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秋になると 思ってしまうことなんですが、、、そして体力の続く限り、実践していこうとも思っているのですが・・・世の現実とその対応で、自分はどうすべきか? を考えて、少し実行していこうと昨年から実践し始めている案件です。


山への畏敬の念を養わず、怖れもせず、学ばず、今だけの楽しさを求め、追いかけたとして・・・、実力は早々には付かない。生活技術、観天望気、危険予知、危険回避、自救力UP、自己脱出、山への畏敬など精神も含めての「総合力」は付かない。
まして他人様のブログに記してある通りにコースを選び、コースタイムの載った昭文社の地図しか読めない実力の程度で、木道完備の尾瀬や ホテル並みの山小屋が揃った北アルプスや 登山者の列が山頂まで続く富士山など 人の流れに乗って標識の指し示す道を歩いたとしても「登山の凄みや醍醐味」は味わえない、ましてや「GPS地図に誘導されて登る」ようでは 実力などつくものではない。


自分という主体もなく、他人の結果に身を任せるという心配(事故の元)は今後も増える一方のようだ。それでいて 自分は登山界のセオリーから逸脱しているだろうか?と半信半疑になる。
長年山をかじってきた私には「連れられて登る・・・」「他人の結果のコピーをあてにする・・・」「学びもしない 変化を起こそうとしない独善的な自分・・・」などの考え方、済ませ方がどうにも分からない。
この年齢だから尚更 自分を過信するほどの体力はとうにない。 だから 好きな山が2つ、3つ程よくあって 季節を変え ルートを変え 年中登れたらそれでいいじゃないか とピークハント欲の無い者として 素直に思う。


さらに 無目的な登山者は深田百名山のような「価値基準」「既成の目的」、他人の「行為の結果」に寄ってすがろうとする。発想に豊かさが消え、代わりに「ヤマレコ」「YAMAP」など他人の記した「トレース」をこよなく愛す。そんな登山者が闊歩する時代。基準は「標準タイム」より早く歩くこと。他人のトレースを追うだけの登山。オリジナルな山の楽しみ方なぞどこ吹く風。
一般生活の中で「コピー文化」を愛し、山に登っても「トレース文化」を愛す、ネットでさらにインフルーエンスを極める、、、この現象がどうにも受け容れられない。


昔は 「三人寄れば山岳会」と揶揄されながらも山岳会に入会するのが向上心の礎だった。 経験が人から人へ伝わる手段、いわゆる「空間」(インシュレーション・中間の機能)が存在した。だけど今は違う。若者の登山ブームも老齢者の独善的「トレース登山」ブームも、どちらも危険回避を経験として積む「集い」「時間」「伝承」などの手段(空間)がない。
PCを開けば手軽に教えてくれるが、だがネットでは「知識」しか手に入れることができない。知ってはいるけど実践では試せないし活かせもしない、そもそもそれらネットで拾い集めた知識をあてがう「現実」や知識を活かす「状況」との「ヒモつけ」が理解されていない。


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山岳会に入るには「勇気もいる」し 「組織に入るのは面倒」で「自由にヤって」いきたいw そんな現代人の「安近短な」ワガママ安直指向w。。。この風潮に一助にでもなれば、実践的にお役に立てれば、「残りの人生」を自分らしく貢献できる。 方法としてこれ以上ないとも思っていて、、、昨年から個人的に若手を連れて「山に行くプログラム」を組んできた。今年の冬も、安全に雪山を楽しむ「基礎を実践で」お伝えできればいいかな?…と思っている。 希望する方はコメント非公開でどうぞ!テント2張分ならご一緒できます(私入れて8名、 あと3名)。

「体力の差」はあって当然、、、でも 「知識の差」があったのでは 登れる山も登れない。
これが冬山・雪山の壁。乗り越えるには 恥を捨てて「知識と経験」を持つ これしかない。

冬山の道具を揃えてもらわねばなりませんが、出費が嵩む代りに「冬山 雪山の何たるかを知り それが安全に味わえる」のならこんな素敵なことはないと思っている。ピッケル/アイゼンでの実践 雪山ラッセルの実践 ルートを読む&タクティクスを持つ ロープワークの実践 スノーリッジの実践 ロープ確保による実践 雪洞ほりの実践 雪洞での生活技術・・・、数名で雪山を基礎から始めてみようかと思っている。そして このまま「沢登り」レッスンへと繋ごうと思っている。

追記です

ピッケルは持っているがきちんと扱えない ストックを使っているが急斜面でヒヤッとし、ピッケルが重要だと認識した 使い方を教わっていないから使えない 学者さんや、先生方に多い…「人前で恥をかきたくない」「人に教わることができない」「教えてもらわなくとも自分でできる」「教本で理解する」タイプ、、、 こんな使い方で良いんだろうか?聞ける相手が居ない? 持ち方や滑落停止やピッケルでの三点支持など実践的に教えるスクールがない? アイゼンの装着、知らずに歩くアイゼンの引掛け ワカンの紐が緩まない?、脱げないような紐の締め方? ラッセルの歩き方? ラッセル交代って? テント設営の適地? 雪洞の掘り方?など 雪上での「普通 あたりまえ」ができない。 自分は「我流」なので自信がない。 今さら聞けない。。。

いわゆる雪山の常識を伝えていこうと思います。コツ、セオリーが「自分には未だ降りてきていない」とまあwそんな場合でも イロハのイから実践し自信を持って道具が使える、「一人じゃできないけど パーティを組めばできる」というケース、さらに新たな技術を学びましょう! できれば 「山岳会に入ろう!」という考え方です。どうぞHITOIKIさんも、読者のみなさんも 遠慮なさらずご参加ください。明日から 違う目で・・・冬山を捉えることができますよ( ^ω^)


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by tabilogue2 | 2018-11-14 17:19 | mount | Trackback | Comments(4)

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山 笑ふ。。。
 





山地図の執筆陣に名を連ねておられ、ブログにも「自称岳人」と自己紹介しておられ、登山趣味ブログのインフルエンサー的立場にあり、一般常識があろうと思われる還暦になる男性が、「大和町船形山の受託管理人」や「ブナを守る会」の行為を中傷した。 なにやら???「んな体調なのに楽に登れる大滝コースは使わない。いいとこ取りの大滝コースは、船形山の奥深い印象から逸脱している気がするし、何か裏口入学している気がして好きになれない。」 つまり 船形山の色麻コースは「いいとこどり」で自分の「イメージから逸脱した」「裏口入学」のようなコースだ (記事にリンク)・・・と言い切った。いや なぜ そんな 謂れもないことを言うのか?意味が解らない??? という顛末を以下に報告し 実情を記します

アッチの登山路はコッチよりも体力が要り、玄人風で「歴史的価値」があるとか。コッチは「GPS軌跡」を公開するまでもない「安近短」なコースだとか、山やコースに価値基準をお持ちの方らしい。これらの登山道や山小屋などの施設利用者から観れば 明確に気づくはずですが、色麻コース、升沢コースはどちらもよく管理された歩き易いコースと私は思っています。クラビ・観音寺・三峰コースと比較しても笹の被りが少ないし 枝はカットされてるし 倒木処理もきちんとされているし よく管理されていると思っています。

コースガイド本や地図の執筆者となれば「荒れたコースと管理されたコースの対比」で船形山の”色麻コース”を捉えたかったのでしょう、、、曰く『管理され歩き易いコースに登山者がどんどん流れてしまうと 荒れたほうのコースはもともと入山者が少ないのにさらに不人気となって、ますます荒れてしまう』と。(*意訳を加筆しました)

上記の論旨は「問題点の歪曲化・矮小化・すり替え」など「悪意のある論質」だと思います。「その論点」だけに没念してしまうと、コースガイドを執筆している公的立場のご自身とその周囲にいる登山道整備管理人たちとの「関係性」に気づかなくなってしまうようです。その時に、ブログは「公人」ではなく「私人」として書いている と言い逃れしようとなさるのでしょうけれど、、、読者はどう区別するのやら? あまりに軽率、稚拙な考えだと私は思いますが。

もし「岳人」だとおっしゃるなら、大和町以外の他行政区が管轄する地域にも「荒れた登山道に予算を投下するように行政に働きかける」ことをまず先にすべきだと思います。だからといって、大和町の行政区から委託された管理人さんを「いいとこ取り」「管理し過ぎ」と咎める構図というのはおかしな論理です。「自称岳人」氏本人は普段からネットで「独り言」を云っておられるけれども社会的に「予算要求運動」を起こして公的機関に働きかけようなどの動きは一切されていないようです。市民運動に参加したことがなく、単にネットで「言うだけ」であれば なおさら始末が悪いと思います。

コメントを書き込んだ「大和町のチバ」さんの立場にすれば、柏さんともども町から山小屋管理を委託されているわけで、、、その点では建物保守もされているし、草刈りもしてるし、トイレの管理と屎尿の廃棄までもしているし、さらに市民団体である「船形山のブナを守る会」のボランティア活動に参加し、「守る会」にあっては年間計画を立ててまでして山頂小屋に冬季燃料の薪を荷揚げしている・・・こういう事実が判ってくればくるほど 話は別の次元になってまいります。つまり、年間を通してあれほどコースが整えられてきた=鋭意管理されているコースというのは登り易くて しかも安全で 宮城県でも稀な管理状況なんだと思うに至るのが普通の思考だと思います。「裏口入学」で「安近短」なコースだとは誰も思いません。逆に 安全で便利だと称賛することでしょう。私はむしろ「自称岳人」氏の発言に何やら「悪意」を感じてしまいます。

大きな予算が付く国立・国定公園じゃありませんし、たかだか地方の行政区の小さな予算が付くだけです。彼ら管理人お二人は 予算が付いたその度に山に行って藪を刈る「受託契約」業者でもありませんし、そこは確りと年間を通じて小屋の管理を任されておられるお二人なわけです。役務とは関係のない「付随的な」人命の安全にも気を遣う、命を守る薪も荷揚げしようとなさる方々です。その予算を町が付けて執行されているわけですね。 それは 何故なのでしょう?

その答えは 市民から愛され続け、ボランティアに支えられ、登られ続けてきた山が船形山だから ということなんでしょう。なんと35年もの間、「ブナを守る会」の精神が入魂され続けてきた山でもあるということを「自称岳人」氏は見落として語ってしまったわけです。重みのある市民運動の歴史を無視して語るのは大きな間違いです。どこの世界に「薪の荷揚げを自慢気に語る」小男が居るというのでしょうか?薪の荷揚げに参加しない市民を見下す必要など何処にあるのでしょう?それは「岳人的」発想なのでしょうか?悪意ですか?と疑ってしまいました。

ちなみに僕は 升沢小屋の近辺に付けられた多くの「赤布」が、管理人である柏さん個人のお店で使われてきた「大売出し」の幟の名残であることを知っています。「ブナの会」会員として、管理人として登山者の往来無事を願う結果、迷いやすい平坦地形の升沢小屋近辺に誘導赤布をご自分でお付けになられたと たまたま伺っておりました。さすが、柏さんだと思いました。

それにしても 精魂込めて手を加え続けた登山道が「裏口入学のようなコースだ」ってガイドされたら・・・どう思うでしょう?、とくと考えてブログ発言なさればいいのに、それが浅慮の結果だったとすれば なんとも情けない。「裏口入学」だなんて、「風邪をも治す体力登山」だなんて、初めて聞くことばかりでそのイタい考えかたに驚かされました。コースガイドの執筆家で上から目線で語る「自称岳人」「自称登山家」氏は 今回語るに堕ちたわけです。

それにしても 一方的にブログで語っておいてこれまた一方的に「議論拒否」とは・・・???公的立場を担ったコースガイド執筆者らしくもない。「議論拒否」を主張したいなら ご自分も柏さんや千葉さんのように鉈や鎌やチェーンソーを持って、登山者のこない荒れた登山道の刈り払いに精をだし、ビニール袋を腰に下げてキノコならぬゴミ拾いに精を出し、登山者がこない、登山路が荒れた・・・と嘆いてばかり居ないで、せっせと歩いては手鋸で倒木を切って、雨で掘られた登山路を整備する時間と手間とをボランティアでやってごらんなさい、、、といいたいですね。ご自分でやってから「安近短」だの「裏口入学」だの「揚げ足取り」だの「論戦拒否」だの中傷なり主張なりしましょう。

簡単で「いいとこどり」のコースがどれほどの苦労をされて管理されてきたのか? 「船形山のブナを守る会」35年の活動がどれほどの歴史と活動内容だったのか? 「仙台のブナ林と水・自然を守る会」の活動が大倉ダム上流の水源をどれほど枯葉剤から守ってきたのか? それら船形山で行われてきた「実践の歴史」を解ったうえで、それこそ「自慢げ」に船形山が市民に愛されてきた山だと認識したうえで「論戦拒否」した方がよほど男らしくて良いと思うのですが??? どうにも市民運動の観点を抜きにして語ろうとする「評論家的」発言の多さ、「言うだけ君」のカッコ悪さ、上から目線の「天狗気質」、そろそろ?気づくべき時なんじゃないでしょうか。

そういえば、「自称岳人」氏は 里山をスパイク長靴で闊歩しそのGPS軌跡をネットで公開し登山者を里山に招いておきながら・・・「山が荒れる!」とブログで吠えていた一件がありました。既にGPS軌跡がネット公開された里山には「道」ができてしまい、ピンクテープだらけ。まさにマッチポンプのような御仁だというイメージが以前から僕にはあります。さらに泉ヶ岳の「袖泉」という呼称問題も「自称岳人」の彼が間違いの端をネット発信したものでした。その時も「誰かから聞いた話で僕が最初に言ったわけじゃない」そらトボけてましたが。危急の際、救急業務にとって「地点呼称の誤り」は致命傷にもなりかねません。

