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今年 とても重宝しているアルミ製のバスケットリング 
パウダーでも潜らないのだ ピッケルにも装着している

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今冬3回目の面白山東面は 早くも 解けやすい雪質になってしまった。 
宮城から山形への横断計画は 冬期/厳冬期にかかわらず 降雪量、積雪量の勝負になりそう。

結論から言うと 東面からのアプローチは降雪量に大きく影響を受ける ということ
なので、山行への影響を考慮すると、自分の案=山形から登って宮城に下る・・・これが正解みたい。 
雪の少ない宮城側を下りに使えば、、、重力を利用して、藪を漕いで下山できます。

南沢も北沢も、どの取付きもグズグズって、藪がでて、土が出て、腐れ雪はワカンでも踏み抜く。
こりゃあ今年の雪解けは 超特急で進むんじゃないだろうか? 

雪山を楽しもうと思ったら なるべく解けないうちに山に行くか? 
それとも もっと標高の高い、奥深い山に行くか? どちらかになる。
とりあえず解ることは、早い雪解けになるということだ。

グズグズの雪の下は硬い氷結層になっていて その層も20cmあるかどうか? 
その下には 既に空洞ができており その上面にはシャーベットの雪。。。
氷結層が薄いので直ぐに踏み抜くだろうし、足場が崩れてきてどうしようもない。
 
登るなら・・・夏道のある山を選ぶべきだ。さほど問題もなく 間違いも少ないだろう。
踏み抜いたその足下に 道があるのとないのとじゃ雲泥の違いだから
それこそズボッと首までハマって、下は空洞で足が地につかず、笹薮ブラブラじゃ
・・・そんな感じになってしまう。おまけに誰も通らない藪山じゃ 救出もない

北沢林道から牛追沢を過ぎて取り付いたが 2週前と違い、もうグッサグサだった。
20m上部の旧林道に出るまで 一歩登るたびに踏み抜き ワカンが枝に絡まった。
諦めて南沢林道に回って緩い尾根からとりついた 北沢方面よりさらに雪解けが早い。

グッサグサのグッサグサ! 宮城側の新川岳、標高1000mまでこんな雪質が続いた。

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牛追沢左岸の取り付き尾根は ご覧の通り もう雪がついていない
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by tabilogue2 | 2017-02-28 17:49 | 面白山 | Trackback | Comments(0)

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斎藤真一画伯の「越後瞽女日記 吹雪」





会津にも 秋になると
この瞽女衆が門付け(かどづけ)に来たもんだ

三味線ペンコペンコ鳴らして・・・、
でも金がねえから
カラムシの原麻を二、三把くれたもんだ

たいがい二人してやってきた たまに3人でやってきた 
目の見える15,6歳の瞽女が手引して案内した

村の定宿に泊まるとなったら
「瞽女んぼーが来たー」と村中の人が見に行ったもんだ
一銭こ、二銭この木戸賃もって 
笊が回ってきたらば放りこんだもんだ 

瞽女の唄は
「ままっ子いじめ」「嫁いびり」の唄が多かった
涙ぐんで聞いたもんだった

新潟県知事が 
瞽女は物乞いだから「新潟県の恥になる」っちゅうこって
「瞽女に十分飯を食わせてやれ!」というこって

そのころから 
瞽女はパタッとこなぐなったもんだ


「会津学 vol.4」 226頁




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by tabilogue2 | 2017-02-26 00:08 | 会津学 | Trackback | Comments(0)

JR通勤登山も終盤だね

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”縞男”simao  縞男本舗 提供

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お硬い話をすれば・・・

今まで此の方、「里山を歩く」という概念を 自分は持ちあわせてこなかった。学生時代から「山岳指向」で 今もって頭の中は 標高でいえば4桁以上(出羽丘陵など例外はあるが)、高低差なら00m以上、時間で言うなら 登り2時間以上。それが 自分にとっての「山岳」であったし、それ以下は意に適わぬ山だった。いわゆる「山の深さ」を尺度にあてがっていた。その尺度以下を「山」と称する感覚が自分には ない。福島育ちだからか、学生時代から山は「飯豊、朝日、吾妻…縦走一本」だった。社会人になってからも南会津の雪山だったし、仙台では「沢登り」ばかりで・・・里山といえば泉ヶ岳ぐらいだったろう(泉ヶ岳は奥山に分けられるけど)。逆に… 僕にとっての本当の里山は、所詮、焚き付けに拾う「芝刈りの裏山」だった。会津じゃ 芝刈りでさえ「山止め」を決めて入山できなかったもんだが。。。

