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blue in green

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「無為」



・・・(笑)








夜から町にも出ず 休日だというのに 
ずうっと落ち着き 沈殿 

朝になって桑沼に向かい 
まる一日 自分のための休日を迎え 過ごす

昨日までの 慢性的で退屈なサイクルを 
とんと回さず

  パンをたべ coffee を沸かし トマトを食べ
一欠片のチーズをたべる


なにをするわけでもない
ただ 無為


 時の流れに チョッピリ 逆らうだけ


ブログ更新のためだけに 意識した日常を
過ごすわけでもなく
それを未更新のまま やり過ごす 

未更新の恐怖も 脅しもない 
自分のためのリラックス




いい一日だった






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タチカメバソウ(ムラサキ科)



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by tabilogue2 | 2019-05-25 18:07 | 船形連峰 | Trackback | Comments(5)

沢登り初級講座 実践

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撮影は くまぷースマホにて済ませました




今年も・・・初っぱなの沢登りは新緑のなか、初夏の雰囲気のいい大行沢(おおなめさわ) 
現役の頃 シーズンインはいつも大行沢でした そういえば 沢納めもココでしたね 
大行沢以外でシーズンインを迎えることはなかったと記憶してるし 今後も勿論ありません(もう後がないw)

昨年と今年、沢の状態が変化しておりました
二段滝の上部と その上流部からの流れ込みが変わっていました

ビレイするのに上段滝の最上部、樹木の裏に回って「一段上がらないと」、ビレイ点が確保できないようです 
今回は 岩石にスリングを懸けてビレイ支点をとりましたが
まあ渓相なんて 毎年変わるものなのでほぼ気にしません 肝心なのは応用ですから



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下段滝に取り付きます 

「登りまーす ビレイお願いしまーす」

昨年の落葉を清掃しながら あともう2段上がります


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1本目の残置ハーケンにランニングをかけています

トップが1つ目のランニングをとったら、、、ビレイヤーは壁際に寄って 
墜落(予測)距離を縮める・・・立ち位置を考える。



「右眼失明」から 10年が経過しました・・・

 岩壁に向かって右方向を見る際、
首を45度ほど正常な人よりよけいに右へ捻らないと 進路が見えません。

車の運転ではもう慣れましたが、
沢は…(当然ですが)まだまだです 感覚的に…かな?(´艸`)



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このトラバースは 「進行方向に上体を向ける」と ほぼイケマス

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右手付近に 2つ目の残置ハーケンがあるはずなので それを弄ります 
ウルイの草の中を手探りすると、すぐに金属のソレと分かります
この時点(1つ目から2つ目に移行する間)、ランナウトする距離が最大になります 要注意です

ビレイヤーが 緩くロープを構えていてくれるので 動き易かった
初心者の場合 けっこうテンションを張り気味にしてビレイするものですが・・・
今日は goodでした

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2つ目のランナーをとりました(一安心)。とった後、ロープが左足に絡まっています 
右手を付いてゆっくりした動作で左足をあげ ロープの絡まりを外します

ビレイヤーはこの場面、ヤバイと思ってくれたようで?テンションを張り気味にしてくれました
それが 見ずとも左足甲部に感じられて安心できるビレイでした どうもありがとぅ♪
でも 緩めてもらったほうが 外れやすいのだよ コラコラ

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上部の溝はヌメリがあるけど ほとんど滑りません

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今回はじめて滝登りをした4名 それぞれ体つきが違うので一概には言えませんが、、、 
ただひとつ バランス感覚は全員上出来でしたね しかし そのバランスの良さをもってしても
難しいのは やはり下段滝の斜上部分でしょうか?

ガバっと「手」にできるホールドがありませんから、上半身を岩に寄せたくなっちゃうんですよね?
でも 身を岩に寄せ過ぎると…岩に縋りつく格好になり、足元が見えずらくなります
さらに重心が岩寄りになったせいで、腰から下が外側(滝下側)に滑ってしまう危険が高まります
 
なので、スキーで言う「くの字姿勢」のように上半身を起こして 上下のバランスをとり
岩棚や溝に「足」で立って(?笑)トラバースしますが 初心者はこれがけっこう難しい出来んのです

初心者ほど「手」で縋ろうとするので、(実際に「足」で立っていても)ホールドがないと不安になりがち
ロープで確保・結ばれていることさえ 忘れてしまうほど 焦り出しますw 
落ち着いて、まずは足場を確認し 次に 岩寄りの上体を起こし直し 上下のバランスをとる


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今回の沢登りでは 細かく指示を出しておりません

入渓地点の指示と入渓方法 滝場での登る順番 ラスト者への指示 高巻き地点の指示 肩絡み確保の構え方・・・
これだけでしたでしょうか

あとは・・・4人があだこだやって 互いに助け合ってルートをこなすわけです 
冬季訓練とは違っていて 自分たちで解決する方向で「経験知を高める」方法です
考え方の基本、「実践こそが学習」なので とにかく沢に入って進む。。。僕は楽でしたけどw




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ヤマツツジのトンネルを懸垂下降。反省はそのあと… 先ずはやってみる 経験することが大事




昨年来の冬山講座を拡大し さらに今夏の沢登り講座
京渕沢から懸垂下降で入渓し 二段滝の上部までを実践的に学習しました

初心者だから・・・って「天国のナメ」を歩くだけ・・・なんて差別的?勿体ないことはしません 
「沢遊び」ですんで 初心者であってもキチンと指導・学習すれば、「沢登り」ができるはず




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ジジイは上がれない(笑)   段差を避けて沢へ、、、洗濯にw



