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この10連休中、個人消費支出の動向を政府は関心もって見ているそうですよ。
何のため???・・・って? そりゃ、秋に消費税を10%に引上げ予定しているからです。
個人消費支出が安定してるなら? 消費税を上げても大丈夫だろ って一種のGOサインの目安です。

おまけに終身雇用の日本的雇用形態をとり辞めたいと言い放ってましたね 経団連でしたっけか?
おまけに中高年労働力の「強制換羽」だそうで・・・定年を早めて、大卒新人と一緒に再雇用する案が浮上?
定年48歳で 以降エサ代がかからず 教育費もかからず 再雇用・・・?ますます労働意欲を落とす悪循環だな 

さらにキツイ追い打ちで、、、「年金受給引き延ばし作戦」ですって???
窓口では、、、「70歳まで年金受給を待つと、支給額が1.4倍になりますよ!」って 猛宣伝中。
 
デフレ対策で物価、福利厚生の切り詰めで医療負担、介護保険料の個人負担、これらがまた上がる予定ですから
結局、実質は目減りして70歳まで待っても 猛宣伝の割には1.3倍ぐらい? 
つくづく思うんだけど長年、厚生年金をかけても 「死んだら年金は貰えない」のです 

健康なうちに年金受給して 娯楽・旅行・趣味・老後を楽しんだほうがいい そうに決まってますよねえ 
もし、病気になったら?年金どころの騒ぎじゃない、高額な医療費負担で貯蓄さえ消えちゃいます。

すべて選挙で自民党を選んだ国民の「ツケ」です それが回ってくるんです 自業自得ってヤツ。
安倍政権になって やりたい放題 ほんと いやですね


まっ それはそれとして・・・(笑)



春、はるです ロック クライミング の季節ですね~ 
昨日は鎌倉山、、、今日は笹倉山、、、あした晴れれば丸森に・・・って 雨予報だったw

その歳で まあだ? 岩に張り付いてるだなんて・・・危ないですよ~ぉ
躰あっての人生やし だいじょぶなん? 御老体?www

まじ、でもまだ70前だしw・・・車の運転できるし・・・轢いたりしないし
大丈夫だろよ? 事故起きたら? 心配? そりゃそん時は死んでるだろし だいいち起こるかどうかって
 そんなもん起きるまで誰もわかりゃせんぞなもし 歩道歩いてたって死んじゃう世の中だ (´艸`)



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東屋のある頂きからは こうなってましたんですなぁ 海まで見えて いいとこです




↑老後の風景写真・・・ いつか見た、こういう光景に わたくし今日 遇いに来たんですよねw
誰かさんのブログに書いてあった光景、、、お茶して おべんと食べて 談笑して スケッチして・・・。 



岳人だの登山家だの山岳ライターだの写真家だのって 「紙ベース」な旧い概念にとらわれて生きる人は・・・ 
やっぱりこういう時も、一人でカップラーメンすすってるもんですかね? そして 哀愁のつぶやき…ですかね?
「やはり 山を歩かないと・・・俺様は病気になっちまう体質なのであろうか・・・」って70になっても言う?マジ?w
ギスギス せかせか・・・って、生き急いでばっかしの人生なくせにw  のんびりいこうよ♪

30分で登れて おべんと食べて、お茶飲んで30分休んで 10分で山をくだって・・・
それでも 家から2時間チョイで往復できちゃうんだから すごいですう

いいんだよねえ、こういうお山。海だ山だ川だって、肩ひじ張らなくって こだわってなくていい
ぽくぽく歩いて 気が向いたら ぽくぽく下りて 向かなきゃ?ゴロリ昼寝してw
海だ山だ川だって こだわらずに のんびり生きれるんだもの 

せかせか登って あれしてこれして、、、どの中高年も 海だ山だ川だって、いっつも何かしてるw
何かしてないと不安、気が済まない、効率効率って、時間が勿体ない、、ってんだから もう 貧乏性だw
若者と正反対ですよ 中高年の皆さん





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宝暦12年(1762年)250年前 宮床村伊達の家臣:八巻景任によって安置された石仏



まず お薬師さんに? ごあいさつです

別名を大森山。。。
原 阿佐緒 の詠んだ歌がありましたっけね 記念館にも立ち寄っとこうかな・・・3回目

一夜の枕を共にした男の寝顔をずうっと朝まで見ている・・・

だなんて、男への怨念がそうさせる? 不可解な女性だが、、、
大正という「時代性」がそういう個性を作り上げてしまったのかもね

息子さんである、原 保美さんは「事件記者」の”べーやん”役
好きな俳優さんの一人でした まさに芸術一家ね

もわっと、萌え出したばかりの、新緑の黄緑色の世界 萌えづいた季節が好きだなぁ 
萌黄の春、生き物たちの脈動が聞こえる って? 個性のないお決まりな表現に笑えるw


実は…今日まで 笹倉山には登っておりませんで・・・ Σ(・□・;)
今日が初笹倉山 というか 七ツ森デビューっす  ナニカ?




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福島時代の影響で・・・1000m以下 標高差700m未満の山は 登っていません
登ろう! という気さえも おきなくて・・・山という概念がないんです
 
というか 会津の山は 背丈がたいてい1000m以上なもんで
30代初端に仙台に移り住んで 山の小ささ、奥行きの浅さに驚き、嘆いたもんです

というわけで 

冬の薬来山 春の蕃山 以外 
1000m以下に登ったことがありまっせーーーん キッパリw
今日が3つめ 初笹倉山&七ツ森デビュー です ナニカ? 




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眺子の口ですかね、ココ? 姥坂の北側から見た南川ダム 遠くは栗駒山
バーベキューかな?人で一杯 皆が行くところに行きたがる、他人と同じ?右倣えの日本人(笑)
湖面からせり立つ山は鎌倉山でいいの? 次回にでも登ってみようか 七ツ森2座目w



”春” のお弁当・・・筍と小女子、蕗と身欠鰊、甘い梅干 これさえあれば 
萌えいづる春に筍料理をかざし 岩場に出向けば完全無欠だw




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今日は里山を歩くので…、まじめにお洒落して ハイカースタイルな 私です

頭にタオル巻いて長靴履いて・・・野暮な ”おんつぁん”  野良仕事の ”婆んつぁん” ではありませんw
”とっつあん” 風なイメージは もとより持ち合わせておりまへんのどす

大学時代は IVYボーイ だったっすw 野球帽に 白いシャツ チノパンに スニーカー って
どっからどーみても、都会のサンデーハイカーだw 、このまま電車で go! てか?