上辺で知識を「ヒケラカス」ことこそ迷惑行為です。自らを岳人と呼ぶほどの傲慢さをお持ちのようだが、「岳人」と言ってもいいのかどうか? 常識的に「自称岳人」などと「言ったもん勝ち」的な呼称は「岳人さん」個人の存立からして問題あると思いますが? なぜなら「岳人」というのは我々山岳界全体の「尊称」で用いる言葉なわけですからね。半世紀も山をやっていれば まず、それを知らないということはないでしょうけれど。

「岳人でありたいなら もっと 岳人らしくしなさい」 この言葉を贈ってさしあげましょう。

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ちなみに ひとつの市民運動を過去記事から拾って紹介しますが、、、、、

船形連峰はもともと白神山よりも広大なブナ原生林を有していました。伐採計画があがった時に原生林を伐採の手から守ってくれたのが「仙台のブナ林と水・自然を守る会」の運動だったわけです。伐採のために枯葉剤が数10トンが撒かれ それが大倉ダムにすべて流れこみ仙台市民の「命の水」になる?・・・仙台で「ベトちゃんドクちゃん」が多発する?そう考えたら なんとも怖ろしいことです。水を飲めばダイオキシン ゴミを燃やせばPCB 外に出れば光化学スモッグ どっちにしても 日本の80~90年代というのは 公害・汚染だらけでした、、、、、市民運動がいかに大切 重要であるかがお分かりになると思います。その認識の上で あれやこれやと論じてくださいね。
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ちなみに 山岳界全体の尊称である「岳人」という言葉を 僕なりに捉えてみました。
 

「岳」
岳というくらいだから 嶽々しいイメージなんでしょうか? 里山・藪山がその対象になるのか?という問題はさておき以下は 自分の考えです。気楽に考えてみてください。

「能ある鷹」
謙譲な心を美徳とする日本人であれば 自己紹介のときに「宮城の岳人 ◎×です」 とは言わない。「宮城の山好きっす」 とか 「藪専です」 とかでしょ? ましてや「岳人やってます」と職業紹介のような名乗り方もしない。「岳人」という言葉には「敬意」が込められて使われているからですよね。

「私は宮城の天才 ◎×です」 
って・・・自ら名乗る人って見たことも聞いたこともない。「宮城のヒマ人やってます」って 冗談や謙遜ならありだと思うけど、ノリ なのかな?それにしたって 「皆さん 私は宮城の人格者です」と名乗る方がいます? 第三者から 「あの人は立派な岳人だ」と言われたり、「名誉」や「褒め言葉」風に 使うんじゃないのかな?

「謙譲」
自分の能力や功績を人前に自慢したりしない表現を古来、謙譲という。だから「私は自他共に認める人格者だ」とは言わない。けれども「自他ともに認める山好き」とか「自他共に認める趣味人」、「娘からアホと呼ばれるほど山好き」とか 自分がへりくだるなら 日本語として成立する。

「威厳」
謙遜、謙譲、敬意、、、一人称ではなく三人称で使われる言葉なんじゃないかな。「岳人という言葉に尊敬や威厳を持たせた使い方」が一般的だし 使い方としては そっちが宜しいんじゃないかな? 一人称で使わず むしろ謙譲語として遣ったほうが  いいんじゃないかな

「岳人」
還暦ほどのものが、自らを「岳人」と称して プロフに載せている方がおられるけど?「岳人を自称する」つかい方はヘンでないの? 経験の長い山岳会の方々でも自ら岳人を名乗ることなどはしません。皆無。というか むしろ己を諫め慎んでいるのが普通です。
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『(続)東北の山遊び』の該当記事コメント内容が「削除」されてしまいました。
いったい何が起きているのか 不明な方もおられると思いますので? 消されたログを一定期間下げておきます。 
以下 再生したログです。


旗坂駐車場~旗坂平~一群平~鳴清水~三光の宮~升沢小屋~千畳敷~船形山~千畳敷~蛇ヶ岳~三叉路~三峰山~三叉路~草原~三光の宮~鳴清水~一群平~旗坂平~旗坂駐車場
天気予報と違って吉岡方面から眺めた船形山には厚い雲が纏わりついていた。
旗坂キャンプ場の駐車場は南側半分が埋まっている。
登山準備を整えて歩きだす。
登山口から一群平までの急坂は、その日の体調を占う最適の行程であるが、病み上がりの今は身体がだるくて最悪の調子だった。何時ものペースの5割増しでのろのろ登っていく。
こんな体調なのに楽に登れる大滝コースは使わない。
いいとこ取りの大滝コースは、船形山の奥深い印象から逸脱している気がするし、何か裏口入学している気がして好きになれない。
体調次第では三峰山から長倉尾根を下って大倉山に行き、氾濫原から旗坂駐車場へ周回するルートを狙っていたが、この日の体調とペースの遅さでは無理なので、早々と諦め、山頂に着く頃の晴れてくれる事を願ってさらに歩行ペースを落とした。
紅葉ラインは三光の宮付近まで降りている。
ブナの黄葉が美しい。


3. 大和町 チバ 2018/10/14 20:56
船形連峰升沢避難小屋管理人、船形山のブナを守る会世話人の大和町千葉です。
毎週のように登山道から遊歩道に至るまでの調査活動は大変だったことでしょう。一段落ついて船形山だったのですね。
さて、本記事中に書かれている大滝コースの、いいとこ取り、逸脱している、裏口入学、について真意を伺いたいのと謝罪を求めたくコメントさせていただく気持ちになりました。ご自身の好き嫌いは全く自由な感覚ですから構わないのですが、上記の3点は、升沢コースが体力的に困難な人、大滝コースが大好きな人、登山道や駐車場の管理整備に関わる人達に対して(私も含め)気分を害させる非常に配慮を欠いた表現と言わざるを得ないという印象を受けました。
(1)ガイドブックの執筆に携わりブログのURLも掲載しているのですから、個人の独り言的なブログとは言えないと思います。ガイドブックを購入し参考にして大滝コースから船形山へ登った人へはどのように説明するおつもりですか?ガイドブックには、ああ書いているけれど腹の中では、いいとこ取りで逸脱し裏口入学のようなコースと思っているという理解でよろしいのでしょうか?
4. 大和町 チバ 2018/10/14 20:57
・・・文字数制限800字オーバーのため続き・・・
(2)一事が万事という言葉があります。栗駒山の楽なコース(イワカガミ平からの中央コース)も同様に思っているのかと憶測してしまいますが、私の憶測は間違っているのでしょうか?間違っているというならば、なぜ大滝コースに限るのですか?
(3)体調が悪くとも楽なコースは歩かないというような、ご自身の力量を誇示する表現はいつものことですからスルーしますが、私が尊敬する大和町の柏さんが黙々と笹を刈りゴミを拾いながら歩いている道、私が尊敬する写真家の桜井さんが主宰する森の時間で不慣れな人をリードした道、ブナの会と有志の仲間が薪を担ぎ上げた道をいいとこ取りで逸脱し裏口入学のようだと言われたらスルーする訳には参りません。無礼な(失礼ではありませんよ、礼が無いと言っているのです)表現であるとご自身では感じませんか?
以上、3点について真意が分からないままでは、soneさんに対し嫌悪感だけが残ってしまいます。何卒、真意をお知らせください。また、無礼であると感じた私は非常に不快感を持っています。文章と言うのは書き手の真意ではなく読み手の感想が全てです。よろしくお願いします。

. SONE 2018/10/14 22:04
大和町チバさん今晩は。
いろいろご批判を書かれていますが、近年の登山の傾向は一番楽なコースを登る傾向が強いと思っています。
人によって体力的に歩けない方もいるのは承知しておりますけど、そう言う安近短の傾向が一部の登山コースを荒れさせている原因の一つと考えます。実際、大滝コースの周回ルートから離れて升沢コース下部を歩くと、荒れていない昔ながらの道が残っております。
船形山については私個人的に升沢コースが船形山の深さと歴史を考える上で一番重要な登山道と思っており、そういう道を歩く人が大滝コースに比べ少ない事を危惧しております。
ブログについてはガイドブックとは違う、あくまで個人的な指向を書いているので、それを上げ足取りの様なご批判をされるのは心外です。
そう言う貴殿も薪を担ぎあげる行為をあたかも自慢し、それを生産性のある登山と言う言葉に迎合して、ボランティアに関わらない一般登山者を婉曲的に卑下するような表現をされているではないですか。
この件に関してはこれ以上議論を交わすつもりはございません。

6. 大和町チバ 2018/10/14 23:23
わかりました。質問にも答えて頂けない、貴殿の気持ちもよーく分かりました。返信ありがとうございました。
コメントする

*編者注 
大滝コースとは・・・「色麻コース」(湯谷地コース)のことですね。深野稔生氏のガイド本と柴崎徹先生のガイド本、どちらにも「色麻コース」とありますので ここではそのように理解します

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10月16日追記
私が記載した私見を前後の文脈も考慮せずに糾弾し、私の人間性まで否定するようなコメントが入っていたため、本ブログ規約に乗っ取り削除させていただきました。
尚、今後はそのコメントに関する議論を戦わせるつもりは一切ございません。
これ以上ネット私刑的な行動に出られるのであれば、法的に対処させていただきます。

*編者注 
リンクした『(続)東北の山遊び』サイトに書きこまれた「10月16日追記」です。







 
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by tabilogue2 | 2018-10-28 00:38 | mount | Comments(10)

『酷暑登山』を考える

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警察庁は13日、7〜8月の山岳遭難件数が721件で、遭難者数は793人だったと発表した。いずれも統計が残る1968年以降、最多となった。死者・行方不明者は71人。同庁は「暑い日が多かったため、体力の消耗が激しくて動けなくなった人が増えたのではないか」とみている。  2018年9月13日 時事通信


ゆるい計画で、景色を心に焼き付け、ゆったり休憩し、ゆっくり歩く、そうすれば山が豊かにみえてくる。逆に急かされれば景色も味わえず、山への情念は薄らぐ。じつに山は余裕が大事、情緒・情念にこれほど左右される『遊び』はない

例えば…北アルプスだが、公共交通機関の時刻どおりに皆が皆、動き出す。コースはオール野晒し、隠れようがない。とりわけ自分に有利な条件が揃うとは考えにくい。柔軟に対応しようとすれば、北アルプスの主峰奥穂高岳へは車で沢渡に入り、上高地へはタクシーで乗り入れる。初日に横尾山荘までアプローチしておけば、朝ごはん食べてからでも奥穂高に立てる。2泊目を岳沢小屋に泊まる計画を立てればゆっくり奥穂~前穂の稜線が味わえる。最後の穂高の宵を岳沢でしんみり味わい、朝のピンと張った空気の中を上高地に降りたいものだ。
東北には標高の低い1700m前後の嫋やかな山が多いが、しかし低山対策だからといって「未明」に歩き出す必要はないと考えている。早く行かなきゃ…って時間を気にすれば、本来の楽しさが半減するし、むしろ早朝に発って酷暑の中を「日帰りピークハント」でヤっつけることに問題がある酷暑を避けるために未明に発つのが東北の常識なら、九州であれば深夜発で早暁にピークに立ち?9時には下山しなくちゃならん(´艸`) 景色も眺めんとモクモク…ってw

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未明に発つことにより、睡眠不足が引き起こす体調不良や 焦る精神状態のほうが最悪 という今回のケーススタデイ。
不足分は”昼寝をすればいい”という対症処置を言ってるのではない。リーダーは「早く家を出ることが有効だ」という。でもこれは「夏の常套句」とは言えなくなった。むしろ「日帰り限定」で絶対的なピークハンター向けの限定句」だ。

「熱中症」「夏血栓」「虚血性疾患」「体調不良」、酷暑で死に至れば…自己責任論をかざすだけでは済まされない。
「あのとき止めていれば…」と一生悔いが残る、死亡事故の覚悟はできていたのだろうか?、炎天下であってもワンデイ踏破の愚挙を為したかったのか? パーティの異常に気づいてはいたが、山行を中止せず、ビバークにも入ろうとはせず、逆に復活・達成のミラクルを喜んだ??? 根拠もなく「過信」する「自分は大丈夫だ」…って? 死んだら終わり! まるで甘いっ!

