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「翌檜」・・・福島じゃ「ヒバ」って呼んでた

前回敗退の「リトライ」、通算3回目。奥新川駅(おくにっかわ)から前回同様コースだ。なんか…北面白山や南面白山と違って なかなか目的地まで到達しない山だなぁ。厳冬期の北面白なら、3時間もあれば972m標高点か最低でも長左エ門水平道に達するんだろうが? ここ新川岳はアプローチで取り付きまででさえも なんと3時間もかかる。ギリギリ17時30分の上り電車までに下山するとなると15時に行動を終えるしかない。「日帰りで」となれば 行動時間は実質3時間だけ。つまり、750mまで行ければベストなのだ。やれやれ…と普通ならこの辺でこの山を諦め、河岸を変えるのが「大人の対応」ちゅうもんだろうか? いや「大人の対応」ということであれば?山に泊まるのがソレらしいし最良策となる。

今日の奥新川駅前は除雪車が入っていた。たった3世帯でも活気がでるもんだなぁ。とても歩き易い粉雪、犬もワンワン哭いて(1頭なら吠 2頭以上なら哭なのか?)あいかわらず元気そうだ。サラサラ粉雪が新たに30cmも上積みで降ったのだが、陽があたる時刻までならワカンの抵抗は下地の旧層のみ。今のところは歩きやすい。だけどこの粉雪も陽が当たって解け出せば?俄かに重くなる。午前9時前までが勝負かな?



ここんところ毎日、ニッカウィスキー仙台工場のある新川(にっかわ)のアメダスデータ「風速」「積雪深」を見ている。風速が「新川」で2桁近く(8~9m)の場合は 奥新川1000m標高付近では猛吹雪(15~20m以上)となる。積雪深が「新川」の昨日と今日とで新たに20cm増の場合は 奥新川駅前では新雪40cm増になっている。ちなみに 朝方の積雪深と夕方のそれとを比較もしている。その数値で奥新川での解け具合を勘案している。これらの数値が期待値「以下」にあることが「奥新川行き」の基準になっている。他に山形地方の☀か☁マーク。仙山線沿線山行には「アメダスの気象データ」を用いている 皆さんならどんな風に役立ているのだろうか?



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600mまでは翌檜だらけの林

上部尾根が長く、細く白く浮き立っていて自分にとってサイズのいい山。”難”はアプローチにある。林道を3kmもズブズブと「ワカンラッセル」というので 敬遠される傾向にある。だから冬は誰も来ない、見向きもされない山。たった1000mだけど、泊まりを要する「遠い山」だ。なんか、丁山地を思い出す 辛い山だ。二ッ森、栗子は居住地が近いから…そうでもないけど。。。

頑強で、体力に自信があって、一番列車で向かったとして駅から「単独ラッセル」して750mの幕営地まで登るのは…かなり大変と思う。今日もいつものように進むと…ヒザにピキッと電気が走るw 頑張りすぎたみたいだ。結果 前回より30分短縮して「取り付き」に到着した。今日も前回同様 林道の雪は新旧ともに重かった。

前回 標高625mの自称” Nikkawa BASE ”に進めたので 今日はそこにテントを張ろうと目標を定めている。「基地」だ…、この歳で夢を見るw まっ平らな地形、一段凹む、西風は当たらない、テンバには最高なところだ。そんなことを思うと、小まめに荷揚げし2泊3日の行程をゆっくり楽しむ「真冬のコース」だと痛感、ビビビっとくる。

まもなく3月…、冬山「厳冬期」が終わる。春山「残雪期」シーズンの始まりだ。次は「750m台地」だ。そのためにも 「初日で750mまでいけるスピード」がほしい生活のリズムを早めて、体力つけて そして最後は やっぱ持久力かな。。。細尾根の雪が 固まっているだろうか? 2泊3日でなら無理せず行けるだろう。


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画像左の625ピーク直下の雪庇を避けて
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 右手から620mテンバに向かう

ダイレクトに625ピークを目指さずに 右から迂回し620mの平地を目指した。アルバイトが楽になる。雪庇を避ければどうしたって迂回になる ゆっくり深い雪を斜上する。


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テンバ 真っ平らである。向うが625ピーク。翌檜、楢、ブナの他に 太い赤松も生えていた 珍しいところだね
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40cmほどの赤松
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この白い山は白髭山と 右隣の尖がった山が楠峰? いや、仙台カゴだな 北北東側に見える
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この白い山は後白髭山だろうな 北東側に見える
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赤布を前回よりコース上部に移動する
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デポしたものを回収
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自立式ツェルトは2分で立つ 冬場は便利だ。 インナーブーツは脱がなくて済むので、楽チン。

