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南岳です



40年前? もう、かなり黄ばみに黄ばんだ紀行文が手元にあります。作者はどんな人なのか? 私にはわかりません。あの密藪を越え 会津朝日の鋸刃(ノコギリバ)を抜けて下りたわけですから・・・かなりのツワモノであり 相当のロマンチストであろうことは確か。

そもそも この田子倉ダムに船を浮かべて 半島の突端に取り付こうだなんて、、、村杉岳をこえ丸山岳から会津朝日に抜けた・・・だなんて、、、いったい、こんな発想をする人ってどんな人? いちど遇ってみたい そう思ったほど。 洗戸沢や楢戸沢の剣谷を登った記録は読みましたけど尾根を繋いだ人って・・・? 40年前には居たんですねえ こんな漢が。 想像もつきませんが そんな人が現実に居るんだ ということを知りました。山は・・・「目標を持たないと登る意味が失われる」「上には上がいるもんだ」とその時は思いました。 まさか!?この自分が行けるだなんて…? 当時は思ってもみませんでしたからね。

目標を持たぬ人は「トレースをなぞるだけ」と当時から悟っておりましたし 道は自分でつくる 冬でも夏でもオリジナリティ 創造力が大事だと思って活動してました。「正調」への条件はただ一つ、然るべき組織で然るべき訓練を体系的に受けること、、、これは確信です。



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福島でも記憶にある方って少なくなったと思いますが 田子倉は奥の奥まで集落があった所。今の大鳥ダム辺りは 昔は出戸小屋(デトゴヤ)が立っていたところです。採ってきたゼンマイを数十キロ担いでは出戸小屋で ゴザの上に並べ 揉んで干して 揉んでは干して を繰り返していたわけです。そう、それは1953年にダム工事が着工するまで毎年続けられていました当ブログ記事「秋の会越・・・流離うか?彷徨うか? 」2018年08月26日お読みいただければわかりますが、もともと村杉(半島)を巡るというのは只見から田子倉、銀山平、日暮平、大津岐へと陸路による往来道があったことによるわけです。それが時代の流れで電源開発のためダムができ、「道」は消えたというわけです。

大鳥下流に「カゴ渡し」、ダム完成以前の只見川がいかに深い谷であったかが推察されます。ここで暮らしていた田子倉集落の人(50戸)の生活権でもあったのです。そんな奥まったところにも開墾生活があった 60年前にすべてが水没したのですね。都市の論理ですね、 資本論にも書かれておりましたっけ「集積」です。






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何度も 何度も 言うのだけれども・・・この山々で、山の裾で一体どんなことがあったのか、人はどんな風に暮らしていたのか、信仰や風習、暮らしなどを知りながら登山すべきだなぁ と思うのです。こうして何度も同じ山に登っていると色々な地元民の話を聞くチャンスができ かつ村史などを調べ、村とかかわりのあったその山の個性が凡そわかってくるわけです。歴史や生活史がわかってくると 地元の人たちとの一体感を感じられるようになるわけで その山に登ることが凄く楽しくなるのです だから何度でも登れるわけです。

今回も「吉ヶ平物語」という本を、縁あって戴きました。 昭和45年11月に集団離村を決めた吉ヶ平村の村民生活史とでもいうべき記念本でした。村の、村人の、生活史が事細かく記載されていました 現代に残るものは少ないのですが、むしろ形を変え残っているものがあります ほとんど「心」の問題ですけれども。また、意味不明語の「津根つんね」についても「吉ヶ平物語」に書いてありましたので、前記事を訂正しました。 自分が積極的にかかわり出すといろいろ分かってくるもんですね。

さらに この本には「長岡戦争」時に村の人たちが目にした光景が「言い伝え」として詳しく記載されており、150年前の様子が農民の目によって怯えながらも、「史実」に語られていない部分が収められていました。 敗走する長岡勢の様子 追ってくる官軍の様子が赤裸々で 読むほうも緊張しました。運尽きて首を刎ねられた長岡藩の若侍にまつわる話では その遺体を手厚く葬った地元村人を”戦死した息子の話が聞きたい”と遺族が訪ねてくるお話など とても神妙になりました。付記しておきます。




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「八
十里越」の下田側 最終集落だった吉ヶ平 いまは集団転居で廃村


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まあ そんなわけで 本題に(笑)。。。 GPV予測図を何度も調べなおし 仙台からの遠征が無駄に終わらぬように気をつかいました。まずは 金曜日の朝早く仙台を発って、初日が晴れなら「六十里越」、雨なら田代山 または初日も雨なら田代山、翌日も雨予報なら尾瀬歩き、とにかく晴れたら「六十里越」と決めていたわけです。梅雨なので普通に雨なんでしょうけど GPV予報はその逆パターンを予報していました。それがまあなんと!二日前からさらに好ましい方に転じてくれました。初日に「六十里越」、翌日に田代山に決定です。 願ってもない好天予報で しかも登山中は雨が降らない予報 残念ながら雨はなしw 薄曇りの大当たり日でした。



