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下山途中、四本桂にて…   (新型スマホで初撮り画像)


「4本・カツラ」の謎が解けずに1週間が過ぎていたので、解決を見出すべく先週に続けて今日も2週連続で北泉ヶ岳までw 今日は「船形山のブナを守る会」の観察会(山行)の日だったので、千葉さんに招かれて初参加した。今日の参加者は21名、、、うち会員外の初参加者が1名、むろん私だw それだけコアな方々が集っていらっしゃる。「船形山のブナを守る会」は1985年の会創立、かれこれ30年が経過している。一般的には「自然保護団体」といわれている集団だが、この30年間ずうっと、常に50名前後が入れ替わり立ち代わりで観察会や行事に参加され今日まで継続されておられる…、ということは、余程に実力の備わった会ということ。今日の参加者も県内各地から来られている。

「船形山のブナを守る会」の活動には仙台YMCA山岳会として団体で参画しており、それに「追従」し、船形山の各支流の紹介、ブナの森と沢との関わり、沢に懸かる滝、沢登りなどのパネル展示等をしていた。なので、「守る会」の活動は今日で4回目ぐらいの参加になるのだろうか。小関代表とは既に25年前にお見うけしていた。とはいえ彼ら本体とのご一緒観察会(山行)は今日が初めてである。

「守る会」の活動目的は設立当初からみれば、だいぶ変遷した。1990年代、「リゾート法」の破綻により国土は乱開発の深手を負うとともに全国の保護運動下にあった「ブナの森は残された」わけだ。 代わりに1997年林野庁の実質的解体による「国家営林事業の放棄」(営林署職員の三分のニを解雇)による間伐未処理の弊害や、最近の緊急の課題として「原発のゴミ集積場建設問題」や「ゴルフ場建設問題」にも新たに監視の目が必要になってきている… この30年、取り組んできた課題、或いは今後、取り組むべき問題である。

そんな「行動的集団」と山行をともにするのだから、初参加の自分は「どんな格好wで参加すればいいのか?」悩んだ末に、「四角四面」風に装ってみたw。ところが、蓋を開けてみたら気さくな方々ばかりでw居心地の良い雰囲気で行動を終えることができた。まずは参加された皆さんの温かい心に「感謝」である。


今日の問題は・・・「四本桂という地名」ができた理由を知ることと 実際にその木の「実態を知ること」であった。以前、泉ヶ岳ヒュッテで「開拓史」が冊子となって売られていた。それでは詳細が不明な部分も多かった。詳しくは県立図書館で史資料を得ることでも解決につながるだろうと千葉さんに教えられた。

1950年7月、それまで存在していた「船形山-後白髭山経由の定義参道」に加え 新たに根白石方面から船形山へ「北泉ヶ岳・長倉尾根を経由した新登山道」開削の依頼を受けた人たちがいた。その資料に拠れば、作業者たちの便宜的な「作業上での通称」が現在の「地名」になり代わった経緯・流れがわかってくる。その資料は 千葉さんのブログに説明されているので参照願う。つまりは、この「四本桂」という地名も長倉尾根の「水源」や「熊の平」という地名も新道開削に当たった「人夫たちが呼んだ通称」がそのまま残ったようだ。(ただ、泉ヶ岳から北泉ヶ岳までの仮道開削にあたっては 前進基地が”1番最初に小屋掛け”をした「川平」という場所だが、それがどこを指すのかが不明だった。後日その資料を詳しく読んだところ、「川平」は四本桂の真西を40分ほど横川方面に降りた所、高度1000m付近で涸れ沢となっており、地巡りの水=伏流水が湧き出る所であることがわかった)

資料で分かったことは 開削に当たっては南丸松保沢源頭の「大平の水源」(現在の「水源」地点)に笹の葉で屋根を葺いた”2番目の仮小屋”を作ったようであること。不明だったのは「八合目の見晴らし台」(北泉の肩のことかと思う)と、「定義の阿弥陀如来を見下ろして拝む石」(山頂の西側から横川の流れを辿れば定義山の門前町がみえたのだろうか?或いは柴崎先生がいう1115m西端の”ソバ倉”のことか?不明)とが作られたという事実。今となってはそれぞれどの辺りになるのか?不明なことが多い。次回の後白髭観察会の課題にもなるのだろうか?とひとまず期待したい。

まあ、そんなわけで主題から逸れるが、大平の仮小屋を発ち20分で熊ノ平さらに20分で二ツ石、30分で爪先立ちの急坂、15分で坊主岳東端の笠松の峰、ここまでは藪が濃く笹も深くブナの森だ、馬の背を難なく越え一ノ峰、いつの間にか主峰の二ノ峰に達し そこから三ノ峰は高山の体をなし、昭和12年頃まで定義詣や三峰参りの人達によって踏まれた道形もところどころに現れたと記されており、それを越えて船形山の手前「蛇ヶ岳三叉路」まで開削したようだ。こうして長倉尾根新道の開削は1950年8月17日から始まり、実働14日を掛け完成は1950年9月6日となっている。

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左に南宝森1360m 右に三峰山本峰1417m


67年前の史資料全ページに目を通した(3/31現在)。古風な述語体で、何よりもセルバンテスの誇大妄想狂「ドン・キホーテ」を思い起こさせるミリタリー調な「登山道開拓記」は当世に於いては小腹が痛いほど滑稽な部分もあったけれど お陰で問題の一つは解決した。新道開削工事の発注者は仙台市であり、受注者は根白石に住む五百城幸治(いおきこうじ)さん。余計なことを付記すれば、五百城さんは受託にあたって、お住いの根白石から仙台市役所まで直線距離12キロを徒歩で往来したと記されている。梅雨の明けた夏の炎天下に徒歩で往復する体力・気力のお有りになる方のようだ。おそらく仙台市の意図としては戦後5年を経て「市民の楽しみを拡大するため」に定義山参詣が泉ヶ岳経由でもできるように…ということなのだろう。なんせ1950年といえば、仙台の青葉通の建設工事が始まった年で「戦後復興」で世の中が大きく動き出した年でもある。

現代風に言えば「市民のレクリエーションの充足」とか「ディスティネーションキャンペーン」みたいな施策なのかも。当時の交通事情を考慮すれば有りうる噺で、たとえば 泉ヶ岳に登って、定義詣でをして、作並に泊まって…みたいな(´艸`) ついでに記しておくが、10000発に及ぶ焼夷弾の絨毯爆撃で焼け野原となった仙台の街並みは、1950年、ようやく復興の途にあって斬新な区画整理により二番町通りや青葉通り、定禅寺通りの拡張工事が為され、その工事現場は大風が一たび吹けばひどく土埃が舞い立ち、辺りが霞むほどだったといわれている。そんな時代に、少年少女や青年たちの心に「生きる希望の光を灯そう」という狙いもあったことだろう。当会、仙台YMCA山岳会が創立されたのも「戦後市民の福利厚生の一助」がキッカケとされている。

もう一つの今日の問題は・・・なぜ「カツラ」の木なのか?ということと どうして「4本」なのか?という疑問についてだ。

それについては 会員の柏さんから説明があった。開削した人夫たちが特定樹種を知識として持っていなかったことによるものであり、「誤認」をしたのでは?とされた。正式には「シナノキ」。葉っぱはカツラのハート形ではないし、樹肌は似つつも、違いを見分けることができなかったのでは?と推測。シナノキは動かぬ水、つまりは谷地を好み、カツラは動く水、つまりは沢辺を好んで棲息する特徴がある…そのような説明もあった、納得。 次に、何故4本なのか?については 雪原となった一帯を奥の方へ進むと、数えることができた大きなシナノキは8本ほどあった。つまり「4本」というのは登山道開削作業上の資材置き場であり、目印となる場所でもあり、「沿道に限った樹木の本数であろう」という理解の仕方に決着した。 



今日は北泉ヶ岳山頂のランチタイムまでは風もなく日差しもあり 良い天気。観察会(山行)は知的な説明が付加され「カルチャー教室」さながらのアカデミックな内容が盛られていた。なかなか他では味わえない山の奥深さを「言葉として学べた」ことで有意義な一日だった。ソロ山行の身にとって「観察会」という人様の言葉が耳にできるほどありがたいことはない。長年山に登ってはいても「山を知る、深く識る」という点で自分の登山スタイルはどうであったろうか?という見返りの機会にもなった。

「山を識る目」を持つことが 山に関わる見方、見識を深め、豊かな味わいにしてくれる…こと、それと社会問題にも参画する意志を養うことが将来的に「社会的価値」として表出するはず。30年前に”ブナを守る”という命題に取り組んだ先輩たちが居られたという事実、今もこうして和やかに森の観察会を継続しておられるという事実とが 30年経ても曇りのない「社会的価値」を具体的に表しているのである…ということも、、、今日の観察会の感想として付け加えておこう。