おまけに 若返ったみたい・・・って、マジかい?w ( *´艸`)サケノミネースシクイネー

ロッククライミングは 昔から 何故か チノパンスタイルなんだな
ジャス姿で 登ったこと??? って ありまへん キッパリ

















by tabilogue2 | 2019-04-29 14:48 | 里山 | Trackback | Comments(2)

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達谷の窟





とある岩手の山に登ろうとして書物を手に取りページを捲ると
「安倍一族もまた 産馬と冶金に長けていた」・・・この文章に出あい 新たな観点を得た
また、去るところ 別の書物では
大和民族の手により討ち負かされた「蝦夷たちの文化」は大和民族よりも劣った風な書き方
これに似た文章には過去何度も出あっていた 

大雑把に言えば、この二つ 他者による歴史観の違いに「激突」したわけだがw
日本神話で日本の紀元が広められ・・・天照大神の神話教育を小学校で受けて以来
蝦夷社会に大和民族よりも気高い文化があった などと 今の今でも信じられないこと

これら自分の中に巣くう「支配者によって作られた既成の歴史観」に対し、
自分で「いや そうじゃないよ」と、「待った」をかけるには ある「儀式」が必要となる
それは「歴史を冷静に見る、客観視への眼覚め」でこの認識がまず大事

その「学び」の初めに
「蝦夷(えみし)の文化が 滔々と我ら東北人の意識に横たわっている」と心に念ずることも大事となる 
これが「激突」への儀式だ
なんせ 敵は60年もの間 教育と称し、私の心に棲みついてるわけだからw

これは一種の踏絵のようなもので、、、
蝦夷文化を見直すことは、、、「新たな歴史観」を持つこととイコールになる
なので この大和民族から見てきた歴史観の切り替えが今すごく重要となる






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西の文化から排斥され、
「悪路王 あくろおう」とか「赤頭 あかがしら」とか「高丸 たかまる」などと蔑視される背景に何があるのか? 
蝦夷たちを極悪人に仕立てる必要があったわけで、大和朝廷によって作られ語られ続けてきた歴史観や「神話」を浸透させることが
征夷には必要だったということをまずは認識すること、つまりは大和朝廷中心の歴史観に疑問を抱くことが先ず重要なんだね 

今後の 東北の山を面白くする点で それが大事だと 気づかされる、山と民族の暮らしと精神性の相互関係ですね。
なんせ、「日本は神の国だ」と堂々と語るアホな?「旧い歴史観の政治家」たちが今この時も多いわけだから

だれがみちのくの山を作ったんだ? それは神だ 大和民族の魂を作った神だ!
こういわれても即座に納得なんてできやしないし 意識して避けてしまう 




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まあここで 「征夷」という言い方に最初の関門が設けられているわけだけど
まず 「征夷」という言葉そのものに疑問を持つこと これが第一関門だ
 
それが「踏絵」となって 子供の頃からずうっと今まで聞かされ続けてきた・・・
「蝦夷は野蛮な地で 住む人々はオロチのようで 鬼のように口が裂け 鱗の肌を持ち」と
朝廷側の筋書きで語られる神話、それに登場する我らの御先祖 蝦夷たち・・・
まるでこの世に有りえない 奇想天外な「化けもの」扱いに おやまあwと疑問を持つようになる

毘沙門堂の案内書には・・・こうある
「この窟に立てこもり領民を苦しめ、女子供を掠める等乱暴な振舞いが多く、国府もこれを抑えることが
出来なくなった そこで桓武天皇は坂上田村麻呂を征夷大将軍に命じ蝦夷征伐の勅を下された」
これが西暦800年頃 阿弖流為が朝廷軍に敗れたのが西暦802年、世はまさに奈良・平安時代のこと

 領民を苦しめ、女子供を掠める等乱暴な振舞い・・・空想神話で語られた阿弖流為たちのイメージを 
征夷を踏絵にし「過去からの理解」を逆転させ 「蝦夷の立場」で考えることが、、、歴史を面白くする 




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そんな 征夷大将軍坂上田村麻呂で有名な「達谷窟」にでかけてきた 
朝廷軍に怖れられていた阿弖流為たちのパワーを じっくりと この目でたしかめてきた

これほどまでの懸崖造りのお堂、りっぱな毘沙門堂を建てなければ「治めきれない」ほど 
阿弖流為たちの力が強く大きいことが窺い知れるわけで 田村麻呂もさぞかし苦戦したことだろう



日高見の国 ヒダカミノクニ

阿弖流為たち蝦夷の軍事組織の連絡網は「狼煙」 その技術は卓越していた
それと 岩手の地下に広がる鍾乳洞、地下道はすべてが繋がっており 
ここ達谷から延々二百数十キロ 10日ほども掛かる道のりがすべて地下で繋がり 
白神山地が海に落ちる、津軽の「外ヶ浜」まで通じている
ひとたび危急の大事あれば 狼煙があげられ 地下の大道を駆け 
阿弖流為旗下の者たちが軍馬に乗って馳せ参ずる 

すわ大変! 嗚呼 おそろしや おそろしや と朝廷軍に怖れられていたことになる
それっ 今のうちに「窟」を塞いでしまえ! 

・・・とまあ、こう、あいなったわけだな それがこの「達谷窟」だったわけか・・・なるほどなぁ

 



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天台宗 別当の屋敷



「差別」の文化

西の文化圏には”人にして人にあらず”「非人」なる、生まれながらにして人間扱いされない身分があった
獣の皮剥ぎや殺生をする、「穢れ ケガレ」た身分とされていた

彼らは 時に歴史の舞台に出てくる
それは咎人を脇の下から竹槍で突き刺す刑の執行人だったり、身分の低い忍びの者(下忍)であったりした
このへんは白土三平氏の「カムイ外伝」か「サスケ」を読んでいただいた方が解りやすい と思うが


対する東の文化圏 日高見の国には「非人」という身分は存在していなかった
これは巻き狩りという狩猟方法や 厳寒の地での集団農耕が大きな役目を持っていたから
・・・これが その理由だと思う