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40年ぶりぐらいでしょうか?「六十里越」から登るのって、前毛猛の試登以来です。もう朝から興奮して5:30に出発 高速道路も休憩なしで坂下まで一直線に進みました。着けば田子倉登山口Pは1台のガラ空き状態 六十里越Pは15台程度でした 9:40。皆さんヒメサユリの花を追っているんでしょうね? その方々が下山してくる時間にスタートです。「山開き」を控えて整備がよく行き届いていて 登山道は歩き易かったですねえ ネズモチ平や新潟側登山道の整備担当は大白川集落浅井さん。只見町からの補助は出ていないとのこと 完全ボランティアですね。明後日が「山開き」だそうですが既に準備万端のようです。ヒメサユリ目当ての方からは 山頂直下はツボミがほとんどで あと数日後に咲き始めそう 今度の日曜はヒメサユリ、ニッコウキスゲともに満開でしょう と伺いました。

まあ「花」はどうでもよく 今回は「展望」がきくのかどうか?それが問題でした。視界が開けてくると左手に守門岳、格好いい山です。その下に 昨秋に通った八十里越の峠道が拓かれてあるわけです。



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南岳の鞍部のみが開花していました ほかは 蕾でした



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魚沼の山 唐松山だと思うのだけれど・も・・上権現堂山あたり?




さて、表題はこの「六十里越」、鬼ヶ面山から村杉半島を眺めること です。そうなんですよね 久しぶりに見て思ったことは かなり記憶と違っていることでした(細かなことを言えばですが) あの岬の突端に舟をつけたんだった った? った? あれ? よくわからんのでした。まあ20年も経れば忘れてる方が多いもので 現実とは照合しないこともシバシバ。 美化されたか? よくある話です。

でも パッと見て分からなかったことが だんだんとわかってくるんですよ あれが鉄塔 あの時の 朽ちた観測所だっ 横山あそこで大休憩 もう足が動かなかった 藪でスパッツが千切れた いろいろ思いだされます もうそれこそ どんどん記憶の端っこから蘇ります(歳とったから かね?w) とくに、横山 猿倉(ベイクラ)テン場 朝のテッカテカ氷結 ド薮 大川猿倉(オオカワベイクラ) 色々とありました。 これらを再び眺めることができて 満足しました。

以下に 当時の紀行文を下げておきます 1995年です





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真正面に横山 奥に猿倉(ベイクラ)と重なる毛猛 横展開で右に 中岳 百字が岳 太郎助山を捉えていますが 大川猿倉あたりで真横から眺めますと これらがビンビンに先の尖った山容に激変! すごい迫力なんですよ 槍ヶ岳が4つも並んでる風に見えるんです。




いま時 こんなバカ?みたいな山行計画を組む人っているんでしょうかね? 3泊4日+予備日1 ボートチャーター 他会混成。。。こんな山行をするのは学生山岳部ぐらいでしょう もしくは先鋭的登山者たち? 当時のYMCA山岳会や浦和浪漫山岳会は夏合宿、正月合宿これぐらいは普通でしたよ 山が心から好きな連中が集まっていましたから 同じ山域ばかり徹底して登ってました。もう今は有名どころの社会人山岳会でも4泊って山行は…聞かなくなりましたね。

1995年の5月、先行していた郡山労山パーティは村杉岳から大鳥ダムサイトに一旦下山し2泊目、翌朝再び登り返して毛猛三山を踏んで大白川に下山しています。さすがにガッシャブルム遠征パーティです! 実力 気力 体力が我々より数段も上だったことを実感させられました。

初夏、亀がガラス板の上を 首を精一杯に伸ばしてモガキ進まんとするようなもんで かなりここの雪面はキツカッタと憶えています。とくに大川猿倉までは 何度果てたことか? 誰も助けてなんかくれないんです 当たり前です 各自いっぱいいっぱいなんですね 声さえも出ない。

情報があればあるほど 助かる手段は指折り数えられるほどありますが、「情報や手段を断って」この山域に分け入るわけです。「不合理」を求めて入山するわけですから覚悟ができていないといけないわけです。 この山域の状況は現在においても 昔とあまり変わらないはずですが、近頃はネットによる情報氾濫によって、山は「隔絶感」を失いました。山域が昔と比べて一回りも二回りも小さく、ずいぶん俗っぽく感じます。ドローン飛ばして アンテナ中継とって119番・・・って 今は色んなことが可能なので なんとも( ´艸`)  まあとにかく、覚悟が必要です。山に挑む覚悟! もうこれしかない 精神性の問題! 最後は 笑って帰還すればいいわけですから まっ、覚悟といっても 現在はそんな程度です


