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遠野と花巻を中心に ”「旅のテーマ」を決めて 旅する”、と数日前に決めた。
自分の狙ったところだけ 順路を検討し コンパクトに巡ってきた。
ただなんとなく…ではなく 明確にテーマに沿った旅をする 結構これが難しいw

賢治が通った種山で、、、風の又三郎の銅像をじっくり見て、、、 
賢治も受けたであろう岩手の風を、、、この身にも思いっきり受けさせた。。。
花巻農業高校にいき「羅須地人協会」となった賢治の家を見て 「イーハトーヴォ」を心に築いた。
賢治記念館にいって賢治の文献 生い立ち 環境 政治情勢など当時のことをたくさん見て識った。
賢治の通った花巻大沢温泉の露天にもつかってきた。

そして遠野物語の「とほの」に行けた。
土淵の佐々木喜善(ササキキゼン)の生家を薬師神社から遠くに眺めた。
目と鼻の先にある「ダンノハナ」と「デンデラノ」を散策し 
こんな環境にあった喜善の生い立ちや暮らしを想像した。

水車小屋、カッパ淵、博物館にも行けた。
数十年間も? 心に思っていたことを 順当に訪ね歩けた。
この眼でみたいものを挙げ 全てをこなせた。
”中座”を得意とする身にはw快挙に等しい、 ある意味「事件」だっともいえる。

そして「岩手路」の最後に遠野物語の情景を一挙に見下ろすことのできる「六角牛山」に登った。
心に宿す、広がる盆地を、この目で、ついに、現実の「遠野」にさせて、すっかり眺めてきた。
皐月の風を受け、じつに、爽快だった。


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はじめての山なので いちおう「備忘録」として留めておきたい。
年に数回あるかないか? 自分にとっては 久しぶりの登山報告になるw

花巻のジャンクションから釜石道へと入り一気に遠野まで進む。
天気は曇りだが 昼には晴れる、登山には上々だ。

朝、8時過ぎに六角牛山登山口にあたる六角牛神社にて手を合わせ 無事を祈念し、
4kmほどの林道をゆっくり車を進めた。

登山口、、、準備を整え 装備をCHECK 不要なものを省いて車にデポし 9時に出発。
春の目覚めとでも云うのか? 山全体が未だほんのり色づいたばかり 先っぽしか芽をほころばせていない。
明るい登山道を歩き出す、、、

ぼぼっぼぼっぼぼっ♪ 夏の渡り鳥 托卵族のツツドリが鳴く、小さな鳥たちがそちこちで歌う
中低木のなかに引かれた一本の小道を辿るように ただまっすぐ山に招き入れられる。


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道の脇に顔を出しているのは どれもこれも 今しがたホコロビ出したばかりの小花たちだ。
エンレイソウ、チゴユリ、ヒメイチゲ、スミレサイシン、すみれ3種類、カタバミソウ、ニリンソウなど
すべてが小さい。その小さな花を見ながら なんともあっけなく4合目。

さてさて、ここから急登と成るらしく 衣服を一枚脱いでみた。水を飲んだ ゆっくり休む。
朝、躰の順応を待つのが最近の習い。スタート後 汗をうっすらかいだなら 順応時間を躰に与える。

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つづいて 一気に7合目までつめるぞ と「精神」に気合を入れる。
岩がゴロゴロしているけれども 特に問題もなく進む。拍子抜けか? 

景色は 林の間から時々垣間見える程度。苔の生えた岩をどんどんと登る。
樺の木が増えたかな? そう思いながらも快調 快調、登る 登る 汗があまり出ない。

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7合目での休憩を終え 山頂まで一足飛びに詰める。笹が出てきた。笹の中に 古いちいさな観測小屋がある。
先日まで雪が被っていたのか? アチコチの方向に笹が倒れている。寝た子を起こすように進む…手前の稜線に飛び出る。
どうやら双耳峰っぽい、騙しピークのようだ。 一旦窪に下って残雪を右にみて 登り返すと奥の宮にでた。

奥の宮を回り込むようにして 眺望の良いピークにたった。
11時、明るい日差し 心地よい風を受けながら眺める。 音のない 春のにおう これぞ遠野盆地! 