つまりは「登山を私的な楽しみとして捉えている」うちは ”社会的にかかわっている人間” としてはまだまだ「稚拙の域を出ない」ということでもあるのかな(´艸`) 「山が好きな人=登山行為が好きな人」と限定的に評価されてしまいがち。そこを一歩飛び出るには自然観察、歴史、草木、地質などの視点などにより副次的な「生活にかかわる教養」を身につけることが大事で、必要とあらば「社会的行動の意志」を伴うことも知らねばならないよ と「守る会」の先輩諸氏は語っておられるのだろう。

次回の観察会は5月14日、定義からの後白髭山ということで「ヤンビツ尾根」(矢櫃尾根)の横川コースを使うのか それとも定義から一般的な「カラサワ尾根」の定義コースを登るのか? まだ定まってはいないようだが、またまた足腰を鍛えて参加してまいろうか? 船形山塊の楽しみが今日また一つ増えた。60歳を過ぎたら歩きなおそうと思っていた宮城近景の山々に、「観察という新鮮な歩き方」の一歩が残せて非常に嬉しい。




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by tabilogue2 | 2017-03-26 18:21 | 船形連峰 | Comments(0)

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鬼首外輪山 厳冬の「禿岳」ダイレクト尾根とパーティ
撮影者:小野寺 淳 (YMCA山岳会現役会員)
パーティ:小野寺 木村 高橋


毎週、毎週、例会明けの水曜になると、先輩会員太田さんから送られてくる例会報告メールが着信する。この中に2月報告の2枚の写真が埋もれていた。現役の皆さん たいへん申し訳ない。貴重な写真、今日まで気づかなかった。(´艸`)  勿体ないので著作権を度外視してw「期間限定」でアップしちゃおう。もっとも、木村くんのFBにはとっくに掲載済みのはず…、そこんとこ(`・∀・´)ノヨロシク。 昨冬、今冬と禿岳で後輩指導に当たった小野寺会員の簡易なメモ。臨場感も合わせて添付する。メールで送られてくる現役たちの動きを知ることはOBとしても山に登る励みになる。そういや先日、現役・OB4名で終電時刻まで旧交を温めあったばかりだった。皆さん一様に一家の稼ぎ頭になった、山が遠退くわけだ。年柄年中、山、山、山と言っていられるお気楽な我が身とは大違いだ(´艸`)。

---------小野寺 山行報告メモより--------------------
重いラッセルをしつつ尾根を上がって 森林限界からアイゼン着用。おおむね膝ラッセルでした。前回(昨冬)の到達高度を越えて木村にトップを変わって、雪庇を越えるときの注意点をレクチャーライン取りをアドバイス 「1歩の判断ミスで谷底に滑落する」クライミングの「危険に対する考え方」のいろはを 現場で少しは教えられたかなー?と思います。。。ラッセルに時間もかかり、核心部の雪の状態も締まりなく、下りの時に崩して転落する可能性が大きいので撤退しました。

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火ノ沢ダイレクト尾根 c900 付近?
 
2年前、二口山塊の磐司尾根で冬眠中の熊をヒョンなことで起こしてしまい鉢合わせ。
引くにも引けぬ吊尾根状リッジで一進一退の闘い、頬に傷を負いながらもバトルを展開。
冬壁の武器」で熊に脳震盪を負わせ、リッジから突き落とし生還したキムラ金太郎 (´艸`)カッコイイ

それにしても凄い、、、雪煙が舞い上がる禿岳! これこそ現場に飛び込んでの「山岳写真」イズムだ。ズームも1枚欲しいところだがコンデジじゃ無理だよね~惜しい! 僕らの時代のフィルム写真と違って、克明かつ繊細に映り込むデジタル画像。険しい岩稜、ベルグラ、岩と氷のミックス、雪稜、雪煙と陰、冬の青空、朝陽に照らされた一枚。奥の稜線に雪煙が舞いあがり、「ダイレクト尾根」に向かうパーティを手前に配置した構図なんてプロ並みだw 小野寺君には撮影に充分神経を割いていただいてw 今後も険谷、岩壁、氷壁などの写真を期待したいものだ。特に冬壁は「誰もが登れるわけではない」のでこういう写真は会としても「垂涎」ものだ。

”火ノ沢” ダイレクト尾根。この半世紀、この言葉に惹きつけられ 踏破を夢見た会員は多かった。急斜面に張り付く雪壁 雪の切れ目 裂け目 割れ目。黒い露出部分は岩と氷のミックスした岩稜だ。置いた足場の表層がゴッソリ滑り落ちる弱層雪崩、ピッケルをしっかり打たずに、四肢を持って行かれたら一巻の終わりだ。 滑り落ちる者の形相 頚椎骨折や雪崩による圧死 窒息死 頭部裂傷の鮮血の凄まじさ 高度感 一瞬の恐怖 怯む雪庇越え・・・総合的に一歩ごと良否の判断能力が問われる。どんな図太い神経していてもブチブチ切れちゃうか?、足が竦んだら一歩も踏み出せない、かといって、逆にクライマーズハイになってもダメ、それらは「死」の入口を意味するからだ。

どんな雪稜や岩場であっても 前夜に「眠れる強さ」を心に持つ男は少ないと思う。「彼らが凄いなぁ」と僕が思うのは…、登攀前夜をアルコールで酔って過ごすことをせずに、直接早朝に車で乗り込んで、準備して、普通に尾根に挑んでいるということだ。昔と比較したらどうだろう? 前夜となると、心の弱い自分なんかは12時近くまで現地テントで酒盛りしていないと「眠れぬ」男だったんじゃなかろうか。近ごろ「酒抜き男」に感心することが多いが…w
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60周年記念事業も控えてるそうですが、ぜひに参加しようと思います。








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by tabilogue2 | 2017-03-22 11:48 | photograph | Comments(0)

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春山 泉ヶ岳ですぞ~
 
水神までは雪が踏み固められて まるで高速道路並みに整地されていた。水神から三叉路まで、トレースがたくさんあって どれを引き当てるかが効率という勝敗の分かれ目だった。アイゼン装着のツボ足なので トレースを選び損ねればズボッと重い雪にはまり込む、効率が悪いとなるのだろう。僕なんかは それを賭けに変えるw  勝敗は10歩のうち外したのが2歩ぐらいだった。

北泉から長倉尾根に乗り込む ワカンに履き替えたのに膝下までズブズブ沈んじまった。それでも下り斜面なので ラクラク100mは進んだろうか? 梢が邪魔にならないところで 三峰山を撮って引き返した。仙台市民の山は いま「早春」の最中だ、、、泉ヶ岳までなら春山だが 北泉から先はまだまだ冬山という感じだ。

南斜面にテントを張ってる人が居た 縦走の準備かな? 暖かだろうな?羨ましい!ビール飲んで 昼寝したら… 気持ちいいだろうなぁ。春のお山は… 重い装備に耐え、誰もいない雪原で野営し、大地に泊まってナンボの世界。日帰りで単に消費するだけの山は、「心の底から山といえる」山じゃぁないんだな。装備が重い分だけ それに耐えた分だけ 山への想いは気高くなるものだ。泊まり山行の佳さ、深さに気づくか否かで その人の「山」の経験度合いが解ってしまう。

その意味で、ブログの文章をみやっただけで、その人なりの「山の深さ」が解る。野営の夜に語られた言葉で、その人なりの「山への想い」が しんみり解っても来る。テント泊で酒を酌み交わすシーンや テントから仰ぐ星空や 風の音やらが伝わってくる。お天道さまと一緒に日帰り山行ばっかやってると 「はぁ~疲れた」を吐いて一日が終わるだけw 人生の「愚痴封じの山」「風穴塞ぎの山」「気晴らしの山」程度にしかならないw 想いを焙煎するような山行じゃないと「生きる意欲」は再生産されないぞw

そろそろ 熊公も目覚めるときだが テント張って、酒のんで、朝を迎える山行を計画しないとイッチョマエにはならんぞ~! なんぼ日帰り山行したとしても たった一夜のテント泊には 実に敵わないものだ。


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こっから 昔の福島弁で ちょぺっと語っかんない 聞いでくんち~


なんでかんで いちばん最初の印象っつぅのんが 
ずうっと 記憶に残ってるもんだべ? んだべした?
人の記憶ってもんは そういうもんだべした~ ちがぁがい?
 
中すぅ神経にガンガン電気走って?(オラまだ見だごどねぇげんとも) 
まあ 刺激が強ぐって 印象が脳みそさあ 残っちまんだべなぁ

北泉ヶ岳にも これに似たよな噺が たぁんと あってない、、、
なんせ 本物と違うもんって 「袖泉」ばっかじゃ ねえんだぞい


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ほんとは「シナノキ」(科の木)なんだげんともがぁ
いづのこまにか 「カツラ」の木に化げっつまって「4本カツラ」って地名になったんだど 

なぁに 北泉からおってきて 最初の鞍部のぉ ごどだぁ
そごに並んで立ってる ぶっとい木が四本あっつど 
今度行ったらばはぁ 気いつけで見でみやっせ 確かめでがっせ

悪意は ね~んだべげんちも 最初に見た時の「印象」が残ったがらだべ
ま~るこいっ「カツラ」の葉っぱに まちげえだんだべな

シナノキってば 皮剥いて水にヒタヒタど浸して しなっこい繊維とって
カゴや ミノや 縄なって 昔っから使われでいだんだど

ほんでもって オラも まちげえだんだぁ しょーすねぇごど
ミズナラどばっか思っていだべしたぁ…ショックもショックぅ はぁ~寝こんじまっw 
こりゃ まいったどぉ なんせオラは
カツラも ミズナラも 葉っぱで見分けるやり方だべした? 


