d0347140_19155121.jpg



今日は「山クラブKAMURO」のグル-プ山行だった。

計画では中央蔵王の「ロバの耳コ-ス」だったが 
前線の影響で実施の判断がつかなかった。

現地に行ってみて、、、

脊梁から東側は雲に覆われ芳しくない 
刈田峠に出てみれば 薄明るくなっており 
これなら変更してでも 山行は可能ということだった。

7月の鳥海山百宅コースの山行計画にしても 
中止に追いやられたばかり

しかも展開する前線が暴れだして 
秋田北部に局地豪雨被害をもたらしたばかりだ

線状降水帯」という耳に新しい天気状況で 
次々に積乱雲が湧き起こる

さらに太平洋高気圧の未発達というか 
矛盾するようだが

亜熱帯性に感化された海水温の高めな状況に
四囲を囲まれ出口なし 台風5号も迷走する状況

前回の鳥海山は 
計画中止に安堵の声が上がってもいた。

そこへもってきて今日の蔵王山行。



結果から言えば、、、
南蔵王に変更して正解だった。

薄い霧状の空はほぼ一日変わらず 
点在する湿原に咲く草花の霧を纏った姿は
高山の雰囲気を醸し出していた。

晴れる日ばかりが好適日じゃない… 
「適否の判断」 
この言葉を地でいった


d0347140_19280640.jpg

先週の 花の追跡調査ができた 
前山の登路に ミヤマシャジンが見事に花期を迎えていた

屏風岳稜線はハクサンシャジンが満開を迎えつつある
ということは
岩手山、八幡平、秋田駒、鳥海山でも ハクサンシャジンが見頃

d0347140_19283701.jpg

タカネアオヤギソウ タデ ミヤマシャジン ミネウスユキソウなど

d0347140_19291842.jpg

オトギリソウも其方此方に咲いていた
先週は殆どが蕾だったのだが

d0347140_19305441.jpg

シラネニンジン エゾシオガマなども
屏風のテッペンまで ずうっと満開だった

d0347140_21502059.jpg



気になったのは こちらの画像・・・
ミネザクラの紅葉である
前回 7月19日にはなかったのだが???

これをどう占うかが今日の問題だ
6月の太陽は戻らないのか?
夏はもう終わりで このまま秋に入ってゆくのか?



d0347140_21483915.jpg
画像は 携帯カメラによる



[PR]
by tabilogue2 | 2017-07-30 19:38 | 蔵王連峰 | Trackback | Comments(4)

d0347140_18192345.jpg



画像をボカしてみた 想像力を働かせて… 岩の斜面を見上げてくださいね 
斜度は60度ほど、、、作並温泉駅近くにある鎌倉山の「左方カンテ」同様の仰角かなぁ?
いや? ソレより10度ほど寝てる かな? これが取り付き。 
100mほど この斜度が続くわけだから ちっちゃいのに たまらん♪


蒲生岳のような登りと違う点は・・・蒲生岳は登るに連れて角度が急になるが
この山はいきなり イントロドンで急登になる所 かな?


空が見えて山頂がもう直ぐ・・・と思うけど、、、が、まだ着かない。
最後までブッシュを 手繰り寄せる。
振り返り見るが、枝木の「隙間」が空いていない 
景色は…山頂に登ってから ゆっくり堪能することにしよう。



d0347140_08454942.jpg

中央部、龍ヶ岳532m


西会津から新潟に抜ける際に高速道路は「龍ヶ岳トンネル」を潜っていく。
そのトンネルの根本にあるのが 「龍ヶ岳」という岩山だ。

この辺り、安座(あざ)地区は雪が多く 雪崩で山肌が削がれ白いスラブ肌となり
 尾根筋には松の緑が残り これらの筋が縞模様になり その微妙な美しさが一帯にある。

d0347140_08405605.jpg

例えて云うなら 一頭のシマウマが寝そべっている感じ



龍ヶ岳と御神楽岳はセットで昨年10月に計画されていたが 雨天順延で、、、今日になった
「仙台ゆうゆう館」でも5年前に催行企画され 歩かれている小さな山だ
隣の山が目指岳で「九才坂峠」で有名なところ 弘法岩もある


d0347140_08350242.jpg

6月24日10時 この小さな看板標識から右が すぐさまの取り付きだ
標高は532mと低いが 登りはのっけから急登で泣かされる。

でも愉しい山だ。山頂まで ロープあり~の ブッシュあり~の
ひたすら ただ ひたすら 急斜面を登る。


d0347140_08465392.jpg
449m峰

左 反時計回りで帰り道を採る。細い馬ノ背状で時々パノラマが展開される
地形は沢を真ん中に挟んで グルっと馬蹄形に一周りする城壁のようになっている。

ブッシュが多いが 明日の「足馴し」には面白い山だった。こういう山もあるんだね。

d0347140_08422155.jpg
馬の背あり~の
d0347140_08430225.jpg
目指岳650m 
細尾根あり~の

d0347140_09222410.jpg
ロープを出し~の

d0347140_08451422.jpg
グルっと一周して ブッシュが終われば 下山口

d0347140_09592812.jpg
14:00に下山。(朝、こちらの民家の門をまっすぐ谷に降りていく・・・)
d0347140_09582716.jpg
弘法岩方面






[PR]
by tabilogue2 | 2017-06-28 15:04 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)

d0347140_15201166.jpg


山伏尾根と山伏ドーム 

ドーム直下にはテントが張れるらしい、、、25年前のこと、
もう記憶には 印象の強いイメージしか残っていないが
この山伏ドームを この尾根の反対側、もう一本向う側の水晶尾根の各ピークから 
眺めていた そんな自分が 居た。



d0347140_09503105.jpg

d0347140_23024867.jpg
オトメユリ


6月25日 今日の天気は曇りで昼頃から雨降りの予報。
その中で「山伏ドーム」を拝むことができた。。。 じつに痛快 満足だった。
悔いは一つだけ、「湯沢の頭」で雨に降られてしまい、
写真を撮れずに通過したこと。あと30分早ければ、、、撮れていたなぁ。

雨が降る前に「湯沢の頭」を通過すべし
コレがこの季節、このコースのポイント・・・。



d0347140_08382287.jpg

10:57 「高頭」直下。 
右手、楢山ゾネに立つ「覚道の頭」(カクドウノカシラ)
オトメユリ 白い花はキバナウツギ 

他に ドウダンツツジ ウラジロヨウラク キバナニガナ シロバナニガナ タニウツギ 
ハクサンシャクナゲ アリドウシ トキソウ ニシキゴロモ ゴゼンタチバナ ヤマボウシ

d0347140_16445449.jpg
栄太郎新道の頂点「高頭」(コウツムリ)
 
