お世話になりました。

d0347140_21230723.jpg
2010年末の仙台新港 CTEでの撮影





車、 写真、 山でも お世話になりました。。。

2016年も 宜しくおつきあいください!

そろそろ新年会 ブンヨコあたりで やろうかな?




じつに・・・、雪が降るのをまっておりましたが 

全然なので、、、 その辺を歩いてきます。。。




















[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-31 21:14 | アラカルト | Trackback | Comments(1)

やっぱり 山崎12年

d0237340_2055331.jpg



居酒屋で飲むことはあっても バーで飲む機会をトンと失った若い30代諸君。

若い諸君には「宅飲みウィスキー」をお奨めしたい・・・だからといって、どうこういうのではないのだが ビール ワイン 焼酎 日本酒 なんでもコダワリをもって呑むのはいいことだ。但し 支払いだけ済ませる、ただつき合いで飲むだけ というのであれば、ちょっと待てよ となる。コダワリついでにトリビアの一つでも身につけるならば 場が和み人生も2倍楽しくなるのだが・・・。

---------------------------------------------------------

酒造法では5年間「熟成」させないとウィスキーとは呼ばないらしい。だからなのか 水割りという飲み物ほどウィスキーを愚弄するものはない という。製造職人が5年もの時間をかけ熟成させ世に送ったというのに水で割るだなんて・・・これが理由のようだ。もっとも「水割り」という飲み方はウィスキーを浸透させるためサントリー社が編み出した「サントリーオールド(だるま)」の販売策だった。英国で水割りを頼むとチェイサーが出るらしいけどね。

販売策といえば、、、最近ではサントリー角でのハイボールがトレンドになったり、少し高級なところでは「白州 森香るハイボール」なども同様。かつて歴代の販売策は・・・ジンでマティニ、テキーラでマルゲリータ、ウォッカでモスコミュールなどがあり、一昨年はラム酒でモヒートが定番となった。いずれ10年単位でブームが作られ 我々は都度踊らされる(ま それも楽しいけど)。

その昔、自分は酒のあれやこれやを味わって無駄を承知であちこちの呑み屋に顔を出し 毒味と称してピンキリな酒を呑んではきたが、行きつくところは「サントリー山崎12年」、この一本は別格だと思っている・・・ といえば なんばいっちょると?とご批判多々であるのは承知している。

宅飲みに和製ウィスキーを奨めるのには訳があって(飲みすぎなければ)蒸留酒だから血管が詰まることも少ないし 日本酒のように臭くないし 二日酔いも少ないし 甘くも辛くもできるので奥さんも楽しめるというもの。

これから洋酒を始める30代には 宅飲み用の一本にこの酒をお薦めしておきたい。宅飲みなら、「酒のやまや」で安く手に入るわけだが、今日は「和製ウィスキーも捨てたもんじゃないよ」とだけお伝えしたい。

とはいえ毎回6000円を出費するのは高いぞ!懐に痛いぞ!という御仁もおられるはず。国分町の呑み屋さんなら その2、3倍ほどの飲み代を威勢よく払っちゃうのに?、マイ スタンダード ウィスキーを嗜むことに無頓着だったり ケチったりする。どの酒が旨いか 自分に合ってるかを確かめるわけだから・・・宅飲みをケチってどうすんの?って 国分町の半額以下だし・・・(笑)

それに 輸入関税が掛かっていないというのは最高の比較ポイント。輸入ウィスキー12000円と和製ウィスキー6000円では同等の品質(洋酒の税金は高い)ね。 でも、値段となると倍も違う、国分町ならさらに倍額! ということをお忘れなきように。国分町のオネエチャン・バーで2~30000円する洋酒と山崎12年は同格だ。(3、4本も買えるんだよ!)

