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前回の記事 「捕獲された親子熊」において、ブログ主としての「結論」「立場」は出さずじまいだった。それは自分の熊に対する考えが浅いことから間違った判断をするかもしれないという予測からだった。ゆくゆく米田一彦さんの講演を聞いてからでも遅くはないとも判断したからだったし、熊の保護団体 (日本熊森協会)の意見も識ってからでも遅くないと考えたからだ。米田さんの講演は昨日に開催されたのでここで「捕獲された親子熊」(9/30の記事)拙文の結論を出したいと思う。

主催側(東北歴史博物館)への注文だが、、、90分の長時間の割に講師プロフィール案内コピーはあっても講演内容のレジメがないとはどうしたことか? 演題に沿ったサブタイトルの投影もなく、講師の熊に対する想いも語られず、「事件話」だけがアチコチに飛ぶ・・・久しぶりに疲れた講演会だった。最低でも進行内容に沿って「レジメタイトルと数行の補足」をハードコピーして配布いただければ良かったのでは? マル秘の「高速メモ書き」もアチコチに矢印をひく始末だった。


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僕らの世代では日常的に、鰻や蛇は捕まえて 皮を剥ぎ 焼いて食べてきたし 兎もご馳走だったりもした。鶏なんぞはお祝いの都度、目隠しをさせて鉈で首をチョンとはねたりする。首のない鶏が5、6歩走る姿を見ることがあった。子供心にあまりの気持ち悪さに嘔吐したものだったが…馴れっこになってしまえば笑って観たりもした。。。 そう、東京オリンピック以前は、どの家庭もつつましく暮らしていた。その中で、鯨も イルカも 鮪も 熊も 鶏も…人間の食料として供される、その構図以外はなかったのだ。

最近ペットブームとやらでペット霊園なんぞの看板を見ることがあるが むしろそっちの方に違和感を覚えるのだが…。一線を越えて里に現れた「害獣」一般を「ペットに接する目線」で、または「動物愛護の論理」で、同一次元に持ち出すのは間違ったアプローチだと思うので注意が必要だ。むしろ 餌となるゴミは外に放置しないこと 菜園の芋類 果樹等も気を付けて。

しかし、それにしても 一日2~3万円を稼ぐために一家総出(ジジババ+ムスコ)で笹薮に入るタケノコ採りの姿・危険性を理解していないと 熊だけが悪者にされてしまう。 先ず、「人間が熊のいるエリアに入っていった」という事実が矮小化され、「熊に襲われた」事実のみがクローズアップされる。これじゃあ ゆくゆく熊の生息数は激減し狼と同じような絶滅に至る日を早めてしまうのではないか?とも思う。

タケノコ採りが鳴らすラジオ、、、「そこに弁当がある」ことを熊は知っている。NHK第2放送”スペイン語講座”を聴きながら 熊は忍び寄る。今年になって秋田県では533頭ものツキノワグマが捕殺された。「人食い熊 ”スーパー K”」というあまりにもセンセーショナルな「見出し」だったが ここは冷静に「種の保存」を考え管理することも上位に立つ人間たちに課せられた課題ではないか? ということに着目した。そうした動物たちとの「棲み分けの理解」がないと ゆくゆく「絶滅の道」に至るだろうし、”狼”同様に後世にあってはどうにもできない と考えた。
 
唯一わかっていることは「絶滅させるもさせないも総てが人間たちの判断・行動にかかっている」ということ。極端にいえば、、、仮にタケノコ採りを禁止すれば?熊との事故も起きないと言える。また秋田の争点は「タケノコ採りが熊との縄張り争いから来ている点」という見方が成立する。それならば 熊との争いを避けるために人間側のタケノコ採りを合理的に指定地だけに限る施策も必要だが、、、残念ながら…人の欲はあさましく、立ち入りを規制すればするほど「人が入らないからタケノコがたくさん採れるはず…」とひらめくらしい、そんなタケノコ採りに入ろうとする人たちの「業」「身勝手」を見過ごしてはならない。

タケノコ採りたちへの「自己責任」論をかざすつもりはないのだが・・・結構、事件が起きても…「襲われた奴が不用心だったんだべなぁ、でも大丈夫だぁ…俺ならヘマしねえし関係ねえ」…と厚顔である。「笹薮の中でヒョイと顔を上げたら 熊のケツが目の前に見えた 泡食った」「カッターナイフで奴を切った、笹竹を槍のように削って目をめがけ差込んだ」などと…自慢話は茶飲み話になって展開される。当会の若手でも 冬眠中の熊穴に誤ってアイゼン履きの足を突っ込んでしまい 慌てて飛び出してきた熊とスノーリッジの先端で対峙。危うく目の下に爪痕が3cmついたがアイスバイルで応戦、大格闘をした者がいたけど、、、じつに笑い話で済んでよかったと今更ながらに思う。

”スーパー K”も含め熊は人間たちの欲、業の犠牲者ということを この問題に対する僕の「立場」としたい。奥山で暮らしていた熊たちを”スーパー K”に仕立て上げたのは 他でもない我々人間だということである。人間側の一方的過ぎる「熊の評価」には注意が必要 むしろ その評価には「反対の立場」を採ろうと思う。これが一連の熊問題に関する私の結論。 