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でも どうして? 20年以上も? 奥会津のこんな地味なルートばかりを? 好んで歩いてきたんだろう? 若かったから? 粋がっていたのか? 答えは自分でも???ですが 福島の山男たちは皆そうだったんです。 飯豊の未開ルートを登るか?南会津のナタ目を追う藪山か? 登り方にこだわっていたんですね。だから普通の山 夏道歩きにはまるで興味を持たなかったんですよ、当時は。 同じ山域でも 行くとこ、行くとこ、未踏のルートばかりが計画に組まれていました。今でも、正規の夏道登山口がさっぱりわからないのは その所為だと思うんです(´艸`)

もし貴殿が…困難なルートや冬季登山や藪山を本格的な装備で歩こうとするなら 先を見据えて、今のうちから本格的な訓練を受け 挑まなければなりません。僕らは技術を持っていたから挑戦できたわけだし 山岳会で組織的に訓練されていたから実現できたわけです…そうなんです。 山仲間を誘って、お気軽な山行をするにしても 中途半端に実行すれば 打ち砕かれて破たんして終わっちゃう。 冬山を一齧り 沢を二齧りしたぐらいでいきり立っても何ともなりませんw 同レベルでパーティを組まないと歯が立ちません!

然るべき組織で 然るべき越冬技術・登攀技術を習って、身に着けて臨む これが現代風登山術です。例えば 村杉半島をワサワサ藪を漕いで抜ける なんて淡い夢を描いても早々には実現化されません。(わかったかな? そこの若い衆。。。 そう 君らのことだ(´艸`) 道を踏み違えず、順序を飛ばさず、キチンと基礎からやれば、、、君らにだってできるわけです。 好き勝手な方向を向いて登ったにとすれば、できてもせいぜい「夏道」を継続登山で歩くことが関の山ということでもあります。

ただ こんかい、この目で遠くルートを眺め 昔を思い出して ふつふつと闘志が湧いてくるんで、じつに不思議でした。またどっかに ロングで行こうと思った次第です。そういう点で僕にとっては 高年の「起爆剤」になったみたいです( `ー´)ノ



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右手から毛猛三山が半島を囲むようにして大鳥 未丈 丸山銀山平へと続きます。越後駒と中ノ岳とが 百字が岳の上に顔を出していますね 越後駒の北面岩壁は凄い それこそ 矢筈のガンガラシバナ岩壁と同等です



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さあ また会越に顔を出そうかな 次は 守門岳か 烏帽子か 銀次郎か










by tabilogue2 | 2019-06-25 23:09 | 会津・越後 | Trackback | Comments(7)

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帝釈山脈の山行企画は今日までたぶん7度目か8度目になると思うのだけれど それでも今だ「雨の田代山」の情景を私は持っていない、いつも晴天だった。ただ一度だけ、田代山の隣に枯木山(1755m)があるけど、その山だけが唯一の雨降りで「渡沢 とさわ」の遡行を中止した覚えがある。それだけだった、、、それも翌日の登頂時には晴天となり赤岩沢を日帰りで遡下降を遂げていた。

枯木山も静かでいい山だった。 サンショウウオを捕る仕掛けの缶カラが沢のソチコチの石の下に仕掛けられていたっけ。お天気祭り」は白樺キャンプ場の炊事場で・・・ その記憶だけはしっかりとあるのだから 雨には当たっていないw 湯の花温泉の酒屋さんまで車を出し酒を仕入れに行ったのだった。極めてアッツぃ風呂も じっと我慢で戴いた。

日本のサンショウウオは15種類(オオサンショウウオを除く) 
と 郡山山岳会 故 成田安弘氏の著述にあった。思い出したので追記しておく。





尾瀬の一角 奥鬼怒湿原から黒岩山を越え孫兵衛 台倉高山 帝釈 ずうっと東の荒海太郎、山王峠まで「帝釈山脈」は続くのだけど なかでも異色を放つのがこのテーブルマウンテンだ。 男性的なゴツゴツしたイメージの日光連山がその南側にあって、高低の激しさをシルエットに遺す。]

それと対照的な「尾瀬」が西側にあって、さらに尾瀬の外郭には会津駒から会津朝日までの嫋やかな稜線が北に続き、南会津の1000m前後の低い山脈が北東へと続く。その山域は独特の優しさがある 尖っていないのだ。もちろん西会津・越後山脈のスラブ地形などでは「優しさ」は毛ほどもない。 テーブルマウンテンの頂上湿原には身も心も癒される、一度登れば二度も三度も登りたくなる。それが田代山だ。



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GPVビッグデータの降水予報では 昼頃から雲がうすくなって日が射す…と予想画像から読めていたので 入広瀬村の民宿をゆっくり8時に出て 曇り空を一路登山口へと向かう。整備された走りやすい林道を12kmほど走って、泥まみれの車が着いたのは10時、半袖ではヒンヤリとして肌寒い曇り空。10時20分登山開始。