今日はテント泊。まっ、こういう「余裕」を設けないと 新川岳という山に馴染むことができないんだろうなw まっ、こういう一日を設けないと 冬山って 仲良くできないところがあるね。先日持ち上げていた日本酒四合瓶を雪の中から掘り出して、凍結防止の荷解きをした。新たに本日のビールを追加、宴会前にあっという間に一本を明け喉を潤した。うまい。勢いづいて 水づくりに励んだ。今夜は「鍋もの」なのでけっこうな水量になった。テント内の煮炊きで暑い。首から上、汗が噴き出まくる。それと明日のために 700ccほどを保温ポットに冷水のまま備蓄した。

買物のレシートがレジ袋から出てきた 若鶏もも肉199 せり213 春菊321 生椎茸84 木綿豆腐84 手巻しらたき100 長ネギ189 白菜(1/4)238 玉うどん100・・・それとデポした日本酒、、、 結構なお味でした。

芹、春菊の野菜を適当に切り しらたきも小まめに切って 舞茸を小分けし 鶏肉も小まめに切って 豆腐の小パックを8等分に切り 準備完了って?…その前にギン冷え純米酒を口明けで戴き・・・ ついに準備完了w 調子が出てきたところでキューブを2個投入した。鶏肉 舞茸 しらたき 豆腐の順でいれ 最後に沸き出したら 本場「仙台せり」をいれる。春菊は 味が変わるので せりが片付いてから食べる予定だ。締めに、といってもまだ7時だが・・・豚肉と饂飩を入れ本日の「締め」、、、ぜんぶ、旨かったぁ。テント内が湯気で撮影できずw 夜は湯気が天幕に結露しまくり 朝はバリバリ凍結しまくる 動くと霜の結晶が落ちてくる。

ダウンジャケットも持ちあげていたので大助かりだ NANGA冬季用シュラフ+カバーで+ほぼOK。目出し帽とウール手袋 足元は合羽のズボンにプラブーツインナー 完全防寒だった。無駄なく 計画通りに荷揚げして 計画通りに酒が呑めた すばらしい一夜だ。居住室内はバーナーの音だけ。物思いに耽る静けさ。 こんなに満足したのは久しぶり 狙い通りだ。だが、今宵を飾る星は出なかった~(+_+) 夜8時。シュラフカバーにシュラフ本体を突っ込み ゴソゴソとくるまる。ロープ束を枕にして横になる。”就寝の儀”、今日一日 無事で終わった 楽しかった 感謝・・・。夜中に電車が鉄橋?を通過する、、、Gadadada Gadadada Gadadan Gadadan Ghowaaaaaaaahhh って音を 遠くに聞きながら…明日の行動を想像する、、、も?またすぐ 夢に堕ちていく 瞼の映像に横シマな光?が…入って、流れて、崩れていく、、、おやすみいぃぃぃ zzz

ちなみに、一夜の夕餉でガス1缶をほぼ消費、残存分は翌朝のコーヒー 朝食の煮炊き 保温ポットの湯づくりに充分間に合った。


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地形争奪の複雑な610m辺りから670mまでの尾根を撮影する。

4時起きして朝食を摂り、6時、明るんだところで アイゼンを履き雪が固い時間帯に遊んできた。625m周辺は翌檜の30~40cmクラスが多い その右手 北沢に沿う斜面は杉の植林帯。そこから二重山稜になって その中の窪に 翌檜の太い倒木が数本横たわっていた 無念だったのか?雪原の中で珍しい光景に出あった。興奮しながら撮影しまくった。「山」が一瞬、見えなくなった。一旦 5mほど下ってから670mまで大きい登りがあるけど、すべてブナの二次林。ここを凌げば 750m標高点だ。

次回♪「YMCA・OB山行」として厳冬期縦走を予定しよう。上部細尾根には左右両側に「きのこ雪庇」が張り出す。「ピッケル/アイゼン/ロープ確保が必要」と記しておく。


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帰り道 自分の歩幅が・・・登りの2歩と下りの1歩が 同じ
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いい天気だ
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保線区からの受託工事で入っている車両が5台
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ここから駅前まで除雪が終わっていた 
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愛子郵便局から「集配」のため 毎日一回電車で通うおじさん ハイ、ぽーず 






by tabilogue2 | 2018-02-23 17:35 | 面白山 | Trackback | Comments(0)

