムまでは風もなく日差しもあり 良い天気。観察会(山行)は知的な説明が付加されながら「カルチャー教室的」内容が盛られており なかなか他では味わえない山の奥深さを学べたことで体も心も温まるとても有意義な一日だった。長年山に登ってはいても「山を知る、深く識る」という点で自分の登山スタイルはどうであったろうか?という見返りの機会にもなった。「山を識る目」を持つことが 山に関わる見方、見識を深め、豊かな味わいにしてくれる…と。それと 社会問題にも参画する目を養うことこそが将来的に「社会的価値」として表出するはず ということも今日の観察会の感想として付け加えておこう。つまりは「登山を私的な楽しみとして捉えている」うちは 社会的にかかわっている人間としてまだまだ「稚拙の域を出ていない」ということでもあるのかな(´艸`)

次回の観察会は5月、定義からの後白髭山ということで「ヤンビツ尾根」を使うのかどうか、それとも定義から登るのか? まだ定まってはいないようだが、またまた足腰を鍛えて参加してまいろうか? 船形山塊の楽しみが今日また一つ増えた。




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by tabilogue2 | 2017-03-26 18:21 | 船形連峰 | Comments(0)

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春山 泉ヶ岳ですぞ~
 
水神までは雪が踏み固められて まるで高速道路並みに整地されていた。水神から三叉路まで、トレースがたくさんあって どれを引き当てるかが効率という勝敗の分かれ目だった。アイゼン装着のツボ足なので トレースを選び損ねればズボッと重い雪にはまり込む、効率が悪いとなるのだろう。僕なんかは それを賭けに変えるw

北泉から長倉尾根に乗り込む ワカンに履き替えたのに膝下までズブズブ沈んじまった。それでも下り斜面なので ラクラク100mは進んだろうか? 梢が邪魔にならないところで 三峰山を撮って引き返した。仙台市民の山は いま「早春」の最中だ、、、泉ヶ岳までなら春山だが 北泉から先はまだまだ冬山という感じだ。

南斜面にテントを張ってる人が居た 縦走の準備かな? 暖かだろうな?羨ましい!ビール飲んで 昼寝したら… 気持ちいいだろうなぁ。春のお山は… 重い装備に耐え、誰もいない雪原で野営し、大地に泊まってナンボの世界。日帰りで単に消費するだけの山は、「心の底から山といえる」山じゃぁないんだな。装備が重い分だけ それに耐えた分だけ 山への想いは気高くなるものだ。泊まり山行の佳さ、深さに気づくか否かで その人の「山」の経験度合いが解ってしまう。

その意味で、ブログの文章をみやっただけで、その人なりの「山の深さ」が解る。野営の夜に語られた言葉で、その人なりの「山への想い」が しんみり解っても来る。テント泊で酒を酌み交わすシーンや テントから仰ぐ星空や 風の音やらが伝わってくる。お天道さまと一緒に日帰り山行ばっかやってると 「はぁ~疲れた」を吐いて一日が終わるだけw 人生の「愚痴封じの山」「風穴塞ぎの山」「気晴らしの山」程度にしかならないw 想いを焙煎するような山行じゃないと「生きる意欲」は再生産されないぞw

そろそろ 熊公も目覚めるときだが テント張って、酒のんで、朝を迎える山行を計画しないとイッチョマエにはならんぞ~! なんぼ日帰り山行したとしても たった一夜のテント泊には 実に敵わないものだ。


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こっから 昔の福島弁で ちょぺっと語っかんない 聞いでくんち~


なんでんかんでん いちばん最初の印象っつぅのんが 
ずうっと 記憶に残ってるもんだべ? んだべした?
人の記憶ってもんは そういうもんだべした~ ちがぁがい?
 