米田さんの話では「人肉を食べた」食痕がたくさん挙げられたが、、、しかし かと言って、「生きた人を食べるため」に熊が「人を襲う証拠」とはならない。その証明もされなかったという事実と、「死肉」であるなら「熊も含めて他の動物も食べる」という事実もある。米田さんは人心を煽るような講演タイトル「人を襲う熊」を付けたが このタイトルでなら…全国の「タケノコ採りに対して有効だ」と思えた。以上が… 僕の立場、考え方である。

それにしても 「2年子」は来年夏までには親離れする。その直前、今朝ほど罠にかかってしまった。その瞳、、、碧い色味懸かって感情的には愛くるしいものがある。






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by tabilogue2 | 2017-10-29 17:23 | アラカルト | Trackback | Comments(0)

大東岳カケス沢 北石橋


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二口(ふたくち)渓谷が冬枯れに入る前に 北石橋に足を向けてみた

いや? 秋になると二口渓谷が 僕の感性に”秋波”を送り込むようだ 
決まって深まる秋の訪問が多いのは そのためだろう 

前々回は11月に入ってからだったので 色気の付いたものは何一つなく
コンクリート色がデンと両股を開いて仁王立ち 
まるでお相撲さんのシコを踏んでるイメージしか無かったけど
今回は明るいブナ林のもとで 気楽に石橋に対峙できた。いつ来てもいい。

12mmの広角レンズを持たなかった 僕の頭じゃ 表現もコレが限界かな

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二口渓谷 大行沢が西の奥羽脊梁に向かって伸びる。
それが大きく右へカーブし北上をみるところに カケス沢が左から入リ込む

このカケス沢の由来が面白い。「架け橋」が訛ってカケハス、それがカケスに転じる
そんな説明を仙台一高山の会・柴崎先生が記している。

右に大東岳 左に小東岳 それを割って流れる大行沢のナメを亘って
秋取峰へと結ぶ対岸に取り付く 130m登って 70m下ると 架け橋にであう。

大東岳に向かって北面を東に流れるので 日差しが差すのは秋になるほど厳しい。
西日が架け橋の大穴から差し込むが コレも逆光で撮影にはちぃっと泣かされる。

ここは奥山の谷間 世人の踏み入れない所 山びとが静かに心を降ろすところである。
それらしく 撮影しないといけない
秋取尾根を上がって西に進めば屈曲点。左折して糸岳に向かうがブナ林が静かでいい。




● 2014年 11月 北石橋 散策ブログ


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仙台市西方にある二口山塊・渓谷を知らない方々のために 説明を加えておきたい
石橋の岩質は集塊凝灰岩である。水勢がこの凝灰岩を削って深い谷と奇異な滝と奇景を作り上げた。
深野稔生著「神室岳」より抜粋して これらの石橋ができた背景・原理を転載しておく。

「流水によって抉られた橋が滝の上に跨っている。これは還流丘陵によってできたものと思われ、
アーチの部分は分離されたはずの丘陵が橋となって残ったとしてよいであろう。北石橋 南石橋がある。
これらと似た世界最大のものに アメリカ ユタ州のレインボーブリッジが有名である。」

ということで 流水が岩にぶつかって凝灰岩を抉り取り、穴を開けて両端の岩が残ったとされている。
二口山塊には現在3つの石橋がある このうち2つ北石橋・南石橋は還流丘陵によってできたもの。
もう一つはムジナ森石橋で これは還流丘陵ではなく岩の節理の崩落とされている。

①大雨の日、穴が開く前は上流からの沢水がここで左岸側(向かって右側)に直角に曲がって 
この小山を迂回し 右手から滝となって落ちていた・・・
②平水時は、岩への浸透と氷結の繰り返しで小さいヒビのような割れ目が崩落を招いた・・・
と想像がつく


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明度を一段上げたら こんな感じで 明るくなってしまい「スッポンポン」
どこぞの「観光パンフレット」によく見受ける、「インスタ映え」な画像になってしまった
ちょっと、自分的には「北石橋らしくない」と思う 「秘めた部分」を持たせないと…ね
一段マイナス補正するほうが 奥山感が出て、らしくていいんじゃないかな。


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午前11時の裏磐司岩展望台にて


夏の間は 深い谷と広葉樹の森のせいで 昼なお暗い二口「裏磐司」コース
錦繍の秋、、、一年でもっとも軽快で明るい谷に変貌する 
この見事な変わり様は 深く暗いという夏のイメージからの転換ゆえに強烈な印象を残す

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京渕沢の展望台。空は晴天 青空なのに深い谷に入り込む日差しはなく 
紅葉を照らし出す朝の光と違って 午後の光はほとんど弱い

朝に大東岳登山をして午後に二口渓谷を撮影しようと思っても 谷には光がささない
また 撮影を終え、この展望台を午後3時までに通過すれば 明るいうちに下山できる


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午後3時の裏磐司岩




10月30日は藤本義一さんの命日だった もう5年が過ぎたのか。。。










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by tabilogue2 | 2017-10-26 22:04 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