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ルート計画図

昨年、雪山単独登山の目標  
「新川岳 1013m 仮称:船倉山 1069m 自称:矢盡(やつくし)尾根」を選定した。
これもJR仙山線沿線登山の一貫  最寄駅は奥新川駅 仙台からJRで片道580円 *訂正 赤文字
 
机上登山
今回のルートの危険予測、注意個所が2つ。
1.”下の細尾根”の状態(添付地図 750m標高点上部 雪次第だが細尾根かリッジになる)
2.”上の細尾根”の雪庇(添付地図 新川岳1013mから仮称:向船倉山1069m手前まで)

呼称問題 
「仮称:船倉山 1069m」について私自身が古地図に載っている正式名称を確認すれば解決するのだが。
北沢を挟んで向かい尾根に 登山体系に載った西船倉958m 中船倉969m 東船倉山980m がある。 
東船倉山の向かい側という理由で仮称:「船倉山」としたがその理由づけが胡散臭いので仮称のまま。
新川岳の奥に位置するので 奥新川岳でも良さそうだがw 現実に奥新川岳(853m)という山は
奥新川駅の南に別に存在する。名称使用は不可。裏、後」新川岳と呼ぶのが 当たらずとも遠からず。

元となる「東船倉山980m」、昔は三角点名「和津倉」と呼んだ。古地図を探して調査する必要がある。
「袖泉」の一件や「駄んこ平」の変化や「呼称」にはナイーブになっている 時間をみて調べようと思う


登山体系
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昨年の経験から 9mmロープとスノーバーとランニングを用意 雪の多い今年、細尾根通過に集中する。
山行は「荷揚げ」も兼ねている、登攀具を背負う。 けっこうな重量だ。
750m細尾根の雪の状態を「調べること」と「ロープ、ガチャ類と酒の荷揚げ」とが今日の目的。

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ここから湿雪のラッセルアプローチ開始 山スキーなら労力、時間ともに半分だよなぁ。目標点を決めて、30分ずつラッセルを続け、休憩する コレの繰り返し。道々 いろんなことを考えながらラッセルする 無心になれないw 頭が邪魔くさい問題に直面すると… ラッセルに集中できない もう マイル
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南沢


昨秋、「沢で道迷い?」した”知り合い”がいた。なぜ左岸鞍部の乗越をせず直進したんだろう? 事故を呼ぶ「行動心理」に答えが含まれる。 1つ目は「東ガンショ沢の下降に不安が過ぎったか?」それを避けるために「駒新道を下ればいいさ」と気持ちが入れ替わったのではないか?。さらに面白山林道が見えたから「それで下ればいいさ」とまた気持ちを「合理化」させてしまったか? 2つ目「駒新道」の道形に気づかなかったこと。道に気づいて黒岩を指呼すれば 次は奥新川岳を目指せる。四ノ沢か三ノ沢かの尾根を下れば奥新川駅に戻れる。神経を集中して藪に埋まった「駒新道」から旧登山道への旧ルートを探すはず。道がなくとも尾根を漕ぐはず。3つ目は「パートナーは駒新道らしき道形に気づいていた」が報告しなかった。パートナーに「現在地ロスト」という現実を認識させていなかったのではないか? だからそれが「報告しなかった」の誘因になった。GPSが誤作動したらしい???明日は我が身 きをつけよう 