幸か不幸か 体力的に登れるうちは「山岳指向」でいたい 今もそう誓ってる。飯豊、朝日、南会津…、テント山行が主体、小屋泊まりも多くなる。朝晩の「空気感」を身に着けずには 公然と「山に登ってきた」とは言い難かったし 山が深かったので野営は必然だった。逆に言えば、それができなくなった時、「自分の山」という概念を捨て去ろうと思っている。その頃からでも 里山歩きやスポーツ登山をしたいとも思っている。しかし いつまでも「自分の山」に未練タラタラ…ってのが一番よくない 一応、わかってはいる(´艸`)

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さて、いよいよ2月も終盤になってきました 

冬は走れる車がない 「泉ヶ岳」も凍結するうちは登れない ム~リ~ かといって 自分の考えを曲げてまで 低山や里山を徘徊する気もないw 結果 淡々とJR登山を重ねることに。 仙山線沿線が雪崩れ始めるまであと2、3回は、、、「雪稜」に対峙するのは可能だろう。 というわけでこの冬6回目の「JR仙山線」登山、3回目の東面。まだグズグズと潜る雪w ツライ 3月の堅雪まであと少しの辛抱。堅雪となれば、いよいよ春山解禁 いよいよ「厳冬期」の面白山ともオサラバ まもなく仙山線ともオサラバか? ちょいと 寂しい けど嬉しいw 春山は そこまで来てるもんね♪ 行かなきゃ 春山! 残雪と霞む空♪


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沢内から真昼山へ

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枯木山にて 私とチャウ  撮影者:A山



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by tabilogue2 | 2017-02-22 13:44 | 面白山 | Trackback | Comments(8)

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Black Diamond と Chouinard、、、
先刻の話題の続きですが・・・

”Black Diamond” のロゴに引き継がれた
”Chouinard” の心意気ともいわれる
「ダイアモンド”C”」 のロゴは

このアイスバイル(1991年購入)でも
Bla"C"k の ”C” として生き続けた

1991年、、、
もう 25年も昔の話だ (´艸`)





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by tabilogue2 | 2017-02-17 15:16 | アラカルト | Trackback | Comments(2)

好天待ち・・・CHOUINARD

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好天待ち 山頂は荒れているらしく 
彼の「東面」は ガスの中、今日も姿を現さず

先週から 舌下状の寒気団が居座っており 
なかなか 安定した日柄にはならないみたい

この風は 水曜から木曜にかけて止みそうだが
移動性低気圧のため、金曜から再び冬型に戻るようだ

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暇で・・・ 手持ちのカラビナをピカールしていた
リンク先の「ばやん老人 風塵日記」で 
ばやん氏が「刻印」について 一くさり書いていらしたので
自分も刻印付きのガチャを取り出し 感慨に耽ろうとw 

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今日はカラビナの話

「CHOUINARD」
古いクライマーは ショイナードと呼んだりしたものだが
イマジンは シュイナードといったりするのだろうか?
「Black Diamond」とは いちおう 口にはするだろうけど 
それが「CHOUINARD」のリボーンだとは 多く知られていない

いまさらだが、、、シュイナード氏は
「patagonia」社を起こした創立者でもある

横道にそれるが、、、
二人の脱サラ男が 1988年 鎌倉に日本支社を創るまで…
当時の僕は patagoniaの”チンチラ”を個人輸入で手にしていた
今は”シンチラ”というのか? 「フリース」のことであるが

特に思い出すのは、、、
『patagonia』のタグが monochrome から 現在の color タグに 突然変わった
理由は 偽タグを市場から排除するためだった 
高級バッグのブランド品の紛い品がネット市場に流されていた頃の話
シュイナードが衣料部門として残した、小さなパタゴニア社は成長を遂げた
そんな話も付け足しておく
ユーザー歴はかれこれ35年?になる


さて、、、写真のカラビナには新と旧とがあって
旧いほうが打刻印タイプ 新しいほうがエンボスタイプだ

で、先述のばやん氏のBlogで 
打刻印 "S" に 一種の情感を抱いた風に記してあった 
自分もそういえば カラビナは
エンボスよりも打刻印のツルっとした手触りを好んでいたっけ
 