山形 北面白山

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台風一過だが水蒸気で霞んでいる この急斜面を積雪期に越えようとした
200m下降して200mトラバース たった400mだが されど400m




昨日のことですが、選挙の結果、、、議席獲得という点では不満足な結果に至った??そんな総括を散見できますが(むしろ多いかな?)、、、本来なら もっと、もぉっと深刻な問題があるわけです。共闘という「1+1=2」、、、或いは「2以上」の力を生み出せるはずなのですが、本来の共闘という姿とはかなり違うのが 今選挙なのかな?と思っています。各組織 各党がそれぞれ100%頑張って、共闘でさらに150%や200%できた。民進も 社民も 自由も 共産も、、、各党が伸びるというのが本来の共闘のはずですが 今回は本来の姿とは大きく違います。
 
共産党が 少し「シールズ景気」の昨年の余波をまともに捉え過ぎたな と思っています。昨年夏からの情勢が「弱まっている」にも関わらず「共闘を大前提にした」選挙協力をしたわけです。昨年の参院選で北海道 東北ブロックは大当たりしましたから野党共闘の実績は大いに評価できたわけですので。

本来 民進が100%の力を発揮できれば 自由党や社民党の力が少し弱くとも充分に戦えたはず。共産党が「反安倍」という旗印に「一本化」に固執せざるを得なかった、、、ともいえるのかな? なんせ昨年の参院選からの「野党共闘」言い出しっぺ政党ですから共産党は…必然今般も「野党共闘」を追及する路線。ン・・・投票結果は共産党議席の減少。「野党共闘」の「1+1=2以上」にならなかったこと。国会で質問時間が今よりもさらに短くなるのは 共産党にとって辛いですよね。国会で舌鋒鋭く疑惑を追及する、国会議員団が少なくなるということは質疑の持ち時間が不足することを意味します…これが国民にとって凄く残念です。



選挙前に希望の党との数合わせ 捕らぬ狸の皮算用になってしまった。リベラル潰し…それが今衆院選の全てです。”緑色の希望”という「党とも言えない集団」に残念ながら淡い期待を寄せてしまった。思惑が見えみえ、前原代表の情勢読みが凄く甘かった結果だと思っています。

いや むしろ だからこそ立憲民主党が「アンチ安倍の受け皿になった」わけで まともに希望と合流していたら、いづれ希望が絶望の「保補」色に変色しもっと悲惨な目に遭っていたんじゃないか?と。ものは考えようですが 希望の党?のお陰で「立憲民主党」の立ち位置・集約力が出たんだと思っています。

できれば 共産党がグッと比例区で伸びてほしかったのですが 残念な結果です。安倍政権にとって最も目の上の瘤は共産党のはず。 ビシビシと東北大出身の小池議員がテレビ中継で追求する姿は視聴者として頼もしく映ります。さらに今回、「立憲民主党」という期待を寄せられるリベラル党派ができたわけですから、国会は共産党と合わせて期待できるんじゃないでしょうか? 議席こそ あれ? ですが。。。


しかしながら かつて小選挙区制をひいた自民党の魂胆が 今になって大当たりしているということは・・・、自民党にとって「背水の陣」(小選挙区制に頼らざるをえない情勢)が近いことを物語っているのでは? そのように僕は思っています。 

友人、知人、仲間との情勢討議を欠かさず、耐えてがんばりましょう 次回は…同じ想いの仲間を「投票」という意思表示の場に誘えたらいいですね( `ー´)ノ 



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藪が凄まじくて行けなかった 矢尽岳 
ていうか 目的を持たずして貫徹は有りえない

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長左衛門水平道の様子です
ブナ ナラ イロハモミジ ウリハダカエデ イタヤカエデ コシアブラなど
黄色い葉っぱのトンネルだった


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面白山の帰り道、、、 
シャコタン・ミニ号で柳沢小屋まで走れるかどうか 確かめてきました。
今までランドクルーザーでしたからどうということもなかった。 
が、シャコタン・ミニ号じゃ???

ジャングルジャングルスキー場のアスファルトが切れ
ダート突入後の最初の左カーブ、波打っている砂利に底を擦った程度で
小屋まで無事に行けました チョー嬉しいです

これで 山形側・御所山ルート側を気兼ねなく通うことができそう
 沢登りでは こちらがほぼ下山口でしたからね。。。



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僕のミニは インジェクションをキャブに換装してあります
ミニのキャブレターはお決まりのウェーバーでもなく
少し前に定番だったSUキャブでもありません デロルトでもない

バイクの世界では定評のある京浜気化器のキャブです
超珍しいのですが そのため チョークを外してしまっています
冬場はもう大変 アクセルを踏まずにスターターを回し
超低速回転でエンジンを5分ほど回します 回転力が不足の場合は
エンジンキーを回して セルで回転を補助しないとダメw



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いい思い出の 一つもない黒伏の岩壁
仙台で山岳会入会当初に 会員が先行パーティの落石を
頭に受け即死した

ヘルメットの脇を スッ! と小石が飛んでいくだけでも
当たれば致命傷 大きな石をグラつかせたもんです

船形山塊では二人 逝ってしまっている 
新人は いとも簡単に石を落としてしまう 困ったもんだぜ







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by tabilogue2 | 2017-10-24 20:56 | 面白山 | Trackback | Comments(0)

投票してきた

もりかけ問題未解決
”疑惑隠し・国政私物化”
安倍政権は いらない!