たとえば近年来、マタギの巻き狩りに参加したものには皆公平に獲物を分ける という習わしがある 
巻き狩りは集団で行うので 集団の中で格差が出ないように=集団から逸れないようにしたものと思われる
 
そもそも 西の文化にはない文化を持った東の文化圏は 狩猟は神聖なものと捉えていた 
山に入る前の儀式があるし 神聖ゆえ禁忌事項も守らねばならなかった 
いったん猟に入れば里言葉は使えない 使えば禁忌を破ることとなり狩りは不猟、失敗するとされた

熊は「神からの授かりもの」、狼・狐は「神の使い」、、、と捉える信仰的一面もあったし
そして「狩り」は共同してやらないと獲れないという「絶対的縛り」があった

 
対する 西の文化では獣・獣の肉は「穢れ」としていた それを捌く「穢れた身分」があった
ここに東西の文化の差が歴然としてくる

富の差は「地域・集団・狩り」が成立しないことに通づる
それはマタギ社会に流れる「獣の魂を天に還す儀式」に顕れるが 
二つのマタギ流派ともに同じ習い 肉も肝も巻き狩り参加者に等分に分けられる 





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当ブログの記事で 2015年にマタギの儀式を綴った記事があるので以下に引用します。


狩猟に出かければ山中に小屋掛けして泊まり込みで猟をしました。同じ釜の飯を食った日
の獲物はたとえ一人で獲ったにしても全員で均等に分配され、独り占めは許されない不問
律がありました。 熊やカモシカの解体の時は、カエデの小枝を折って神に供え、一同が
「シシは伏す、思いは野辺の露となるべし。アビラウンケンソワカ」と唱え事をしてから
解体に移りました。ちなみに「アビラウンケンソワカ」というのは真言宗の呪文でこれを
唱えると全てがうまくいくとされています。ソワカというのは呪文の最後につける言葉で
仏への呼びかけのようなものです。

神への感謝、祈りが終わってから解体に移り、心臓 肝臓 腎臓 背肉の一部を煮て藁筒
(つと)に入れて「山ノ神」に捧げ、さらに獲物の多からんことを祈念することを 堅く
守っています。また狩猟に出入りしたときは里言葉は使いません。うっかり口にすれば獲
物が獲れない 災いが罹かるといって不吉なものとされています。特殊な山言葉について
は多少ですが前記いたしました。

マタギの掟について少し記しておきます。狩猟期の禁忌習俗にも厳しく 山入り前の儀式
山ノ神の祭礼 あるいは山言葉は厳重に守られております。三条の習俗もこれに倣ってお
ります。このマタギであることの証しは「巻物」にあるとされています。見れば漢文で書
かれており どのマタギも大切に所持しておりました。



首巻きーとねまき  着物ー身ぐるみ  ズボンーふんごみ  かんじきーつまがけ
川の上流ーいり  川の下流ーでと  くまーなびれ  飯椀ーおおかせ  飯鍋ーおおくま
汁椀ーこかせ  血ーなじ  獲物を捕ったーさじのった  鉈ーこたたき  小刀ーえむし
動物の足跡ーはみ  食事するーはむ  戻るーさしかえす  火を焚けーさしぶをたてろ
出かけるーさしむかう  天気が変わるーなぞら変わる  なだれーひめころぶ


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史実が語るように 
蝦夷(えみし)の地は馬の産地であり、沿岸部の多々羅文化も栄えていた
鉄を治める文化は かなり強大であるともいえるが
むしろ 蝦夷の国の差別のない社会に 私的には興味があること

 素性や貧富による身分差別のない国「日高見の国」
この 「蝦夷たちの文化が 滔々と東北人の意識に横たわっている」 と思うのだ
これこのことに興味がおこされており 国としての形が理想郷に近いのでは…と
とくに遠野の「マヨヒガ」の文化とどこか通じていて、興味深いのである


遠野郷に入ると・・・普段考えないことに 集中して考えこんでしまうので
そして それが思考の壺にスリップしちゃう 韻を踏むと云うか、合うというか、実に不思議だ

異空間 トオヌップ 

また考えて また資料を集めて また行こうか とおの郷





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おまけ:岩手県北バス「世界文化遺産平泉と猊鼻渓号」が案内するようです
1968年式 いすゞTSD40 ボンネットバス 四輪駆動



by tabilogue2 | 2019-04-24 07:43 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(0)

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遠野附馬牛(つきもうし)の早池峰神社 
座敷わらしが集まる神社と云われている そんな遠野に 再び 出かけた





山に登ることに厭きたわけではないが どうしてその地が崇められてきたのか?
歴史との関係で 山との由縁を知りたいと思っていて 
その一つが「端山信仰と暮らし」だったりもする 

端山 葉山 麓山 羽山 早山 すべて同じ 
集落の端っこにある山に神が下りるということの謂れで「端山信仰」という



少し回りくどい言い方だが 
視覚に入る山を地勢的にとらえる「単純さ」を僕はもっていない
支配・被支配 神仏 伝承 習わし 「地域の歴史・文化史観」から地域の山を観ることにしている

過去から変化しつづけ、その結果に今現在「地域生活と」「暮らしと信仰」の観点から
山を見るようになっている この変化に気づいている今の自分だ じつに楽しい




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ものの見方を変える 見方を変えて物事を見ることは 
当ブログの一つの趣きになっている

キッカケは「面白山大権現の御神体を探し出す」あたりから始まっていて 
もう25年前になるだろうか

「登るだけの登山」に興味が持てなくなったころだと思うが 
倦怠期だったであろうかw
単純な登山行為を 「目的を持った遊び」へと変化させたところ、
山が面白いと思うようになった

25年前、当時の「船形山のブナを守る会」の運動もその一つだった・・・
そういう意味でいうと
「テーマを持って山に登る」ことがいかに大事か 
ということになる
 
そんな登り方もあると知れば 
今後もっと楽しい山登りができるのかもしれない

これは福島時代にはなかった感覚だった もっとも当時は 若造だったからだがw 
仙台に来てすぐに知った新しい登り方だった、

これは深野さんのお陰かな あかんべーを袖に隠したりしてw



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間違えてほしくないのは、、、登れた人が偉いのではないこと
同じ箱に 登れない人をも一諸に住まわせる「社会」の仕組みが賢いのだ 
と思うようになって 
それもまた人間が支えあっているからなのだが

山が主体であって人間はその山の客体である と認識すれば 
そんなにそんなに問題は起こらない
ときどき これを逆に捉えて論じるお人がいるから 問題が起きるのだ

・・・この原理が解らぬお方は 今まで通り「俺様」を演じてもらいたい
反面教師で役に立つw


しかし最近、、、
山を材料とし、ネットで「名前を売りこむ」売名行為の向きが多い 
それへの「アンチ観」がブログにこれを書かせているのかも




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昔も 山にはいろんな人が ある目的をもって登ってきた、、、

たとえば 山伏・修験者は「産金・治金の専門家」という見方もあるとして
彼らは信仰をも流布し 吉凶を占いもするが
金脈・鉱脈を探しあてる山師であり、権力者の隠密でもあった

とすれば??? 