腰まで浸かった時のあの冷たい感触 靴への侵水感 岩の滑りぐあい 手のヌメヌメ感 沢床の安定感 深みの不安
沢靴のフェルトの感触に 信用をプラスできるかどうか? などを 実体験で学んでもらいました

まあこれらの感覚が 先ず あって・・・
そこにロケーション、岩魚の魚影・ツツジの花の華やかさ・なごみ・瀑布の音の緊張 などが加わります

青空 陽射し 新緑が加わって心に余裕が生まれ 水遊び 岩を越える 子供の頃に持った
何とも言えない解放感がある・・・と感じましたね



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ハーネスの安全環付きカラビナにお助けスリングを装着するまで じっと待つ・・・




お助けロープは・・・ハーネスの安全環付きカラビナに必ず通して補助する

滝場では安全確保に余念がないのに、、、意外に見落としてしまいがちな「お助けスリングの出し方」
これを面倒くさがるパーティは 事故や怪我を起こしやすい・・・に通ずるわけだ



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いやあ まいったなあ また 登っちゃったよ、、、俺・・・(笑)




あいかわらず「高い所」がお好きなようで・・・約1名 岩に上がっていますがw

沢のコース取りはなるべく岩にはあがらず、沢水伝いに次を目指します 
腰の動線を上下させない、イコール 疲れさせない、 これこそトップ役の仕事です


今夜以降・・・

あそこを・・・ バランスで・・・ 溝の部分に沿わせて・・・ ジワジワ斜上して行く・・・
今日 滝の怖さを知ったので、思い出すたび 手に汗を感じるようになるのですがwww

それが思い出されて実感できるのは 今夜以降になるんでしょう きっと
思い出しながら体や、筋肉に力が思わず入る・・・ と思いますけど
 
夢見で布団を蹴ったり 仕事中に机を蹴ったりするんじゃないかな? 周囲が驚くぞ~(笑)



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「ヘツリ」は 岸の近く、水没したところに岩棚があったりして 濡れずに通過できたりします 



沢登り教室の実践編なので・・・ロープの結び方について教えるのが普通ですが
 冬季にやってきているので、、、「ロープの結び」はお手の物・・・かと思っていたのですが 
なんと! 約1名まるで覚えていませんでした 「忘れた…」だって(´艸`) 

ジョーダンすよねw あれだけ吹雪に耐えてやったのに 覚えていない? どーすりゃいいんだろ???w 
たぶん・・・体躯に自信がある人だから・・・なのかな?
「個人の肉体的優位な特質に頼ってしまい、道具に頼る意識がない」 だから、こうなるんだと思います

交通法規は万人に等しく、沢登り教則も全国共通でやってるんで、自分だけのオリジナル???
”オンリーワン”は 歌の世界だけにしてください 沢では通用しませんよ 

ジャンプでガバを掴む???冗談だけにしてねホント  インドアクライムじゃないよ、ココは
怪我されたらパーティが困る 「個人行動と団体行動との違い」を自覚してください 
一社会人としても恥じないようにネw

日常で ロープに触れたりして慣れてもらうしかないね



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ロープに関しては・・・
50mロープを半分に振り分けて 不要な半分をザックに入れて・・・というのと
50mロープの途中で ロープを立木にビレイするのに便利な仮固定、ミュールノットとを
沢で使えるようになれば もっと時間が短縮されるはずだなぁ?


まあそれはともかく、、、初めての沢登りで 青タン赤タンのオンパレ
肘 膝 スネ・・・今日は一日ヒリヒリすることだろう ね(笑)

大行沢は長くて 中流域で巨岩帯が続くので 意外に体力が奪われ疲れが出ます 怪我もあるし
アレンジ次第では 上級コースの難しさもあり 初心者向きの楽しい沢でもあり・・・ますが 
下部からの遡行を貫徹するには 体力的にシビアな沢だということを お忘れなくネ!



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ラショウモンカズラ クルマムグラが ずうっと ずうっと先 奥の奥まで咲いていました

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シャク(山人参)の咲き乱れる裏磐司登山道 清楚な白花がきれいでしたねえ















by tabilogue2 | 2019-05-20 08:43 | 二口山塊 | Trackback | Comments(4)

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U君へ。君が捉えたこの写真、構図がいい!



壊れたスマホだから…暗い そのお陰で迫力が出た…とか
そういうのでなく 

ズバッと「構図がいい」 


白濁し砕ける滝の頂点を画の上部に位置させ 
滝の「勢い」「躍動感」を観る者に即座に実感させる
沢登りの緊張感がこの一枚で伝わってくる

画角の左下から画角の右上へと…
画角いっぱいに「視線」が走っている

トップの動きをジッと見つめる二人 
「登れるかなあ?」・・・という不安な眼差しが 
コチラにも伝わってくる

凄く「沢登り」のリアルさがでている 
この一瞬、よく捉えたなぁ 巧いよ スマホ使いw

どんな高級カメラでも こうは撮れないっ!
”沢のぼら―”でないと…無理

シャッターチャンス
一瞬を逃さない ( `ー´)ノ 大事だ!







今年初の沢登りでした お疲れさんでした。

くわしくは・・・おみょうぬづぅ(笑)






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久しぶりに 沢道具を入れ替えます 30年で3回目の入れ替え

7.1mmの細いロープ専用 アルパインATC が発売された 「岩」にも持って行こうと思います
そうはいっても エイト環も使うし イタリアンヒッチで懸垂もしてみようと・・・企んでいますがw

メリノウールのシャツは「沢」でも使えますね、温かいです 岩でこすれると(泣)ですが
ハーネスは「岩」用の逸品(沢には勿体無いw) 足元はカモシカスポーツの沢足袋 滑りません

カラビナ類は全てBDのワイヤーゲート、軽い! 20枚で600グラムを切るんですよ 今どきは・・・
さらに軽いスリング ダイニーマ?素材 軽くていいですねえ ほぼ水を吸いませんし これはいい

年寄りにはもってこい・・・「軽量化素材」で沢用具を揃えたいw 他に昨年からロープ、お助けロープも 
30年で3回目の更新ですから まあまあでしょうか? 