「野党共闘」がんばれ



自分の主張を声高に唱えることができる時代は
まだイイ

カゲに隠れヒソヒソ語るしかないよな時代になれば
全てが「権力」の言いなりになってしまうだろう

その時になって「自由が欲しいー!」って叫んでも
苦しみは今の数十倍になってるんじゃないか?

「自由」を取り返せなくなった時に
「お前の言うとおりだった」なんて言われても 
嬉しくないし 遅すぎる 

だから今のうちに 声高に自由・平和を唱えないと
「自由」は手に入らなくなってしまうぞ!


国民参政権行使で今一番の問題は
「小選挙区制度」だ

これだって「自由」な意思が束縛されてしまった結果だが
この選挙制度で 勝ち抜けていくためには

アベ政治での争点を浮き彫りにして
安保 集団的自衛権の虚構 差別教育 医療費 老後問題

一つ一つの問題点を国民に解りやすく明らかにし
国会で追い詰めてゆくことだ

、、、しかし じつに原則的な話だが







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by tabilogue2 | 2017-10-22 14:46 | コラム | Trackback | Comments(4)

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雁戸山は冬枯れに入ったようだ 仙台神室 山形神室も冬枯れ入りか?
その挾間の笹谷峠界隈が紅葉期に入っている

笹谷峠発 11時20分 

途中 なぜか遅れたままの腕時計に 身を任せてしまい
知らず知らず2時間もの間 テッペンに居座る羽目になる

おかげで、、、 

雲間から差す 午後のコントラストの強い斜光が得られ 
山神に魅入られたかのように… 峠の光に見入った

いい光だった。

授かったのは”虚ろな午後2時”だけ、これだけ長居しても…だ
”2時間”ものプレゼントを受け取ったみたい

明日が最後の好天日 

冬枯れ前の紅葉見物 行くなら明日か?
じゃなきゃ 来年秋までさようならだ

腕時計の竜頭が浮いているのに気づいて 戻したが 
峠まで1時間半 暗くなる前に駆け下った

( 那須・日光連山はこれから?)



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せっかく山に登るのだから・・・
夕方は7時過ぎまで、朝方は4時から行動開始し 撮影に勤しむ
昼はテントで居眠りというのが いわゆる至福なんでしょうか。

花が撮れて ズームでアップされても・・・
結局は植物図鑑には敵わないわけで(´艸`) 

空が撮れても、、、青空ばかりが空の色じゃないわけで、
形どおりのブログ用にキマリキ〇タマじゃ 
しょうがないですよね

ブログというのは 結局 トドノツマリ 末を見据えると 
「難しい」 ところです 

自分の生き様を隠して ブログのために体裁を整えてばかりで 
人間としての面白味…なんて 
これっぽッチも表現されていないことに 
歳を重ねると…気づくもんです。

その時には 
かつて気づかなかったことや 無駄に生きた時間とかに
否が応でも いろいろ気付かされるんでしょう

つらいですね 
数十年も過ぎて「自己満足」を知るんですから
「他者の居ない世界」に浸って生きた そんな自分を知るんですから



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1241m トンガリ山


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1241m 山形神室1244m 仙台神室1356m


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平ヶ岳 「姫の池夕景」より



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by tabilogue2 | 2017-10-19 19:41 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

笹谷峠 ハ丁平の六地蔵

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山形を向いて立つ・・・



こういう歴史物は 当の教育委員会の説明書きにあるとおりに 
記述・転載すればいいのだけど 
「あたかも自分が調べたかのように」尤もらしく書くのは
人の文書を横取りしたようで、品性が疑われそう・・・ホント白々しく思えちゃう

建立年代は不詳ということらしい。自分で調べるまでには至らずw

ちょっと見 お顔立ちが他の地蔵さんと違っているのが数体 分かるかな? 
土の中から掘り出した時に 既にお顔がなかった地蔵さんもあるらしく
石の質、彫りの表情などで真贋が分かるらしい 僕にはわからんちん。 

「あくまで余興として、、」
4番目の石仏だけがモノホンかなぁぁぁ と疑ってみたが 
皆さんは 何番目の地蔵さんがホンモノだと思う?
よくよく拝顔いたさば・・・
2番もモノホンかなぁぁぁ  決定、2番、4番!

「山工高笹谷小屋」のある山形側から仙台側へと歩む順路で石像を並べ…UP!