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ここが今日の実質上の出発点 「南沢・北沢の分かれ」
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南沢林道はしっかりしている 路肩がコンクリだ  雪は昨年の2、3倍は積もってる
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カーブミラーは4本とも埋まっていた
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ノリウツギ?
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この山の陰が作並温泉だ
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タニウツギが雪に押されて・・・
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奥新川駅から4時間 やっと取り付き点についた ああ(´Д`)疲れた。時速1km/hで、黙々と3Km 休憩入れながら重い雪をラッセルしてきた 心情を吐露すれば ここで帰ろうかと密かに思う自分がいたりして…(笑)ヤマザキの葡萄パンの小さいヤツ3枚入と インスタントコーヒーでランチ。福島のあんぽ柿とアロエヨーグルトのデザートをつけて…と 萎えた気力を回復させるw
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ずうっと重い雪に悩まされた。一旦、ワカンが潜ってしまったらその足を引き抜くのに一苦労だった。しまいには歩行リズムに合わせたワカンの抜き差しができずに体だけが前のめりになって倒れ込む。何度?跪いただろうか。コレが3km、4時間も延々と続く。体力は勿論、気力さえ奪われてしまう。急斜面は分荷して持ち上げるしかない。今の自分は体力がないから(´;ω;`) 次回、できればもう一度、「雪の状態を下見する」ことが必要だ。デポ荷の分だけ軽くなるはずだから、細切れ休憩時間は半分に減るだろう 次回の荷揚げ時に試してみようw
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じつは・・・グループ登山とソロ山行との大きな違いが「ココにある」。 「まあ いいや…」と自分に負けてしまうと…ソロは何事も達成されないで終わる。振り返れば・・・受験勉強も まあいいや、就職だって まあいいや、人生だって まあいいや(´艸`) そうやって生きてきたんだ、、、それが山だからといって?180度変わるわけがない。ただ、言えることは、、、ソロだから「意志決定は自分だけ」だということ。結果がどう出ようと他人の所為にすることはない。ここが明確なのさ。意志も強くなる?かもねw だから日ごろ「連れてって登山」に慣れきってしまうと…意志の弱いものや、体力の劣るものは「自活登山」に戻れなくなってしまう。厳密に言えば、自活か?依存か?の違いではあるが、「自活登山」と「連れてって山歩き」とでは「似ても似つかぬもの」ということ。かな? それでも、まあいいや・・・か?(笑)山は 一人で感じるもの 得るもの 目指すもの。ソロの達成感はまるで違うのだよ ホント。
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リッジ対策で、ロープ、スリング類。今日はロープスリング4本+ソウンスリング2本+テープスリング1本 ピッケル スノーバー バイル スコップ ロープマン ATC。リッジの通過には5m置きにランニングをとるつもりでいた 滑落しても最大10mだ 難所は小まめに打っていく予定。これから尾根を登るぞ と「覚悟」して、、、「武装」するw。今日の結果 不要になったものがある、次回はデポ/装備品からカットする。スプーンはヨーグルトの専用武具w
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12:40 後半スタート 取り付きから大きなブナをめざす。高差40mほど 斜面の雪は解けだしており ワカンでもスッカスカ抜ける 今冬はまだまだ雪が固まらずにズブズブ潜る 「安倍」な天気か?(´艸`) ピッケルを横に寝せて シャフトごと雪に食い込ませて登る 体重が四肢に分散され 深く潜らず とても効率がいい
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ウサギがいた 20mさきで何やら口を動かしている
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ウサギが目の前をピョンピョン飛び跳ねてゆく。けして ”脱兎のごとく” ではない 僕が追いつくのを待って 赤いお目々でこちらをチラミしてから 先の斜面に駆け出す。雪庇を避けながらの道案内が上手い
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尾根はずうっと ブナ ナラ アスナロがつづく
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こちらは雪庇である

2時になった。。。 標高650m手前で時間切れとなる。750mまでならいけるだろうと踏んでいたが 深雪アプローチに4時間もかかってしまい 当初の目論見は大きくはずれた。あと1時間 つか 電車1本分のスピードを上げないと。。。とはいえ テン場に最適の場所を得たし 荷揚げも済ませた。 あとは また次回。6時間かけて登って 1時間半で転がるように降りる。見切りをつけるのに 迷っちゃダメよ。 サッと引き返す 後々 これがプラスになる。 ここからバックし 奥新川駅へむかう。 電車は3:31発。上り電車に間に合うはずだが???
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山で ”タコ”と出会った 雪の斜面でもがいていた 救助せずw
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奥新川駅が見えてきた

先の取り付き点から ショートカットで杉の植林帯を沢溝に沿って下降。「北沢・南沢の分かれ」に直接下りた。杉林の雪は昨年より柔らかく 潜ってしまって「尻セードできず」(泣)列車時刻の関係で コレが時間計算に狂いを生じさせた

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駅についた と同時に 列車がやってきた 間一髪! 3時31分の電車に ぎり間に合った。此れに乗り遅れると 次は5時半まで電車がない。車内で装備を解除し 愛子、落合駅から高校生に挟まれ 帰ってきた。











by tabilogue2 | 2018-02-17 16:06 | 面白山 | Trackback | Comments(0)

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作並温泉の一つ先の駅、奥新川。先日アップしたばかりだが、駅前はこの写真の通り。
いきなり無人地帯。今は3軒 3世帯しか住んでいない。*訂正します。 3軒3世帯3名、現在の状況だと指摘がありました。

そのうち一つが奥新川食堂 もう一つが「犬の家」といっていいのか?飼い主の老夫婦宅(昨年まで お婆さんと犬がいた家)。そしてもう一軒が「岳山荘」。こちらに住人がお一人 おられます。看板が下がっております「奥新川自然振興会」(会長:内嶋さん 会員数60名)。土日はボランティア活動家のアジトになっています。ボランティアの皆さんは、奥新川の沢道(遊歩道)を整備し「ゆうゆうの森」とする予定で活動なされております。(よろしければ、皆さんも是非ご参加ください) 

この雪道に 車の轍がないことにお気づきだろうか???