霧の中に立つコメツガ アオモリトドマツが 針の葉先に雫をたくさん抱えており それらが風に揺れて 時々滴り落ちてくる いい香りを鼻にツンとさせた。30分間隔でベンチがあり休憩ができ 疲れもなく程よい調子で11時45分小田代を過ぎた。あと1時間もしないうちに晴れてくるはず なので ゆっくりと登ってきた。



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あと…ひと登りで頂上湿原につく。 12時、霧の中にボーっと湿原らしきものが 何の遮蔽物もない広さをふんだんにして広がっている。 森を抜けたな…?と思うと いきなり頂上湿原に出る。 濃密な霧のなかでのドラマチックな頂上湿原との出会いだった。前方にうっすらと標識がたっているのがわかる 両腕を霧の中に指し示して立っている れさえも人格を持っているかのようだった。


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霧の中に咲く ちいさな花たちを見た。 池塘がたくさんそちこちにある 弘法沼は満々と水を貯えていた 池塘と池塘を結ぶ水路ができていた。 その水路脇に霧に濡れたて重そうな頭をピンピン立たせているのは?、、、ワタスゲだった。 花を閉じたリンドウたちがプルプルと風に小刻みに揺れていた。 ヒメシャクナゲがピンクの穂先を3つ、4つ、線香花火が弾けたように花穂の玉を散らばせていた。 木道の両脇はずうっとチングルマの連続で 縁取りの明るさを増してくれている。 コバイケイソウの茎はまだまだ小さくそして青く、イワカガミのピンクにさえ負けている。考えてみれば、イワカガミが6月半ばに咲くほどここには大量な雪が積もっていて それが先日ようやっと解けたばかりのようだ。 

木道の径は藪のなかを通るようになった、、、薮の中にハクサンシャクナゲが薄いピンクを咲かせていた・・・ 湿原の一番高い所を過ぎていると かん高い女性陣の笑い声が聞こえてきた 霧を見回すも誰もいない。 声だけが風で運ばれてくるようだ。 まだ湿原がつづく 小屋まであと200mほどか。 


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やがて霧の中にポっと帝釈山への分岐点があった 避難小屋はその奥にあるはず。 

談笑に夢中で径塞ぎとなっている男性に声をかけた 身を反らすようにして道を空けてくれ小屋への道も教えてくれた。霧の中から突然 白髪の老人が現れでて声をかけられものだから その男性も驚いたのだろう、慌てた動作がおもしろかったw 

頂上湿原への踏み込みからずうっと小屋まで600mほどの往路に なんと40分もかけて霧に、花に、湿原に夢中になった。 明るい小霧の中、かつて晴天の田代山が いま霧の情景となって在るのだった。 田代山での最高点1971mにある小屋についた。

12:45分 宿で握ってもらったオニギリを山頂避難小屋横のベンチで摂っていると急に背中が暑くなった そう、夏の暑い陽射しがさしこんだのだった 晴天の空を得たのである 予報通りだった 青空を見上げた 白い雲が浮かぶ なんともおいしいランチだった でも 急がなきゃ会津駒の稜線が見えなくなるかもしれない さっと急ぐふりをした。帰路につく前に帝釈山方面の針葉樹の林に進み入ってオサバグサを眺めてきた そちこちに雫を蓄え白い花が咲いていた。 

太子堂の中に入り弘法太子様を拝んで 反時計回りに帰路をとる 13時30分



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間に合った。。。 帰路は晴れて湿原の棚が切れ落ちるところまで見渡せた。郭公が鳴いている 筒鳥も単調な響きを繰り返す。その谷の奥、会津駒から丸山岳の稜線が眺められ その青い稜線に描かれる虎斑模様が見る者に夏を感じさせる。最高の気分だ。 



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この3日間 雷雨・霧・晴天・霧・小雨 変化の忙しい梅雨時の天候だったけど、雷雨や強雨でさえなければ 雨と霧の情景をこの身に味あわせたいと予てから思っていた 雨も大歓迎の「湿原歩き」の予定だったのだが(笑) 

で、今回イメージが先行する登山ではあるのだが霧に咽ぶ山、小雨の森、晴天の瞬間、青い山、霧に咲く花、イメージ通りの登山ができたことになる。朝の登路は霧 昼すぎは晴天 下山路は再び霧・・・、「霧の田代山」を味わいたいと何度思ったことか もう三年越しだった。

その反対に、田代山の湿原越しに現れる会津駒の虎斑模様遭遇することも 矛盾するソレをも願っていた。それら真逆の気象条件にたった一日で遭遇できた自然の不思議、ありがたさ。お陰さまで期待どおりの山旅となった。先日の山神さまに詣でたおかげなのかな?、晴天と雨天と、両極の天候にただただ感謝した。