説明書の看板によれば・・・

直線で900メートル、約八丁ほどあるので「八丁平」と呼ばれた。
むかし、ココを越える荷運びの六人の人足たちが吹雪に遭い 荷を背負ったまま凍死した。
その霊を慰めるため また 二度と同じような事故が起きないようにと・・・
冬の峠路の「道しるべ」として 六地蔵を等間隔で並べ立てたと言われている。
遭難した人足のあるものは 吹雪に背を向けるように仙台方面を向いて
あるものは 吹雪に抗して山形方面を向いて亡くなったと言われており、、、
一体一体の立つ方角が 亡くなった人足それぞれが向いていた方角を指している

・・・とされる。なるほどねぇ。

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仙台神室を向いて立つ・・・


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七体目のお地蔵様は 仙台側の外れに立っている
お顔立ちのきれいな お地蔵さん
室町時代の六地蔵とは年代が違う、この地蔵尊だけ戦国時代以降のようだ

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by tabilogue2 | 2017-10-18 18:56 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

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山形県、尾花沢にある”銀山温泉” 大正時代の繁栄の証し


でもまだ 一度も宿泊していなかったりして・・・いつかは泊まりたいと 
「一人旅」を受け入れてくれる季節を待つうちに すでに30年が経つ

どうせ泊まるなら 冬 雪が深々と
どうせなら 一人旅 哀感さすらう旅で
どうせなら 身の過去を閉じて 泊まってみたい

って??? いくつになっても 願望なのね、オッチャン達のね。



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能登屋旅館さんの”おもてなし”口上


500年もの歴史をもつ銀山温泉は、その名の通り昔は銀の鉱山として栄えた仙境の温泉です。
奥羽山脈を望む素晴らしい自然の中、銀山川をはさんで建ち並ぶ木造りの旅館。
「家並み保存条例」により守られているその景観は、まさに大正時代そのものの趣があります。



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川床を覗くと、川床は観光用に大小の石が並べられコンクリートで固められているのが判る。
さらに ジィーっと見ていると、、、流れ込んでいる砂利の少なさに気づくはずである。
上流はどうなってるんだろうと25000図を開く・・・って 普通はこうならない(笑)
沢ヤの目がそうさせているのであるが・・・楽しいよ 25000図 情報がたくさん。

25000図をひらいて 上流を窺うと 最初の一滴は半森山からというのが判る。
6キロの流れを高低差にして200mあるだろうか ゆっくり流れる川の表情が見えてくる。
その東向こうは宮城側で 漆沢ダムで内唐府 外唐府がながれこんでいる。

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新庄神室のどこか一峰でも登っておこうと思っていた

生あたたかった今朝 いそいそ出かけたがぁ 予報が外れ前線がかかったまま
昼頃には?高気圧に覆われる・・・という誘惑めいた予報に期待したけど
やっぱりガスと雲 ブナ林の黄葉見物どころかパラっとくる始末・・・

しゃあないっ… 転進決定!


悩み考えぬいて銀山温泉に行くことに。。。(気の早い観光客で鳴子峡は渋滞)
なんたって銀山温泉の蕎麦屋が薦める「茄子の揚げびたし蕎麦」コレが食べたくて 
秋になると我慢ならない逸品で、、、山から蕎麦に鞍替え

親倉見から山刀伐峠(ナタギリトウゲ) 母袋街道から銀山温泉というルートに 
パッと明かりが灯った。我ながら 今日に限っておつむの回転がいいようだ
親倉見→上鵜杉→赤倉温泉→山刀伐峠→(無事通過)→銀山到着 意外に近い 
 
芭蕉 奥の細道で有名な山刀伐峠を経由して・・・
目の前に黄色い立看板 STOP! STOP! 目を凝らして見ると?


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なぬぅ?昨日 熊が出たっ??? 

じつは このニュースにも興味があったものでw
何にも目を見張るものがないこの峠を わざわざ 経由しなくとも行けるのに
なんてんでしょ? 好奇心? 怖いもの見たさ? で 峠越えw 

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前日 朝10時頃の襲撃事件は 峠のこのトイレ脇でおきた
男性の腕を噛んで 子連れの熊はそのまま逃げたそうだ

熊はこのトイレ横の藪に潜んでいた 逃げるつもりだったのだろう 
人間が熊に近づいて 熊との安全マージンを越えたようだ
その男性は 熊の潜む藪に向かって立ちションでもしようとしたのかな?

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熊が暴れて人を怪我させた って いずれは殺処分対象だな
同じ熊は2度も3度も人を襲うようになる

それでも無事通過で銀山温泉に到着

ココに来たら何と言っても 豆腐お揚げと蕎麦
その前に 撮影、撮影、撮影、、、、 して 豆腐を外してお蕎麦へ直行

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うまかったあ 翡翠茄子(青ナス こんな品種があるんですか?)と
きれいな茄子色した茄子が4個 お蕎麦に乗ってやってきた

尾花沢の蕎麦街道、、、 田舎蕎麦でありながらも温泉地、品の良さがある
大根オロシも多目について申し分なし もう満足しっぱなし

ここの蕎麦屋さん、、、
前回 撮影で来た時には 温泉街入り口の坂の途中にお店があった
温泉街もいろいろな事情で 商いを閉じたり 引っ越したりする
ちょうど震災年の秋 温泉街に新店舗を出したようだ

十四代をはじめとする山形の地酒 ワイン ウィスキー各種 タンカレージンなど
夏の夜は 宿泊宴会の流れ客で そうとう混み合うだろう


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干した大根の醤油漬け 青菜ときゅうりの塩もみ



母袋街道の紅葉も未だまだと嘆きつつ 鍋越峠を越えた

日吉が丘団地 とがせ酒店さんで会津銘酒”天明”を購入 帰還

 楽しかったぁ  
ご購入の美山錦・・・さすがに天明だ 旨い


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by tabilogue2 | 2017-10-15 18:37 | 新庄神室 | Trackback | Comments(2)


