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安全祈願登拝 薬莱山

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山頂稜線、南峰に抜け出る!青空が見える!





「船形山のブナを守る会」
29年度最後の例会に参加してきた
 
「加美富士」、薬莱山だ。
薬師如来が祀られている山である。








薬莱山は 初めて登る山。

里山なので…、「とっておきの山」の部類に入れており 
70歳になったら…と 実現の頃合いを伺っていた。

そういう点では 今回の薬莱山初登山は貴重な意味合いを持つ。
今後の「里山登山」を占うには いい試金石となった。


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この山が 「ブナの会」新年登山に4年連続選定なされてきたのには 
なにか特別の訳でもあるのだろうか。

本日さすがにこの山に向かえば、裾野を大崎耕野に向けて大きく拡げ 
大きな山容を持ち上げる。。。
北隣り 宮崎地区から見上げるのが最も美しいと、、、 自分は思っているが。。。



アチコチの里山をたくさん観てはきているが 登ってみたいと欲する山はなく
そもそも宮城県で里山が大きいと思わせるほどのものは 何一つない。
しかしこの里山は 
全容は中新田町からずんずん近づくに連れ 視界からはみ出すほど。
なかなかのスケール感だった さすが「加美富士」と呼ばれるだけの山だ。

・・・というのがこの山の印象である。


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南峰へ向かう




泣く子も黙る…と言われるほどの県北古川の伝統ある山岳会、
「雪沓(ズンベ)山の会」と「古川どっぽ山の会」の旧メンバーさんたち
山で行き会った方々も「どっぽ」のメンバーさん5名、、、?
山を十二分に知り尽くした大人たちである。

雨でも、雪でも、嵐でも、、、経験に裏打ちされた人間のもつ安定感が感じられる。
共通の「匂い」めいたものがある…不動の落ち着き。


山に登っては、せっせとブログに写真をアップし余韻に浸る…「町場の老人」たちとは大違い。
失礼かもしれないが しかし まんざら言い過ぎでもないだろう。当たっているはずだ。

それにしても皆さんお若い 
若造小娘たちばかり30人ほどで 白い山頂付近は埋まった。

正月に一人も落ちこぼれなく登山できたことは
大いに喜びたいところである。

万年青年萬歳

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南峰から北峰を見る。今日のリーダー氏は「素手」に金剛棒、さすがに”産土の人”だ。



新年に 山に登る・・・

昔の人はどんな気持ちで 新年の山に向かったのだろう? 
けして山、自然を侮らず 自分の力量をその一歩に確かめ 
歩みを高まらせたに違いないのだが 、、、

信心深さという点で 現代人とはどれほどの違いがあるというのだろう?
祈るという点で 昔人との「差」など認められるんだろうか? 
それほど現代人も 厄介な世の中で暮らしているわけだから。。。


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”世界農業遺産”「大崎耕土」



さらに この山頂から眺める”世界農業遺産”「大崎耕土」の雄大さ 
登れば、眼下の広がりにすっかり感銘を受けることになるだろう。
それはそれは素晴らしい天然の耕野と居久根を配した散居村との調和だった。

じつは この感動を得るための登路であったということを
山頂に立って 眺めて しみじみ窺い知ることとなるのである。

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北峰山頂でランチ 北は西小野田から宮崎方面か?



 自分は不埒者なので
500mという標高を ハナから小馬鹿にしていたフシがあった。

今日の登りで700段という登拝路を持つこの山に 
大いなる畏敬の念を抱いて かえることになった。
”世界農業遺産”を眺め降ろす山・・・つまり、小バカにできない山ということ。
「初めての山」=「新発見の楽しみ」というのもある。

言い換えれば 次からの登山は「登る覚悟」もさらにグッと深まるというもの。
何事も侮ってかかってはイケナイということだろう。新年にあたり いい教訓を得た。
帰り足は北峰から派生する北東陵。標高点374を経てゲレンデ北部に下りた。
そこで反省会をする。 

モミジの枝に高貴な繭が一房 春の陽光に揺れていた。

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古代、この緑の繭を集め 「機織りもの」に献上したという



次回は2月4日の「世話人会」、、、これに私も招かれている。お餅が出るそうな
杵と臼とで餅搗きをするそうで 三本木の餅米で搗いた縁起物の振る舞い餅を味わい戴きたい(´艸`)

記念講演もあり、36年という会の歴史を史資料を通して学んでこようと思う
大和町のチバさんの「船形山探検」講演もあるというから 聞き洩らしができないか?

さて、30年度の計画について 希望する「観察コース」を出さねばならんが… 
ブナ林のきれいな所を県内から数ヶ所 それと 皆さんと花を楽しめるところを数ヶ所 
船形山山系を数ヶ所、、、など リストアップしなければいけない。

3月 南面白山ブナ二次林・かんじき踏破
 船形山系「御堂森」 もしくは荒雄岳
5月 ブナの巨木がある笹谷葡萄沢から雁戸山 
 伐採から逃れた大東岳 大行沢から北石橋  
7月 秋ノ宮温泉から神室山とキヌガサソウ群落 
 層雲峡の沢登り(大沢小屋まで)
9月 太さに度肝を抜かれる針生平の電柱ブナ
10月 船形山頂小屋薪荷揚げ
11月 冬枯れ山行 ハゲ禿の小鏑山か 大鏑山か?
正月 まだ わからない
 こんなところだろうか?


YMCA山岳会時代、「ブナを守る会」活動に参加していた。1991年前後の3年ほどのこと。
「中曽根リゾート法」が行き詰まりスキー場・リゾートの乱開発で山や村が荒れ バブルが消えトマム、シーガイヤが潰れ 
ついに97年、大きな赤字との引換えに「林野庁解体」が叫ばれ、古来の林野行政がトドメを刺され「死んだ」。

つまり「90年代」はバブル崩壊の国、国家が「日本国土の営林事業を放棄」した年代でもある。
それらの多くが「船形山のブナを守る会」の設立・活動・背景とに時期(乱開発から営林放棄まで)を合致させる。


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桜並木の登拝路 右手は薬莱山スキー場





昨年3月、初めて「ブナを守る会」の自然観察会に参加し その時の感想をしたためておいた。
「初心忘るべからず』の教訓を思い起こしながら 行事に参加してゆこうと思った次第で 
忘れる前にここに記し 思いを新たにもち 2年目も自然観察会に参加したいと思う。

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今日は北泉ヶ岳山頂のランチタイムまでは風もなく日差しもあり 良い天気。
観察会(山行)は知的な説明が付加され「カルチャー教室」さながらのアカデミックな内容が盛られていた。
なかなか他では味わえない山の奥深さを「言葉として学べた」ことで有意義な一日だった。

ソロ山行の身にとって「観察会」という「人様の言葉が耳にできる」ほどありがたいことはない。
長年山に登ってはいても「山を知る、深く識る」という点で自分の登山スタイルはどうであったろうか?
という見返りの機会にもなった。

「山を識る目」を持つことが 山に関わる見方、見識を深め、豊かな味わいにしてくれる…こと、
それと社会問題にも参画する意志を養うことが 将来的に「社会的価値」として表出するはず。

30年前に”ブナを守る”という命題に取り組んだ先輩たちが居られたという事実、
今もこうして和やかに森の観察会を継続しておられるという事実とが 
30年経ても曇りのない「社会的価値」を具体的に表しているのである…ということも、、、
今日の観察会の感想として付け加えておこう。

つまりは「登山を私的な楽しみとして捉えている」うちは
”社会的にかかわっている人間” としてはまだまだ「稚拙の域を出ない」ということでもあるのかな。
つまり餓鬼なのである(´艸`)

「山が好きな人=登山行為が好きな人」と限定的に評価されてしまいがち。
そこを一歩飛び出るには 自然観察、歴史、草木、地質などの視点などにより
副次的な「生活にかかわる教養」を身につけることが大事で、
必要とあらば 「社会的行動の意志を伴う」ことも知らねばならないよ 
と「守る会」の先輩諸氏は語っておられるのだろう。



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by tabilogue2 | 2018-01-21 21:31 | mount | Trackback | Comments(2)

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新年 明けまして おめでとうございます。
 本年も よろしくお願いいたします。 


今正月は年末から松が明けるまで家事に専念。「主夫業」というか「終活」、人生一度キリ!どっちが早く逝くかなんて誰にもわからない。 老いても「主夫」として自活する方向で!「 いつ逝くの? 今でしょ!」って?そんなのわからんw けど・・・準備だけはしとこぅ ( ´艸`) 先を見て、掃除・洗濯・炊事、なんでもこなし、「自活」をテーマに暮らし、山遊びもしよう、本も読もう。。。死に際に往生際が悪いのだけは「恥」と思って 今のうちにやれることはヤッて「老い」を生きよう。

健康なうちに「終活」ヤッておかないとネ (´艸`)  お陰さまで、正月にやってきた孫たちにはミートソースとカボチャ入りクリームシチューを作ってあげることができたし 娘たちには福島の味であるイカニンジンと田舎風味の白菜漬けを食卓に出し 福島の”ふるさと”の話題にもなった。被曝の話もしたし補償打ち切り問題もした。大事なことを娘や旦那さんたちに伝えていかないとね。立ち消えになっちゃう。

年越し蕎麦もオヤジの役目に定着、17年?になる。大根おろしを摺ってきざみ葱とワサビを用意し、茹で上げた蕎麦を冷水にガンガン晒して、水切りしたら一口大にくるくるっと捲いて大皿に盛る。くるくるくるっと大皿にたくさんの渦巻きを眺めながら蕎麦を戴くのが当家流。孫のウケがいい(´艸`)。蕎麦は大久製麺「さらしな蕎麦」と17年前の「月山正月合宿」食当で年越しそばを合宿メンバーに提供して以来ずうっとソレだ。仲間のウケが良かったのだ。

今年に限っては次女の縁戚から戴いた「七ツ森蕎麦」に変えた。芯粉で打ったきれいな蕎麦だった、タレもおいしいし、蕎麦湯もきれいに白濁した。でもよくよく考えてみると…家族が集まる年夜の晩ぐらいは「定石通り」「定番」「保守」でなくちゃいけなかったのかもなぁ(´艸`) 世の中あまりに変化し過ぎるから…、こういう団欒にこそ定番が一番、「安心」が味わえるのだと思う。
 
じつは・・・先日、七十の手習いって言うか?調理能力UPのため生まれて初めて”天ぷら”を揚げたノ(;´・ω・)あぁキンチョーした。ネットで粉の溶き方 冷水 溶きすぎない 具材の厚さ 油温 油とり紙 下味つけ などを学んで速攻で実技に挑んでみた。実際、、、野菜かき揚げの具材を天ぷら鍋に投入したら 揚げている最中に天ぷらの具材が勝手に散り散りになってしまった。で、四方八方に散ったニンジンとゴボウを集めて、それに溶いた玉ネギを乗っけて、集めて乗っけてまとめて、集めて乗っけてまとめて…を繰り返すハメにw、かき揚げならぬ「かき集め揚げ」になってしまったw どーしてこーなるの!?(。´・ω・)??? 台所の換気扇に向かい声を大にして叫びたかったぁ(´;ω;`)ナキ

クックパッドには何故?どうして?の答は書かれていない…てことは、これって「暗黙知」なんだろなぁ。 天ぷら用の「網お玉?」を使えば簡単らしい。でもまあ自分評価で1回目にしては上出来、あとは「経験知」を上げればいいと思ってみた(´艸`) ジコマン 

