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この4号表紙の絵が「大山越」の図である。
鉾峠を挟んで会津側宮崎、越後側柴倉とも山ノ神がまつられている。






会津金山町の古文書研究会としての成り立ちがある、、、金山史談会。

森沢堅次さん、高桑信一さんなどが登山者の観点から 飛び入りで補足したり 
会津の歴史書を「皆さんで補い研究し合う」構成がされている
という点でも興味深い 会津金山町の古文書研究書物だ。

私の所では一号から十五号まで所蔵している。
六号あたりまでは先生方が御健在で、面白く解説されており入手しておきたい。
研究会員に対しその道の先生方が古文書の読み方などをご指導なさって
毎年一巻ずつ発行されてきた。とくに「南山御蔵入地」というだけあって
古文書の一つ一つがキチンと残っており 古文書を通して江戸後期に遡るのが面白い。

1862年、明治維新の6年前、文久二年に南山御蔵入地は会津藩領になった。
藩主・松平容保が京都守護職となり、滞在費が96709両であり そのうち
南山は35209両、米12900石の負担供出であった。(古文書)

「御蔵入農民往古依御直支配之所、会津様御預候処甚困窮仕候」
その夫役人足、年貢、割当金に至るまで 藩の経費は農民にのしかかる。

幕末に関していえばほとんどが会津戦争の話。山岳高地陣地での野戦であるが
少数でかつ郷士である会津軍が官軍と戦う様子が古文書でリアルに説かれる。
生活面では 西入り塩の運搬や駄銭、当時の生産物資、峠道と庶民宗教などの
話に興味がそそられる。

この本を知ったのは20数年前、御神楽や前ヶ岳のスラブ壁に登り始めた時だ。
帰り道、「こぶし館」というレストランで買い求めたのが最初。
いまでも販売されていると思う。




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# by tabilogue2 | 2015-12-16 21:40 | 会津学 | Comments(0)