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テーブルの切れ落ちるところ 小田代に向かうまえに東方面を眺めた。懐かしい大嵐山から尾根伝いにすぐ隣の背高い枯木山まで・・・ 冬に、夏に、歩いた山なのだ それらの山々をこの目に焼き付け 別れを告げた。


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面白いことに 下山にかかると針葉樹と広葉樹の混生する林の中で再び霧となる。下山15時10分 20台ほどあった車は7台ほど残っていた。車に乗ってやれやれ…と走り出したら運よく雨が落ちてきて 雨のけぶる山となる 情感を深めてくれ帰路までが演出されていた。立寄り湯の湯の花温泉、熱めの43度はあろうと思われる弘法の湯に浸かった。

若松市内まで雨となった。途中 喜多方の方角であろうか 黒い雲から黒いカーテンが垂れる。その黒いカーテンから滝のような雨が 太い筋になって落ちているのが見えた。今日の会津は 目まぐるしく天気が変わった一日だった これほど天気の変わりようを一日で味わえたのは 今だかつてない体験だった。旅で目にする一期一会の光景に満足した自分がいた。



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話は変わるけれど 今回この山に登るきっかけを作ってくれたのは…ブログ「荒野にて」であった。そのブログには3回ほどこの広大な頂上湿原 尾瀬国立公園になった田代山が登場する。ブログにある通り、雨であったり 霧であったり 晴天であったり 猛暑であったり これらの天気の変化であっても 登山者を受け容れてくれる山 ということがブログを読んでいると解ってくる。田代山は2時間で登れるので ゆっくり時間をかけて味わうことのできる山、 足りなかった情念がふつふつと涌いてくる山、 体育会的だった登山スタイルも、情感を大事にする登山スタイルへと変化するかも? たぶん…そうなる のである(笑)



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すこし、ブログ「荒野にて」を紹介しておこう。

こちらのブログ主の 軽妙なタッチでついつい読み進むと 彫りの深い心理描写に出会うことになる。それに感心させられながらともに山頂での登頂を味わう喜びが伝わってくる。なかなか、こんな感性を持ったブロガーはおられない ホッコリすること ホッコリすること たまらなくなるはず。山ってこうなんだ 山の喜びを求めている人たちってこういうものなのか・・・ ふーん??? そうだったんだ こういうブログがあったんだ! と初めての出会いに興奮するかも。

自分の周りにはそれらしい人はいなかった みな ガイドブック風な書き方ばかりだったから、初めての山の味わい方 気づかなかった山の情景 この感性あふれたブログでジワリと心に沁み込んでくる。ガイドブック的なブログは感動が伝わらない 「情報をとる」以外に何もないこと 今さらながら気づく。「情報」と「情景」との違い これに気づくようになる。ハウツー本にも興味自体が薄れていく 登山の順路通りに写真を並べ立てるブログに恥ずかしみを覚える もう 書けなくもなってしまう ほどに(´艸`)













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虎斑模様の会津駒を眺める登山者が二人、、、


この空と地平線の間に浮かぶシルエットになって
視野の向こうにあった。 

しばらくのあいだ、時を忘れ 彼ら二人を眺めていた



昼前の霧の中のしっとりとしたシルエットもそうだが 

頂上湿原の台地が
周囲の霧に浮かぶ姿にも出会いたかった。 

二つの想いは 一度に叶えられたようだ



























by tabilogue2 | 2019-06-24 20:31 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)

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浅草岳を背景にヒメサユリで一枚 おきまり構図w
ほとんど蕾でした 今週中ごろには全山満開じゃないでしょうか?




もうここまで来ると・・・

明確に経過した時間も数えられないほど「昔むかし」の話になるのですが 
このブログの右フレームに「読んで欲しいページ "50" 」が掲げられています
そのなかの「黄色い紀行文1」「黄色い紀行文2」が今回の旅企画の仕掛けです

1995年に歩いた村杉半島の突端から会津丸山岳を目指した
ワンダーフォーゲル奮闘記

さらに昨秋に歩いた「大人の山旅」、
幕末の侍になったような気分で30キロの峠路を完歩できた
  ”長岡・下田と会津・只見の全山黄葉” を味わいながらの旅路

仙台藩の侍たちが「長岡戦争」に出征した話を追いかけて
企画したものでした

下田から只見までの「八十里越」 あの感動をもう一度!

