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ううんむぅぅぅ

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陽も傾いた、午後4時・・・今日も歩いたなぁ。。。       撮影者”くまぷー”



偶像


山が好きだぁ!
 って いったところで 暮らし向きに 変化があるわけじゃない

ブログをアップしましたぁ!
と いったところで 人さまと変わり映えのしない 昨日今日明日 

それが「実像」というか実態だ、、、けども 

何故こうも ネットに
『自分』を曝け出したいのだろう・・・?
人間て 不可解だねえ (KUMAPOO 君のことだw)

『他人』と同じことをしていると 
これが「安心」てやつで 
でもそれじゃ「個性」がないんじゃないか? と
焦って 人さまと違うことをする

結果、目立つのか? 
なら 尋ねるが…、目立ってどうなる?
そこが わからん。

あ、でも…?

『虚像』だから べつにいいのか。。。
『実像』ありのまま…って? あるわけないからなw

面白いもんだなぁ ネットの人間模様、裏模様 
虚像 実像 有象無象

虚像を偶像化し 追いかけた女子大生ぞ
哀れ・・・

これも
「ネット社会」がつくった『虚像』だ
実像はまだわからん マスコミが作った虚像が独り歩きしてる
実像は もっと 醜いんじゃないのかな?







あんた


なに?・・・冬山?
行きたいけど 行けない って?

トレースあるのに・・・?
仲間もいるのに( ^ω^)・・・?

行かないのかい? そうかい、、、

風の日・・・冬山は怖いからね?
雪の日は・・・コタツ??? 意気地なしかいw 
夏山専門? そうなんだw 正直だなぁ

でも

てっぺんに 行かなくたっていいじゃん
風を、風さえ、、思いっ切り 受けてくれば?

誰も 何も言わないよ

何? カッコ悪い? めんどいっ?

そっかぁ、、、 じゃぁ 春になるまで 
ぶつぶつ ブログに書いてなよ
昨日と同じ生活 つまんないー って

それも面倒なら
何も考えず 呑屋で一人で呑んでなよw
誰も 何も言わないよ

あんたが 呑もうが 食べようが 温泉いこうが
嘆こうが つぶやこうが 
ついでに 生きようが 死のうが
ほんと 誰も 何も 言わない 

あんたが思うほど 
誰も あんたに注目してないし…

自意識が 強すぎるんじゃないの?
あんた

そこの あんただよ
この つまらんブログ見てた、君だ。


 
ブログでも SNSでも、「非現実的」な様子が目立ったら、書いてる本人が要注意・病魔が巣くったぞ! と思います。
埋められない心の隙間に、虚しさを感じた者が その「反面」をブログやネットに映し出し 満たされない欲求を充足させてる。
それがブログで、SNSで、ネット社会だということ。派手さや賑やかさ「非日常性」をネットに載せたら、発症中のシグナル。

考えてごらんなさいよ 自分の身の回りで そんなにそんなに事件は起きていないわけだから・・・それが普通なはず 
自分のブログだけ 突出して 昨日はアレした 今日はコレした・・・なんて「有りえない!」って 僕は思うんだけど。 
ブログやネットに面白い日常の一面を描くことはあっても そんなに毎日毎日 「事件」は起きてない。

バーチャルじゃ 生身は生存できないんだから。

ふつうの「日常」こそ大事 ってことだな。



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by tabilogue2 | 2019-01-30 22:06 | mount | Trackback | Comments(0)

パッキングも 技術!

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パッキングを何度も繰り返し練習してくれよ~。 単に、物を上に積み重ねるだけだったら 猿でもできるぜw
ザックの四隅、四隅に順番に…右手前 左手前 右奥 左奥…四隅に積めてゆくとけっこう詰めるもんだぜ

あ、どうにも上手くいかず、ミシュランタイヤのマスコット・ビバンダム君になりそうだったら、、、
やりなおそうぜ! いったん小荷物の袋をばらして、シュラフも袋から出してハダカにする、、、
まず最初にザックの底にハダカのシュラフを突っ込む その中心に着替えだの小物だのを入れる・・・ビバンダムは一部解消! 

それでも まだまだ ビバンダム君ヨロシク なら、、、奥の手を使うのだ
銀マットをザック内側の正面と両脇とを囲むようにして立てて その状態で シュラフをハダカのまま突っ込む
ザックがシャンと立つようになればパッキングもしやすい それからエアマットとか小物をシュラフのドマン中に入れちゃう
どうだぁ~? 完璧なパッキングになるはずだが。。。

ザックが濡れて シュラフがグッショリになるのも…困る かといって ザックカバーは バサラ バサラって嫌い・・・
という場合、80リットル程度のゴアテックス防水バッグに、上と同じ方法で詰めると…問題カイケツだ



パッキングが下手だったり ザックの外側にブラブラ…なんだりかんだり下げるの、着けるのって。。。
ド素人っ?ぽく 観られちゃうんだよ~w 

重さのバランスは重要。背中に近いところとザックの上部には重いものを ザックの下部には軽いものを入れる。
行動食やヘッドランプは天袋に入れる。最初に取り出す可能性のあるものは ザック上部にしまう。。。
上から、手袋 スパッツ 目出帽 ゴーグル 水 弁当 登攀具 ロープ 小物 食器・バーナー マット シュラフの順 


冬山に行く前にパッキングの練習しよう 何度も何度も練習しよう。お菓子も 食料も 水も・・・全部入れて
それでも収まりきれないなら、大きなザック(60リッター以上)を買うか さらに軽量化に励むか パッキング技量不足かのどれかだ。
とにかくザックの四隅、四隅と順番に積めていく。 真ん中に重ねてゆくと 必ず 失敗するよ。

外に下げるのはスコップ ピッケルだけ。ヘルメットは電車の中では手持ち。アイゼン・ワカンは上蓋との間にはさむ
できたかな?
ザックの外側に小物を下げていると、小物に着いた雪がまんまテントの中に入っちゃう・・・だから外側ブラブラはダメ! 
銀マットは便利だぞ。。。ザックのビバンダム排除にも 断熱効果もあるんで テント泊には便利。
荷物は小さく 行動は大胆に!



さあ、今週末はいよいよ 「冬山訓練」第2弾だ。 パッキングの練習してくれよ みんな。。。

12月は・・・バリエーションルートを登りながらの実戦。
ワカン歩行 ピッケル・アイゼン登下降、ロープワークをワンセットにして理解してもらう予定。
スタカットでのビレイ、ツルベでの簡易ビレイ、コンティニュアスでのタイトロープなどだが。
それと雪の中でテントを張る。水作りから、テント内のルールなど基本動作を提示した。まさに生活技術そのもの。

そして、12月の宿題は、、、「パートナーが滑落した際、ビレイヤーのすべきことは・・・?」 について。
イタリアンヒッチでビレイ中の滑落対処動作という想定問題だ。
ビレイ器具はカラビナのみ 他の器具は一切なし・・・という条件で。 さあなら どうする?


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by tabilogue2 | 2018-12-19 13:09 | mount | Trackback | Comments(0)

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稜線は 雪煙が横っ飛びしている、、、強風の東栗駒



むかしむかし・・・の体験談を少し 
朝日や鳥海、飯豊以外の山には あまり該当しないのだろうけど いや、天候次第かな?
西高東低、等圧線が日本列島に7本以上架かる気圧配置の時は要注意だ。

晴れていても 「風」でヤラれる

正月合宿、旧108号線鬼首峠から軍沢岳経由で新庄神室に向かったパーティに「顔面凍傷」が見受けられた。
左頬の皮膚が赤くタダレ 火傷みたいにグジュグジュになっていた 本人たちは気づかなかった。
吹き止まない西風が 常に雨具のフードに当たり そのフードと皮膚の間の汗や雪が解けて 
それが凍結して 頬に氷の被膜ができる 風が吹けば頬・皮膚の感覚がなくなる

根ノ崎沢稜線は左側面からずうっと西風が当たる。ここは神室本峰へ向かう急斜面のほっそいリッジで、、、
どうにも 逃げ場のないナイフリッジ 風を防ぎようがない。。。これらが重なり2時間で凍傷になった。



数年後の冬の蔵王合宿でさえ 強風の中を進めば耳たぶが凍ってしまう。
やってはいけないこと・・・指で触ること。耳たぶを指で摘まめば、シャリシャリと音がしたもんだった。

触れようとする指が「ある」はずの耳たぶを感じない 触っても、摘んでも、耳たぶを感じない。感覚がない。
「アレ?ないぞ?」と思って触ろうとするが? 驚いて仲間に自分の耳が付いてるか?と看てもらうほどだ。

帽子は被っていても「耳あて」がなかった そこで 吹雪に突っ込んだ、、、、
シャリシャリになるまで2時間ぐらいかな? 凍傷の始まりだった。

こんなときは 耳たぶを触っても 摘んでも いけない! 擦ったりしては なお いけない! 
ポロッと耳たぶが千切れてしまう。 雪に、赤いものが点々と落ちる。

慌てず 騒がず 両手で耳にあてて ジックリ温めるしかない。
その時 耳がすごくジンジン痛みを発するけれど、、、我慢だ! 摘まない! こすらない!
痛みは耳たぶがちゃんと耳についてる証拠 耳たぶに血液が流れ始めた証拠だ 「痛み」は凍傷にならずに済む証し。
もし 凍傷になれば、体の組織は壊死する。耳も鼻も削げ落ちる 指も切断だ。

毛糸の帽子に、毛糸の手袋に、毛糸の靴下、これらウール製品がこんな時に活躍する。
化繊の手袋は風を通しやすい オーバーミトンがないと温まりもしない。化繊の靴下は冷える。

目出し帽の効果は歴然としている 目出し帽の仲間には凍傷の兆しはいっさい無し。
目出し帽でも化繊はだめ 今流行りのスキー用バラクラバだったか?アラブゲリラみたいなの
あれは頬との間に隙間ができる 雪が入り込む しかも 風を通すので意外に冷たいのだ
毛糸で網目を細かく編んだ目出し帽が キチッと頬に当たり 保温もしてくれ 守ってくれる