昨年から始めた「終活」で料理の下準備・下ごしらえが板についてきているからだと思うが、段取りなんかはパパッとできるようになった・・・それが料理が上手くいってる主因だと勝手に思っているが( `ー´)ノジガジサン。 粉を溶きすぎない 冷水で溶く 油温 具材の厚さ この4項目さえきちんとできれば油温180℃で揚げる上では何の問題もない ( ̄ー ̄) ホントカ? いつの日にか「終活料理」をネットに特集したいものだw「インスタ映え」を狙えるようになったらブログにアップしてやろw ”毎日おりょーり楽しんでるわー” とでもペイントで吹き出し…しよっと「終活いかが?」っともw。真実は常に「真逆」だ(´艸`)(キャラ弁はやり過ぎだと思うけどなぁ 本音)

家伝にしん昆布巻 家伝にしん山椒漬 人参シリシリ いかにんじん スライスニンジンのレモン和え キュウリ・玉ねぎ・大根クスクス各種サラダ&ソース各種 ジャガ芋ニョッキ・かぼちゃシチュー じゃがいも・挽肉・ベーコン炒め 肉野菜炒め レバニラ炒め なす・挽肉炒め 野菜カレー 甘塩鮭シチュー ビーフン・野菜炒め キャベツ回鍋肉 キャベツコールスロー(極細) せり鍋 タラ鍋 鍋各種 ポークジンジャー ハンバーグ ミートソース たらこスパ スープスパ各種 玉子焼き ベーコンエッグ 蕪漬け 白菜漬け キンピラゴボウ お出汁 味噌汁 吸い物 麸椀もの 魚の下処理(鰯・鯵の開き 鯖三枚おろし 鰈の五枚下ろし) 刺身各種 それに天ぷら・・・

昨年一年やり抜いた「終活」のお陰で(料理とは言い難いが)単品で30品は作れるようになった。山料理とラーメンの具、肉野菜炒めと焼ソバ・うどん、ミートソース…ぐらいしか作れなかった30歳の頃に比べたら雲泥の差、進化だ。「やろう!できる!」の合言葉通りとなった。これ以上は言わないwww にしても 女性というのは普通にこれらをチャッチャと料理しちゃってるわけだから大したもの。その腕を持ってして男の一人や二人を料理するのは、朝飯前・・・か?www

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  1. かぼちゃクリームシチューと海老入りニョッキ


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さてと、、、ここから 今日の問題だ。耳が痛いだろうけど、ちょいと聞いとくれ。

●アマチュア趣味とプロ、、、自分を売り込むためにネットを利用しようとする。その為に交際範囲を広くし、カテゴリーも山や花に特化し自己アピールに余念がない。行きつく先…は「独立願望」「コラム執筆」「企画プロデュース」「物販営業」など…ネットで身を立てるという目論見。でも余りに見え過ぎてしまうとモヤっとする。周囲は「趣味の友」として親しくしていたわけだが、本人は次の人生目標に向かい「今」を踏台にしてサッと飛び立つ。「趣味の相関図」を「商いの相関図」へと塗り替え新たな人脈を構築しようと明日へステップする。もう「趣味」という護符はつかえない。

●仮想社会の眩みに陥る、、、社会生活をある程度犠牲にしないと趣味は成就しないもの…、ただ、ソレのために仕事や家庭を放棄もしくは蓋をし、「できる自分」で居たがるのも困ったもの。実生活から乖離したネット社会で「理想的な暮らしの中にいる」「趣味を満喫する」「チャレンジする」姿をアピールしたがる。しかし読者側にすれば「真実は正反対に潜むもの」と達観する。だが、そうであっても今日も虚構を盛ろうとする・・・裏側の透かし彫りがさらに深まる。

●中高年の”パターン化”、、、2003年に”ホームページ”を始めてから15年。車趣味の集まり「泉ヶ岳ミーティング」HTML形式ホムペ以来…ネット歴は長い部類になるのかな。それだけ色んな人達を百人単位で見てきたことになる。車関係では若者たちの多様な志向を知ったし、”2ちゃんねる祭り”というネット内騒動も処置してきた。山関係では中高年の画一的な金太郎飴に出くわし、ネットを開けば中高年のパターン化された「人間模様」が間断なく寄せてくることに気づく。ここいらで…ネットに支配された思考や生活を停止しよう…と思うほど。

●仮面を被って、、、「他を意識した」自分があって、「他にウケの良い」写真や、当たり障りのない論調にうんざりする。本音が裏に押し隠され、代わりに「虚構」が表に押し出される風潮。他を「意識している」、他に「観られている」、他に「嫌われたくない」、、、そんな自分が書き綴った意味のない「仮面」たちのブログ。 それじゃぁ 反対に考えるとどうなるのだろうか?…「素の自分」が内外面に起きている事実を書く、それをどう思うかもキチンと意見を書き添える…となる。この辺が気になり当ブログも暫時休憩…点検中だ。 結局「軟弱さが身を守る」とでも人生訓を得ているのだろうか。

●主客逆転生活、、、 ネットのために、ブログネタのために、山に登っているわけじゃないだろう?耳が痛いか?w が、ココを主客転倒するケースが増えてるんじゃないのかな?皆さんはいかが?一概に否定もできない?(´▽`*) 普通に自分の生活圏をとらえると、この冬空にそんなにそんなに「事件」は起こっていないと思うが、違う?w いや? 無理して起こそうと努力してるんだったね君は。ブログネタのために三日に上げず山に登ってるんだから。 

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まだ今年も、、、里山を歩かないつもり 

今まで此の方、「里山を歩く」という概念を自分は持ちあわせてこなかった。学生時代から「山岳指向」で今もって頭の中は、標高でいえば4桁以上(出羽丘陵など例外はあるが)、高低差なら00m以上、時間で言うなら登り2時間以上。それが自分にとっての「山岳」基準であり、それ以下は意に沿わなかった。いわゆる「山の深さ」を尺度にあてがっていた。その尺度以下を「山」と称する感覚が自分には「ない」。

福島育ちだからか、学生時代から山はキスリング担いで「飯豊、朝日、吾妻…縦走一本」だった。社会人になってからも南会津の雪山だったし、仙台では「沢登り」ばかりで、里山といえば泉ヶ岳ぐらいだったろう(泉ヶ岳は奥山に分けられるけど)。逆に…僕にとっての里山は「焚き付けを拾う裏山」。その焚き付けでさえ「山止め」を決めて「山のくち」まで入山できなかったもんだが。里山はそもそも歩く対象になかった。他家の裏山でもどこでも歩くといった今の風潮がとても不思議だ(笑)そのうちイノシシの罠に人間がかかるんだろう。

幸か不幸か 体力的に登れるうちは「山岳指向」でいたい。今でもそう誓ってる。飯豊、朝日、南会津…のテント山行が主体、小屋泊まりも多くなる。朝晩の「空気感」を身に着けずに、「公然と山に登ってきた」とは言い難かった。生まれたときから山が深かったので 山での野営は違和感なしむしろ必然だ。逆にそれができなくなった時、「自分の山」という概念を捨て去ろうと思っていた。その頃からでも里山を歩き始めようか?スポーツ登山をして汗をかこうか?と思っている。

しかしそうは云っても いつまでも「自分の山」に未練タラタラ…ってのが一番よくない 一応、わかってはいる(´艸`) 


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晩酌の供 チンピラゴンボw





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by tabilogue2 | 2018-01-08 20:00 | mount | Trackback | Comments(0)

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大日岳



年金受給者になってから山行総括を毎年書いてきたが ブレないように毎年同じ観点で自分の登山行為を観てきた… 建てた目標に対して結果はどうであったか?、反省をどのように活かしてきたか?、ブレないと宣言しつ結果が伴ったか?など。以下、読んでいくうちに僕の意図とその変化 肉体的な欠陥と挑めない弱さなどが綴られ 高齢ながらも面白い「自分録」と思っている。半世紀という登山歴の中で、30歳中半から毎年総括をするというのは、数年まとめて最後の年に一度だけの「美化された思い出を語る」総括で済ませるのとはワケが違う肉体的、精神的に毎年の変化がわかるので脚色のしようがない「素」な自分が観察できて面白いのだ。この4年、肉体的な後退をカバーするかのように「精神的な強がりが自分を山に向かわせている」というのがわかる。

年初に、登山する山を月別に公表し 毎月それを達成してゆく」、その年に敢行できなかった山行計画は翌年、翌々年に必ず実行している、いったん計画したものは貫徹するという”頑固”というか”しつこさ”は自分らしいw。おかげで、この4年間「宣言した150ほどの山行計画で未遂は10コースだけ」になった。宣言>公開>実行なんて「頑固」じゃないとできないもの。日常生活はだらしなさの権化だけどねwww 願わくは「同人組織」があって少数の仲間さえいればもっと面白い最後の数年になったであろう…と思われるが しかし「山は寡黙に限る」というのも自分らしい言葉なので今の環境的にはベストな記録だと思っている(´艸`) 



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寒江山と 二ツ石尾根



2014
総括するのはまだ早いのだけれども かといって じゃあ 年末ならできるのか?なんて自問すれば答えも出せないので、今のうちに今年の総括をしておこうと思う。

勤務が役職とともに責任が重くなり、激務の毎日に山には行かなくなって(山岳会を辞めて) 早や15年が過ぎようとしている。その間、もともと好きだった車趣味に身を置き それに10年費やし「仙台泉ヶ岳ミーティング継続開催」と「仙台ヒストリック&クラシックカーミーティング」というイベントを主催してきた。今 それらも後進に任せ、ようやく自分だけの山歩きを再開して今年で2年目となる。

先に概括すれば、特に気負うことなく今年は歩きとおせたと思う。よくありがちな?、ただ なんとなくパスしたり、日常に流されたり、かまけたり、途中で投げ出したり、、、悪い事例がたくさんある中でw 、年間計画を立てて、わざわざそれを公開して、自分で自分を縛り付けて一年を歩きとおさせた。やると決めたらやる、意地っ張りなのでほぼ貫徹できたと思っている。

アチコチの山を登る歳でもないし、横っ飛びに名山を追いかける男でもないのでw、過去に沢ヤで蓄えた中から「朝日」と「神室」と「南会津」とを選び、それらをテーマに、同じ山を登山口を変えながら また季節を変えながら登ってきた。それが最も自分らしい登り方だと思っていた。特に 秋山に関しては 山岳会時代もことさら時間をかけて計画を組んだわけでもないので 今年ほどブナ林の黄葉を眺めた時はないといった感想を持つ。

反省もある・・・、今年は2年目だから容認するけど(笑)、、、来年からは もっと幕営山行を増やさないと真の「山」は味わえない。じゃないと「山での生活技術」のスキルが上がったとはいい難い。小屋泊まりにせよ 幕営にせよ、ソロ山行には「装備重量」「食事量目」「対孤独感」も含めて「自身の耐久性能を上げる」ことは絶対・必要条件だ。 その点が気掛かり、自分の健康具合とも要相談だがいい山を目指すなら「体力増強」「自己完結」は必須だ。