一般人が思いみる「山伏観」、ひいては「宗教観」も変わってくるのではないだろうか?
さらには その仰ぎ見る山さえも変わって目の前に在ったりもするか?



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雑記 「変化」

変化・・・という点で自分を見ると 当ブログなどは ”変化のプリンアラモード” かな?

こんなブログであっても 手段に過去の材料を並べ、取材したものを述べ 
それを書いては消す、論じては質す作業がけっこう続くものだと 
僕なんかはそう捉えており 作業はなかなか大変になる

大変だからこそ 
山に登っては写真を撮って軌跡を残すことで 何とかブログの体裁をとって写真でやり過ごすわけだw

どんなブログであっても 
その連続の中で一つの自分なりの「完結」をもたらすわけで 
毎回 綴るたびに社会人としての質を形成する、一枚の新たな肌着を着せるようなものだ 
と思っている

それに自分のブログでは 物事への意見を曖昧に表現することは 敢えてしていない 
極力 白黒をつけて 抽象的表現を避けたいと思っているからだが
これが、なかなかどうして、、 自分を苦しめさせてくれるわけだwww

「ズバリ!」・・・をやり続けることによってw 対人関係を損なう怖れはあっても 
曲がったことをせずに済むので むしろ長期的には安心という益はある

ツイッターやフェースブックとは違う、短文では「思考の展開」が為されない
とも思っている
  
以前に・・・ 
ブログ内容がチョコチョコ修正されコメントしにくい と指摘されたw 
主旨を変えれば大ゴトだが 主客や接続詞を変えたわけでもない、、、硬いことを言う人もいる
尤も 
コメントを得るために せつせつと書いているわけではない

自分の意見がめっぽう大事で、他人の意見に耳を貸さない人と 思われるのも困るのだが
価値観の違いから 同じコメントでも「大違い」になることもあるので 
あまりコメントにムキにならぬ方がいいのではないかな 所詮 直接会わなければ知らぬが仏だ
「本」にまとめる予定もあるので 表記、言葉遣い、筋に修正をかけることは常のこと

でもしかし
まさに今 変化中の人間がブログを書いているわけで 最初から変化せずに済ましうるわけがない
そういう前提で 当ブログを見ていてほしいとも思うのだ 
そのへんの小僧が書いているわけではない 必然 内容も重くなる 芳しいものでもないこと多々 

当方の変化もまた宜しくお願いしたい






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卯子酉(うねとり)さま 

縁結びの赤布に愛しい人の名を書いて あらゆる杉枝に下げ 縁を結ばんとす 
神頼みも ココまで来ると おぞましいものがあるなあ

にしても 携帯カメラでもよく撮れるわw
















by tabilogue2 | 2019-04-23 07:13 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(0)

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「続石」






「トオヌップ」・・・ アイヌ語で「湖のある地」

岩手県盛岡の言語学者・金田一京助 その彼にして・・・
「自分がひとり 未開人の世界へ後もどりして、蒙昧な低俗文化の中に 
いつまでも いつまでも さまよって暮らすのかと さびしさがこみあげる」
と述懐させるほどアイヌ語研究に勤しむ生活に悩んだようだ 

そのわけは 学窓の士たちが 高尚な西洋・東洋哲学にて志を立てているのに 
自分はただアイヌの生活言語研究に明け暮れている ああ嘆かわしい 
と 金田一さんは悲嘆したのである 信じられない話だが



新潟から関東以北の全ての地名や事象を「アイヌ語」で理解しようとすれば 
すべての地名や事象が 其の間尺に収まるわけではない
ただ、「遠野はトオヌップというアイヌ語から出た」と解釈すれば 
世のほとんどの論壇が それで落ち着きを見せるらしい

その向きは一種の「金田一京助」流の解釈に光明を得た方が多いようだ
その方々は 東北の山名地名などをアイヌ語の意味を宛てがって理解しようとなさるようだ




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神 神楽 獅子舞 鹿踊り 信仰心 高原地形 鉄鉱石 民話 座敷童 幽霊譚・・・
外界との拒絶感?と言えば言いすぎだが 外界と暮らしとが日常で交わらない空気が遠野にはある
 
歴史は動いているのに ここだけ時計が停まったような そんなイメージ
それが遠野に伝わる「マヨヒガ」と総称される文化であり 遠野人の血にはそれが流れている

遠野は れば知るほど、さらに知りたくなる土地柄 知りたいものにとって時間が足りないと感ずる町だ
時間が足りずにいると それとの競争で いっそここに住んでみたくなるらしいw
遠野に住み着いた写真家もいるほど だから・・・そう言い切れる 



金田一京助は「遠野物語」の骨格をもたらした佐々木喜善を”日本のグリム”と称えた
また柳田国男は「遠野物語」を次の語り口から筆を起こしている
「この話はすべて遠野の人、佐々木鏡石君より聞きたり 思うに遠野郷には比類の物語猶数百件あるならん」と
柳田国男は佐々木喜善と出会わなければ「遠野物語」は書くこともなかった 偶然且つ運命の出会いだったと言っている
その証に明治43年「遠野物語」の完成を見た時に 柳田は初版本第一号を喜善に贈っている

また佐々木喜善を知ったことで 柳田国男や石川啄木、水野葉州、宮沢賢治、金田一京助らとの関係性を知り 
遠野物語の背景や 遠野の土俗・土風・気風について あれこれ長い時間、思いを巡らしえた 
まあ「考える民」として これ以上の幸せはないのだろうw 

ちなみに水野葉州こそ 柳田国男に佐々木喜善を紹介した人物である 運命の人だ。





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アイヌ語の「湖のある地」という意味から 逆に遠野の地を観ると・・・
盆地でもあり、四方から流れこんで水が集められる・・・という意味で
アイヌ語的な解釈が合っていそうな気もするが?