中すぅ神経にガンガン電気走って?(オラまだ見だごどねぇげんとも) 
まあ 刺激が強ぐって 印象が脳みそさあ 残っちまんだべなぁ

北泉ヶ岳にも これに似たよな噺が たぁんと あってない、、、
なんせ 本物と違うもんって 「袖泉」ばっかじゃ ねえんだぞい


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ほんとは「シナノキ」(科の木)なんだげんともがぁ
いづのこまにか 「カツラ」の木に化げっつまって「4本カツラ」って地名になったんだど 

なぁに 北泉からおってきて 最初の鞍部のぉ ごどだぁ
そごに並んで立ってる ぶっとい木が四本あっつど 
今度行ったらばはぁ 気いつけで見でみやっせ 確かめでがっせ

悪意は ね~んだべげんちも 最初に見た時の「印象」が残ったがらだべ
ま~るこいっ「カツラ」の葉っぱに まちげえだんだべな

シナノキってば 皮剥いて 水にヒタヒタど浸して しなっこい繊維とって
カゴや ミノや 縄なって 昔っから使われでいだんだど

ほんでもって オラも まちげえだんだぁ しょーすねぇごど
ミズナラどばっか思っていだべしたぁ…ショックもショックぅ はぁ~寝こんじまっw 
こりゃ まいったどぉ なんせオラは
カツラも ミズナラも 葉っぱで見分けるやり方だべした? 


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確かに葉っぱが丸いけどハート形じゃない,,, 樹肌は似ていてもカツラじゃない



したっけ 偉い専門家の先生がたは
「樹の肌」でパッとわがるんだそうだ てえしたもんだんだ
冬場でも パッと見分けるんもんだ そりゃすげえぞい

なぬ? ほだごどてえしたごっでねぇ ってが?

ほんだら、ちょぺっこ おめぇらに 尋ねるげんども? 
ヒノキ、ヒバ、クロベの違えがわがる人 おめだつの中に いらっかよ? 
ながなが いねえぞい どうだぁ?
この違いばぁ 葉っパ見で…パッとわがっかした? んん、どぅだ? 

オラ パッと見で スグ わがっつぉい ( ̄^ ̄)エッヘンオッホン
さいきん オラこん歳ではぁ 勉強したったもんだはぁ すげ~べ?
首の上に乗っかってるもんは ワゲエうちに たぁんとつかぁねえど だめだ~! 



コモコモ語ってねえで 早ぐねろてば~ って 隣の仙台弁使いに怒られちまったはぁ
頭ちょぺっこ使ったっけが 眠ぐなってきたんなはw 
ほんでは お先すっかんない おやすみなぃ~




北泉の山頂から下ってきた順に 4本並べっとぉ~
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まずは ダケカンバ
枝は横に這って13mほど ある 凄い樺だ

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1本目

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2本目

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3本目

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4本目

あれ? でも実際には 8本もある・・・しかも カツラではなく シナノキ???

では、なんで「4本カツラ」という地名になったんだろう?
翌週の「船形山のブナを守る会」の北泉ヶ岳登山があるので 
おそらく その謎が解けるであろうことを期待しよう

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北泉から下ってきて 鞍部からまっつぐ1115mまで乗り上げたべ

数日前の足跡 やっぱり同じトラックを 辿るもんだわな
雪に隠れてる踏み跡はしまって潜らねえ トラック外せば膝下まで潜っぺよ

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これは そば倉に出る尾根だぁ 来週歩くんだと


来週、、、樹叢の専門家の先生居だったら ちいっと 聞いでくんだぁ
まあ ベンキョだわナ この歳になってもガリガリ勉強しねぇどなぁ 
酒ばっかし飲んでばっかいねぇで ちっとはベンキョしろよぉ~
ポックリいっちまがんない つか 楽しみなんて あんま もうねえし(笑)


でも、天気良ければ 面白山にもいきてえし 栗子にも行きてえ
13号線はノーマルタイヤでも走れっぺがら・・・誰がいがねえがa?


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by tabilogue2 | 2017-03-20 19:15 | 船形連峰 | Comments(0)

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ブナ平に立つ 「くろもり 黒森」という名を授けられたブナの老木 