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確かに葉っぱが丸いけどハート形じゃない,,, 樹肌は似ていてもカツラじゃない



したっけ 偉い専門家の先生がたは
「樹の肌」でパッとわがるんだそうだ てえしたもんだんだ
冬場でも パッと見分けるんもんだ そりゃすげえぞい

なぬ? ほだごどてえしたごっでねぇ ってが?

ほんだら、ちょぺっこ おめぇらに 尋ねるげんども? 
ヒノキ、ヒバ、クロベの違えがわがる人 おめだつの中に いらっかよ? 
ながなが いねえぞい どうだぁ?
この違いばぁ 葉っパ見で…パッとわがっかした? んん、どぅだ? 

オラ パッと見で スグ わがっつぉい ( ̄^ ̄)エッヘンオッホン
さいきん オラこん歳ではぁ 勉強したったもんだはぁ すげ~べ?
首の上に乗っかってるもんは ワゲエうちに たぁんとつかぁねえど だめだ~! 



コモコモ語ってねえで 早ぐねろてば~ って 隣の仙台弁使いに怒られちまったはぁ
頭ちょぺっこ使ったっけが 眠ぐなってきたんなはw 
ほんでは お先すっかんない おやすみなぃ~




北泉の山頂から下ってきた順に 4本並べっとぉ~
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まずは ダケカンバ
枝は横に這って13mほど ある 凄い樺だ

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1本目

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2本目

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3本目

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4本目

あれ? でも実際には 8本もある・・・しかも カツラではなく シナノキ???

では、なんで「4本カツラ」という地名になったんだろう?
翌週の「船形山のブナを守る会」の北泉ヶ岳登山があるので 
おそらく その謎が解けるであろうことを期待しよう

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北泉から下ってきて 鞍部からまっつぐ1115mまで乗り上げたべ

数日前の足跡 やっぱり同じトラックを 辿るもんだわな
雪に隠れてる踏み跡はしまって潜らねえ トラック外せば膝下まで潜っぺよ

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これは そば倉に出る尾根だぁ 来週歩くんだと


来週、、、樹叢の専門家の先生居だったら ちいっと 聞いでくんだぁ
まあ ベンキョだわナ この歳になってもガリガリ勉強しねぇどなぁ 
酒ばっかし飲んでばっかいねぇで ちっとはベンキョしろよぉ~
ポックリいっちまがんない つか 楽しみなんて あんま もうねえし(笑)


でも、天気良ければ 面白山にもいきてえし 栗子にも行きてえ
13号線はノーマルタイヤでも走れっぺがら・・・誰がいがねえがa?


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by tabilogue2 | 2017-03-20 19:15 | 船形連峰 | Comments(0)

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あの日からまる6年、、、今朝は寒いです。
昨日も今日も 小雪がチラチラと降って あの日の天気が思い出されます。今朝のニュースで統計数値が発表されました。数値も正確性を帯びてきました。震災当時の「直接死」による死亡者は 圧倒的に宮城県が多かったわけですが、その後に発表された「震災関連死」は全国で3523人と増加し、その中でも福島県の「震災関連死」数が「直接死」を上回ったというニュースを見て 生き延びてもなお、ご苦労がお有りだったんだな…と容易に推測できました。

家がそこに在るというのに帰宅できない…帰宅しても棲めない…「矛盾」、、、福島県民の心労の始まり。
進まぬ核燃料棒の取り出しと搬出 汚染水の制御に至っては打つ手なし? 貯水タンクの数もものすごくオビタダシイ 汚染水もどんどん貯まる。圧倒的な数の貯水タンク その居並ぶ光景に絶句、唖然、驚いてしまいます。一体どこが「アンダーコントロール」なんだ? って叫びたいほど。
 
それと「除染」効果の信憑性???福島の山林は半減期を迎えるまであと数十年は生き返らない。
さらに立ち入り禁止区域だったところの 家畜たちの死骸を報道で見ましたが畜舎に散らばっている牛たちの遺骸。どうするんでしょう? 答えが示されないままです。再稼働賛成の人たちに「廃墟の町にさせられた故郷」をパネル展示にして ”これでも・・・再稼働しますか?” 見せつけたくなります。

ヨーロッパじゃ電源は4回路確保が普通一般的な安全対策だそうで 日本は未だに2回路。
「4回路設けずに、これで大丈夫か?」安倍第一次内閣当時、共産党からの質問があった。 コレに対し安倍首相は日本のディーゼルエンジンは世界の群を抜いている とかで対策しなかったらしい。「電源が落ちない」ではなく「電源が落ちた場合」についての質問だったが、回答ははぐらかされた。その時、4回路確保していたら津波が来て2回路ダメでもあと2回路の発電機が残ったかもしれなかった。冷却能力以前に電源確保が先なのだ、先んじていれば水素爆発を未然に防げていたかもしれない だが全ては「海水注入を命じなかった」菅直人総理大臣のせいにしてしまった。大戦同様に、人間は学ばなくちゃいけない。学ぶことを辞めたら、もはや それは人間じゃない そう思います。

明日から7年目が始まるわけですが、、、
生活できなくなるまで被災者を追い込んでしまうのは 日本の政治が貧困だからでしょう。心配り目配りして末端まで見つめなきゃ 対策など打てるもんじゃありません。自主避難者への家賃の無償提供を今月で打ち切るそうですが?代わりの生活補償費を捻出、対策しないと、出来なきゃ二枚舌宰相のままです。

避難指定解除で支援打ち切りという自民党と東京電力の「方向」が見えてきて背筋に冷たいものを感じますが 実際に住める状況じゃないのに避難解除だって言われても・・・まだ事故は収まってないし 核燃料棒はまだ取り出せていないわけですし、汚染水は貯まる一方なんだし、全然 原発事故は収まったり解決したりしていないんですよ。

そんなに急いで幕引きを図ろうとしても 被害者としては6年前から遅々として進まぬ現実が残されたままで 未解決問題や生活不安がたくさん在るわけでしょう? そんな政治の挾間にいる住民たちは一体この先どうすりゃいいんですか?

つくづく 人間って・・・
富めるものと貧しきものと・・・、生活水準も、考え方も、教育も、、、 ありとあらゆるものが局面ごとに違っていて、、、同じ手で 同じように 差しのべても 届かぬものなんだなぁ と思ってしまいました。無念です。




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by tabilogue2 | 2017-03-11 09:39 | アラカルト | Comments(0)

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原発事故で避難した子どもが ゆすりの虐めにあって150万も掠め取られた。にもかかわらずイジメと認定せず、マスコミが騒いで 全国的に取り上げられて、ようやく教育委員会が謝罪して やっと「イジメ認定」だって呆れた話だ。教育委員会こそ 自由な発想ができず硬直しているのでは? 

その一方、「神の国の教育勅語」を幼稚園児に朗誦させる? 歴史の逆流に子らを泳がせる?「天皇」を利用する? そんな怪しげな神道式の学校法人に一国の総理婦人が小学校名誉校長を務めるって? 国会で追及されると、紛糾する前に「辞退」でもみ消し? でも「主人も教育方針が幼稚園から小学校まで一貫されることは素晴らしいと言っております」って 教育勅語を暗唱させる「幼稚園・小学校一貫『洗脳』教育」に疑いを持たない。ヘンな夫婦だ。 

それにどういうわけか? その法人に国の土地を「数字の差し引き」で超安価で売ったって? つまり、9億3400万で払い下げた土地代の約90%にあたる8億円を「土中のゴミ」をダンプカー4000台分で撤去する費用に充てる「見込み」で差し引いて譲渡契約したと国会で説明があった、が?、付近の住民はダンプカーが4000台ほどの「事実はない」と聞き込み調査するや、そのゴミの半分は再び埋め戻したという。まさに9億3400万円の土地を8億円ほどの国庫負担で値引き、残り1億3400万円で譲渡したという事実が浮き上がった。さらに除染費補助1億3200万を受け、タダ同然の200万円で8770平米の土地を手に入れた。しかも値引き分8億円の摘要は「いちいち適正の是非を調べない」との財務大臣の発言。国の機関が 競争入札もなく、一法人に便宜を図る …という典型的な政治的利益供与の略図が描かれた。

どこぞの国の「おとぎ噺」かと思えば この「日本の今」だと言う。なんだろ? この時代錯誤! 異常な感覚てば、、、…? 総理大臣:安倍晋三も 森友学園理事長:籠池泰典も、さらに「事実行為としての殺傷行為はあったが、憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではないことから、武力衝突という言葉を使っている」この摩訶不思議な国会答弁で一躍有名になった「生長の家」派である防衛大臣:稲田朋美も みんな出処は一緒・・・侵略戦争を正当化する歴史修正主義者、国粋主義者の集まり、改憲派 「日本会議」のメンバー だ!  