呑みたい洋酒は沢山あるのだろうけど その前に「基準となるウィスキー」を知らねば他を語れない。オネーチャン・バーではとても高くて呑めない、でも宅飲みなら「山崎12年」の旨さが 懐にも優しく 身近にもあって 若い時期にこの旨さと値ごろ感を経験することは実に重要なことなのだ。

「知っている」ではなく「飲んでいる」 この大きな違い・・・「味がわかる」がマイ スタンダードになる。「飲んだことがある」のと「飲んだことがない」とでは真逆だし、「かつて飲んだ」というのと「昨日も飲んだ」とでは 人生ゆくゆく大いに違ってくる(笑)

やがて君は課長職になり、話題豊富になり、そんな君を部下が放ってはおかないだろうし 上司も接待に君を同席させるだろうし、多忙な毎日に疲れ帰宅すれば、「山崎12年」が優しく労をねぎらってくれる。打算も働くが、そう思って「宅飲み基準」を高めに設け、日本の銘酒を横に据えよう。 

間違っても「安い焼酎」のお湯割りをかっ込むことのないように。自分の基準を高く仕立てて 週末を宅飲みで楽しんだほうがずっと身の為。マイスタンダード、「山崎12年」はそのままオフィシャルな酒になる。けして君に損はさせない、むしろ豊かな人生を送ることになるだろう 僕はそう思う。


追記 2014.11.04 
シェリーカスク酒の山崎が世界のトップに認められたという報道があった、やっぱり 山崎を愛飲するということはこんなオマケ話がついてくるものだ。酒が人の道を変える。安酒には安酒の人生だ。高級酒やコダワリのブランドにはそれなりの人生が待っているということでもある。自分を安く売ってはいけない、、、近ごろ富にそう思う。







[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-30 10:38 | アラカルト | Trackback | Comments(0)


山に登るのは誰でも出来るけど 深く山を味わい知るのはその中の一部の人でしかない。その味わいを知るには・・・どんな山にも一泊でもしないと 本当の山を知るチャンスには遭遇できないだろう。基本、例えば「山に泊まって朝夕に食べる」ということに長けていないと その上を望むことは不可能になる。

生活技術の一つである山料理に長けていないと縦走などの一連の登山は成立たない。つまりは 真の山を味わえない。為さずにいると、それこそ「具なし」カップ麺や 「具なし」レトルトカレーに頼った登山になる。先を急ぐ心を抑え、じっくりジカンをかけ 山料理の腕を上げないと 山の深み、山の楽しさ、"紀行"としての山は味わえない。

山小屋での焼肉は迷惑なものだが、小屋の隅でカップ麺をすすって寝袋にくるまるというのは よほどに格好が悪い。「継続登山」という課題に食事面で取り組む、宿泊前提での登山。山に泊まる(生活する)のに技術がいるの?という素直な疑問が(いずれ体験を積むことで)納得に変わるはず。

同行の初心者には手始めに 小屋泊まりの「朝夕2食のレシピ」を考えさせることから始める。「フリーズドライ」をもとに加工するとどうなるか?また朝の食事に工夫を凝らし、「煮炊きの水」を要さず、「時間」もかけずに摂り込める食事・・・という課題を設定した。 「ぱぱっと料理」ができて 「ガス」もあまり喰わず 「ゴミ」も出さないことが前提でレシピを考える。前日、料理の具材を一緒に購入しながら 料理の完成イメージを伝えただけだったが・・・はたして?

今回の初体験メニュー計画は・・・
夕食・・・アマノフーズ 香る野菜カレー + 副菜 
朝食・・・アマノフーズ 香るグリーンカレー +副菜 + 味噌汁

・・・であったが、
初食当の判断で・・・下記となる。

夕食・・・主菜 アマノ 香る野菜カレー 
     副菜 野菜炒め ピリカラ燻製牡蠣 福神漬 みかん
     具材 玉ネギ ピーマン ナス ミニトマト バジルソーセージ 牡蠣燻製 福神漬
     汁物 乾燥ホウレン草とブイヨンでスープ
朝食・・・主菜 お粥 余ったオニギリと梅干しと福神漬と塩で味付け
     副菜 三分茹で上がりのパスタ トマト風味で味付け 福神漬 みかん 
     具材 玉ネギ ピーマン ナス ミニトマト スパイシーソーセージ  
     汁物 玉ネギ スパイシーソーセージで出汁をとったコンソメスープ
オイル  オリーブオイル(使いきりパッケージ)