人の顔に似せて すましてるよ 
よ~く 見てごらん 

何? 知らん顔して 
そっち向いたって… だめさ
隠したって… だめさ

もう バレちゃってるよ~

ほら、つぶらな瞳。
ほら、オシャレな白いお鼻。
ほらほら、おちょぼぐち。

ね? 見える人には 
ちゃ~んと見えてるんだ

ちょっと お道化顔(ごめんw) 
400年の木霊 いい顔になって

船形を知って以来、48年
初めて会えた木霊さんだ 
よろしくね♪


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船形山を知ったのは大学1年の時、船形山に登ろうとしたのも大学1年の時、秋だった。そうあの時は、定番コースの長倉尾根を北泉ヶ岳から三峰に向かい、途中の「水源」にキャンプし翌朝、秋雨に負けて桑沼に下りた。その後、歩いたのはずうっと遅く40歳のころ。ご近所の旦那とそのご親戚の方とで大滝から登ったのが初めてだった。それ以来、夏道は登っていない。山頂に登るのは決まって山スキー。一群平からの下り…、ジャンプターン以外では曲りもしない湿雪とブナの立木とに格闘しながら旗坂キャンプ場に降りたものだ。

私と船形山との関わりについてもう少し述べておこうかな。白水社から出版された「ブナの山々」(1990年)。この本の共著者であり、紛れもない「登山家」である深野稔生氏の「勢いのある時代」に書かれた文章。そのレトリックに長けた彼の論調が好きで当時はゾッコンだった。「ブナの森をまもれ!」といった直接的な表現を一切とらずに読者に対してあらゆる角度、あらゆる検証から「間接的にブナの森を考えさせる」深みのある文体が強く心に残ったものだ。当時40歳?その本を読んで、福島県郡山の地から遠く船形山を思っていたものだがそれに触発され仙台転勤に乗じてYMCA山岳会に入会する動機にもなり、また船形山の沢を歩くキッカケにもなっていた。

今現在の私があるのはその結果なわけでそういう意味で人生の転機にもなった山がじつはこの船形山なのである。さらにまだ夏道で山頂を踏んだのは1度だけというのも船形山が「心の秘境」であるが所以か?お取り置きの山になっている。まあこう言っちゃなんだがあれほど通ったように思える鳥海山であっても、山頂を踏んだのは皆無であるから私にすれば「さもありなん」というわけだ。さて、ついでだがYMCA山岳会は深野稔生ともども会員が「船形山のブナを守る会」の運動に参加していたことを付記しておく。


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そしてもう一人、紹介せねば今日の話がみえてこない。「船形山のブナを守る会」の会員であり「升沢小屋の管理人」でもある千葉さん。昨年夏に「ゆうゆう館」で知りあい、これまたブログ上で互いに気を惹く存在でもあったりして(笑)面白山大権現の御神体探索ルポ以降「ゆうゆう館」でしばしばお会いして親しくさせて戴いた。何が縁になるかわからない、彼は会うたびに私の意に共感を寄せてくれた。もう20年も付き合ってきた 古くからの友であるかのような?違和感のない、奇特な、イヤ、この年令になった僕とも話せる知識、認識に深みのあるお方である。以上のお二方によって吸取紙に吸い取られた芥の水がこの私というわけである。

今日の山行のキッカケは千葉さんのお仲間であるヨッちゃんが小屋で作ってくれる「釜あげうどんを食べる会」とのことで 物好きなので釣られてみた。怠けた体に悪戦苦闘しながらも船形山の中腹をグルっと一周して「これも この山の魅力なんだよ」という船形山のエキスとでもいいたげなポイントを点々と繋ぎ合わせる面白い山行になった。雪山だからこそ描かれるとっておきの逸品、珠玉の絵図だ。しかも船形山に精通しているからこそやってのけることが可能になる。「テッペンばかりが山じゃないよ」という典型的な山行だ。この考え方に僭越ながら、千葉さんと私とは同じ色の絵具で描ける方向性 vision を持ってると思っている。

升沢小屋管理人:千葉さんのブログもご覧になってください リンクを貼っておきます。

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小雪の吹き付ける帰り道に撮った ここから右手に進んで左手よりここに一周して還る 


赤い25番プレートが目に付いた。山頂まで30枚あるプレートのようやく6分の1、一群平につく。「ひとむれ」平 ではなく「ひとむら」平というそうで千葉さんに念押しされた(笑)ここに至るまで身体が覚醒せず、最初の汗が出るまでほんと苦労した。ひと汗かいてようやく体調も落ち着く。睡眠不足の朝はいつものことながらスロースターターだ。。。