第三次安倍内閣の特徴は、公明党出身の閣僚以外はほぼ日本会議国会議員懇談会に所属している。
第三次安倍内閣は、憲法改正を公然化する、「意図を持った内閣」なのである。悪質だ!

右傾化! 保守派のやりたい放題 この腐れ加減…、呆れたものだ。そんな「政治的貧困」の真っ只中に我々は暮らしている。 アハハ オホホ と 山などに通ってる場合じゃない (でしょうけど、、、w) 第二次安倍内閣になってからというもの 福祉に宛がうはずの消費税はどこへやら 貧乏の見過ごし 福祉のやり過ごし 福祉と教育の切り捨て 教育を受ける権利の格差化 教育の右傾化 歴史の修正主義 金融と市場優先 TPPと資本家の言いなり PKO派兵と軍備予算の膨張 ・・・ホント 情けない。。。 おかしな国になりました。

皆が皆を思いやる そんな国、政治にしたいものです。 そうは願っても、、、「小選挙区」選挙制度の世の中じゃ 保守が半数以上。困った人は どうすりゃいいの?

「反安倍」、コレでまとまるしか 勝つ手はない!
・・・と、ブログに書いただけで? LINE送信しただけで??

”国民を煽った” ということで
逮捕されちゃうのか?

「共謀罪」=「テロ等組織犯罪準備罪」とは
恐ろしい法律だな

「表現の自由」=憲法で保証された「基本的人権」を
取り締まることが許されるのか?

監視社会を望むのか・・・?
「動き」は監視カメラで、「思想」は隣組み制で諜報する?

民主主義を「警察権力で踏みにじる」? 
それはいったい 何のために?






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by tabilogue2 | 2017-03-10 12:02 | コラム | Comments(0)

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今日の写真は 2011年2月撮影からの一枚。転んで片肘をついた時に折った…と穏やかにお話されていたお年寄り。 ひとり、陽光燦々の縁側で日向ぼっこしてた。当日は気づかなかったけど、この日は ”雨水の節気” でした。 この3週後ぐらいに大地が大揺れしたのでした。

まだ 恐ろしいほど高レベルの放射能に覆われ 除染の効果も半信半疑。子どもを連れて帰宅だなんてとても考えられない。「帰宅忌避」を訴える人がたくさんいるというのに 国と福島県は 自主避難者への住宅の無償提供を今月末打ち切るそうです。年度末になると「打切話」がでてくる、その都度「延長」になってきた問題。「こんなおかしな政治を黙ってみていろ!」とでも言うんですかね?

国も「復興という名」の箱ものづくり、沿岸をコンクリートで固めただけ、、、アレだけの水素爆発・放射能拡散・被曝事故を起こしたにもかかわらず さも忘れたかのように「再稼働」に躍起になってる。「東電」も賠償責任から逃れようとするし、政治も国会で大きな取り上げ方になっていない。

今村雅弘復興相は マラソンに例えて「今現在は30キロあたりで、勝負どころだ」と強調したそうですが、福島県民はいまだにスタートラインに立てないでいる。「政府と現場との認識」の大きなズレがありそうで 福島県知事からもこの大臣発言に苦言が出たようです。 

さらにまた 大臣から「フクシマ フアースト」という 今流行りの言葉も出たそうですが、この言葉さえ「福島第一」原発を連想させるので 言葉遣いには細心の注意を図ってくれと苦情が出たとか。自民党はオリンピックの綱引きと テロ「等」準備罪の成立に躍起だから・・・呆れる発言ばかりが続きます。

安倍首相はオリンピック招致を決める2年前のIOC総会で 「今までも、現在も、そして将来も! まったく問題はない! ということをお約束します」「福島についてご案じの向きには、私から保証します」と世界に向かって まるで「自己陶酔」したかのような「大見栄」をきった。「アンダーコントロール」 この言葉で被曝地はほんとうにガッカリさせられたものでした。 虚栄心の強い人が語るに落ちる、二枚舌。 嘘を嘘で塗りたくって 平然とできる政治家とは不思議な人種、職業だ。

しかし「まったく問題はない!」と、願望すれば解決するような事態ではなく、現実はコントロール不能で大問題ばかりが山積し、凍土壁も不完全で、メルトダウンで核燃料が原子炉に留まったままかどうかさえ 不明なのが現状。最近のニュースではロボットは進入不能で 堆積物の究明もできずにいる。 最高水準の技術が原子炉の暴走に太刀打ちできずに翻弄され続けている。これが「二枚舌の裏側」「フクシマファースト」の現場なのである。

6年経てば 大震災は「過去形」なの? 10年経てば 罪は消えて無くなるの? 忘却の彼方? 30年、放射能の半減期まで 福島は「不安だらけ」で戻れないというのに そんな国の原発政策で「被曝地帰還の人体実検」が 許されるとでもいうの? 

もう一度 惨劇が繰り返されるまでは”安全神話”にすがっていたいの? どうせ田舎なんだし、2度目の事故まで”再稼働”を許し続けるの? 声を上げずに再び勃発するまで静観すればいいの? 自分の家族が被災しなければ痛みは感じないとでも言うの? どうなの?都会の人たち、再稼働賛成派の人たち。。。







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by tabilogue2 | 2017-03-09 15:12 | コラム | Comments(0)

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ブナ平に立つ 「くろもり 黒森」という名を授けられたブナの老木 



人の顔に似せて すましてるよ 
よ~く 見てごらん 

何? 知らん顔して 
そっち向いたって… だめさ
隠したって… だめさ

もう バレちゃってるよ~

ほら、つぶらな瞳。
ほら、オシャレな白いお鼻。
ほらほら、おちょぼぐち。

ね? 見える人には 
ちゃ~んと見えてるんだ

ちょっと お道化顔(ごめんw) 
400年の木霊 いい顔になって

船形を知って以来、48年
初めて会えた木霊さんだ 
よろしくね♪


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船形山を知ったのは大学1年の時、船形山に登ろうとしたのも大学1年の時、秋だった。そうあの時は、定番コースの長倉尾根を北泉ヶ岳から三峰に向かい、途中の「水源」にキャンプし翌朝、秋雨に負けて桑沼に下りた。その後、歩いたのはずうっと遅く40歳のころ。ご近所の旦那とそのご親戚の方とで大滝から登ったのが初めてだった。それ以来、夏道は登っていない。山頂に登るのは決まって山スキー。一群平からの下り…、ジャンプターン以外では曲りもしない湿雪とブナの立木とに格闘しながら旗坂キャンプ場に降りたものだ。

私と船形山との関わりについてもう少し述べておこうかな。白水社から出版された「ブナの山々」(1990年)。この本の共著者であり、紛れもない「登山家」である深野稔生氏の「勢いのある時代」に書かれた文章。そのレトリックに長けた彼の論調が好きで当時はゾッコンだった。「ブナの森をまもれ!」といった直接的な表現を一切とらずに読者に対してあらゆる角度、あらゆる検証から「間接的にブナの森を考えさせる」深みのある文体が強く心に残ったものだ。当時40歳?その本を読んで、福島県郡山の地から遠く船形山を思っていたものだがそれに触発され仙台転勤に乗じてYMCA山岳会に入会する動機にもなり、また船形山の沢を歩くキッカケにもなっていた。

今現在の私があるのはその結果なわけでそういう意味で人生の転機にもなった山がじつはこの船形山なのである。さらにまだ夏道で山頂を踏んだのは1度だけというのも船形山が「心の秘境」であるが所以か?お取り置きの山になっている。まあこう言っちゃなんだがあれほど通ったように思える鳥海山であっても、山頂を踏んだのは皆無であるから私にすれば「さもありなん」というわけだ。さて、ついでだがYMCA山岳会は当時 会長:深野稔生ともども会員が「船形山のブナを守る会」の運動に参加していたことを付記しておく。


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そしてもう一人、紹介せねば今日の話がみえてこない。「船形山のブナを守る会」の会員であり「升沢小屋の管理人」でもある千葉さん。昨年夏に「ゆうゆう館」で知りあい、これまたブログ上で互いに気を惹く存在でもあったりして(笑)面白山大権現の御神体探索ルポ以降「ゆうゆう館」でしばしばお会いして親しくさせて戴いた。何が縁になるかわからない、彼は会うたびに私の意に共感を寄せてくれた。もう20年も付き合ってきた 古くからの友であるかのような?違和感のない、奇特な、イヤ、この年令になった僕とも話せる知識、認識に深みのあるお方である。以上のお二方によって吸取紙に吸い取られた芥の水がこの私というわけである。