この頭から本谷に向かって 左斜め下方に落ちる尾根が「中央稜」
栄太郎新道から最初に目指す稜線・「高頭」は右肩から目指す


数年前のこと、、、今となれば「遺物」のような会報誌
「いろりばた」68号(昭和62年9月発行)を読んでいたら
こんな記事が載っていた。


「1985年9月14日、偶然 栄太郎さんのキリツケに遭遇」
場所は笠倉山と赤綿尾根とを結ぶ稜線の藪の中

栄太郎新道を「高頭」に向かって登る時、背後に「笠倉山」はある。
つまり「栄太郎新道」は周回する円の「初め」と「終わり」部分だ。
他の尾根部分は昔からの登拝道、交易道、マタギ道だ。

ブナのキリツケにはこう書いてあった
「登山道切開キ記念 昭和三十四年七月中 熊倉栄太郎五十九才」


59歳・・・って、、、還暦前の一仕事でしたか? 開いた口が塞がらない。
栄太郎さんは最終集落「蝉ヶ平」の生まれ。
還暦前にあの急峻な登山道を拓いたのは 何のため?
どんな使命感があったのだろうか? …今でも それを思うと 不思議な思いになる。

昭和32年(1957年)はようやく新潟の雄、峡彩山岳会が飯豊の沢登りを開始したころ、、、?
新生間もない新潟山岳会も 御神楽の沢や冬尾根を登り始めたのは昭和40年ごろ
だから 
熊倉栄太郎さんの御神楽登山道開拓はそれらより5~10年ほど以前に始まっていた。
逆に言えば、新潟にジャルピニズムが浸透しだす前に「登山道」を開削したことになる。
どこから こんな「ヒント?」をもらったんだろう? 
御神楽の七不思議だ。

d0347140_15232467.jpg
湯沢本谷の大伽藍

画像左から右上中央の湯沢の頭へ向かう尾根が「山伏尾根」(ヤマブシオネ) 
山伏尾根上の2つの岩塔、小さいほうが「ピナクルⅢ」 大きな岩塔が「山伏ドーム」
正面真ん中のピークが「湯沢の頭」(ユザワノカシラ)湯沢本谷スラブ群の要 
「湯沢の頭」直下に向かって三本の光るスラブ(アバランチシュート)が見える 
左から本谷スラブ(山伏の頭の右) 中央スラブ ダイレクトスラブ(湯沢の頭直下から奥壁にかけて)



湯沢の頭の左下が「山伏の頭」(ヤマブシノカシラ)
ここで「水晶尾根」が分岐する
湯沢の頭から右へ向かう稜線は楢山ゾネ
写真最右翼のピークは「正面陵」の頭で 
その下、右斜めに落ちるのが正面ルンゼ 

25年前、これら上部のピラミッド(三角錐)群を「湯沢本谷の奥壁群」と呼んだ
湯沢本谷最下部にある雪渓下の滝を「湯沢の大滝」と呼んだ 
たぶん大滝は雪で埋まってるはず
今日 誰にも邪魔されずこの景色を眺めてきた。 
いやはやまったく 懐かしい。


d0347140_15192036.jpg
7:06 広谷川の左岸沿いに断崖を巻き込むように道は付いている


御神楽岳には15年ぶり、8回目の登山だ。
今日は山クラブKAMUROのグループ登山。参加者は12名。

栄太郎新道は水晶尾根の岩登りで歩いた道、
過去に2回ほどこのコースを下っていた。この道の怖さは充分知っているw
この栄太郎新道を登りで使うのは25年ぶりで、
2回目と少ない(登りのルートは岩か 沢か 夏道か?の三択だったから)


我慢していたが、、、ついに限界。 「高頭」(コウツムリ)で靴を脱ぎ、
水の溜まった豆とグチャグチャな靴ズレ痕を テーピングで応急手当してた。
 偶然、「高頭」にいた新潟三条の男性が 応急処置を手伝ってくれた。

新潟の三条と云えば… 福島側、本名村の隠里に「三条集落」があった(今は廃村) 
僕が本名側から狢ヶ森や日尊ノ倉、霧来川から前ヶ岳南壁に通っていた頃は 
暗いジメッとした「分校跡」もボロボロの茅葺き家もあった。 

その昔 越後三条に砦を築いていた豪族で
「三條掃部頭兼任」(サンジョウカモンノカミカネトウ)という人がいて
その流れをくむ三家(三条、下山、丸山)の一族が落ち延び、
県境を越え福島県金山の本名村の奥地に住むこととなった。

家筋は新潟の三条家の人たちだ…、
墓碑には代々「道明」と彫るなどして家系・血筋を守って暮らしていた、
その物語が三条集落にある。
宝刀も法典、書物、巻物もすべて残っていたが 
里人に見つかり と同時に 庄屋である栗田家が持ち去ってしまった。

噺はかわるが、「源賴義時代の言い伝え」だと云うことから・・・ 
「当時」とは 平安時代中期まで遡ることになる。
ということは 三条と下山、丸山の家柄は荘園制の「地頭」と「家人」の関係に
当たるのかもしれない…(物語が長くなるので止めるが)


そこへ今日、偶然に三条市出身の男性が現れ 靴ズレの手当をしてくれた。(何かの縁か?w)
今日の自分は「靴ズレと痙攣」のダブルパンチで 修行僧のように苦しんだ。
歩いても攣る 休んでも攣る 冷えればもっと攣る 
痛みには行動食と白湯、漢方薬で耐えてきた

遅れはしたが… 自力下山できたのはもっけの幸い。
皆さんもキツカッタんじゃないだろうか?
Aさんからインドメタシンの塗り薬と リーダーから痙攣止めの漢方薬とサロンパスを戴き
良いペースで けっこう降りの強い雨に打たれながらの下山となった 
長い人生 こんな日もあるんだね(´艸`) 


d0347140_15173286.jpg
8:00 湯沢の出合い着、地元では「スモ平」(スモヒラ)と呼ぶ。
ここは沢ヤの天場で4人用テントが張れる 焚火もできるし水は湯沢からすぐ汲める

d0347140_08402979.jpg

9:08 50m後方からの撮影。
ルートが松の尾根から先が見えない。不明になった感じw
登ってみたら、岩壁の基部を左から回り込み 
バンドを左上し 岩の上部にたつ… 巧いコース設定だ。
向かって左側は「前の沢」 右は「覚道沢」


d0347140_08420136.jpg

9:32 その上の 鎖のない岩場を三点支持で一人ずつ通過する。
そのご休憩だから時間がかかる。
この頃から「靴ズレ」がひどくなってきた、昨日処置したテーピングが剥がれたみたいだ。
昨日とは反対の足も 踵の皮がベロっと剥けたかなぁ???
ヒリヒリ 塩を摺り込むように痛い(T_T) あと3時間はかかるのに・・・。

d0347140_15032361.jpg
9:37 リーダーの的確な指示で「またずり岩」を一段下がって難なく通過
ここからは斜面も急になり 靴ズレがさらに酷く痛む
景色を楽しめず(写真はバンバン撮ったけどw)、「高頭」までひたすら耐えた