 というわけで
「八十里越」の会津旅に 今回の「六十里越」を仕組んでみました 
浅草岳を「八十里越」と「六十里越」とで囲む峠路の旅です

旅のテーマづくり モチベアップが問題なのですよ いつもw 

正直どっちにも出かけて良かった思っています 
脂ののった45歳の旅と 枯れた68歳の旅w 
どちらも自分の意図で企画した旅 渋く味が沁み出て
いい旅でしたよ  大人旅です




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ヒメサユリ咲く南岳鞍部からの南岳



今回 「六十里越」を企画するのに何が一番に思い浮かんだ? 
と自分に問いました 

やはり仙台に移り住んで5年たって 懐かしく会津の山々を振り返り、
巡り歩いた「印象深い山旅」…コレにつきるのでした 

もう一度1995年当時の村杉半島の山旅を企画してみたいと思いました
この歳であの密藪を越えることはもう無理 現実的には不可能なわけですけどw 
そこで 田子倉ダム湖を挟み、反対側の鬼ヶ面山から
「真正面に村杉半島を眺めてみよう」という企てなら可能でしょうから 
「実現化」 になりました(´艸`)


夏の村杉半島を、贅沢にヒメサユリが咲き出す鬼ヶ面山の稜線から眺める
これも会津の山旅には欠かせない、会津を知ってる”山びと”の企画ですね
雑多な煮物がそれぞれの出汁を利かせるような地味な企てです 


今週中には ブログに「山旅日記」を記してみたいと思います
この企画に残り守門岳と未丈岳と毛猛が追加されれば「完」となるのですが
せいぜい守門と烏帽子、黒姫 太郎助山か越後山脈の粟ヶ岳を追加すれば
もう私の年齢では「最終章になった」とみていいでしょうね。





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田子倉ダムです その上部が白戸川の流水で水源は会津朝日岳 右手下部が只見川の流水で水源は尾瀬







by tabilogue2 | 2019-06-23 20:39 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)

霧に消えた人

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円地文子さんの青春ロマン小説に「那須高原」を舞台にした小説
「霧に消えた人」がありました、、、

1963年 作(昭和38年)…とうに昔になりましたが日活の映画にもなった作品 
鑑賞してませんけど、主演の藤崎美沙役には浅丘ルリ子さん
山男の匂いが残る(?)朝吹岳志役に二谷英明さん
道を失い、霧に彷徨った美沙は疲れ果て、倒れ込む 
彼女のブルーのセーターにはしっとりと霧がまとわりついていた
美沙の意識が霧の中に溶けてゆく・・・そのころ 
心配し那須高原まで探し求めていた岳志の胸に 運よく抱かれ・・・
美沙は意識を戻すのでした 

…てな 筋書きのはず(´艸`)
当時 姉が読んでいた書棚にあったこの小説
高校生?の自分は盗み読みして 
藤崎美沙を自分の「理想の彼女」に仕立て上げていたようですw

頭の中が…もうそれこそ官能フルで?胸がときめき…ヤられてしまった
こんな純愛モノにドキドキしちゃう思春期の淡い思い出 です(´艸`) 
こんな僕にも ふつうに思春期がありましたw ふつうの少年でしたから・・・

円地文子さんの青春ロマン小説でしたが これにあやかってw
すこし梅雨空に「霧のよく出る山に 出かけてみようか?」となり
リンク先のブログ(「荒野にて」)に書かれていた情景が 自分にマッチして
「そうだ田代山 行こう!」の動機となりました
もう三年越しの企画ですけれども ようやっと、その実現になります 



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こんどは「野辺の旅」ではなくw 明日を生きる「生甲斐の山旅」です
こちら帝釈山脈の一連の山に登るのは 今回で7、8度目になるのかな?
この夏 沢登りでもう一度 登るつもりではいますけど 

黒岩山から荒海太郎山まで一通り、「点」と「線」とで繋いでいます
田代山の隣り、枯木山は朝の小雨の中を登ってました 沢登りでしたけど
当時は「南会津山の会」の影響を大きく受けていて
ほぼ南会津の藪山中心に 毎期歩いておりました

今回の田代山は 残念ながら雨の日に登った記憶がない山で 
湿潤になると テーブルマウンテンはどんな表情になるのだろうか?
知りたかったのです なんせ国立公園になって初めてでしたから

はたして「霧中」になるのか 「雨中」になるのか? 
どっちかわかりませんが・・・
期待通りの ”梅雨空の山” になるのでしょうか? 楽しみです 

その結果は・・・  「夢中」?(笑)


企画は三年越しの山行計画で 今期の年間計画にUPしたものです
すこし時間を戴いて ゆっくり三年越しの記事を書き上げてみます



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人間 晴れた日ばかりを選んで 山を追いかけていると 
山を見る目が偏ってしまいがち いや、好みが一方的になっちゃうのかな 

ましてや この大自然を相手に「天候」が「選択可能」になってくると
人は自然に対して 謙虚さを失うようになるのではないか と思ったりします 

先達の教えを聞かなかったり? 自然を甘く見たり? ツェルトを持たずに山に入ったり?
逆に 登山日和じゃないと登らない? 曇っていたら感謝もしない?w 
裏口入学と暴言を吐いたり、猛暑の日帰りを強行したり、結果ふらついたり?