今日の山行のキッカケは千葉さんのお仲間であるヨッちゃんが小屋で作ってくれる「釜あげうどんを食べる会」とのことで 物好きなので釣られてみた。怠けた体に悪戦苦闘しながらも船形山の中腹をグルっと一周して「これも この山の魅力なんだよ」という船形山のエキスとでもいいたげなポイントを点々と繋ぎ合わせる面白い山行になった。雪山だからこそ描かれるとっておきの絵図だ。しかも船形山に精通しているからこそやってのけることが可能になる。「テッペンばかりが山じゃないよ」という典型的な山行だ。この考え方に僭越ながら、千葉さんと私とは同じ色の絵具で描ける方向性 vision を持ってると思っている。

升沢小屋管理人:千葉さんのブログもご覧になってください リンクを貼っておきます。

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小雪の吹き付ける帰り道に撮った ここから右手に進んで左手よりここに一周して還る 


赤い25番プレートが目に付いた。山頂まで30枚あるプレートのようやく6分の1、一群平につく。「ひとむれ」平 ではなく「ひとむら」平というそうで千葉さんに念押しされた(笑)ここに至るまで身体が覚醒せず、最初の汗が出るまでほんと苦労した。ひと汗かいてようやく体調も落ち着く。睡眠不足の朝はいつものことながらスロースターターだ。。。

20番のプレートに着いた。ここから夏道を離れブナの雪原へと右へ湯谷地(ゆやち)方面に曲がる。いよいよ本日の目的、ブナ平の住人達に会いに行く行程の出発点だ。「ブナを守る会」が発足したのは1985年、かれこれ30年も歩む中で「伐採反対運動」から「森の再生運動」へと質が変わっていった。笹刈り、広葉樹の混交林などの復活再生を目指す活動に転化できた、これは地道な努力の表れだ。

運動の証である船形山の聖地に閑かに立つ「2本のブナの木に出会う」のだ、森に足を踏み入れた。「ブナの良さを解っていないとブナは守れないよ」そうブナたちが語っている。はたしてブナたちの息遣いを感じとれるかどうだか? 船形山のテッペンではなく中腹を横断することで何事かを感じとる… 山に登るという意味合いがガラリと変わるけれどそれもまた登山の範ちゅうということだろう。「テッペンじゃ あまり深くは考えないよ ビール飲んで終わりだもんなw」 風以外の音は聴こえない、森閑とした世界/宇宙/境地を得ないと、人間あまり深くは考えないものだ。「山は総体だ!」という言葉の意味が この森に佇むことでビシビシ心に迫ってくる。


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こちらが「はなそめ」 花染山側に立つ


小荒沢(こあらさわ)源頭、ブナ平で2本のブナを見学する。黒森山側に立っているから「くろもり」、花染山側に立つので「はなそめ」。心からブナの森が好きな人ならば「見学」という第三者的な言葉はおそらく使わないだろう。まさに恋人に逢うような?秘密の宝箱をそっと開けるような?憧れの人を思い慕うような?そんな修飾・形容詞を最大限に用いることだろう。でも自分はそれら形容詞をつかう境地には未だに至っていない。これが自分の正直な気持ち、いや白状すれば、、、学生時代から「反権力」という捉え方で「船形山のブナ」も捉えていた風な節がある。若い時分から運動に心酔するほど純粋派ではないし、かといってガサツな男である故にブナに恋慕の気持ちを宿すこともできない (´艸`)

すでに「くろもり」は枯木となり土に還りつつあり曾孫根(ひこね)が生えている。樹齢400年超。ココこそ「ブナを守る会」が皆伐を阻止した証のブナたちの聖地、太いブナが林立する。。。とまあ「反権力」というモノの見方がこんな表現にさせてしまう 過ぎた文章ほど心を厭きさせるものはない(笑)。


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「くろもり」


少し お固い話をしなくちゃいけないと思う・・・しばらくお読みください。
1964年木材の輸入自由化から1997年の「林野庁改革」(営林の放棄)に至るまでの30年間、日本の林業は日本経済の最先端産業と比べたらずうっと後方末端に追いやられ、弄ばれた事実がある。日本経済が高度成長期に入ると、政府の林業潰しが露わになった。日本経済の大きな流れである「精密機器・機械産業優先策」「貿易不均衡の是正」のために日本の農業、林業、畜産業は生け贄えとさせられ、減反政策や輸入外材やパルプ、小麦、牛肉などを外国から輸入することで日本政府は貿易収支の均衡を図ろうとしたのである。林業こそ日本経済のスケープゴートの一番手であり、それに続くのは畜産業、農業である。

その後の1987年(昭和62年)中曽根政権は「リゾート法」という悪法をつくり、国土開発の名目に始まった国有林の開発・伐採を私企業のために取り計らった。最終的に全国各地に赤字覚悟の「三セクによる開発」という爪痕だけを残した。グランデコ 弓張平 ジャングルジャングル 台鞍スキー場などが事例であるが、儲かったのは政界に通じた堤義明率いる「西武系列不動産」の「日本国土計画㈱ 現:株式会社コクド」、他不動産関係だ。この後、日本経済のバブルが破綻する。北海道のトマム、宮崎のシーガイヤが破綻したのは記憶に新しい。船形山スキーリゾート構想もこの流れで「三セク」がパートナー(開発企業)を選定する前に立ち消えになった。

1990年当時、薬剤を使用した北海道のリゾート開発で数万尾の魚が死に 開発に大きくブレーキが掛かった。飲料水と直結するからであるが「仏つくって魂いれず」のリゾート法。箱はつくってみたものの、民間の経営ノウハウもなく、ヒットもせずに終わった。よって全国的に国有林の「伐採」は免れたが、我らはどっちに転んでも喜べなかった。伐採を「阻止」した「勝利」したというが 「言葉の裏」を見極める者にとって 勝利に酔う者は居なかったはずだ。なにせ国土が乱開発されズタズタにされたのだから。山岳会の例会において「船形山」の基調報告を受けたが締めの言葉に「物事には必ず裏がある」と、まさにその通りの結果だった。

1997年、トドメは「林野庁改革」という”美名”の下で「営林」、林業育成の考え方が消えたことである。「営林署事業の赤字解消」、その煽りを食らったのは林業の現業者だ。収支の面では3兆8000億の赤字。それを国民の税金で2兆8000億穴埋めしても残り1兆円の債務は遺ったまま、林野庁は今も立木を売りに出し返済中である。「赤字解消」を免罪符に「世論の同意」を創り出し 人員・諸経費を抑え込んだのだのである。まことに抜かりのない「上手」である。大きな狙いは「国家予算削減」にある。つまり赤字の元凶「営林事業の放棄」というわけだ。「国有林の営林」という国家事業にもかかわらず、企業同然の独立採算制を敷き、赤字解消策と称して「営林の放棄」なる悪政をもたらした。国有林の伐採、間伐に関わる人員を三分の一に大幅に削減し、山が荒れる結果を今に生むことになる。これらが「開発狂想曲」を演じ奏でる政治であり、その舞台の裏で腹を抱えて笑っている企業側が透けて見える。

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ブナの森に関わる歩みをザッと書いたが・・・、、、今日のブナ平は天気もよく 一面が見渡せる平らかな地(1030m)でもある。北側に横たわる稜線は花染山への稜線。ブナの梢の風きり音がまったくなく 穏やかな陽光が雪面に樹林の陰を何本もその縞模様を落とす。ブナたちの安住の地。ここで朝を迎えられたら最高だろうね♪などと話が弾めば、我らの歩みも先へと軽やかに進む。ブナの森は間違いなく心が安らぐ森、、、そう言えた自分に先ずは乾杯であろうかw


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左手に千本松山(せんぼんまつやま)の裾を感じながら北上すると…、シューッと一本、正面に花染山の尾根が雪庇5m~7mほどを高架橋のように走らせており それを越えることになる。上がりやすい雪庇の弱点を崩し花染山の尾根に乗った。 と同時に記憶が蘇る・・・、2006年の正月、船形山に一人で山スキーに出かけ、下山中に吹雪かれてこの花染の尾根に引き込まれ、林道の果てに行きついて 疲労か?安堵か?そこで眠るように息絶えた会員がいた。いつの日かこの花染山のルートに乗って祈りたいと思っていた。来れてよかった。合掌 

そのゆったりとした尾根を1080mまで登りその鞍部から右へ折れ、花染の尾根を乗越え再び北上すると保野川(ほのがわ)に至る。おおよそ大滝から来る夏道のところだ。1050m 保野川が雪で埋まっているのはおそらく3月末までだろう、ココを超えて湯谷地の尾根に取り付くのだが 今日は難なく雪で埋まった保野川を渡れた。雪解けの時は両岸からブロック雪が沢を堰き止め、この辺一帯がダム湖のようになるらしい(千葉さんのブログ参照)

湯谷地の尾根に乗れば…左手にはクロベや姫子松の生える千本松山がスッキリと見える。その奥、蛇ヶ岳方面に「南宝森」のトンガリが幽かに見える。右手には前船形山が嵐の雲を避け全貌を現し白い稜線が輝く。素晴らしい。こんもりした1224mほどのピーク(滝山岳)に向けゆったり盛り上がる白い尾根、、、湯谷地の尾根 なかなかいい所じゃないか!