登山」をスポーツとして捉え過ぎると自然界からしっぺ返しを食らいそう。
豊かな自然に立ち、今この瞬間を味わい人生を謳歌する…これが本来の登山の意義と考えるが、その一方 山に登る意義を忘れ「時間の虜」になって数をこなす傾向もある。「利便さ」とともに「philosophy」を失い…なぜ山に登るのか?の思考を停止または放棄したさらに最近、数値化して山を捉えるようになった。100、200、300とか? コースタイムより早いとか遅いとか? 日帰りでロングコースをヤっつけるとか?、何のためにか意味不明な「徹夜50km踏破」?、難易度や忍耐度などをネットに示し、出来た我が身を出来なかった第三者に誇示する…稚拙なヤマレコネット民の本音が透ける。(死亡事故をおこさないと愚行を批判する者もいないのか?最近のヤマレコネット民は。。。)




どこで研鑽を積んだか不明な中高年が、「ハンパない達成感だったぁ」…って┐(´ д` )┌ヤレヤレ 
結果オーライ登山」に問題点が隠れてしまったが、、、「達成感がハンパない」って?そんな独り善がりな満足と価値基準じゃ、パーティ全体の調子を推し量る裁量を持たない人と見做される。リーダー失格の発言だ。登山中に仲間が倒れた、その主因と反省を先にもたずに馬力登山でハンパない達成感を得た…とあっては情けない仲間と一緒に山を登る意味がわかっていない方のようだ。プロフによれば リーダーは「自称岳人」、記事によれば「自称登山家」だそうだが?山岳会経験者でないことはセルフレスキューの処置に入らなかったことでも直ぐにわかる。山頂を下り始めて何度も転んだ…というが、普通ならその時点で行動を止める。「自救力」を持ったパーティならそうするが シロウト登山の限界が浮き出た格好だ。

君に問う。なぜ”日帰り”という「旅のサイズ」を選んだのか?
それが君の「お手ごろサイズ」感、君の「人となり」がその「サイズ」を選ばせたということかな。実力に見合った『安全』策を選ぶとすれば、リーダーやメンバーを説得し、小屋泊りの登山計画を主張すべきだったんじゃないのか? 体調異変を発症した仲間のためにも何故それ(回避行動)ができなかったのだろう。 いつもの登山なら…たとえロングであっても優に達成できてるかもしれない…が、何度も転倒した仲間のために行動しうるのは君しかいなかったはず。

じつに「連れてって登山」は気楽だろう。。。「生き急ぐ中高年」たちの為に自分たちの若さの数時間を割いて付き合うのはなぜだろう、若い自分たちで切り開き、若い自分たちの登山を志向しないワケは何だろうと思ってしまう。僕からみれば25歳も若いのに、、、 単純に、登山にバラエティを持たせたかったのか?、ブログに「話題性」を載せたかった? 師事した写真の腕前も披露したい? フォトジェニックを追って目立ちたかった? でも チョット待てよ?、、、それって何のため??? 正しい答えは君以外、誰にもわからない。ここは冷静な判断ができるまで いつもの森に戻って「命」や「個」について深く考えたほうがいいのでは? いつもの森で鎮かに反省してはどうだろう 決心すれば 君のすべてが変わりうる。

いま解っていることは、ただ一つ。 このまま一人でハシャぐようなら 次は、大事故を招いてしまう ということだ。



山に登る、山を旅することは「philosophy」を持つことに通ずる
僕は学生時代から此のかた50年、山をピークで捉えたり、「日帰りで!」などと考えたことがない。何故って…山は単に登る行為だけではなく「心の旅」そのものと考えていたから…「旅する心」を念頭において登ってきたとも言いきれる。山に登る=山を旅することは「philosophy」を持つことと相通ずるだからこそ、長年培ってきた知性や理性を「極めてチープな馬力登山」に充てがわなかった。ましてや酷暑の中、思考回路が働かない登山などは論外としている。

つまり このケースは・・・重要な「インシデント」を含んでいるということ
結論から言えば、このような事象のために?警察や消防や遭対や僕ら山岳会が在るわけじゃないということを頭に入れておいてほしい。 此のケース、アクシデントには至らなかった。ブログに書き込みさえしなければ、誰にも知られることはなかった。ややもすれば有耶無耶にされてしまいがちの事象。まさしく赤坂 自民亭」だった。ここは是非 リーダーを始めパーティ関係者が集まって「インシデントを排するため」、酷暑登山についての鋭く突っ込んだ反省会を開いてもらいたいものだ。もう既に開催されたかもしれないけど。。。


中央アジア・『高山病で仲間を失った山岳会』元会員として警告するが、、、

「リーダーが見抜けないで いったい誰がソレを知ると言うんだ?」  (校了)









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by tabilogue2 | 2018-08-06 12:09 | mount | Trackback | Comments(7)

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夏も冬も「ソロ登山」が多いので「ココヘリ」の会員になりました。入会金3000円 年会費3650円です。「ココヘリ」子機(発信機)は…年会費を払えば無償で貸与されます(別途購入は10000円)。これで、今冬、家族も仲間も安心です まあ もっとも 本人がいちばん安心しておりますけどね。

私の場合、「コンパス」会員サイト(日本山岳ガイド協会)を開き、登山計画書に「ココヘリ会員 id 」を記入しています。(警察に計画書を提出する場合でも「ココヘリ会員 id 」を記入します)。登山の際に 発信機(子機)をonにして首から下げるか ザックに入れて登山します。発信機はフル充電で約3ヶ月間、発信し続けます。 電波は5kmほど飛ぶらしいです。
もしもの場合、家族から捜索要請があれば登山計画書に基づいてヘリコプターが飛び、ほぼ2km先から確実に電波を受信可能で、上空から「ココヘリ」発信電波を受信し位置を特定します。県警などに出動要請して ピンポイントで捜索/救助にあたるというシステマチックな 今どきの遭難救助・対策の流れです。

これからは「登るだけの登山者」であってはならず 登山者として社会的にあるべき立場を考え、「迷惑」を最小限に止どめてこそ「自由な登山者」と言えるんじゃないかな? 「ココヘリ」所持が「ソロ登山者のマナー」になるといいですね。

「ココヘリ」のサイトから抜粋
遭難者の捜索・救助活動において最も時間を要するのは「捜索活動」です。ここを短縮できれば、「72時間の壁」の前に発見でき、生存率は格段に向上します。携帯電話で救助ヘリを呼んでも、上空からでは要救助者の姿が確認できず、結局死亡してしまう事が少なくありません。この課題を、「ココヘリ」が解決します。携帯電波を利用する「GPS発信機」は山間部などでは役に立たちません。「ビーコン」は数十メートルの距離(50m前後)しか電波が届きません。ヒトココは、雪による電波干渉にも強い900MHzの周波数帯の電波を自ら発信・受信するシステムなので、苛酷な自然環境の中にあっても遭難者をピンポイントで、短時間で発見することができるのです。警察・消防が捜索実験を行い導入しているという実績からも明らか

雪山で遭難した場合 「遺体」が発見されるまでの間は?
●失踪扱い
●死亡認定が下りるまで7年間、ご家族は生命保険金を受け取ることができません
●そればかりか、7年後まで掛け金を支払い続ける必要があります。
●住宅ローンも認定が下りるまで死亡による債務弁済は7年間適用されません
●長期間会社を無断欠勤扱い
●無断欠勤を理由に解雇
退職金が支払われないケースがほとんどです。

不足すると考えられる点
Compass や YAMAP、ヤマレコ など各ネット計画書と「ココヘリ側のキックで」統一データベースとして「ネット計画書」が管理できないものか? 人為的に通報が遅れた場合には ココ(通報者と第一通報経過時間)が問題になりそうです。代わりに 警察地域課が各サイトの計画書を包括的に掌握するのかどうか? 将来的にタッグの組み方というのかな?そこが解決すれば 有効度が今以上に上がると思われます。といいますのも、現状では、家族がネットを開けない場合は紙ベースの計画書をみて捜索依頼をかける…というのが、いまいち???これが 此のシステムのネックになるのではないか?と思っております。



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Jro会員はココヘリ入会の特典サービスが受けられます
Jroのサイトはこちら・・・"https://www.sangakujro.com/cocoheli/"














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by tabilogue2 | 2018-07-27 13:27 | mount | Trackback | Comments(9)

安全祈願登拝 薬莱山

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山頂稜線、南峰に抜け出る!青空が見える!





「船形山のブナを守る会」
29年度最後の例会に参加してきた
 
「加美富士」、薬莱山だ。
薬師如来が祀られている山である。








薬莱山は 初めて登る山。

里山なので…、「とっておきの山」の部類に入れており 
70歳になったら…と 実現の頃合いを伺っていた。

そういう点では 今回の薬莱山初登山は貴重な意味合いを持つ。
今後の「里山登山」を占うには いい試金石となった。


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この山が 「ブナの会」新年登山に4年連続選定なされてきたのには 
なにか特別の訳でもあるのだろうか。

本日さすがにこの山に向かえば、裾野を大崎耕野に向けて大きく拡げ 
大きな山容を持ち上げる。。。
北隣り 宮崎地区から見上げるのが最も美しいと、、、 自分は思っているが。。。



アチコチの里山をたくさん観てはきているが 登ってみたいと欲する山はなく
そもそも宮城県で里山が大きいと思わせるほどのものは 何一つない。
しかしこの里山は 
全容は中新田町からずんずん近づくに連れ 視界からはみ出すほど。
なかなかのスケール感だった さすが「加美富士」と呼ばれるだけの山だ。

・・・というのがこの山の印象である。


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南峰へ向かう




泣く子も黙る…と言われるほどの県北古川の伝統ある山岳会、
「雪沓(ズンベ)山の会」と「古川どっぽ山の会」の旧メンバーさんたち
山で行き会った方々も「どっぽ」のメンバーさん5名、、、?
山を十二分に知り尽くした大人たちである。

雨でも、雪でも、嵐でも、、、経験に裏打ちされた人間のもつ安定感が感じられる。
共通の「匂い」めいたものがある…不動の落ち着き。


山に登っては、せっせとブログに写真をアップし余韻に浸る…「町場の老人」たちとは大違い。
失礼かもしれないが しかし まんざら言い過ぎでもないだろう。当たっているはずだ。

それにしても皆さんお若い 
若造小娘たちばかり30人ほどで 白い山頂付近は埋まった。

正月に一人も落ちこぼれなく登山できたことは
大いに喜びたいところである。

万年青年萬歳

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南峰から北峰を見る。今日のリーダー氏は「素手」に金剛棒、さすがに”産土の人”だ。



新年に 山に登る・・・

昔の人はどんな気持ちで 新年の山に向かったのだろう? 
けして山、自然を侮らず 自分の力量をその一歩に確かめ 
歩みを高まらせたに違いないのだが 、、、

信心深さという点で 現代人とはどれほどの違いがあるというのだろう?
祈るという点で 昔人との「差」など認められるんだろうか? 
それほど現代人も 厄介な世の中で暮らしているわけだから。。。


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”世界農業遺産”「大崎耕土」



さらに この山頂から眺める”世界農業遺産”「大崎耕土」の雄大さ 
登れば、眼下の広がりにすっかり感銘を受けることになるだろう。
それはそれは素晴らしい天然の耕野と居久根を配した散居村との調和だった。

じつは この感動を得るための登路であったということを
山頂に立って 眺めて しみじみ窺い知ることとなるのである。

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北峰山頂でランチ 北は西小野田から宮崎方面か?



 自分は不埒者なので
500mという標高を ハナから小馬鹿にしていたフシがあった。

今日の登りで700段という登拝路を持つこの山に 
大いなる畏敬の念を抱いて かえることになった。
”世界農業遺産”を眺め降ろす山・・・つまり、小バカにできない山ということ。
「初めての山」=「新発見の楽しみ」というのもある。

言い換えれば 次からの登山は「登る覚悟」もさらにグッと深まるというもの。
何事も侮ってかかってはイケナイということだろう。新年にあたり いい教訓を得た。
帰り足は北峰から派生する北東陵。標高点374を経てゲレンデ北部に下りた。
そこで反省会をする。 

モミジの枝に高貴な繭が一房 春の陽光に揺れていた。

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古代、この緑の繭を集め 「機織りもの」に献上したという



次回は2月4日の「世話人会」、、、これに私も招かれている。お餅が出るそうな
杵と臼とで餅搗きをするそうで 三本木の餅米で搗いた縁起物の振る舞い餅を味わい戴きたい(´艸`)

記念講演もあり、36年という会の歴史を史資料を通して学んでこようと思う
大和町のチバさんの「船形山探検」講演もあるというから 聞き洩らしができないか?

さて、30年度の計画について 希望する「観察コース」を出さねばならんが… 
ブナ林のきれいな所を県内から数ヶ所 それと 皆さんと花を楽しめるところを数ヶ所 
船形山山系を数ヶ所、、、など リストアップしなければいけない。

3月 南面白山ブナ二次林・かんじき踏破
 船形山系「御堂森」 もしくは荒雄岳
5月 ブナの巨木がある笹谷葡萄沢から雁戸山 
 伐採から逃れた大東岳 大行沢から北石橋  
7月 秋ノ宮温泉から神室山とキヌガサソウ群落 
 層雲峡の沢登り(大沢小屋まで)
9月 太さに度肝を抜かれる針生平の電柱ブナ
10月 船形山頂小屋薪荷揚げ
11月 冬枯れ山行 ハゲ禿の小鏑山か 大鏑山か?
正月 まだ わからない
 こんなところだろうか?