ところどころの岩に穴がポコポコ空いており 小さな水晶が光っている。
昔、「水晶尾根」登攀時に2cmほどの水晶をハンマーで採集したことがあったっけ。

d0347140_15035697.jpg

ココは”Y字バランス”で、、、イヤイヤ 一段降りて、、、稜に手を添えながら進む。
左右ともスッパスパの断崖絶壁。落ちたら死ぬ。どうせ落ちるなら湯沢側へ?
岩はボロボロ、手でモロっと剥がれるほどだw

「高頭」~「湯沢の頭」稜線では 2つほど悪場が待っている
ゆっくり確実にホールド&スタンスをなぞる フリクションは充分ある。

d0347140_08433608.jpg

おそらく ここは「正面陵」のピークになると思っている岩場だが、、、
下を覗いちゃうと腰がすくむ感じのクライムダウン箇所。
ココを過ぎれば まもなく「湯沢の頭」(ユザワノカシラ)だ。 
gas gas! 何にも見えない。稜線で唯一見えると言ったら、
白い十字の花で着飾ったヤマボウシの木。見事でしたよ。

湯沢の頭には 小さな山名プレートがあっただけ
25年前にそれを抱えて撮った写真がアルバムに残っている。
今は文字が掠れているが…。


d0347140_11054115.jpg



雨が降ってきた。合羽を着たが、装着してる最中に大腿筋が痙攣しはじめた。冷えたかな?

湯沢の頭を越えれば「小岩塔」が一つあるだけ バランス保持以外は危険個所はない
「殺生窪」(セッショウクボ)の最低鞍部から いよいよ最後、ズルズルの急登にかかる 

右手の大蕎麦谷側に道がつけられたり 岩場を登ったり ロープがあったりするが 雨乞峰まで我慢の登り
難所・悪場が続く場面だが ガスでスラブ群が見えずに残念無念。
見えずに助かった人もいるか? 左の御神楽沢のスラブは恐ろしいよw

昔、ヘッデン一つで最後のスラブ壁を攀じって 
20時に本名御神楽岳に上がってきた男が居たっけ・・・思い出す

湯沢出会いを8時に発って 計画予定時刻の1時間遅れで湯沢の頭を雨中通過 
痙攣がもとで 雨乞峰までさらに30分遅れたが 急いでも仕方ない。
歩きの速い人はリーダーだけだろうし。
遅れてすまない…と思う前に この稜線では先ず慌てないことだ!

これで「積年の個人的思い」は達成された…。。。


d0347140_15151192.jpg
ニシキゴロモ

d0347140_16363308.jpg
トキソウ


湯沢の頭で 雨に降られ大事なカメラを仕舞い込んだので 画像はない 
景色がガスで遮断されているので怖さはない 
逆に妙に記憶の残りやすい部分が頭に入った

汗で躰が冷え、休むとまた痙攣しそうになる 動いてる方が楽チン
申し訳ないが リーダーに許可をもらい雨乞峰で本隊と別れ、
三条の彼と2名先行し「予定通り室谷コース」を下りた
体が温まると…筋肉痛も収まってきた 動いてる方が正解だった
下りなので カカトに負担が全くかからない

追いついてきたリーダーから 行動食の餡パン差し入れがあった。
半分食べ、半分はポケットにしまった
いちおう チョクチョク行動食を摂り続けていたのだが 
さすがに炭水化物がないと 空腹は治まらない

下山口まであと30分というところで、
胡桃砂糖も貰い、白湯と食べかけの餡パンで落ち着いた。
山行リーダーのMさんには細々と気配りしてもらい、世話になりっぱなしだ。
ありがたい。持参の水はペット2本半のんだ。


ツェルト ガスバーナー ビバーク用アルミ箔 120cmのテープスリングは
個人装備にしたほうがいいと思う テン場で緊急時に凌げるし暖も取れる 我身の安全が第一だ
特定小電力トランシーバが2台ほど必要かな? 500mは電波が飛ぶ。リーダーは助かるはず。 




私のブログで使用している地名や名称は 1993年に検証を済ませてあります。
新潟山岳会で用いた1993年当時の名称(会報くちなし100号 特集御神楽岳)と呼び名を使っています
面白いことに「高頭」が コウツムリか?、タカツムリか? 国土地理院でも呼び名に変遷があります。
ちなみに当時は「コウツムリ」と呼んでおりました。「覚道の頭」も当時は「カクドウノアタマ」と呼びました。
ネットでの山名呼称を追うと「カシラ」という呼び名が目立ちますが 昔からカシラであればそれが正式なんでしょうね。
で、津川町上川支所に尋ねたところ「音読み訓読みでの山名呼称雛形がないのでこれが正解だとは言い切れない」とのこと。
次に 新潟山岳会にお尋ねしたところ「高頭」以外は「カシラ」で統一な?お話しでした。昔は「アタマ」もあったのに…
仮に 音読み 訓読み 現代呼称などで違和感があればコメント欄にお知らせください。


湯沢の頭 ゆざわのかしら
覚道の頭 かくどうのかしら
山伏の頭 やまぶしのかしら
赤松の頭 あかまつのかしら
高頭 こうつむり
蝉ヶ平 せみがたいら
スモ平 すもひら
大蕎麦谷 おおそばだに
死谷 しだに
常浪川 とこなみがわ 
広谷川 ひろたにがわ
室谷 むろや
大九蔵 小九蔵 おおくぞう こくぞう
棒目貫 ぼうめき
志無燈山 しぶとやま


*当ブログも「カシラ」に統一・変更する  2017.07.04



[PR]
by tabilogue2 | 2017-06-26 14:46 | 会津・越後 | Trackback | Comments(5)


d0347140_18301074.jpg
帰路途中、裏磐司岩を眺め休憩する



今日は暑くもなく 時折の風に癒やされながら ”今年の沢登り”のスタートだった。山クラブKAMUROの皆さん(沢登り経験者8名、沢登り初体験2名)とで二口渓谷・大行沢に遊んできた。汗をかかなかった、でも冷汗ならたくさんかいたw

初心者体験コースとはいえ、大行沢の2km以上も続く巨岩帯をのっこして歩くというのは けして「初級者」のレベルではない、どちらかと言えばハード、お間違いのないように (´艸`) かつて初心者を連れだしたことが数度あったけど 皆さん一様に疲れを訴えていた。大行沢を遡行するというのは”中級/上級編”といっても差し支えないほど「体力」がものをいう。初心者にとって 大きな、とてつもなく大きな巨岩帯をのっこして、あるいは潜ったり、高巻いたりなどして歩くというのは あらゆる技術を各場面で駆使して2kmをこなさなくちゃならない、修練された技術の要る場面がそうとう頻繁に出ることを意味する。なので訓練の沢としては「総括的」であり 体力勝負の堂々の上級コースと私には思える。