ただ、暑いんだよなあ 登ってる最中は・・・
がまん がまんだw



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by tabilogue2 | 2018-12-13 09:36 | mount | Trackback | Comments(2)

2018 概括

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朝日連峰 障子ヶ岳



概括
今年一年、どんな「山登り」だったのか? そこに「自分が自分らしく」どれだけ関わってこれたのか? ただ単に「”山を消費するだけ”の登山」になってはいないか? さらに、生活全般に亘って「人間としての深味はついたのだろうか」? 山々と50年も関わってきた者として「次代に引き継ぐ」とはどうすべきこと?…なんだろうか?などと考えてみた。いわゆる登山者としての「品質」をどう鑑るべきか 反省を録ってみた。厳冬期を迎えるにあたって その寸前で今年一年を振り返るのがココ数年の習わし・・・これで厳冬期に突っ込める?w 今年で5回目の記録になる。

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大柴山の白ヤシオツツジ


新年に登った山が「船形山のブナを守る会」の1月企画「薬莱山」、こういう小さな山は初めて。1000m以下の山に登るのは70歳になってからでも十分間に合うので遠慮していたというのが真実のところ。雪に覆われた町民スキー場の有る薬莱山。そこから眺める散居村の大崎耕野、、、いい眺めだった。で、新鮮だったのは 「里山で一年のスタートを切った」というのが初めてのことだったし、例年正月、厳冬の冬山に向かう、あの緊張感がさらさらなくお屠蘇で明けた正月だった。こんなことも初めてだったかな? 福島での現役のときから厳冬期という状況に対して少し「肩肘張り過ぎ」だったんだろう。 


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薬莱山


それとブナを守る会の世話人会に参加もした。すごい歴史を持った市民団体であることを学んできた。それは記事船形山のブナを守る会」36年間の運動を識って…に載せてもいた。その「ブナを守る会」5月企画である「後白髭」では内容の具体化に悩んだ。まあ知らないことばかりで「空気違い」も学んだw でも、おかげさまで「ブナを守る会」での自分のポジショニングにはある程度わかったつもりだし、出しゃばらずに参加できたと思う。


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岩手山鬼ヶ城



相方を連れての2回の山小屋泊まりの山登り、、、素人なので気遣いに神経がいってしまうw。朝日連峰と岩手山、どちらの山も山小屋がしっかり管理されており、トイレが綺麗だった。小屋の選定条件はとても重要で 何ごとかが起きたら大変だから、人一倍 気を遣うことになる。「清潔感」さえクリアした山小屋があるルートなら どんどん紹介もするのだが・・・実情は残念の一言だ。

「今年も 血圧110台 体重は現役時代のベスト体重を2キロ越えて67キロ」 健康診断では中性脂肪値が高めに出ていた・・・登山を再開して月2ペースで登ってきたが その生活サイクルが体調を良くしている。腎機能・尿酸値が少し問題値だが酒を辞めない限りは仕方がない範囲。私生活では「自活する」ことを食生活から始めており、2年目の今年も「完全自立の料理づくりの実践」が完全にできた。味はともかくw台所に立って、朝は一汁一菜、昼に魚と肉、夜には晩酌生活だ。塩分 脂分 調味料濃い目な「外食・飲食」はほぼせずに過食や脂分、塩分に注意している。これで腹が出たりしたら・・・もう「山向きの体」には戻れなくなる。 

ときどき「隻眼」で弱気になっている事がある。そんなときは つまらぬ「欲」に目をつぶって 出直すこととする。

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浮島  栗木ヶ原

「山・山行に関して」
計画をそこそこ達成できたんじゃないかな? 行けなかったのは朝日連峰の五味沢からの入山に関してだった。天候と気力がイマイチだった。それと飯豊連峰には計画も立てず「行かず終い」だった。それでも だいたい「レベル的登山」ができた。
特に、、、隻眼による視覚障害などいろいろと制約があるなかで奥会津や、新潟下田の「八十里越」まで行けるかどうか不安だったが、レンタカー借用もネットでできたし 遠出のドライブも時間的に余裕だった。結果、なんとか行けて、歩けて素直に嬉しい。
ただ、昨年は48日、今年は34日と14日も山行日数が減っている。極端に減ってしまった。「名山を数えて暮らすことを善しとしない」が、しかし移動手段の車がないというのはソチコチ登山口に気楽に出かけられないということでもあり、ちょっと致命的かも。さらに、今夏の猛暑に対応できる条件が揃わなかった。
そして、今年から始まった新しい企画に今までのリズム・余裕を取られてしまった感もあるかな?。参加者に「山道具」を揃えさせたので、来年は対応できるはずだ。


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物見山の風の又三郎像



賢治と六角牛山
遠野三山の一つは 言わずと知れた早池峰山であり、さらに一つは鉄梯子の石上山、もう一つは六角牛山であるが そのニつ目、三つ目の山に登ろうとも思っていた。やり残してきたともいえる「遠野への想い」が、私に登らせている山たちでもある。それで どうせ山に登るのだから、遠野の山に登りながら遠野の民話と「とほの」という言葉の響きそのものに身を横たえてみようじゃないか!ということになったわけ。いずれ怖いもの見たさの範疇を逸脱することはないけどw ついでだが 山と無関係に、遠野民宿に泊まってみたいと思うようになった。ジンギスカンも「遠野だからこそ」食してみたいw 山と地方文化とを抱き合わせて登山ができたことを素直に喜ぶことにしたい。


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中津山の侍と八十里越(鞍掛峠にて)


「歴史」を求めて山を歩く
会越の八十里越では とおくこちら宮城桃生の中津山 黒沢家中の侍たちが戊辰戦争の折に踏み分けた古の道を まさに同様のルートで歩けたので満足している。25年ぶり、実は3回目の八十里越だったのだが 新潟から只見に抜けたのは初めてだった。それで、昨年は羽後岐古道、今年は八十里越、、、歴史を訪ねながら歩くのが好きで とても自分にマッチした峠路だったんじゃないかと思っている。石巻の阿部先生にはこの機会をお与え戴きお礼を申し上げたい

「人間としての深味」はついただろうか? 
これに関しては 自分ではなく他人からの評価項目なので のちのち周囲に尋ねてみよう。想像したのと大きく違えば問題になるはずだw


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葛根田川支沢の地熱地帯



「次代に引き継ぐ」とは「どうすべきこと」…なんだろうか?
今年は この点に一番集約された年なんじゃないだろうか? 昨年から始めてるんだけど、雪山初心者との山行、冬山の技術の伝承、さらに沢登り初心者との山行、イロハ、A to Zの教示、、、これで冬山・沢の初心者を「山岳会入門レベル」まで仕立てたい。最後に詰まってしまったときには ゆくゆくの課題「山岳会」入会選択が彼らを育ててくれるはずだ。

入会の決心がつくまでの「橋渡し」をするだけ。 山岳会とネットとの間にある「脱皮が必要なサナギ」状態な方へのアドバイス役。 福島・仙台と山岳会に在籍してきた経験者としての「最後の仕事」なんだろう。こっちが70歳になるまで あと1年だけ続けたい。



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船形山 三光ノ宮から大滝キャンプ場へ


例の「ブナの会」のボランティア活動に「ケチを付けた御仁」のこと。この問題で「船形山のブナを守る会」が人知れずヤってきたことが「善なのか 偽善なのか」という問題にもなるんだろうか? 発端は「薪の荷揚げが偽善?」「屎尿オガクズの担ぎ下しが偽善なのか?」という極論的なことなんだろう。そういうモノの見方をしてる人が少なくとも「ネット上に一人いた」という事がわかった。

まさか? だが、これが事実なのだ。 いずれにしても、「ヤっていない者」にとって、ヤラなかったという価値は「無」であること、これは間違いのない事実だ。それをもって、16年もヤり続けてきた者に向かってどうのこうの言える立場にはない・・・と、当事件の発端者は覚悟スべきである。よくもまあ言い抗えたものだな(笑) 何様のつもりだろうか?


それにしてもこの一件では どうにも還暦前後の爺さん、婆さん、当事件の発端者の「取り巻き連」に ある程度期待したものだったが、残念ながら「スカ」な人たちだったようだ。ズバリな言い方をすれば、発端となった人物に「岳人たるもの斯くあるべし」という「タシナミを施す人」「御意見番」は居なかったのだ。言いたくても言えなかった?と想像はするが…でもそれもなんかイイワケ風で、中年こいた集団に「自浄作用が機能しない」ってのはもっぱら信じ難く、かつ情けない話ではないか。立派な会社に勤め、報道の世界にいる方、経歴を持った方々なのに、彼らの磁針盤は狂った「極」を指すままだ。事なかれ主義だった?とは、なさけない男たちだ。


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「セルフレスキュー」「自救力アップ」に「ココヘリ」に加入し 登山計画書は「コンパス」に統一した。ソロ登山が多い者の「タシナミ」として普及することを願う。

「観光登山と地元の山」 
船形連峰や二口山塊、面白山 蔵王など近場に集中することは昨年からの傾向で今年も同じだ。山菜を採らず、キノコ狩りもせず、耐えているフクシマの方々に心を寄せる日々とすべし 今年も同様。 関東圏の谷川岳に登ったが 唯一、自分の中での「観光登山」だった。結果、近場の山でイイ! それが結論。モチベの問題であって山の問題じゃない ということを今年も再確認した。山の捉え方、目標の持ち方、自分の山、山行スタイル・・・については数篇、当ブログに書き記しているので それにて代用とする。

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オキの耳


「会津の山」
昨年は会津に足を向けなかった 意識的ではなく そうなってしまっただけだったが、、、今年は只見に思いを馳せた。ようやく25年ぶりに八十里越を完歩できたので少し肩の荷が下りた。来年どうしようか? 南会津 西会津 奥会津にいつも関心を持てる環境なら良いが 行けば金もかかることで 行かずばこれまた後悔することばかり なんとも歯がゆい(笑)いちおう「ワンダーフォーゲル的沢登り」を南会津で実行したいと思い 下見山行と春夏2回は行きたい。

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鞍掛山

②山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 34日) 
捜索活動・荷揚げ・荷下ろしを含む 
グループ山行を含む 5日

宮城の山 17・・・北泉(2)二口(2)船形(6)蔵王 栗駒 薬莱山 新川(4)
山形の山 06・・・面白(2)朝日(2)槍ヶ先 月山

福島の山 02・・・奥只見・八十里(2)
岩手の山 05・・・岩手(4)
秋田の山 02・・・神室
群馬の山 02・・・谷川(2)

テント泊 1回 新川(予定)
小屋泊り 2回 朝日 岩手
車中泊  1回 谷川
温泉泊  2回 
全体の  30% 6泊12日
「意識的な後退」はないけれど、計画自体が少なかった「夏の暑さ、秋の雨」の所為にしておこう?