ここだけの話 体力低下をカバーするには「エイド登攀」すね 秘密兵器を導入中(笑) ああ楽しみだ




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「ブーム」の憂鬱


滝のクリアに 夢中になってばかり 
沢の歩き方、高巻きや沢の狙い目、滝の弱点を探す目を
軽視するパターン

沢登りのカッコだけはイッチョマエなパターン、
滝壺ドボーン? タクティクスを持たない、楽しさ追求だけの
「沢登りブーム」に呆れます

しかも 
誰かの登った記録をあさり イイ所だけをコピーする
オリジナル性の一欠片も持たない、「美食家」的沢登り?
こうなると もう論外ですね

近年の登山ブーム インドアクライミングブーム 
沢登りブーム 冬山ハイキングブーム
・・・なんでもブームw

メーカーやショップ 山岳雑誌やガイド誌 ツアー企画など 
山を取り巻く環境/ネット媒体に踊らされてばかり


「同調圧力」に弱い日本人
「同調指向」の強い日本人 

「本質との乖離」はどんどんすすむ



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by tabilogue2 | 2019-05-20 00:04 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

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おいっ いくら足が長いからって そんなに大股にすなっ! www




船形山のブナを守る会 自然観察会に参加してきました (総勢27名)
今回の自然観察会は「蛇ヶ岳」(じゃがたけ)1400mです 
残雪の尾根に ブナの緑が目立つようになりましたね


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左、三峰岳  右奥、後白髭山


さて ここで「問題」です。。。 

今回 なぜ? 蛇ヶ岳を観察会の目標にしたんでしょうか??? 

船形山の本峰が すぐ目前なのに 登らないのは何故だろう?
・・・って 不思議におもいませんでしたか? 参加者の皆さん

平均コースタイムで到着してるんで 体力や脚力の問題ではないようです・・・

考えて・・・そのワケをお答えくださいw





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これについては、、、

さすがに 「山」を知っておられるからだなぁ 
と思わされました・・・

それは 
この蛇ヶ岳に立つと分かるのですが・・・





























船形山が 見れちゃう(笑)



















と、誰かさんのブログ風に大きな文字で・・・
意味もなくフォルテッシモでwww



・・・て??? それかよ (。´・ω・)?



そ、そうなんです!(´艸`)ヒエ~
当たり前ですが 

船形山に登ってしまえば、船形山は見れないんです、、、ポイント1
これは道理だw 
そんなワケですから この疑問にはこの答えですね
「納得するしかない」(笑) 

富士山に登る人 富士山を眺める人 
この二人が 同時に自分の体にいればいいんですがw
分身の術! って そうはいきません(´艸`)



それと もう一つ
 


ここは 「三叉路に立つ山」 であるということ
このワケも この見学会に仕組まれた「罠」だと思ってるんですw

これは私だけが そう思っておるわけでして・・・
東を見れば三峰岳 南を見れば大きな山体の後白髭山 北を向けば船形山が眺められる
 
そう ここは どの山をも見あげられる 
けれども どの山からも見下せる場所なんですね

こっちから見れるということは あっちからも見られているということ 

つまり 

どっちか一方が正しい見方じゃないよ 
ものの見方は一つじゃないよ という「教え」
ここ大事。。。  ポイント2です


主観的に想うことができるのが山 
客観的に観ることが重要になってくるのも山

美しいと思えば写真を撮ったり 憎々しいと思ったら?ブログに「裏口入学」と書いたりもしますがw
一方 コンパスをふったり、GPSなどで現在位置を観たり、客観視する必要があるのも 山なのです

 山に登って・・・主観的に観ること 第三者から見られてること 客観的に観ること
山に来ると その両方ともがバランスよく感性に取り込めるわけです 
これら正常な感性は山を観て養える? ある意味 山のおかげでありましょうか?


こんな「仕掛け」があったんだ と思わされますね
さすが「親分」、小関さんです 

山を眺める、その眺め方を我らに教えてくれている。
「ピークハントに意味はないよなぁ」。。。ボソっと語ります

そうなんでっす! 
登る途中の苦しい時こそ 一輪の花が愛おしく覚える 
山頂に登ると どんな苦しさも忘れられる

登って下りるまで、どれだけ自然の中で 自分を解放できたか、
わが身を漂わせることが出来たか? 
これこそ 登山の大事なポイントなんですね 

「裏口入学」とか「安近短」とか? そんなのどーでもよろしおます!
一人で思ったとしても・・・
ブログに書くことじゃない 「自然」とは関係ないですものw

小関代表からの「問いかけ」 いたみいりました
さすが「親分」

いまごろ 彼、、、田植えしながら クシャミしてるんとちゃうw




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この会はとてもユニークで・・・


山は登るだけ & 登ったら とっとと下りるだけ 
山は山小屋で宴会するだけ 酔っぱらったら…迷惑をかけるだけ?(笑)

こんな現代人の、「表っ面でしか山を見ない」傾向や 
元来、「登山のあるべき姿」を我らに示し 山の捉え方を変えてくれたりもします

さらに この会の常連さんには 
山野草の得意な方 木々に詳しい方 野鳥の囀りに詳しい方 
和熊の生態に情熱を注ぐ方 民俗や宗教に詳しい方 歴史の得意な方 
オカリナ演奏を趣味とする方 唄を歌うお姉さま方 親父ギャグ研究会など、、、
他趣向な人が集まる、38年の歴史ある会なので、
「様々なジャンルのチャネラー」が在籍されておられます