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それ以外 民家もうすで空き家。朽ちた家もある。生活は減退し、住民はこの地を離れた。
ほとんどの家が玄関まで雪かきが為されてないので空家とわかる。

集落最下部の民家前で、毎度毎度、犬に吠えられていたが 今年はその犬も吠えない
どうした、オイ犬! なぜ出てこん? 飼い主もいない。
住んでる生活の気配や匂いはあるけど 車がない。
(翌週、訪問時に車は在った 住んでらっしゃる でも犬はいない)

そういえば先日 三連休の大雪以来、仙台市の除雪車が入ってこれなくなっていた。
鉄道があるから 車を作並に置けば電車で通勤はできるが、
老夫婦だから 身内宅に寄食しているのだろうか? 気になる。


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車の轍が消えた一本道 
犬の散歩で歩かれる道 郵便屋さんが車を降りてやって来るだけの道

それ以外は 僕のような登山者だが それも冬だけw
もはや生活路じゃなくなった

昨年 観光旅行者が 駅舎でポツネンと暇つぶししていたことはあったけれど
「奥新川ライン」という仙台の観光パンフで立ち寄ったとか・・・ 
「何もない」のと 「2時間も電車待ちがある」というのに驚いていた

たしかにココは仙台の観光案内に載っているが
「実情」なんて市職員 観光交流課、生活振興課などには関係ないのだろう
民活で再生なればいいが・・・

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ここを歩くのである 少し不気味
パンフを見て 観光旅行者もココを歩くんだけど・・・市職員さん解ってる?

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毎回 通過のたびに吠えていた犬が 今日はいなかった
 
というか もう除雪が追い付かないで
奥新川トンネル(北沢隧道)からの坂道、、、除雪車が登れないで ユーターン
奥新川まで積もり放題になって 完全に車は入れない。

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by tabilogue2 | 2018-02-17 15:04 | 面白山 | Trackback | Comments(7)

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寒仕込みの生。いい酒です。開栓すると炭酸が発泡します。自分には少し甘すぎ。
含むと同時にヨーグルトの酸味。のど越しは高級な味わいを伴いながらスッとおさまる。
酔い知らず、あぶない酒ですw



雪が降ってキャッキャッって騒ぐのは スキーヤー、ボーダー、子供たちばかり。雪が降れば、不問律で、朝6時ぐらいから町内一斉に「雪かき」。 降ったら、ソレっ! て?我さきに山に向かおうものなら町内会から突き上げを食らっちゃう。「地域社会あっての地元民」、4時間もの雪かき労働が終われば近所の皆さんに「おつかれさま」と挨拶して あとは骨休みだ。仙台でさえ20cmの雪に大わらわ。肘折4m 五味沢3m弱 米沢2m? 山形は除雪の毎日、県民は この冬 たまったもんじゃないだろう。 

雪が降ったら、即日のうちに山に行かないと・・・? 仮に、行かないジモティなら?「そいつは欲がない」風に 雪と無縁な都会のオバサンには映るらしい(´艸`) もともと地元にとって雪は「かたすもの」「寝かすもの」であって「楽しむもの」ではないんだけどなぁ。まあ だからこそ大雪降る旧正月に「雪祭り」をして、年一回のお楽しみを地域皆で楽しむわけだが。地域に根差さないマンション暮らしの東京人にはこの「祭りのありがたみ」「雪の辛さ」は分かるまいよw 

つうか、話しは変わるけど、、、真面目にソロという身を考えるようになった。体調はいいし、ヒマ、、、だけど 考える日々。早朝マイカーに乗ってパッと勢いで山に行っちゃう ってことがもう無い。雪道を走れる車がない(笑)残りの人生やるべきことが定まって、今それに集中 山どころじゃない。山どころじゃない我が身だが 今冬5年目のJR仙山線沿線登山。山の雪が締まってきたんで 5年越しの「計画」をやらかそうと虎視眈々www 新川では50センチの積雪 先日まで14センチだったんだけどね。

冬至から立春まであまりに朝が暗く、車のない身、決意しないと出そびれることしばし。先日こんなこともあった・・・早朝5時半、暗い住宅街を駅に向かって歩いていると 突然、右手の暗闇から飼い犬に吠え掛かられた。心臓が飛びだすほど(;゚Д゚)っ。右側面から吠え掛かられると隻眼ではもう防ぎようがない。慌てて 飛び出した心臓を押さえたが やっとだ(笑)