食器・・・コッヘル(大) カレーを作るのに使用
     コッヘル(中) お湯を沸かすのに使用
     コッヘル(小) カレーご飯の盛りつけに使用 
     フライパン   スパゲティを茹でる 野菜を炒める際に使用
鼠対策・・・食材とゴミは小屋内のロープで吊るしネズミ被害の予防とした
水場・・・ネットで事前に情報を得ていたので特に問題はなかったが、水場の案内が小屋のどこにも掲示されていなかった
その他・・・常夜灯にロウソク(燃焼4時間)を2個使用、携帯ラジオを使用、発電型LEDを使用

総じて 初心者としては 美味しくできあがったと思う。
時間も短時間だし ゴミも出なかったし 無駄に水を使わないし 味も良かったし 食欲をそそる味付けに合格点を差し上げた。




以前に書いた記事 「最近の山事情*」を読み直した。

2年前は「山ガール」が流行し 今や「山ボーイ」なるものが流行だそうな。SNSの世界に浸った若者が 「山小屋の冷蔵庫でサムアップしながら寝そべってる写真」を ブログに掲載しないとも限らないw 現実、ますます危険な?登山者が増えたと感じる。積雪期のGW、穂高にスニーカーで登る奇人も出たほど・・・。100とか、200とか、300とかの名山を追い求め、たった数日の時間を宛がい、車で移動し車内で寝泊まりしながら数山まとめて目的を達せんとする中高年も同類に思えてくる。

それに 最近は「B層の論理」的な人や、登り始めたばかりの高齢者のブログ発信が増えた。気をつけなければならないことに、「素人発信」が増えるほど 例えば標識を備えない山を管轄下におく役所側の立場はどんどん悪くなる。「B層の論理」が過ぎた結果だ。「俺は悪くない!悪いのは標識を立てない役所の方だ」「危険な山に登る初心者を制止しない役所が悪い」となる。自己責任の登山を役所や警察の責任にすり替えてしまう。 

「B層の論理」もいい加減にしないと。地球という自然、理屈で語って挑めるほどの相手じゃないことは知っておくべきだ。


d0347140_16474027.jpg



山への畏敬の念を養わず、怖れもせず、夏季に単独で名山を追いかけたとして実力は早々には付かない。体力はつくだろうが(?)生活技術、観天望気、危険回避、自己脱出、山への畏敬など精神も含めての「総合力」は付かないということだ。

他人様のブログに記してある通りにコースを選び、コースタイムの載った昭文社の地図しか読めない実力の程度で、木道完備の尾瀬やホテル並みの山小屋が揃った北アルプスや登山者の列が山頂まで続く富士山など、人の流れに乗って標識の指し示す道を歩いたとしても「登山の凄みや醍醐味」は味わえない、実力などつくものではない。せいぜい「グループ登山」ができる程度、「夏場のソロ山行」ができる程度の「体力登山」が関の山だ。

それなのに「北アで実力がついた」と自分で勝手に勘違いするから 山の難易度を勝手に高めて 上級者向けの山岳(便宜上のクラス設定だが)に独善的に挑むようにもなる。それがクリアできたら自分は上級者だとすっかり勘違いする。ブログにもラッキーな「結果オーライ登山」が見受けられるし、他人の成功体験をブログで読んだだけで、「よ~し俺も!」と勇み立つのは考えものだ。それらの「認識違い」の結果、受難者がまた増えることになる。



今や発想に豊かさが消え、その代わり「ヤマレコ」「トポ」など他人の記した「トレース」をこよなく愛す中高年が闊歩する時代。基準は「標準タイム」より早く歩くこと。他人のトレースを追うだけの登山、オリジナルな山の楽しみ方なぞ どこ吹く風 ?? 「トレース文化」を愛し、ブログでそのインフルーエンスを極める、、、一体 君らの 「自分の山」はどこへ行ってしまったのか? 



