「てっぺん駈けた記」に思う(後)

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(前半より)

趣味の会だからこそ・・・
趣味の会だからこそ趣味の会らしく世の中の「真偽」にこだわって生きよう! と普段から提唱していた運営委員長。栗駒山のクロベの森保護運動の際も青森営林局に掛け合い 船形山のぶな伐採問題にも古川営林署に掛け合い奔走したのは運営委員長の彼だったではないか!彼がいたからこそ守り通せた「会のアイデンティティ」ではなかったのか! もうお忘れか?山に向かう真摯な姿勢を「生きる鏡」として我々会員は学び、仲間を慮った会運営に助けられていた。会に尽くした貴重な20数年の歴史に感謝こそすれ除名とは恩を仇で返すとんでもない行為! 非道そのもの。

金の扱いにこなれた会員(保険業)が入知恵をし数百万の遭難保険金詐取問題と運営委員長の実績とを相殺してしまった。会運営に疎い保険屋稼業が事実を曲げ、その一方、会の運営で神経を細めた運営委員長が当会史から抹消されてしまう 天地逆さまな驚くべき事件だ。このことを耳にし、OBの私などは怒り心頭になった。抗議者は運営委員長だけとあってはYMCA山岳会の名が廃るので 旧運営委員の私も名を連ねることにした。
 
もう一つ気になることが・・・
新刊に書かれていた。それは5年前、3.11以降に世の禁断を破って月山に登ったこと・・・である。当時、ことある度に大阪から石巻にボランティアに駆けつけている会員もいたし、月2回の生鮮物資を避難所解散の11月まで配り続けているOBもいたというのに、会長たるものそれには目を向けず、それから逸らすように己の精神性のためにだけ、世間の禁をも破って、雪山に向かった・・・、その心境がたった数行で語れてしまう人なのか?。まったく「自己中な人」だ。なんせ当時山行を我慢しているのは会員皆同じだったのだから・・・さらに当時、世間の白い目にたじろぐことしばし!だったはず。当時、自分が山に行きたいと欲するならば「会山行」を催し、心に潜むジレンマに禊ぎをして会員皆で行けばよい事。自分だけ行きたいだなんて・・・、世間と隔絶した生活意識の持てる人だったのか? 「真実」が書かれなければ「嘘」が晴れることは決してないだろう・・・、墓場まで持って行くつもりか? 

深野稔生:著書に初めて触れたのは・・・
「ブナの山々」(白水社)だった。1990年に単身赴任を終え仙台に戻ってきたばかりで 何処の山岳会に再入会しようか機を窺っていたところだった。その頃、発刊されたばかり此の本を手に取り読んでいくうちに強く惹きこまれていった。すばらしい短編の論理構成、レトリックだった。それがキッカケで深野稔生のいるYMCA山岳会に入会した。私も当時40歳、純粋に深野作品に文学性を感じ惚れ込んでしまっていた。それほど文章力には他を圧倒するものがある。地域研究や民俗学の実証的研究には一歩もニ歩も先ゆく、知識は深い。でも一方、人生の終末に一人の爺さんに成り切れぬ哀れな男であることも知った。会長とまで言われた男だから、陰で息つく暇もないはず・・・常に世間に見られている感じがするのであろうが、強がりだけ、嘆くこともできない男に人間的な魅力は感じない。否、弱さもあっていいじゃないか! 会長だからって人間的な弱みを陰に持つのは決して恥じゃない。そういう腑に落ちぬ所が山岳会を辞めた私の一つの理由にもなっている。人柄の裏表とは皮肉なものである。

彼の側面、敢えて言えば・・・
苦々しいが、、、山岳会での会長職最後の頃、彼の利己的側面をモロに見てしまっていた。例会後のいつもの居酒屋で会員と口論の末、取っ組み合いになって拳をあげる騒動を起こす、その現場を2度もみていた。他者の意見には「貴様 俺に指図するのか!」と目ん玉ひん剥いて恫喝し、己の意見が絶対だとする不遜な態度が彼にはある。それには私も抗議したほどだ。醜い。

人間的には悪い人じゃないんだろうが、おそらく・・・むかし育った家庭環境や家族関係が起因してか?「他者に馬鹿にされたくない」という思いと、どういうわけか「他者を信じない」「自分の目と足で確かめないと信じない」ところが彼にはある。「品のある知性」とは真逆で「自尊心とコンプックスの塊」のような一面があり、その琴線に触れると極端に激高する。そんな深野稔生氏本人の前で 僕が言い放ったことがあったらしい。すっかり記憶から漏れていたが最近(2016.10)になって YMCA山岳会OBの町田くんからメールを貰った。そのメールにはこう書いてあった・・・「私は深野稔生を尊敬するけれども、人間的に嫌いだ」と 深野稔生氏本人の前で言ってのけたことを私はしっかり覚えている・・・と書いてあった。事実のようである。このころから仕事も忙しい立場になり、僕は会活動から遠ざかってしまった。