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湯谷地の尾根から左手に見える 千本松山


湯谷地の尾根1200mあたりのゆったりとした台地が じつに気持ち良いところだ。右手上の緩い1224mピーク(滝山岳)への盛り上がり感が東北的でいい。なんとも勿体ないが ここで湯谷地の尾根は終わるのだ。さらに200メートルも上れば千畳敷~山頂方面だが 左手稜線上にある「南宝森」を方角の指針とし雪で埋まった保野川源頭に降りたつ。そのまま沢沿いにコースナンバー8番の升沢小屋(ますざわごや)まで進んだ。


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湯谷地の尾根 登りやすく 眺めのいい斜度/斜面でした


保野川源頭の奥 南に沢が屈曲すると雪原の小高い部分に赤い三角屋根が現れた。升沢小屋である。なかなか清楚にまとまった小屋のように思えた。豪雪に耐えるような力強さを感じないが それでいてしっかりと台地に立っている。新生升沢小屋に初めて入った。小屋にはデポ品でもない、荷が余ったとしか思えないガスボンベが数本、残置してあった。小屋の備蓄物はトイレットペーパーのみ、たとえ厚意であってもゴミとして片付けることになる。石油ストーブも火事の原因になるので置いていない。船形山の山頂小屋が消失した原因でもある。かつて仙台の某山岳会が升沢小屋にストーブを寄贈したいと申し出たそうだが町ではそれを断っている。


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保野川源頭を詰めてゆくと 三角屋根の升沢小屋がみえてくる・・・


その後、その会がストーブを升沢小屋まで荷上げして宴会に興じたそうだ。それがネットに載ってしまい「升沢小屋にはストーブがある」と噂が立つ。それを見て読んだ人が石油を荷上げして・・・こんなネットでの悪循環が回り始めた。ストーブがあると思って石油を持ち込んだ人は ストーブ有りきの装備であったためにとても寒くて寝られなかったと言っていたそうだ。そもそも それ等の行為が小屋消失の火元を呼ぶということを「ストーブ宴会」の彼らは思っていない。その山岳会は各地の小屋でも問題を残していて、宴会で飲んで食ったゴミ・ビールの空缶を小屋の後ろの叢に隠した こんな話も朝日天狗小屋の小屋番さんから聞かされたっけ。

ヨッちゃん特製の「釜上げ饂飩」、おいしくて おいしくて 2玉も食べてしまった。普段からこんなに山飯を食べたことがあっただろうか。薬味の茗荷にツナ缶がすごく合っていた。山料理の慣れは作った回数に比例するから 重かったであろう生うどんさえ大きな荷物にならずに持ち込めるというのは大したもんだと思う。次回 真似てみたい。その時には大根下ろしも 甘い稲荷揚げも付けようと思うw それって「どどん どん兵衛じゃないか?」なんて野暮は言わないでネ。(´艸`) いつもなら時間短縮で「白石温麺」で同じような汁麺を作ってるんだけど、薬味にツナ缶は使っていなかった。

 
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行動食に三色だんご か・・・ アリだなw


帰り道 少し変わった赤布がひらめいているのを目にする。じつはそれが「大売出しの幟」の生まれ変わりらしい 初耳だった。最近になってお店を閉じられた会員さんがおられたそうで、その「大売出し」の幟が赤布として再利用され船形山で生き還った、こういう噺らしい。幟の文字が白抜きだったのだろう?紅白縞々の赤布がコマ目に打ってあって愉快しい。 なるほど! 真っ平らな地形のココいら辺りだからこそ、「遭難を回避させたい!」そんな「ブナを守る会」会員の思いが伝わってくる。

「ブナを守る会」は色々の職種の方々が参加している、それぞれ数十人のメンバーは 地味だけど基本的な仕事を 自分なりに理解なされておられるようだ。秋になると山頂小屋へ「薪の荷上げ」作業と升沢小屋のバクテリアで分解された「屎尿(土嚢袋)下ろし」作業があるが 毎年楽しみにしているファンが多く、集いはかなり「濃い」らしい。

黒森山を背にしてやがて19番、このプレートを見たら下りでは進路を右寄り、山側へ寄り気味でとる。逆に 登ってくるときは左へ寄って通過することが自己防衛だそうだ。千葉さんがアドバイスをくれる。実はプレートの周りは谷地や沢が走っており、雪で埋まっていてそれが不明瞭で、ドスンとそこにハマるともう脱出できないのだそうだ。

20番プレートから始まった今日のトリップは 升沢小屋を経由して再び20番プレートに還流した。地形図上をぐるっと回る 船形山の大懐で遊ぶ 循環トリップ。いやまさに初めて尽くしの一日だった。頭を整理するのにメモが必要なくらい出来事が次から次とあって、、、携帯アプリの「メモ機能」がとても便利だった(´艸`) 面白い話が聞けて愉しい一日だった。ありがとう 千葉さん、ヨッちゃん。


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前船形山(風頭山) きれいなラインだ



今日は いい旅ができた。「ブナ平」「くろもり」「はなそめ」「ブナの精霊たち」「花染山の尾根」「雪の保野川越え」「湯谷地の尾根」「初めての升沢小屋」。。。
こんな懐の深い山に・・・今まで通いこまなかったのは 何故だろう? おそらく理由があったはずだが 忘れ去った過去を追々思い出して付け足して書いてみようか。今日、旧い頭で思い出せたのは… 朽ち果て、寂れた、赤サビのトタン屋根、ボロボロの升沢小屋がかつてココに在ったということだけだった。 

小屋の外は小雪が舞っている、まだまだ冬景色だ。歩みを進めると白いガスに包まれてゆく。だんだんと 視界は白いブナの林に占められてゆく。。。

 

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3/15原稿修正済み 校了

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by tabilogue2 | 2017-03-06 07:58 | 船形連峰 | Comments(0)

烈風 東栗駒山

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「ゆうゆう館ツアー」で東栗駒山のお手伝いでした。
今日は久しぶりに 吹かれに吹かれた山頂でした 25mほどの風速でしょう
岩につかまったり 四つん這いになったりして 煽る風を凌ぎます

娘さん よくき~けよ
山男にゃ 惚~れ~るなよ~
山で吹かれりゃよ~ぉぉ
若ゴ~ケさんだよ

かつてのダークダックス(で 良かった?)の歌を思い出させてくれます
まあ登ってる半分が おばさん達ですが・・・山女? 失礼w


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強風の午前だった 新湯沢の雪庇はこんな感じでした 
雪庇先端部、2mほどオーバーハングして先端が逐次崩れ 剥がれ落ち
切れ目 裂け目が いかつい8mほどの沢最上部末端の雪庇です。
いつ大崩れしてもおかしくありません。

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午後は手袋拾いができたほどの快晴無風。上の写真と同じ雪庇を左岸側から撮影
この中央部分のハングした雪庇の下部、左岸雑木の前、沢床に手袋が・・・


今日は山頂へ向かうほど風が強まる。ブリザードの雪と風で地上から1mは見えない状態です。このブリザードの中 手袋を飛ばした人が居てしかも飛ばされる手袋を追ってるのが後方から微かに見える。やっぱり飛ばされ追いかけてるのは「あの人」、だいたい予想がつく。自然現象の上に自分を置いちゃう人。あのまま追い続けていたら あと数mで雪庇とともに落ちることになる。リーダーの大声に止められた。( 次回までに オーバーミトンの左右を肩下げの紐で繋げて対策してください!って それだけでは済まない )

そんな人って何処にでもいるのは知ってるし、問題をよく起こしがちなのも知っている。山では避けたい行為だ。パーティシップ以前に本人が自分の行動パターンに気づかぬうちは…、何を語って聞かせてもダメ。隊列を乱す人ってそもそも、せっかちで、リズムが違う、私語が多い、騒ぎたがる人、文句言う人、逆らう人、口ごたえする人、聞いていない、こういう人は他所のツアーに出かけても同じことをやらかすはず。 何故って?それがその人の行動パターンだから。
 
「毎日がんばってる私、多忙な自分を解放させたい」とかってそれだけを思って休日に参加してるんでしょう。バンバン飛ばす 追い抜く トレース外し 雪上だから許されると思っている そんなにパワー余ってるんなら他所で汗かいてほしい! 全体の利益に反するし迷惑行為だ。 

串田孫一の言葉に「頬に痛い横なぐりの風と雪を待ち焦がれる心」というのがあるけど、そんな心を抱けるのは ストイックな世界を描ける岳人に限られているようです。

というわけで 一般募集ツアー登山の「悪い面」を 今日はたっぷり見てしまった感があります。

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強風の午前中から一変 ときおり吹く風は春風か?w


往路では飛ばされた手袋の回収を諦めたが これがもし縦走だったら?凍傷覚悟になるか、パーティに迷惑をかけてしまう。なので非常事態を想定して その回収を試みようと復路では雪庇の向かい側(左岸)へ向かう。できることなら?、回収してみようか。落し主はその意図が読み切れておらず、自分だけが落とした自分だけの手袋 それだけに関心が行って 周りを見ない。同じコースを復路に選んだ理由さえ知ろうとしない。午後の陽気に、午前中にブリザードで飛ばされた手袋のことなどすっかり忘却のかなたw 先刻までピョンピョン跳ねていた。また新品買えばいいんだもんねw