近ごろ、晴天日登山な傾向にある自分なので、ここらでひとつ 雨の日に登り 
雨の旅情と 晴れた日の軽快さと その両方を理解できる心を
わが内に棲まわせたいと… ですね
 
自然に対しても 人に対しても 謙虚さがどんなに大事かが解ってくるはず
ですよね? 違いますか? 

晴れた日ばかり登山していると・・・
雨の日の楽しみ方が 解らなくなるんじゃありませんか? 
ですよね? 違いますか?




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ラッキー 草原台地の向こう側 会津駒が遮る雲を押しのけ顔を出した













by tabilogue2 | 2019-06-23 15:20 | 会津・越後 | Trackback | Comments(0)

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第29回仙台定禅寺JAZZフェスティバルも

バンド選考が終わるころですね

音源提出はYouTubeでもHPでも可能ですから
 
昔とは大違いです


このたび 音源の在処(アドレス)に関して

ハードバップジャズ バンド「赤羽工務店」さんから

お知らせがありました ↓




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・・・



在仙バンド「US FIVE」ともに

好みのハードバップ・ジャズバンドです

今年も 注目していきたいと思っています


・・・


・・・

















by tabilogue2 | 2019-06-20 06:13 | jazz | Trackback | Comments(5)

梅雨空が好きで・・・

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オニアザミ




人が繋がる仕組みができればできるほど、人は孤立する

・・・かぁ 

これを語ったのは 僕の仲間ですけど 
なかなか上手いことを言いますよね 


さて、、、


どんより雲の梅雨空が好き 
というか 雲の塊それぞれに陰影があるのを見たかった
県境尾根の雲の境も見たくなって 
たまらず趣味車を駆って峠へ

山に登るのも もどかしいほど急いて
大関山の山頂芝生へあがった
というか 太平洋側の雲が県境の峰々を覆い隠す前に 
北のお山を写真に撮り 
熊野岳のぼんやりとした南のお山を写真に撮った 

ああ良かった 間に合ったよ 
県境の雲たちよ もう 散っていいぞ(´艸`) 
とくに 太平洋側の君たち(笑)


急いで下りて 
峠の関所の延命地蔵様に御 会いしてきた
あいかわらず 優しい目をしていなさる 
お会いできてよかった





 製造後、半世紀も経過するポンコツ車だから 
まるで飛ばせない 
でも乗らないでいるわけにはいかず 
調子を維持するための所作で
しかたがないのだ

案の定 
途上でシートクッションのスプリングが折れた
こういう時に限って壊れる(笑)

緊急修理! 
仲間がやってる工場に立ちより溶接で事なきを得たw

3時間ものドライブ 
もっと早く来ればよかったなぁ




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お美しいお顔の鶏亀地蔵尊





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北のお山

梅雨時はいつも宮城県側に雲が湧く


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南のお山





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ミズキ


















by tabilogue2 | 2019-06-19 16:03 | 二口山塊 | Trackback | Comments(0)

サイハイラン 他

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サイハイランのオンパレードでした。。。
じっくりと観察できましたが 暗くて 僕の目ではよく見えませんでした(泣)


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黄色っぽいサイハイランは初めてだと思います
コケイランの黄色さに似ています


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また 正体不明個体です
どなたか お教えくださいませ。。。

葉、長い茎、ほぼ五弁花 全体的に肉厚で繊毛があります。
葉っぱは タニギキョウの葉に似ています。
これに似てる花では「イナモリソウ」が図鑑ではあげられますが 
分布域が違うようです。沢筋に咲いてました。

お教えいただきました。
絶滅危惧種 イワギリソウ のようです。


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by tabilogue2 | 2019-06-14 08:37 | 里山 | Trackback | Comments(4)

mélancolie

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ブログ内で変な信号が入って フレームごとメチャクチャになった こういうこともあるんだね。




どなたか? ブログに訪ねてこられて そこに新しい山関連の記事がかかれておらず、ブログ主の怠惰ごときにつきあわされ、、、がっかりされてお帰りになられるw 

まあ追い立てられて?更新する気は毛頭ない。期待されるよなネタのために?どっか行こうあの山登ろうとは思わない、あしからず。我輩は我輩である。 どっかの老人のようにブログはほぼ毎日更新。ネタは 山 山 酒、 山 山 酒、いつでもどこでも 山 山 酒 って、年齢からみてもネットに媚びる姿が哀れ。世間的には「老人の没ネット状態」か?(´艸`) 読者の期待するよな「山」ネタを晒す、ソレが済むとまたどっかの山に登って「山」ネタを探しブログを更新する。それでも日が経つとまたどっかの山登って「山」ネタを拐ってくる。そんな、ねえ、ロボットじゃないんだからw 他人様のためにガイドブック風に山行記録を書いていったいどーしたいの? 山男風に、純に「山が命」にはならず、決局は「ブログ 命」なの? 山の発起点と終結点どちらにもネットが関与してるわけかい。人生半ば?いやハーフタイム過ぎて、後半もクォーター過ぎてるのに…ネットに生き甲斐を見出して山の話題を追いかけ、ブログにはアッチ登ったコッチ登ったの名山紹介。いつも山山山の狭窄な日々だ。