2014年のメインテーマは 神室連峰
2015年のメインテーマは 朝日連峰
2016年のメインテーマは 鳥海山
2017年のメインテーマは 裏岩手
2018年のメインテーマは 賢治と中津山の侍たちを尋ねる山旅
2019年のメインテーマは 後輩を育てる 雪山訓練山行 ワンダーフォーゲル的沢登り


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槍ヶ先から見る


③来年の山
来年は「雪山訓練山行の春」「南会津の沢を繋ぐ」「飯豊の夏」「鳥海の秋」をプラスしたいと思います。南会津は長須ヶ玉を巡る湿原とお花見は田代山。飯豊は縦走往復。鳥海は「晩秋」がテーマとする。

2019年のメインテーマは「後輩を育てる」 訓練山行が多くなる スタイルはテント泊と日帰り(セルフレスキュー装備で)

山岳会に入るには「勇気もいる」し「組織に入るのは面倒」で「自由にヤって」いたいw そんな現代人の「安近短な」ワガママ安直指向w。。。この風潮の一助にでもなれば(実践的にお役に立てれば)、「残りの人生」を自分らしく貢献できる気がする。 方法としてこれ以上ないとも思っていて、、、昨年から個人的に若手を連れて「山に行くプログラム」を組んできた。今年の冬も、安全に雪山を楽しむ「基礎を実践で」お伝えできればいいかな?…と思っている。希望する方はコメント非公開でどうぞ!テント2張分ならご一緒できます(私入れて8名、あと3名)。

「体力の差」はあって当然、、、でも 「知識の差」があったのでは 登れる山も登れない。
これが冬山・雪山の壁。乗り越えるには 恥を捨てて「知識と経験」を持つ これしかない。

1000m以下の山は 70歳から指向する



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キバナノアマナ


◆2019年の山 赤は育成山行
1月・・・薬来新年登山、奥新川-中面白(ツェルト泊)
2月・・・北面白雪稜、トンネル尾根-中面白(雪稜・ツェルト泊)、南面白-大東岳(ツェルト泊)
3月・・・杭甲山-栗子山(ツェルト泊)蔵王ひよどり越え(ピッケル・アイゼン・滑落停止)
4月・・・後髭-三峰-北泉(ツェルト泊)、北面白-関山峠後髭(雪洞泊)、石上山(遠野民宿泊)
5月・・・5/3-5/5 長須ヶ玉山-孫兵衛(ツェルト泊)後髭(雪の回廊・ロープ手順)不忘山

6月・・・木賊-花の田代山、大行沢(滝での初級訓練)、大滝沢、角楢-大玉山-祝瓶(ツェルト泊)
7月・・・障子-狐穴-以東(2泊 車2台)7/13-7/15 大丈-山犬-七兵衛-犬-花沼-赤安(花咲く湿原探訪、ワンゲル的沢登り)
8月・・・足ノ松-朳差、8/17-8/18 虎毛沢(沢を楽しむ 車2台 前夜発・沢中1泊)大滝沢(初リード・ルート読み訓練
9月・・・切合-飯豊(テント泊)、二口の沢9/14-9/16 桃洞沢か葛根田川(沢中1泊)

10月・・・船形山薪荷揚げ・屎尿下し、10/12-10/13 駒・麝香熊沢(紅葉の沢 車2台 笊森小屋泊)、葉山
11月・・・鳥海萬助小屋-千畳ヶ原-山頂北面白-関山-粟畑(藪こぎ ツェルト泊)、駒新道(山寺-藪こぎ-新川)(打上げ)
12月・・・面白、奥新川(矢盡尾根ツェルト泊)

月2回ペース 延40日ほど計画する
日帰り山行(24日) 泊まり山行(12日) 沢登り(4日)
里山散策は遠慮する まだまだ ”山岳”指向で過ごしたい 
  
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滑落停止訓練 

④セルフレスキュー(自救力UP)に基づく装備
・登る前に「安全圏」を確認・・・GPS電源・携帯電話電波状況のチェック 
・自救力アップ非常用救急袋の中身・・・GPS用予備乾電池単4✕2本(充電済) モバイルバッテリー 赤布10枚 テーピングテープ 包帯 膝用テーピング
 ラジオ ランタン ナイフ 洗濯バサミ2 細紐 スパッツ用ゴム予備
・日常装備・・・バーナー コッヘル 自立式ツェルト シュラフカバー ビバーク用アルミシート スリング 環付ビナ2 呼笛 のこぎり 
・冬季装備・・・防寒衣料予備 防寒手袋予備 目出し帽 アイゼン ロープ30m ピッケル わかん スコップ
・食糧関連・・・湯・水 予備食 行動食(かりん糖、甘納豆、煎餅、キャラメル、酢昆布、梅干)
 おにぎり3個(内1個は下山時まで食べない) カップヌードル

「ソロ山行」
一般登山者よりもセルフレスキュー意識は高いつもり。その分、携行する項目は多くなるけど。
ザックに「弁当と水と雨合羽とヘッデン」だけを詰めて、駆け足でグルっと回るようなことは もうありえない。



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新庄神室キヌガサソウ





by tabilogue2 | 2018-11-30 18:24 | mount | Trackback | Comments(0)

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秋になると思ってしまう、そして体力の続く限り、実践しよう、、、と思っているのですが

世の現実とその対応で、自分はどうすべきか? を考えて、少し実行していこうと 
昨年から実践し始めている案件です。


山への畏敬の念を養わず、怖れもせず、学ばず、今だけの楽しさを求め、追いかけたとして・・・、実力は早々には付かない。生活技術、観天望気、危険予知、危険回避、自救力UP、自己脱出、山への畏敬など精神も含めての「総合力」は付かない。まして他人様のブログに記してある通りにコースを選び、コースタイムの載った昭文社の地図しか読めない実力の程度で、木道完備の尾瀬や ホテル並みの山小屋が揃った北アルプスや 登山者の列が山頂まで続く富士山など 人の流れに乗って標識の指し示す道を歩いたとしても「登山の凄みや醍醐味」は味わえない、ましてや「GPS地図に誘導されて登る」ようでは 実力などつくものではない。


自分という主体もなく、他人の結果に身を任せるという心配(事故の元)は今後も増える一方のようだ。それでいて 自分は登山界のセオリーから逸脱しているだろうか?と半信半疑になる。長年山をかじってきた私には「連れられて登る・・・」「他人の結果のコピーをあてにする・・・」「学びもしない 変化を起こそうとしない独善的な自分・・・」などの考え方、済ませ方がどうにも分からない。この年齢だから尚更 自分を過信するほどの体力はとうにない。 だから 好きな山が2つ、3つ程よくあって 季節を変え ルートを変え 年中登れたらそれでいいじゃないか とピークハント欲の無い者として 素直に思う。


さらに 無目的な登山者は深田百名山のような「価値基準」「既成の目的」、他人の「行為の結果」に寄ってすがろうとする。発想に豊かさが消え、代わりに「ヤマレコ」「YAMAP」など他人の記した「トレース」をこよなく愛す。そんな登山者が闊歩する時代。基準は「標準タイム」より早く歩くこと。他人のトレースを追うだけの登山。オリジナルな山の楽しみ方なぞどこ吹く風。一般生活の中で「コピー文化」を愛し、山に登っても「トレース文化」を愛す、ネットでさらにインフルーエンスを極める、、、この現象がどうにも受け容れられない。


昔は 「三人寄れば山岳会」と揶揄されながらも山岳会に入会するのが向上心の礎だった。 経験が人から人へ伝わる手段、いわゆる「空間」(インシュレーション・中間の機能)が存在した。だけど今は違う。若者の登山ブームも老齢者の独善的「トレース登山」ブームも、どちらも危険回避を経験として積む「集い」「時間」「伝承」などの手段(空間)がない。

PCを開けば手軽に教えてくれるが、だがネットでは「知識」しか手に入れることができない。知ってはいるけど実践では試せないし活かせもしない、そもそもそれらネットで拾い集めた知識をあてがう「現実」や知識を活かす「状況」との「ヒモつけ」が理解されていない。


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山岳会に入るには「勇気もいる」し 「組織に入るのは面倒」で「自由にヤって」いきたいw そんな現代人の「安近短な」ワガママ安直指向w。。。この風潮に一助にでもなれば、実践的にお役に立てれば、「残りの人生」を自分らしく貢献できる。 方法としてこれ以上ないとも思っていて、、、昨年から個人的に若手を連れて「山に行くプログラム」を組んできた。今年の冬も、安全に雪山を楽しむ「基礎を実践で」お伝えできればいいかな?…と思っている。 希望する方はコメント非公開でどうぞ!テント2張分ならご一緒できます(私入れて8名、 あと3名)。

「体力の差」はあって当然、、、でも 「知識の差」があったのでは 登れる山も登れない。
これが冬山・雪山の壁。乗り越えるには 恥を捨てて「知識と経験」を持つ これしかない。