地質学的に疑問の余地があるのに、「決めつける」のは宜しくないかも
「トオヌップ」を遠野と結びつけ 観光用に囃せば?しっぺ返しが怖い

宮城においても、町が「古代遺跡発見」と大々的に町興しに利した件があったが 
それが 一考古学者の個人的利益のために創られた偽りの遺跡だったと
事件になり(座散乱木遺跡事件)町も県も手痛い過去を持ったではなかったか?
 
商魂は歴史を悪戯に作り 事実を曲げてしまうことがある
トオヌップの語源と遠野の町とを直に結ぶのは 根拠を強かに持った後でもいいのでは?





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気になることがあって言うのだが 「古代万葉 浪漫の遠野」を模索するなら・・・




北の貞任山、南の貞任山、、、
二つの貞任山が示すように「安倍一族」はいくつもの牧場を持っていた
その一つが遠野であった 
近世、南部藩の城があった鍋倉山には南部藩の「番屋」があったという 

この地は「馬の放牧」に適していた 
標高340mの鍋倉山からは四周の牧場の状況が見てとれる

 遠野の北部に「附馬牛」という地があるがこの辺りが番屋と同じ標高となる 
これ以南は鍋倉山から見渡せる 
遠野の東部「六角牛」の方なら 青笹町まで見渡せる・・・

日高見の世から 民俗文化が土俗・気風となって今に残る 豊かな地 遠野。。。


”高原に出向いてごらん 
万葉の風をうけ、古代浪漫に思いを馳せる君に・・・なる”

  

このような切り口、「歴史」という具体的事実から
現代人の心に芽生える浪漫心を紡ぎださせる手法が ”遠野らしいアプローチ” 
といってもいいのではなかろうか?
 




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桜はまだ 北上辺りでその花開く勢いをとどめていた 
その間 観光客が居ないのを良いことに昨年と同様、いにしえの地を一巡りしてきた

もっとも観光客ではなく、「天平の甍」に興味を持つものとしての旅だから
巡る史跡仏閣は観光ルートから外れるものがほとんどであったが

そんな変わり者が一人駅舎に佇んだからと 誰かが咎めるような土地柄ではない
ありきたりの観光地を巡らずとも 旅人として遠野の絵に溶け込むことを遠野人は許すだろう 

また 次回も行きたい 

座敷童が年に一度集まるという附馬牛の早池峰神社例大祭に夜な夜な出かけて 
舞神楽の奉納を見ながら・・・
社のそちらこちらで ひとり増えたり、ひとり姿が消えたりする座敷童たちと
遊んでみたい そう願ってもいる 

ボケた頭は 童たち恰好の遊び相手になるぞ (笑)

















by tabilogue2 | 2019-04-22 09:58 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(0)

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この日は 朝から忘れ物が多くて カメラ 家の鍵 時計・・・食糧 水 酷かったなぁ
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先週、南岸低気圧通過の影響で 四月の名残り雪がドサッと降った
 
このチャンスに ”出席日数の足りない”gさんを連れ出し 補講を行った
大倉から後白髭に向かうのを止め 泉ヶ岳に転進し 訓練時間を確保する

うぐいす坂の横をアイゼン登高、直登、斜上、方向転換などアイゼン歩行とピッケルワーク
泉ヶ岳ー黑鼻山の稜線上、956標高点の東斜面にてロープ懸垂下降、補習をおこなった。


これで不足分の演習項目を一通り終えたが 沢登りの季節がもうすぐ始まるので
ロープワークとコール、セルフビレイの原則を小まめに実践した

セルフビレイをとったら 「セルフビレイOK!」と声を出して再度 視認すること
着けたハーネスの位置より「一段高い所」にセルフビレイ点を設えること

懸垂下降では 今年から7.1mmの細いダブルロープを使用するので
ATCの代わりに エイト環をブレーキに使用してもらい それに慣れてもらった
制動手になる右手の位置はエイト環の場合「右腰の横」に構えるとバランスがいい

ココでの注意は 
エイト環の付け替え時に エイト環を落下させてしまうことがよくあるので
細引きとナス環を使ってセットの補助に使用すること など

フリクションノットではプルージック、クレムハイストの他
オートブロックでの登り返しもおこなった

これらの実践練習は 5月連休の南会津山行で効果を発揮するはず。。。
下山は4時だった。



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暖かい一日だった 汗ばむほどではなかったが・・・
この雪が 帰りにはすっかり解けていた






by tabilogue2 | 2019-04-17 16:22 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

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今年のF1は HONDAの活躍が楽しみ。。。
中国グランプリは4位と6位の入賞、ピットスタートのアルボンが10位入賞と昨年までのうっぷんを晴らしてくれた。 
これで次回 優勝争いに絡めば 表彰台ダブルゲットも夢じゃないぞ ほんとにほんとw

まあ というわけで
昨日と今日開催の、仙台市役所前で開催された「ヒストリックカーミーティング」も無事に終わった 
さらに 車趣味人間の集まり「泉ヶ岳ミーティング」も多くの参加を得てスタートしました。
第一回泉ヶ岳ミーティングは2003年4月のスタートですから もう16年目、121回目の開催になります
あ、失礼、間違えました もう17年目ですね 129回目の開催になりますね。早いものです。

今日は泉ヶ岳の雪もすっかり溶けて 昨日あんなに白かったゲレンデは つくしの山となりました。
温かで 眠くなるほどw クルマ好きが入れ替わり立ち替わりで 見たことのない新車や旧車の参加があって
楽しい一日となりました。車趣味もいいもんですね。

「もと主催者」だということを隠してw、、、知らんぷりして其方此方のグループに顔を出しました。
いろいろとグループができていて その中心人物も居たりして こうして集いが廃れず引き継がれていくんですね。
僕の顔がバレてないというのがミソで 皆さんの本音が聞けるのも楽しみ。17年前の苦労が吹き飛ぶ話にもなります。




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僕の車の横には アウトビアンキとアルファロメオ155のZAGATO仕様車がいてます

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セドグロもこうしてみますと かっこいいですよねえ。。。まあ 皆さんとは久しぶりの再会でしたが
 みなさん オヤジになって・・・  つうことは 俺はジジイになって・・・ なのか? ん~???w
そちこちから挨拶を受けました 皆さん今年も宜しくおねがいしますね。



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黒が白になりました 脱皮で・・・ ってw


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俗に言う「潜水メガネ」ですねえ 懐かしいです HONDA-”Z”

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ホンダ ライフ ステップバン 360cc

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若かりし頃に サーキットでこのAZ-1とか キャラとかと一緒に走っておりました
個体にもよるのでしょうけど、、、一説には300万もの高値がつく超人気車種になっています


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アバルト124スパイダーの復刻版ですねえ 初めて拝見しました
マツダロドスタと同じプラットホームです イタリアで造ってるのかな?