YMCA山岳会時代、「ブナを守る会」活動に参加していた。1991年前後の3年ほどのこと。
「中曽根リゾート法」が行き詰まりスキー場・リゾートの乱開発で山や村が荒れ バブルが消えトマム、シーガイヤが潰れ 
ついに97年、大きな赤字との引換えに「林野庁解体」が叫ばれ、古来の林野行政がトドメを刺され「死んだ」。

つまり「90年代」はバブル崩壊の国、国家が「日本国土の営林事業を放棄」した年代でもある。
それらの多くが「船形山のブナを守る会」の設立・活動・背景とに時期(乱開発から営林放棄まで)を合致させる。


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桜並木の登拝路 右手は薬莱山スキー場





昨年3月、初めて「ブナを守る会」の自然観察会に参加し その時の感想をしたためておいた。
「初心忘るべからず』の教訓を思い起こしながら 行事に参加してゆこうと思った次第で 
忘れる前にここに記し 思いを新たにもち 2年目も自然観察会に参加したいと思う。

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今日は北泉ヶ岳山頂のランチタイムまでは風もなく日差しもあり 良い天気。
観察会(山行)は知的な説明が付加され「カルチャー教室」さながらのアカデミックな内容が盛られていた。
なかなか他では味わえない山の奥深さを「言葉として学べた」ことで有意義な一日だった。

ソロ山行の身にとって「観察会」という「人様の言葉が耳にできる」ほどありがたいことはない。
長年山に登ってはいても「山を知る、深く識る」という点で自分の登山スタイルはどうであったろうか?
という見返りの機会にもなった。

「山を識る目」を持つことが 山に関わる見方、見識を深め、豊かな味わいにしてくれる…こと、
それと社会問題にも参画する意志を養うことが 将来的に「社会的価値」として表出するはず。

30年前に”ブナを守る”という命題に取り組んだ先輩たちが居られたという事実、
今もこうして和やかに森の観察会を継続しておられるという事実とが 
30年経ても曇りのない「社会的価値」を具体的に表しているのである…ということも、、、
今日の観察会の感想として付け加えておこう。

つまりは「登山を私的な楽しみとして捉えている」うちは
”社会的にかかわっている人間” としてはまだまだ「稚拙の域を出ない」ということでもあるのかな。
つまり餓鬼なのである(´艸`)

「山が好きな人=登山行為が好きな人」と限定的に評価されてしまいがち。
そこを一歩飛び出るには 自然観察、歴史、草木、地質などの視点などにより
副次的な「生活にかかわる教養」を身につけることが大事で、
必要とあらば 「社会的行動の意志を伴う」ことも知らねばならないよ 
と「守る会」の先輩諸氏は語っておられるのだろう。



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by tabilogue2 | 2018-01-21 21:31 | mount | Trackback | Comments(2)

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新年 明けまして おめでとうございます。
 本年も よろしくお願いいたします。 


今正月は年末から松が明けるまで家事に専念。「主夫業」というか「終活」、人生一度キリ!どっちが早く逝くかなんて誰にもわからない。 老いても「主夫」として自活する方向で!「 いつ逝くの? 今でしょ!」って?そんなのわからんw けど・・・準備だけはしとこぅ ( ´艸`) 先を見て、掃除・洗濯・炊事、なんでもこなし、「自活」をテーマに暮らし、山遊びもしよう、本も読もう。。。死に際に往生際が悪いのだけは「恥」と思って 今のうちにやれることはヤッて「老い」を生きよう。

健康なうちに「終活」ヤッておかないとネ (´艸`)  お陰さまで、正月にやってきた孫たちにはミートソースとカボチャ入りクリームシチューを作ってあげることができたし 娘たちには福島の味であるイカニンジンと田舎風味の白菜漬けを食卓に出し 福島の”ふるさと”の話題にもなった。被曝の話もしたし補償打ち切り問題もした。大事なことを娘や旦那さんたちに伝えていかないとね。立ち消えになっちゃう。

年越し蕎麦もオヤジの役目に定着、17年?になる。大根おろしを摺ってきざみ葱とワサビを用意し、茹で上げた蕎麦を冷水にガンガン晒して、水切りしたら一口大にくるくるっと捲いて大皿に盛る。くるくるくるっと大皿にたくさんの渦巻きを眺めながら蕎麦を戴くのが当家流。孫のウケがいい(´艸`)。蕎麦は大久製麺「さらしな蕎麦」と17年前の「月山正月合宿」食当で年越しそばを合宿メンバーに提供して以来ずうっとソレだ。仲間のウケが良かったのだ。

今年に限っては次女の縁戚から戴いた「七ツ森蕎麦」に変えた。芯粉で打ったきれいな蕎麦だった、タレもおいしいし、蕎麦湯もきれいに白濁した。でもよくよく考えてみると…家族が集まる年夜の晩ぐらいは「定石通り」「定番」「保守」でなくちゃいけなかったのかもなぁ(´艸`) 世の中あまりに変化し過ぎるから…、こういう団欒にこそ定番が一番、「安心」が味わえるのだと思う。
 
じつは・・・先日、七十の手習いって言うか?調理能力UPのため生まれて初めて”天ぷら”を揚げたノ(;´・ω・)あぁキンチョーした。ネットで粉の溶き方 冷水 溶きすぎない 具材の厚さ 油温 油とり紙 下味つけ などを学んで速攻で実技に挑んでみた。実際、、、野菜かき揚げの具材を天ぷら鍋に投入したら 揚げている最中に天ぷらの具材が勝手に散り散りになってしまった。で、四方八方に散ったニンジンとゴボウを集めて、それに溶いた玉ネギを乗っけて、集めて乗っけてまとめて、集めて乗っけてまとめて…を繰り返すハメにw、かき揚げならぬ「かき集め揚げ」になってしまったw どーしてこーなるの!?(。´・ω・)??? 台所の換気扇に向かい声を大にして叫びたかったぁ(´;ω;`)ナキ

クックパッドには何故?どうして?の答は書かれていない…てことは、これって「暗黙知」なんだろなぁ。 天ぷら用の「網お玉?」を使えば簡単らしい。でもまあ自分評価で1回目にしては上出来、あとは「経験知」を上げればいいと思ってみた(´艸`) ジコマン 

昨年から始めた「終活」で料理の下準備・下ごしらえが板についてきているからだと思うが、段取りなんかはパパッとできるようになった・・・それが料理が上手くいってる主因だと勝手に思っているが( `ー´)ノジガジサン。 粉を溶きすぎない 冷水で溶く 油温 具材の厚さ この4項目さえきちんとできれば油温180℃で揚げる上では何の問題もない ( ̄ー ̄) ホントカ? いつの日にか「終活料理」をネットに特集したいものだw「インスタ映え」を狙えるようになったらブログにアップしてやろw ”毎日おりょーり楽しんでるわー” とでもペイントで吹き出し…しよっと「終活いかが?」っともw。真実は常に「真逆」だ(´艸`)(キャラ弁はやり過ぎだと思うけどなぁ 本音)

家伝にしん昆布巻 家伝にしん山椒漬 人参シリシリ いかにんじん スライスニンジンのレモン和え キュウリ・玉ねぎ・大根クスクス各種サラダ&ソース各種 ジャガ芋ニョッキ・かぼちゃシチュー じゃがいも・挽肉・ベーコン炒め 肉野菜炒め レバニラ炒め なす・挽肉炒め 野菜カレー 甘塩鮭シチュー ビーフン・野菜炒め キャベツ回鍋肉 キャベツコールスロー(極細) せり鍋 タラ鍋 鍋各種 ポークジンジャー ハンバーグ ミートソース たらこスパ スープスパ各種 玉子焼き ベーコンエッグ 蕪漬け 白菜漬け キンピラゴボウ お出汁 味噌汁 吸い物 麸椀もの 魚の下処理(鰯・鯵の開き 鯖三枚おろし 鰈の五枚下ろし) 刺身各種 それに天ぷら・・・

昨年一年やり抜いた「終活」のお陰で(料理とは言い難いが)単品で30品は作れるようになった。山料理とラーメンの具、肉野菜炒めと焼ソバ・うどん、ミートソース…ぐらいしか作れなかった30歳の頃に比べたら雲泥の差、進化だ。「やろう!できる!」の合言葉通りとなった。これ以上は言わないwww にしても 女性というのは普通にこれらをチャッチャと料理しちゃってるわけだから大したもの。その腕を持ってして男の一人や二人を料理するのは、朝飯前・・・か?www

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  1. かぼちゃクリームシチューと海老入りニョッキ


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さてと、、、ここから 今日の問題だ。耳が痛いだろうけど、ちょいと聞いとくれ。

●アマチュア趣味とプロ、、、自分を売り込むためにネットを利用しようとする。その為に交際範囲を広くし、カテゴリーも山や花に特化し自己アピールに余念がない。行きつく先…は「独立願望」「コラム執筆」「企画プロデュース」「物販営業」など…ネットで身を立てるという目論見。でも余りに見え過ぎてしまうとモヤっとする。周囲は「趣味の友」として親しくしていたわけだが、本人は次の人生目標に向かい「今」を踏台にしてサッと飛び立つ。「趣味の相関図」を「商いの相関図」へと塗り替え新たな人脈を構築しようと明日へステップする。もう「趣味」という護符はつかえない。

●仮想社会の眩みに陥る、、、社会生活をある程度犠牲にしないと趣味は成就しないもの…、ただ、ソレのために仕事や家庭を放棄もしくは蓋をし、「できる自分」で居たがるのも困ったもの。実生活から乖離したネット社会で「理想的な暮らしの中にいる」「趣味を満喫する」「チャレンジする」姿をアピールしたがる。しかし読者側にすれば「真実は正反対に潜むもの」と達観する。だが、そうであっても今日も虚構を盛ろうとする・・・裏側の透かし彫りがさらに深まる。

●中高年の”パターン化”、、、2003年に”ホームページ”を始めてから15年。車趣味の集まり「泉ヶ岳ミーティング」HTML形式ホムペ以来…ネット歴は長い部類になるのかな。それだけ色んな人達を百人単位で見てきたことになる。車関係では若者たちの多様な志向を知ったし、”2ちゃんねる祭り”というネット内騒動も処置してきた。山関係では中高年の画一的な金太郎飴に出くわし、ネットを開けば中高年のパターン化された「人間模様」が間断なく寄せてくることに気づく。ここいらで…ネットに支配された思考や生活を停止しよう…と思うほど。

●仮面を被って、、、「他を意識した」自分があって、「他にウケの良い」写真や、当たり障りのない論調にうんざりする。本音が裏に押し隠され、代わりに「虚構」が表に押し出される風潮。他を「意識している」、他に「観られている」、他に「嫌われたくない」、、、そんな自分が書き綴った意味のない「仮面」たちのブログ。 それじゃぁ 反対に考えるとどうなるのだろうか?…「素の自分」が内外面に起きている事実を書く、それをどう思うかもキチンと意見を書き添える…となる。この辺が気になり当ブログも暫時休憩…点検中だ。 結局「軟弱さが身を守る」とでも人生訓を得ているのだろうか。

●主客逆転生活、、、 ネットのために、ブログネタのために、山に登っているわけじゃないだろう?耳が痛いか?w が、ココを主客転倒するケースが増えてるんじゃないのかな?皆さんはいかが?一概に否定もできない?(´▽`*) 普通に自分の生活圏をとらえると、この冬空にそんなにそんなに「事件」は起こっていないと思うが、違う?w いや? 無理して起こそうと努力してるんだったね君は。ブログネタのために三日に上げず山に登ってるんだから。 

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まだ今年も、、、里山を歩かないつもり 

今まで此の方、「里山を歩く」という概念を自分は持ちあわせてこなかった。学生時代から「山岳指向」で今もって頭の中は、標高でいえば4桁以上(出羽丘陵など例外はあるが)、高低差なら00m以上、時間で言うなら登り2時間以上。それが自分にとっての「山岳」基準であり、それ以下は意に沿わなかった。いわゆる「山の深さ」を尺度にあてがっていた。その尺度以下を「山」と称する感覚が自分には「ない」。

福島育ちだからか、学生時代から山はキスリング担いで「飯豊、朝日、吾妻…縦走一本」だった。社会人になってからも南会津の雪山だったし、仙台では「沢登り」ばかりで、里山といえば泉ヶ岳ぐらいだったろう(泉ヶ岳は奥山に分けられるけど)。逆に…僕にとっての里山は「焚き付けを拾う裏山」。その焚き付けでさえ「山止め」を決めて「山のくち」まで入山できなかったもんだが。里山はそもそも歩く対象になかった。他家の裏山でもどこでも歩くといった今の風潮がとても不思議だ(笑)そのうちイノシシの罠に人間がかかるんだろう。

幸か不幸か 体力的に登れるうちは「山岳指向」でいたい。今でもそう誓ってる。飯豊、朝日、南会津…のテント山行が主体、小屋泊まりも多くなる。朝晩の「空気感」を身に着けずに、「公然と山に登ってきた」とは言い難かった。生まれたときから山が深かったので 山での野営は違和感なしむしろ必然だ。逆にそれができなくなった時、「自分の山」という概念を捨て去ろうと思っていた。その頃からでも里山を歩き始めようか?スポーツ登山をして汗をかこうか?と思っている。

しかしそうは云っても いつまでも「自分の山」に未練タラタラ…ってのが一番よくない 一応、わかってはいる(´艸`) 


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晩酌の供 チンピラゴンボw





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by tabilogue2 | 2018-01-08 20:00 | mount | Trackback | Comments(0)

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大日岳



年金受給者になってから山行総括を毎年書いてきたが ブレないように毎年同じ観点で自分の登山行為を観てきた… 建てた目標に対して結果はどうであったか?、反省をどのように活かしてきたか?、ブレないと宣言しつ結果が伴ったか?など。以下、読んでいくうちに僕の意図とその変化 肉体的な欠陥と挑めない弱さなどが綴られ 高齢ながらも面白い「自分録」と思っている。半世紀という登山歴の中で、30歳中半から毎年総括をするというのは、数年まとめて最後の年に一度だけの「美化された思い出を語る」総括で済ませるのとはワケが違う肉体的、精神的に毎年の変化がわかるので脚色のしようがない「素」な自分が観察できて面白いのだ。この4年、肉体的な後退をカバーするかのように「精神的な強がりが自分を山に向かわせている」というのがわかる。

年初に、登山する山を月別に公表し 毎月それを達成してゆく」、その年に敢行できなかった山行計画は翌年、翌々年に必ず実行している、いったん計画したものは貫徹するという”頑固”というか”しつこさ”は自分らしいw。おかげで、この4年間「宣言した150ほどの山行計画で未遂は10コースだけ」になった。宣言>公開>実行なんて「頑固」じゃないとできないもの。日常生活はだらしなさの権化だけどねwww 願わくは「同人組織」があって少数の仲間さえいればもっと面白い最後の数年になったであろう…と思われるが しかし「山は寡黙に限る」というのも自分らしい言葉なので今の環境的にはベストな記録だと思っている(´艸`) 