ブランドマークの「ダイヤモンド ”C”」のロゴ刻印
今更 旧いカラビナを並べて 
30数年前の「あの頃」を呼び覚ましていたところ(笑)
「CHOUINARD」は「ダイヤモンド ”C”」のロゴマークで
「Black Diamond」のBla”C”kに引き継がれていたが 
それは 創立世代の「男」たちの”友情の証”だ

打刻印タイプのシュイナードはもう手に入らない
時の流れを知る者にとって 
Chouinard と BlackDiamond の関係は語り草
Patagoniaという大きな礎を築いた流れも



旧いカラビナを一枚一枚手にとって並べた
エンボスタイプより打刻印タイプに 趣というか 風味を感じる
でも カラビナの味なんて・・・?
わっかんねぇだろう が、じつは色々と ショッパイのだ




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手前下からの4セット 左のカラビナがCHOUINARDの打刻印タイプ 
つづく2セット 左のカラビナがCHOUINARDのエンボスタイプ 
奥の1セット 左のカラビナがBlack Diamondのエンボスタイプ
環付きカラビナ Black Diamondの刻印タイプ(おそらく鋳型)






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by tabilogue2 | 2017-02-12 13:53 | アラカルト | Trackback | Comments(2)

雑感

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”縞男”simao  縞男本舗 提供




雑感


笹谷峠の「ダンコ平」。山形神室と仙台神室の鞍部のことだが、その呼称問題を当ブログでつぶやきだしてから、かれこれ3年になるだろうか? 今、ようやっと「違い」が理解されるようになってきた。

ダンゴではない ダンコが正しい(濁点無用)。ガイドブック、エアリアマップでさえ「ダンゴ」と濁ったまま。でも、それでも一向に構わない。一般登山者についてはダンゴのまま、近代登山史に興味のないものにあれこれ言うつもりはない。必然、歴史を追えば「旧制 二高山岳会」の久野久らが先駆 と、山岳関係者らには言っておこう。その会報(昭和7年、1932年発行)に著され、「ダンコ平」の名が世に知れた最初。一高山の会:柴崎先生も「宮城の名山」ガイドブックに書いていた、YMCA山岳会:深野稔生氏も労作「神室岳」に著していた 一度ご覧あれ。




「ヒザ川の中間尾根」「袖泉とした件
ネットを中心に活動している、知ったかぶりな?、自称「岳人」さんが泉ヶ岳の冠川上流、樋沢(ヒザ)川の中間尾根を「袖泉」だとネットに載せインフルエンズさせてしまった。数年もの間、彼の取り巻きの誰もが「WHY?」「STOP!」を言えておらず、皆一様に「袖泉」と各自のブログに「右倣え!」で書き上げている。疑問を挟む余地など無い風だった。「岳人」さんグループの皆さんは「袖泉」という名称を知っているということで またその名称を使うことで 他の登山者よりも一段上に立つ優越感を抱いたんだろうと推測する。しかしそう簡単には問屋が卸さず、「袖泉」ってなんだろ…?と「旧来の山ヤ」連中にも飛び火し、場所は特定できたのだが、なぜ?何のために?と疑問だらけだった。いちおうネットのことだから…と我々は放置していた。

「袖泉」は 古くからある「北泉ヶ岳」の呼称
「樋沢(ヒザ)川の中間尾根を袖泉と称するのは間違い」と、過ちを指摘する声が「外部」からあがり、検証材料をもとに証明がなされた。ようやく自称「岳人」さんグループ内で 正しく認識がされだし、ブログに記載する者がいなくなった。それまでは 親分に楯突いたら嫌われる?そんな心理が働いたのかな。しかし今に至っても「小山の大将」の口から誤りを認める発言はない。それどころか「誰かが言っていたのを聞いた」と素知らぬ顔だ。ヤレヤレ、さすがのネット人間。潔さがないというか、山ヤの風上にも置けない男だ。