おかげ様で 山行中、その方々の周りに「輪」が出来て 解説があったり 
歩きながら 鳥のさえずりに鳥の名前を確かめたり
葉っぱの葉脈で 種類の分別を教えてもらえたり

山行中 飽きることがありません (ノートするのに いとまがないし…)




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今日も 博学家:柏さんから新エピソードが紹介されました・・・

何故、「蛇ヶ岳」という名になったのか・・・??? 
との 山名の由縁噺


船形山も例にもれず修験の山でした 修験の起源は奈良時代からという話ですけど
・・・それはまあ置いておきます

今日の話は升沢コース登山道脇にある小さな仏像の話です
新しい鳥居ができましたが その下方、岩に彫られた浮彫りの薬師如来像があります
殆どの方はそれに気づかずに 「石の堂」を通過するだけですけど。。。

この岩にまつわる話でもないのですが・・・なぜここの岩に薬師如来が彫られたのか?
ということにもなります 

昔 修験道が華やかなりしころ 
船形山も出羽三山に倣って、「三山信仰」がもてはやされた時期があったわけですが

その船形三山には 船形山 三峰山 そして蛇ヶ岳 があげられたそうで
この三山、いわゆる修験道の「稼ぎ処」だったわけで そんな時代が近年に在ったわけです

そういえば、南会津でも「飯豊講」「出羽三山講」が組まれていたわけで
江戸中期以降、明治・大正・昭和初期の現代期に至るまで「講」が組まれたと思われます




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*この写真は昨年の11月 升沢小屋の「屎尿下ろしの日」に撮影したものです




思いっきり ここで 脱線します(´艸`)


江戸時代、南部藩でのお話・・・
お伊勢講に関する面白い「お達し」がありました。思い出したので書いておきます

古文書に載っている実話です

南部藩の藩士たちも「お伊勢参り」で伊勢までお参りして帰ってくるという倣いがあったそうです
 あるとき 藩士たちが伊勢に行ったまま帰藩しない 
藩の仕事(今でいう地方公務員ですわな?)にも穴をあけたまま・・・

そこで「お調べ」したところ・・・
 
とある藩士は京都上方までいって「先斗町」(って?当時からあったのか?ですけどw) 
太鼓持ちに騙されて、浸りきっちゃって、余興や芸者どもに現を抜かす、さらにもう10日も入り浸り

可愛い娘ん 指名してたんとちゃうやろか? あれ…とか? これ…とか? うえ…とか? した…とか?
酒と薔薇の日々、、、藩に戻れば?、、、針と棘の日々 ( *´艸`)ヒヒヒ…w
いずこの世界も同じようで マジなヤツほど・・・道に迷う ほんとか?w 
上方ノーパンしゃぶしゃぶ じゃん(笑) 「艶け」に狂っちゃった
酒飲むヤロって、たいがい怪しもんだw 放蕩三昧だぞコラ

のちに きっつい?お達しが出るんですね 御上から、、、
殿さま 怒っとります

あいまかりならん!  

でも 「お達し」の内容がいい 
こう下知されました

近在にも伊勢神社を祀る社があるので 
お伊勢参りは盛岡市内にてあい勤めよ。 して、「用」を済ませよ。

・・・というわけで
途端に 伊勢路は近くなっちゃったw 路銀も掛からんし・・・
それ以降 お伊勢参りは盛岡の外れにて
一泊二日の短縮バージョン ついでに「用」は済まされた

・・・なんだと(´艸`)



話はっ 急遽、ふたたび戻って(笑)・・・ 

で 山伏たちがいうに・・・
「蛇ヶ岳は釈迦ヶ岳に通ずる、神のご加護の厚い山だ」
こう説くわけです 

「蛇ヶ岳」が「釈迦岳」
ジャガタケがシャカタケ ジャガタケはシャカダケ となれば・・・
村の人たちばかりか 近郷近在から「講」が組まれ
信者や物見遊山でたくさんの人がやってくる
つまりは「実入り」が多くなるわけ
で、山案内に立つ日も多くなる、「御札」が売れる、「火伏せ」もある

修験者たちの糧は 五穀豊穣 家内安全 巳待(みまち)供養などの祈祷料と御布施でしたから
胸算用したんでしょうね
 
そういうわけで・・・
「蛇ヶ岳はもともと釈迦岳だ」という「密教説」によるもの


いっぽう 民俗学的考察から言えば 

山に白い蛇が見える残雪のころ
色麻町からながめると 

船形山の左裾から山頂にむかって白蛇がニョロッとみえるわけで

ソレが見えたら・・・?

山にも春が来たとなり 田植えの季節だとなるわけ
それゆえ 見上げる船形山に「蛇」が現れたら 
いっせいに「田植え」だったんでしょう

こういう 民俗学的な「白蛇説」によるもの 
以上 二説が紹介されました

この升沢コース登山道、薬師如来のすぐ脇で
こんな話をされたら・・・
誰であっても 信じますよね?