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寒江山と 二ツ石尾根



2014
総括するのはまだ早いのだけれども かといって じゃあ 年末ならできるのか?なんて自問すれば答えも出せないので、今のうちに今年の総括をしておこうと思う。

勤務が役職とともに責任が重くなり、激務の毎日に山には行かなくなって(山岳会を辞めて) 早や15年が過ぎようとしている。その間、もともと好きだった車趣味に身を置き それに10年費やし「仙台泉ヶ岳ミーティング継続開催」と「仙台ヒストリック&クラシックカーミーティング」というイベントを主催してきた。今 それらも後進に任せ、ようやく自分だけの山歩きを再開して今年で2年目となる。

先に概括すれば、特に気負うことなく今年は歩きとおせたと思う。よくありがちな?、ただ なんとなくパスしたり、日常に流されたり、かまけたり、途中で投げ出したり、、、悪い事例がたくさんある中でw 、年間計画を立てて、わざわざそれを公開して、自分で自分を縛り付けて一年を歩きとおさせた。やると決めたらやる、意地っ張りなのでほぼ貫徹できたと思っている。

アチコチの山を登る歳でもないし、横っ飛びに名山を追いかける男でもないのでw、過去に沢ヤで蓄えた中から「朝日」と「神室」と「南会津」とを選び、それらをテーマに、同じ山を登山口を変えながら また季節を変えながら登ってきた。それが最も自分らしい登り方だと思っていた。特に 秋山に関しては 山岳会時代もことさら時間をかけて計画を組んだわけでもないので 今年ほどブナ林の黄葉を眺めた時はないといった感想を持つ。

反省もある・・・、今年は2年目だから容認するけど(笑)、、、来年からは もっと幕営山行を増やさないと真の「山」は味わえない。じゃないと「山での生活技術」のスキルが上がったとはいい難い。小屋泊まりにせよ 幕営にせよ、ソロ山行には「装備重量」「食事量目」「対孤独感」も含めて「自身の耐久性能を上げる」ことは絶対・必要条件だ。 その点が気掛かり、自分の健康具合とも要相談だがいい山を目指すなら「体力増強」「自己完結」は必須だ。

◆今年登った山? (延べ 31日)
宮城の山・・・ 泉ヶ岳(2) 二口(2) 蔵王(1)
山形の山・・・ 置賜駒(2) 面白山(1) 神室連峰(5) 朝日連峰(9)
福島の山・・・ 安達太良山(1) 三岩(2) 会津駒(2)
岩手の山・・・ 焼石(1) 和賀(1)
秋田の山・・・ 秋田駒(2)

◆今年の目標 1・・・毎月、2つ登る!
23回 延31日だから ほぼ達成できたと思う
来年は月2回ペース 日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 延36日ほどを実現実行したい

◆今年の目標 2・・・山中泊で!
8回  ほぼ達成できたと思う (小屋泊4・幕営4・車中泊0・焚火1)
来年は 焚火ができる幕営山行ルートを考える(例:角楢ベース。沢内-和賀川幕営-和賀岳)

◆今年の目標 3・・・山域を絞って!
計画通り 朝日と神室に集中できた。
来年は 朝日(小屋泊) 飯豊(小屋泊) 南会津(幕営) 裏岩手(小屋泊) 神室&二口
花・・・和賀、焼石、鳥海、月山、
夏・・・朝日、平ヶ岳、三ッ岩、  
秋・・・飯豊、裏岩手、二口、神室 
雪・・・泉ヶ岳、船形

◆残雪期
7回 ( 30%)
*冬場は車がなかったので バスと電車利用で山に行った (w)
来年は トレーニングとして位置付け、泉ヶ岳の冬季幕営も考慮する

◆いけなかった山
朳差、裏岩手、平ヶ岳、月山、吾妻谷地平小屋泊、
単独で移動距離が長いというのは けっこう厳しい
来年は 朳差~門内(3泊)、裏岩手(2泊)、平ヶ岳(幕営)、谷地平小屋(泊)で

◆歩けなかったコース
角楢-蛇引-祝瓶循環、
これは あの事故さえなければ 下見だけでもできたはずw
来年は 角楢ベースで試登後、赤鼻幕営での循環ルート

◆初体験・・・チャレンジ!
沢内から和賀岳、朝日山毛欅峠、会津駒の小屋泊り
来年は 飯豊北部(二王子、朳差)、門内小屋管理人訪問

◆山料理・・・野菜中心のパターン化!
今年の定番 ( グリーンカレー、ミネストローネ、肉うどん、ちばき屋ラーメン)
来年は 節水パスタに挑戦

◆紀行文は・・・冬に書く。 南会津になるかな・・・?

陽だまりハイキング?と称して初冬の二口山塊を あと2回登るだけになってしまったが、、、こんな風に、今年の振り返りができること、自分として貫徹できたことを 素直に嬉しく思っている。今年行けなかった山は 来年必ずフォローするつもり。

もともとの再開動機が「健康管理」だったので、結果、体重も68kgと現役時代のベストに落着き、血圧も120以下にぐっと下がったし、血液検査では血糖値120以下、中性脂肪も95・・・と尿酸値以外はなかなかの数値なので これを良いことに来年も山登りを続けたいと思う。アルコールを辞めるのは 死ね!と言われたも同じ、どだい無理な話なので尿酸値は当分よくならないと思う。循環器科医に 「晩酌は一日どれくらいですか?」と質問され 「い、一本です」と嘘をつくのは止めようと思う(爆) この冬から「水曜休肝日」を確実に実行する。


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神室連峰八森山

賑やかな夏がすっかり終わって この秋も初冬の様相だ
山にかかわった仲間も静かに 山との関わりを見つめなおしている
秋の山は思考の場、山への思いを じっくりと友に語ってみよう!



2015
早いもので 今年も総括する時期に・・・。夏山再開5年目、雪山再開3年目。

① 概括
今年はサンデー毎日の恩恵で 登山計画は余裕でこなせた。
快晴で気持ちの充実したときに山行すれば良いので とても楽ちんだった。
② 天候
雨の日に歩いたのは1日だけ。小屋泊まりの翌日が雨という結果的なもの。
40日の登山日数のうち 39日は曇りか晴れの天気だった。
③ テント(泊)
山に親しむことが出来た。小屋泊まりも平日なので余裕だった。
山岳テントを新調した。テントを担いで…どこかへ!夢想中。 徘徊老人じゃないよ(笑)
④ 好みの山域
絞れてきた。初登で神経を使ったのは「飯豊北部」のみだった。
・今年は「朝日」「飯豊北部」「南会津」「裏岩手」を選び、登ってきた。
・同じ山を登山口や季節を変え 2年続けて登ってきた。このメリットは大きい。
・来年も同じ山域で、テント携行・・・、それが自分らしい登山スタイルだと思っている。
・アチコチの山に登ることはしない。経験値のない山は下調べが複雑になる。
・横っ飛びに名山を追いかけることはしない。それは 自分の性格に合わないから・・・。
・1000m以下の山には登らない(無雪期)。もっと年老いてからでも里山なら間に合う。
⑤ 年間計画
計画を立て、公開して自分を縛り、一年を歩きとおせた。
昨年同様、やると決めたらやる!、計画は ほぼ貫徹できたと思っている。
⑥ 反省
もっと幕営山行を増やさないと 真の「山」は味わえない。
小屋泊まりにせよ幕営にせよ、ソロ山行には「装備重量」「食事量目」「対孤独感」も含め
高年齢なりに「耐久性能を上げる」ことは絶対・必要条件。自己の 限界を知って、維持すること。
⑦ 課題として・・・
古巣YMCA山岳会に戻らずに、「中高年の山歩きの会」に入会しようかな?と思うことがあった。
移動に単独行の限界を感じる。さらに縦走計画ができないなど 配車、長距離運転に問題が多々。
「互いに」学習したり技術を高め合ったり 「共同で」訓練したり合宿したり 何かと楽しそうだ。
⑧ 山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 42日)
宮城の山・・・ 泉ヶ岳(2) 二口(5) 蔵王(2)栗駒(1)
山形の山・・・ 栗子(2)面白山(5) 神室連峰(1) 朝日連峰(7)飯豊連峰(4)葉山(1)月山(3)
福島の山・・・ 吾妻(1)安達太良山(1) 尾瀬(4)*燧ヶ岳回避!
岩手の山・・・ 焼石(1)
秋田の山・・・ 秋田駒(2)*噴煙忌避!
◆今年の目標 1・・・毎月、2つ登る!
ほぼできた
延べ42日
◆今年の目標 2・・・山中泊で!
ほぼできた
山中泊 10日・・・小屋泊8(食事つき小屋2)・幕営2・車中泊0・焚火泊0
山岳テントを新調した! これが大きい前泊の要因
◆今年の目標 3・・・山域を絞って!
ほぼできた 
朝日(小屋泊) 飯豊(小屋泊) 南会津(幕営) 裏岩手(小屋泊) 
神室&二口(日帰り)
◆残雪期
7回 *冬は車がない。JR仙山線で面白山・市営バスで泉ヶ岳に通った 来年も同じ
◆いけなかった山
平ヶ岳、吾妻・谷地平小屋泊、
◆歩けなかったコース
角楢ベース、赤鼻幕営での循環ルート
◆連泊縦走
飯豊での2泊以上 できた
朝日での2泊以上 できなかった(大鳥池小屋に行けなかった)
裏岩手の2泊以上 できなかった(八瀬森小屋に行けなかった)
◆初体験・・・飯豊北部(足ノ松尾根・新潟からのアプローチ)
◆山料理・・・
今年の定番 ( グリーンカレー、ミネストローネ、肉うどん、ミートソース、ラーメン)
来年は 晩秋に鍋
◆紀行文は・・・今年も秋・冬に書く。
活字を読む! 長文を忍耐強く完璧に読破する! 
奥会津の日常生活・暮らし向きを学ぶ・・・「会津学」
写真 もっとスナップする! 山ばかりじゃダメ、「暮らし向き」も撮る!
⑨「健康管理」
体重 68kgと現役時代のベストに戻った。血圧 120前後になった
血液検査では血糖値が 110、HbA1c指標が 5.7%・・・と良い数値(2ヶ月毎の循環器科定期健診)
今年は大酒を飲む機会がなかった(サラリーマン勤めを辞め ストレスがないから?)
「週一休肝日」を継続する(来年は休肝日週3、できて当たり前!になる)
* 煙草は60歳の誕生日に禁煙を誓い 翌日から止めた。 一本も喫わずに5年になる。
⑩来年の山
花・・・鳥海、田代・帝釈、秋田駒 (田代山と鳥海の萬助小屋が楽しみ)
夏・・・以東小屋、東俣-朳差、平ヶ岳、三ッ岩-窓明 (以東小屋の建て替えが楽しみ) 
秋・・・朝日、飯豊、裏岩手、新庄神室、会津駒、燧ヶ岳 (縦走が楽しみ)
雪・・・泉ヶ岳、面白山、栗子-七ツ森 (今冬も面白山だwww)
来年も月2回ペース 日帰り(12日)泊まり(24日) 延36日ほど計画する
沢登りを4回 目標は二口本流の沢、出羽丘陵・中野俣峡谷の沢(甘かった)
⑪来年の小屋泊・テン泊
飯豊北部・朳差~門内、朝日縦走・酒田-左沢♨、裏岩手(2泊)、平ヶ岳(2泊)、谷地平小屋(泊)
⑫18歳から
山を登り始めて・・・もはや 47年か。。。語れるほどの山、そんな年齢になった ということかな。皆さんが今味わってる事、今感激してる事・・・は とうに味わってきた。子供でも歩ける「安全な北ア」は毎年夏休みに登ってきた。未達は五竜-鹿島、烏帽子-針ノ木-赤沢。山岳会で沢も雪山も人並みに登ってきた。夏道なら今後70歳まで、と思っている。そこから先は「里山歩き」「電車の旅」「会津の暮らしを尋ねる旅」、、、農家民泊で。
⑬車関係
意図して遠ざかりつつあるのだけれども・・・その意図を誰が知りえているかは謎。「心の問題」なので時々変化する(笑)  後輩が自覚しないことにはダメかも。。。
それと、レースもしない サーキットも走らなくなっているのに・・・いつまでも 車、車、と騒いでも 自分にとっては意味がないように思えてきた。
車という「文明の利器」とつきあってきたが、根本の「文化」を理解するということが車世界にはない。戦争という「文明の果て」を考えるといった「根本的なこと」が 車の世界にはない。戦争のために車という乗り物が研究され発展してきたにもかかわらず である。
それは文明との付き合いでしかなく 悪く言えば「旧車の持ってる価値」とつきあっているようなもの。もう限界かもね。原付のボロカブを弄っている方が よほど楽しいと個人的には思う。
⑬写真関係
今年は 真面目に撮らなかった!と言える。Nikon F3を一度持ち出しただけ。ほとんど Fujifilmのミラーレス一眼で済ませた。「カメラも軽量化」に完全に移行した。重いレンズ抱えて山に登っても疲れるだけ・・・、軽いカメラが一番! つくづくそう思う。


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宮城蔵王 ロバの耳岩(火成岩のピーク)、尾根を流れ出た「エプロンシート」



2016
① 概括
今年で夏山登山を再開して6年目、雪山を再開して4年目となった。昨年と変わったところは、かつて現役時代を思い出しながら「沢登り」を再開したこと(今夏は4回のみ)、対象となる山域を絞り込んだこと この2点が特徴的だ。また 沢登りのおかげで、だいぶ夏山を味わう身に変化が生じた。例えば 遠くより近くの山に通う頻度が多くなったことなんかは、「沢登りの本質」を知りえていることから来るものだろう。 つまり沢登りはピークを求めない山登りであること、沢を登ること自体が楽しいスポーツであるということだ。 