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ゴルフⅡクラブのメンバーとは16年まるまるお付き合いしております。
サトさん お元気???

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キュンキュン( *´艸`)


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by tabilogue2 | 2019-04-14 17:16 | Car | Trackback | Comments(2)

写真展 ふたつ・・・

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今日は働いた、、、めっぽうかせぎまくった。その褒美で 旨酒をやりながらの愉しい時間に興じることができた。鍋が出て スープも出て 飯も食べた 実に気分のいい余暇 ”雪洞タイム”の数時間。。。これを明日壊す・・・という、ちょっとした切なさがあるから? 午後の数時間がじつに至福なのだなぁ。





昔の話・・・
テントや雪洞内で過ごすありさま、”生活臭のある”山行写真って、、、あまりウケが良くなくてか・・・?ほとんど、現在の写真展では見られなくなった。 かつては モノクロ作品でけっこう出展されていたものだが・・・いまはめっきり減った。いや、撮り手もかわれば品かわる…ほとんど展示されない。昔は、一般ウケしない沢登りや、蒼氷の鳥海山などの写真が 堂々と展示されていた…沢登りでの表情 滝を見上げる不安な目つき 飛沫 水面の乱反射などの臨場感、クローズアップ度が半端なかった。それによくもまあ 烈風吹き荒れる冬の鳥海で、吹き飛ばされずにカメラ操作ができたもんだなぁ・・・と感心しきりだった。冬山の写真でも、厳冬期ラッセルでの”湯気立つ若者”など「逆光で、湯気を写す」、、、モノクロで展示された。それは汗臭くて 泥臭くて・・・キレイじゃなかったけどw、生の迫力があった ドドドッと落ちる滝の凄まじさ 冬の厳しさを 想像のイメージで鑑賞者に与えたものだった

昔からの山ヤはとうに歳をとって、バリバリ現役の山岳写真撮影者が居なくなった。躍動感のある画は影を潜めた。


近ごろは・・・ 
おきまりの広角レンズに頼った、これまた おきまり構図の「風景」写真ばかり。。。僕には少し食傷気味かな?見どころのない広角写真、アクセントさえ感じ無い、、、花 残雪 雲 紅葉 星空 冬山に似せた春山・・・など広角画で、一般ウケする「風景写真」、「静的な写真」にとって代わられた。

それにしても・・・
何故、唐突に外国の岩山なのか? これじゃ?「コンセプトのない写真展」に自ら大輪を添えた感じだ。誰もがその「脈略」を説明できないのではないかな? むしろ「個展」でも開催なされて「俺の作品みてくれ!」・・・なんだろう?これって。 ”東北”というガイダンスがあるにもかかわらず「審査を通す」というのは???違和感だらけだ。大判ではあるが「憧れの岩山」が語りかけてこない、現像の技工さや撮影者の「見てくれ感」だけが後味に残った。

インド大陸からの南風が入り込むアンナプルナ、、、シャクナゲの濃いピンクが漂う異国情緒の春・・・との書き出しならお似合いなのだが。カラコルムの超絶、凄絶な頂が ”憧れの山” だなんて臆面もなく語るニコ爺さん、笑わせてくれる。つか、見てるこっちが恥ずかしくなる。 
ガッシャブルム登頂後に 雪崩に散り逝った友を思う、、、


かつての・・・
一曲も二曲もあるよな、コントラストの強い、岩壁や滝に「苦悶する登攀者」たちの写真はもう世に出ないのだろうか? 古い山ヤが「そうだ、山に行こう!」と昔とった杵柄を振り上げる、 ”血が騒ぐ”写真はもう展示されないのだろうか? 個性的な、着眼点に鋭さのある、「登る」「人」「山」という3つのテーマで「山岳写真」を撮る人がいない。。。「人」の心情を撮れる写真家が居なくなった。登り手の心を表現する撮り手が居ない。生粋の「山ヤ」が撮らなくなった…ということか。

当たり障りのない「風景写真」、、、見てくれ一点張りの「大判」がなんともやるせない。
何をどう当てがっても、「素人が撮った写真は 素人写真」なのだよ。、。。背伸びして観る海峡は・・・今日も汽笛が遠ざかる♪ じつに、都はるみだ。


その点でいえば、対照的だが・・・
「ちょっと森においでよ」という同日開催の「素人の写真展」は独特だった。船形の森の「表情百景」。森を這う獣や、蠢く虫たちの視点で捉えた、森の中にある表情、我々さえもが気づかない姿がおさめられていた。フォトジェニックばかりか、ダーティなものも撮っているし、展示もしている。おそらく前者とはココが違うのだろう。
 
初めてこれを鑑賞したのだが、、、あっ 森も生きてる って・・・
そんな新鮮な観点に気づかされた。デジタル志向の世に、敢えてアナログな感覚で「コンセプト」が貫かれていて、集団作品展としては興味深い。「船形山の森の時間」だなんて 世の趨勢を停止させるような古めかしいテーマを持った「アンソロジー」だ。

それにしても、どの作品も「どうだ、見てくれ!」というカメラマン独特の「出しゃばり感」「見てくれ感」がない、まあ 素人だから当然だが。うまいとはけして言えぬm(__)mけれど、視点がいい。撮り手の経験度を考えれば、素人的には身の丈を越えず、秀逸だ。今日は いいモノを見てきたという満足感と 四点ほどの作品が心に残った。なかでも 自分には微塵もなかった視点で、おそらく敵わないと思える一枚。。。 ”泥” の写真だ。