いちおう 山クラブの「初心者の体験教室」という企画だったのだが。。。初体験の2名はおそらく思ったことだろう、「きつぅ…」って、たぶん3日間は筋肉痛だなw。まあでも ハーネスを身に着けた時点でいちおうの覚悟はされているように思っている。この大行沢で初心者向けの訓練というなら、途中の京渕沢から上流部だろうし、栗駒でいえば麝香熊沢、虎毛でいえば湯ノ又沢になるだろう。 しかも花の季節なら 麝香熊沢には終盤お花畑が待っている、お薦めの沢登りになるだろう。

d0347140_20465253.jpg
ベルト折り返し基本ですぅ



今日は…真っすぐ立って歩くという当たり前のことが思うようにできず、それが故で2度もコケた。体が硬い? おそらく…視覚障害から来るのだろうけれど 河原歩きでのバランスが悪い 三半規管も悪化か? ましてや油断もあった。装備後、フェルトを充分に濡らさずに砂地を歩き、石を跨いだ。滑るのは当然の帰結。岩場のバランス感覚は今日「できた」という感じ。視野の狭さをカバーしようと無意識に右手を突く癖もわかった。

そもそも「隻眼」で沢を歩くってのは かなりのハンディキャップであることに違いないわけだが。去年よりさらに追い打ちで、「老い」があらゆる点で躰に現れるということ。 沢シーズンの始まりで既に「無理」という文字がちらつくw、弱音を吐きたい気持ちになるけど、医者の世話にならぬように「生きる」を頑張らなくちゃ( `ー´)ノガンバル 

眼球動脈閉塞症で右眼を失明し何をするにも隻眼に泣いた。失われた視野に慣れるまで、右側方の視野の補助を相方にお願いしたりもした。一番町を歩くにも右後方からの追い抜きにぶつかることがあった。今は…、人の気配が解るほどになってるけどね。失明し、寝たきりになり、介護を受け、それまでして生き長らえたいとは思わないが 最悪、「生き抜く精神力」が先にやられちまうのかと覚悟だけはしている。それまで 山に登り続けるんだろう、おそらくね。

ふつうにキャッチボールさえもできなくなった。正面からのボールがまるで掴めない。距離感がつかめず、、、沢で跳ねて飛ぶこと自体が脳裏でパッと計算できずに居る。転石を飛び跳ねる際、ショートしないよう余計多めにジャンプしてしまう。飛び過ぎて「おっとっと」だ(´;ω;`) 枝を掴み損ねたり 岩に伸ばした脚が届かなかったり 眼から来るフラツキまである。 高低差・段差は今まで数十年の経験でなんとか補い登ってる感じ。自分でも訝るほど不慣れなギコチナサだ。

なので今日、カメラはザックに仕舞いっぱなしだった。まあ、なんとか、、、課題がクリアできたのは…もっけの幸い、良しとするかなw それはともかく ビール飲んで 風呂に入って 筋肉をほぐそう といっても 青タン 赤タン ヒリヒリだろうよ、 ひえ~!

d0347140_19090936.jpg
イイ男だね♪ Sさん


次回25日、山クラブでは広谷川・蝉ヶ平からの「御神楽岳」と西会津安座の「龍ヶ岳」の計画になった。どちらも岩山だ。「仙台ゆうゆう館ツアー」で「九才坂峠-目指岳-龍ヶ岳」が2012年に組まれたっけなぁ。そっちはともかく、まずは御神楽岳・・・、車がない身にとって「栄太郎新道」に連れてって戴けるというのは好機。ありがたくお願いした。40代当時に遊んだ日尊の倉、狢ヶ森、雲河曽根から中ノ又まで越後山脈の藪尾根をこの眼、脳裏に焼き付けたい。御神楽稜線から水晶尾根、御神楽槍、山伏尾根、山伏ドーム、湯沢本谷、各スラブ壁、雪崩で磨かれた異次元の”大伽藍”を眺め下したい。

●トラさんのブログ ”ソロで生きる” 御神楽岳 リンク張っておきます

昨年、雨で流れたこの計画、今年もリトライだ。そろそろ梅雨入りだが、晴れるといいなぁ御神楽岳。皆さんに迷惑をかけずに楽しみたい。雨が降ったとしても、室谷登山口からの往復にすれば24年ぶり、8度目の稜線に立てる。諦めかけていたので素直に嬉しい。70歳前に再見、登れる、しかも横断っだなんて・・・、「山クラブ」のお陰だと思う( `ー´)ノガンバル 同じ山に8度も登っても…いや何度登っても、新鮮な山だと自分は思っている。厭きることがない。

d0347140_18443443.jpg
裏磐司岩を眺める ”夏子” (´艸`)
d0347140_19050473.jpg
終了点に到着 今日のコースを地図で確認する
d0347140_10153832.jpg
ナメの始まり
d0347140_18325529.jpg
巨岩帯をのっこした者へのご褒美… 「天国のなめ」
d0347140_18460396.jpg
かしましく咲くのも中にはあるが・・・フタリシズカ
d0347140_20365037.jpg
アマドコロ?

余計なことだが・・・
じつは私の場合、夏道の段差はストックでその深さを計っている。「白い杖」代わりにストックを携行している。なので、下山中の段差は気にならない。問題なのは木道や直に地面をストックで突く際、ゴムキャップの所為でストックがツルっと滑る場合があること。なので一律にゴムキャップ着用を強要するのは善くないというのが持論だ。
隻眼となって障害者の立場を理解したのだが 尾瀬で「ゴムキャップ無し」を咎められるのも面倒、かといって「白い杖を突いて歩けば?」というのも「差別」的感覚だと思うし… 自然保護の名のもとに「画一的に」ゴムキャップをつけることが即「善行」と言えないのはそんな理由からだ。
木道で挨拶を交わす人の中には眼の悪い人も・耳の悪い人もいて普通に尾瀬の自然を楽しんでいる。木道を削ってしまうから、植生を荒らすから、土を崩してしまうから、、、と「偽善者?」たちが一律に「善行」を重ねるが、マイノリティである視覚障害者にとってはその「善行」がキツイ一言に変わることもある。
ゴムキャップを付けない人たちの中には 身を守るために『意図して装着しない』人たちも居る ということを忘れないでいてほしい。






[PR]
by tabilogue2 | 2017-06-11 18:51 | 二口山塊 | Trackback | Comments(3)

山菜山行でした。

d0347140_20230072.jpg
山クラブKAMUROの皆さんとグループ”山菜”山行でした。。。大倉尾根にて


福島第一原発の核物質拡散事故から6年が過ぎ 原発事故の恐ろしさが薄れてきている頃合い。セシウム134、セシウム137が青葉区定義で採集したコシアブラ検体から一般食品制限基準値の2倍…209.3ベクレル/kgの数値が先週5月12日に出たばかりだ。コシアブラ以外の山菜からは検出されていないけど。まあ、もっとも宮城県のホームページにも出荷制限品目が掲載されているが ”コシアブラ”は山菜筆頭株でそれに含まれる。