◆今年登った山? (延べ 31日)
宮城の山・・・ 泉ヶ岳(2) 二口(2) 蔵王(1)
山形の山・・・ 置賜駒(2) 面白山(1) 神室連峰(5) 朝日連峰(9)
福島の山・・・ 安達太良山(1) 三岩(2) 会津駒(2)
岩手の山・・・ 焼石(1) 和賀(1)
秋田の山・・・ 秋田駒(2)

◆今年の目標 1・・・毎月、2つ登る!
23回 延31日だから ほぼ達成できたと思う
来年は月2回ペース 日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 延36日ほどを実現実行したい

◆今年の目標 2・・・山中泊で!
8回  ほぼ達成できたと思う (小屋泊4・幕営4・車中泊0・焚火1)
来年は 焚火ができる幕営山行ルートを考える(例:角楢ベース。沢内-和賀川幕営-和賀岳)

◆今年の目標 3・・・山域を絞って!
計画通り 朝日と神室に集中できた。
来年は 朝日(小屋泊) 飯豊(小屋泊) 南会津(幕営) 裏岩手(小屋泊) 神室&二口
花・・・和賀、焼石、鳥海、月山、
夏・・・朝日、平ヶ岳、三ッ岩、  
秋・・・飯豊、裏岩手、二口、神室 
雪・・・泉ヶ岳、船形

◆残雪期
7回 ( 30%)
*冬場は車がなかったので バスと電車利用で山に行った (w)
来年は トレーニングとして位置付け、泉ヶ岳の冬季幕営も考慮する

◆いけなかった山
朳差、裏岩手、平ヶ岳、月山、吾妻谷地平小屋泊、
単独で移動距離が長いというのは けっこう厳しい
来年は 朳差~門内(3泊)、裏岩手(2泊)、平ヶ岳(幕営)、谷地平小屋(泊)で

◆歩けなかったコース
角楢-蛇引-祝瓶循環、
これは あの事故さえなければ 下見だけでもできたはずw
来年は 角楢ベースで試登後、赤鼻幕営での循環ルート

◆初体験・・・チャレンジ!
沢内から和賀岳、朝日山毛欅峠、会津駒の小屋泊り
来年は 飯豊北部(二王子、朳差)、門内小屋管理人訪問

◆山料理・・・野菜中心のパターン化!
今年の定番 ( グリーンカレー、ミネストローネ、肉うどん、ちばき屋ラーメン)
来年は 節水パスタに挑戦

◆紀行文は・・・冬に書く。 南会津になるかな・・・?

陽だまりハイキング?と称して初冬の二口山塊を あと2回登るだけになってしまったが、、、こんな風に、今年の振り返りができること、自分として貫徹できたことを 素直に嬉しく思っている。今年行けなかった山は 来年必ずフォローするつもり。

もともとの再開動機が「健康管理」だったので、結果、体重も68kgと現役時代のベストに落着き、血圧も120以下にぐっと下がったし、血液検査では血糖値120以下、中性脂肪も95・・・と尿酸値以外はなかなかの数値なので これを良いことに来年も山登りを続けたいと思う。アルコールを辞めるのは 死ね!と言われたも同じ、どだい無理な話なので尿酸値は当分よくならないと思う。循環器科医に 「晩酌は一日どれくらいですか?」と質問され 「い、一本です」と嘘をつくのは止めようと思う(爆) この冬から「水曜休肝日」を確実に実行する。


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神室連峰八森山

賑やかな夏がすっかり終わって この秋も初冬の様相だ
山にかかわった仲間も静かに 山との関わりを見つめなおしている
秋の山は思考の場、山への思いを じっくりと友に語ってみよう!



2015
早いもので 今年も総括する時期に・・・。夏山再開5年目、雪山再開3年目。

① 概括
今年はサンデー毎日の恩恵で 登山計画は余裕でこなせた。
快晴で気持ちの充実したときに山行すれば良いので とても楽ちんだった。
② 天候
雨の日に歩いたのは1日だけ。小屋泊まりの翌日が雨という結果的なもの。
40日の登山日数のうち 39日は曇りか晴れの天気だった。
③ テント(泊)
山に親しむことが出来た。小屋泊まりも平日なので余裕だった。
山岳テントを新調した。テントを担いで…どこかへ!夢想中。 徘徊老人じゃないよ(笑)
④ 好みの山域
絞れてきた。初登で神経を使ったのは「飯豊北部」のみだった。
・今年は「朝日」「飯豊北部」「南会津」「裏岩手」を選び、登ってきた。
・同じ山を登山口や季節を変え 2年続けて登ってきた。このメリットは大きい。
・来年も同じ山域で、テント携行・・・、それが自分らしい登山スタイルだと思っている。
・アチコチの山に登ることはしない。経験値のない山は下調べが複雑になる。
・横っ飛びに名山を追いかけることはしない。それは 自分の性格に合わないから・・・。
・1000m以下の山には登らない(無雪期)。もっと年老いてからでも里山なら間に合う。
⑤ 年間計画
計画を立て、公開して自分を縛り、一年を歩きとおせた。
昨年同様、やると決めたらやる!、計画は ほぼ貫徹できたと思っている。
⑥ 反省
もっと幕営山行を増やさないと 真の「山」は味わえない。
小屋泊まりにせよ幕営にせよ、ソロ山行には「装備重量」「食事量目」「対孤独感」も含め
高年齢なりに「耐久性能を上げる」ことは絶対・必要条件。自己の 限界を知って、維持すること。
⑦ 課題として・・・
古巣YMCA山岳会に戻らずに、「中高年の山歩きの会」に入会しようかな?と思うことがあった。
移動に単独行の限界を感じる。さらに縦走計画ができないなど 配車、長距離運転に問題が多々。
「互いに」学習したり技術を高め合ったり 「共同で」訓練したり合宿したり 何かと楽しそうだ。
⑧ 山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 42日)
宮城の山・・・ 泉ヶ岳(2) 二口(5) 蔵王(2)栗駒(1)
山形の山・・・ 栗子(2)面白山(5) 神室連峰(1) 朝日連峰(7)飯豊連峰(4)葉山(1)月山(3)
福島の山・・・ 吾妻(1)安達太良山(1) 尾瀬(4)*燧ヶ岳回避!
岩手の山・・・ 焼石(1)
秋田の山・・・ 秋田駒(2)*噴煙忌避!
◆今年の目標 1・・・毎月、2つ登る!
ほぼできた
延べ42日
◆今年の目標 2・・・山中泊で!
ほぼできた
山中泊 10日・・・小屋泊8(食事つき小屋2)・幕営2・車中泊0・焚火泊0
山岳テントを新調した! これが大きい前泊の要因
◆今年の目標 3・・・山域を絞って!
ほぼできた 
朝日(小屋泊) 飯豊(小屋泊) 南会津(幕営) 裏岩手(小屋泊) 
神室&二口(日帰り)
◆残雪期
7回 *冬は車がない。JR仙山線で面白山・市営バスで泉ヶ岳に通った 来年も同じ
◆いけなかった山
平ヶ岳、吾妻・谷地平小屋泊、
◆歩けなかったコース
角楢ベース、赤鼻幕営での循環ルート
◆連泊縦走
飯豊での2泊以上 できた
朝日での2泊以上 できなかった(大鳥池小屋に行けなかった)
裏岩手の2泊以上 できなかった(八瀬森小屋に行けなかった)
◆初体験・・・飯豊北部(足ノ松尾根・新潟からのアプローチ)
◆山料理・・・
今年の定番 ( グリーンカレー、ミネストローネ、肉うどん、ミートソース、ラーメン)
来年は 晩秋に鍋
◆紀行文は・・・今年も秋・冬に書く。
活字を読む! 長文を忍耐強く完璧に読破する! 
奥会津の日常生活・暮らし向きを学ぶ・・・「会津学」
写真 もっとスナップする! 山ばかりじゃダメ、「暮らし向き」も撮る!
⑨「健康管理」
体重 68kgと現役時代のベストに戻った。血圧 120前後になった
血液検査では血糖値が 110、HbA1c指標が 5.7%・・・と良い数値(2ヶ月毎の循環器科定期健診)
今年は大酒を飲む機会がなかった(サラリーマン勤めを辞め ストレスがないから?)
「週一休肝日」を継続する(来年は休肝日週3、できて当たり前!になる)
* 煙草は60歳の誕生日に禁煙を誓い 翌日から止めた。 一本も喫わずに5年になる。
⑩来年の山
花・・・鳥海、田代・帝釈、秋田駒 (田代山と鳥海の萬助小屋が楽しみ)
夏・・・以東小屋、東俣-朳差、平ヶ岳、三ッ岩-窓明 (以東小屋の建て替えが楽しみ) 
秋・・・朝日、飯豊、裏岩手、新庄神室、会津駒、燧ヶ岳 (縦走が楽しみ)
雪・・・泉ヶ岳、面白山、栗子-七ツ森 (今冬も面白山だwww)
来年も月2回ペース 日帰り(12日)泊まり(24日) 延36日ほど計画する
沢登りを4回 目標は二口本流の沢、出羽丘陵・中野俣峡谷の沢(甘かった)
⑪来年の小屋泊・テン泊
飯豊北部・朳差~門内、朝日縦走・酒田-左沢♨、裏岩手(2泊)、平ヶ岳(2泊)、谷地平小屋(泊)
⑫18歳から
山を登り始めて・・・もはや 47年か。。。語れるほどの山、そんな年齢になった ということかな。皆さんが今味わってる事、今感激してる事・・・は とうに味わってきた。子供でも歩ける「安全な北ア」は毎年夏休みに登ってきた。未達は五竜-鹿島、烏帽子-針ノ木-赤沢。山岳会で沢も雪山も人並みに登ってきた。夏道なら今後70歳まで、と思っている。そこから先は「里山歩き」「電車の旅」「会津の暮らしを尋ねる旅」、、、農家民泊で。
⑬車関係
意図して遠ざかりつつあるのだけれども・・・その意図を誰が知りえているかは謎。「心の問題」なので時々変化する(笑)  後輩が自覚しないことにはダメかも。。。
それと、レースもしない サーキットも走らなくなっているのに・・・いつまでも 車、車、と騒いでも 自分にとっては意味がないように思えてきた。
車という「文明の利器」とつきあってきたが、根本の「文化」を理解するということが車世界にはない。戦争という「文明の果て」を考えるといった「根本的なこと」が 車の世界にはない。戦争のために車という乗り物が研究され発展してきたにもかかわらず である。
それは文明との付き合いでしかなく 悪く言えば「旧車の持ってる価値」とつきあっているようなもの。もう限界かもね。原付のボロカブを弄っている方が よほど楽しいと個人的には思う。
⑬写真関係
今年は 真面目に撮らなかった!と言える。Nikon F3を一度持ち出しただけ。ほとんど Fujifilmのミラーレス一眼で済ませた。「カメラも軽量化」に完全に移行した。重いレンズ抱えて山に登っても疲れるだけ・・・、軽いカメラが一番! つくづくそう思う。


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宮城蔵王 ロバの耳岩(火成岩のピーク)、尾根を流れ出た「エプロンシート」



2016
① 概括
今年で夏山登山を再開して6年目、雪山を再開して4年目となった。昨年と変わったところは、かつて現役時代を思い出しながら「沢登り」を再開したこと(今夏は4回のみ)、対象となる山域を絞り込んだこと この2点が特徴的だ。また 沢登りのおかげで、だいぶ夏山を味わう身に変化が生じた。例えば 遠くより近くの山に通う頻度が多くなったことなんかは、「沢登りの本質」を知りえていることから来るものだろう。 つまり沢登りはピークを求めない山登りであること、沢を登ること自体が楽しいスポーツであるということだ。 