冬山の道具を揃えてもらわねばなりませんが、出費が嵩む代りに「冬山 雪山の何たるかを知り それが安全に味わえる」のならこんな素敵なことはないと思っている。ピッケル/アイゼンでの実践 雪山ラッセルの実践 ルートを読む&タクティクスを持つ ロープワークの実践 スノーリッジの実践 ロープ確保による実践 雪洞ほりの実践 雪洞での生活技術・・・、数名で雪山を基礎から始めてみようかと思っている。そして このまま「沢登り」レッスンへと繋ごうと思っている。

追記です

ピッケルは持っているがきちんと扱えない ストックを使っているが急斜面でヒヤッとし、ピッケルが重要だと認識した 使い方を教わっていないから使えない 学者さんや、先生方に多い…「人前で恥をかきたくない」「人に教わることができない」「教えてもらわなくとも自分でできる」「教本で理解する」タイプ、、、 こんな使い方で良いんだろうか?聞ける相手が居ない? 持ち方や滑落停止やピッケルでの三点支持など実践的に教えるスクールがない? アイゼンの装着、知らずに歩くアイゼンの引掛け ワカンの紐が緩まない?、脱げないような紐の締め方? ラッセルの歩き方? ラッセル交代って? テント設営の適地? 雪洞の掘り方?など 雪上での「普通 あたりまえ」ができない。 自分は「我流」なので自信がない。 今さら聞けない。。。

いわゆる雪山の常識を伝えていこうと思います。コツ、セオリーが「自分には未だ降りてきていない」とまあwそんな場合でも イロハのイから実践し自信を持って道具が使える、「一人じゃできないけど パーティを組めばできる」というケース、さらに新たな技術を学びましょう! できれば 「山岳会に入ろう!」という考え方です。

どうぞHITOIKIさんも、読者のみなさんも 遠慮なさらずご参加ください。明日から 違う目で冬山を捉えることができますよ( ^ω^)


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by tabilogue2 | 2018-11-14 17:19 | mount | Trackback | Comments(4)

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山 笑ふ。。。
 





山地図の執筆陣に名を連ねておられ、ブログにも「自称岳人」と自己紹介しておられ、登山趣味ブログのインフルエンサー的立場にあり、一般常識があろうと思われる還暦になる男性が、「大和町船形山の受託管理人」や「ブナを守る会」の行為を中傷した。 なにやら???「んな体調なのに楽に登れる大滝コースは使わない。いいとこ取りの大滝コースは、船形山の奥深い印象から逸脱している気がするし、何か裏口入学している気がして好きになれない。」 つまり 船形山の色麻コースは「いいとこどり」で自分の「イメージから逸脱した」「裏口入学」のようなコースだ (記事にリンク)・・・と言い切った。いや なぜ そんな 謂れもないことを言うのか?意味が解らない??? という顛末を以下に報告し 実情を記します

アッチの登山路はコッチよりも体力が要り、玄人風で「歴史的価値」があるとか。コッチは「GPS軌跡」を公開するまでもない「安近短」なコースだとか、山やコースに価値基準をお持ちの方らしい。これらの登山道や山小屋などの施設利用者から観れば 明確に気づくはずですが、色麻コース、升沢コースはどちらもよく管理された歩き易いコースと私は思っています。クラビ・観音寺・三峰コースと比較しても笹の被りが少ないし 枝はカットされてるし 倒木処理もきちんとされているし よく管理されていると思っています。

コースガイド本や地図の執筆者となれば「荒れたコースと管理されたコースの対比」で船形山の”色麻コース”を捉えたかったのでしょう、、、曰く『管理され歩き易いコースに登山者がどんどん流れてしまうと 荒れたほうのコースはもともと入山者が少ないのにさらに不人気となって、ますます荒れてしまう』と。(*意訳を加筆しました)

上記の論旨は「問題点の歪曲化・矮小化・すり替え」など「悪意のある論質」だと思います。「その論点」だけに没念してしまうと、コースガイドを執筆している公的立場のご自身とその周囲にいる登山道整備管理人たちとの「関係性」に気づかなくなってしまうようです。その時に、ブログは「公人」ではなく「私人」として書いている と言い逃れしようとなさるのでしょうけれど、、、読者はどう区別するのやら? あまりに軽率、稚拙な考えだと私は思いますが。

もし「岳人」だとおっしゃるなら、大和町以外の他行政区が管轄する地域にも「荒れた登山道に予算を投下するように行政に働きかける」ことをまず先にすべきだと思います。だからといって、大和町の行政区から委託された管理人さんを「いいとこ取り」「管理し過ぎ」と咎める構図というのはおかしな論理です。「自称岳人」氏本人は普段からネットで「独り言」を云っておられるけれども社会的に「予算要求運動」を起こして公的機関に働きかけようなどの動きは一切されていないようです。市民運動に参加したことがなく、単にネットで「言うだけ」であれば なおさら始末が悪いと思います。

コメントを書き込んだ「大和町のチバ」さんの立場にすれば、柏さんともども町から山小屋管理を委託されているわけで、、、その点では建物保守もされているし、草刈りもしてるし、トイレの管理と屎尿の廃棄までもしているし、さらに市民団体である「船形山のブナを守る会」のボランティア活動に参加し、「守る会」にあっては年間計画を立ててまでして山頂小屋に冬季燃料の薪を荷揚げしている・・・こういう事実が判ってくればくるほど 話は別の次元になってまいります。つまり、年間を通してあれほどコースが整えられてきた=鋭意管理されているコースというのは登り易くて しかも安全で 宮城県でも稀な管理状況なんだと思うに至るのが普通の思考だと思います。「裏口入学」で「安近短」なコースだとは誰も思いません。逆に 安全で便利だと称賛することでしょう。私はむしろ「自称岳人」氏の発言に何やら「悪意」を感じてしまいます。

大きな予算が付く国立・国定公園じゃありませんし、たかだか地方の行政区の小さな予算が付くだけです。彼ら管理人お二人は 予算が付いたその度に山に行って藪を刈る「受託契約」業者でもありませんし、そこは確りと年間を通じて小屋の管理を任されておられるお二人なわけです。役務とは関係のない「付随的な」人命の安全にも気を遣う、命を守る薪も荷揚げしようとなさる方々です。その予算を町が付けて執行されているわけですね。 それは 何故なのでしょう?

その答えは 市民から愛され続け、ボランティアに支えられ、登られ続けてきた山が船形山だから ということなんでしょう。なんと35年もの間、「ブナを守る会」の精神が入魂され続けてきた山でもあるということを「自称岳人」氏は見落として語ってしまったわけです。重みのある市民運動の歴史を無視して語るのは大きな間違いです。どこの世界に「薪の荷揚げを自慢気に語る」小男が居るというのでしょうか?薪の荷揚げに参加しない市民を見下す必要など何処にあるのでしょう?それは「岳人的」発想なのでしょうか?悪意ですか?と疑ってしまいました。

ちなみに僕は 升沢小屋の近辺に付けられた多くの「赤布」が、管理人である柏さん個人のお店で使われてきた「大売出し」の幟の名残であることを知っています。「ブナの会」会員として、管理人として登山者の往来無事を願う結果、迷いやすい平坦地形の升沢小屋近辺に誘導赤布をご自分でお付けになられたと たまたま伺っておりました。さすが、柏さんだと思いました。

それにしても 精魂込めて手を加え続けた登山道が「裏口入学のようなコースだ」ってガイドされたら・・・どう思うでしょう?、とくと考えてブログ発言なさればいいのに、それが浅慮の結果だったとすれば なんとも情けない。「裏口入学」だなんて、「風邪をも治す体力登山」だなんて、初めて聞くことばかりでそのイタい考えかたに驚かされました。コースガイドの執筆家で上から目線で語る「自称岳人」「自称登山家」氏は 今回語るに堕ちたわけです。

それにしても 一方的にブログで語っておいてこれまた一方的に「議論拒否」とは・・・???公的立場を担ったコースガイド執筆者らしくもない。「議論拒否」を主張したいなら ご自分も柏さんや千葉さんのように鉈や鎌やチェーンソーを持って、登山者のこない荒れた登山道の刈り払いに精をだし、ビニール袋を腰に下げてキノコならぬゴミ拾いに精を出し、登山者がこない、登山路が荒れた・・・と嘆いてばかり居ないで、せっせと歩いては手鋸で倒木を切って、雨で掘られた登山路を整備する時間と手間とをボランティアでやってごらんなさい、、、といいたいですね。ご自分でやってから「安近短」だの「裏口入学」だの「揚げ足取り」だの「論戦拒否」だの中傷なり主張なりしましょう。

簡単で「いいとこどり」のコースがどれほどの苦労をされて管理されてきたのか? 「船形山のブナを守る会」35年の活動がどれほどの歴史と活動内容だったのか? 「仙台のブナ林と水・自然を守る会」の活動が大倉ダム上流の水源をどれほど枯葉剤から守ってきたのか? それら船形山で行われてきた「実践の歴史」を解ったうえで、それこそ「自慢げ」に船形山が市民に愛されてきた山だと認識したうえで「論戦拒否」した方がよほど男らしくて良いと思うのですが??? どうにも市民運動の観点を抜きにして語ろうとする「評論家的」発言の多さ、「言うだけ君」のカッコ悪さ、上から目線の「天狗気質」、そろそろ?気づくべき時なんじゃないでしょうか。

そういえば、「自称岳人」氏は 里山をスパイク長靴で闊歩しそのGPS軌跡をネットで公開し登山者を里山に招いておきながら・・・「山が荒れる!」とブログで吠えていた一件がありました。既にGPS軌跡がネット公開された里山には「道」ができてしまい、ピンクテープだらけ。まさにマッチポンプのような御仁だというイメージが以前から僕にはあります。さらに泉ヶ岳の「袖泉」という呼称問題も「自称岳人」の彼が間違いの端をネット発信したものでした。その時も「誰かから聞いた話で僕が最初に言ったわけじゃない」そらトボけてましたが。危急の際、救急業務にとって「地点呼称の誤り」は致命傷にもなりかねません。