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二等三角点の頂に立ち、東に蟹が岳、片羽山(かたばさん)の雌岳、雄岳がすぐ目の前、空堀した廃坑跡も見える。

遠野盆地の見える西側に場所を代えて ゆっくり弁当をひろげる。
眼下に遠野盆地を眺め、下山後に巡る土淵のデンデラノ、ダンノハナに思いを馳せる。
疲れた躰に甘いお菓子を口にした お茶を飲んだ ゆったりした時間が身体の中を流れていく。

11時45分 靴紐を締め直し循環コースの下山にかかる。
出だしから急降下と笹薮が続く、ソレを過ごせば 岳樺と水楢と思しき灌木の小道 気持ちいい。

まさに春山 どっちを向いても新芽ばかり 太陽の光をさんさんと浴びながら歩む。
笹が、草が、光に反射してまばゆい。

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途中、カラマツ林となり 景色がスカスカに広がる中 ピンクテープを拾いながら 
ゆったりとした伐り出し材の運搬道だったであろう綴ら折れを ウネウネと右に左に折れながら 
それでも時々 ショートカットを試みながら のんびり進む。

カラマツ林の皆伐が済んだ地点をさらにミズナラ林に入ったところで 
遠くから 哀愁を帯びた短調♪の汽笛が 響き渡ってきた。
「ボーッ」…♪、釜石線 SL銀河”だ、、、一日に片道切符たった一本。
そうだ 蒸気機関車が走っているんだった たった今思い出した 眺めればよかったかな。

きっと 遠野駅12:41発 花巻行の上り列車だったのだろう。
そう気づいたら もう一度、「ボーボー、ボッボーーー♪」少し長めに汽笛が響く、、、
汽笛の余韻が山間にコダマする、、、連れの目がクリクリと輝き アレは何?と聞いてるよう。

こんなタイミングで 汽笛が添えられたのだから チョッピリ旅情を感じとったか? 
旅愁が そこいら一面に漂う、、、旅に出ているんだ…と 実感した。

ついつい 
線路に耳を当て…遠くからやってくる汽車の音を聞いた 幼い日を…
同時にそれは、懐かしい「引込線のある風景」だったことを…
またそれは 幼かった頃の「長い、暑い、夏休み」… 母の実家の暗い土間… 土の匂いのする… 
一挙に思い出させもした。 豊かな山旅となったことに感謝した。

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12時45分、暮坪コースと中沢コースとの分岐点。これを右折し中沢コースを採る。
道に草が生え、落ち葉がかぶり判然としなくなる。

よくよくピンクテープを目で追いながら進むと 道は沢上の山肌をウネウネ巻くようだ
13:10 ヒトリシズカの咲く 太い作業道に飛び出る。

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一服して、のちにスグ林道にでた 一安心だ。
今朝の駐車場まで 150mの高差を登りかえす仕事が待つが 急げば30分ほどか? 

途中に登山道を右に示す四辻に出る 右には折れずに
林道をまっすぐ40分ほど掛けて歩く 余韻を楽しみながら駐車場に戻った。 

午後2時だった。

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画像データより
登山口9:00-4合目9:35休憩-7合目10:09休憩-観測小屋10:50-山頂11:06-出発11:45-中沢分岐12:43-林道13:15-登山口13:55




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by tabilogue2 | 2018-05-11 22:12 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(5)

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社会人になってからも ソレを終えた今も…「とおの」、「とほの」という言葉の響きに一つの淡い思いを抱いていた。未だ見ぬ「とほの」という響きを持つ街に足を踏み入れその言葉の響きの正体を見にゆこうと暇に任せて勇みだった。

遠野の昔語りに「遠野三山」の話があって、それが神社の開祖の関係からか、修験道の関係からか?会津の思案岳(ちやがたけに伝わる民話「本元飯豊山と飯豊山」の民話に出てくる「姉妹の嫁ぎ話」が…ここ遠野では「三姉妹と三山」になりかわっていた。まるで筋書きが重なり、おや?と思った。いつの日にかこれら三山に登らねば…と心に懐いて月日が意味なく経つというのも 三山を目指して登る一つのキッカケとなった。

遠野三山の一つは言わずと知れた早池峰山であり、さらに一つは鉄梯子の石上山、もう一つは六角牛山であるが そのニつ目、三つ目の山に登ろうとも思っていた。やり残してきたともいえる「遠野への想い」が私に登らせている山たちでもある。それで どうせ山に登るのだから、遠野の山に登りながら遠野の民話と「とほの」という言葉の響きそのものに身を横たえてみようじゃないか!ということになったわけだが、いずれ怖いもの見たさの範疇を逸脱することは決してないw

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”とほの”という言葉の響きに巨きな影を落とすものとして柳田国男の「遠野物語」がある。そこに書き残された多くの短編が遠野の文学者、民俗学者ともいわれる「幽霊譚の蒐集家」佐々木喜善の口述によって成就できたもの。その佐々木喜善の何たるかを探究するのに多くの教授、諸氏諸兄が当たられていることを改めて驚きとともに知った。ことに「会津学」でお世話になっている奥会津の「地方文化史・生活史の紐解き」をご指導なさった赤坂憲雄先生もまた遠野物語や佐々木喜善の研究に時間の多くをあてておられることも知りえた。