20番のプレートに着いた。ここから夏道を離れブナの雪原へと右へ湯谷地(ゆやち)方面に曲がる。いよいよ本日の目的、ブナ平の住人達に会いに行く行程の出発点だ。「ブナを守る会」が発足したのは1985年、かれこれ30年も歩む中で「伐採反対運動」から「森の再生運動」へと質が変わっていった。笹刈り、広葉樹の混交林などの復活再生を目指す活動に転化できた、これは地道な努力の表れだった。

運動の証である船形山の聖地に閑かに立つ「2本のブナの木に出会う」のだ、森に足を踏み入れた。「ブナの良さを解っていないとブナは守れないよ」そうブナが語っている。はたしてブナたちの息遣い、それを感じとれるかどうだか?船形山のテッペンではなく中腹を横断することで物事を感じとる…。山に登るという意味合いがガラリと変わるけれどそれもまた登山の範ちゅうということだろう。「テッペンじゃ あまり深くは考えないよ ビール飲んで終わりだもんなw」 風以外の音は聴こえない、森閑とした世界/宇宙/境地を得ないと、人間あまり深くは考えないものだ。「山は総体だ!」という言葉の意味が この森に佇むことでビシビシ心に迫ってくる。


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こちらが「はなそめ」 花染山側に立つ


小荒沢(こあらさわ)源頭、ブナ平で2本のブナを見学する。黒森山側に立っているから「くろもり」、花染山側に立つので「はなそめ」。心からブナの森が好きな人ならば「見学」という第三者的な言葉はおそらく使わないだろう。まさに恋人に逢うような?秘密の宝箱をそっと開けるような?憧れの人を思い慕うような?そんな修飾・形容詞を最大限に用いることだろう。でも自分はそれら形容詞をつかう境地には未だに至っていない。これが自分の正直な気持ち、いや白状すれば学生時代から「反権力」という捉え方で、おそらく「船形山のブナ」も捉えていた風な節がある。若い時分から運動に心酔するほど純粋派ではないし、ブナに恋慕の気持ちを宿すこともできない (´艸`)

すでに「くろもり」は枯木となり土に還りつつあり曾孫根が生えている。樹齢400年超。ココこそ「ブナを守る会」が皆伐を阻止した証のブナたちの居住地(聖地)、太いブナが林立する。。。とまあ「反権力」というモノの見方がこんな表現にさせてしまう 過ぎた文章ほど心を厭きさせるものはない(笑)。


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「くろもり」


1964年木材の輸入自由化から1997年の「林野庁改革」(営林の放棄)に至るまでの30年間、日本の林業は日本経済の最先端産業と比べたらずうっと後方末端に追いやられ、弄ばれた事実がある。日本経済が高度成長期に入ると、政府の林業潰しが露わになった。日本経済の大きな流れである「精密機器・機械産業優先策」「貿易不均衡の是正」のために日本の農業、林業、畜産業は犠牲にさせられ、減反政策や輸入外材やパルプ、小麦、牛肉などを輸入することで政府は貿易収支の均衡を図ろうとしたのである。林業こそ日本経済のスケープゴートの一番手であり、それに続くのは畜産業、農業である。

その後の1987年(昭和62年)中曽根政権時代には「リゾート法」という悪法が成立。国土開発の名目に始まった国有林の開発・伐採は 最終的に全国各地に赤字覚悟の「三セクによる開発」の爪痕を残してあっけなく終わった。グランデコ 弓張平 ジャングルジャングル 台鞍スキー場などが事例である。儲かったのは政界に通じた堤義明率いる「西武系列不動産」の「日本国土計画㈱ 現:株式会社コクド」、他不動産関係だ。この後、日本経済のバブルが破綻する。北海道のトマム、宮崎のシーガイヤが破綻したのは記憶に新しい。船形山スキーリゾート構想もこの流れで「三セク」がパートナー(開発企業)を選定する前に立ち消えになった。

1990年当時、薬剤を使用した北海道のリゾート開発で数万尾の魚が死に 開発に大きくブレーキが掛かった。飲料水と直結するからであるが「仏つくって魂いれず」のリゾート法は 箱はつくってみたものの、民間の経営ノウハウもなく、ヒットもせずに終わる。全国的に国有林の「伐採」は免れたが、我らはどっちに転んでも喜べなかった。伐採を「阻止」した「勝利」したというが 「言葉の裏」を見極める者にとって 勝利に酔う者は居なかったはずだ。なにせ国土が乱開発されズタズタにされたのだから。山岳会の例会において「船形山」の基調報告を受けたが締めの言葉に「物事には必ず裏がある」と、まさにその通りの結果だった。