それともう一つ 山行形態に変化があり、「グループ山行」を2回経験したことがあげられる。 昨年、「中高年の山歩きの会」に入会しようか・・・?と思い悩んだのだが今年はその門戸をたたいてみた。お世話になる先は「山クラブ KAMURO」という沢登りと夏道歩きと山スキーをされている仙台のクラブ。11月からの参加で まだ2回の体験だが、今後は同年代 同世代の気楽さが得られるかと思っている。当面 沢登りが中心の参加になるのだろうけど、夏道も含めての本格的活動参加は来年後半からに・・・なるかな? (やり残している課題があるので在籍1年でKAMUROを退会した。 KAMUROでの沢は1回のみ)

それと、単独では車移動に限界を感じるようになったことや、「縦走」ができない、配車・長距離運転に問題が多々表面化してきたこと、歩行バランスの悪さに少し対策を講じたいこと などが入会の動機。

一時、古巣の山岳会に戻ろうか?とも考えたが、かつて私が在籍していた当時と比較し、会は「志し」もだいぶ違ってきているようなので、ゆくゆくソロになるのが目に見えていることが躊躇の原因で 古巣復帰は辞めた。YMCA山岳会は仙台の「沢ヤ集団」として(同人組織のような?)一筋通った山岳会、のこのこ出しゃばるよりも OBはOBのままでいたほうが現役にとっても良いだろうから。。。

山の捉え方、目標の持ち方、自分の山、山行スタイル・・・などについては 過去において数篇、このブログに書き記してきているので 特に「総括」として考えを書き記すことをしなかった。昨年同様、「概括」で済ませるつもり。

② 天候
今年も雨の日に歩いたのは1日だけ。小屋泊の翌日が雨という結果的なもの。
40日の登山日数のうち 1日が雨降りだった。
③ 山中泊
前泊を含めて「山行日程」に余裕ができ 山に親しむことが出来た。平日で余裕だった。
休日の山行用に「自立式」のツェルトを新調した。小屋が混んでも、風雨でも、ツェルトがあれば安心だから。
④ 好みの山域
今年は 鳥海山に8日、朝日連峰に5日、笹谷・雁戸山に4日、二口に3日 (近場で通える山がよい)
南会津に7日 (最も遠い山域は、南会津になる)
⑤ 年間計画
今年も計画を公開して自分を縛り、一年を歩きとおした。
⑥ 反省
小屋泊、幕営山行を もっともっと増やさないと、、、「真の山」は味わえないこと。
「装備重量」「食事量目」「対孤独感」など耐久性能を上げ 自己の限界を高めに維持すること。

山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 40日)
宮城の山 11・・・ 泉ヶ岳(4) 二口(3) 蔵王(3)栗駒(1)
山形の山 18・・・ 栗子(2)面白山(2) 朝日連峰(5)月山(1)鳥海山(8)
福島の山 11・・・ 吾妻(1)安達太良山(1) 尾瀬(1)燧ヶ岳(1)平ヶ岳(3)三ツ岩(2)七ヶ岳(1)佐倉山(1)
2014年は神室連峰を、2015年は朝日連峰を、2016年は鳥海山を、2017年は飯豊連峰に絞って通いたい?

◆目標 1・・・「毎月、2つ登る!」
◆目標 2・・・「山中泊で!」山中泊13日・・・ 小屋泊9(食事つき小屋2)・幕営2・車中泊0・焚火泊0・民宿2(素泊り1)
◆目標 3・・・「山域を絞って!」 鳥海(小屋泊) 朝日(小屋泊) 南会津(小屋泊・幕営・民泊) 

◆積雪・残雪期
6回 *JR仙山線で面白山 栗子山 来年は南会津
◆いけなかった山
飯豊、谷地平小屋泊、
朝日、祝瓶 蛇引ベース、赤鼻幕営での循環ルート
◆連泊縦走
平ヶ岳のみ
◆紀行文・エッセイ
秋・冬に書く(ほとんど会津関連)
活字を読む! 長文を忍耐強く完璧に読破する! 
奥会津の日常生活・暮らし向きを学ぶ・・・「会津学」

◆2017年の山 (赤色は未達)
1月・・・面白山
2月・・・栗子山、南面白面白山県境横断
3月・・・不忘山、吾妻山、泉ヶ岳栗子-七ツ森
4月・・・大東岳、山形神室長須ヶ玉山、大中子山
5月・・・雁戸山、月山、屏風、不忘、坪入山
6月・・・飯豊・朳差木賊温泉-田代山、南本内、高下-和賀
7月・・・鳥海・大清水小屋、朝日・障子、朝日・竜門、
8月・・・新島々-徳本峠朝日・角楢-蛇引祝瓶
9月・・・朝日・三面ダム-相模山、大日杉-大日岳、小白布沢-飯豊、佛性池小屋(泊)、
八幡平ー裏岩手
10月・・・吾妻・谷地平飯豊・朳差鳥海-千畳ヶ原-秡川
11月・・・二口渓谷、雁戸、新庄神室北泉-船形連峰

月2回ペース 延40日ほど計画する
日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 沢登りを4回
里山散策は遠慮する まだまだ ”山岳”指向で過ごしたい 


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西吾妻人形石付近


2017

自分がどれだけ山を愛せたのか?登山者としての「品質」を記録に録ってみた。今年で4回目の記録(総括)になるのかな? 昨日の事さえ思い出せないこの頭でw、自分の行動を年単位で把握するなんて、そうざらにあるもんじゃない。

冒頭だが、、、”息抜き”と称して漫然と登山し登った「回数」だけを数えてみたところで 山への情熱バロメーターにはならないw とまず一言 述べておこう。さらに追い打ちw、「回数と質」は比例しない…とも。 どんな意図で、どんな風に登ろうとしたのか? が抜けていたのでは無意味だ。泊まりの計画や食事の計画や単独行の計画を課し、山に泊まって歩き抜かないことには「質のレベルアップ」なんか到底望めやしない。 何も努力せず、好結果だけを期待するなんて… 覚悟もないのに初詣の神社にだけは並ぶ… これと同じ、愚かに思える。負荷のない日帰り山行を数多く増やしたところで、体力はついても「いい山に登れた」なんて口にもできない。「回数」にプラスして「意図」、『狙い』を持たないと質のレベルは…到底上がらない。
以下 ご笑覧あれ(*´▽`*)

① 概括
「体調も良く 血圧も110台 体重も現役時代のベスト体重65キロ」・・・月に2度、適度の「負荷登山」が体調を良くしている ってデータで即ぐ解る。環境的には頭の混乱を引き起こす劇変もなく、特にアレをしたコレをしたということもなく、平易に推移したと思っている。私生活は 来年どうなるかわからないけど。。。

「山・山行に関して」
レベル的な登山ができた。年齢的に無理ができない身、隻眼による視覚障害などいろいろと制約があるもので、そんな中で「一人で山を歩く」「自活する」ことを違和感なく実践でき 何よりも嬉しい。グループでなら明るく楽しく何処へでも行けるのに、単独になった途端に手も足も出なくなってしまう。曰く、「山はもう卒業だ」…よく耳にするパターン。一人じゃ面倒、熊が怖い、平日登山は淋しい、誰かと一緒でなきゃ歩けない、食事が貧祖、荷物が重い、、、山歩きの経験が生かされず 単にグループハイキングをしてきただけ、という半生で終わっちゃうんだろうか? 勿体ないね。


「一人で山を歩く 山に泊まる 山で食べる」
これら「山びとの概念」で山行するのを目標にしている。小屋泊り山行4回 テント泊山行2回(雨中撤退0回) まあ今年も消化できた。自炊メニューも増えたし シチュー おでん 湯豆腐 にも挑戦した。おでんは既成パック品に揚げ蒲鉾を足しただけだが 美味しかった。なんせ山の中での「個食」だからw ランタン灯し、小屋で一人でチビチビ、おでんのパックデザインを眺めているだけでも愉しく、美味しい(´艸`)  あなたも「テント泊」始めませんか?慎ましさ、謙虚に山に向かう姿勢が蘇りますよ。

過不足なく暮らせる・・・、何でも買える、揃う、お金さえ払えば食べさせてもらえ 泊まらせても貰える好条件、今や下界も山の世界も快適さの中に在る。だからこそ意図して「不便さ」に身を置く、、、「活きる」自信につながると思っている。とかく団体旅行風に「計画は人任せ 料理も人任せ 小屋でデカイ声で宴会し 挙句大いびきをかいて大ヒンシュク」、自分はお客 登山さえできればいい…という態度は考えものだ。下界での日常生活を単に山に持ち込んでいるだけ、侮蔑の対象だねw またそういう「他人任せでピークハント」する方の多いことに同世代として驚いた。若い頃から 北アも 能登も 北海道も ファミリー登山も 何事も自分で企画立案・実践を済ませてきた身なものだから 同じ山に登ってはいるけど「一般登山者」と「山びと」とでは こんなにも大きくかけ離れているものか。どっちの側にせよ、山には「謙虚」に向き合わなければいけない、山は「快楽や消費の対象」じゃないのでね。

「セルフレスキュー」
それと常々 セルフレスキューに取り組んでいる、たとえ泉ヶ岳ハイキングであっても。けして「標識の不備」を管轄官庁に訴え出るようなことはしないが(笑)さらに GPSの電池切れでアタフタ?ってネットで散見できるけど予備電池を持たないこと自体がセルフレスキューの考えがないことを証明している。方位の確認も怠っているし、入山前にGPSの方位リセットぐらいは済ませておくべきだが 山に入る覚悟ができていないということなのかな? 
”昔から山をやってる人”って「自己完結の山」を追求していたよ。それから観ると 今は「レジャーな山」に堕ち、何かの「お陰で」登れているだけといえる。難易度は下がり、反して登山環境的には便利度(文明度)が向上している。それでも事故が増えている、これが実情。「安易な時代」なんだろうか?場当たり登山の風潮だからこそ「セルフレスキュー」の実践を呼びかけている。

「必要性・・・ 終活 パートナーからの自立」
「至れり尽くせり、下の世話までして戴くようなグループ登山」は全く考えられない。自分から発意・立案し 計画をたて 食糧 装備の軽量化 旅程 宿泊・テント生活をこなす「自己完結な登山」。もう18歳から身についている自分の考え方・登山スタイル。これは「終活」の一貫と思っている。日々の買物も賄いも掃除・洗濯も自分でする、おにぎりも自分でつくって毎回3個握って出かけている。まだ甘さがあるけど「自活登山」ができた事に意義・満足がある。逆に、それができなくなったら便利で安易な「低山ハイキング」に移行しようかと思っているが、あと3年は 不便さに身を置く「山岳志向」で行きたいものだね。

「地元の山」 
船形連峰や二口山塊、面白山 蔵王など近場に集中できたこと 「クロベの巨木」や「湿原の花巡り」ができたこと この2点を「過去の自分との違い」として挙げたいと思う。これは「船形山のブナを守る会」の会活動に参加したことが影響している。観察会では「樹幹流」の言葉がとても新鮮に心に響いた。「ブナの生態」を通して山全体を眺めたことで新たな観察眼を得て高揚する気持ちを抱いた。後日、後白髭の名だたる沢を稜線上から眺めることで船形連峰に再び関心を持てたこと、沢ヤの身にとって別視野を拡げて頂いた。
放射能がまだ飛散している中、山菜を採らずキノコ狩りもせず耐えているフクシマの方々に心を寄せ、除染ではなく「移染」であることのマヤカシや、放射能廃棄物の鋤きこみを監視する目などを学んだ。小関代表をはじめ皆々様方の会活動に敬服し、山に向かう気持ちを新たにしたことなど、御礼を申し上げたい。

反面 南会津に足を向けずに済ませたこと、少ない山名しか列挙できないこと等に反省もある。名山を数えて暮らすことを善しとしない自分にとって「いい山」のイメージがほぼ決まってきたんじゃないか?と裏を返せばいえると思う。現役時代は年間112日が最高で、平均で年間60日登ってきたけれど 今年コレダケ山に偏りがあるというのも珍しい。二口 面白 船形 蔵王 これらが基本になったというのも半世紀の登山年数で初めての出来事。またグループ登山で西会津が登れても ソロ登山で南会津がゼロというのにも驚いているが、もともと宮城 山形 福島 会津が中心で山岳会活動をしてきたので 自分の目指す方向とは思っている。

結局 近場の山でイイんだ。モチベの問題であって山の問題じゃない。名山ブームなんて「クソクラエ」ですね ほんとに。不断の山がおかしくなっちゃった。
山の捉え方、目標の持ち方、自分の山、山行スタイル・・・については数篇、当ブログに書き記してきているので それにて代用とする。

②山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 48日) 
飯豊・朝日の登山道補修荷揚げを含む 
グループ山行を含む 7日
1000m以下の低山ハイキングは含まない 9日

宮城の山 18・・・北泉(4)二口(5)船形(5)蔵王(2)栗駒(2)
山形の山 15・・・面白(8)朝日(4)鳥海(1)雁戸(2)
福島の山 08・・・飯豊(3)吾妻(2)磐梯(1)御神楽(1)龍ヶ岳(1)
岩手の山 05・・・裏岩手(5)
秋田の山 02・・・鳥海(1)

そのうち30%が・・・
テント泊 2回 飯豊 朝日(沢)
小屋泊り 4回 朝日 飯豊 八幡平 裏岩手
昨年の反省で記された12泊の目標に対しては・・・50% 6泊12日 で終わった
やはり 夏の長雨の影響もあるかな?「意識的な後退」はないけれど、計画自体が少ないのかなw

2014年のメインテーマは神室連峰
2015年のメインテーマは朝日連峰
2016年のメインテーマは鳥海山
2017年のメインテーマは裏岩手 (計画では飯豊連峰だったが 土砂崩れで不可能になった)
2018年のメインテーマは飯豊連峰 (昨年の計画変更「飯豊>裏岩手」を来年には修正する)