そうですよね 
やっぱ 信じちゃいますよねぇw


柏さんの講釈でしたw




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「足の長い人」たちでw お昼休みにはオカリナが奏でられました


オカリナ愛好者は5人ほどですが 今はさらにもっと
 増えたかもしれませんね




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カメラの露出が狂っちゃいました(´;ω;`) 

そんだけ 雪の反射が強いってことなんでしょうね
設定は三段ほどアンダーにしたのですが 
この機種はちょいと甘かったかも







by tabilogue2 | 2019-05-13 12:10 | 船形連峰 | Trackback | Comments(4)

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参拝を終えた親子連れ おつかれさま





”一生に一度の願いなら なじょな願いもききなさる”


今回の旅の終わりに 
西会津町の野沢にある霊域 山ノ神、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に詣でた

喜多方の一ノ木にある飯豊神社でも遥拝所でお参りを済ませたことから 
ここでも遥拝所に詣でて済まそうとしたが、
門前の土産物屋、主の話を聞いてるうちに本社宮まで詣でることになったw

延々と高低差300mの登拝路を4km 約1時間で登ることになる 
旅なんだから まあ 歩くのが基本か・・・。





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途中 ルリソウが群生する斜面に出会った しばらく瑠璃色の斜面を見上げていた

参拝者は・・・
若いカップルと 親子連れと 中年夫婦と 老夫婦と、ソロと、、で 世代の偏りがない
木立の中、ベンチが程よくおかれてあり、観光客の散策路を兼ねた参道となっている





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遥拝所から3kmほどのところに202段の石段が待つ 
この石段は よく写真で目にしていた
 
ここはほぼ落ち着いて登れた 息が上がらずスムーズにw




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これが最後の石段 でもやっぱり くたくたwww
この鳥居の手前 左斜面にお清めの山水が出ている 口を濯いで 手を洗って、、、いよいよ参拝だ

山を登るものとして一度は参詣したい、、、
その念願かなって西会津の大山祇神社本社宮に参拝することが出来た 
山岳丘陵の守護神 水源水利の神様 りっぱな御社でした

出羽三山のような大層な感じはしない 
しかし奈良時代に開かれたといわれる厳かさ、重厚さを感じとることはできる
この本社宮の300m上部、台倉山の頂には 修験僧が道場とした奥ノ院が控えてある。
木地夜鷹山859mは 台倉山の峰伝いにすぐ隣りだ。 


御神籤をひいた。 なんと珍しい 久しぶりに大吉がでた(´艸`)




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帰り道 登拝路から 真白き飯豊本山が臨まれる場所があった。ラッキー!
国道から全容は見えていたけれどもw でもね 山神様の森からチラリ見えたことに感謝なんです。

飯豊山登拝は、会津や新潟地方で 数え十五才になる少年たちが 白装束に身を包み
水垢離をとり身を清めて登拝に臨むものなんです。先達と呼ばれる案内人がつくんです。
無事、登拝すると、少年たちは一人前の大人として村人から認められる習俗が 昭和20年代まであったわけです。

飯豊詣りの時には 先達からこう言われるらしい。。。
「悪い事をした者は ここで谷底に落ちる」
そう、剣ヶ峰、ソレを越えても?御秘所がある・・・ そう、そう云っては 少年らを脅すのである。

祝詞は3回繰り返す
「あやにあやに ふすすくたふと いいでのおやまの かみのねがいを おろがみまつる」
「あやにあやに ふすすくたふと いいでのおやまの かみのねがいを おろがみまつる」
「あやにあやに ふすすくたふと いいでのおやまの かみのねがいを おろがみまつる」




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信心と峠


只見川沿いにある金山町は上田ダムからの峠入口、越後の柴倉村からの峠入口、
山頂の沼越峠にも大山祇神社の石祠が設置され、
大山越そのものが山ノ神に護られた有難い道だった。


長い一生の節目節目に鎮守様とかかわり その御加護を頼りに生きてきた。
お伊勢講、飯豊講、山ノ神講、湯殿講、羽黒講、伏見稲荷講、それぞれの信ずる神へ参詣する。
水神様、疱瘡などの疣神様、戦になれば鹿島神社の祠にも詣でたことだろう。
山ノ神に護られた大山越は庶民の暮らしにおおいに利用されていたのである。

いっぽう農耕社会の維持に必要だった村々の氏神様は個人の信仰というより 
村、村人のために祀られた神である。それが産土の神、土地神様の習わしだった。
赤子が生まれたらすぐに社詣りする、
十五になれば三島の虚空蔵様にお詣りし、飯豊山神社にも登拝する。
ごくごくそれが普通の習わしだ。
田の神、水神様のお祭りでは「歳の神」祭(さいのかみまつり)が
正月行事になっている。

そういう地域の事情を見ていくと、
大山祇神社詣りが盛んなころは登拝ルートも面白いように組まれたらしい。
この山ノ神巡りは「霊験灼かなルート」が好んで採られたようだ。

大山越-柴倉-大倉峠-大山祇神社、この路順だとすれば
金山・宮崎から上田の山ノ神様、沼越峠の山ノ神様、柴倉側にある峠の山ノ神様、
そして柴倉村の鎮守である山ノ神様、さらに大倉峠から関根に出て関根の山ノ神様、
そして大久保に出て、大山祇神社遥拝殿で拝んで奥宮に詣り、
黒沢越、長谷川越、尾根筋を高倉や国土山の手前から水沼に下りて来る。

補足するが、
大山祇神社と峠筋や村の端にある小さな石祠の山ノ神社と、どちらも「山ノ神」で同じ神様である。
そこに格差とか格式とかの「差」は存在しない。マタギたちの信仰する神様も山ノ神だ。

湯殿山詣りも大山越で組まれた。このルートを表参道とよんでいた。
津川からは諏訪峠、村上、温海を経て羽黒に到って、御山(月山)をかけて奥宮である湯殿山を参拝する。
帰路は山形、上山、米沢、桧原、大塩、塩川の順路で帰村している。
おおむね七月初め農作業の手を休めて参詣の旅に出たようだ。旅の日数は十数日ほど費やすことになる。
路銀も嵩むので、「講」を組んで年ごとの代理登拝で参詣もしている。



*会津学研究会によると・・・
畑の神様である「地神(ちじんさま)」は地域により呼称が異なる。
「作神(つくりのかみ)」「羽山(麓山)様」、、、それが 柳田国男がいうように
田の神と循環する」ということにはならないようだ。南会津は 田圃がほとんどない地域だから・・・か?