放射能は半減期まで30年は消えない。だから、、、政府のいう「除染」という言葉に騙されてはならない、あくまでも「除染」は「移染」なのだ。 

むしろ 壊れた原発から南風に乗って飛んでくるセシウム。融点が摂氏28度と低いセシウム、夏は大気に溶け込んでくる。完全廃炉まで夏季はわいた羽虫のように飛んでくる。黄砂のように見えればいいんだろうが「大気に溶け込む」ってわけだから見えない、かなり厄介だ。かつて 大人たちが「大津波の怖さ」を忘れたように 既に今、セシウムの怖さをたった6年で忘れかけ始めている。孫が遊びにやって来るジジババの家庭では山菜は食べないほうがいい。女の子に比べ男の子は甲状腺癌になる確率が 2倍ちかく高い。

いま地方自治体の放射能ゴミ「一斉焼却」が問題になっている。 「放射能の拡散」を地方自治体に押し付ける国・環境省。山に焼却灰を分散で埋めもどすだなんて、、、まして 堆肥として?林野・公園地下に鋤き込む(すきこむ)だなんて、、、ありえない。 正しく処置するならば… 30年という期間、原発地区内で一箇所に集めて保管すべきで、半減期に至って償却すればいいことだが。何故 地方自治体に分散・焼却させるのか甚だ疑問だ。 安倍総理、自ら招致に出向いた2020オリンピックのためか? 森友学園や加計学園にばかり便宜を図らず、こういう所で政治がリードしないと核物質汚染が日本中に拡散する。

「ブナ」は1本の木で 約8トンの水を蓄えるといわれる。その根元に放射能焼却灰を埋めるってどういうことだろう? 爆発による核拡散に加え その「原発事故の焼却灰」で 我らの「命の水」を汚染しようするなんて「ありえない話」だ、いや、あってはならない話だ。80年もの間、地下を巡り巡って地表に出てくる「地巡りの水」。それをほんの一瞬で汚染する。それって「汚染被害を広めるだけ」だろう。それは人間が「自分で自分の首を絞める」ということを意味する。国の指示というなら それこそ国家による「テロに等しいほどの蛮行」だ。一度ならず、二度までも 国民生活を脅やかすことになる! 安倍って…、いったい何様のつもりだ?


d0347140_20220884.jpg


山菜の中でも「コシアブラ」はセシウムの取込みが 他の山菜、ウド、タラノメよりも多い。 地域によっても 思わぬ測定結果が出ているとのこと(山形県の最上地区)。理由は セシウムとカリウムの性質が似ていて、コシアブラがそれを必要栄養素としていっぱい取り込むから… なんだそうだ。先々週学んだばかりだった。せっかくセシウムを多めに摂り込んでくれているのに、それを人間が採り集めてわざわざ食べるだなんて…おかしな話だ。でも原発事故以前はそれが庶民の楽しみだったのだ。

私には孫が四人いる。夏休み 冬休み 春休みに元気にやって来る。そんな孫達が居る限りは 簡単にヒョイと採集する気にはなれない。まして持ち帰るなんてことは ないだろうな。。。

------------------------------------------
 
今日は、「そんなこと私たちには関係ないわ」 と言わんばかり?(´艸`)  理論より食感が勝る。 放射能よりも”山菜のエグ味”?っつう「コシアブラ・山菜山行」だったw おいしい…から、天麩羅でコシアブラを食べるのも個人の楽しみ、、、だが放射能汚染山菜を食べないことも個人の主義主張や立場…、孫と同居の方もいるだろうし…、互いの立場を認め合うことも大事。 福島の方々は 一概に?そうも言っていられないだろうけど…。

まあ、そうだとして・・・ 食べずとも、「採ることだけは 愉しい」 それだけは楽しみではある。

それにつけても頭に血がのぼる! 市民の楽しみを奪ってしまった東京電力の原発事故って 平成人生の一生の恥辱。 原発推進のために並べた嘘八百の「安全神話」「原子炉の七重構造壁」・・・国民を騙し続けた自民党は 一切の責任を取れ! 公布金に目がくらみ騙された地方自治・・・原発で補助金を得た自治体も恥を知れ! 
大企業の生産活動のために原発はある。市民の生活には無縁だ。その証拠に今でも電力は充分間に合っている。国は大企業のために安い電力を供給し、原発事故という高い犠牲を地方に強いる。原発再稼働だなんて 絶対ありえん! 権力の「無神経」さに辟易だ!


d0347140_07342566.jpg
登る途中で大きな桂の木が目についた

d0347140_12551285.jpg
桑沼近辺ではアスナロがたくさん生えてるが 大倉山稜線上では太いクロベの木が目立つ


泉ヶ岳の奥、桑沼をすぎ 縄文の森登山口から大倉山へ登る。トンペイ(東北大)のサークルがトレランで登る大倉尾根に 我々も軽く一汗かいて上がった。さっそく 「コシアブラ眼?」に成り切った人たちから 順に採取が始まる。北泉分岐まで 藪に入り採取を続け…手に下げたビニール袋の半分に少し足りないくらいに。さらに「水源」に降りるまで採集を続け ランチしてからも 食後の運動とかで採集を続ける?

昼休憩に天麩羅か?( ^ω^)・・・山菜山行だから、採りたてを天麩羅にするのか?と期待したが…全てお持ち帰りだそうだ。 山クラブKAMUROでは「山上の天麩羅大会」はしないらしい。採る方にしてみれば 家庭から寄せられる期待を担った身だからして(笑 なかなか現地消費とは…いかないらしい と想像するが、 大人の事情というヤツかな(´艸`) 晩酌にそれを待ってる旦那サマもいるしね。。。

むかし、只見・赤崩のゼンマイ小屋で浦和浪漫山岳会の山菜山行に興じた。中ノ又山まで登ったその夜は酒宴となったのだが、聞きしに勝る浪漫の連中は下戸では太刀打ちできない連中だった。山菜よりもじつに酒が多かったw YMCA山岳会でも山菜班と岩魚班に分かれて採集して天麩羅やおひたし、酢醤油で食べた。山葡萄の芽、ウドの花芽、イワナの天麩羅もいけた。ウルイ シドケ ミズ… あの頃をつい思い出してしまう。


d0347140_20235046.jpg
ブナの道が続く
d0347140_17534462.jpg
登山道のド真ん中、水溜りにサンショウウオの卵が・・・
d0347140_20241891.jpg
水源 字のごとし源頭部に近い


懐かしい「水源」でおにぎりを食べて過ごす。「水源」キャンプ場、、、大学一年生の時以来だっ。あの時は ホエブスで米を炊き 鍋を持ち上げて芋の子汁?トン汁だったか?を作った。バッカみたいな話だがw、今どき立派なオートキャンプ場が定番だが、昔はこんな山の尾根上で焚き火をしてキャンプしたものだった。