私が沢への下降準備でアイゼンに履き替えを始めると、後ろのほうからザックを置きっぱにして雪庇下に向かおうとする動き。「危ないっ そこを動くなっ!」 怒鳴りつけた(いちおう ゆうゆう館のお客さんなんだが)さすがに動きを止めてくれたが、勝手な行動が大事故につながることを事前に自己学習して参加してほしい。

ザックが滑り落ちないようピッケルで確保残置し、降り口を確認。8mほどのオーバーハングした雪庇の状況を確認。沢筋通しに入らず雪庇に近寄らず、手袋との「最短距離」の対岸から直角で藪懸垂で向かって、即座に拾って直角で戻る。いちおう作戦通り上手くいった。 首尾よくいったからよかったが、、、高さ8mほど、庇部2mほど 覆いかぶさるような雪庇 真下からチラ見するもホンの一瞬だけ、雪壁には斜めに亀裂が走っておりヒヤヒヤものだったw 

本来はザイルを張って非常事態に備え、何かあれば?仲間に曳いてもらうよう指示すべきだが、そこはそれ、にわか仕立てのツアーパーティだし意思疎通ができるわけがないだろう、それに地形的にも厳しいと読んだ…。でもまあ、9mm✕30mロープはあるので(体験として)引かせればよかったかも…?少し後悔。 上部アンカーからセルフビレイをとる、ピッケルとカラビナを使ってイタリアンヒッチで、ロープの繰り出しと引き寄せ、もしくは肩絡み確保と順手逆手…ぐらいは 教えられたんじゃないかな。女性だから…って 甘く見てしまったかも?

雪庇が崩れる怖さを知らないツアー参加者たち アレって…氷塊だよ! 雪じゃないんだよ! 何トンという重さで崩れ落ちたら ぺっちゃんこ、圧死だよ…ってマジ教えなくちゃアカン でも誰が?どうやって?


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午後、イワカガミ平の上部の右岸雪庇 10mのオーバーハング
浮世絵の北斎の富士の画に描かれた波濤を思い起こせば・・・ま そんなイメージ

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稜線に出ると 氷の小さい塊がビシビシ顔に当たる それも楽しいらしい 

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進む先は東栗駒山

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スキー隊は スキーをデポしてカチで向かう 
25mほどの風速に煽られながら ピークまでいってきた
「息ができない」「死ぬかと思った」…だって 興奮冷めやらぬw

上部強風は半端ではなく 岩につかまりながらも三角点に立てて 良かったね


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今日のおまけ… シリセード
トップはうまく滑りません 二番手以降は滑り出しから勢いがありますぞ
女性って なんでこうもシリセードが好きなんだろね・・・

ってことで・・・ 俺もやってみた   あは 面白かったw

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by tabilogue2 | 2017-03-05 19:46 | 栗駒山 | Comments(0)

船形山、グルっと

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あとで まとめて書こうとしておりますが・・・
面白山東面新川岳 面白山東面2回 本日の船形山 明日の栗駒山の分と
合わせて アップしていない溜め込みが5日分ほどw

面白かった点などを報告せずに、、、このまま過ぎちゃうのも アレですから
今日の船形山山行写真だけでも、、、1枚 上げときます。
升沢小屋の管理人千葉さん、ブナを守る会のヨッちゃんと 
船形山の冬のポイントを グルっと観光しながら(笑)
各ポイントで 現場じゃないと聞けないような 面白いレクチャーを受けながら
1000mから1200mの中腹をグルっとひと回りしてきました。 


詳細は 明後日になるかな?







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by tabilogue2 | 2017-03-04 21:14 | 船形連峰 | Comments(0)

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ガリ版刷りの「やまびと」特集号。60年の歴史を有する「仙台YMCA山岳会」の会報誌7号は ガリ版(謄写版)印刷でした。

最初におことわりしておきますが、、、たまたま現在所属している関西地方の某山岳会で、運営に悩んでいる後輩のコメントがありました。それに対し、当ブログの vol.1 にて同様の問題を数編、記事にしておりましたので手引きしやすいように vol.2 に転載しました。特に他意はございません。普段通りに、ムダに長い?駄文をお読みいただければ幸いです。特に右フレームにリンクさせた重要な事柄はすべて関連させてあります。

今や発想に豊かさが消え、その代わり「ヤマレコ」「山渓トポ」など他人の記した「トレース」をこよなく愛する?「コピー登山」時代。他人のトレースを追うだけの登山、オリジナルな山の楽しみ方なぞどこ吹く風 。「トレース文化」を愛しネットでの仲間内でインフルーエンスを極める。一様に同じ山、一様に同じルート、一様に似たような写真、一様に同じ時間帯、同じ感想分、一様に皆同じルート案内、同じ標識、、、まるで「クローン登山」コミュニティだ。ネットは一般登山者による一般登山者のためのクローンを排出する「ガイドブック状態」だ (´艸`)

極論すれば・・・皆が皆、誰かさんのブログの「コピー」なのに オリジナルぶって書いている。正直、純粋にオリジナルな感想文なんてお目にかかれやしない。皆が皆、すまし顔の「ガイドブック風な抑揚のない書き方」で、時々もっともらしい時代背景や由縁の説明が記してあるけど それさえも誰かの上辺をコピーしただけ、マナーとして引用先を書くことも リンクさせもしない・・・これでイイのかなぁ?「クローン登山」の皆さん。

いったい 「自分の山」はどこへ行ってしまったのか? たとえ山岳会であっても組織は「生き物」、世間並みに年々ぶらさがり的な会員が多くなり、「連れてって♪」山行や、美味しいとこ食いの「今風な体質」をお持ちの山岳会員がたくさん増えているかと思います。 最近のこの傾向は「運営側の頭」をすごく悩ませる問題を多々含んでおります。ましてや中堅が自分の山行スタイル、山域、レベルを変えてまでして「ぶらさがり会員」に迎合しなければならないのか?・・・例えば ”この沢に来ちゃいけない技術レベルの人までノーチェックで付いてきちゃう”、これにはどう対処すればいいかなぁ?と 中堅のリーダーは「若さゆえの思案」を巡らすところでもあります。

それらへの対応としては、 レベルに合わせた年間計画で入門編 基礎編 応用編(実際に沢を指定して、パーティのトップ役が務まるかどうかを判断する基準)を作ること それと「参加の可否」基準を会として定めることがとても重要になってくるはずです。YMCA山岳会の場合はそれらを運営委員会で決定していました。時に 自意識の高さの為か?自尊心故か?会員から嫌われることだってあるかもしれないけれど、「参加の基準」を設けることは組織として必須です。差別やなれ合いでパーティ編成せず、組織を律すること、何より安全登山のために・・・。今の「登山ブーム」、「ネット友だち」や「同好会」などの「イケイケ登山」が続く限りは会運営を厳格にやらないと事故につながるからね。ひとつ事故れば 組織って弱いもので、ずうっと人間性まで及んで後を引くものですから。

私は「呑気な未組織者」になったので「硬派」を貫き通せる(笑) そんな駄文ですがご笑覧ください。






◆会とのつながりは 今もってなお・・・

退会してから15年は経過するが 在籍していた仙台YMCA山岳会から例会報告メールが毎週水曜日に今だに送信されてくる(15年、これはこれで凄い)。運営委員長が西田君に代わってから 会の歴史を知るという点で面白い企画だと思っていたのだが、昭和40年ごろのガリ版刷りの会報誌が読みやすいPDFファイルに変換され3月から送られてきていた。

僕は興味津々で、1号からずっと7号まで目を通していた。特に「宮城県境尾根縦走」というテーマでは 宮城県内の各山岳会に割り当てられた県境尾根を一斉にトレースする、その当時の状況がイメージできるほど。噂には聞いていたけど、現実に読んだのは今回が初めてで、歴史という重みを伴って送信されてくる縁もあってか 一OBとして所属山岳会に敬意と誇りを感じた。同時に「党派性」っていったい何もの?これも併せて考えるようになった。 

山岳会に在籍していた時分には、「我が会は・・・」とか「当会らしさ・・・」とか、外に向かって常套句のように会名を名乗っていたんじゃなかろうか? それ以上に所属山岳会の匂いをプンプン撒き散らしていたようにも思う(笑)  別称で「向心力」とか「党派性」とか言うのだろうけど、一般的に自分の所属する山岳会や会員を「第一義」「至上」と考える傾向にあった。それは一般的な愛社精神なる感覚と同等だ。