「独り善がり」は総てが勘違いの元なのだ。それを正しいと思い違いしているのは他の何方でもない、「好天ヤホー+宴会大好き」な貴方だ。難題だけど「組織に入ることがイヤ」「ガイドもイヤ」というなら覚悟して入山しないといけない。そもそも「ソロ」というのは「登山技術、生活技術、登攀技術を併せ持ち、謙虚に構えて入山する人」という意味に理解すべきだ。誰もいない深い山で 一人朴念と数日暮らすこともせずに、実力など養われないし計れるものではない。束縛されたくない?・・・組織に入ることを嫌い、団体行動がイヤ 身勝手な理由で単身登山するのとはわけが違う。

自分の山を持つ、持ちたい 山を知りたい そんな時は・・・謙虚に地元山岳会の門を叩くことを勧める。

山岳会では幾つかの個人山行計画が提出されているので 自分の経験や力量を伝え 見合った山行を選べばよい。思想信条が問われるわけでもないし所得制限があるわけでもない。生活技術は公平に教えて貰えるし事故回避術も同様だ。本格的な雪山シーズン前に冬山のセオリーを覚え込めば 「何故そのセオリーがあるのか」その理由を一つ一つ実践で知ることになる。セオリーを理解すれば我が身大事に思えてくるし 身勝手な登山を慎むようにもなるはずだ。山岳会のそれは蘊蓄などではなく、生存技術そのものなのだから。


昔は 「三人寄れば山岳会」と揶揄されながらも 経験が人から人へ伝わる手段、いわゆる「空間」(インシュレーション・中間の機能)が存在した。

だけど今は違う。

若者の登山ブームも老齢者の独善的「トレース登山」ブームも、どちらも危険回避を経験として積む「集い」「時間」「伝承」などの手段(空間)がない。PCを開けば手軽に教えてくれるが、だがネットでは「知識」しか手に入れることができない。知ってはいるけど実践では試せないし活かせもできない、そもそもそれらネットで拾い集めた知識をあてがう「現実」や知識を活かす「状況」との「ヒモつけ」が理解されていない。さらに無目的な中高年登山者は深田百名山のような「価値基準」「既成の目的」、他人の「行為の結果」に寄ってすがろうとする。


自分という主体もなく、他人の結果に身を任せるという心配(事故の元)は今後も増える一方のようだ。それでいて 自分は登山界のセオリーから逸脱しているだろうか?と半信半疑になる。山岳会に入れば その道のプロたちが過ちを諭すように教えてくれ・・・、前述の「ヒモつけ」が実践で理解できるようになるのに。何故 自信過剰な自分?(独善的な、傲慢な自分)に留まるのだろう。 山岳会のドアを叩けば 全てが正回転で廻り始めるのに・・・。。。


長年山をかじってきた私には「他人の結果に身を任せる」「独善的な自分」などの考え方がどうにも分からない。過信するほどの体力もないけど 好きな山が2つ、3つ程よくあって 季節を変えルートを変えつつ年中登れたらそれでいいじゃないか とピークハント欲の無い者として考えるのだが もし貴殿が「それ以上」を望むなら 今現在の「独善」を捨て去らないといけない・・・。いかがなものだろう? 今の独善的状況から一歩踏み出すことによって もっと高度な組織的登山が可能になる。その新たな世界を体験したい 高みに上がりたい 垣間見たい、、、とは思わないのだろうか?。。。

一昨年に書いた「*文章」だが、じっくりと正月にでも読んでもらえたら・・・ 素直にうれしい。


d0347140_16452810.jpg
朝日連峰小桧原-大桧原川遡行を終え、大桧原林道を歩く・・・












[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-29 15:00 | mount | Trackback | Comments(4)

5年を数え終える・・・


今年もいよいよ暮れてきました。2016年、震災から、まる5年が過ぎ、6年目の年を迎えることになりますが・・・
その前に 自分たちは「あの日」どんなことをしていたか あらためて「想いなおしたい」と思います。
好きな車にも乗らず 山へも行かず 好きな撮影もせず 2011年は「仕事」と「支援活動」とで精一杯だった。
それもこれも イッズミーには「支援の輪」ができていて、「分かち合う」「助けあう」「共助」があったからだ。