上辺で知識を「ヒケラカス」ことこそ迷惑行為です。自らを岳人と呼ぶほどの傲慢さをお持ちのようだが、「岳人」と言ってもいいのかどうか? 常識的に「自称岳人」などと「言ったもん勝ち」的な呼称は「岳人さん」個人の存立からして問題あると思いますが? なぜなら「岳人」というのは我々山岳界全体の「尊称」で用いる言葉なわけですからね。半世紀も山をやっていれば まず、それを知らないということはないでしょうけれど。

「岳人でありたいなら もっと 岳人らしくしなさい」 この言葉を贈ってさしあげましょう。

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ちなみに ひとつの市民運動を過去記事から拾って紹介しますが、、、、、

船形連峰はもともと白神山よりも広大なブナ原生林を有していました。伐採計画があがった時に原生林を伐採の手から守ってくれたのが「仙台のブナ林と水・自然を守る会」の運動だったわけです。伐採のために枯葉剤が数10トンが撒かれ それが大倉ダムにすべて流れこみ仙台市民の「命の水」になる?・・・仙台で「ベトちゃんドクちゃん」が多発する?そう考えたら なんとも怖ろしいことです。水を飲めばダイオキシン ゴミを燃やせばPCB 外に出れば光化学スモッグ どっちにしても 日本の80~90年代というのは 公害・汚染だらけでした、、、、、市民運動がいかに大切 重要であるかがお分かりになると思います。その認識の上で あれやこれやと論じてくださいね。
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ちなみに 山岳界全体の尊称である「岳人」という言葉を 僕なりに捉えてみました。
 

「岳」
岳というくらいだから 嶽々しいイメージなんでしょうか? 里山・藪山がその対象になるのか?という問題はさておき以下は 自分の考えです。気楽に考えてみてください。

「能ある鷹」
謙譲な心を美徳とする日本人であれば 自己紹介のときに「宮城の岳人 ◎×です」 とは言わない。「宮城の山好きっす」 とか 「藪専です」 とかでしょ? ましてや「岳人やってます」と職業紹介のような名乗り方もしない。「岳人」という言葉には「敬意」が込められて使われているからですよね。

「私は宮城の天才 ◎×です」 
って・・・自ら名乗る人って見たことも聞いたこともない。「宮城のヒマ人やってます」って 冗談や謙遜ならありだと思うけど、ノリ なのかな?それにしたって 「皆さん 私は宮城の人格者です」と名乗る方がいます? 第三者から 「あの人は立派な岳人だ」と言われたり、「名誉」や「褒め言葉」風に 使うんじゃないのかな?

「謙譲」
自分の能力や功績を人前に自慢したりしない表現を古来、謙譲という。だから「私は自他共に認める人格者だ」とは言わない。けれども「自他ともに認める山好き」とか「自他共に認める趣味人」、「娘からアホと呼ばれるほど山好き」とか 自分がへりくだるなら 日本語として成立する。

「威厳」
謙遜、謙譲、敬意、、、一人称ではなく三人称で使われる言葉なんじゃないかな。「岳人という言葉に尊敬や威厳を持たせた使い方」が一般的だし 使い方としては そっちが宜しいんじゃないかな? 一人称で使わず むしろ謙譲語として遣ったほうが  いいんじゃないかな

「岳人」
還暦ほどのものが、自らを「岳人」と称して プロフに載せている方がおられるけど?「岳人を自称する」つかい方はヘンでないの? 経験の長い山岳会の方々でも自ら岳人を名乗ることなどはしません。皆無。というか むしろ己を諫め慎んでいるのが普通です。
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『(続)東北の山遊び』の該当記事コメント内容が「削除」されてしまいました。
いったい何が起きているのか 不明な方もおられると思いますので? 消されたログを一定期間下げておきます。 
以下 再生したログです。


旗坂駐車場~旗坂平~一群平~鳴清水~三光の宮~升沢小屋~千畳敷~船形山~千畳敷~蛇ヶ岳~三叉路~三峰山~三叉路~草原~三光の宮~鳴清水~一群平~旗坂平~旗坂駐車場
天気予報と違って吉岡方面から眺めた船形山には厚い雲が纏わりついていた。
旗坂キャンプ場の駐車場は南側半分が埋まっている。
登山準備を整えて歩きだす。
登山口から一群平までの急坂は、その日の体調を占う最適の行程であるが、病み上がりの今は身体がだるくて最悪の調子だった。何時ものペースの5割増しでのろのろ登っていく。
こんな体調なのに楽に登れる大滝コースは使わない。
いいとこ取りの大滝コースは、船形山の奥深い印象から逸脱している気がするし、何か裏口入学している気がして好きになれない。
体調次第では三峰山から長倉尾根を下って大倉山に行き、氾濫原から旗坂駐車場へ周回するルートを狙っていたが、この日の体調とペースの遅さでは無理なので、早々と諦め、山頂に着く頃の晴れてくれる事を願ってさらに歩行ペースを落とした。
紅葉ラインは三光の宮付近まで降りている。
ブナの黄葉が美しい。


3. 大和町 チバ 2018/10/14 20:56
船形連峰升沢避難小屋管理人、船形山のブナを守る会世話人の大和町千葉です。
毎週のように登山道から遊歩道に至るまでの調査活動は大変だったことでしょう。一段落ついて船形山だったのですね。
さて、本記事中に書かれている大滝コースの、いいとこ取り、逸脱している、裏口入学、について真意を伺いたいのと謝罪を求めたくコメントさせていただく気持ちになりました。ご自身の好き嫌いは全く自由な感覚ですから構わないのですが、上記の3点は、升沢コースが体力的に困難な人、大滝コースが大好きな人、登山道や駐車場の管理整備に関わる人達に対して(私も含め)気分を害させる非常に配慮を欠いた表現と言わざるを得ないという印象を受けました。
(1)ガイドブックの執筆に携わりブログのURLも掲載しているのですから、個人の独り言的なブログとは言えないと思います。ガイドブックを購入し参考にして大滝コースから船形山へ登った人へはどのように説明するおつもりですか?ガイドブックには、ああ書いているけれど腹の中では、いいとこ取りで逸脱し裏口入学のようなコースと思っているという理解でよろしいのでしょうか?
4. 大和町 チバ 2018/10/14 20:57
・・・文字数制限800字オーバーのため続き・・・
(2)一事が万事という言葉があります。栗駒山の楽なコース(イワカガミ平からの中央コース)も同様に思っているのかと憶測してしまいますが、私の憶測は間違っているのでしょうか?間違っているというならば、なぜ大滝コースに限るのですか?
(3)体調が悪くとも楽なコースは歩かないというような、ご自身の力量を誇示する表現はいつものことですからスルーしますが、私が尊敬する大和町の柏さんが黙々と笹を刈りゴミを拾いながら歩いている道、私が尊敬する写真家の桜井さんが主宰する森の時間で不慣れな人をリードした道、ブナの会と有志の仲間が薪を担ぎ上げた道をいいとこ取りで逸脱し裏口入学のようだと言われたらスルーする訳には参りません。無礼な(失礼ではありませんよ、礼が無いと言っているのです)表現であるとご自身では感じませんか?
以上、3点について真意が分からないままでは、soneさんに対し嫌悪感だけが残ってしまいます。何卒、真意をお知らせください。また、無礼であると感じた私は非常に不快感を持っています。文章と言うのは書き手の真意ではなく読み手の感想が全てです。よろしくお願いします。

. SONE 2018/10/14 22:04
大和町チバさん今晩は。
いろいろご批判を書かれていますが、近年の登山の傾向は一番楽なコースを登る傾向が強いと思っています。
人によって体力的に歩けない方もいるのは承知しておりますけど、そう言う安近短の傾向が一部の登山コースを荒れさせている原因の一つと考えます。実際、大滝コースの周回ルートから離れて升沢コース下部を歩くと、荒れていない昔ながらの道が残っております。
船形山については私個人的に升沢コースが船形山の深さと歴史を考える上で一番重要な登山道と思っており、そういう道を歩く人が大滝コースに比べ少ない事を危惧しております。
ブログについてはガイドブックとは違う、あくまで個人的な指向を書いているので、それを上げ足取りの様なご批判をされるのは心外です。
そう言う貴殿も薪を担ぎあげる行為をあたかも自慢し、それを生産性のある登山と言う言葉に迎合して、ボランティアに関わらない一般登山者を婉曲的に卑下するような表現をされているではないですか。
この件に関してはこれ以上議論を交わすつもりはございません。

6. 大和町チバ 2018/10/14 23:23
わかりました。質問にも答えて頂けない、貴殿の気持ちもよーく分かりました。返信ありがとうございました。
コメントする

*編者注 
大滝コースとは・・・「色麻コース」(湯谷地コース)のことですね。深野稔生氏のガイド本と柴崎徹先生のガイド本、どちらにも「色麻コース」とありますので ここではそのように理解します

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10月16日追記
私が記載した私見を前後の文脈も考慮せずに糾弾し、私の人間性まで否定するようなコメントが入っていたため、本ブログ規約に乗っ取り削除させていただきました。
尚、今後はそのコメントに関する議論を戦わせるつもりは一切ございません。
これ以上ネット私刑的な行動に出られるのであれば、法的に対処させていただきます。

*編者注 
リンクした『(続)東北の山遊び』サイトに書きこまれた「10月16日追記」です。







 
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by tabilogue2 | 2018-10-15 00:38 | mount | Comments(10)

『酷暑登山』を考える

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警察庁は13日、7〜8月の山岳遭難件数が721件で、遭難者数は793人だったと発表した。いずれも統計が残る1968年以降、最多となった。死者・行方不明者は71人。同庁は「暑い日が多かったため、体力の消耗が激しくて動けなくなった人が増えたのではないか」とみている。  2018年9月13日 時事通信