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参道入口にある民家では ゼンマイが揉まれ 干されていた 筵がなつかしい

「大変な思いして10kgばかりとってきたげんと こうして干せばたったの1kgにもなんね」・・・ですとw
その分 高値の市場価が待っているわけですがね。




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歳時記

6月1日~30日 春の大祭 野点 太々神楽奉納

旧暦9月9日 19日 29日 秋の大祭

10月中旬 紅葉ウォーキング

旧暦大晦日~元旦 二年詣り




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by tabilogue2 | 2019-05-07 06:11 | 会津・越後 | Trackback | Comments(6)

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「鮭立」

鮭が立つと書く地名 これをどう読むのか?
30年前の私には皆目見当もつかなかったが
日宮沢(にっくざわ)を通って打越峠を抜けると 
この鮭立という集落に出るというのは分かっていた。

その昔 日本海から只見川を遡上してきた鮭が 
支流の山入川に入り込んできて
川が溢れんばかりに水面が黒く盛り上がり、川面いっぱいになった
・・・と 土地の老人は語る 

後のほうから どんどん鮭が押し寄せるので 
先頭の鮭は堰で詰まり ついには、尾びれを下にし、
立って歩くように上流へと急いだ そんな光景らしい
それがこの地名 鮭立(さけだち)となった由縁なんだそうだ 


30年前、「南会津山の会」の会員さんたちと談笑した席での話だが、
鮭立の話になると、決まって 伊北(いほう)の明和橋から
「日宮沢」「金石が鳥屋山」「打越峠」の話になる。




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鮭立集落の桜と打越沢




前篇、会津「新遠路」の中山酒店の桜咲く道をさらに奥に進むと 
次の集落「鮭立」に至る。

ちょっとした土地に十軒ほどが点在するが、
只見川沿いとは違い隣家とはギュッと詰まっておらず
山間の村にしては 余裕を感じるそんな土地柄だ。

今日の目的である「鮭立の磨崖仏」の話をする前に・・・
旅する前日に、「金山町史談会」「教育委員会」編纂による書物に目を通した。
「金山史談」に親しんだ加藤文弥先生による研究がこの旅に役立つ。
学びの旅」の予習でもあった。

先生の著「金山町の文化財」にこれらがすべて載っている、
忘れようにも忘れられない書物である。
それに紹介された磨崖仏がここ鮭立にあるので 
さらに民家の横から車を田圃の畦に走らせた。 
住民に場所を尋ねなければならぬほど、
案内板は小さくて、色褪せて、気づきもせぬほどだったが 
でもまあ 行き過ぎても小さな集落なので これといって問題はない。




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磨崖仏は風化しないように建物に囲われていて 
5mほどの階段が用意されてあった。
ようやく春が来た…と 
カタクリ キクザキイチゲ キケマン タチツボスミレ などが咲いている。

それを登ると、横幅5m 高さ2m 奥行き1.5mの石仏群に出会う 
岩質は砂岩のようだった。




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修験の守り本尊 不動明王


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風神 雷神が彫られている 
九頭竜も彫られている 
右隣り、「如来」「菩薩」「明王」「天」4つの階層が仕切られている
釈迦如来 大日如来
観世音菩薩 文殊菩薩
不動明王 愛染明王など 
毘沙門天 吉祥天 弁財天 大黒天など




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左から三体目は「深沙大将」(じんじゃだいしょう)というらしい 初見である




50数体を数えたというが 今日は20数体までカウントできた 
他は風化が激しく判別に苦労する。

これを彫った謂れは「天明の大飢饉」での惨状がもとだったとされ
 1783年以降の彫り物と言われる
しかも寛政・1833年天保の飢饉の頃まで 
親子で半世紀にわたって彫り続けられたと研究されている。
彫ったのは この土地に住みついた修験者
現世の岩渕家の先祖と云われている。

ここでも土地の民衆の信仰心と宗教とがかかわっていて 
密教の修験者の役目は大きかったものと思われるが 
この制作には 土地の衆が協力しなければ成し得ないほどのものだった
と語られている。




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どうだい?この只見の流れは・・・流れていないようで流れてるんだなw 
川面 山肌 雪崩れにやられた斜面の木々 いいだろう? 
この滔々の流れ どうだい? 




















by tabilogue2 | 2019-05-07 05:22 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)

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会津の野辺の旅に、、、私が呼ばれたのは
「こんな風景に出会ってみなさい」と、
そろそろの御教示?お告げ?だったんじゃあなかろうか (´艸`)

それにしても 
「カップラーメンをすすりながら」…って 老いの悲哀を嘆くシーンではない(笑)


あと何年 健康でいられるのだろう? 
誰にも分からない。でも命の終焉に近づいていることだけは確かw
いつかは「野辺の旅に立つ日」がやってくる それは生くる者すべてに公平に

気負ってばかり、息まいてばかりいては「老後の残り」をちゃんと生きられない
だから素直に生きよう♪

山や、車や、酒に、意を注ぐだけでなくw 
残りの人生を広く捉えて暮らすように との御沙汰かもね。



金山谷の太郎布(たらぶ)集落への峠道、
小栗山(こぐりやま)の路傍に石仏群があった

八重桜が植えられピンクの桜花がこんもり盛っている 
これぞまさに田舎の光景、、、 いや、憧憬かな?