1997年、トドメは「林野庁改革」という美名の下で「営林」という林業育成の考え方が消えたことである。営林署事業の赤字解消、その煽りを食らったのは林業の現業者だ。収支の面では3兆8000億の赤字。それを国民の税金で2兆8000億穴埋めしても残り1兆円の債務は遺ったまま、林野庁は今も立木を売りに出し返済中である。「赤字解消」を免罪符に「世論の同意」を創り出し人員・諸経費を押さえ込んだのだ、上手である。大きな狙いは赤字の元凶「営林事業の放棄」だ。「国有林の営林」という国家の事業にもかかわらず、企業同然の独立採算制を敷き「営林の放棄」という悪政をもたらした。国有林の伐採、間伐に関わる人員を三分の一に大幅に削減し、山が荒れる結果を今に生むことになる。政治という舞台の裏で腹を抱えて笑っている者が透けて見える。

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ブナの森に関わる歩みをザッと書いたが・・・、、、今日のブナ平は天気もよく 一面が見渡せる平らかな地(1030m)でもある。北側に横たわる稜線は花染山への稜線。ブナの梢の風きり音がまったくなく 穏やかな陽光が雪面に樹林の陰を何本もその縞模様を落とす。ブナたちの安住の地。ここで朝を迎えられたら最高だろうね♪などと話が弾めば、我らの歩みも先へと軽やかに進む。ブナの森は間違いなく心が安らぐ森、、、そう言えた自分に先ずは乾杯であろうかw


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左手に千本松山(せんぼんまつやま)の裾を感じながら北上すると…、シューッと一本、正面に花染山の尾根が雪庇5m~7mほどを高架橋のように走らせており それを越えることになる。上がりやすい雪庇の弱点を崩し花染山の尾根に乗った。 と同時に記憶が蘇る・・・、2006年の正月、船形山に一人で山スキーに出かけ、下山中に吹雪かれてこの花染の尾根に引き込まれ、林道の果てに行きついて 疲労か?安堵か?そこで眠るように息絶えた会員がいた。いつの日かこの花染山のルートに乗って祈りたいと思っていた。来れてよかった。合掌 

そのゆったりとした尾根を1080mまで登りその鞍部から右へ折れ、花染の尾根を乗越え再び北上すると保野川(ほのがわ)に至る。おおよそ大滝から来る夏道のところだ。1050m 保野川が雪で埋まっているのはおそらく3月末までだろう、ココを超えて湯谷地の尾根に取り付くのだが 今日は難なく雪で埋まった保野川を渡れた。雪解けの時は両岸からブロック雪が沢を堰き止め、この辺一帯がダム湖のようになるらしい(千葉さんのブログ参照)

湯谷地の尾根に乗れば…左手にはクロベや姫子松の生える千本松山がスッキリと見える。その奥、蛇ヶ岳方面に「南宝森」のトンガリが幽かに見える。右手には前船形山が嵐の雲を避け全貌を現し白い稜線が輝く。素晴らしい。こんもりした1200mほどのピークに向けゆったり盛り上がる白い尾根、、、湯谷地の尾根 なかなかいい所じゃないか!



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湯谷地の尾根から左手に見える 千本松山


湯谷地の尾根1200mあたりのゆったりとした台地が じつに気持ち良いところだ。右手上の緩い1224mピークへの盛り上がり感が東北的でいい。なんとも勿体ないが ここで湯谷地の尾根は終わるのだ。さらに200メートルも上れば千畳敷~山頂方面だが 左手稜線上にある「南宝森」を方角の指針とし読図で雪で埋まった保野川源頭に降りたつ。そのまま沢沿いにコースナンバー8番の升沢小屋(ますざわごや)まで進んだ。