それともう一つ 山行形態に変化があり、「グループ山行」を2回経験したことがあげられる。 昨年、「中高年の山歩きの会」に入会しようか・・・?と思い悩んだのだが今年はその門戸をたたいてみた。お世話になる先は「山クラブ KAMURO」という沢登りと夏道歩きと山スキーをされている仙台のクラブ。11月からの参加で まだ2回の体験だが、今後は同年代 同世代の気楽さが得られるかと思っている。当面 沢登りが中心の参加になるのだろうけど、夏道も含めての本格的活動参加は来年後半からに・・・なるかな? (やり残している課題があるので在籍1年でKAMUROを退会した。 KAMUROでの沢は1回のみ)

それと、単独では車移動に限界を感じるようになったことや、「縦走」ができない、配車・長距離運転に問題が多々表面化してきたこと、歩行バランスの悪さに少し対策を講じたいこと などが入会の動機。

一時、古巣の山岳会に戻ろうか?とも考えたが、かつて私が在籍していた当時と比較し、会は「志し」もだいぶ違ってきているようなので、ゆくゆくソロになるのが目に見えていることが躊躇の原因で 古巣復帰は辞めた。YMCA山岳会は仙台の「沢ヤ集団」として(同人組織のような?)一筋通った山岳会、のこのこ出しゃばるよりも OBはOBのままでいたほうが現役にとっても良いだろうから。。。

山の捉え方、目標の持ち方、自分の山、山行スタイル・・・などについては 過去において数篇、このブログに書き記してきているので 特に「総括」として考えを書き記すことをしなかった。昨年同様、「概括」で済ませるつもり。

② 天候
今年も雨の日に歩いたのは1日だけ。小屋泊の翌日が雨という結果的なもの。
40日の登山日数のうち 1日が雨降りだった。
③ 山中泊
前泊を含めて「山行日程」に余裕ができ 山に親しむことが出来た。平日で余裕だった。
休日の山行用に「自立式」のツェルトを新調した。小屋が混んでも、風雨でも、ツェルトがあれば安心だから。
④ 好みの山域
今年は 鳥海山に8日、朝日連峰に5日、笹谷・雁戸山に4日、二口に3日 (近場で通える山がよい)
南会津に7日 (最も遠い山域は、南会津になる)
⑤ 年間計画
今年も計画を公開して自分を縛り、一年を歩きとおした。
⑥ 反省
小屋泊、幕営山行を もっともっと増やさないと、、、「真の山」は味わえないこと。
「装備重量」「食事量目」「対孤独感」など耐久性能を上げ 自己の限界を高めに維持すること。

山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 40日)
宮城の山 11・・・ 泉ヶ岳(4) 二口(3) 蔵王(3)栗駒(1)
山形の山 18・・・ 栗子(2)面白山(2) 朝日連峰(5)月山(1)鳥海山(8)
福島の山 11・・・ 吾妻(1)安達太良山(1) 尾瀬(1)燧ヶ岳(1)平ヶ岳(3)三ツ岩(2)七ヶ岳(1)佐倉山(1)
2014年は神室連峰を、2015年は朝日連峰を、2016年は鳥海山を、2017年は飯豊連峰に絞って通いたい?

◆目標 1・・・「毎月、2つ登る!」
◆目標 2・・・「山中泊で!」山中泊13日・・・ 小屋泊9(食事つき小屋2)・幕営2・車中泊0・焚火泊0・民宿2(素泊り1)
◆目標 3・・・「山域を絞って!」 鳥海(小屋泊) 朝日(小屋泊) 南会津(小屋泊・幕営・民泊) 

◆積雪・残雪期
6回 *JR仙山線で面白山 栗子山 来年は南会津
◆いけなかった山
飯豊、谷地平小屋泊、
朝日、祝瓶 蛇引ベース、赤鼻幕営での循環ルート
◆連泊縦走
平ヶ岳のみ
◆紀行文・エッセイ
秋・冬に書く(ほとんど会津関連)
活字を読む! 長文を忍耐強く完璧に読破する! 
奥会津の日常生活・暮らし向きを学ぶ・・・「会津学」

◆2017年の山 (赤色は未達)
1月・・・面白山
2月・・・栗子山、南面白面白山県境横断
3月・・・不忘山、吾妻山、泉ヶ岳栗子-七ツ森
4月・・・大東岳、山形神室長須ヶ玉山、大中子山
5月・・・雁戸山、月山、屏風、不忘、坪入山
6月・・・飯豊・朳差木賊温泉-田代山、南本内、高下-和賀
7月・・・鳥海・大清水小屋、朝日・障子、朝日・竜門、
8月・・・新島々-徳本峠朝日・角楢-蛇引祝瓶
9月・・・朝日・三面ダム-相模山、大日杉-大日岳、小白布沢-飯豊、佛性池小屋(泊)、
八幡平ー裏岩手
10月・・・吾妻・谷地平飯豊・朳差鳥海-千畳ヶ原-秡川
11月・・・二口渓谷、雁戸、新庄神室北泉-船形連峰

月2回ペース 延40日ほど計画する
日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 沢登りを4回
里山散策は遠慮する まだまだ ”山岳”指向で過ごしたい 


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西吾妻人形石付近


2017

自分がどれだけ山を愛せたのか?登山者としての「品質」を記録に録ってみた。今年で4回目の記録(総括)になるのかな? 昨日の事さえ思い出せないこの頭でw、自分の行動を年単位で把握するなんて、そうざらにあるもんじゃない。

冒頭だが、、、”息抜き”と称して漫然と登山し登った「回数」だけを数えてみたところで 山への情熱バロメーターにはならないw とまず一言 述べておこう。さらに追い打ちw、「回数と質」は比例しない…とも。 どんな意図で、どんな風に登ろうとしたのか? が抜けていたのでは無意味だ。泊まりの計画や食事の計画や単独行の計画を課し、山に泊まって歩き抜かないことには「質のレベルアップ」なんか到底望めやしない。 何も努力せず、好結果だけを期待するなんて… 覚悟もないのに初詣の神社にだけは並ぶ… これと同じ、愚かに思える。負荷のない日帰り山行を数多く増やしたところで、体力はついても「いい山に登れた」なんて口にもできない。「回数」にプラスして「意図」、『狙い』を持たないと質のレベルは…到底上がらない。
以下 ご笑覧あれ(*´▽`*)

① 概括
「体調も良く 血圧も110台 体重も現役時代のベスト体重65キロ」・・・月に2度、適度の「負荷登山」が体調を良くしている ってデータで即ぐ解る。環境的には頭の混乱を引き起こす劇変もなく、特にアレをしたコレをしたということもなく、平易に推移したと思っている。私生活は 来年どうなるかわからないけど。。。

「山・山行に関して」
レベル的な登山ができた。年齢的に無理ができない身、隻眼による視覚障害などいろいろと制約があるもので、そんな中で「一人で山を歩く」「自活する」ことを違和感なく実践でき 何よりも嬉しい。グループでなら明るく楽しく何処へでも行けるのに、単独になった途端に手も足も出なくなってしまう。曰く、「山はもう卒業だ」…よく耳にするパターン。一人じゃ面倒、熊が怖い、平日登山は淋しい、誰かと一緒でなきゃ歩けない、食事が貧祖、荷物が重い、、、山歩きの経験が生かされず 単にグループハイキングをしてきただけ、という半生で終わっちゃうんだろうか? 勿体ないね。


「一人で山を歩く 山に泊まる 山で食べる」
これら「山びとの概念」で山行するのを目標にしている。小屋泊り山行4回 テント泊山行2回(雨中撤退0回) まあ今年も消化できた。自炊メニューも増えたし シチュー おでん 湯豆腐 にも挑戦した。おでんは既成パック品に揚げ蒲鉾を足しただけだが 美味しかった。なんせ山の中での「個食」だからw ランタン灯し、小屋で一人でチビチビ、おでんのパックデザインを眺めているだけでも愉しく、美味しい(´艸`)  あなたも「テント泊」始めませんか?慎ましさ、謙虚に山に向かう姿勢が蘇りますよ。

過不足なく暮らせる・・・、何でも買える、揃う、お金さえ払えば食べさせてもらえ 泊まらせても貰える好条件、今や下界も山の世界も快適さの中に在る。だからこそ意図して「不便さ」に身を置く、、、「活きる」自信につながると思っている。とかく団体旅行風に「計画は人任せ 料理も人任せ 小屋でデカイ声で宴会し 挙句大いびきをかいて大ヒンシュク」、自分はお客 登山さえできればいい…という態度は考えものだ。下界での日常生活を単に山に持ち込んでいるだけ、侮蔑の対象だねw またそういう「他人任せでピークハント」する方の多いことに同世代として驚いた。若い頃から 北アも 能登も 北海道も ファミリー登山も 何事も自分で企画立案・実践を済ませてきた身なものだから 同じ山に登ってはいるけど「一般登山者」と「山びと」とでは こんなにも大きくかけ離れているものか。どっちの側にせよ、山には「謙虚」に向き合わなければいけない、山は「快楽や消費の対象」じゃないのでね。

「セルフレスキュー」
それと常々 セルフレスキューに取り組んでいる、たとえ泉ヶ岳ハイキングであっても。けして「標識の不備」を管轄官庁に訴え出るようなことはしないが(笑)さらに GPSの電池切れでアタフタ?ってネットで散見できるけど予備電池を持たないこと自体がセルフレスキューの考えがないことを証明している。方位の確認も怠っているし、入山前にGPSの方位リセットぐらいは済ませておくべきだが 山に入る覚悟ができていないということなのかな? 
”昔から山をやってる人”って「自己完結の山」を追求していたよ。それから観ると 今は「レジャーな山」に堕ち、何かの「お陰で」登れているだけといえる。難易度は下がり、反して登山環境的には便利度(文明度)が向上している。それでも事故が増えている、これが実情。「安易な時代」なんだろうか?場当たり登山の風潮だからこそ「セルフレスキュー」の実践を呼びかけている。

「必要性・・・ 終活 パートナーからの自立」
「至れり尽くせり、下の世話までして戴くようなグループ登山」は全く考えられない。自分から発意・立案し 計画をたて 食糧 装備の軽量化 旅程 宿泊・テント生活をこなす「自己完結な登山」。もう18歳から身についている自分の考え方・登山スタイル。これは「終活」の一貫と思っている。日々の買物も賄いも掃除・洗濯も自分でする、おにぎりも自分でつくって毎回3個握って出かけている。まだ甘さがあるけど「自活登山」ができた事に意義・満足がある。逆に、それができなくなったら便利で安易な「低山ハイキング」に移行しようかと思っているが、あと3年は 不便さに身を置く「山岳志向」で行きたいものだね。