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「船形山のブナを守る会」:千葉さんのブログに特別展「熊と狼」の案内が記してあった。
暇なのでいい情報を拾ったと思った。
山との関わり・暮らし・歴史には関心があって、自分的にはヒットした。

僕のブログは あくせく山に登る人たちには役立たずで 
原則的な話ばかりで 活字が多くてつまらん(´艸`)
そんな中、前回の記事「捕獲された親子熊」の読者数が伸び、
珍しいくらいにアクセス多かった…皆さんも興味があるんだなぁ・・・? 
ぐらいに思っていた。

極めて活字が多かったし~w最後まで読めましたか?(´艸`) オツカレサマ

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さて 横道にそれるが 千葉さんとの出会いを少し語らねばならないか・・・な?

昨年の梅雨前だったか? 面白山を流れる紅葉川の支流、、、
南沢を権現沢ととり違えて遡行顛末記を書いていた七ヶ浜の S (maro7) さんのブログが目に付いた。

「権現沢を間違えて書いてるよ このオッサンたち。。。」(この時点ではお二人とも面識なし) 

世のオッサンたちは 昭文社の濡れても破れない地図をベースにしてる… だいたいの見当はつく。
50000図…地形を読めない素人さんは 必然的に 目の前の小さな沢の出入りを見落とすことになる。
25000図…であっても 沢一本の見落とし、ヨミ違いで遭難しちゃうかも。素人の沢登りは危険だよ。

あ、ネットで地図をダウンロードするのはいいけど、毎回縮尺度を変えて持ってくるオッサンがいる
毎回縮尺度が違って パット見てどれくらいの距離か?って直ぐに見当つくの? 疑問だな
雨、コピー紙がヨレヨレになっちゃう、雪の湿気も馬鹿にできない、インクが滲んで等高線が滲んでしまう
基本、25000図を買って「4cmで1kmの規格」統一しといたほうがええヨ オッサンたち


若かりしころ、僕が権現沢を遡行した際の記事を↑↑↑当ブログに「思い出」として書いたものであるが 
この記事がキッカケで「大権現にからかわれたオッサンたち」の一人、千葉さんを当方に呼び込んだ形になる。

「ゆうゆう館」で初対面の挨拶を交わしたのが昨年の初秋。
南沢を権現沢と取り違えている「マチガイ」を伝えた。彼からこの間の経緯を聴いた。 

それから互いに考え方を知りあうようになり 
違和感のない関係に至るまで時間はかからなかった。

「ブナを守る会」「仙台YMCA山岳会」ともに山では名が知れ、互いにリスペクトしていた。
船形山と栗駒山のブナ林保護運動には90年頃 YMCA山岳会として運動に参加していた。
その頃 千葉さんはまだ若造で 「ブナの会」にも参加していなかったと思う。

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ここから本題・・・前置きが長かったね (´艸`*)イツモノコトダ

その千葉さんから戴いた数冊の本、、、 その内の一冊のことだが…、
「白神山地 目屋マタギ」佐藤昌明 著という本。この本は面白い! 
ダムに消える中津軽郡西目屋村。炉端を囲みながらマタギからの聞き取り実録なので脚色がない。 

その一説に、「おさまりジジ(熊)の後はつけるな」というのがあった。
マタギと熊との根比べだが・・・熊は冬至の10日まえあたりから冬眠に入る、

穴に入る熊の足跡を追って 槍で一突き仕留めようと思っても、
熊は穴には入らないぞ…というマタギの言い伝えだ。
熊を追う人間の方が寒さや雪降りで「根負け」するまで 
熊は 穴に籠もらずグルグル逃げ回るという。
なかなかの知恵者である。
マタギたちは 知恵者として熊を「温かい目で見ている」そんな感じだ。

もう一つ、マタギには
「四つ熊にあったら 一つは残せ」という絶対の「掟」がある
クマは、初夏の繁殖期に受精卵がすぐに着床しない。
11月頃、秋に木の実が豊作でたっぷり脂肪をためこんだ冬に受胎する。
凶作だと着床せず、流産する。
これは母子共に倒れるのを防ぐためだと言われている。
そういう風に受胎の仕組みができている 野性の適応性だ。

冬眠し春を迎える2月頃になると、巣穴で子をを2頭産む。
体重は300~400gと小さく産み、冬眠明けには体重が10倍になるという。
翌年夏まで親子連れ、これが「三つ熊」、母1頭 子2頭で三つ熊。 
たまに子を3頭産むことがある、これが「四つ熊」。

マタギたちの間では この四つ熊を全部討ち取れば・・・
「祟り」が末代まで起きるという。
熊の乱獲を押さえるためのマタギたちの言い伝えで 絶対の掟だ。
よくよく考えれば、狩猟の「狩」という文字は「ケモノ偏に守る」の文字。