よく見ると 中ほどに立つは男女の像が彫られた道祖神像
男神・女神を顕している
その男神が手に持つのは「盃」 
女神が手に持つのは ふつうに考えて「徳利」だが・・・

道祖神は男女の交わり、生殖を司るもの、子孫繁栄を願うもの
、、、なので
男神の手にもつ盃は・・・女性の陰部を手にかざすことになり 
女神の手にする徳利は・・・男性器を両手に秘める形態となる 

真昼間から?、、、
そんなことを講釈して いったいどうしようというの?w



道祖神は道中の安全を司る神でもあるが 
五穀豊穣・子孫繁栄の神でもあるわけだ。
会津では道祖神を「道陸神」(どぉろくじん)と呼ぶ。

ついでだが 朝日連峰に道陸神峰(どろくじんぽう)がある
ダムに沈む以前、三面(みおもて)集落の方々の崇める山であり
五穀豊穣 子孫繁栄を願う山ということになるわけだ。



即座に 「神」の存在を信ずることができずとも
自然神を敬い続けた昔人のその精神性・祈りは 
誰もが信ずるところだろう
そんなことを 今日は学んだようだ 拝




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供えられた「男根」の夥しさに、こっちが怖気づく、、、でもまあ 撮影は済ませたけどねw



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帰宅してから調べました 
建立年は安永三年(1774年)でした 250年も往来を見てきたわけですか





道祖神と言えば、信州安曇野の畦道を思い出す。
それに似て、いいんだよなあ この光景
心が すうーっとあらわれるように 落ち着くんだよなぁ

四角四面に捉えた ”山だ 海だ 川だ” ではなく、、、単に野辺で、、、
こんな出会いのある旅が今の自分には合っているようだ

18歳からずうっと山を歩いてきたので 
もう あの山、この山、登りたい山が いっぱいあるわけではない
さりとて 別に山に厭きたというわけでもないのだが 
こういう野辺が安らぐ 。。。 
老いたのさなw

せっせ、せっせと登山する意味って何だろう? 
ピークハントする意味って何だろう?・・・と考えた時に
「神が宿る山」という観点を抜きに 単に山を求めれば 
それは「味わいのない行為」ということになるのだろう、、、と 
初登山から50年を数える今にして そう思わされる。

古くから、その地に根付いた民話や信仰との一本の繋がり 
それさえも見出し得ないで 単に山に登るだけって?
 山を含めた情景や 人々の祈りが浮かんでこない 
単に山に登っただけ・・・
それで終わるのは いささか、?だよなぁ。

つまりは 
日常を味わうことなく、平坦に生きてる貴君が
己れ自身の人生を「単調だ」と嘆くようなもの 
それに気づかないだなんて・・・、実に もったいない

Change の意志 強い意志は誰しも我が内にあるわけだが
・・・山に何を求めるのか? ここが問題。
にしても 
なかなか重い腰を上げられないで今日まできたわけだよな 
互いに…か?w

過日 遠野に出かけた時に「足りないモノ」に気づいたのだが 
それがこの日、会津の野辺の旅、、、
「目立たぬ」「歴史に埋もれた」ものを探しに出かけること 
それらが現代の我らと繋がっている と気づかされる。




こんな旅が来年以降 死ぬまでずうっと 続くのかもしれない?

そうするうちに 
死への恐怖もだんだん小さくなり、自分に「死」が受容され、
やがて野辺の露となるのだろう。





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石ヶ森峠の道祖神 
この峠の上には大きな石がたくさんあって 
それで石ヶ森峠と呼ばれたらしい
別名 石上峠とも言ったようだ 
この峠路の先は太郎布集落で 沼沢湖に通じている。

いつまでもこういう光景が大事に残されますように
・・・と願って止まない











by tabilogue2 | 2019-05-06 13:17 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)

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五月になりますと・・・
 田舎の野辺では、田に水を引いて苗代づくりや 
田を満々とする光景が目につく様になります。
早いところでは 田植えを連休中に済ます農家もありますね。

私の郷里や奥会津は・・・まだまだ寒く、
この時期にようやっと山桜が咲くところがほとんど。
山が迫り 山に押し出された格好の高台、
軒先の山桜がようやっと花をつける頃です。

今日も 車窓から「春の歳時記」を一枚、、、
この目に焼き付けてきました。
それは、子どもの頃の面影であり 
またそれは、都会で育った人には理解できない光景
でもありましょう。

つづみを手にし、烏帽子を頭に付け、
水干(すいかん)を身に纏った格好の「門付け」(かどづけ)が 
民家を回っては太鼓、つづみをポンポンと打ちながら
踊る光景に出会ったのです。
この田舎にも豊穣を願った、門付け舞(かどづけまい)、
「春神楽」が披露される季節になったんですね。

と同時に・・・この光景を見て思い出すのは60年前のこと。

田舎のわが家での一枚の情景ですが、、、
玄関に「門付け」がやって来て 
ポポンと演目開始のつづみを打つと同時に 
渋い声で口上が述べられる

お袋がササッと手際よく、三方(さんぼう)に白米を載せて、
お茶、酒の入った徳利を供える

お相撲の行司のような姿?だったり 
赤い襦袢を露わにしたりして 数人で踊りが始まります 
それが終りを迎える前に 
用意した祝儀袋に紙幣を入れて親父が厳かにお神楽にお渡しする
・・・のでした。

水干をひらひらとさせて、太鼓、つづみをポンポンと調子よく叩いて、
宴曲を歌いながら舞う
踊りとも 唄とも 謡曲ともつかぬ「お神楽」舞い、
大黒舞いとか云ったかなあ?
踊る人を「ホテエサマ」「タユウサマ」とかいったような?、
それもモヤっとですが 思い出しました。