名付けられた「尽きて そして甦る」というタイトルこそツマランが、泥の色があれほど数種もあったのか?・・・と。 緑色の泥 藍色の泥 墨色の泥 朽ちるという泥色、、、その「黒さ」が凄い!よく観ている、そこに感心した。なかなか撮れそうでいて・・・撮れないぞ、アレは。撮り手に「欲」があるうちは撮れない画だ。













by tabilogue2 | 2019-04-13 20:59 | アラカルト | Trackback | Comments(0)

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足元はアックスビレイ、ハーネスでイタリアンヒッチでのボディビレイをとる





●パートナーの事故発生!、救助に向かうビレイヤーの自己脱出について


スタンディングアックスビレイ中に パートナーが「滑落し岩に強打 動けず」という想定で
ビレイヤーがロープを仮固定して要救助者に向かうまで 「一連動作」で訓練しました。

こういう「複合的な設定で訓練をする」ことは なかなか ありませんで、、、
スタンディングアックスビレイのやり方だけをシンプルにさらっとやる訓練が多いのが現状です。

ビレイ中に事故が発生し ビレイヤーが要救助者に向かうにはどうすればいいか???
ありうる話ですので・・・、山岳会会員の皆さんも よーく考えてみてください。

ビレイヤーがロープを手放せば 要救助者はどんどん斜面を滑り落ちるだけ…ですw 
さて? あなたならこの場合 どうする???

頭で解っていることと 実践で処置できる ということは まるで別物です。



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まず訓練のための設定を 準備します。
スキーシールを貼って「すっぽ抜け防止対策」を施したスノーバーを 2本用意しました。
15度ほど後方へ傾けて ピッケルヘッドで叩いて埋め込んでいきます。

ちなみに エキスパートジャパン製スノーバーですが この先端部の切れ込み角はおよそ18度です。


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スノーバー2本をつかっての、ビレイヤーのバックアップです。
流動分散で支点をとります。

このバックアップ用のカラビナを利用すれば・・・? これが後々のヒントになってきます。。。



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まずは スタンディングアックスビレイからの「自己脱出」をためしました。 
すこしモタツキました。

モタツキの原因ですが、、、メインロープをフィックスしようとした際、ダイニーマスリングが滑ったんです。
クレムハイストの「巻き」が足りなかったから 滑ったのかも・・・???
そこで、、、5mmのロープスリングに代えて試したら ブレーキがキチンと掛かりました。
その主となる原因はメインロープの「径」にあります。7.1mmです 超軽量なダブルロープを今回はセットしていました。

対応としては 
ダイニーマであれば 巻き数を最大に多くして摩擦力を増やすこと 
ロープスリングに代えた場合は プルージックを4巻き以上にすること 
でした。


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スタンディングアックスビレイに続いて 次はハーネスからのボディビレイです
さらに追加実験として、 クレムハイストでのバックアップを加えました。

クレムハイストよりもマッシャーの方が 利きが大きいと思うけど。。。まあ それは ここでは関係ないかw


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山足で踏んでいるスリングのカラビナ(本来は安全環付きカラビナ))に 
クレムハイストでバックアップスリングを事前にセットしておく・・・という手もアリかな? 
正解かどうか? 答えがわからんですが・・・w

まあ スタカットで行くなら これでも正解でしょうけど、、、
(コレ以外にもガルダーヒッチも選べるし)
しかし ツルベで! という前提だから・・・クレムハイストだと ロープの繰り出しが出来ない、、、という問題がある
ので、不正解でした。


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最初に戻って・・・ まず イタリアンヒッチでグリップビレイ の図です。

僕らの世代ですと、、、「イタリアンヒッチでツルベで登る」ことに馴れていますので 
とうぜんながら スタンディングアックスビレイより こちらの方法に手馴れた「かつてやった感」があります。
古い山ヤは このイタリアンヒッチでの流動/制動を徹底的にツルベ登攀で教え込まれてきたわけです。
昔との違い、「ボディビレイはヤッチャダメ」と口酸っぱく教えられいる昨今では・・・どうしても違和感があります 
なんせ昔は ふつうに肩絡み、腰絡みでビレイしていましたからね 人為的事故も多かったわけですw



ハーネスから ビレイをとるメリットは・・・ 

救助のために、しゃがみ込んで仮固定動作に入るわけですが 
その場合、ロープの「ずり下がる量」がスタンディングに比べて 最大で2mほど短く、少なくて済む・・・ 
それが メリットかも知れません。

確かに、、、 
脇の下を通して背中から回して腰の脇まで・・・この長さ分だけロープの「ずり下がる量」が短くて済みます。



スタンディングでも ボディビレイでも 支点は雪に埋め込んだピッケルからとっています。
立木があれば立木でビレイ点を構築しますけど、雪稜は立木なし、雪庇と氷雪のみですからね、覚悟しないと。。。

覚悟・・・とは 
ランニングビレイを10mないし15mごとに必ずとる ということでしょうか。
ツルベで確保支点を越えた場合 常に「滑落」を頭に描いておく。つまりは スノーバーでランニングをとって行くほうが安全。

トップはスノーバーを3本持つ
50mロープで15m置きに2本、ランニングを打つ、 最後にロープいっぱいでアンカー1本を打つ
合計3本です。
 手持ちのスノーバーが2本…と少なければ ロープを「30m繰り出し」の限定とする
ランニングで15mで1本 ロープいっぱいでアンカー1本を打つ これで30mです。

最大滑落長は30m。コレに対応する制動技術は必須、前提条件ですね。


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ここから まとめです





上の画像は ピッケルで支点を取って さらにハーネスからイタリアンヒッチでボディビレイをとる方式。
山足(右脚)でピッケルから出ているスリングを踏みつけ 
谷足(左脚)の靴先を少し谷に向けて開き気味にし構えます

この訓練、ココでの重要ポイントは 「バックアップ」について です。

ビレイヤーの後方に埋められた、バックアップ用スノーバーから採られたスリング(画像では白っぽいスリング)
このバックアップスリングに要救助者のテンションの懸かったロープを何らかの方法で結ぶ。たとえばインクノットで。
または ダイニーマスリングではなく、5mmのロープスリングでメインロープにプルージックをかける とかして
それをバックアップ用のカラビナに架ければ、ビレイヤーが解放されるんじゃないかと・・・思っています。

その上 ビレイ支点のピッケルを抜いて持ち出せ、要救助者にアプローチしやすいのでは? とも考えています。 
次回、明確にこれだ! と言えるところまで確かめたいと思っていますが。。。