大倉山の山裾を流れ伝って丸松保沢(まるまっぽ)に流れこむ、ここ「水源」は長倉尾根「登山道開削」の基地だった所。 戦後 1950年の夏に半月ほどかけて開削された「長倉尾根」登山道。「水源」に笹の葉で簡素な屋根を葺いた小屋をたて 登山道開削に当たった。吉岡の住民が船形山経由で定義山詣でができる と同様に根白石の住民たちも定義山詣でが可能となった。もうかれこれ67年の歴史に在る。

登山道が「沢化」しちゃって ボサが溜まってウッチャリたい気分にもなるが 開拓者の労苦を思えば感謝の気持ちがこぼれだす。歴史を知ってるのと知らずにいるのと同じ登山道への想いは反し合うものだ。水源のブナは300年以上のものが林立してる。。。

d0347140_20255676.jpg
300年ものブナ林の中に佇んでいられる… 
それだけで 僕にとっては最高の気分だ なんといっても おちつく。

d0347140_07462929.jpg
長倉尾根分岐 

水源からの帰り道 ピタリ30分でこの分岐までの登りをクリアした。往きも還りも休憩にはちょうどいい所だ。 
下界は30度だったらしいが 1000m付近は吹き抜ける風が心地よかった。

d0347140_20281047.jpg
復路は急な崖を桑沼に下った 長倉尾根分岐から40分で桑沼の畔に出た。
この急傾斜な崩れた個所は コース自体を迂回させれば問題ないのに・・・ 何故しない?

ニリンソウが咲き ムラサキヤシオが咲き サンカヨウがほほ笑む道( ^ω^)・・・
終点は間もなくだ

d0347140_20295523.jpg
サンカヨウ
d0347140_20301840.jpg
ムラサキヤシオ
d0347140_11303342.jpg
桑沼の湖畔にたどり着いて ホッと一息
d0347140_20310063.jpg




何やら桑沼では見かけぬ大魚が2匹・・・? ゆうぜんと泳いでいた

鯉かとも思ったが そのわりに鼻先が長い 尾びれも長い 
南米の魚種かもしれない? いや? チョウザメの一種かもしれないな・・・、

何故 こんなところに放すのだろうか? イワナとイモリとモリアオガエルの沼なのに。
生態系が崩れてしまうぞ? 釣り上げてしまわないと・・・。



↓ わかるかな?
d0347140_12120226.jpg







[PR]
by tabilogue2 | 2017-05-21 20:39 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

d0347140_19310527.jpg
一切経山と噴煙 : 東吾妻山頂から

d0347140_20442263.jpg
吾妻小富士と樋沼、浄土平 : 東吾妻山頂から
信夫山を南端にして、北へと信達平野が広がる

d0347140_19285433.jpg
磐梯山と猪苗代湖 : 東吾妻山頂から



積雪期シーズンの最後になって ”群青”の空を得た。
少し早いがこの碧さは5月の天気だ。

思えば今季今冬を通して初めての晴天山行となった。
きょうは「山クラブKAMURO」の皆さんと2回目のグループ登山 東吾妻山だ。 

吾妻は 目を瞑ってでも歩けるほどの 我が郷里の山ではあるが 
じつに、コレほどの好天の中を登るのは 僅か数回の記憶しかない。

それほど今季は 強風と曇天と雪降る中で「仙山線」利用の登山が続いた。

本日同行のヒロシさんから「今季の面白山は?」と尋ねられ、指折り数えてみた
面白山カモシカ尾根が4回(うち雪稜が2回) 奥新川から2回 南面白山1回・・・のうち
丸一日晴天だったのは奥新川からの新川岳登山のみ。

今シーズンは通して強風に泣かされた。

東栗駒は恐ろしいほどの強風だったし ほぼ毎回、冬風に吹かれまくりだった。
船形山と北泉ヶ岳ともに、午前中の晴天は午後になると崩れていたのだった。



d0347140_19301196.jpg
西吾妻山 西大巓 奥に 飯豊連峰が僅かに見える : 東吾妻山頂から


d0347140_19032470.jpg
もうすぐ山頂だ



「山クラブKAMURO」の男性陣は山スキーがうまい
古巣YMCA山岳会よりも 上手い人が多いんじゃないか?

もっともスキーは目的じゃなく「移動」手段として捉えているのだけれど・・・w
にしても どんな斜面でも飛び込んでいけている

ショーアップに耐えうる技術を持ってる 見ごたえがある。



d0347140_17353979.jpg


ヒロシさんは 実にきれいなフォームで滑り降りてくる
無関係な人にも 見せてあげたくなるほどだ(´艸`)
春山の少し薄汚れた斜面に きれいなショートターンの白い弧を描く

ひとつ 僕も・・・と 
20数年振りに?再開しようか…と 武者震いするほどに刺激を受けた

今、、、
道具は一つも無い、、、が (´艸`) 

いづれ 負けない(笑)


d0347140_19092543.jpg

女性陣も トレーンで離れずついてくる

d0347140_19102989.jpg
とまあ この辺で…、

あまり 深くは突っ込まないのが ”吉”かとw

d0347140_19123755.jpg
肘を身体に近づけすぎると、その分だけ後傾が強調されてしまう
特にターンイン側の左腕を前へ構え、視野に入る位置にするとバランスが保てる
d0347140_19140559.jpg


d0347140_19152253.jpg
簑輪山 鉄山 安達太良山を背に滑る 


おっ? なかなかいいフォームだ 外足に乗れている

内倒せずに・・・?  といっても 
なにが ナイトーで??? どれが ガイケーなのか???
本人さえも分かっていないだろうけど?(´艸`)

ターンの外足、外腰、外板で 雪面を押さえる意識で挑むと
エッジが立ち、自然に腰から上は「起きてくる」 

それを 言葉では「くの字」というけど
巧く滑れたときには 自然に「くの字」になっているもの

なかなか 意識して気づくものではないのだが
エッジが立ち、シュプールも細く、ターンも切れ上がりを見せてくる

次のターンに「入り易くなった」・・・ 
そんなことが 頭に浮かび イメージが描けたとき・・・
たとえば「くの字」姿勢が「できている」という理解の仕方だ
(実際には ビデオで納得すべき だが)

左右のターンに対応できる=「中間ポジション」
このポジションが重要だと気づくようになれば
テクのランクは(その技術レベルにおいてだが)「上位」になる

技術は「修練の結果だ」、というのが 初めて具体的に解ってくる

----------------------------------------


今日は 典型的な「春スキー」の一日だった 
最後に蓬莱山の山頂からダウンヒルで 今日のフィナーレとした

僕は この時のために 狙っていた「あること」を実行した 
わざわざ『その為』だけに スコップと長めのピッケルを背負ってきた
スコップにピッケルの柄を差し込んで それを尻に敷いて
ピック&ブレード部とに足を載せ 左右の足で舵を切った
 山頂付近からの一気のダウンヒルに興じた