「地元の山」 
船形連峰や二口山塊、面白山 蔵王など近場に集中できたこと 「クロベの巨木」や「湿原の花巡り」ができたこと この2点を「過去の自分との違い」として挙げたいと思う。これは「船形山のブナを守る会」の会活動に参加したことが影響している。観察会では「樹幹流」の言葉がとても新鮮に心に響いた。「ブナの生態」を通して山全体を眺めたことで新たな観察眼を得て高揚する気持ちを抱いた。後日、後白髭の名だたる沢を稜線上から眺めることで船形連峰に再び関心を持てたこと、沢ヤの身にとって別視野を拡げて頂いた。
放射能がまだ飛散している中、山菜を採らずキノコ狩りもせず耐えているフクシマの方々に心を寄せ、除染ではなく「移染」であることのマヤカシや、放射能廃棄物の鋤きこみを監視する目などを学んだ。小関代表をはじめ皆々様方の会活動に敬服し、山に向かう気持ちを新たにしたことなど、御礼を申し上げたい。

反面 南会津に足を向けずに済ませたこと、少ない山名しか列挙できないこと等に反省もある。名山を数えて暮らすことを善しとしない自分にとって「いい山」のイメージがほぼ決まってきたんじゃないか?と裏を返せばいえると思う。現役時代は年間112日が最高で、平均で年間60日登ってきたけれど 今年コレダケ山に偏りがあるというのも珍しい。二口 面白 船形 蔵王 これらが基本になったというのも半世紀の登山年数で初めての出来事。またグループ登山で西会津が登れても ソロ登山で南会津がゼロというのにも驚いているが、もともと宮城 山形 福島 会津が中心で山岳会活動をしてきたので 自分の目指す方向とは思っている。

結局 近場の山でイイんだ。モチベの問題であって山の問題じゃない。名山ブームなんて「クソクラエ」ですね ほんとに。不断の山がおかしくなっちゃった。
山の捉え方、目標の持ち方、自分の山、山行スタイル・・・については数篇、当ブログに書き記してきているので それにて代用とする。

②山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 48日) 
飯豊・朝日の登山道補修荷揚げを含む 
グループ山行を含む 7日
1000m以下の低山ハイキングは含まない 9日

宮城の山 18・・・北泉(4)二口(5)船形(5)蔵王(2)栗駒(2)
山形の山 15・・・面白(8)朝日(4)鳥海(1)雁戸(2)
福島の山 08・・・飯豊(3)吾妻(2)磐梯(1)御神楽(1)龍ヶ岳(1)
岩手の山 05・・・裏岩手(5)
秋田の山 02・・・鳥海(1)

そのうち30%が・・・
テント泊 2回 飯豊 朝日(沢)
小屋泊り 4回 朝日 飯豊 八幡平 裏岩手
昨年の反省で記された12泊の目標に対しては・・・50% 6泊12日 で終わった
やはり 夏の長雨の影響もあるかな?「意識的な後退」はないけれど、計画自体が少ないのかなw

2014年のメインテーマは神室連峰
2015年のメインテーマは朝日連峰
2016年のメインテーマは鳥海山
2017年のメインテーマは裏岩手 (計画では飯豊連峰だったが 土砂崩れで不可能になった)
2018年のメインテーマは飯豊連峰 (昨年の計画変更「飯豊>裏岩手」を来年には修正する)

③来年の山
来年は「南会津の春」「飯豊の夏」「鳥海の秋」をプラスしたい。南会津は「約束」事項が未達なので 坪入 長須ヶ玉 大中子の3つと花見に田代山。飯豊は縦走往復。鳥海は「晩秋」がテーマです。アッシー君というわけじゃないだが 車での移動問題がどうしてもネックになっている。公共交通機関を使う登山も念頭に入れ?夏は飯豊連峰に通いたいと思う。なんだか 福島時代を懐古しているような感覚だが「回帰」というものだろうか。

2018年のメインテーマは飯豊連峰に絞って通いたい 朝日連峰は二ツ石ルート

スタイルは お泊り山行スタイル(小屋泊 テント泊 連泊)と 日帰り(セルフレスキュー装備で)
沢登りも昨年と同じで 4回ほど通う(基礎を忘れないために)
1000m以下の山は 70歳から指向する

◆2018年の山
1月・・・薬来新年登山、中面トンネル尾根
2月・・・南面、小東
3月・・・杭甲、新川
4月・・・後髭-船形、
     大中子、長須ヶ玉、坪入
5月・・・大東、火打
6月・・・木賊-田代、高下-和賀
7月・・・障子-狐穴、竜門、角楢-蛇引、
8月・・・門内-頼母木
9月・・・切合-大日、谷地平
10月・・・萬助-千畳ヶ原
11月・・・二口、雁戸、船形
12月・・・面白

月2回ペース 延40日ほど計画する
日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 沢登り(4日)
里山散策は遠慮する まだまだ ”山岳”指向で過ごしたい 
  
セルフレスキューに基づく装備
・登る前に「安全圏」を確認・・・GPS電源・携帯電話電波状況のチェック 
非常用救急袋の中身・・・GPS用予備乾電池単3✕2本(充電済) 赤布10枚 テーピングテープ 包帯 膝用テーピング
 ラジオ ランタン ナイフ 洗濯バサミ2 細紐 スパッツ用ゴム予備
・日常装備・・・バーナー コッヘル 自立式ツェルト シュラフカバー ビバーク用アルミシート スリング 環付ビナ2 呼笛 のこぎり 
・冬季装備・・・防寒衣料予備 防寒手袋予備 目出し帽 アイゼン ロープ30m ピッケル わかん スコップ
・食糧関連・・・湯・水 予備食 行動食(かりん糖、甘納豆、煎餅、キャラメル、酢昆布、梅干)
 おにぎり3個(内1個は下山時まで食べない) カップヌードル



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鳥海山蛇石流れ付近

「ソロ山行」…一般登山者よりもセルフレスキュー意識は高いつもり。その分、携行する項目は多くなるけど。ザックに「弁当と水と雨合羽とヘッデン」だけを詰めて、駆け足でグルっと回るようなことは もうありえない。また同じ「山」ではあっても、目的を持った「登山」行為と 目的意識のない「山歩き」とでは 根本的な違いがあることを感じていただければ共に幸い。「沢登り」と「沢歩き」は似ているようで違うのだが、でもしかし 事故が起きればどちらも厳しい事態になってるはず、そこだけが共通点だ。「沢歩き」「沢歩きだから」と称して沢を安易に捉えてはいけない。





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by tabilogue2 | 2017-12-30 20:27 | mount | Trackback | Comments(0)

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「一度登った山は二度と登ることはないかも、、、」って?
 
ええーーーッ それって… 俺の真逆ぅ!? 
凄いことをズバッと宣う人が居るんだね 半世紀ぶりにビックリしたぁwww

全国200名山(深田100名山) 県別100名山(東北100名山) 地区別50名山・・・キリがないね~♪ひょっとすると、、、351座目から二巡目に入るのかい? 451座目かなかな?(´艸`)気の長い話だね「偉業だ」w 「物知り登山家」にでも成ろうというのかい??? ごくろうさま~ それも貴方の人生だ

移動するだけでも「イカほど万円」かかってるんだろう? 健康のためと称して投ずる生涯金額は? 350座を平均4万円で交通費・宿泊込みで登ったとして1400万円? 3万円としても1050万円? 車内泊で節約、夫婦・仲間で分乗し合う人もいるだろうけど それにしても百名山ブームは高コストだ。年間70座登るとして、全国200名山を平均3万円 の節約タイプでと+ ローカル100座を平均1万円で…4年半かかって700万円も?ピークハントするだけに投資するの? 葬式代、墓場、墓石払ってオツリがくるw だけど 没後に金をかけるより生前に投資したほうが現実的だからね。

北海道・東北と中部山岳地域の方は各々30座ほど近場に山が在るので移動費用は安くあがるけど 中国、四国、九州の人たち(8座のみ)は大変だね。そんなわけで朝日連峰は大朝日岳のみピークハントし 夜のうちに飯豊山本峰目指して移動するようになるわけだな… これじゃエモーショナルな登山を指向するなんて叶わないわけだ 100名山ピークハントは「100%完遂しないと無意味」だから。

他に土産品、飲食、道具代、宿泊、山岳ガイドつき 深田100名山だけで1000万円かける人も中にはいるんだろうね。深田百名山は1座あたり10万円也w 山を金で買うとこんな計算が成り立つ。金で買う名山歩きを「業界」が狙撃するw この金額に、50代 60代 70代の中高年の登山者人口の掛率が乗算される「マスな金額」がマーケットなのか? 「名山ブーム」「山ガール」「元気なシニアライフ」「クラブツーリズム」「50からのパートナー選び」って、、、すべて 業界が作った「市場戦略」のイメージなんですよ。それにまんまと乗っかって 100,200,300って…業界の手駒になって全国を闊歩するわけだ。アンタが大将、ご主人様だ…ってw ピークハンターって狙われてますね。現実 今年もこんな登山状況だ。みなさん富士山や北アルプスに遠征した経費は トータルお幾ら万円でしたか?

僕も北アルプスの未踏の地味なコースを あと3つ!歩いてみたい・・・
テント泊だけどね(笑)夜汽車、バスに乗って朝には大糸線沿線の豊科、大町、白馬、上高地、平湯に立てる。テン泊出費はかなり抑えられる。①栂海新道を親不知まで ②島々から徳本峠経由で霞沢・蝶ヶ岳 ③いちど高天原とスゴ乗越を繋いでみたいけど この未踏のコースも30代から温めていた。派手さのない「シニア好み」の渋いコース、、、今年も懐にあるままだが。


さて・・・

山から何かを教わる 受けとる 感ずる そんな登山者は少なくなった。

その理由を上に述べてきた。逆に克服の対象に山を据える単独行が増えたことになるのか? いちいち振り返っていられない なんせ350座だからね。山に何を求め、山の何処を眺め、額に汗しつ登って、「非日常」を得ようというのだろうか? 前夜移動、朝方に車中仮眠、睡眠不足の体に栄養ドリンク3本一気注入 ヘッデン灯し熊に怯えつ寝起きに歩く・・・血圧を一気に昇らせる 身体に悪いことだらけだが それさえもスポーツの対象にしてしまう 百名山ブームが起こした登山界の「軽薄短小」文化? 山の愛しかたが「日本だけの特異現象」、フィジカルな方向に偏向し過ぎだ! 百名山ブームはけして情緒的じゃないね。

山への探究心や 知的遊び心や 山を情念の対象とする、、、そのことが旧いのではないと思う。「エモーショナルなものを求める心」が今にそぐわないのではなく、「表面的に愉しもうとする安直さ」が「エモーショナルなものを求める心」を過去の遺物のように追いやっているだけなんだと思う。それに気づいたら、山懐で静かな夜を 「ソロ」で迎えてみてはどうだろうか。 ”超”地味な提案だが いかが? 沢で焚火して、天場で星を眺めて、、、日帰り山行ではけっして掴めない「山の奥深さ」を知るにつけ きっと 今日まで足りなかったものが見えてくるはずだ。。。

情念の無い山なんて・・・、殺伐とした荒野みたいなもの

何百の”日帰り”山行よりも、一遍の書物に心を揺らすような「心を満たす一夜」に浸ろう いつの日か、その「エモーショナルな正体」が分かるようになると・・・フィジカル偏向登山の愚かさに 数mgの知恵が付こうというもの。


 



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by tabilogue2 | 2017-12-18 18:06 | mount | Trackback | Comments(0)

2017 概括

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後白髪山から眺める船形山と鳥海山


自分がどれだけ山を愛せたのか?登山者としての「品質」を記録に録ってみました。今年で4回目の記録(総括)になるのかな? 昨日の事さえ思い出せないこの頭でw、自分の行動を年単位で把握するなんて、そうざらにあるもんじゃありませんw