ただ、今も昔も共通して言えることは・・・「状況対応力」です。応用力です。
「その現場の状況に合わせて工夫して対応する」、、、コレも正解。つまり正解は単一ではなく複合的です。

たとえば雪質 硬さと湿気 それと道具 怪我の状況 さらに要救助者が斜面に自立できるのかどうか?の状況、、、「可変因子」。
さらにさらに斜度がもっとも問題かな。 斜度が45度を超えるなら 何をやっても無理がかかると思えます。
それに見合った対応方法(プーリー引揚げ)と道具の種類・数が影響します。


今回は 仮固定 クレムハイスト プルージックを試みましたが 確実に「止めたい」ならロープマンかグリグリでしょう。
しかし ツルベで登る場合に ロープの繰り出しができなくなるので使用が限定されてしまいます。

アンカー支点を越え上部にロープを伸ばすなら ランニングを15m毎にとるのが安全です。
「安全動作」、コレも正解に入れておきましょう。安全予知能力を高めて対応しましょう。


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mさんの作図ファイルです




道具ですが、、、
今回はメインロープに沢登り用の細くて軽い、エーデルリッド社製7.1mm径の50mロープを用いました。 
8mmダイニーマスリングでクレムハイストを掛けましたが ロープ径が細いためジワリと滑ってブレーキが利きませんでした。
代用で5mmのロープスリングのプルージック4巻きにしたところ バッチリ効きました ので ご参考までに。。。

まあ 以上の訓練結果をレポートにする予定です そちらを参考にしてください。レポート担当は Mさん。
画像が 数ヶ所不足しており、後日その数ヶ所分を撮影し補充しますので この記事は「編集中」とします



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すっかり、タコになったぞいw




雪灼け・・・ビリビリってまいっちまった 風呂で顔も洗えないほどの赤だこwww

今回の装備ですが・・・ヘルメット、ピッケル、ハンマー、スノーバー計3本、黒テムレス、ハーネス、
テープスリング120㎝、60㎝、ロープスリング90㎝2本、環付きビナ2枚、ビナ6枚
エイト環、ATC、アルミアイゼン、アイゼンスパッツ、タオル、行動食、お湯ポット、赤布10枚、爆竹20束
ジャケット、メリノウール長袖、下着、予備にポーラーテック中間着 ツェルト スコップ

モンベルのプロ仕様ストリームジャケット 買って5回着ただけで ちっちゃな穴が開いた。
謳いこみは「ハードシェル」だったじゃん なのに…(´;ω;`) ポケットにキーを仕舞ったのが原因 (T_T)キジヨワイゾ










by tabilogue2 | 2019-04-12 13:50 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)




●スノーボラード(Snow bollard)について


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*Mさんのレポートより抜粋、添付しております



まず最初に雪面を踏んで固めます。。。スノーボラードは ピッケルを用いて円を描き その縁の外側に溝を掘ります 
この日に用いたピッケルは長さが75cmでしたから ボラードの直径は150cmとなる半円です
掘る深さはその時の雪質によって違いますが、概ね30cm前後。ロープがすっぽ抜けたり、食い込み過ぎないように
枝木(支柱)を50cmの長さに切って、3ケ所(12時、9時、3時)に なるべく宛がって、ロープをかけるようにします。

ロープが浮き上がらないように、ロープの繰り出し先も溝を掘って対応させますが この角度はスノーボラードと
作用点となる雪壁までの距離との関係に比例しますので できるだけ雪壁から離れたところにボラードを構えるようにします。
その距離にあわせ雪壁に垂れるロープの内角も狭くなり、荷重に対してより強くさらに有効になります。要注意点です。



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下降器にセットして・・・

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ボラードに荷重をかけました ビクともしません 問題無いようです。




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やると決めたら 最後までやり通す その意志の強さは男どもの「鏡」だ 
・・・てことは 俺は・・・化粧台かよ(´;ω;`)







by tabilogue2 | 2019-04-11 10:21 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

今回の訓練は「スノーアンカー」を用いた訓練。。。 以前、これを実践で使ったことがありましたね。

朝日連峰での沢登りで そこには夏でも大きな雪渓が残っており その雪渓上端から沢床に降りる際、雪渓を掘って・・・
適当な袋がなかったので「ロープ収納袋」に雪を詰め それをアンカーにして 懸垂下降で降りた経験がありました。
それ以外は 遭難対策訓練でのカリキュラムに このプログラムが記載してあった程度 と記憶しております。

雪に溝を掘ってロープをかける「スノーボラード」は 遭難対策訓練の時に練習し コツを覚えましたし
「スタンディングアックスビレイ」は ピッケルから出るスリングを「谷足で踏む」時代から 現在の「山足で踏む」時代まで
いくつか変遷があったわけですが、、、そういう点では以前から存じておりましたし 一通り訓練もしておりました。



今回のレポは「土嚢袋のアンカー」です (この土嚢袋は残置しても自然分解される材質で かなり有効です)

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土嚢を埋める場所の雪を掘る
雪質によっては深く掘らねばなりません 冬は粉雪なので深く、春先なら湿雪なので多少浅くとも問題ありません

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雪を袋に詰める

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今回 深さは30cm前後

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土嚢袋の口をプルージックで絞るようにきつく縛って
その首を折り返し束ねて、それにインクノットまたはオーバーハンドノットで二重に縛る

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ロープを出す方向に溝をつける 
溝を掘ることでアンカー支点の位置と作用点とが同じ高さとなり テンションが掛かってもアンカーは浮き上がらない

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セットします

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雪を埋め戻します 
この時、ロープ側の雪壁を崩さないこと 反対側から雪を集めて埋めるようにする

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訓練なのでカラビナを掛けます 
土嚢は残置が基本です 雪渓から懸垂で沢床に降りる場合などは スリングも残置です

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ロープセンターをカラビナにセット

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こんな感じ

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ロープ末端を結ぶこと
懸垂下降で ロープがスっぽ抜けないように安全策を必ずとる
(懸垂降下は自衛隊用語  懸垂下降はクライミング用語)

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下降器にセット

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ロープダウンはせずに、自前でロープの繰り出しをしながら下降。 テンションを急激に掛けずに下降する

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アンカーがバッチリきいています




次回はスノーボラードについての記事と、確保中の事故対応でビレイヤーの「自己脱出」等 について・・・



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by tabilogue2 | 2019-04-09 11:53 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)