③来年の山
来年は「南会津の春」「飯豊の夏」「鳥海の秋」をプラスしたい。南会津は「約束」事項が未達なので 坪入 長須ヶ玉 大中子の3つと花見に田代山。飯豊は縦走往復。鳥海は「晩秋」がテーマです。アッシー君というわけじゃないだが 車での移動問題がどうしてもネックになっている。公共交通機関を使う登山も念頭に入れ?夏は飯豊連峰に通いたいと思う。なんだか 福島時代を懐古しているような感覚だが「回帰」というものだろうか。

2018年のメインテーマは飯豊連峰に絞って通いたい 朝日連峰は二ツ石ルート

スタイルは お泊り山行スタイル(小屋泊 テント泊 連泊)と 日帰り(セルフレスキュー装備で)
沢登りも昨年と同じで 4回ほど通う(基礎を忘れないために)
1000m以下の山は 70歳から指向する

◆2018年の山
1月・・・薬来新年登山、中面トンネル尾根
2月・・・南面、小東
3月・・・杭甲、新川
4月・・・後髭-船形、
     大中子、長須ヶ玉、坪入
5月・・・大東、火打
6月・・・木賊-田代、高下-和賀
7月・・・障子-狐穴、竜門、角楢-蛇引、
8月・・・門内-頼母木
9月・・・切合-大日、谷地平
10月・・・萬助-千畳ヶ原
11月・・・二口、雁戸、船形
12月・・・面白

月2回ペース 延40日ほど計画する
日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 沢登り(4日)
里山散策は遠慮する まだまだ ”山岳”指向で過ごしたい 
  
セルフレスキューに基づく装備
・登る前に「安全圏」を確認・・・GPS電源・携帯電話電波状況のチェック 
非常用救急袋の中身・・・GPS用予備乾電池単3✕2本(充電済) 赤布10枚 テーピングテープ 包帯 膝用テーピング
 ラジオ ランタン ナイフ 洗濯バサミ2 細紐 スパッツ用ゴム予備
・日常装備・・・バーナー コッヘル 自立式ツェルト シュラフカバー ビバーク用アルミシート スリング 環付ビナ2 呼笛 のこぎり 
・冬季装備・・・防寒衣料予備 防寒手袋予備 目出し帽 アイゼン ロープ30m ピッケル わかん スコップ
・食糧関連・・・湯・水 予備食 行動食(かりん糖、甘納豆、煎餅、キャラメル、酢昆布、梅干)
 おにぎり3個(内1個は下山時まで食べない) カップヌードル



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鳥海山蛇石流れ付近

「ソロ山行」…一般登山者よりもセルフレスキュー意識は高いつもり。その分、携行する項目は多くなるけど。ザックに「弁当と水と雨合羽とヘッデン」だけを詰めて、駆け足でグルっと回るようなことは もうありえない。また同じ「山」ではあっても、目的を持った「登山」行為と 目的意識のない「山歩き」とでは 根本的な違いがあることを感じていただければ共に幸い。「沢登り」と「沢歩き」は似ているようで違うのだが、でもしかし 事故が起きればどちらも厳しい事態になってるはず、そこだけが共通点だ。「沢歩き」「沢歩きだから」と称して沢を安易に捉えてはいけない。





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by tabilogue2 | 2017-12-30 20:27 | mount | Trackback | Comments(0)

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「一度登った山は二度と登ることはないかも、、、」って?
 
ええーーーッ それって… 俺の真逆ぅ!? 
凄いことをズバッと宣う人が居るんだね 半世紀ぶりにビックリしたぁwww

全国200名山(深田100名山) 県別100名山(東北100名山) 地区別50名山・・・キリがないね~♪ひょっとすると、、、351座目から二巡目に入るのかい? 451座目かなかな?(´艸`)気の長い話だね「偉業だ」w 「物知り登山家」にでも成ろうというのかい??? ごくろうさま~ それも貴方の人生だ

移動するだけでも「イカほど万円」かかってるんだろう? 健康のためと称して投ずる生涯金額は? 350座を平均4万円で交通費・宿泊込みで登ったとして1400万円? 3万円としても1050万円? 車内泊で節約、夫婦・仲間で分乗し合う人もいるだろうけど それにしても百名山ブームは高コストだ。年間70座登るとして、全国200名山を平均3万円 の節約タイプでと+ ローカル100座を平均1万円で…4年半かかって700万円も?ピークハントするだけに投資するの? 葬式代、墓場、墓石払ってオツリがくるw だけど 没後に金をかけるより生前に投資したほうが現実的だからね。

北海道・東北と中部山岳地域の方は各々30座ほど近場に山が在るので移動費用は安くあがるけど 中国、四国、九州の人たち(8座のみ)は大変だね。そんなわけで朝日連峰は大朝日岳のみピークハントし 夜のうちに飯豊山本峰目指して移動するようになるわけだな… これじゃエモーショナルな登山を指向するなんて叶わないわけだ 100名山ピークハントは「100%完遂しないと無意味」だから。

他に土産品、飲食、道具代、宿泊、山岳ガイドつき 深田100名山だけで1000万円かける人も中にはいるんだろうね。深田百名山は1座あたり10万円也w 山を金で買うとこんな計算が成り立つ。金で買う名山歩きを「業界」が狙撃するw この金額に、50代 60代 70代の中高年の登山者人口の掛率が乗算される「マスな金額」がマーケットなのか? 「名山ブーム」「山ガール」「元気なシニアライフ」「クラブツーリズム」「50からのパートナー選び」って、、、すべて 業界が作った「市場戦略」のイメージなんですよ。それにまんまと乗っかって 100,200,300って…業界の手駒になって全国を闊歩するわけだ。アンタが大将、ご主人様だ…ってw ピークハンターって狙われてますね。現実 今年もこんな登山状況だ。みなさん富士山や北アルプスに遠征した経費は トータルお幾ら万円でしたか?

僕も北アルプスの未踏の地味なコースを あと3つ!歩いてみたい・・・
テント泊だけどね(笑)夜汽車、バスに乗って朝には大糸線沿線の豊科、大町、白馬、上高地、平湯に立てる。テン泊出費はかなり抑えられる。①栂海新道を親不知まで ②島々から徳本峠経由で霞沢・蝶ヶ岳 ③いちど高天原とスゴ乗越を繋いでみたいけど この未踏のコースも30代から温めていた。派手さのない「シニア好み」の渋いコース、、、今年も懐にあるままだが。


さて・・・

山から何かを教わる 受けとる 感ずる そんな登山者は少なくなった。

その理由を上に述べてきた。逆に克服の対象に山を据える単独行が増えたことになるのか? いちいち振り返っていられない なんせ350座だからね。山に何を求め、山の何処を眺め、額に汗しつ登って、「非日常」を得ようというのだろうか? 前夜移動、朝方に車中仮眠、睡眠不足の体に栄養ドリンク3本一気注入 ヘッデン灯し熊に怯えつ寝起きに歩く・・・血圧を一気に昇らせる 身体に悪いことだらけだが それさえもスポーツの対象にしてしまう 百名山ブームが起こした登山界の「軽薄短小」文化? 山の愛しかたが「日本だけの特異現象」、フィジカルな方向に偏向し過ぎだ! 百名山ブームはけして情緒的じゃないね。

山への探究心や 知的遊び心や 山を情念の対象とする、、、そのことが旧いのではないと思う。「エモーショナルなものを求める心」が今にそぐわないのではなく、「表面的に愉しもうとする安直さ」が「エモーショナルなものを求める心」を過去の遺物のように追いやっているだけなんだと思う。それに気づいたら、山懐で静かな夜を 「ソロ」で迎えてみてはどうだろうか。 ”超”地味な提案だが いかが? 沢で焚火して、天場で星を眺めて、、、日帰り山行ではけっして掴めない「山の奥深さ」を知るにつけ きっと 今日まで足りなかったものが見えてくるはずだ。。。

情念の無い山なんて・・・、殺伐とした荒野みたいなもの

何百の”日帰り”山行よりも、一遍の書物に心を揺らすような「心を満たす一夜」に浸ろう いつの日か、その「エモーショナルな正体」が分かるようになると・・・フィジカル偏向登山の愚かさに 数mgの知恵が付こうというもの。


 



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by tabilogue2 | 2017-12-18 18:06 | mount | Trackback | Comments(0)

2017 概括

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後白髪山から眺める船形山と鳥海山


自分がどれだけ山を愛せたのか?登山者としての「品質」を記録に録ってみました。今年で4回目の記録(総括)になるのかな? 昨日の事さえ思い出せないこの頭でw、自分の行動を年単位で把握するなんて、そうざらにあるもんじゃありませんw

冒頭ですが、、、”息抜き”と称して漫然と登山し登った「回数」だけを数えてみたところで山への情熱バロメーターにはなりませんw とまず一言述べておきます。さらに追い打ちw「回数と質」は比例しません…とも。どんな意図で、どんな風に登ろうとしたのか? が抜けていたのでは無意味です。泊まりの計画や食事の計画や単独行の計画を画し、山に泊まって歩き抜かないことには「質のレベルアップ」なんか到底望めません。何も努力せず、好結果だけを期待するなんて…覚悟もないのに初詣の神社にだけは並ぶ…これと同じで愚かに思えます。負荷のない日帰り山行を数多く増やしたところで、体力はついても「いい山に登れた」なんて口にもできない。「回数」にプラスして「意図」、『狙い』を持たないと質のレベルは…到底上がりません。
以下 ご笑覧あれ(*´▽`*)



① 概括
「体調も良く 血圧も110台 体重も現役時代のベスト体重65キロ」・・・月に2度、適度の「負荷登山」が体調を良くしている ってデータで即ぐ解ります。環境的には頭の混乱を引き起こす劇変もなく、特にアレをしたコレをしたということもなく、平易に推移したと思っています。私生活は 来年どうなるかわかりませんけれど。。。

「山・山行に関して」
レベル的な登山ができました。年齢的に無理ができない身、隻眼による視覚障害などいろいろと制約があるもので、そんな中で「一人で山を歩く」「自活する」ことを違和感なく実践でき 何よりも嬉しい。グループでなら明るく楽しく何処へでも行けるのに、単独になった途端に手も足も出なくなってしまう。曰く、「山はもう卒業だ」…よく耳にするパターン。一人じゃ面倒、熊が怖い、平日登山は淋しい、誰かと一緒でなきゃ歩けない、食事が貧祖、荷物が重い、、、山歩きの経験が生かされず 単にグループハイキングをしてきただけ、という半生で終わっちゃうんでしょうか? 勿体ないですよね。


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栗駒山 湯沢の雪庇


「一人で山を歩く 山に泊まる 山で食べる」
これら「山びとの概念」で山行するのを目標にしています。小屋泊り山行4回 テント泊山行2回(雨中撤退0回) まあ今年も消化できました。自炊メニューも増えたし シチュー おでん 湯豆腐 にも挑戦しました。おでんは既成パック品に揚げ蒲鉾を足しただけですが 美味しかったですよ。なんせ山の中での「個食」ですからw ランタン灯し、小屋で一人でチビチビ、おでんのパックデザインを眺めているだけでも愉しく、美味しい(´艸`)  あなたも「テント泊」始めませんか?慎ましさ、謙虚に山に向かう姿勢が蘇りますよ。

過不足なく暮らせる・・・、何でも買える、揃う、お金さえ払えば食べさせてもらえ 泊まらせても貰える好条件、今や下界も山の世界も快適さの中に在る。だからこそ意図して「不便さ」に身を置く、、、「活きる」自信につながると思っています。とかく団体旅行風に「計画は人任せ 料理も人任せ 小屋でデカイ声で宴会し 挙句大いびきをかいて大ヒンシュク」、自分はお客 登山さえできればいい…という態度は考えものです。下界での日常生活を単に山に持ち込んでいるだけ、侮蔑の対象ですねw またそういう「他人任せでピークハント」する方の多いことに同世代として驚きました。若い頃から 北アも 能登も 北海道も ファミリー登山も 何事も自分で企画立案・実践を済ませてきた身なものですから 同じ山に登ってはいますが「一般登山者」と「山びと」とでは こんなにも大きくかけ離れているものか、と思わされます。どっちの側にせよ、山には「謙虚」に向き合わなければいけません、山は「快楽や消費の対象」じゃありませんのでね。

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裏磐梯 雄国沼湿原のニッコウキスゲ群落

「セルフレスキュー」
それと常々 セルフレスキュー「自救力UP」に取り組んでおります、たとえ泉ヶ岳ハイキングであっても。けして「標識の不備」を管轄官庁に訴え出るようなことはしません(笑)さらに GPSの電池切れでアタフタ?ってネットで散見できますが予備電池を持たないこと自体がセルフレスキューの考えがないことを証明しています。方位の確認も怠っているし、入山前にGPSの方位リセットぐらいは済ませておくべきですが 山に入る覚悟ができていないということなんでしょうか? 
”昔から山をやってる人”は「自己完結の山」を追求していました。それから観ますと 今は「レジャーな山」に堕ち、何かの「お陰で」登れているだけといえます。難易度は下がり、反して登山環境的には便利度(文明度)が向上してます。それでも事故が増えている、これが実情。「安易な時代」なんでしょうか?場当たり登山の風潮だからこそ「セルフレスキュー」の実践を呼びかけています。

「必要性・・・終活 パートナーからの自立」
「至れり尽くせり、下の世話までして戴くようなグループ登山」は全く考えられないんです。自分から発意・立案し 計画をたて 食糧 装備の軽量化 旅程 宿泊・テント生活をこなす「自己完結の登山」。もう18歳から身についている自分の考え方・登山スタイルです。 これはいま進行中の「終活」の一貫と思っています。日々の買物も賄いも掃除・洗濯も自分でする、おにぎりも自分でつくって毎回3個握って出かけております。まだ甘さがありますが「自活登山」ができた事に意義・満足があります。逆に、それができなくなったら便利で安易な「低山ハイキング」に移行しようかと思っています、あと3年は 不便さに身を置く「山岳志向」で行きたいものですね。