ゆるい計画で、景色を心に焼き付け、ゆったり休憩し、ゆっくり歩く、そうすれば山が豊かにみえてくる。逆に急かされれば景色も味わえず、山への情念は薄らぐ。じつに山は余裕が大事、情緒・情念にこれほど左右される『遊び』はない

例えば…北アルプスだが、公共交通機関の時刻どおりに皆が皆、動き出す。コースはオール野晒し、隠れようがない。とりわけ自分に有利な条件が揃うとは考えにくい。柔軟に対応しようとすれば、北アルプスの主峰奥穂高岳へは車で沢渡に入り、上高地へはタクシーで乗り入れる。初日に横尾山荘までアプローチしておけば、朝ごはん食べてからでも奥穂高に立てる。2泊目を岳沢小屋に泊まる計画を立てればゆっくり奥穂~前穂の稜線が味わえる。最後の穂高の宵を岳沢でしんみり味わい、朝のピンと張った空気の中を上高地に降りたいものだ。
東北には標高の低い1700m前後の嫋やかな山が多いが、しかし低山対策だからといって「未明」に歩き出す必要はないと考えている。早く行かなきゃ…って時間を気にすれば、本来の楽しさが半減するし、むしろ早朝に発って酷暑の中を「日帰りピークハント」でヤっつけることに問題がある酷暑を避けるために未明に発つのが東北の常識なら、九州であれば深夜発で早暁にピークに立ち?9時には下山しなくちゃならん(´艸`) 景色も眺めんとモクモク…ってw

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未明に発つことにより、睡眠不足が引き起こす体調不良や 焦る精神状態のほうが最悪 という今回のケーススタデイ。
不足分は”昼寝をすればいい”という対症処置を言ってるのではない。リーダーは「早く家を出ることが有効だ」という。でもこれは「夏の常套句」とは言えなくなった。むしろ「日帰り限定」で絶対的なピークハンター向けの限定句」だ。

「熱中症」「夏血栓」「虚血性疾患」「体調不良」、酷暑で死に至れば…自己責任論をかざすだけでは済まされない。
「あのとき止めていれば…」と一生悔いが残る、死亡事故の覚悟はできていたのだろうか?、炎天下であってもワンデイ踏破の愚挙を為したかったのか? パーティの異常に気づいてはいたが、山行を中止せず、ビバークにも入ろうとはせず、逆に復活・達成のミラクルを喜んだ??? 根拠もなく「過信」する「自分は大丈夫だ」…って? 死んだら終わり! まるで甘いっ!

登山」をスポーツとして捉え過ぎると自然界からしっぺ返しを食らいそう。
豊かな自然に立ち、今この瞬間を味わい人生を謳歌する…これが本来の登山の意義と考えるが、その一方 山に登る意義を忘れ「時間の虜」になって数をこなす傾向もある。「利便さ」とともに「philosophy」を失い…なぜ山に登るのか?の思考を停止または放棄したさらに最近、数値化して山を捉えるようになった。100、200、300とか? コースタイムより早いとか遅いとか? 日帰りでロングコースをヤっつけるとか?、何のためにか意味不明な「徹夜50km踏破」?、難易度や忍耐度などをネットに示し、出来た我が身を出来なかった第三者に誇示する…稚拙なヤマレコネット民の本音が透ける。(死亡事故をおこさないと愚行を批判する者もいないのか?最近のヤマレコネット民は。。。)




どこで研鑽を積んだか不明な中高年が、「ハンパない達成感だったぁ」…って┐(´ д` )┌ヤレヤレ 
結果オーライ登山」に問題点が隠れてしまったが、、、「達成感がハンパない」って?そんな独り善がりな満足と価値基準じゃ、パーティ全体の調子を推し量る裁量を持たない人と見做される。リーダー失格の発言だ。登山中に仲間が倒れた、その主因と反省を先にもたずに馬力登山でハンパない達成感を得た…とあっては情けない仲間と一緒に山を登る意味がわかっていない方のようだ。プロフによれば リーダーは「自称岳人」、記事によれば「自称登山家」だそうだが?山岳会経験者でないことはセルフレスキューの処置に入らなかったことでも直ぐにわかる。山頂を下り始めて何度も転んだ…というが、普通ならその時点で行動を止める。「自救力」を持ったパーティならそうするが シロウト登山の限界が浮き出た格好だ。

君に問う。なぜ”日帰り”という「旅のサイズ」を選んだのか?
それが君の「お手ごろサイズ」感、君の「人となり」がその「サイズ」を選ばせたということかな。実力に見合った『安全』策を選ぶとすれば、リーダーやメンバーを説得し、小屋泊りの登山計画を主張すべきだったんじゃないのか? 体調異変を発症した仲間のためにも何故それ(回避行動)ができなかったのだろう。 いつもの登山なら…たとえロングであっても優に達成できてるかもしれない…が、何度も転倒した仲間のために行動しうるのは君しかいなかったはず。

じつに「連れてって登山」は気楽だろう。。。「生き急ぐ中高年」たちの為に自分たちの若さの数時間を割いて付き合うのはなぜだろう、若い自分たちで切り開き、若い自分たちの登山を志向しないワケは何だろうと思ってしまう。僕からみれば25歳も若いのに、、、 単純に、登山にバラエティを持たせたかったのか?、ブログに「話題性」を載せたかった? 師事した写真の腕前も披露したい? フォトジェニックを追って目立ちたかった? でも チョット待てよ?、、、それって何のため??? 正しい答えは君以外、誰にもわからない。ここは冷静な判断ができるまで いつもの森に戻って「命」や「個」について深く考えたほうがいいのでは? いつもの森で鎮かに反省してはどうだろう 決心すれば 君のすべてが変わりうる。

いま解っていることは、ただ一つ。 このまま一人でハシャぐようなら 次は、大事故を招いてしまう ということだ。



山に登る、山を旅することは「philosophy」を持つことに通ずる
僕は学生時代から此のかた50年、山をピークで捉えたり、「日帰りで!」などと考えたことがない。何故って…山は単に登る行為だけではなく「心の旅」そのものと考えていたから…「旅する心」を念頭において登ってきたとも言いきれる。山に登る=山を旅することは「philosophy」を持つことと相通ずるだからこそ、長年培ってきた知性や理性を「極めてチープな馬力登山」に充てがわなかった。ましてや酷暑の中、思考回路が働かない登山などは論外としている。

つまり このケースは・・・重要な「インシデント」を含んでいるということ
結論から言えば、このような事象のために?警察や消防や遭対や僕ら山岳会が在るわけじゃないということを頭に入れておいてほしい。 此のケース、アクシデントには至らなかった。ブログに書き込みさえしなければ、誰にも知られることはなかった。ややもすれば有耶無耶にされてしまいがちの事象。まさしく赤坂 自民亭」だった。ここは是非 リーダーを始めパーティ関係者が集まって「インシデントを排するため」、酷暑登山についての鋭く突っ込んだ反省会を開いてもらいたいものだ。もう既に開催されたかもしれないけど。。。


中央アジア・『高山病で仲間を失った山岳会』元会員として警告するが、、、

「リーダーが見抜けないで いったい誰がソレを知ると言うんだ?」  (校了)









by tabilogue2 | 2018-08-06 12:09 | mount | Trackback | Comments(7)

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夏も冬も「ソロ登山」が多いので「ココヘリ」の会員になりました。入会金3000円 年会費3650円です。「ココヘリ」子機(発信機)は…年会費を払えば無償で貸与されます(別途購入は10000円)。これで、今冬、家族も仲間も安心です まあ もっとも 本人がいちばん安心しておりますけどね。

私の場合、「コンパス」会員サイト(日本山岳ガイド協会)を開き、登山計画書に「ココヘリ会員 id 」を記入しています。(警察に計画書を提出する場合でも「ココヘリ会員 id 」を記入します)。登山の際に 発信機(子機)をonにして首から下げるか ザックに入れて登山します。発信機はフル充電で約3ヶ月間、発信し続けます。 電波は5kmほど飛ぶらしいです。
もしもの場合、家族から捜索要請があれば登山計画書に基づいてヘリコプターが飛び、ほぼ2km先から確実に電波を受信可能で、上空から「ココヘリ」発信電波を受信し位置を特定します。県警などに出動要請して ピンポイントで捜索/救助にあたるというシステマチックな 今どきの遭難救助・対策の流れです。

これからは「登るだけの登山者」であってはならず 登山者として社会的にあるべき立場を考え、「迷惑」を最小限に止どめてこそ「自由な登山者」と言えるんじゃないかな? 「ココヘリ」所持が「ソロ登山者のマナー」になるといいですね。

「ココヘリ」のサイトから抜粋
遭難者の捜索・救助活動において最も時間を要するのは「捜索活動」です。ここを短縮できれば、「72時間の壁」の前に発見でき、生存率は格段に向上します。携帯電話で救助ヘリを呼んでも、上空からでは要救助者の姿が確認できず、結局死亡してしまう事が少なくありません。この課題を、「ココヘリ」が解決します。携帯電波を利用する「GPS発信機」は山間部などでは役に立たちません。「ビーコン」は数十メートルの距離(50m前後)しか電波が届きません。ヒトココは、雪による電波干渉にも強い900MHzの周波数帯の電波を自ら発信・受信するシステムなので、苛酷な自然環境の中にあっても遭難者をピンポイントで、短時間で発見することができるのです。警察・消防が捜索実験を行い導入しているという実績からも明らか

雪山で遭難した場合 「遺体」が発見されるまでの間は?
●失踪扱い
●死亡認定が下りるまで7年間、ご家族は生命保険金を受け取ることができません
●そればかりか、7年後まで掛け金を支払い続ける必要があります。
●住宅ローンも認定が下りるまで死亡による債務弁済は7年間適用されません
●長期間会社を無断欠勤扱い
●無断欠勤を理由に解雇
退職金が支払われないケースがほとんどです。

不足すると考えられる点
Compass や YAMAP、ヤマレコ など各ネット計画書と「ココヘリ側のキックで」統一データベースとして「ネット計画書」が管理できないものか? 人為的に通報が遅れた場合には ココ(通報者と第一通報経過時間)が問題になりそうです。代わりに 警察地域課が各サイトの計画書を包括的に掌握するのかどうか? 将来的にタッグの組み方というのかな?そこが解決すれば 有効度が今以上に上がると思われます。といいますのも、現状では、家族がネットを開けない場合は紙ベースの計画書をみて捜索依頼をかける…というのが、いまいち???これが 此のシステムのネックになるのではないか?と思っております。



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Jro会員はココヘリ入会の特典サービスが受けられます
Jroのサイトはこちら・・・"https://www.sangakujro.com/cocoheli/"














by tabilogue2 | 2018-07-27 13:27 | mount | Trackback | Comments(9)

安全祈願登拝 薬莱山

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山頂稜線、南峰に抜け出る!青空が見える!