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湯谷地の尾根 登りやすく 眺めのいい斜度/斜面でした


保野川源頭の奥 南に沢が屈曲すると雪原の小高い部分に赤い三角屋根が現れた。升沢小屋である。なかなか清楚にまとまった小屋のように思えた。豪雪に耐えるような力強さを感じないが それでいてしっかりと台地に立っている。新生升沢小屋に初めて入った。小屋にはデポ品でもない、荷が余ったとしか思えないガスボンベが数本、残置してあった。小屋の備蓄物はトイレットペーパーのみ、たとえ厚意であってもゴミとして片付けることになる。石油ストーブも火事の原因になるので置いていない。船形山の山頂小屋が消失した原因でもある。かつて仙台の某山岳会が升沢小屋にストーブを寄贈したいと申し出たそうだが町ではそれを断っている。


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保野川源頭を詰めてゆくと 三角屋根の升沢小屋がみえてくる・・・


その後、その会がストーブを升沢小屋まで荷上げして宴会に興じたそうだ。それがネットに載ってしまい「升沢小屋にはストーブがある」と噂が立つ。それを見て読んだ人が石油を荷上げして・・・こんなネットでの悪循環が回り始めた。ストーブがあると思って石油を持ち込んだ人は ストーブ有りきの装備であったためにとても寒くて寝られなかったと言っていたそうだ。そもそも それ等の行為が小屋消失の火元を呼ぶということを「ストーブ宴会」の彼らは思っていない。その山岳会は各地の小屋でも問題を残していて、宴会で飲んで食ったゴミ・ビールの空缶を小屋の後ろの叢に隠した こんな話も朝日天狗小屋の小屋番さんから聞かされたっけ。

ヨッちゃん特製の「釜上げ饂飩」、おいしくて おいしくて 2玉も食べてしまった。普段からこんなに山飯を食べたことがあっただろうか。薬味の茗荷にツナ缶がすごく合っていた。山料理の慣れは作った回数に比例するから 重かったであろう生うどんさえ大きな荷物にならずに持ち込めるというのは大したもんだと思う。次回 真似てみたい。その時には大根下ろしも 甘い稲荷揚げも付けようと思うw それって「どどん どん兵衛じゃないか?」なんて野暮は言わないでネ。(´艸`) いつもなら時間短縮で「白石温麺」で同じような汁麺を作ってるんだけど、薬味にツナ缶は使っていなかった。

 
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行動食に三色だんご か・・・ アリだなw


帰り道 少し変わった赤布がひらめいているのを目にする。じつはそれが「大売出しの幟」の生まれ変わりらしい 初耳だった。最近になってお店を閉じられた会員さんがおられたそうで、その「大売出し」の幟が赤布として再利用され船形山で生き還った、こういう噺らしい。幟の文字が白抜きだったのだろう?紅白縞々の赤布がコマ目に打ってあって愉快しい。 なるほど! 真っ平らな地形のココいら辺りだからこそ、「遭難を回避させたい!」そんな「ブナを守る会」会員の思いが伝わってくる。

「ブナを守る会」は色々の職種の方々が参加している、それぞれ数十人のメンバーは 地味だけど基本的な仕事を 自分なりに理解なされておられるようだ。秋になると山頂小屋へ「薪の荷上げ」作業と升沢小屋のバクテリアで分解された「屎尿(土嚢袋)下ろし」作業があるが 毎年楽しみにしているファンが多く、集いはかなり「濃い」らしい。

黒森山を背にしてやがて19番、このプレートを見たら下りでは進路を右寄り、山側へ寄り気味でとる。逆に 登ってくるときは左へ寄って通過することが自己防衛だそうだ。千葉さんがアドバイスをくれる。実はプレートの周りは谷地や沢が走っており、雪で埋まっていてそれが不明瞭で、ドスンとそこにハマるともう脱出できないのだそうだ。

20番ポストから始まった今日のトリップは 升沢小屋を経由して再び20番ポストに還流した。地形図上をぐるっと回る 船形山の大懐で遊ぶ 循環トリップ。いやまさに初めて尽くしの一日だった。頭を整理するのにメモが必要なくらい出来事が次から次とあって、、、携帯アプリの「メモ機能」がとても便利だった(´艸`) 面白い話が聞けて愉しい一日だった。ありがとう 千葉さん、ヨッちゃん。