でも 好いこともあった。テント泊装備を背負い足馴らしで東仙台駅へ、そのまま東北本線で仙台駅へ。はじめて仙台駅構内の立ち蕎麦処で朝飯を済ませた( ̄ー ̄)。満腹状態で仙山線に乗り込むことができた。暗く寒い冬の朝、毎度列車内で人目を凌いで済ませていたオニギリ朝めし。これを駅構内の立ち蕎麦屋さんで湯気ホワホワの汁麺に代替えできる。このメリットは大きい 大助かり。

かき揚げ天ぷら蕎麦+いなり寿司2個で430円。朝の気忙しさから解放されただけでも大助かり、隣りのパン屋さんで美味しいアップルパイも買えるし。自分はお湯をポット2本に詰めるだけで朝の支度がOK。電車時刻に集中しやすくなった。朝昼2食分のオニギリとおかず・・・、これが立ち食い蕎麦とパンにとって代わりザックも軽くなって、一石二鳥って、5年目で気づいた? だなんて あまりにも遅すぎだよね(笑)


話かわって・・・奥新川

駅前はいきなり無人地帯。閉店した食堂がカーテンを閉じたまま。淋しい、なんせ今は3所帯しか住んでいない。他の民家はもうすでに空き家。朽ちた家もある。生活は減退し、離散し、100mの通過は気もちのいいもんじゃない。玄関まで雪かきが為されてないので住んでないのがわかる。が?視線を受ける コッチが視られてる感じがするんだ 考えすぎかなぁ。さらに集落最下部の民家前で、毎度毎度、犬に吠えられる。それが苦痛といえば苦痛w。先述の一件があったせいかな? 放し飼い…ピッケル構え武装して通過予定。いちどヤッタロか!(戌年ですけど)と思うほどすごい剣幕で哭く。何の怨みがあるんだか?朝に夕に毎回吠えられ・・・やんなっちゃうなぁ。。。((+_+))

もっとも一昨年と違って、昨年あたりから月2回この地区に居住者が増えた。奥新川の清流が流れる公園を「昔のように復活させよう」と奇特なボランティアのアジトが1軒、電灯が灯るようになった。「ゆうゆう館」での知り合いSさん。酒に釣られて引き込まれそう。山菜天ぷらなんか作られた日にゃあ寄らないわけにはいかない どうなることやら?この春、、、どなたかお助け下さい 身が保た~ん。

奥新川駅で下車し、ぐるっと回り込んで標高1000メートルまで 酒と食材の荷揚げ(´艸`) 雪庇の細尾根通過が2ヶ所。でも暖かくなってきたんで楽になったぁ。デカオモの厳冬期用シュラフに潜ってダウンを着て、チビチビやってりゃ夜が明ける。昨年、寡雪に悩まされたが、今年はテン場に困ることはない。この尾根で見た星空がきれいだったぁ、仙台方面の街灯り・・・、また夜明けを迎えるぞぉ。

で?そうまでして?毎回?飽きもせず?何の特徴もない無銘な「ヤブと雪」の小さな山に通い続けて・・・今冬で5年目?(^-^)イヤハヤ 何が魅力なのこの藪山?…って自分でも笑っちゃうんだが、えっ、そんなのが理由なの?つう低レベル。じつは 尾根に泊まって、セリ鍋で酒をやる!これが楽しみなんだ。誰も来ないから 夜はヒマだから 鍋も酒も大いにヤル。大声で寮歌・猥歌を歌う。尾根で詩を朗読する。叫ぶ、、、男だから仕方がない 山旅だから仕方ない 何もないから仕方がない・・・ 春だから もう 仕方がない(´艸`) 

沢登り以外で、この駅から山に発つなんて…20数年ぶりですよ。北沢、南沢の各支流を詰めてまた別の沢を下って循環して駅前に戻っていた。それはさておき、昔はここ奥新川と隣りの八森臨時停車場に芋煮会のために電車が停まったのだ…って言っても分かる人は60代までか? 奥新川駅前の食堂で薪を買い、賑やかに数十人もの人たちで芋煮会をし、フォークダンスも踊ったりしたものだが…、、、で、二口渓谷と違って安心して川の水が飲める所でもあったなぁ ここは清流なのだ (*´Д`*)懐かしい。


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名前は・・・「ボサ」 ぼさぼさ頭だから「ボサ」 よろしく。
常温で呑めます 安くて、うまい酒です
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冷は勿論ですが、温めの燗なら「山廃 日輪田」ふくよかな酒になります。





by tabilogue2 | 2018-02-13 10:54 | 面白山 | Trackback | Comments(4)