冒頭ですが、、、”息抜き”と称して漫然と登山し登った「回数」だけを数えてみたところで 山への情熱バロメーターにはなりませんw とまず一言 述べておきます。さらに追い打ちw、「回数と質」は比例しません…とも。 どんな意図で、どんな風に登ろうとしたのか? が抜けていたのでは無意味です。泊まりの計画や食事の計画や単独行の計画を課し、山に泊まって歩き抜かないことには「質のレベルアップ」なんか到底望めません。 何も努力せず、好結果だけを期待するなんて… 覚悟もないのに初詣の神社にだけは並ぶ… これと同じ、愚かに思えます。負荷のない日帰り山行を数多く増やしたところで、体力はついても「いい山に登れた」なんて口にもできない。「回数」にプラスして「意図」、『狙い』を持たないと質のレベルは…到底上がりません。
以下 ご笑覧あれ(*´▽`*)



① 概括
「体調も良く 血圧も110台 体重も現役時代のベスト体重65キロ」・・・月に2度、適度の「負荷登山」が体調を良くしている ってデータで即ぐ解ります。環境的には頭の混乱を引き起こす劇変もなく、特にアレをしたコレをしたということもなく、平易に推移したと思っています。私生活は 来年どうなるかわかりませんけれど。。。

「山・山行に関して」
レベル的な登山ができました。年齢的に無理ができない身、隻眼による視覚障害などいろいろと制約があるもので、そんな中で「一人で山を歩く」「自活する」ことを違和感なく実践でき 何よりも嬉しい。グループでなら明るく楽しく何処へでも行けるのに、単独になった途端に手も足も出なくなってしまう。曰く、「山はもう卒業だ」…よく耳にするパターン。一人じゃ面倒、熊が怖い、平日登山は淋しい、誰かと一緒でなきゃ歩けない、食事が貧祖、荷物が重い、、、山歩きの経験が生かされず 単にグループハイキングをしてきただけ、という半生で終わっちゃうんでしょうか? 勿体ないですよね。


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栗駒山 湯沢の雪庇


「一人で山を歩く 山に泊まる 山で食べる」
これら「山びとの概念」で山行するのを目標にしています。小屋泊り山行4回 テント泊山行2回(雨中撤退0回) まあ今年も消化できました。自炊メニューも増えたし シチュー おでん 湯豆腐 にも挑戦しました。おでんは既成パック品に揚げ蒲鉾を足しただけですが 美味しかったですよ。なんせ山の中での「個食」ですからw ランタン灯し、小屋で一人でチビチビ、おでんのパックデザインを眺めているだけでも愉しく、美味しい(´艸`)  あなたも「テント泊」始めませんか?慎ましさ、謙虚に山に向かう姿勢が蘇りますよ。

過不足なく暮らせる・・・、何でも買える、揃う、お金さえ払えば食べさせてもらえ 泊まらせても貰える好条件、今や下界も山の世界も快適さの中に在る。だからこそ意図して「不便さ」に身を置く、、、「活きる」自信につながると思っています。とかく団体旅行風に「計画は人任せ 料理も人任せ 小屋でデカイ声で宴会し 挙句大いびきをかいて大ヒンシュク」、自分はお客 登山さえできればいい…という態度は考えものです。下界での日常生活を単に山に持ち込んでいるだけ、侮蔑の対象ですねw またそういう「他人任せでピークハント」する方の多いことに同世代として驚きました。若い頃から 北アも 能登も 北海道も ファミリー登山も 何事も自分で企画立案・実践を済ませてきた身なものですから 同じ山に登ってはいますが「一般登山者」と「山びと」とでは こんなにも大きくかけ離れているものか、と思わされます。どっちの側にせよ、山には「謙虚」に向き合わなければいけません、山は「快楽や消費の対象」じゃありませんのでね。

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裏磐梯 雄国沼湿原のニッコウキスゲ群落

「セルフレスキュー」
それと常々 セルフレスキュー「自救力UP」に取り組んでおります、たとえ泉ヶ岳ハイキングであっても。けして「標識の不備」を管轄官庁に訴え出るようなことはしません(笑)さらに GPSの電池切れでアタフタ?ってネットで散見できますが予備電池を持たないこと自体がセルフレスキューの考えがないことを証明しています。方位の確認も怠っているし、入山前にGPSの方位リセットぐらいは済ませておくべきですが 山に入る覚悟ができていないということなんでしょうか? 
”昔から山をやってる人”は「自己完結の山」を追求していました。それから観ますと 今は「レジャーな山」に堕ち、何かの「お陰で」登れているだけといえます。難易度は下がり、反して登山環境的には便利度(文明度)が向上してます。それでも事故が増えている、これが実情。「安易な時代」なんでしょうか?場当たり登山の風潮だからこそ「セルフレスキュー」の実践を呼びかけています。

「必要性・・・終活 パートナーからの自立」
「至れり尽くせり、下の世話までして戴くようなグループ登山」は全く考えられないんです。自分から発意・立案し 計画をたて 食糧 装備の軽量化 旅程 宿泊・テント生活をこなす「自己完結の登山」。もう18歳から身についている自分の考え方・登山スタイルです。 これはいま進行中の「終活」の一貫と思っています。日々の買物も賄いも掃除・洗濯も自分でする、おにぎりも自分でつくって毎回3個握って出かけております。まだ甘さがありますが「自活登山」ができた事に意義・満足があります。逆に、それができなくなったら便利で安易な「低山ハイキング」に移行しようかと思っています、あと3年は 不便さに身を置く「山岳志向」で行きたいものですね。

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後白髪山 下カラ沢上部尾根の雪堤

「地元の山」 
船形連峰や二口山塊、面白山 蔵王など近場に集中できたこと 「クロベの巨木」や「湿原の花巡り」ができたこと この2点を「過去の自分との違い」として挙げたいと思います。これは「船形山のブナを守る会」の会活動に参加したことが影響しています。観察会では「樹幹流」の言葉がとても新鮮に心に響きました。「ブナの生態」を通して山全体を眺めたことで新たな観察眼を得て高揚する気持ちを抱いたこと。後日、後白髭の名だたる沢を稜線上から眺めることで船形連峰に再び関心を持てたこと、沢ヤの身にとって別視野を拡げて頂きました。
放射能がまだ飛散している中、山菜を採らずキノコ狩りもせず耐えているフクシマの方々に心を寄せ、除染ではなく「移染」であることのマヤカシや、放射能廃棄物の鋤きこみを監視する目などを学びました。小関代表をはじめ皆々様方の会活動に敬服し、山に向かう気持ちを新たにしたことなど、御礼を申し上げます。


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羽後岐古道 マサカリ山神を覗き見る「ブナの会」小関代表

反面 南会津に足を向けずに済ませたこと、少ない山名しか列挙できないこと等に反省もあります。名山を数えて暮らすことを善しとしない自分にとって「いい山」のイメージがほぼ決まってきたんじゃないか?と裏を返せばいえると思うんです。現役時代は年間112日が最高で、平均で年間60日登ってきましたけれど 今年コレダケ山に偏りがあるというのも珍しい。二口 面白 船形 蔵王 これらが基本になったというのも半世紀の登山年数で初めての出来事です。またグループ登山で西会津が登れても ソロ登山で南会津がゼロというのにも驚いていますが、もともと宮城 山形 福島 会津が中心で山岳会活動をしてきたので 自分の目指す方向と思っております。

結局 近場の山でイイんですよ。モチベの問題であって山の問題じゃない。名山ブームなんて「クソクラエ」ですね ほんとに。不断の山がおかしくなっちゃった。

山の捉え方、目標の持ち方、自分の山、山行スタイル・・・については数篇、当ブログに書き記してきていますので それにて代用とします。

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裏岩手 三ツ石山の紅葉

②山行データ
◆今年登った山? (延べ日数 48日) 
飯豊・朝日の登山道補修荷揚げを含む 
グループ山行を含む 7日
1000m以下の低山ハイキングは含まない 9日

宮城の山 18・・・北泉(4)二口(5)船形(5)蔵王(2)栗駒(2)
山形の山 15・・・面白(8)朝日(4)鳥海(1)雁戸(2)
福島の山 08・・・飯豊(3)吾妻(2)磐梯(1)御神楽(1)龍ヶ岳(1)
岩手の山 05・・・裏岩手(5)
秋田の山 02・・・鳥海(1)

そのうち30%が・・・
テント泊 2回 飯豊 朝日(沢)
小屋泊り 4回 朝日 飯豊 八幡平 裏岩手
昨年の反省で記された12泊の目標に対しては・・・50% 6泊12日 で終わった
やはり 夏の長雨の影響もあるかな?「意識的な後退」はないけれど、計画自体が少ないのかなw

2014年のメインテーマは神室連峰
2015年のメインテーマは朝日連峰
2016年のメインテーマは鳥海山
2017年のメインテーマは裏岩手

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裏岩手 石沼のサワギキョウ群落


③来年の山
来年は「南会津の春」「飯豊の夏」「鳥海の秋」をプラスしたいと思います。南会津は「約束」事項が未達なので 坪入 長須ヶ玉 大中子の3つと花見に田代山。飯豊は縦走往復。鳥海は「晩秋」がテーマです。アッシー君というわけじゃないんですが 車での移動問題がどうしてもネックになっております。公共交通機関を使う登山も念頭に入れ?夏は飯豊連峰に通いたいと思います。なんだか 福島時代を懐古しているような感覚ですが「回帰」というものでしょうか。

2018年のメインテーマは飯豊連峰に絞って通いたい 朝日連峰は二ツ石ルート

スタイルは お泊り山行スタイル(小屋泊 テント泊 連泊)と 日帰り(セルフレスキュー装備で)
沢登りも昨年と同じで 4回ほど通う(基礎を忘れないために)
1000m以下の山は 70歳から指向する

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小朝日トラバース道から眺める 大朝日岳と中岳

◆2018年の山
1月・・・薬来新年登山、中面トンネル尾根(来年厳冬期へ)
2月・・・南面、小東(あまかった!中東まで)新川
3月・・・杭甲(車がない💦)、新川北泉
4月・・・新川後髭-船形北面白
     大中子、長須ヶ玉、坪入 … 未定
5月・・・六角牛後髭、大東、火打槍ヶ先、不忘山
6月・・・大柴山-花渕山木賊-田代、神室-西又大行沢
7月・・・障子-狐穴、日暮沢-竜門栗木ヶ原、磐梯山岡部小屋
8月・・・門内-頼母木、足ノ松-朳差、大滝沢、谷地平、麝香熊沢-笊森-湯浜
9月・・・切合-大日、船形(薪)、角楢、祝瓶、徳網
10月・・・萬助-千畳ヶ原、大清水-鳥海、柳沢-船形、葉山
11月・・・二口、南雁戸、船形御堂森、虎毛
12月・・・面白、奥新川