以下の記事は 震災直後から”3週間がたった”*イッズミーブログと、”3ヶ月経過後”のイッズミーブログからの引用です。




------------------------------------------------
d0347140_21035201.jpg
野蒜地区での支援物資配給 2011.04.29 野蒜駅裏地区


d0347140_21274553.jpg
東松島ボランティアセンター・テント



皆さんから たくさんの支援物資がよせられました。遠くは九州の車仲間から、会社関係では九州 大阪 名古屋 東京 札幌から イッズミー関係では山形 福島 仙台 その他 神奈川 仙台YMCA山岳会 皆さんたちから寄せられました。

下着類 肌着類 靴下 帽子 作業着 作業服 ジャンパー トレーナー ジャス シャツ Tシャツ ゴム手袋 軍手 軍足 洗剤 たわし シャンプー ハンドクリーム 赤ちゃん粉ミルク 紙おむつ おしりふき 除菌スプレー ウェットティッシュ からだ拭き タオル リンゴ 味噌 お茶 お菓子 カップ麺 レトルトご飯 飴 水 ガスコンロ ガスボンベ 長くつ スニーカー ひも 輪ゴム ゴミ袋・・・ 

下の写真は それら皆さんから送られてきた物資で、運ぶのはこれで5回目になります。肌着・下着類で600枚その他400点 リンゴ箱 帽子の箱・・・5回目の支援物資だけでリビングの半分が埋まっております。中には お菓子やお婆ちゃんの紙細工(おり紙など)も送られてきました。そうなんです 緊急支援から生活支援へと送られてきた物資は変化しております。皆さん、わかってらっしゃる。。。

d0347140_21341682.jpg
わが家のリビングは毎月2回、支援物資で占拠されてしまう



次回からは 生鮮食糧の調達が課題になります。お米、味噌、醤油、調味料、果物と野菜と塩干ブツを送ろうと思います。
皆さん、今後も継続的なご協力 宜しくお願いいたします。

*生鮮食料品は 
岡山県のカモイ紙工株式会社様、秋田県の高茂合名会社様、イッズミー参加者の松崎さん、誉田先生から
月2回の支援物資を受けて、毎回300食ほど配送できました 報告追記しておきます。


d0347140_21042860.jpg
仙石線 野蒜駅遮断機付き踏切



4/3の避難所状況
野蒜「常林寺」避難所の3週間経過した今日の状況です・・・今まで地域の公民館やお寺さんで避難生活を送っておられましたが、電気が通り水道の再開にともなって、半壊の自宅に戻ったり縁戚を頼って出ていく被災者が増え始め 避難者が3週間前の半分に減ってしまった・・・というのが今日の大きな変化でした。残された避難住民のさらに半数が、直線距離で7km離れた国道346号線沿いにある、松島野外活動センターという公共施設に再入居し 新たな避難所生活に入るという局面に至っております。常林寺に残っているのは今は当初の三分の一、たった3週間で40名足らずになりました。

春休み中には避難所として利用していた小中高の校舎も、新学期を迎える子供たちの教育のために明け渡さねばなりません。今後も学校避難所の廃止と統合が進みますが地域社会の助け合いコミュニティが崩れる中、住民には新たなコミュニティの再構築という精神的な負担が圧し掛かります。
   

被災地のリクエスト
それが原因になるかどうかは 今後の仕組み次第なのですが・・・ 今までは地域の方が青果物を供出し、近くの畑から採ってきた野菜を持ち寄られていたのですが 今回の移動によって地縁のない施設での暮らしとなるため 思うように青果物が摂取できないことが怖れとして訴えられました。

「葉物や根菜などの青果物と新鮮な果物があれば助かるのですが・・・」

というリクエストでした。


青果物などの継続供給の仕組み
味噌 醤油 しいたけ 蒟蒻 野菜 できれば冷凍肉などをワンセットにして段ボールに梱包していただくと助かります。野菜と一口にいっても たとえばカレーを作るのにも玉ねぎ 人参 ジャガイモ・・・野菜ごとに分担され一梱包荷造りするとなれば 少なくとも供出仲間が2、3人いないと という気持ちになるはずです。個人の負担を軽くしてあげないと 長続きする支援となりません。この震災被災者への支援は長続きすることが前提ですから、よほど根性を据えた方がリーダーになっていないと年間活動 長期戦としては上手く戦えません。