少年時代に戻ることができた(笑)首尾は上々、狙いは上手くいった 

まだまだ 「オイタ」が止まらないらしい…(´艸`)


d0347140_19180842.jpg


おまけ。。。
d0347140_09380730.jpg
d0347140_09374436.jpg




[PR]
by tabilogue2 | 2017-04-23 19:32 | 吾妻連峰 | Trackback | Comments(4)

d0347140_09005993.jpg


いやいやいやいや・・・ 

別に 甘く見ていたわけじゃなかったんだけど・・・
結果的には こんな山もあるんだという驚きと新鮮味と楽しさとを
一度に感じさせてくれる「会津の里山パック」だった

3つある佐倉山のうち 登山道のある八総佐倉山(やそうさくらやま)

坊や~よいこだ 寝んねしな♪ 
あの「まんが日本昔ばなし」に見るよな そのまんまの 
ポッコンポッコンと急激な上り下りが連続する岩山だった

トラロープが ひっきりなしに出てくるw 
断崖や 瘠せ尾根が 背筋を凍らせてくれるw
たっぷり汗を絞られる、、、 でも 可愛い~お山・・・w

この矛盾した表現がピッタシの里山


d0347140_07485407.jpg

9:45 登山口から ジグザグの急斜面がつづく
時々 四つん這いで登るのだが 落葉にイガグリが潜んでるんで
うっかり手を下ろせない


d0347140_09593505.jpg


 濡れた落葉の上に カッサカサの落葉が積もって滑りやすく
また この落葉が深いので 時々道形を見失うほどだ
そんな急斜面に 一汗もふた汗もかかされる 


d0347140_07521551.jpg



30分後 ようやく屏風岩だ。ここは右側を通過し 岩の背後で一本とった
バックバクの心臓鼓動音を聞きながら 息を整える

こういう朝一に急坂が出るよな山路は 「最初の汗をかいたら一本とる=順応時間」のが大事。
じつは 歩き始めの発汗で、最初の休憩をとることが 一日の体調を決定する
心臓の負担を軽くするには 順応時間を設けることが じつに科学的な登り方なんだね~。


そうそう今朝の冷え込みは厳しかったぁ 霜が降りて屋根も草も真っ白け
 アノラックを着込んでのスタートだったのだ

休憩地では皆さん一様に「小バカにできない里山だなあ・・・やれやれ」
そう思ったに違いない
軽装となった各自の表情に それを読み取るのは容易だった


d0347140_08354438.jpg
 
屏風岩のつづき 細尾根で・・・
カメラを構えるがシャッターがロックした(ボタンを押し間違えたトホホ)

左下3mに トラバース道があったようだが それに気づかず
御札があがってる石塔前の痩せた岩稜を稜線通しでアクロバチックに ソロ~リと通過する
知らぬうちに お尻がサワサワしてくる
これはこれで楽しい思いをしたんじゃなかろうか?(笑)

後ろで キャーッ! 歓声?悲鳴?がする(´艸`)
120cmのスリングを 細い木に掛けアシストにするが・・・
はたして、セットの効果のほどはいかに?
どんな山でも 入山の際にはスリングを一人一本 携行しよう!

でも御神楽岳の榮太郎新道を登るのであれば 
ココは練習ゲレンデっつう感じ


d0347140_08355433.jpg
黒岩山、保城峠など 七ヶ岳に連なる山々



序の口、怖さが連続する場面がつづく(笑)
足元の先、北側は尾根以外の全てが断崖なのだ さすがに岩山だ
「スリル序盤戦」を味わいつつ 一山越えてアンテナ跡地にてホッと一息ついた
東には 昨日登った七ヶ岳がきれいにクッキリだった

さて ここからトラロープの連続する「本番」へ・・・ 
一旦下って 最初の小さなポッコンを越えるのだ 
作並の鎌倉山に例えると、「左カンテ」ルート下部と同等の斜度をもつ
最初は高差で30m、さらに続けて50m+50m=100mほどを2段で登ってゆく

この山の特質にもなっている「岩場」が続くのだが・・・?
鎌倉山のゲレンデと違って、左右に木立があるし、木の根っこが手掛かりになるし
トラロープもあるし まずは「余裕」だろうけど・・・。

ポッコンを登ってしまえば 下るしかない さて30m急降下だw
なんせ断崖が~ぁ、、、イヤというほど目につく~ぅ、、、(◎_◎;)
いやらしい。。。
見ないでおこ(´艸`)プッ

最初のポッコンと次のポッコンを結ぶ、渡り廊下のような道を3、40mほど水平移動して
続く2つ目の大きなポッコンにとりかかる~んw
トラロープが頭上に何本も垂れさがるw (ホールド・スタンスは充分)
直上か?、と思いきや右に振られ、崖をトラバる・・・複雑 
左右にゆるゆるのロープがガードしてくれるw

「もう たくさん!」・・・こんな心理が働くのかどうだか?
最後の最後、頂上か~? と期待すれば、、、裏切られ 偽ピークに泣き(´;ω;`)が入る
あと50m先?、、、ガッカリさせられるんだゎ、これが(笑)

心の内を 山に見透かされたようで チョピッと屈辱感を味わう(´・ω・`)
もう 違う風景を観たいのにぃ・・・だなぁw

今年の「山開きに200人参加」 中には地元の子供たちも登る・・・って 
湯ノ花温泉の蕎麦屋で、自慢げにオヤジが言ってたなぁ 
佐倉山-大嵐山-田代山の順番で毎週が山開き。関東から毎週Pハンターが来るらしいw

で、、、調べてみた・・・
キャノン山の会 奥田博さんが書いたガイドブック「福島の山」1987年版によれば、、、
テレビ塔の所に「これより先、小中学生の通行を禁ず」という標識がある と記されていた。
つまり、30年前は通行制限の標識があったようだ。んが、今は、ない。
つまり 登山道として整備されたわけだ。
なるほど 蕎麦屋のオヤジは嘘をついていなかったw


d0347140_08391186.jpg

秋の一日を 陽がな楽しんでいるうちに 頂上に導かれる 
時計は すでに2時間近く経ちつつあるようだ
ちょうどお昼時、、、里の村からオルゴールのチャイムが響いてきた
L'amour est bleu 「恋は水色」という、おフランスの香りふんぷんのPOPS 

僕は当時 高校2年生だった テエシタ ベンキョモシネデ・・・ヨゲナコトバリオボエデキテ コマッタヤロダ
シルヴィ バルタンの「アイドルを探せ」のほうが当時は好きだったなぁ
それから、フレンチ ギャルの「夢見るシャンソン人形」ってのもあったしぃ
ああ 懐かしい(´艸`)

ま、フレンチPOPSはそんなもんだ、、、20人が座れるほどの二等三角点の頂上。
さあ、ランチだ。 皆さん、安堵したのか? ニコニコ笑っている
楽しいというより、「してやられた・・・」という気持?
顔にチョッピリ その想いをのぞかせる