これらの事例が「ネット内コミュニティ」に住む一般登山者たちの平均的「実力」か? 教えてあげようスタイル・知ったかぶり然・虚勢。それゆえに「ネットに記載されていたから」とか「誰かがネットで言っていたから」と「客観性」「信憑性」を持たせて脚色してしまう。ネットという「論拠や確証のない、姓名さえ名乗らぬ無責任な発言」を転用する(そこに悪意が在る)のは正しくない。謙虚にかまえ実力以上の背伸びをしないのが大事だと思う。

「遭難対策」で考えれば簡単に分かるはずだが
現実的な話をすれば、、、「山の世界」は遭難対策の連絡網、「遭難対策連絡協議会」で繋がっている。参加団体や職種は幅広く、医療機関、学識経験者、警察、消防、県岳連・山岳会とガッチリ。 近代登山史、初登記録、民話、歴史、地質、民俗学、植物、実務では 遭難救助、捜索、救急、搬送など専門知識や技術に長けた人たちの集合体だ。捜索に当たっては消防団、山岳会は手弁当で任に当たっている。その遭難対策のエキスパートたちが知るところにない「地名・名称」を勝手につけたりするのは遭難救助、捜索のジャマをすることにもなる。「袖泉」という名称で110番されても捜索隊は到着できない。人命に関わることなので、公認されていない地名をネットで呼称したり、地名プレートを堂々と掲げるのは止めよう。(ついでに「南西尾根」という名称もない 勝手に決めないで!)

それにしても、ネットに疎遠な山岳界の諸先輩がこれらの問題に気付かないのも一因かも。一方、山の歴史や伝統的事柄、遭難対策に疎いネットの民が「仮想の山岳界」つまり「B層のコミュニティ」を形成したことも問題の一因だろう。そのことによって前述したような裏付けの取れない事象が問題化したわけだ。

昔から「ケガと弁当は自分持ち」といわれる山の世界、、、この世界に登場する”仮想の山岳界”の皆さんがたも「下手すりゃ、オシャカ」って現実を忘れないでおこうね。

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話は変わって・・・ 

山は「格式」で登るものではない。「袖泉」のように「ベテラン」だからといって正しいとは限らない。ついでにいえば、、、山は個々人のセンスで登るもの、そして味わうものと思う。「写真家」が撮ったからといって、その写真が個々人の感銘を得るとは限らないし、「登山家」が良い山だと言ったところで同様に個々人もそう思うとは限らない。

自分で歩ける山、惚れた山が2つ3つあって、季節を変えて歩けばその2つ3つの山が突然、魂を揺さぶってくることがある。そんな感動的な出会いのある山がじつは最高な山。「登山家」や「岳人」が教えてくれなくとも「感動」と巡り会えることがあるわけだ。むしろ 感動する心を奪ってしまう「ガイドブック」やベテラン「登山家」の平易なブログなどは「How to」程度にとどめて、自分のペースで山遊びをすることが大事。

自分の回りに一年中通える、惚れた山が2つ3つあれば それこそ自分にとって最良の山。決めるのは貴方個人。登山家も知らない動物の集まる水場や、岳人も知らない実のなる木があることを自分は知っている。そんな馴染みのある山が2つ3つあること それで「山の楽しみ」は充分です。さらに馴染みの山を増やしたいなら1年で2つ3つ登れる山を増やせばいい。一遍にあれもこれもと欲張ってはいけない それこそ事故を呼んだりするから。ゆくゆく…私達は 手持ちの山の少なさに悲観するのではなく、(他人と比べて)少ないと思う「貧しい心」にこそ問題が潜んでいる…という一点に気づくはず。知れば、北アルプスに通うことよりも、もっと大事な山が足下にあることが(それこそ数年後に)分かってくるはず。これは 誰でも罹る病い・・・「充足感」がないと嘆く気持ち これが問題なんです。

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一介の登山者がブログのプロフィールに自らを「岳人」と名乗る方が現れ、「こりゃ 変わった男だなぁ」と当ブログでも2年前に取り上げました。「袖泉」の呼称問題が落着したのを経て関心も薄れたこの頃、、、「あらら…この人 とうとう「登山家」になっちまったよ」と耳にしました。覗いてみると、昨年11月の笹倉山の記事では自分を「登山家」と称しているようです。山岳写真集団にも参加したとも聞きました。そうなると…?次は「写真家」を目指すのかな。岳人 登山家 写真家?…、どうしても自分をカテゴリー分けしたいのか、不思議な感覚の持ち主らしい。単に肩書が欲しいだけなのか? 山を楽しむのに、肩書なんてちっとも役立たないのに。さらに肩書全てが「自称」だなんて、いい大人なんだろうけど 呆れました。