こうして マタギたちによって「熊の種は守られてきた」 
という歴史的な事実がある。

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さて、私個人的には「熊の今後」をどんな観点から、いかに捉えるべきか?
その考え方を学ぶことが目的。
マタギ発祥との関係もあって…それらのヒントを得ようと 東北歴史博物館に出向いた。

結論から言うと 
残念ながらマタギ発祥については一般的なものばかりで、
「既知」であり「論外」だった
 
新しく 具体的に 解ったことでは 
崇められた動物に”熊”と”狼”とがいたこと。
山神様からの「授かりもの」としての熊と 
神の「使い」としての狼とである。

狼には、イノシシなどを駆逐する「益獣」の面と 
家畜を襲い人をも殺める「害獣」としての面と両面あり
 「狼に馬や家畜が襲われた」「子どもが狙われた」
などの「訴え」が古文書に多く記されている。
神の使いではなく「害獣」としての狼

古文書に遺された事例に興味を抱く… 
夜半に小便しようとする際 子どもは「槍」を持って外便所に行く
夏前に繁殖する狼は、人家に入り込んで幼子を襲ったと古文書に書いてある。
 
さらに 江戸時代の古文書に記された「駆除嘆願」の数が多いのに驚いた。 
結果 明治時代に国家という概念がつよまり、警察制度が確立され
”狼”は滅亡へと進む。

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奥山に棲む熊は、もともと人間との棲み分けができていた。
近年人間が里山を放棄することで、その空いた領域に出没しはじめたのが
現在のトラブルの元。 

ココからが重要なことであるが・・・
「熊も…狼と同じ道を人間によって歩まされてしまうのか?」
「熊は…人間に駆逐(絶滅)されるのか?」という問題があることだ。

同じ論理で考えうる「争点」は人間社会に うず高く積み上げられたままだ
人種差別も 少数民族も 沖縄基地も 原発立地も イジメも ヘイトも モリカケ問題も
「絶対者」が生んだ「対立者」を抹殺するという人間社会の日常。
(戦後70年…変わらない 論点を避けて暮らしているからだが・・・)

駆除と駆逐…
今後のテーマになるわけだが どう考えるべきか? 山好きな皆さんも考えてみてね。

前記事でも指摘したように
「害獣」一般をペットに接する目線で、または動物愛護の論理で、
同一次元に持ち出して論じるのは間違ったアプローチだと思うので この際、無視しますね。
「人間上位」…人間社会が滅亡しない限り コレが根底に流れてるんだけど)

この後 記念講演会が2回組まれている。
大まかに言えば 人から見た”熊”と 熊の生態からみた”人”と 2つの観点。
第1回 10月15日「旅マタギを検証する 出稼ぎ狩猟の実態は」
第2回 10月28日「人を襲う熊 十和利山の熊襲撃事件の全貌」

どちらも楽しみであるが 好天日と重ならない保証はどこにもないwww
まあそうはいっても滅多にない機会 
大脳の延び切ったシワに ピリ辛を振りかけることにする(´艸`)




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今日の訪問で 僕の興味を惹いた…罠(ヒラオトシ)


秋田:阿仁の罠「ヒラオトシ」も 小国:古玉川や金目川の罠も 村上:三面の罠「クマオソ」も 
只見:伊南伊北の罠「オトシ」も すべて同じ作りであることに 驚きを抱いた。
「ヒラ」はアイヌ語で「雪崩が起きる急な所」を意味する。

さらに驚いたのは・・・
船形山の麓・升沢でも同じ罠「シャア(オッツ)」を作り 仕掛けていたことだった。
一つ違うのは「重し」で、石か木材かの違いだけだ。
升沢の猟師は罠の「重し」に木材を用いて「ヒラ」を落とした。

ココから以下は ボク個人の研究科目になるのだけれども・・・

これら「共通の罠」が持つ意味は、「秋田マタギ」が蔵王や吾妻、会津までものし歩いた行動範囲
「狩猟の猟場面積」を表しているんじゃないか? ということに繋がってゆく
・・・大きな興味を抱いた。実際には面積ではなく影響度合いだろうけど。

次に、彼らマタギの行動範囲を推し量れば、

天皇から菊の紋を授かった「木地師」たちの行動範囲と重なる。
つまり木地師とマタギとがどこかで繋がる糸を互いに紡いでいるのでは? 
ということを想像させる。

以前 会津金山の三条集落と関連して 
木地師は天皇から授かった「山野跋渉の許可」を受けたこと。
それとマタギの「巻物」とが「古来天皇からの許可制であった」こと 
それらに気づけば…即ち話が早い。

マタギも、木地師も、「流浪の民」から「土着」という居住形式を選んだ 
その変遷に次から次と興味が湧いてしまう。

さらに

平家ゆかりの温泉地といえば全国各地にあるが じつは「平家の落人」ではなく 
それは木地師たちに与えられた「菊の御紋」と「揚羽蝶の家紋」という
「御しるし」ではなかったか?

全国どこでも山野跋渉ができるという「御しるし」だった 
平家の落人とは無縁…という推論で修まるが 果たして真実は・・・どうか?