田舎では全ての催事が旧歴だったので、
幟がたち、鯉の吹き流しが薫風に舞うこの季節になりますと 
田植えを終えた農家の縁側や 民家の玄関先で
よく「門付け」が踊られたものです。


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只見川の横田集落から県道352号線に曲がって
布沢へと抜ける松坂峠への途中、、、
新遠路の集落、隣村の鮭立集落、その奥の藤倉集落、、、
あわせて30数軒が点在する山あいの道。

この在所唯一のお店 いなかの万屋さん 
新遠路集落に中丸酒店がある。

おそらく 一年でもっとも華やかさがあり 
香りとともにある五月、薫風の季節、、、
軒先に立つピンクの木蓮と桜、すぐ後ろに迫る山々の萌黄が 
春の花たちの共演を掻き立てます。

偶然通りかかった坂道で、桜吹雪に囲まれた店の軒先、、、
車を止め  これだ今しかない! と慌てて撮りました。
逆光、透過光の手伝いもあってか、、、
花たちがその華やかさを一段と増した時、
目にしたままを直感で数枚 
モノクロでも数枚撮り終えました。

懐かしい。。。

店先に掲げられた、幸せ家族の「日の丸」、、、
この情景こそ昔日の日本の風景そのもの。
日の丸がはためけば 桜花が舞い飛ぶ”春の雪” 
長閑な田舎の春でした。

配達に使うであろうダイハツの軽四輪、
その端っこに高齢者マークが貼られてましたね。
ここでも後継者はいないよう。

チョッピリ切ない事情も・・・、写りこんだようでした。




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by tabilogue2 | 2019-05-05 21:42 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)

カラビナの傷・・・


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古いカラビナ 点検しました。 傷だらけ もう寿命が来てますねえ。。。
なかなか表からは見えにくい傷ですが 岩に落としただけで砕けちまいます。 
すり減ったカラビナは勿論 ゲートのガタ 冬場の酷使で古いのは引退させましょう。
昨年も1枚 ゲートのおかしなカラビナがありましたが 引導を渡しました。

”幻影”「シュイナードの時代」は 終わりですw
といっても分かる人はいないか(笑)

シュイナードのカラビナ(刻印とエンボス) 物々交換して欲しい…人 いてはりますか? 

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登攀用具類ですが、、、現役から20年もたてば 立派に?経年劣化しています。
○○○の傷は おととしの~5月5日の・・・さわのぼり~♫

沢で使うロープも砂礫が入ると…「芯が切れてる」と考えた方が 危険予知の観点から正しい。
ボッサボッサ、毛羽立ったロープを使う人は信用でけんす、「全て」が耐用年数オーバーとみなされます。
岩場のパートナーとして、、、「安全基準の曖昧な人」は・・・「失格」ですな。

耐用年数、、、よく使われるカラビナで10年。 ロープも沢登りで使うなら耐用年数は5年ほど。
古くなったら「本チャン使用禁止」。捨て縄やアクセサリーにする、、、自主基準ですね。

50mロープを1本、昨年に新調しました。これで山岳会に入会してから3本目のロープです。
30m補助ロープは沢登り用ですが 2本目を新調しました。
昨日までに カラビナを10枚、環付きカラビナ4枚、スリング8本を追加しました。
あとは・・・A0(エーゼロ)専用のカム、3本ぐらいほしいwww 

シーズンインを迎えるので…古いものから買換え、カラビナ・スリング・登攀具だけで2桁万円
年金ぐらしですが・・・、パートナーの「命」には代えられません。




ところで ん、、、!!!




カラビナじゃなくて・・・
人生の傷 って? 何箇所あるんだいか? おれ (。´・ω・)?
もうそろそろ 「破砕」しても おかしくねぇよ~な? 
来年70だし、 周囲をみると・・・脳梗塞 くも膜下 糖尿 癌のオンパレード 

いまのうちに 若いシに アレヤコレヤおせえておかねえと 
やたらポックリ いっちまうぜ(´艸`)
最後のご奉公だ* 上がりは、たけえよ ワッハッハ 






人生、波乱万丈だというのに 何故?ネットに見るブログは平坦なんだろう? 
生きる「本音」を書かないブログ だなんて、、、
人生がつまらんと 道半ばにして述懐してるようなもんで・・・生の危険信号!だ

ブログというのは 末を見据えると思惑が働きすぎて「難しい」、「欠陥」だらけかな? 
毎日 日記のようにまじめに書いてる人には申し訳ないけど 
「本音を隠し」たまま、「楽しいだけ」のブログなんて・・・読む側にとってはヒネた酒と同じ 不味い
自分の生き様を隠して 体裁整えてみたところで 面白味はコレっぽっちも伝わらないんじゃないの?

そもそもブログを書くというのんは「自己顕示欲の現れ」でしょう? 
その「自己」が隠されてるって? 人間性が表に出ないとなりゃ・・・無味乾燥って感じにならないのかね?
中高年になって、嘘と体裁だけの「絵日記」なんか書いて・・・何がおもしろいんだ???
それを見せつけられるコッチも・・・そりゃ困るでしょうよ まだわからへんの?

いづれ 歳を重ねると・・・ その幼稚さに気づくもんです。恥ずかしくなるよ

このブログも2003年HTMLホムペの時代から 2020年ブログの時代まで
18年間。。。とうとう最後だ。70歳まで、ラスト1年~w
来年は ”枯葉マーク”つけて 
登山口までブリブリ走らせていこうか (サンバー?、スーパーカブでもいいかw)













by tabilogue2 | 2019-05-01 14:57 | アラカルト | Trackback | Comments(0)