一昔前ならブランドだったであろう”土樋”に宅地を求め「蔵書に囲まれた暮らし」をしてもいる。居間にはジャズが流れ、茶道の囲炉裏も切られている。広瀬川に面し桜を愛で、夏は花火も間近に見れる。安保時代に学生運動に身を投じたものであれば 誰しも嫌ったであろう「私的財産欲」「プチブル」「中流意識」。それらの上乗せでの「個の確立」論者であり「中流意識の権化」でもある。もはや山をめざす者として 山を前にし身を屈める蹲踞の姿はそこにはない。物事の善悪、保険金詐取の見境もつけられぬようでは 単に独居の老人ではないか?老化は正義や彼の精神までも蝕んだようだ。 

僕は深野稔生をこうみる・・・
「異見を持つ者を排する・・・」裏返せば じつに肝っ玉の小さい、鷹揚に構えられない、「自己愛な男」と見抜いた。口撃で論破し、ディベートで潰せぬ者には暴力と恫喝で排し、「深野稔生」という山岳会の知性派と言われるまでの「権威、名声、ブランド」をガードしてきた。それら半生の弁解、今事件の弁明、我々会員の前で真実を吐露する書物も いつかは出版されるのであろうか。それこそレトリックの怪、深野稔生という「男の懺悔」の時であろうとも思っている。

もし仮にそうでなければ、異国の地に死んだヒロシも 師と仰いでいたにもかかわらず断絶するほどに裏切られたヨーコも 会をファッショ的に追い出されたユタカも ボランティアに精を出してきた現役会員もOBも ともに浮かばれない。YMCA山岳会を踏台にし自分の名誉を守らんがために 組織を私物化したのは深野稔生自身ではなかったのか? 会長ともなれば 会の今後の発展を願って止まないはずだが?運営委員長をクビにするようでは先見性に蓋をするようなもの。 器が違ったか?懐疑の心も成り立つほどだ。いや、ひっくり返せば? 埃が出そうな話が深野さんにはまだ他にもある。よほどに社会的地位、自慰的美学にこだわってきたのか?そうとうの自己愛な人と見える。今はもう 彼の周囲で誤まりを指摘しNoを云える者がいなくなった。Yesマンばかりで議論を交わせるものが一人としていない。親が名づけた「稔生」の意味するものは「稔ってさらに実を生かす」であるはずだが、もはやその実も枯れた火宅老人になってしまったか? 彼からの弁明を待ちたい。

自己愛に偏執してきた深野老人・・・
齢73になって かつての仲間たちの「真実を見抜く眼力」を忘れ、ナルシシズムに陶酔するかのように引き籠り、「自らの美学」に浸るような山行記を出したとあって、彼を知り尽くす会員にすれば「灯台の元を暗くするな、灯を当てよ」という言が耳元で囁いているはず、また相当に的を射てる指摘でもあるはず。





ブレスする彼の表情を見たら・・・深野さんはなんと思うだろうか? 尋ねてみたい。


佐野さん退会の報を聞き非常に驚いた。東京「ブナの会」から移籍し YMCA山岳会の一時代を築いた人なので誠に惜しいことだ。聞けば 「遭難保険の不条理な処理」に一人反対しての退会だったとか。誰も引き止めることができなかったんだろうか?・・・、まさに彼らしい愚直さだが それが故に栗駒や船形のクロベやブナや自然保護を会の中で公然と語れる自由さを我々は得たものだが。そんな物事の道理にこだわる彼を笑える者がいるとすれば それこそ将来に亘って己の恥を晒すようなものだな。

一重に、会として貴重な人材を放出させたものだなぁ、と思った。保険担当会員が熟慮すべきところを職業気質を剥き出しにして事務処理を優先させてしまったんじゃないのか? 感情的にではなく道義的に捉えて正しい道を選択すべきだったんじゃなかろうか?深野さんも 岳人としての判断が世俗的になってしまったものだなぁ と僕なんかは思うのだけど・・・。

佐野さんの愚直さ(原則的判断)には「岳人として学ぶべき点が大いにある」と 認めて、その上で「善処?」すべきだったんじゃなかろうか。余計なことを言えば、飲み会での席で この私に向かって「酒が不味いから止めろ」といって発言を制止するものがいたが それこそ会の自浄作用を阻む行為だと思うけれど・・・ いかがか?私の意見は・・・Mくん?




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by tabilogue2 | 2016-03-24 07:30 | mount | Trackback | Comments(0)