月2回ペース 延40日ほど計画する
日帰り山行(12日) 泊まり山行(24日) 沢登り(4日)
里山散策は遠慮する まだまだ ”山岳”指向で過ごしたい 
  
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八幡平凌雲荘の夜

セルフレスキュー(自救力UP)に基づく装備
・登る前に「安全圏」を確認・・・GPS電源・携帯電話電波状況のチェック 
・自救力アップ非常用救急袋の中身・・・GPS用予備乾電池単3✕2本(充電済) 赤布10枚 テーピングテープ 包帯 膝用テーピング
 ラジオ ランタン ナイフ 洗濯バサミ2 細紐 スパッツ用ゴム予備
・日常装備・・・バーナー コッヘル 自立式ツェルト シュラフカバー ビバーク用アルミシート スリング 環付ビナ2 呼笛 のこぎり 
・冬季装備・・・防寒衣料予備 防寒手袋予備 目出し帽 アイゼン ロープ30m ピッケル わかん スコップ
・食糧関連・・・湯・水 予備食 行動食(かりん糖、甘納豆、煎餅、キャラメル、酢昆布、梅干)
 おにぎり3個(内1個は下山時まで食べない) カップヌードル

「ソロ山行」…一般登山者よりもセルフレスキュー意識は高いつもり。その分、携行する項目は多くなるけど。
ザックに「弁当と水と雨合羽とヘッデン」だけを詰めて、駆け足でグルっと回るようなことは もうありえない。



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羽後岐古道 大地沢渡渉点すぎを往く



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by tabilogue2 | 2017-11-30 20:35 | mount | Trackback | Comments(4)

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40歳過ぎて 初めてリングワンデリングを経験した。

 実際、同じ場所に綺麗に1周して戻ってきた。いや実は2周していたのだが・・・
話には聞いていたけれど 実際に面白い現象、いや、体験だった。奇妙とでもいうべきか。 

冬の八幡平での泊まり山行で 朝に空身で山頂往復し八幡沼の陵雲荘に戻り 
帰り支度をして茶臼方面に向かったのだが 下山中に黒谷地あたりでやらかしてしまった。

トレースがあったので 何気なく追ったら2回も同じところを回っていた。
さすがに3回目は「同じ場所じゃないの?」という疑いの目で
周囲を見渡しながら歩いていたので問題は起きなかったが。

リングの大きさ的には 直径で言えば50m~100mだろうか? 
円周は150m~300mくらいか? 周囲が見渡せないので 
勘で言うと5分くらいで割と早く一周してきたように思う・・・。

自分たちの踏み跡なのに 下山ルートのトレースと勘違いした。 
奇怪なリングワンデリングの 始まりだった。

リングワンデリングのトレースは 今しがた自分たちが通過したばっかり 
昨日のトレースより濃く明瞭だった。
当たり前のことだったが それに自分たちがまんまとハマったわけである。

経験の浅い者にトップを任せる場合は リーダーは2番手に就くべきか? 
トレースが濃い > 皆が通る > 正しい > 安心  頭がこういう図式になっていた。
この時の天候もガスだったが アオモリトドマツや栂の木が見えていた。

ルートをリーダー任せにしていたわけではない。パーティ全員 いつもの八幡平で 
狐にバカサレタのだった( ´艸`)

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「ホワイトアウトの中、銀嶺を進んだ」という記述が 某ブログにあったとする。。。

が、、、「真の」ホワイトアウトという状況を 書き手は知らずにいるなぁ、
”ガスに捲かれた程度” を想像でホワイトアウトという「言葉」を書いてる、

使ってみたいのかな?この人・・・と書き手の心理を探っちゃうし、
冬山の経験度合いに関しても ピン!ときてしまう。

「真の」ホワイトアウトというのは・・・? 
自分の目先は勿論、自分の足元も、手も、隣にいるはずの仲間も
全てが見えない天候状態を言うわけで、

実のところ「進めない」「歩き出せない」
というのが 「真の」ホワイトアウトという状況だ。

「ホワイトアウトの中、銀嶺を進んだ」という件りはその厳しい真冬の「現実を知らない」
矛盾に満ちた記述ということになる。

何故、進めないのか・・・?
理由は、ミルクの中に居るという表現が ピッタシだからだ。

平衡感覚を奪われ、一歩踏み出すごとに宇宙遊泳する、
自分の意志とは関係なく、雪の斜面に倒れてしまうからであり、悲しい事故を招くからである。

「真の」ホワイトアウトに遭遇すると・・・? 「まっすぐ立ったはずなのに」「意志とは無関係に」
「眩暈がしたように」身体が斜めになって 重いザックを背負ったまま、特に斜面の下方に向かって
「頭から」ダイブして バッタバッタと倒れ込むことになる。

何をしようとも鉛直に立てない。まるで酩酊状態 立ち上がろうとして 
跪く間にもズッデーンと反対側に倒れてしまう。酒に酔った経験のある方なら分かるはず。
頭から深雪に突っ込んだ者もいた。姿勢を立て直そうと あらぬ方向に立とうとする。

「反る」「反り返る」という言葉があるが本人は鉛直と思われる方向にビンと立とうとする、
だが 傍から見れば仰け反るように。
本人は真っ直ぐに立つつもりで 反対側に頭からズッデーン!と倒れる。
本人はそれで正常に直立しようとしたのである。頭から突っ込んだのは予期せぬ結果だ。

傍から見れば異常だと見えるだろうが、本人は正常に戻すためにわけもわからず
前転後転し もがき続ける。

スキ-の事例では・・・、実際にスキーは停止している のに・・・
本人はまだ滑っている感じがしている、既にスキーは停まっているのだが頭の中は滑ってる。
本人が脳内で停まったと思いきや 身体だけが慣性の法則?のように
ズッデーン!と前へ倒れてしまう。しかも大袈裟に。 

その様を「ホワイトアウトの渦中」とでも云おう。もがけばもがくほど 体力を消耗する。
覚えておくとよい。

脱出方法を教えよう、、、
「ホワイトアウトの渦中」から脱出するには 濃密な白の世界に 例えば一本のロープを投げること。 
ロープがない場合は 真白な斜面に飛び出している小枝のたった一本でも見つけること。
冷静さが大事!たったそれだけ! 視覚から情報が入ることで直ぐに平衡感覚をとり戻せる。
これも覚えておくとよい。実際これで幕営地まで前進できた。
皆一様にホワイトアウトを実体験し、渦中のもどかしさなど話の花が咲いた。

ついでだが・・・赤いロープは雪面に投げると黒く見える、青いロープも黒く見える。
蛍光ピンクは???何が言いたいのかというと・・・
明るい色のロープは雪とのコントラストが悪いので効果的ではないということ
を思い出したので追記しておく。

山岳会なら、冬山に行く際には20mほどのロープをハンマーに結んで リーダーが秘かに用意している。
雪稜を攻めず、山スキーオンリーの会もあるので何とも言えぬが いずれリーダーは覚悟して臨んでいる。
ホワイトアウトの際には コンパスで定めた方向にハンマーを投げながら前進するわけだ。
何故、ハンマーなのか って?、 
そりゃぁ 冬山の烈風をたっぷり味わうとお分かりになりますよ(笑) 

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過去に、「山スキーばかりに興じていると山を見失うよ」と言ったのは、
「雪山の本来の姿」を味わおうよ という意図からだった。
基本、自然の恐ろしさに立ち向かうには 
GPSなどのデジタル機器の効力だけでは補えきれないもの。

生温かい無風の日、
濃霧が発生するということを 予測できるかどうか? 
午後から冷たい空気が入って 温かい地上との間で濃密な霧が発生する って
予測できるかどうか? その経験も含めて「判断」が生存のキーとなる。

アナログ的な「判断」「経験」がものをいう。
脱出か、停滞か、自分たちの居る高度や地形、体力、天候悪化の予兆
などの要素で意思決定される。

ホワイトアウトか リングワンデリングか 
いずれかを経験すると自然の怖さが分かってくる。つまり雪山に臨む覚悟が違ってくる。 



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by tabilogue2 | 2017-07-28 01:15 | mount | Trackback | Comments(0)

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「草付き、ドロ壁」で 
サッと取り出せ 泥壁に打ち込めるバイルを探していた
ヒョンなことから 旧い在庫の高価な?
アイスバイル「MIZO V-1」を戴くことになった

道具は 使ってこそ活きるもの
アイスバイル、、、そのシャフトを短く切断し
ピック部も短く削ぎ落として 重さの「バランス」をとり 
沢でも 振り回せる長さにしてもらった 

市販の半値以下で 良い物が手に入った

もともと 
MIZOのクロームハンマーは持っていたが… 
後輩に譲ったままで…18年(´艸`)
今さら 戻せ!などと言えるわけがなかった

ロックハンマーは仲間から譲られたカンプと自前のペツルの2本、
バイルは後輩に譲った1本、これで併せて2本目のMIZOになる
イヤ?、朝日大桧原・トッサカ沢で紛失したグリベルを含めると3本目だが
沢で使えるのは手元に残るこれ1本のみ。

とても振りやすい
雪山でもスノーバーの打込みに… ハンマーとして使える


 
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by tabilogue2 | 2017-07-23 15:11 | mount | Trackback | Comments(4)

地域山岳会の方向性

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やまびと 1988年 30周年記念誌

2015年に書いた記事を見直してみる・・・



●地方山岳会の氏素性とは

地域山岳会と名がつくからには 地元に根付いていなければその名は使えない とか 東京に籍を置く山岳会だから全国に行くしかない とか。 仙台という地域山岳会だから 栗駒 蔵王 二口が中心になるだろう・・・とか そういうわけではないのだが 

地域に根差すということは、根本的な「地域」という拠りどころがあるという前提だ。つまり過去においては「氏素性」が明確であるということだった。 これがネット社会となり コピー文化・トレース文化の横行となれば 東京でも大阪でも仙台でも皆一様に 同じ有名どころの谷や山を登って 皆一様に同じコースを記録に落とし込む 
、、、だとして、そこには 「らしさ」がなく、ローカルだからこその「面白味」がない ということになる。

それこそ ネット社会での「知り合い」がまさに元来の「友人」であるかのように、知り合いと友人とでは大きな違いがあるのに・・・画一的にイコールに近い。その意味で山岳会も昨今は「氏素性」「所番地」「根っこ」が分からなくなってきている。


●金太郎飴ならブロガーには敵わない

どれを観ても 同じ山で 同じコースで・・・まさに記録は個性喪失、金太郎飴だ。まして地方の小さな山岳会の記録は文章巧みなブロガーにも追われ、消えゆくのみになってしまう。ここで、「一考」が必要となる。 

つまり、、、逆をいく。 今このような時代だからこそ「おらが山 おらが谷」を強烈に愛し、通いに通って愉しみつくす、そのような活動をすれば 地方山岳会の生き残る道は前途洋々な(?)わくわく感が出てくるのではないか と。

個性を大事にしなければいけない という「呪文」を云っているのではなく、日常の活動が「地域 地方」に大きく偏ってる、意識的にどっぷり地域・地方に大ブレな活動をする、そんなローカル性を前面に押し立てた山岳会じゃないと今後は生きる道を失う ということだろうか。 

もしくは、会活動から解放され「同人」となって難易度も興味度も高い沢、岩を追うだけになるか・・・?とはいえ、、、ゴルジュ記号の毛虫マークを追い求め、難易度をしめす5+などと記号を愛してばかりいたのでは(個人の興味は尽きないとしても)山岳会として、組織としての面白味は消失するのではないか?、グレード記号の世界に「人間集団の雑味、面白味」が滲み出る、味わう余地はあるのだろうか という問題が残る。すでに「同人」の域に存在する会は論外ではあるが。。。