この珍事で関心を集めるのは 「取り巻き」の方々。その資質(イエスマンかどうか?)、どんな受け止め方をなさっておられるのか?一度伺ってみたい。誰かに頼ろうとする心が「岳人」「登山家」「写真家」など、カリスマ性をもたせた「偶像」を生んでしまったんだろう。けど、「威厳」に頼ってしまった自分たちの「弱さ」にお気づきになってるのかどうか? 誰かが勇気を出して言って差しあげないと グループの皆さん方が「裸の王様」を作り上げた温床と指摘されることになる。しかも 自称「岳人」さん本人が気づくまでその「自称の恥」はネットに晒されたままです。

第三者から 「あの人は立派な人格者だ」とか、「名誉」や「褒め言葉」風に使われるのが普通なのに、その「普通」なことを、取り巻くグループの皆さんが「小山の大将」に言って差しあげないと、、、この自称「岳人」自称「登山家」病は死ぬまで治らない。あらためて、、、「皆さん 私は宮城の人格者です」と自分から名乗る人はいません。岳人 登山家 写真家 人格者 山のベテラン リーダー、これらの言葉は第三者から「尊敬」や「畏敬」「威厳」を持って使われるのが一般的。けして自称で名乗る言葉じゃない。

ゆうゆう館に来られている東北山岳写真集団(旧、東北山岳写真家集団ではないらしい 主宰の早川さんが新たにメンバー構成して写真家の「家」を外したようだ)は 早川さん、舟山さん、素晴らしいグラビアを出されたばかりの鈴木さん、それに新人の福井さん(ステッカー戴いちゃった ありがと♪)・・・一度「岳人、登山家、写真家」の定義を聞いてみようかな。







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by tabilogue2 | 2017-02-08 14:15 | アラカルト | Trackback | Comments(0)

さて、東面だが…

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面白山西面の吊尾根


だいたいのルートも頭に入れた 予測できる支障箇所も認識した。峠の歴史や人の流れ、物資の流れも、歴史とともに下調べを終えた、復習もした。面白山東面の沢・・・ 北沢の右・中・左俣の記録も、、、南沢に関しても 金剛沢、矢盡沢、金井沢、西岩象・中岩象・東岩象沢、大丸沢・小丸沢、四ノ沢、三ノ沢など YMCA山岳会、一高山の会の遡行記録をこの1週間で一通り眺めてきた(南沢右岸の支流で遡行価値のあるのは西岩象沢のみ) 万全とまではいかないが ほぼ頭に納めた。

そろそろ 面白山の東面に乗り込みたいと思う。それにしても、この歳で?ワクワクするものだなぁ 近場の山で、厳冬期に空白域があっただなんてw 厳冬期の面白山東面、東尾根の稜線を歩くのは山岳会時代を通しても初めてのこと。二口・面白山の夏は人臭い谷で遊び、冬には人を寄せない雪稜を歩く、、、こんな複合ができるのも 地元の山ヤ・沢ヤとして、二口の山に興味を注いできたからだろう。夏、沢に遊び「タメ」を作っておかないと、勢いもないまま、平凡な冬を過ごさざるを得ない。



このあと、、、 栗子山に尾根ルート、大杭甲山雪稜からのアプローチもしたいし、 車もないのにw番城山にもグルッとフスベまで循環で雪稜を歩きたいし それから 安田くんから提案のあった関山から面白山への白い県境も、ね。標高3桁なので(自分の線引きは4桁以上)、積極的に登らない山に該当はするけれども・・・w

山ばっか・・・と、なんかまたイヤミをいわれちゃいそう(´艸`) だが 自分たちの登る山は「名山の修飾詞をもたない山」。地元の自分たちが登らないで、いったい誰が登ると云うんだい? 南会津、飯豊、朝日、吾妻に蔵王、鳥海、さらに栗子も二口も得て、今後は船形にも立脚点ができそうで…、じつに地方に暮らし、地方の山にこだわってきて、良かったなぁとつくづく思うのだ。


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大杭甲山 1202m



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by tabilogue2 | 2017-02-06 14:38 | 面白山 | Trackback | Comments(0)