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前船形山 きれいなラインだ



今日は いい旅ができた。「ブナ平」「くろもり」「はなそめ」「ブナの精霊たち」「花染山の尾根」「雪の保野川越え」「湯谷地の尾根」「初めての升沢小屋」。。。
こんな懐の深い山に・・・今まで通いこまなかったのは 何故だろう? おそらく理由があったはずだが 忘れ去った過去を追々思い出して付け足して書いてみようかな。今日、旧い頭で思い出せたのは… 朽ち果て、寂れた、赤サビのトタン屋根、ボロボロの升沢小屋がかつてココに在ったということだけだった。 

小屋の外は小雪が舞っている、まだまだ冬景色だ。歩みを進めると白いガスに包まれてゆく。だんだんと 視界は白いブナの林に占められてゆく。。。

 

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3/15原稿修正済み 校了

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by tabilogue2 | 2017-03-06 07:58 | 船形連峰 | Comments(0)

船形山、グルっと

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あとで まとめて書こうとしておりますが・・・
面白山東面新川岳 面白山東面2回 本日の船形山 明日の栗駒山の分と
合わせて アップしていない溜め込みが5日分ほどw

面白かった点などを報告せずに、、、このまま過ぎちゃうのも アレですから
今日の船形山山行写真だけでも、、、1枚 上げときます。
升沢小屋の管理人千葉さん、ブナを守る会のヨッちゃんと 
船形山の冬のポイントを グルっと観光しながら(笑)
各ポイントで 現場じゃないと聞けないような 面白いレクチャーを受けながら
1000mから1200mの中腹をグルっとひと回りしてきました。 


詳細は 明後日になるかな?







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by tabilogue2 | 2017-03-04 21:14 | 船形連峰 | Comments(0)

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この桑沼を眺めるたびに思い出すのは 1969年、
安保闘争まっ盛りの大学一年時、
学寮時代のカビの生えた思い出である

当時 授業もなくヒマなもんで 北泉から船形に登ろうと2年生から声をかけられ
酔った勢いもあって、二つ返事で縦走を掛けた

北泉あたりから雨に降られ 
縦走を諦めて桑沼に急坂を滑りながら降りたのだが
赤い腹を見せながら時々浮き上がってくるイモリたちを尻目に 
分岐で論議をかわしたw

桑沼から引き返し すごすご学寮に帰ったとしたら 
寮生全員から笑われる、恥だ! と、
男気で「意地でも左折して 沢渡方面へ」延々行進しよう となった 
なんせ恥辱は御免だ その頃は血気盛んだったからなぁ
70年安保の世代だったから・・・イマジンには理解できんだろ

伐採されたばかりの禿山の裾を越える学生さん4人パーティ 
今じゃぁ 考えらんない世界観だ(笑)
(あ、そうそう 船形近辺は当時から「皆伐」だったんだよな)


 
雨降る中 どでかいキスリングの1年生は私と矢沢の二人
2年生の安田先輩と柔道部の高木先輩は
アタックザックにナイロンの寝袋だけ 

まあなんと 6時間も歩いて特に苦痛もなく 
休みもなく淡々と歩くと エンドルフィンの効果か?
体の痛みとか 足の筋肉痛とか・・・一切忘れてゆく


沢渡の郵便局についたのだが 
腹減って泣いたぁ 
バス停のある店でアンパン買ってパクついた



あほ丸出しな青春時代w 山を覚えたての 
煮ても焼いても食えん 塩味たっぷりの思い出だ(´艸`)


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10月15日
泉ヶ岳登山 水神から桑沼展望台往復




朝寝坊してしまって・・・、
どこにも行けそうもなかったので
「困った時の泉ヶ岳」に登ろうと
遅くなったがでかけてきた

市内鶴ケ谷から45分ほど、、、
10:00 泉ヶ岳の駐車場はあまり混んでなかった 

愛車のちっちゃなミニ・クーパーは 
すんなりグリッドにおさまった

画になる まずまず(笑)
 

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どこも今年の紅葉は見栄えがしないと
そんな諦めムードでもあったのかどうか?わからないが、、、
駐車台数は半分もない


体調よく せっかく?すんなり? 北泉ヶ岳にやって来たので 
裏側に出て 桑沼か? それとも 三峰の景色の見えるあたりか? 
どちらかに行こうと思ったが、、、
天気がイマイチだったので 
北泉ヶ岳の奥・・・今日は右へ 桑沼方面