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「船形山のブナを守る会」の2018年度の活動方針を決める「世話人会」があり「お呼ばれ」してきた。自然観察会でお会いすることがなく今日の席で初めてお会いする先輩方が10名ほどいらして この会の奥行きがさらに深いことを知った。 会場は雪が残る三本木町公民館、40人ほど参加。お昼にお餅が搗かれ、軍鶏?肉うどんが提供され和気あいあい。 写真は「餅つき」の一コマ。「腰のいれ方」が完璧に農家の男衆のソレだ。 四升の餅を搗くのはじつに手慣れたもの。手つきが上手いし 年季の入った杵の担ぎ上げ・振り下ろしに体の軸がブレず、それはそれは見事だった。都会の人間じゃこうはイカない。。。


「船形山のブナを守る会」活動36年を振り返る 
宮城県岳連:斉藤善雄先生の「講義」が聴けて、当時の「空白部分」がスッポリ僕の心に収まった。

「空白部分」??? それってどういうことなのか 横道にそれるけど説明しなくちゃならない・・・、じつは「ブナを守る会」の発足当時の背景とか?、社会的使命感とか?、具体的に対外交渉がどんな風になされていたのか? 宮城県知事との交渉はどんなだったのか? 運動はどのような広がりをみせたのか? 実際に船形山の伐採状況はどんなだったのか?、、、これらの疑問点(未消化部分)が心に残されたまま今に至っていた。これらについて当時のYMCA山岳会は庶務・渉外係の担当者任せになっていて、、、「ブナを守る会」活動の細やかな息遣いまでは担当者の報告だけでは知ることができなかった。深野さんが「ぶなを守る会」で論陣を張っている割には(内輪の話で恐縮するが)山岳会はパイプ詰まり?をしていたんじゃなかったか な?(笑) 

なので大崎、黒川の近郷近在の発起人に名を連ねた皆さんたちが「ブナを守る会」を発足させた当時の状況、生の苦労話を直接耳にすることがなく 様々な資料、機関誌などから朧気ながらも事実経過を知り、配られたアジビラで運動の争点を識る…それ以外に情勢を知る手立てがなかった。ネットのない時代だから、公平に与えられた「時間力」、山岳会という「組織力」がフルに使われずにいた…じつに勿体無い話。今日のような講義が聴講でき、当時の「空白部分」がようやく僕の心に埋め戻された気分に至っている。ありがとうございました。


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発刊されてきた機関誌「ブナの森」。8号と9号は「ゆうゆう館」から戴いたもの、10号は大和町のチバさんから戴いたもの。これが「運動の礎」であり会活動の内容が多岐にわたって掲載されている。今日の斉藤先生の講演は8号、9号の掲載内容に添っていた。幸いにも全ページ読了しており、赤恥はかかずに済んだ。
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1990年前後 白神山地など「自然保護運動」の盛り上がりもあって能動的に運動に参加することに僕は一片の疑問、一抹の不安もなかった。「山をやる者なら当然の構え」と自然保護に関心を持った。また当時、朝日スーパー林道開削、博士山のイヌワシ保護、吾妻高山の山頂電波反射板、只見八十里峠国道化問題、尾瀬ブナ平伐採、奥只見・奥利根ダム問題など問題山積。船形山(20000ha)は白神山地(17000ha)よりも広大なブナ林を抱えていたのだが 伐採が途中でSTOPされ皆伐を免れたとはいえ 全面積の3/4を失ってしまったのである。この事実も当ブログ読者には知ってもらいたい。

仙台でもその頃、市民の森である蕃山の開発問題が浮上した。”仙台市蕃山の森を守ろう!”の市民運動が興き、大梅寺付近の開発予定地(登山道東側)の立木を一本一本購入する「立木トラスト運動」にまで発展した。 さらに、定義山林道のブナ伐採&除草剤デゾレート16000キログラム散布問題等で大倉ダム(仙台市民の水源)に赤信号が灯り、市民は知らずに暮らしているんだろうけど?実は、山間部というのは環境問題に関して無造作に公的機関の一部局で扱われ、開発という美名のもとに影響多大な「環境ホルモン問題」が野放図に扱われ実行が為されていたという事実があったわけ。 

あの頃、、、真実を吐露すれば、”反権力意識が強すぎた” かな?と 今に反省する。「生態系を守る」観点から運動に参加されていた皆さんと自分とは どこか意識が違っていた(´艸`) そう、僕は何につけてもすべからく”学生運動”あがりの青二才だった。極論を言えば… 反対を叫べばそれで済む「お題目」のような自然保護で終わっていた。山岳会の実動会員のくせに「環境ウォッチャー」にさえもなり得なかった。昨年から「ブナを守る会」の観察会に参加するたびに反省多々、お恥ずかしい。
 