◆さて、ここから今日の問題になるが・・・

昨今の山岳会は、会の活動以外に ネットでのグループ形成をも容認する傾向にあるのだろうか?なんて疑問も持ったりする。壁や垣根をいとも簡単に取り払ってしまうネット。そのネット時代の組織・運営の流れなどは特に興味深く観ているつもり。所属している会も大事にし かつネットで得た組織外の個人的リレーションも大事にする、山岳会という組織に籍を置きながらネット社会にも籍?を置く このダブルループをいとも簡単に往き来する器用さに僕は感心してしまう。「組織と個とに並列的に価値を置ける能力」、最近の当世感覚?これが不思議でいるw。優先順位とか 主と従の区別のない並列的に捉える価値観に対し、党派性や帰属性が大事と考える旧タイプな私には理解できない事象と思っている。

また過去に在籍した会での山行歴が (転勤などで)他会に移籍したのちも堂々と個人ブログにて披露されていたり、現在所属する山岳会ホムペにかつての経歴を載せた個人ブログをリンクさせたり、リンクOKとする組織側の判断や、それを善しとする価値感など 私には理解できないものがある。隠す必要は全くないのだが 他会に転属するなら過去の経歴なぞは邪魔でしょうがないだろうに と考える。組織より上に自己を置かない限り有りえない事象と思っている。 ネットの利便性の反面 失われつつある「襟を正す、ケジメ」という律儀な考え方や「テリトリー」の無さこそが問題ではないのかな? 直接指摘されない限り当事者(組織側と会員側)双方とも気づかないようだ。


◆組織型と個人型、このダブルループ問題だが・・・

所属している会の活動領域のほかに個人活動の領域が横並列的にあり、会の記録よりも個人ブログの記述に天性を見出すなどというダブルループな捉え方は、「会と会員」「組織と個人」という旧来の組織論からして本末転倒と僕は考える。会の山行記録が個人ブログと一字一句違わぬというのであれば 組織と個人という観点からみても どうか?と思うし、客観的な記録と主観的なブログという点からも見方や書き方が自ずと違ってくると思えるからである。

また 為した事柄に対する反応が即座に跳ね返ってくるブログの面白さではあるけれども 会員以外への門戸開放が主であれば会所属という帰属性に依拠する本来の組織体系、物事の順序などの「習い性」「指示 命令 伝達」系統が逆さまになるんじゃないの?と心配が大きくなる。

会のホムペに個人ブログをリンクするのは何のため?ということと、 個人のブログと所属会との関わりあいって一体なんなんだろ?って 究極、会の党派性とはいったい何?などと思案することたびたびである。


◆かつて 似たような問題があった・・・「栗駒叢書問題」

似たような問題というのは・・・、個人の知的生産物(個人ホムペや叢書)を「会」という組織活動を踏み台にし達成させようとしたところに無理があった問題だった。「会発行の叢書」にするか「個人の知的満足本」に帰結させるのか到達点が不明確だったこと。最も大きい要因には編者個人の思惑(知的満足)が強すぎ、それを組織的な満足に繋げられなかったこと等が挙げられる。編者の膨らむ妄想と現実組織を動かす実力との間での空回り、つまり叢書製作活動に会員多数の支持が得られなかった結果、「叢書」は会刊行にしないという事態になった。

このことを指すのだろうか?・・・「その後、会報の栗駒山特集を完結させるべく、1992年6月の会山行に再度この沢にパーティを送りだした。しかし、どうも冗長な沢で面白みに欠けるのか、結局記録は出ずじまいだった。会報のありかたに対する議論の発端も、この沢の「面白くもない沢の記録を何故かかなくてはならないのか?」といったことから始まったように思う。」・・・などと個人のホムペに本質を避けた文書を載せたまま現在に至っている。会の動員力を組織的にも質的にも機能させられなかった、挙句この他人行儀な総括はないだろう。会報は発行されずに「季報」となった原因と責任は当時の運営委員長の彼にあったはずなのだが・・・わかっていないのか 本質を煙に巻かねばならんのか 彼のホムペには余計な一文を残したままである。



表現の自由という基本的権利は保証されるべきだが、その為に採られた手法は図らずともよろしくない。会の意向に反し、編者の個人ホムペには見切り発車で「ネット叢書」がアップされた。運営委員会から批判が出たのは当然で、会山行、個人山行問わず記された山行パーティの会員名は全て削除するよう指示された。
会の意向に反しても編者は自己目的のためにネット上に叢書を刊行したかったのだろう。しかし会員の栗駒山行記録を単に叢書の「装飾」として扱うようではとても認められない。むしろ彼個人の研究結果発表の「刊行」を主目的に独り悦に入るような、知的優越感や利己主義は批判されて当然である。求心力もなく単に在籍が長いというだけでは会の運営は任せられない、当時の運営委員会は ネットへの発表を事実として掴んだ後、彼に退会を促しこの問題を決着させた。今 振り返っても当時の規律、会員の任務からみても、党派性・帰属性という点で正しい判断だったと思う。

そんなわけでブログにアップすれば おぼろげな記憶の欠損箇所を指摘されるばかりだが 組織と個人に関して、さらに会を護るということに関して、会員の果たす役割ということに関して・・・ネット時代に抗して頑なまでに組織原則を外したくないと私などは考えるものである。  


◆さらに会と個人の関わりの問題だが・・・、

「会に所属しない人と 時折 パーティを組む」という行為が疑問だ。会に無縁な方と「個人的に交流する」ならまだしも、「未組織者とパーティを組む」?という「踏み込み」を会が認可すること自体、私には理解できない。「同人」であれば理解もするが、山岳会なのだから未組織者とパーティを組むことは「入会前提」のテストケース以外は有りえないと思っている。楽しければ何をやっても良いというのは間違いだ。会に不満足でも会員となった上では会の特色を明確にしてゆくのは会員として当然の義務でもある。

美味しそうな部分のつまみ食いを許すのみなら その未組織者本人のためにもならない。遭難対策の視点でどう考えるべきなのか会として疑問も残す。もしパーティを組んで事故を起こしたなどということになったら、一体どこまで組織は追い詰められてしまうのだろうか?と自分なら考えてしまう。

なまじ 精神的に負担ばかり増えるのではないか? いったん事故を起こせば そこから先は見通しのきかない半生が待つのみだ・・・倫理観念という意味でだが・・・自分は狭量なので楽しさよりもリスクの大きさを先に考えてしまう いかがなものだろう。


◆「組織の壁」、一見 邪魔くさい壁ではあるが・・・

じつは この壁が組織を護ってくれているということにお気づきだろうか? ココが山岳会、組織の人間にとって特に重要な問題なのである。楽しいネットは組織を護ってくれるのか?と言い換えてもよいほどの問題でもある。

山岳会はある意味「趣味の蛸壺」ではあるが、伝統ある会組織であればあるほど基礎をきちんと学びかつ遭対もキッチリやっているもの。彼らは組織を護る不文律な壁を等しく心に持っている だからこそ毎月きちんと会費も納めていると私には思える。組織原則を護ることは自らを護ることと同じだ。会員が少ないと嘆く弱小山岳会であればあるほど、組織の壁をガッチリ組んで 会活動を絶やさず 個人山行を増やし 未組織者を堂々と「勧誘する」ことが肝要だ。

以上の問題点を 山岳会の皆さんは 少しコンサバに考えてみてはいかがだろう? 

既に分かっていることは、、、ザイルを組めば組むほど 党派性の理解は深まる。でも未組織者にはそれが何故なのか?理解されることは恐らくないだろうということ。 何故か、そこが山岳会組織と一般市民との境界線だからだ。

「冒険心」を抜きにして山岳会活動を語れはしない。それがあるから 僕らは山岳会という組織の門戸を意を決して叩いたものだった。もちろん遭難などしたくないから 春と秋と遭対訓練もするし、登攀技術も越冬技術も高め合う。それが会の事業活動・事業目的になっているはずだ。

一般市民にそれらを理解して!とは言わないまでも、何のために命のやり取りまでして、リスクを冒し山に入るのか?って問われれば それは「山岳会だから」「冒険心、探求心が強いから」としか なんとも言いようがない(笑)

同じ釜の飯を食って寝食を共にして山に入らない限り、日帰り山行の市民登山者にはとうてい理解されないだろう。未知の面白味があるから沢登りに興じるわけだし、難しい滝がクリアできたらそれだけでも楽しいものだ。夏道しか歩かない者に藪漕ぎの楽しさがどうして解りえるだろうか。

山岳会という「目的を持った集団」とそうじゃない一般登山者とでは埋まらない溝、彼我の違いが厳然としてある。ただ少なくとも言えるのは「毎月の会費は伊達に払っているわけじゃないんだよ」ということぐらいか(笑)



他愛ないことを考えたりする。ヒマなんだなぁ って 早く涼しくならんかなぁ って思うこの頃、この暑さでくたばるのだけは勘弁願いたい(笑)
                       2014.08.19. 追加訂正 校了






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by tabilogue2 | 2017-03-01 21:58 | コラム | Comments(5)