「遠野学 vol.2」で赤坂先生が「遠野物語における述者:佐々木喜善」をこれまでの評価とは違う角度で「怪談、お化け話で別の世界観を持った”学者”」として再評価しようとする向きがあると仰っておられたが 今現在それは「迷える羊」に喩えて”評価の際に立つストレイシープな立場”に それ「佐々木喜善研究」はあるようだ。これからもなかなか興味深い趣である。

そういえば 柳田国男と佐々木喜善とは「遠野のお化け話」の捉え方に根本的な違いがあるようだと何処かに書いてあったような?。どういうことか解りやすく誤解を承知で言い換えると…、柳田は全国の中での一事象として遠野の民話を記録したに過ぎないのかも?であり、反して喜善はお化けの正体である「怨念幻影 おんねんまぼろし」をグッと深く知って、専にそれを伝えようと柳田に口述していた、そこに両者間のギャップがあるのだろう…ということになるのだろうか。

こちらもさらに深く知らなきゃ「遠野のお化け話」が先に進まない(笑) 佐々木喜善の「お化け談」「幽霊譚」に耳を傾け、「オマク」「念惑」「怨念幻影」という喜善の言葉に含まれる「幻影の素なるもの」を理解する方向で彼に向き合うことも「有り」と思った。山にも土地にも触れながらの良い刺激になるかも。

ところが、足の踏み入れ方が悪かったのか?はじめの一歩からしてどんどん深みに嵌りだした。先行き、今年のお盆の頃には現実お化けを見ることにもなりそな勢いだ。今から期待に足を震わせている(´艸`) ゆくゆく佐々木喜善と同県人で5年ほど親交のある宮沢賢治の理想郷「イーハトーヴォ」の世界観とも関連させ、佐々木喜善の「村民運動」などにも触れながら彼の人柄を見てゆこうと狙ってもいる。おもむろに「遠野学」も齧って行こう…と夢は描かれる。しかし「門前の小僧」であることには違いないので、これからも間違いは多々あるのだろう…それも愉かし・をかし、途上人の常であると諸先生方にはお赦しを願いあげるものである。

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「とおの」という言葉の響きを持ったこの町。東麓にたつ六角牛山より眺めてはきたが、南部の殿様が城を構えたその裾野に四方から流れが集まり一つになる豊かな盆地の姿がわかる。馬による物資・木材の搬送が生業としてあった時代から現在まで時計の進むスピードがゆったりと流れた街。だからこそ佐々木喜善の人柄が育まれたのだとも思う。そのせいか、彼は東京で女性たちにモテモテだったという(´艸`) 都会に在っては、少し吃りながら岩手訛りで話す彼のお化け話を聞けば…その周囲は時計の針が一瞬遅く進む不思議さに虚を突かれ、ついつい母性をくすぐられるのだろう。その鈍臭さの残る人柄に惚れた、、、という人もいるくらい。

昔話の宝庫、そこいら中の川の淵に河童が棲んで(遠野市の文献では常堅寺を含め20箇所ほど淵が数えられた)、「マヨヒガ」の昔話が語られ、重く暗い居間に「座敷童子」が顔を出す、その幻覚めいた物語をあたかも実話のように、そう日常性に転化できるほどに、「日常と非日常、夢と現実の境界が曖昧になっていてヒョイと越えられる」感覚がありそな?”土地のユーモア性”が確立されているからこそ、「遠野」を懐かし味のある「とほの」と世間に云わしめるのだろう。

遠野」というキーワードにストーリー性を持たせた会心のだった。幸いにして六角牛山に登った折に、SL銀河号の汽笛がボー、ボー、ボッボーーーと山裾の遠くから聞こえてきた。遠野の遠野たる情景に懐かしい「音色」も添えられたことで「心象風景・遠野」がより深く我が心に刻まれたのかもしれない。 そうか! もしかするとそれは 「とほの」の河童たちの土産だったのかもしれんなぁw どんどはれ。





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by tabilogue2 | 2018-05-07 23:09 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(0)

宮沢賢治と地人協会

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当時の時代背景、政治と当時の人々の暮らし向きを充分に理解していないので
此のページは写真だけ貼って 内容は保留にしておくのがいいのかも
労農運動とも社会主義とも関係するのだろうが それがどんな風に花巻 賢治に関係するのか?
この時代は民主主義が未発達で 未知なことが多いし「排赤」の運きもあって  
今の世ではあり得ない言論統制など 自由主義が蹂躙されていた時代

そんな時代背景に 凶作の年に身を削ってまで農民のために尽力し命果てる そんな生き方
 農民楽団オーケストラも 化学肥料の調合も 法華経も エスペラントも含め 
これだけ「人間博愛の精神」に身を捧げられる素地はどこからくるのだろうか

当時の花巻、盛岡、遠野、、、岩手、東北、日本の農民全体に関わってくる問題も含め
当時の社会状況の”根本的な理解”をシないと
「献身という生き方」を語れるような気はしない

この生き方が「ジョバンニ」に通じ 「銀河鉄道の夜」の夢物語に成るのか 
今は 彼のもつ「世界観」を学ぶことが 
後世の我々ができることなのだろう



現代なら、、、
民主的に政治を司る権力の構築に献身する政治家または指導者
ということになるのかな?