さて 誰かがそのリクエストに応えなくちゃならないのですが それをやるのは誰なのか?僕には分かりません。国でもなければ 県でも町でもないというのが一つの私の見解ですが 僕らの中で「野菜の集荷と供給の仕組み」を作れたら、避難所の生活が安定化するのではないか?と思っています。地域という一つの社会が崩れてしまった避難所生活ですが 皆さんの考えをお聞かせください。


継続支援、特定避難所支援の理由
僕は たまたまイッズミー仲間の武藤君の自宅近く、野蒜地区を3週間ほど支援物資を届けて参りましたが、「被災者」と「支援者」とが互いに顔を見せてこそ初めて「長期支援」が成り立つと思うのです。ですから毎回避難所は同じところに通っています。避難所の空気や避難者の顔色一つで「何か困っているぞ?」と分かるようになればいいと思っています。

それぞれの支援形態
それ以外の支援なら義援金を集める運動に参加すればいいのですが それは半年を経過した頃、今年の9月に本腰を入れても遅くはないと思っています。水道が出る今となって 雑巾・たわし・おにぎりを持って 長靴履いてマスクに軍手姿で4人一組で清掃作業・片づけ作業に出向けばいいと思ってもいます。でも、なかなか中心軸になる方がおりません、月に1回の支援であってもです。

片づけ隊 必携七つ道具
 長くつ ゴム手袋 帽子 マスク  
 雑巾 たわし 軍手 洗剤 スコップ
 水 お弁当


支援者たちの状況

朝夕、サイレンを鳴らして被災地に向かう消防自動車。今週に入って、走る台数が6分の1ほどになりました。地震後数日は30台以上連なって走っていたのに今朝がたは5台でした。その代わり昨日今日の三陸道は支援物資を積んだ普通車やライトバンやミニバンで大渋滞を起こすほどでした。みなさん一様に石巻や南三陸方面を目指していました。こうした姿を目にすると人間まだまだ捨てたもんじゃないな・・・ヤル気が湧いてきます。3週間過ぎてなお、宮城県南部のニュースが流れませんが 実は荒浜・亘理・山元地区は物資調達難が続いてるそうです。そちらにも目配りお願いします。

緊急支援の要請
頭の中では「何とかせにゃならん」とわかってはいても 実に手や足の出せる方は少ないのが現状です。他県からの応援車を見るたびに・・・僕は呼びかけます! どなたか「手伝い隊」を結成しようという漢はいませんか?リーダーになる方はいませんか?仲間を誘って、亘理・荒浜地区や 塩釜の北浜の民家や 東松島の矢本地区や それこそ石巻専修大学に出向いてみてください。

d0347140_21050496.jpg
中下地区公民館横のテント



<6月10日現在 東松島市の震災による被害状況>

 ●死者:     1,038人
 ●行方不明者:   149人

ライフライン被害
 ●電気:    22,574戸(復旧19,437戸)
 ●水道:     15,007戸(復旧13,848戸)

家屋被害
 ●全壊:    2,133戸(概数) 
 ●半壊・破損:  4,160戸(概数) 
 ●床下浸水:  2,659戸(概数)           

避難所・人数など
 ●市内47個所: 1,967人 

◆ イッズミー支援活動ご報告

①博多 焼津 札幌などから寄せられた「魚の開き」クール便は 昨日の朝にお届けしておきました。
お手配いただいた御三方には感謝申し上げます。

《業務連絡》
夏場にはいり 冷凍庫のキャパの関係で「土曜日午前中着荷」時間指定できますでしょうか。

一人あたり2食分 皆が魚を食べれるようにと 300食ほど。これは毎回 特に大好評です。
今回もアジ、ニシン、イカ、カマス、ワカサギ、カタクチイワシが問屋さんを通じて送られてきます。
貴重なタンパク源です。地味な活動ですが、、、魚の集荷ご協力ありがとうございます!