「船形山のブナを守る会」
29年度最後の例会に参加してきた
 
「加美富士」、薬莱山だ。
薬師如来が祀られている山である。








薬莱山は 初めて登る山。

里山なので…、「とっておきの山」の部類に入れており 
70歳になったら…と 実現の頃合いを伺っていた。

そういう点では 今回の薬莱山初登山は貴重な意味合いを持つ。
今後の「里山登山」を占うには いい試金石となった。


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この山が 「ブナの会」新年登山に4年連続選定なされてきたのには 
なにか特別の訳でもあるのだろうか。

本日さすがにこの山に向かえば、裾野を大崎耕野に向けて大きく拡げ 
大きな山容を持ち上げる。。。
北隣り 宮崎地区から見上げるのが最も美しいと、、、 自分は思っているが。。。



アチコチの里山をたくさん観てはきているが 登ってみたいと欲する山はなく
そもそも宮城県で里山が大きいと思わせるほどのものは 何一つない。
しかしこの里山は 
全容は中新田町からずんずん近づくに連れ 視界からはみ出すほど。
なかなかのスケール感だった さすが「加美富士」と呼ばれるだけの山だ。

・・・というのがこの山の印象である。


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南峰へ向かう




泣く子も黙る…と言われるほどの県北古川の伝統ある山岳会、
「雪沓(ズンベ)山の会」と「古川どっぽ山の会」の旧メンバーさんたち
山で行き会った方々も「どっぽ」のメンバーさん5名、、、?
山を十二分に知り尽くした大人たちである。

雨でも、雪でも、嵐でも、、、経験に裏打ちされた人間のもつ安定感が感じられる。
共通の「匂い」めいたものがある…不動の落ち着き。


山に登っては、せっせとブログに写真をアップし余韻に浸る…「町場の老人」たちとは大違い。
失礼かもしれないが しかし まんざら言い過ぎでもないだろう。当たっているはずだ。

それにしても皆さんお若い 
若造小娘たちばかり30人ほどで 白い山頂付近は埋まった。

正月に一人も落ちこぼれなく登山できたことは
大いに喜びたいところである。

万年青年萬歳

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南峰から北峰を見る。今日のリーダー氏は「素手」に金剛棒、さすがに”産土の人”だ。



新年に 山に登る・・・

昔の人はどんな気持ちで 新年の山に向かったのだろう? 
けして山、自然を侮らず 自分の力量をその一歩に確かめ 
歩みを高まらせたに違いないのだが 、、、

信心深さという点で 現代人とはどれほどの違いがあるというのだろう?
祈るという点で 昔人との「差」など認められるんだろうか? 
それほど現代人も 厄介な世の中で暮らしているわけだから。。。


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”世界農業遺産”「大崎耕土」



さらに この山頂から眺める”世界農業遺産”「大崎耕土」の雄大さ 
登れば、眼下の広がりにすっかり感銘を受けることになるだろう。
それはそれは素晴らしい天然の耕野と居久根を配した散居村との調和だった。

じつは この感動を得るための登路であったということを
山頂に立って 眺めて しみじみ窺い知ることとなるのである。

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北峰山頂でランチ 北は西小野田から宮崎方面か?



 自分は不埒者なので
500mという標高を ハナから小馬鹿にしていたフシがあった。

今日の登りで700段という登拝路を持つこの山に 
大いなる畏敬の念を抱いて かえることになった。
”世界農業遺産”を眺め降ろす山・・・つまり、小バカにできない山ということ。
「初めての山」=「新発見の楽しみ」というのもある。

言い換えれば 次からの登山は「登る覚悟」もさらにグッと深まるというもの。
何事も侮ってかかってはイケナイということだろう。新年にあたり いい教訓を得た。
帰り足は北峰から派生する北東陵。標高点374を経てゲレンデ北部に下りた。
そこで反省会をする。 

モミジの枝に高貴な繭が一房 春の陽光に揺れていた。

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古代、この緑の繭を集め 「機織りもの」に献上したという



次回は2月4日の「世話人会」、、、これに私も招かれている。お餅が出るそうな
杵と臼とで餅搗きをするそうで 三本木の餅米で搗いた縁起物の振る舞い餅を味わい戴きたい(´艸`)

記念講演もあり、36年という会の歴史を史資料を通して学んでこようと思う
大和町のチバさんの「船形山探検」講演もあるというから 聞き洩らしができないか?

さて、30年度の計画について 希望する「観察コース」を出さねばならんが… 
ブナ林のきれいな所を県内から数ヶ所 それと 皆さんと花を楽しめるところを数ヶ所 
船形山山系を数ヶ所、、、など リストアップしなければいけない。

3月 南面白山ブナ二次林・かんじき踏破
 船形山系「御堂森」 もしくは荒雄岳
5月 ブナの巨木がある笹谷葡萄沢から雁戸山 
 伐採から逃れた大東岳 大行沢から北石橋  
7月 秋ノ宮温泉から神室山とキヌガサソウ群落 
 層雲峡の沢登り(大沢小屋まで)
9月 太さに度肝を抜かれる針生平の電柱ブナ
10月 船形山頂小屋薪荷揚げ
11月 冬枯れ山行 ハゲ禿の小鏑山か 大鏑山か?
正月 まだ わからない
 こんなところだろうか?


YMCA山岳会時代、「ブナを守る会」活動に参加していた。1991年前後の3年ほどのこと。
「中曽根リゾート法」が行き詰まりスキー場・リゾートの乱開発で山や村が荒れ バブルが消えトマム、シーガイヤが潰れ 
ついに97年、大きな赤字との引換えに「林野庁解体」が叫ばれ、古来の林野行政がトドメを刺され「死んだ」。

つまり「90年代」はバブル崩壊の国、国家が「日本国土の営林事業を放棄」した年代でもある。
それらの多くが「船形山のブナを守る会」の設立・活動・背景とに時期(乱開発から営林放棄まで)を合致させる。


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桜並木の登拝路 右手は薬莱山スキー場





昨年3月、初めて「ブナを守る会」の自然観察会に参加し その時の感想をしたためておいた。
「初心忘るべからず』の教訓を思い起こしながら 行事に参加してゆこうと思った次第で 
忘れる前にここに記し 思いを新たにもち 2年目も自然観察会に参加したいと思う。

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今日は北泉ヶ岳山頂のランチタイムまでは風もなく日差しもあり 良い天気。
観察会(山行)は知的な説明が付加され「カルチャー教室」さながらのアカデミックな内容が盛られていた。
なかなか他では味わえない山の奥深さを「言葉として学べた」ことで有意義な一日だった。

ソロ山行の身にとって「観察会」という「人様の言葉が耳にできる」ほどありがたいことはない。
長年山に登ってはいても「山を知る、深く識る」という点で自分の登山スタイルはどうであったろうか?
という見返りの機会にもなった。

「山を識る目」を持つことが 山に関わる見方、見識を深め、豊かな味わいにしてくれる…こと、
それと社会問題にも参画する意志を養うことが 将来的に「社会的価値」として表出するはず。

30年前に”ブナを守る”という命題に取り組んだ先輩たちが居られたという事実、
今もこうして和やかに森の観察会を継続しておられるという事実とが 
30年経ても曇りのない「社会的価値」を具体的に表しているのである…ということも、、、
今日の観察会の感想として付け加えておこう。

つまりは「登山を私的な楽しみとして捉えている」うちは
”社会的にかかわっている人間” としてはまだまだ「稚拙の域を出ない」ということでもあるのかな。
つまり餓鬼なのである(´艸`)

「山が好きな人=登山行為が好きな人」と限定的に評価されてしまいがち。
そこを一歩飛び出るには 自然観察、歴史、草木、地質などの視点などにより
副次的な「生活にかかわる教養」を身につけることが大事で、
必要とあらば 「社会的行動の意志を伴う」ことも知らねばならないよ 
と「守る会」の先輩諸氏は語っておられるのだろう。



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by tabilogue2 | 2018-01-21 21:31 | mount | Trackback | Comments(2)

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新年 明けまして おめでとうございます。
 本年も よろしくお願いいたします。 


今正月は年末から松が明けるまで家事に専念。「主夫業」というか「終活」、人生一度キリ!どっちが早く逝くかなんて誰にもわからない。 老いても「主夫」として自活する方向で!「 いつ逝くの? 今でしょ!」って?そんなのわからんw けど・・・準備だけはしとこぅ ( ´艸`) 先を見て、掃除・洗濯・炊事、なんでもこなし、「自活」をテーマに暮らし、山遊びもしよう、本も読もう。。。死に際に往生際が悪いのだけは「恥」と思って 今のうちにやれることはヤッて「老い」を生きよう。

健康なうちに「終活」ヤッておかないとネ (´艸`)  お陰さまで、正月にやってきた孫たちにはミートソースとカボチャ入りクリームシチューを作ってあげることができたし 娘たちには福島の味であるイカニンジンと田舎風味の白菜漬けを食卓に出し 福島の”ふるさと”の話題にもなった。被曝の話もしたし補償打ち切り問題もした。大事なことを娘や旦那さんたちに伝えていかないとね。立ち消えになっちゃう。