「アベ政治」ではありえないこと




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by tabilogue2 | 2018-05-07 18:29 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(3)

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むかし…子どもの頃に観た映画 それは白黒の映画だったが。。。
今でも 心のどこかに引っ掛かっている…高田三郎くん
夏休み明けの小さな小学校に突然降って湧いて、嵐とともに去っていった転校生
「風の又三郎」と地元の子らとの交流を描いた宮沢賢治の作品  

このオリジナル映画は昭和15年に制作された日活映画もので
田舎の子供:一郎役は俳優の大泉晃さんだったようだ。 
その後 昭和32年に東映が制作した映画もあったようだが
昭和40年ごろ、中学生の自分が観たのが
そのどちらだったのか…は 覚えていない。

おそらく、というか
期待値も込めて、、、日活映画だったのだろうw
私が子どもの頃に観た映画、「風の又三郎」の不確かな記憶だ。

   

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そして 次に読んだのは 「よだかの星」
 
悲しかった・・・ ものすごい悲しい読後だった と、覚えている 
思い出してもいる いったいあの悲しさは 何だったのだろう? と

その後の人生で知ったのは・・・
敷かれたレールに抗うことの「虚しさ」とか
持って生まれた人の「運命」とか「宿命」 社会の無意味な「摂理」とか「さだめ」
そういったもの…「無情」を 中学になった自分は感じ取っていた
今の世代以上に 多感な少年時代だったようだ

賢治の「世界観」は 大人であってこそ知りうるものだからね
そういえば、、、「市蔵」って 何の比喩だったのだろう?



家の本棚には「少年少女世界文学全集」という分厚いシリーズ本があって 
当時 片っ端から読んでた(みたいだ)

少年少女対象の童話としてではなく 小説のように読んでいた
なかでもグリム童話は大人向けの本だったよ あれは

たしかに、、、
メルヘンを「童話」と訳すことによって生ずる誤謬(ごびゅう)は
きちんと捉えられていなければいけない
メルヘンは「民話」と訳すべきものだったと 今もそう思っている



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by tabilogue2 | 2018-05-07 12:06 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(0)

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妖怪 あかいのっぺらぼう




岩手、遠野の文学者であり民俗学者である佐々木喜善(ササキキゼン)の生家、
土淵を訪問したい

以前に書いた*会津学 vol.5 の記事で理解できなかった
姥捨ての地:デンデラノ(蓮台野)、死の世界:ダンノハナ(壇の端)とを
佐々木喜善の生家から この目で眺めようと思う 

関連書物をあさっている最中だが 調べれば調べるほど遠野に住み着かないと 
知れないことが たっくさん出てくる 既に お手上げ状態だ。

どこから? 手を付けてゆけばいいのやら? さっぱりわからない 
先に深く親交のあった宮沢賢治の考え 共通であった”エスペラント”の志向を理解したい 

賢治が好んだと云う種山高原にゆき 「おお風」の中に立ってこよう 
近くの山々には 50基ほどの風車が回っているという

あ、市原悦子さんの朗読も聴かなくちゃ 山師のオヤジと転校生高田三郎
青い胡桃を吹き飛ばせ~♪ 酸っぱいかりんも吹きとばせ~♪



周囲の山には 安倍一族の冠がつけられたものがあり 
生活圏に大和朝廷文化との交わり、蝦夷文化の排斥が散見できるという 
それと六角牛山にも登ってみようと思う。
眼下の遠野と その地の暮らしが眺められるだろうか

その後に「遠野物語」の柳田国男に民話を口述した
民俗学の先駆者:佐々木喜善の”人となり”にアプローチしてみよう

とはいえ、、、「遠野」を研究した先人はあまたおられるわけだから
その中、エキスを吸えれば 素人としてはそれで充分
”古”を興し、満足するよな「懐古趣味」に浸るつもりはさらさらない
ゆくゆく、赤坂憲雄先生の講釈が理解できる素地になれば…それでいい。









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by tabilogue2 | 2018-04-26 16:51 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(4)