石巻や女川での「炊き出し」のニュースは耳にする。
東松島市でも炊き出し支援は沢山あるけれど、「避難所へ 直に!」生鮮食品を届けるグループは極めて少ない。
震災直後から 毎月2回「野菜と魚を届けている」グループはなんと イッズミーの僕らだけ!?
電気がない 水が出ない 電気が通っても冷蔵庫がない そんな時に「調理できた」「美味しかった」と感謝された。 
雨に濡れたら庇を貸す 傘を差し出すのは当たり前なのに。まだまだ少ない。。それより栄養状態が心配!

②野菜ですが 今日もたくさん集荷されました。
トウモロコシ 新鮮なトマト 大根 玉ねぎ サヤエンドウ プチトマト ピーマン きゅうり 持ち寄り感謝!
果物・・・パイナップル メロン オレンジ グレープフルーツ、車に積みこめないほど。

「桃屋のラッキョー瓶詰」を20数個いただいた。カレーのラッキョー添えは旨味倍増するね!
玉ねぎ、人参はもちろん 各種野菜の入ったカレーは極めて普通の日常食だが、、、
野菜がなければ レトルト「のみ」カレーでおわる。 避難所ではこれが普通だ・・・。

 
皆がイッズミーブログのリクエスト品目を見て、想像力を発揮し各種野菜を持ち寄ってくれた・・・
嬉しいネ 正回転です サンキュー

③Tシャツは前回298枚届けた。今日さらに岡山のサムネさんから大判Tシャツ25枚  ok@zくんからも5枚。 
117さんから段ボール2箱分の下着を受けとる。マツケンさんから作業着30枚受けとる 皆さんどうもありがとう。
バンド「KUMAS」のクマさん 愛車ワゴニアでTシャツ10枚も届けに来てくれた。クマさんありがとう!
「らーめん本竈」の久さんから 15枚ほど名入りTシャツ戴いた。彼自身も避難所暮らしの最中だけど・・・。

あっ そうだ、117さんが急に東京へ転勤決定となった!  ありがとう また来てください!


d0347140_21260588.jpg
イッズミー会場での支援テント


[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-27 21:30 | 3.11 | Trackback | Comments(2)

世間さま・・・

d0347140_15254320.jpg




どこにいっても クリスマスソングが流れてる・・・

年の暮れだよ 何もしないでいいの? 
と言われ続けてるみたいだ



流れる年末ムードに応じて 何か?をしなくちゃ・・・ 
と気ぜわしく思っていた 昨年までの年末



あらためて 自分に必要なことって何だろう
思いなおしてみると・・・

時間がたくさん拾えるような気がしてきた(笑)




d0347140_15245139.jpg


d0347140_14072320.jpg











[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-23 00:12 | Cafe/ Bar/ Foods | Trackback | Comments(0)

海の見える Cafe

d0347140_12572927.jpg

PENTAX 85mm soft





Openしたばかりの 海の見える Cafe...         

にが味の利いた珈琲がおいしかった.




d0347140_12575904.jpg

d0347140_13093353.jpg

d0347140_09071061.jpg

d0347140_09064534.jpg


d0347140_09062074.jpg














[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-21 18:34 | Cafe/ Bar/ Foods | Trackback | Comments(0)

d0347140_23030990.jpg




「会津学 vol.2 」を読んでいたら・・・自分の誤りに気づいたので それを訂正したい。

菅家博昭さんの「記憶の森に歩く」の特集に・・・「大博士」という名称が記された詳細な地図が載ってて、
それは 地元のテッポブチ(鉄砲撃ち)から聞きとった 細かな沢の一本一本まで描かれた地図だった。

私はてっきり、博士山1482mが大博士で、その南方にある1455m峰が小博士だとそう思っていたのだが・・・
地元の猟師たちの詳細な地図によって それが大きな勘違い、誤りだと気づかされた。