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後白髪山 下カラ沢上部尾根の雪堤

「地元の山」 
船形連峰や二口山塊、面白山 蔵王など近場に集中できたこと 「クロベの巨木」や「湿原の花巡り」ができたこと この2点を「過去の自分との違い」として挙げたいと思います。これは「船形山のブナを守る会」の会活動に参加したことが影響しています。観察会では「樹幹流」の言葉がとても新鮮に心に響きました。「ブナの生態」を通して山全体を眺めたことで新たな観察眼を得て高揚する気持ちを抱いたこと。後日、後白髭の名だたる沢を稜線上から眺めることで船形連峰に再び関心を持てたこと、沢ヤの身にとって別視野を拡げて頂きました。
放射能がまだ飛散している中、山菜を採らずキノコ狩りもせず耐えているフクシマの方々に心を寄せ、除染ではなく「移染」であることのマヤカシや、放射能廃棄物の鋤きこみを監視する目などを学びました。小関代表をはじめ皆々様方の会活動に敬服し、山に向かう気持ちを新たにしたことなど、御礼を申し上げます。


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羽後岐古道 マサカリ山神を覗き見る「ブナの会」小関代表

反面 南会津に足を向けずに済ませたこと、少ない山名しか列挙できないこと等に反省もあります。名山を数えて暮らすことを善しとしない自分にとって「いい山」のイメージがほぼ決まってきたんじゃないか?と裏を返せばいえると思うんです。現役時代は年間112日が最高で、平均で年間60日登ってきましたけれど 今年コレダケ山に偏りがあるというのも珍しい。二口 面白 船形 蔵王 これらが基本になったというのも半世紀の登山年数で初めての出来事です。またグループ登山で西会津が登れても ソロ登山で南会津がゼロというのにも驚いていますが、もともと宮城 山形 福島 会津が中心で山岳会活動をしてきたので 自分の目指す方向と思っております。

結局 近場の山でイイんですよ。モチベの問題であって山の問題じゃない。名山ブームなんて「クソクラエ」ですね ほんとに。不断の山がおかしくなっちゃった。

山の捉え方、目標の持ち方、自分の山、山行スタイル・・・については数篇、当ブログに書き記してきていますので それにて代用とします。

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裏岩手 三ツ石山の紅葉

②山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 48日) 
飯豊・朝日の登山道補修荷揚げを含む 
グループ山行を含む 7日
1000m以下の低山ハイキングは含まない 9日

宮城の山 18・・・北泉(4)二口(5)船形(5)蔵王(2)栗駒(2)
山形の山 15・・・面白(8)朝日(4)鳥海(1)雁戸(2)
福島の山 08・・・飯豊(3)吾妻(2)磐梯(1)御神楽(1)龍ヶ岳(1)
岩手の山 05・・・裏岩手(5)
秋田の山 02・・・鳥海(1)

そのうち30%が・・・
テント泊 2回 飯豊 朝日(沢)
小屋泊り 4回 朝日 飯豊 八幡平 裏岩手
昨年の反省で記された12泊の目標に対しては・・・50% 6泊12日 で終わった
やはり 夏の長雨の影響もあるかな?「意識的な後退」はないけれど、計画自体が少ないのかなw

2014年のメインテーマは神室連峰
2015年のメインテーマは朝日連峰
2016年のメインテーマは鳥海山
2017年のメインテーマは裏岩手

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裏岩手 石沼のサワギキョウ群落


③来年の山
来年は「南会津の春」「飯豊の夏」「鳥海の秋」をプラスしたいと思います。南会津は「約束」事項が未達なので 坪入 長須ヶ玉 大中子の3つと花見に田代山。飯豊は縦走往復。鳥海は「晩秋」がテーマです。アッシー君というわけじゃないんですが 車での移動問題がどうしてもネックになっております。公共交通機関を使う登山も念頭に入れ?夏は飯豊連峰に通いたいと思います。なんだか 福島時代を懐古しているような感覚ですが「回帰」というものでしょうか。

2018年のメインテーマは飯豊連峰に絞って通いたい 朝日連峰は二ツ石ルート

スタイルは お泊り山行スタイル(小屋泊 テント泊 連泊)と 日帰り(セルフレスキュー装備で)
沢登りも昨年と同じで 4回ほど通う(基礎を忘れないために)
1000m以下の山は 70歳から指向する

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小朝日トラバース道から眺める 大朝日岳と中岳

◆2018年の山
1月・・・薬来新年登山、中面トンネル尾根(来年厳冬期へ)
2月・・・南面、小東(あまかった!中東まで)新川
3月・・・杭甲(車がない💦)、新川北泉
4月・・・新川後髭-船形北面白
     大中子、長須ヶ玉、坪入 … 未定
5月・・・六角牛後髭、大東、火打槍ヶ先、不忘山
6月・・・大柴山-花渕山木賊-田代、神室-西又大行沢
7月・・・障子-狐穴、日暮沢-竜門栗木ヶ原磐梯山岡部小屋
8月・・・月山足ノ松-朳差、大滝沢上越(谷川、平標、巻機山)
9月・・・切合-大日、大滝-船形(薪)旗坂-升沢角楢-大玉山-祝瓶、八十里越岩手山
10月・・・湯ノ台-鳥海-御浜小屋千畳ヶ原-月山森船形升沢小屋、葉山、徳網、栗駒、南面白
11月・・・二口、南雁戸、船形御堂森、虎毛、石上山
12月・・・面白、奥新川

月2回ペース 延40日ほど計画する
日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 沢登り(4日)
里山散策は遠慮する まだまだ ”山岳”指向で過ごしたい 
  
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八幡平凌雲荘の夜

セルフレスキュー(自救力UP)に基づく装備
・登る前に「安全圏」を確認・・・GPS電源・携帯電話電波状況のチェック 
・自救力アップ非常用救急袋の中身・・・GPS用予備乾電池単3✕2本(充電済) 赤布10枚 テーピングテープ 包帯 膝用テーピング
 ラジオ ランタン ナイフ 洗濯バサミ2 細紐 スパッツ用ゴム予備
・日常装備・・・バーナー コッヘル 自立式ツェルト シュラフカバー ビバーク用アルミシート スリング 環付ビナ2 呼笛 のこぎり 
・冬季装備・・・防寒衣料予備 防寒手袋予備 目出し帽 アイゼン ロープ30m ピッケル わかん スコップ
・食糧関連・・・湯・水 予備食 行動食(かりん糖、甘納豆、煎餅、キャラメル、酢昆布、梅干)
 おにぎり3個(内1個は下山時まで食べない) カップヌードル

「ソロ山行」…一般登山者よりもセルフレスキュー意識は高いつもり。その分、携行する項目は多くなるけど。
ザックに「弁当と水と雨合羽とヘッデン」だけを詰めて、駆け足でグルっと回るようなことは もうありえない。



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羽後岐古道 大地沢渡渉点すぎを往く



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by tabilogue2 | 2017-11-30 20:35 | mount | Trackback | Comments(4)

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40歳過ぎて 初めてリングワンデリングを経験した。

 実際、同じ場所に綺麗に1周して戻ってきた。いや実は2周していたのだが・・・
話には聞いていたけれど 実際に面白い現象、いや、体験だった。奇妙とでもいうべきか。 

冬の八幡平での泊まり山行で 朝に空身で山頂往復し八幡沼の陵雲荘に戻り 
帰り支度をして茶臼方面に向かったのだが 下山中に黒谷地あたりでやらかしてしまった。

トレースがあったので 何気なく追ったら2回も同じところを回っていた。
さすがに3回目は「同じ場所じゃないの?」という疑いの目で
周囲を見渡しながら歩いていたので問題は起きなかったが。

リングの大きさ的には 直径で言えば50m~100mだろうか? 
円周は150m~300mくらいか? 周囲が見渡せないので 
勘で言うと5分くらいで割と早く一周してきたように思う・・・。

自分たちの踏み跡なのに 下山ルートのトレースと勘違いした。 
奇怪なリングワンデリングの 始まりだった。

リングワンデリングのトレースは 今しがた自分たちが通過したばっかり 
昨日のトレースより濃く明瞭だった。
当たり前のことだったが それに自分たちがまんまとハマったわけである。

経験の浅い者にトップを任せる場合は リーダーは2番手に就くべきか? 
トレースが濃い > 皆が通る > 正しい > 安心  頭がこういう図式になっていた。
この時の天候もガスだったが アオモリトドマツや栂の木が見えていた。

ルートをリーダー任せにしていたわけではない。パーティ全員 いつもの八幡平で 
狐にバカサレタのだった( ´艸`)

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「ホワイトアウトの中、銀嶺を進んだ」という記述が 某ブログにあったとする。。。

が、、、「真の」ホワイトアウトという状況を 書き手は知らずにいるなぁ、
”ガスに捲かれた程度” を想像でホワイトアウトという「言葉」を書いてる、

使ってみたいのかな?この人・・・と書き手の心理を探っちゃうし、
冬山の経験度合いに関しても ピン!ときてしまう。

「真の」ホワイトアウトというのは・・・? 
自分の目先は勿論、自分の足元も、手も、隣にいるはずの仲間も
全てが見えない天候状態を言うわけで、

実のところ「進めない」「歩き出せない」
というのが 「真の」ホワイトアウトという状況だ。

「ホワイトアウトの中、銀嶺を進んだ」という件りはその厳しい真冬の「現実を知らない」
矛盾に満ちた記述ということになる。

何故、進めないのか・・・?
理由は、ミルクの中に居るという表現が ピッタシだからだ。

平衡感覚を奪われ、一歩踏み出すごとに宇宙遊泳する、
自分の意志とは関係なく、雪の斜面に倒れてしまうからであり、悲しい事故を招くからである。

「真の」ホワイトアウトに遭遇すると・・・? 「まっすぐ立ったはずなのに」「意志とは無関係に」
「眩暈がしたように」身体が斜めになって 重いザックを背負ったまま、特に斜面の下方に向かって
「頭から」ダイブして バッタバッタと倒れ込むことになる。

何をしようとも鉛直に立てない。まるで酩酊状態 立ち上がろうとして 
跪く間にもズッデーンと反対側に倒れてしまう。酒に酔った経験のある方なら分かるはず。
頭から深雪に突っ込んだ者もいた。姿勢を立て直そうと あらぬ方向に立とうとする。

「反る」「反り返る」という言葉があるが本人は鉛直と思われる方向にビンと立とうとする、
だが 傍から見れば仰け反るように。
本人は真っ直ぐに立つつもりで 反対側に頭からズッデーン!と倒れる。
本人はそれで正常に直立しようとしたのである。頭から突っ込んだのは予期せぬ結果だ。

傍から見れば異常だと見えるだろうが、本人は正常に戻すためにわけもわからず
前転後転し もがき続ける。

スキ-の事例では・・・、実際にスキーは停止している のに・・・
本人はまだ滑っている感じがしている、既にスキーは停まっているのだが頭の中は滑ってる。
本人が脳内で停まったと思いきや 身体だけが慣性の法則?のように
ズッデーン!と前へ倒れてしまう。しかも大袈裟に。 

その様を「ホワイトアウトの渦中」とでも云おう。もがけばもがくほど 体力を消耗する。
覚えておくとよい。

脱出方法を教えよう、、、
「ホワイトアウトの渦中」から脱出するには 濃密な白の世界に 例えば一本のロープを投げること。 
ロープがない場合は 真白な斜面に飛び出している小枝のたった一本でも見つけること。
冷静さが大事!たったそれだけ! 視覚から情報が入ることで直ぐに平衡感覚をとり戻せる。
これも覚えておくとよい。実際これで幕営地まで前進できた。
皆一様にホワイトアウトを実体験し、渦中のもどかしさなど話の花が咲いた。

ついでだが・・・赤いロープは雪面に投げると黒く見える、青いロープも黒く見える。
蛍光ピンクは???何が言いたいのかというと・・・
明るい色のロープは雪とのコントラストが悪いので効果的ではないということ
を思い出したので追記しておく。

山岳会なら、冬山に行く際には20mほどのロープをハンマーに結んで リーダーが秘かに用意している。
雪稜を攻めず、山スキーオンリーの会もあるので何とも言えぬが いずれリーダーは覚悟して臨んでいる。
ホワイトアウトの際には コンパスで定めた方向にハンマーを投げながら前進するわけだ。
何故、ハンマーなのか って?、 
そりゃぁ 冬山の烈風をたっぷり味わうとお分かりになりますよ(笑) 

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過去に、「山スキーばかりに興じていると山を見失うよ」と言ったのは、
「雪山の本来の姿」を味わおうよ という意図からだった。
基本、自然の恐ろしさに立ち向かうには 
GPSなどのデジタル機器の効力だけでは補えきれないもの。

生温かい無風の日、
濃霧が発生するということを 予測できるかどうか? 
午後から冷たい空気が入って 温かい地上との間で濃密な霧が発生する って
予測できるかどうか? その経験も含めて「判断」が生存のキーとなる。

アナログ的な「判断」「経験」がものをいう。
脱出か、停滞か、自分たちの居る高度や地形、体力、天候悪化の予兆
などの要素で意思決定される。

ホワイトアウトか リングワンデリングか 
いずれかを経験すると自然の怖さが分かってくる。つまり雪山に臨む覚悟が違ってくる。 



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by tabilogue2 | 2017-07-28 01:15 | mount | Trackback | Comments(0)