今日は 当時の30代、40代の宮城の青年たちが「奥山伐採」に反対し社会的な包囲網を作り「中止させた」ということ 熱い情熱をたぎらせ毎週情勢討議に参加し、正義感に燃える会員たちの地道な戦いがあったこと などを「まとめ資料」で識った。特に斉藤先生の講演には「懐かしい顔ぶれ」という紹介があり 当時の写真に出てくる顔ぶれとお名前とがやっと一致した。凄い男たち 熱い女たちが居たからこそ「伐採凍結までの10年間」とその後に「継続された26年の歩み」があったのである。

今日、この運動を理解するのに時間はかからなかった。「支持を得ない運動は消滅する」ぐらいのことは理解していたから。「10年」という長期にわたり伐採反対運動を継続された皆さんの強い意志、、、相当のパワーが注がれたであろうことは直ぐに理解した。僕のような「反権力」や「権益」という政治的動機だけでは息の長い「社会運動」が形成されなかったことだろう。思い知らされた「命を守る」という大命題。当時、このボンクラ頭ではハッキリ捉えきれなかったのである。


今もなお「36年」という会活動は継続されている。「核廃棄物の一斉焼却」や「女川原発の再稼働」に反対表明をし またさらに「地下30cmに焼却ゴミの鋤き込みをする」という県方針のマヤカシに反対し 「地下水を放射能汚染から守ろう」と「放射性物質の隔離保管」を訴え 地道に社会運動を展開させている。併せて「女川原発」県民投票問題にも取り組んでいた。

ブナを守ることは ふるさとの山、森、自然を守ること、台風・大雨などの自然水害から郷土を守ること、ゆくゆく我らの「命の水」を守ること、、、いまの原発問題にも通じてゆく。必然的に現在の「女川原発再稼働反対」運動に取り組むことになる。 実に「先を見据える目」がここにあった。「船形山のブナを守る会」の「底力」をヒシと感じる瞬間だった。「団塊の世代」は自己主張を持った世代・・・、まだ これからもやらねばならぬ。この老いぼれ人生 なかなか「終わり」が来てくれないかも…よ。 それは よかった(´艸`)(いや、じつに良くはない話だが 笑)



たまたま偶然なんだが・・・

この集まりの三日後に ネットで映画「父と暮らせば」(監督:黒木和雄)を観ることになった。偶然の映画鑑賞になったが 戦後3年の広島を舞台にした問題作。原田芳雄と宮沢りえ 二人芝居に見入ってしまった。


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搗いたお餅、「小エビと大根おろし」で食べたのが一番美味しかったな~
あんこ餅も 納豆餅も 美味かった~




英語教科書に採用された「船形山とブナの森」
1991年度の英語教科書に採用された 一部を紹介します。。。
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WORLD ENGLISH COURSE 1
Lesson 9 The Mather of Woods
”森の母”


日本語訳例

俊夫 「リンダ、ブナっていう木を知っていますか」
リンダ 「ええ、知っているわ、book という単語はブナ beech が語源なのよ」
俊夫 「ほんとなの」
リンダ 「紙がなかった大昔には、ブナの木の皮をひっかいて文字を書いたのよ」

俊夫 「へえ~、知らなかったなあ、ところでリンダ、ササニシキというお米を食べたことあるのですか」
リンダ 「ええ、あるわよ、とてもおいしいわ。そのお米とブナの木と何か関係でもあるのですか」
俊夫 「うん、あるんだ。ブナの森に降る雨はね、落ち葉でふかふかしている森の地面の中にしみ込んでいくんだよ。
    その水は地下水に溜まり、それからササニシキが栽培されている田畑に流れていくんだよ」
リンダ 「わかったわ、それでその水が味のよいお米を育てるのに役立っているというわけね」

俊夫 「そのとおりだよ、ブナの森は洪水を防ぐのにも役立っているんだよ」
リンダ 「それでは自然貯水池ですね」

俊夫 「そうですよ、ここ宮城県の船形山地では昔はブナの森は350平方キロメートルもの地域を覆っていたのです
    今でも一年中美しい風景をつくってくれます。ブナの森は植物や動物にも素敵な住みかになっています。」
リンダ 「イギリスでもそうなんです、だから私たちはブナの木を”森の母”と呼んでいるのです。」



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by tabilogue2 | 2018-02-04 19:05 | アラカルト | Trackback | Comments(0)