東には 「七゚ヶ岳」が白くうっすらの雪を反射し 浮き上がっている
西には 「割佐倉山」(ワッツァグラ)越しに「大嵐山」、さらに、、
既に白く、、、雪山となった2000mの峰々がひかえている
白き峰の右端は坪入山か そして窓明山 木の枝が被っていたが三岩岳 
南には 三角形の「黒峠山」、「荒海太郎山」以外 指呼できる山は雑木で見えない
「枯木山」も22年前に登ってはいるけれど、、、雑木が邪魔して同定できなかった

いい感じの山懐に、幾畳もの山脈(ヤマナミ)を這わせた里山たち
凄い数の里山・奥山が連綿と東へ東へ さらに東へ県境稜線へとつづく
まるで ヌウの群れが土煙を上げ アフリカの大地を移動するかのようだ

南会津の山脈(ヤマナミ)はいつもこんな感じで 見る者にスケールの大きさを呈する


d0347140_20595328.jpg

ハイ もう少し下がって、下がって~・・・
といわれても?
後ろは 断崖絶壁 ムリ(´艸`)
 
d0347140_08353737.jpg

帰り道も急斜面が続く 岩場や細尾根がないぶん ずいぶん助かるけど(笑)
この山道をピストンにしないで 正直ホッとした
おそらくそれなら僕ばかりじゃない・・・全員がそう思っただろね♪

急傾斜を3つほど過ぎただろうか?
緩く長く延びる南尾根を右へ(西へ)折れる

やがて尾根筋が消え 沢状に広がる地形となる 
この山の抜けでは 里山の雰囲気が存分に味わえるようになっていた

栗と小楢の雑木林に カラマツが黄金色を添えている 
ドングリの実がたくさん落ちている
明るい、ふかふかの枯葉の林で 最期の休憩をとった

「反芻」の時が流れる・・・
時間とともに茶枯れた景色に馴染んでゆく
去りがたい気持ちのモヤ-っとした塊が、いつまでも林の中を彷徨っているようだ 

もうすぐ 冬が来るんだなぁ そう、白の世界が一面を覆うのもあと一月だ


d0347140_09012975.jpg

山の裏側に出た。。。伊予戸川が流れている。。。
 
カラマツが風に吹かれて、「金色」のシャワーを降らす
いつまでも降りかかる枯葉のシャワーに
 足取りも軽くなるよな・・・解放感がそんな気にさせる

沿道の農家のお母さんが ニコニコ挨拶なさる
「山に登ったの~?ごくろうさまだごどぉ こっつの山てえへんだったべ~」 
こっちもニコニコ顔で挨拶をお返しした                                                              

下山口から30分も歩けば 伊予戸集落、舘岩橋につく
此の川は暴れ川のようで・・・、川幅がかなり広い

午後の日差しは 気温計を17度にも昇らせていた
舘岩川越しに何枚も写真を撮る 長閑な里山の褐色がつづいた。。。


d0347140_08411853.jpg
午後の陽に映える八総佐倉山
あのポッコンポッコンを登ってきたんだべ・・・(´艸`) 
いい山だ・・・ んだんだ いい山だべ


d0347140_08360295.jpg

こっちのポッコンポッコンは 
伊予戸のワッツァグラだべした(割佐倉山 わりさくらやま)
おもしれそーだー んだんだ おもしれそーだべー、
また登るべー んだんだ また登るべー








[PR]
by tabilogue2 | 2016-11-14 08:23 | 会津・越後 | Trackback | Comments(2)

d0347140_22572207.jpg


今回、34年ぶりに七ヶ岳に登った といっても縦走ではないけど・・・。

初めて登ったのは 郡山勤務時代。
程窪沢から登って荒海駅へ下りたのだったが 
今回は登山路が沢荒れで黒森沢コースが通行止め 循環できず。
そのため 上岳のみのピストンだった。


あらためて 上岳から眺めた七つの峰々は 
降雪もあって 登山路が白く浮き出て
さも 七つの峰を縫い合わせているステッチの白い糸のようにも見える
素晴らしい光景だった


d0347140_22565021.jpg


印象に残ったのは 高杖スキー場のカラマツ林・・・
午前中は曇り空で 時折霧雨を感じる程度だが 
その折々で眺めるスキー場はカラマツのお陰で 異常に明るい

d0347140_21593080.jpg
陽が差してくる直前のスキー場



写真の画角なら・・・どこか・・・見もせぬアルプスのよう と言い放ちうる
そんな牧歌的な雰囲気が漂う スキー場の大きさに比例するのだろうか?


午後の晴天でも 雰囲気は同等だったが やはり曇り空での黄色
カラマツ林の黄色が浮き立つ様は 晴天時のそれより格段上のような気がした
天下一ね

d0347140_07423174.jpg

スキー場の最上部手前、この標識が登山道の入口だ 見過ごしてしまうほど小さい!!

d0347140_22551927.jpg



高杖スキー場の登路はけっこう長く それなりに登山の負荷がかかる

途中 さいごのリフトからは雪道になり 初ラッセルの気分を味う
夏山から冬山へと「心の入れ替え」が必要な時期に それができて良かったと思う
電波塔からの下降、急斜面はスリップの連続だったが それさえも「入れ替え」には良い刺激だった。

d0347140_22560973.jpg
賑やかな隊列は山頂付近で長く伸びるが、、、でもここはまだ山頂じゃない

d0347140_22553445.jpg

あれが山頂だ


d0347140_18510974.jpg
八総佐倉山が見える・・・


d0347140_07382586.jpg

スキー場の雰囲気は こんな感じ

d0347140_07404331.jpg

午前中は曇り空だが見通しはきいた 
下山時には高気圧圏内に入ったようで 青空が広がった

d0347140_22592331.jpg

「山クラブKAMURO」の仲間に入れて戴き 初めての会山行
いちおう「新人」さんだ(´艸`)カッコツキダ 新入りの「洗礼」もうけたゼぃ(笑)

これで 孤老の山行も 賑やかなグループ山行も 
どちらも味わうことができるかな?

ご一緒する「山クラブKAMURO」メンバーと人生初の「グループ山行」だった( `ー´)ノ

いい年こいて ご迷惑をかけるわけにはいかないので・・・
それなりに老躯に鞭打ったのは、、、 内緒(笑)

---------------------------------------------------------


「グループ山行」って なかなかいいもんだね。
 たった一人で、ランチタイムもなしに、行動食のみで、、、ソロ山行してきた身にとって 
どんどんお昼の手料理が回ってくるのは カルチャーショックだった 

このクラブの皆さんは仲がいい その秘訣が手料理にあったわけか??? 
今日は行動食のみで済ませ、紅茶とパンをカジルことしか考えてこなかった自分には
ランチの午後は豊かな時間だった

山歴を懐にしまい込んで ここはひとつ、、、
豊かな食事のためにも?w 楽しいグループ山行のためにも?
どちらにも釣られる”小魚”になろうじゃないか・・・(´艸`)






[PR]
by tabilogue2 | 2016-11-13 23:40 | 会津・越後 | Trackback | Comments(4)