年越し蕎麦もオヤジの役目に定着、17年?になる。大根おろしを摺ってきざみ葱とワサビを用意し、茹で上げた蕎麦を冷水にガンガン晒して、水切りしたら一口大にくるくるっと捲いて大皿に盛る。くるくるくるっと大皿にたくさんの渦巻きを眺めながら蕎麦を戴くのが当家流。孫のウケがいい(´艸`)。蕎麦は大久製麺「さらしな蕎麦」と17年前の「月山正月合宿」食当で年越しそばを合宿メンバーに提供して以来ずうっとソレだ。仲間のウケが良かったのだ。

今年に限っては次女の縁戚から戴いた「七ツ森蕎麦」に変えた。芯粉で打ったきれいな蕎麦だった、タレもおいしいし、蕎麦湯もきれいに白濁した。でもよくよく考えてみると…家族が集まる年夜の晩ぐらいは「定石通り」「定番」「保守」でなくちゃいけなかったのかもなぁ(´艸`) 世の中あまりに変化し過ぎるから…、こういう団欒にこそ定番が一番、「安心」が味わえるのだと思う。
 
じつは・・・先日、七十の手習いって言うか?調理能力UPのため生まれて初めて”天ぷら”を揚げたノ(;´・ω・)あぁキンチョーした。ネットで粉の溶き方 冷水 溶きすぎない 具材の厚さ 油温 油とり紙 下味つけ などを学んで速攻で実技に挑んでみた。実際、、、野菜かき揚げの具材を天ぷら鍋に投入したら 揚げている最中に天ぷらの具材が勝手に散り散りになってしまった。で、四方八方に散ったニンジンとゴボウを集めて、それに溶いた玉ネギを乗っけて、集めて乗っけてまとめて、集めて乗っけてまとめて…を繰り返すハメにw、かき揚げならぬ「かき集め揚げ」になってしまったw どーしてこーなるの!?(。´・ω・)??? 台所の換気扇に向かい声を大にして叫びたかったぁ(´;ω;`)ナキ

クックパッドには何故?どうして?の答は書かれていない…てことは、これって「暗黙知」なんだろなぁ。 天ぷら用の「網お玉?」を使えば簡単らしい。でもまあ自分評価で1回目にしては上出来、あとは「経験知」を上げればいいと思ってみた(´艸`) ジコマン 

昨年から始めた「終活」で料理の下準備・下ごしらえが板についてきているからだと思うが、段取りなんかはパパッとできるようになった・・・それが料理が上手くいってる主因だと勝手に思っているが( `ー´)ノジガジサン。 粉を溶きすぎない 冷水で溶く 油温 具材の厚さ この4項目さえきちんとできれば油温180℃で揚げる上では何の問題もない ( ̄ー ̄) ホントカ? いつの日にか「終活料理」をネットに特集したいものだw「インスタ映え」を狙えるようになったらブログにアップしてやろw ”毎日おりょーり楽しんでるわー” とでもペイントで吹き出し…しよっと「終活いかが?」っともw。真実は常に「真逆」だ(´艸`)(キャラ弁はやり過ぎだと思うけどなぁ 本音)

家伝にしん昆布巻 家伝にしん山椒漬 人参シリシリ いかにんじん スライスニンジンのレモン和え キュウリ・玉ねぎ・大根クスクス各種サラダ&ソース各種 ジャガ芋ニョッキ・かぼちゃシチュー じゃがいも・挽肉・ベーコン炒め 肉野菜炒め レバニラ炒め なす・挽肉炒め 野菜カレー 甘塩鮭シチュー ビーフン・野菜炒め キャベツ回鍋肉 キャベツコールスロー(極細) せり鍋 タラ鍋 鍋各種 ポークジンジャー ハンバーグ ミートソース たらこスパ スープスパ各種 玉子焼き ベーコンエッグ 蕪漬け 白菜漬け キンピラゴボウ お出汁 味噌汁 吸い物 麸椀もの 魚の下処理(鰯・鯵の開き 鯖三枚おろし 鰈の五枚下ろし) 刺身各種 それに天ぷら・・・

昨年一年やり抜いた「終活」のお陰で(料理とは言い難いが)単品で30品は作れるようになった。山料理とラーメンの具、肉野菜炒めと焼ソバ・うどん、ミートソース…ぐらいしか作れなかった30歳の頃に比べたら雲泥の差、進化だ。「やろう!できる!」の合言葉通りとなった。これ以上は言わないwww にしても 女性というのは普通にこれらをチャッチャと料理しちゃってるわけだから大したもの。その腕を持ってして男の一人や二人を料理するのは、朝飯前・・・か?www

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  1. かぼちゃクリームシチューと海老入りニョッキ


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さてと、、、ここから 今日の問題だ。耳が痛いだろうけど、ちょいと聞いとくれ。

●アマチュア趣味とプロ、、、自分を売り込むためにネットを利用しようとする。その為に交際範囲を広くし、カテゴリーも山や花に特化し自己アピールに余念がない。行きつく先…は「独立願望」「コラム執筆」「企画プロデュース」「物販営業」など…ネットで身を立てるという目論見。でも余りに見え過ぎてしまうとモヤっとする。周囲は「趣味の友」として親しくしていたわけだが、本人は次の人生目標に向かい「今」を踏台にしてサッと飛び立つ。「趣味の相関図」を「商いの相関図」へと塗り替え新たな人脈を構築しようと明日へステップする。もう「趣味」という護符はつかえない。

●仮想社会の眩みに陥る、、、社会生活をある程度犠牲にしないと趣味は成就しないもの…、ただ、ソレのために仕事や家庭を放棄もしくは蓋をし、「できる自分」で居たがるのも困ったもの。実生活から乖離したネット社会で「理想的な暮らしの中にいる」「趣味を満喫する」「チャレンジする」姿をアピールしたがる。しかし読者側にすれば「真実は正反対に潜むもの」と達観する。だが、そうであっても今日も虚構を盛ろうとする・・・裏側の透かし彫りがさらに深まる。

●中高年の”パターン化”、、、2003年に”ホームページ”を始めてから15年。車趣味の集まり「泉ヶ岳ミーティング」HTML形式ホムペ以来…ネット歴は長い部類になるのかな。それだけ色んな人達を百人単位で見てきたことになる。車関係では若者たちの多様な志向を知ったし、”2ちゃんねる祭り”というネット内騒動も処置してきた。山関係では中高年の画一的な金太郎飴に出くわし、ネットを開けば中高年のパターン化された「人間模様」が間断なく寄せてくることに気づく。ここいらで…ネットに支配された思考や生活を停止しよう…と思うほど。

●仮面を被って、、、「他を意識した」自分があって、「他にウケの良い」写真や、当たり障りのない論調にうんざりする。本音が裏に押し隠され、代わりに「虚構」が表に押し出される風潮。他を「意識している」、他に「観られている」、他に「嫌われたくない」、、、そんな自分が書き綴った意味のない「仮面」たちのブログ。 それじゃぁ 反対に考えるとどうなるのだろうか?…「素の自分」が内外面に起きている事実を書く、それをどう思うかもキチンと意見を書き添える…となる。この辺が気になり当ブログも暫時休憩…点検中だ。 結局「軟弱さが身を守る」とでも人生訓を得ているのだろうか。

●主客逆転生活、、、 ネットのために、ブログネタのために、山に登っているわけじゃないだろう?耳が痛いか?w が、ココを主客転倒するケースが増えてるんじゃないのかな?皆さんはいかが?一概に否定もできない?(´▽`*) 普通に自分の生活圏をとらえると、この冬空にそんなにそんなに「事件」は起こっていないと思うが、違う?w いや? 無理して起こそうと努力してるんだったね君は。ブログネタのために三日に上げず山に登ってるんだから。 

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まだ今年も、、、里山を歩かないつもり 

今まで此の方、「里山を歩く」という概念を自分は持ちあわせてこなかった。学生時代から「山岳指向」で今もって頭の中は、標高でいえば4桁以上(出羽丘陵など例外はあるが)、高低差なら00m以上、時間で言うなら登り2時間以上。それが自分にとっての「山岳」基準であり、それ以下は意に沿わなかった。いわゆる「山の深さ」を尺度にあてがっていた。その尺度以下を「山」と称する感覚が自分には「ない」。

福島育ちだからか、学生時代から山はキスリング担いで「飯豊、朝日、吾妻…縦走一本」だった。社会人になってからも南会津の雪山だったし、仙台では「沢登り」ばかりで、里山といえば泉ヶ岳ぐらいだったろう(泉ヶ岳は奥山に分けられるけど)。逆に…僕にとっての里山は「焚き付けを拾う裏山」。その焚き付けでさえ「山止め」を決めて「山のくち」まで入山できなかったもんだが。里山はそもそも歩く対象になかった。他家の裏山でもどこでも歩くといった今の風潮がとても不思議だ(笑)そのうちイノシシの罠に人間がかかるんだろう。

幸か不幸か 体力的に登れるうちは「山岳指向」でいたい。今でもそう誓ってる。飯豊、朝日、南会津…のテント山行が主体、小屋泊まりも多くなる。朝晩の「空気感」を身に着けずに、「公然と山に登ってきた」とは言い難かった。生まれたときから山が深かったので 山での野営は違和感なしむしろ必然だ。逆にそれができなくなった時、「自分の山」という概念を捨て去ろうと思っていた。その頃からでも里山を歩き始めようか?スポーツ登山をして汗をかこうか?と思っている。

しかしそうは云っても いつまでも「自分の山」に未練タラタラ…ってのが一番よくない 一応、わかってはいる(´艸`) 


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晩酌の供 チンピラゴンボw





by tabilogue2 | 2018-01-08 20:00 | mount | Trackback | Comments(0)