詳細な地図によると、、、今までの博士山1482mはそのまま博士山と記されており、
南方の1455m峰は「大博士」もしくは「王博士」と記されていた。。。
背丈は若干低いが 山容は「大博士」のほうが博士山より大きい、ドッシリしてる。

ちなみに この大博士は「おおばかせ」と呼び その後に「山」の一文字は付かない。

「会津名山案内」の大関さんによると・・・王博士になっている。
ここで 過去の記載を訂正したい。 


d0347140_23123763.jpg



d0347140_11320519.jpg


[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-20 23:12 | 会津学 | Trackback | Comments(8)

d0347140_22451097.jpg
志津倉山の雨乞岩




志津倉山の北麓にある源流の集落「間方」では、
南を向いて、つまり志津倉山を向いて(シンズァクラやオーベエを向いて)
男は野良でも、山に入っても 小便はしてはいけない、と教えられ それを守っている。


最近まで「マノヤマ(魔の山)」と呼び、
山頂から麓に降りる場所は数カ所しかないため、
地元に住む人も たいへん気をつかって山に出入りしている。


天狗様が棲んでいるともいう。
そのため山に入ったら
あまり大きな声を出さないようにしている。


またマエツボ(前坪山)にはカシャ猫(化け猫)も棲み、
それが土葬で埋めた死人を喰うので、
間方の葬式は暗くなる夕方に行う。
埋めた墓にも三本の木を曲げて六脚を土に刺し、
弓にしてはねるようにしつらえる。


志津倉山で雨乞いをすると雷雲が出て雨になる。
この山から下りてくる雷雲は必ず雹害をもたらす、
この山塊の「ショウハチハヤシ」の空が黒くなったら気をつけろ、
という伝承を抱えている。
大岐の北西後背山地が「ショウハチハヤシ」(柳沢峠付近が大岐の北西部になる)




--------------------------------------------------

伝承を学び知るのが「*会津学研究」の一端。
レポート:菅家博昭(会津学研究会代表)さんによる





d0347140_11110002.jpg



[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-19 00:10 | 会津学 | Trackback | Comments(0)

d0347140_16550693.jpg





「会津学 vol.2 」、、、なんだか欠本になっているようですね。
しかも amazon 中古本は頒価の2倍の値段になってました、ゲゲゲッ!です。


出版元から電話があって「仙台近郊で在庫している店」を教えて戴きました。
さっそく出かけて一冊を求め 頒価で分けて戴いたという次第です。

書籍だからといって、この本を置いているお店が「本屋さん」とは限らないようです。
東北の地域研究・文化・民俗学・歴史・地理など東北に関する事柄や民俗文化を
主に追及・発信する団体なら 在庫している場合があるようですよ。









[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-18 17:00 | 会津学 | Trackback | Comments(2)

d0347140_21182728.jpg



八文字屋書店に予約していた本が やっと入荷した。。。

「会津学 vol.1 」 発行人:会津学研究会


冬の雑学書として もってこいである。
さっそく 特集「会津に生きる」を
一項ずつ 読んでいきたい。



*第一項を読み終えた・・・、
特集「渡部家の歳時記」が抜群の秀逸さだ。

平成9年、東京育ちの花嫁が
縁あって会津昭和村に嫁いできた。
毎日が驚きの連続だった。
その日常を義父母に見聞きしたそのまんま、
地元の言語で語られ、
記録されている。

東京人が昭和村の田舎にきて、
居づいて暮らすなどは
一般的には考えらんない。

季節の移ろいにゆだねるように 
淡々と繰り返される日常の営み、、、
奥会津に暮らす老夫婦の姿をとおし 
会津歳時記が語られ、、、
その日常に 嫁いだ嫁も
いつしか安寧の暮らしを迎え
地元に還流しつつある。

特別なことは何もない 
華やかなものからも遠い
そんな普通の暮らしの中に 
生きることの喜びも悲しみも
すべて抱きとめる力を感じた。。。

と記されている すばらしい嫁ゴだ。










[PR]
by tabilogue2 | 2015-12-16 21:44 | 会津学 | Trackback | Comments(5)