●山岳会の進むべき方向とは

これら地域山岳会の発行する会報誌を読んでいると、40年、50年の「重みと危機感」がおしなべく巻頭言に記されている。併せて 今後の方向性も各会みな同じように示されている。共通することは、何故に半世紀以上に亘って会活動をすることができたのか?という「総括」だろう。

そこに今後の生き残りの答えが示されている。地域性を尊重し、それを会の個性だと言い切れること。それと現代にマッチする組織の軽さ、軽快感を持つような組織にするのが一番ということ。北ア 南ア 谷川 上越が気になるのではなく それを越えうるインタレストな活動が地方山岳会活動に見いだせればよいこと・・・これら3点だろう。

登山活動の活性・活発化のほかに 人間関係、会運営に関してもどんどん若い人に任務を振り分け、組織に軽快感をもたせることも重要になってくる。「自分のため」と思える「会活動の高揚」が期待できさえすれば、、、すでに御の字なのである。


●雑感だが

今の世、若者・女子が普通に山岳会の扉を叩いているんじゃないのか? 僕らの頃にはなかった現象が いま興っているということだろう。入会者の増減は会活動の活発化に比例すると以前にも書いてきた。ブログを逆手にとって利用する、どんどんブロガーに変身する若手会員の身軽さも 今後は重要になるんじゃないかな(笑)



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峡彩
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くちなし
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すかり
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ふみあと
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語らいの山々
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南会津郡 西部の山と谷
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南会津郡 東部の山
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溪 1991年 創立20周年記念号
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やまびと季報
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神室岳 深野稔生 著














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by tabilogue2 | 2017-06-03 08:26 | mount | Trackback | Comments(0)

「迎合」と「柔軟」

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私はもともと「里山を歩く」という概念を持っていない。というか「山岳部」「山岳会」指向なので 標高3桁の山、高低差700m以下、登りに2時間以内 などを「山だ」と指す感覚がない、もともと持ち合わせていない。体力的に登れるうちは 「山岳指向」でいたい。むしろ そう誓っている。逆に言えば、それができなくなった時、自分の「山という概念」を捨て去ろうとも思っている。その頃からでも スポーツ登山や里山散策を始めたいなぁ と思ってもいる。

山岳会では・・・「陽だまり山行」という言葉はもともとない。「冬」にゆるい山域 ゆるい山行 などありえなかったから。 最近ですか?年齢層のバラエティ化で中高年の高齢者が入会するようになってから、、、個人山行で用いられるようになった言葉のように見受ける。ハイカーには使える言葉であっても「岳人」たちには不釣り合いな?使えない言葉?だと思っている。これに類似した事柄を以下に書いてみようと思う。 昔はなかった事柄が ネット上では普通に在る? 不思議現象だ。

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「真冬に、冬山を登らない って?」
かつて、、、真冬に、冬山を登らない?、冬合宿に参加しない?というのは山岳会、山岳会会員ではありえないことだった。真冬に冬山に行くからこその山岳会であり、会員であると 今も思っている。自分の頭では、冬山というものをそんな風にとらえ、据えている。けして3月以降の残雪期ではない。さらに「共同で成し遂げる山」、これが厳しい冬山・山行の定義だとも思っている。ついでだが、精神的な「リハビリ山行」というテキトーでいい加減な言葉もない。退会するか?休会するか?の道が残されているだけ、本来はね・・・。

「ネット社会のB層的登山者」
今はネット社会というのもあってか?多種多様な人間や情報が集まるようになって、山岳会が元来営々と有している体質・・・例えば 伝統とか、本来の姿・あるべき考え方・・・「山岳会とは」「山岳会員とは」などの本来あるべき「原則論」や「理想」「セオリー」が消え、それに代わって「ネット上のリーダーが作った仮説」にすり替わりつつあるのが現状だ。その状況は承知しているのだが かといって「迎合」と「柔軟」とを履き違えてはいけないなぁ と、このようにも思うわけ。「定款をもたない経営はない」とでもいうか。(硬いこと言っちゃうと、、、ますます会員が増えない山岳会になっちゃうかもだが 笑)

「10年未満はまだヒヨコ」
伝統的山岳会に入って10年未満はまだヒヨコ。なのに「名声」だけがネット空間で独り歩きだす、実力とのアンバランスに当人は悩むことになる。ネットで有名人になってしまう、おまけに取り巻く周囲が持て囃しちゃう。というか 現実にネットでの有名人であるブロガーを頼って 山岳会に入会する人も増えている。経験深い人から観れば幼子程度の実力なのに、ネットじゃベテラン扱いされ いつのまにか?ネット上では「リーダー」の一角になる方がいるが、ネットの難点「無責任」さもいいところ、それに気づかないと、ね。

現実に「上には上がいる」ということを 取り巻きが「山岳登頂・遡行記録」などから学び知ると、当の本人は「謙虚」こそが勇み足をしないコツだと思うようになる。せっかく伝統的な山岳会に入ったんだから もっと先輩から学んで、伝統とか理想とかセオリーとか、山岳会の本質を知ることが重要だと思うし、それは当座のブログよりも先にあるべきこと、そう思う。

「社会的ブームの受皿を担うか?担わないか?」
登山ブームという「社会的ブームの受皿を担う」、、、仙台でも 中高年を大量に組織化されておられる労山山岳会「朋友会」があるが、もはや山岳会も内部で二極分化してゆく方向なのだろうか? 従来の「厳しさ」指向と、最近のハイキング主体の「軽登山」指向とに。100名を超えるまでに会員を増やせば 遭難事故も頻発するようになる。となれば、山岳会の内規(規定/規約)の解釈を変えてまでして、昨日まで山と無縁だった「底辺」を受け入れ高める必要があるのか?という問題が一方であって それとも 多種多様な意見を認めつつも 会の原理原則を個人に理解してもらって、ゆくゆく努力して組織に馴染んでいってもらう か?という「迎合」と「柔軟」とで、根本的なところで考え方が分かれ、論じられるようになってくる。 

「社会的ブームの受皿にはならない」
逆にこんな山岳会が世の中にあってもいいと思う。多角・多指向の時代だからこそ、敢えて「迎合せずに高く理想を掲げ、毅然、敢然とした山岳会」があるべきだとも思う。言いかえれば「同人」に限りなく近い山岳会が理想で、そのように個人的には思う。コンサバだが、むしろ古巣であるYMCA山岳会にはそうであって欲しいと思っている。YMCA山岳会は今の世に在っては稀有な山岳会だと思うし、「深野稔生」という看板が在るうちは「トラッド指向な山岳会」に含まれる と思っている。 成りは小さくとも特徴や方向性を明確に打ち出した山岳会、味のある人間集団になってほしいと思う。

「二者択一的な結論でいうと」
オルタナティヴな意見や生き方が今後の社会趨勢を逆転させうるとしたなら 今は極小で支持されない「異見」ではあっても、この登山ブームが去った時に忽然とマジョリティを得ることだってありうるわけで・・・とすると、今現在、基本的で原則的な「異見」は むしろ 大衆に迎合させず、筋を曲げず、姿勢を崩さずに、主張しておくべきか・・・と思っている。仮にこの登山ブームが去れば・・・隠れていた本質が見えてくるはず。「人は何故山に登るのか」「どうして冬山なのか」「共同で為し遂げる厳しい季節と山・谷」という山岳会の本来の姿が 原則を求める人たちによって表に引き出され、やがて、、、大衆にも解ってもらえるだろうと思っている。期待したい。




山岳会会員であること

◆「組織の壁」、一見 邪魔くさい壁ではあるが・・・

じつは この壁が組織を護ってくれているということにお気づきだろうか? ココが山岳会、組織の人間にとって特に重要な問題なのである。楽しいネットは命や組織を護ってくれるのか?と言い換えてもよいほどの問題でもある。

山岳会はある意味「趣味の蛸壺」。覗けば・・・伝統ある会組織であればあるほど基礎をきちんと学びかつ遭対訓練もキッチリやっているのが窺える。彼らは組織原則を護るという不文律な壁を等しく心に持っている。組織原則を護ることは自らの命を護ることと同じだ。会員が少ないと嘆く弱小山岳会であれば、組織原則の壁をガッチリ組んで会活動を絶やさず個人山行を増やし未組織者を堂々と「勧誘する」この原則的活動・行為が肝要だ。

既に分かっていることは、、、ザイルを結べば結ぶほど パーティを組めば組むほど「党派性」への理解は深まること。反対に未組織者にはそれが何故なのか?理解されることは恐らくないだろうということ。突き詰めればそこが山岳会組織と一般登山者との境界線だということ。

「冒険」と「危険」とは隣り合わせだが、夜を徹して歩くことも、自分の限界に挑むことも、冬山も、谷も滝も・・・、「冒険心」を抜きにして語れはしない。それがあるから 僕らは山岳会の門戸を「意を決して叩いた」のだった。山行の経験を積めば積むほど、安全対応へ技術も上がる。もちろん遭難などしたくない!から 春と秋と遭対訓練もするし登攀技術も雪山技術も高め合う。会の事業活動・事業目的にもそのことは謳われているはず。

一般登山者にそれらを理解して!とは言わないまでも、何のために?命のやり取りまでしてリスクを冒し山に入るのか?って問われれば、、、それは貴殿よりも「比較的に冒険心があるから」、 貴殿よりも「比較的に探求心が強いから」、 そして「より高度な自己実現のため」、 まとめて我らは「山岳会という組織の一員だから」としか言いようがない(笑)

「個人では不可能なことも、仲間がいれば可能になる」 組織の力で自己実現を得る。会社であってもどの組織であっても集団のパワーで困難を乗り切り目的を果たすものだ。山岳会とて同じである。

同じ釜の飯を食って寝食を共にし深山幽谷に入らない限り、日帰り・夏道山行の一般登山者にはとうてい理解されないだろう。未知の面白味があるから沢登りに興じるわけだし、難しい滝がクリアできたらそれだけでも楽しいものだ。夏道しか歩かない者に沢登りや藪漕ぎの楽しさがどうして解りえるだろうか。

山岳会という「目的を持った集団」とそうじゃない一般登山者とでは埋まらない溝、彼我の違いは厳然としてある。もしかすると 理解されることは永遠に無いかもしれない。山に求めているものが・・・「厳しい山行」であるのか「お花畑」を夢描くのか この二極はどこまでも二極のまま 交わるものではない。

ただ、少なくとも僕らが一般登山者に言えることは「毎月の会費は伊達に支払ってるわけじゃないんだよ」「組織の大義(事業)、その目的のために僅かな会費を支払って結束し活動しているんだよ」ということぐらいか(笑) 毎月例会に出て会費を払うというのは山岳会員としての義務であり、組織集中・自覚の証である。目的を持たない未組織登山者とは イロハのイからして違うのである。




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by tabilogue2 | 2017-01-25 21:53 | mount | Trackback | Comments(0)

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山に 泊まって 星空を仰ぎ・・・

 賢治の星たちを 謳ってみるか・・・♪


星座と一口に言うそれらを 賢治は

一つ一つ 色や形で愛で 謳った


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あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ


あをいめだまの 小いぬ
ひかりのへびの とぐろ


オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす


アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち


大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ


小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて



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「星めぐりのうた」 Sinon






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by tabilogue2 | 2017-01-08 12:11 | mount | Trackback | Comments(0)