紅葉はこちらも同じで良くない というか まるで無い
温かいうえに 落葉が多く目立ち 不作である

いつものシロヤシオのトンネルも緑のまま
他の木々も紅く染まらずに このまま枯れるかも



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こんな感じ・・・
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クロベの樹皮が 活きいき見えたのは気のせいか?
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大島紬?かどうか知らないけど 着物の柄に見えるクロベ
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シロヤシオ、クロベの林を抜ければ・・・
桑沼の展望台に着く 
視界のほとんどの木々は 標高も低いのだが まだ紅く染まっていない


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今日の帰り、北泉のミズナラシナノキの大木を拝んで来た


そういえば・・・ 
膝の痛みは消えたかな? 
大丈夫だったろうか?
芋煮会歩けたかな?
階段が気になるね~

お~い!元気してるかい? 

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by tabilogue2 | 2016-10-15 19:00 | 船形連峰 | Comments(0)

暗色すみれ

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三色すみれ、、、

・・・じゃない、

暗色すみれ、、、

(´艸`)

SSと感度をミスって偶然うまれた新種









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by tabilogue2 | 2016-04-29 12:13 | 船形連峰 | Comments(3)

山の桜 大衡村

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山に咲く・・・ 

桜花









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by tabilogue2 | 2016-04-28 22:09 | 船形連峰 | Comments(0)

一人静か・・・咲き始め

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昨日?今日?顔を出したばかり ホヤホヤ カワ(・∀・)イイ!!




今年も 咲き始めた
泉ヶ岳の ”一人静か”


「少年自然の家」の新築工事で
植生地が荒れ、
もぅだめかな?と思っていた昨年
藪の中に白い穂が・・・


今年も
しっかりと白い穂たち 
咲き始めたね


熊本でも 
「希望」という根っこさえあれば
きっと 
平穏な時が やってくるはず





●日本赤十字社 義援金振込方法
平成28年熊本地震災害義援金













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by tabilogue2 | 2016-04-19 17:56 | 船形連峰 | Comments(0)

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天候が春めき どんどん暖かくなって どんどん雪が消えて
身体も鈍らになるので動かそう というわけで 泉ヶ岳へ

朝から薄曇りで汗もかかず 体調もよく疲れずに歩き通せた
山頂の西側で休憩も入れ、ココアをつくって 
三峰 後白髪 船形を眺めた 遠く栗駒も見渡せた

 昼時なので フキの煮込み 蕪のお新香で おにぎりを戴く
フキが出回る季節 さっそく煮込んでおいたのがよかったかな
リンゴのデザート、煎餅とお茶で済ます 遠足みたいな昼餉 

遅出の所為もあって 行き交う人も少なかったが 
足を止め挨拶を交わし 山頂の決まりごとを済ませた
頑固爺になりたくないので 精一杯の笑顔を振りまいた(笑)

こんな余裕が 気楽な登山を生んでるんだろう・・・って?
まあ否定はしないが 今年また一つ歳をとった

やる時やらんと 人生、つか、時間は無情にすっ飛んでいく
後悔しても遅いぜ やることやっても まだ足りんのだから


出発10:30 下山15:00
ワカン:使用せず アイゼン:使用せず
ヒザ川中間尾根の急斜面で ピッケル使用


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出発時間が遅かったので 下山は時間短縮のため
「ヒザ川の中間尾根」を使った 


安易に 「袖泉」なんて名称を流行らせる者もいるけど
救助の初動捜査を狂わせるから 
「遭難救助隊に認知されない、私的な地名」は 
ネットで使用しない方がいい

「袖泉」・・・って 「北泉」の旧呼称じゃないのか!
いつから 場所が移動したというんか?

知ったかぶりも いい加減にせいよ~!
間違った呼称をネットで流行らすなよ~!


ネットで言ってたよ~ 誰かから聞いたよ~
…なんて、無責任なこと言うたらアカンでぇ
お~い そこの兄ちゃん たのむでぇ


急斜面の地点は 既にブッシュがでていたので 
雪を拾い、拾いしながら水神まで
想定していた駐車場着予定を 30分以上も短縮できた
 
棒ラーメン 作ればよかったかな・・・


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by tabilogue2 | 2016-03-16 17:50 | 船形連峰 | Comments(0)