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会津歳時記 鮭立の不動明王

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「鮭立」

鮭が立つと書く地名 これをどう読むのか?
30年前の私には皆目見当もつかなかったが
日宮沢(にっくざわ)を通って打越峠を抜けると 
この鮭立という集落に出るというのは分かっていた。

その昔 日本海から只見川を遡上してきた鮭が 
支流の山入川に入り込んできて
川が溢れんばかりに水面が黒く盛り上がり、川面いっぱいになった
・・・と 土地の老人は語る 

後のほうから どんどん鮭が押し寄せるので 
先頭の鮭は堰で詰まり ついには、尾びれを下にし、
立って歩くように上流へと急いだ そんな光景らしい
それがこの地名 鮭立(さけだち)となった由縁なんだそうだ 


30年前、「南会津山の会」の会員さんたちと談笑した席での話だが、
鮭立の話になると、決まって 伊北(いほう)の明和橋から
「日宮沢」「金石が鳥屋山」「打越峠」の話になる。




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鮭立集落の桜と打越沢




前篇、会津「新遠路」の中山酒店の桜咲く道をさらに奥に進むと 
次の集落「鮭立」に至る。

ちょっとした土地に十軒ほどが点在するが、
只見川沿いとは違い隣家とはギュッと詰まっておらず
山間の村にしては 余裕を感じるそんな土地柄だ。

今日の目的である「鮭立の磨崖仏」の話をする前に・・・
旅する前日に、「金山町史談会」「教育委員会」編纂による書物に目を通した。
「金山史談」に親しんだ加藤文弥先生による研究がこの旅に役立つ。
学びの旅」の予習でもあった。

先生の著「金山町の文化財」にこれらがすべて載っている、
忘れようにも忘れられない書物である。
それに紹介された磨崖仏がここ鮭立にあるので 
さらに民家の横から車を田圃の畦に走らせた。 
住民に場所を尋ねなければならぬほど、
案内板は小さくて、色褪せて、気づきもせぬほどだったが 
でもまあ 行き過ぎても小さな集落なので これといって問題はない。




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磨崖仏は風化しないように建物に囲われていて 
5mほどの階段が用意されてあった。
ようやく春が来た…と 
カタクリ キクザキイチゲ キケマン タチツボスミレ などが咲いている。

それを登ると、横幅5m 高さ2m 奥行き1.5mの石仏群に出会う 
岩質は砂岩のようだった。




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修験の守り本尊 不動明王


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風神 雷神が彫られている 
九頭竜も彫られている 
右隣り、「如来」「菩薩」「明王」「天」4つの階層が仕切られている
釈迦如来 大日如来
観世音菩薩 文殊菩薩
不動明王 愛染明王など 
毘沙門天 吉祥天 弁財天 大黒天など




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左から三体目は「深沙大将」(じんじゃだいしょう)というらしい 初見である




50数体を数えたというが 今日は20数体までカウントできた 
他は風化が激しく判別に苦労する。

これを彫った謂れは「天明の大飢饉」での惨状がもとだったとされ
 1783年以降の彫り物と言われる
しかも寛政・1833年天保の飢饉の頃まで 
親子で半世紀にわたって彫り続けられたと研究されている。
彫ったのは この土地に住みついた修験者
現世の岩渕家の先祖と云われている。

ここでも土地の民衆の信仰心と宗教とがかかわっていて 
密教の修験者の役目は大きかったものと思われるが 
この制作には 土地の衆が協力しなければ成し得ないほどのものだった
と語られている。




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どうだい?この只見の流れは・・・流れていないようで流れてるんだなw 
川面 山肌 雪崩れにやられた斜面の木々 いいだろう? 
この滔々の流れ どうだい? 




















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by tabilogue2 | 2019-05-07 05:22 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)