この老いた頭に付き合うのは 自分で言うのもなんだが 実に困ったものだ(笑)










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by tabilogue2 | 2017-10-12 19:41 | アラカルト | Trackback | Comments(0)

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片側4軸6輪車???なのか これ,,,
ナニナニ? ウィンカーランプのシグナル「 on、off 」は無線で飛ばしてるんだって???
配線不要の現代的な改良が加えられてる、わけだ、、、なるほどなるほど へ~
エンジン暖機用のヒーター付き? シベリアでも動く。なんと!ギミックな作りだなぁ。。。

ナチスドイツ軍がポーランドやハンガリー、チェコ、ソ連などの「東部戦線」に侵攻を重ねたわけだが
その気候や風土に耐える作りが必要だった。それでキャタピラのついたバイクが生まれたわけだ。



今日はイッズミーに行ってきた 今年3回目の参加になるのかな?
自分としてはよく行けてるほうか?今年は・・・。
いつものレジェンドたちが集まっており 皆さん方にごあいさつを兼ね朝から参加!

ヘンな車がいた(´艸`) マジな車もいた 古いオリジナル車両もいた
こうしてみると いつも参加するメンバーはまじめな連中ばかりだね。
車に悪さやオイタをする参加者は 影を潜めて出てきません。いいなぁ イッズミー
のんびり おしゃべり 近況と車談義で昼までグダグダして散会。



11月は 自転車の「ヒルクライム」大会
泉ヶ岳は交通規制になります

11月のラストイッズミーは 午後1時から開催予定。
この情報を ”拡散” してくれ~♪




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ヨタハチ デイトナ ミニ カプチーノ ロータス211 ケッテンクラート
お金かけてるねぇ、お玉さんの趣味の変遷ですが、とうとう?ここまで来ちゃった(笑)
クライネス・ケッテンクラフトラート (Kleines Kettenkraftrad)

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オペル社の1500ccエンジン

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前進3段後退1段 ハイ/ロウレンジ切替 
レッドゾーン3000rpm 最高速70km/h

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運転席の左右にガソリンタンク 21㍑✕2
ドイツ軍の東部戦線用に開発され 9000台ほど生産された

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Audi社の前身 NSU社(エヌエスウー)が開発製造したんですね
のちにDKW(デーカーヴェー)に吸収されてしまうんですが・・・
DKWのほうが Audi社の前身といえるかな。

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モデルチェンジ後、二代目の日産チェリーワゴン オリジナルだね
僕が若造の時に 同僚が初代チェリーのオーナーだった
長いシフトレバーが床から生えていて シフトするたびにゴトッゴトッと
床から音をたて、ギア音もギューンギューンと回転が上がるたび イイ音がしていた
これもカーブで曲がらなかった アクセルオンオフで曲げる車

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もう これもオリジナルだ BMW2002 憧れの丸テール
どちらかといえば スポーツカーに見えるけど じつはエレガント
02ターボのイメージが強く残る車 故にバンパーを外して
カフェレーサー風にアレンジする車が 昔から多かった

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オースチンミニの長尺モノ オリジナルです。
昔から長尺モノだけのイベントになったミーティングがあるほど
その流れが 今でも人気絶大の車に押し上げています
排気量は800? 1000? どっちだろう?

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バギーちゃんです なにやらタイプⅡのエンジンらしい? 
2リッター? あいかわらずエンジン音の大きい車が好みらしい(笑)
オーナーはイッズミー創立会員 もう15年ですね

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泉ヶ岳の紅葉は 山頂のみ。。。桑沼も未だ。。。あと1週間以上かかるな?

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大倉尾根もこの通り シロヤシオが紅葉になったばかり

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泉ヶ岳はテッペンだけ紅葉が進む

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by tabilogue2 | 2017-10-08 17:56 | Car | Trackback | Comments(2)

そろそろ…だな 南会津

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三岩の小屋から窓明の途中で… 坪入山 奥は丸山岳





晩秋になると初冠雪の便りが届いて 心騒いで 落ち着かなくなる。。。
スキーヤーでもボーダーでもないんで、、、初雪の喜びではなく 
車が問題で 雪が降れば?どこにも行けなくなる日が来るということだ(´;ω;`)


体力があれば? 例年 三ッ岩岳の小屋まであがる 
これが無理なら? 1500m前後の日帰り登山専門になってしまう。
「体力の限界」がどこか不明だが でもそれが分かれ道となるのは確かだ。
日々に精進しないと 登れない体になってしまう。

まあでも 今年は息があがることもなく登れているので 
少し早めに 南会津に行ってこようと思う。
小屋仕舞い直後 雪の降る前の尾瀬ヶ原 裏燧林道 
それとも 雪を纏った 燧、三岩、窓明あたりか

三ツ岩の小屋には昔ストーブがあったけど 今はもうない
小屋で グダグダするのも…いいかもしれない いや耐寒で余裕ないかな?
10月末はブナも茶枯れて落ちる 黄葉の今なら…いい感じかな。
耐寒訓練を兼ねて 出かけてこようか? そろそろ・・・防寒手袋テムレスか?



スズキさん 如何ですかね体調は?
足馴らしですが…ご一緒に行きませんか?

と、言ってるうちに・・・  雪マークが並ぶようになりました




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by tabilogue2 | 2017-10-05 18:43 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)