健康余命はあと10年。ほんと山に登ってる場合じゃないよw 皆さんの信奉する安倍政権が向後30年間で2000万円不足しちゃうって言うほどだから そっちに関心持たなきゃ(笑)健康なうちにあと10年働いて夫婦で1000万ずつ貯めきる!…だわマジ。国民年金月額60000円の支給じゃ食べていけないのに さらに2000万とか2900万とか?やだねえ政治屋さんは。。。自分の懐は大事に保管して 国家予算はバラマキで 社会保障はノーズロ。

そもそも、なんで、不特定多数の読者の為に躍起になれるのか?そこが俺にはわからん。不思議なんですよ。振り込め詐欺もそうだけど、電話の「向こう」を信じちゃう???ネットの「向こう」の不特定多数の読者に認められたい???正体不明な「向こう」様からの承認???自己欲求への充足行為なのか??? 見られた、読まれた、って一喜一憂するんだから 「騙された田舎のお婆ちゃん」どころか、「中高年まっさかり、いい大人」風ネット人たちの単純な不思議さだ。あれかな?ドラマ的にキャスティングが自分でできる面白さがあるからかな? 自分の「人格の入れ替え」だって簡単にできちゃうわけだから。ネットの世界じゃ、英雄 ヒロインにいつだってパッとなれちゃうんだよなぁ。

ネタに一喜一憂。自分の居場所と時間と思考が「ネタ作り」のために吸い取られていく…ってことを意味するんだけど。逆に、時間をかけて「想い」を書いた長文は、読んでほしくとも閉じられちゃう (´艸`)  だから、「安近短」で写真だらけの簡易ガイドブックみたいな記事に陥りやすい。キャッチーな話題が並べられ、そういう世の傾向で、山は気高くとも、登る人間様は薄っぺらに見えちゃうわけだ。 

万人が万人、同じ趣味を、同じセチュエーションで、同じように行為して、ともに安心を得たところで何が面白いのだろう??? 連帯?同調?読者への忖度? 何故か?がわからん。でも今が充実してりゃそれでいいんだよね 深くは考えてないよね?たぶん。むしろ、ネットだからこそ埋没していた個性が表に出やすいし、互いに磨かれ、現実化させやすいのかな。それは「好循環」の場合だけね。


中年になってから山を始めた人って、、、始めたときには既にネット全盛時代だったわけだよね? 環境的に「自己の開花」への条件が揃っていたわけだ。だから普通に山の入口にも出口にもネットという媒体があって 山そのものは「ネットの尾ひれ」に続いてあるわけだ。だから「山が命」ではなく、山に登った後は自己の精神的充実のためにネットを開いて写真を並べ終え…それから 山の愛しさがジワンとくるんでしょう。究極、山というより、自己表現できるブログのほうがより大事なのよね? 最近ようやっと中高年登山者の「登山ブームの原理」が理解できるようになったんですよ。つまり 全てが僕の持ってたイメージと逆だったわけです。ブログや写真が先にあって、次に山がある…という、つまり「ネット好き登山ブロガーのモチベ」のワケが解ったんです。山でも海でも川でもキャンプでも ネットがあって「向こう」からの承認があって、自己の欲求が充足されさえすれば何でも良かったんですね、、、コレこの結論に辿り着くのが遅かったけど。

それで とある人は仕事中に撮影した画像をブログに載せてるし、これって厳密にはコンプライアンス違反だけどw いいオヤジが規律違反までして存在アピールだなんて変な世の中です。もひとつ、「バイトテロ」…って全く理解できないんだな。仕事中に?ウケを狙う?見せたい・読ませたい?存在証明? それで自分の一生も「おわり」って? ウケる…って法律違反してでも動画・画像・記事をアップすることなの? どっちも まったくわっかんねえ。。。(笑)万人が喜ぶ・・・ウケる? そのために「自分」を犠牲にし違反までしてネットに書く?動画をあげる? まあ・・・「個性」は綿ボコリのように隅っこに追いやられ、ウケるネタだけが囃されて イイネ!カウントがあがって「ウケ」が証明されたということになるんだろうけど ウケたことを証明できても?スマホ世代のなかの一人なんて誰も気にしちゃいない。そこは冷徹に法律が君を見つめるだけなのさネ。 

ブロガーもバイトテロも 共通する面があるなぁ。「見てくれ!」のために、アッチに飛んではブログに書いて、ソッチに飛んではまたブログで報告 つまりは「俺が登って、俺が撮って、俺が書いたものを見てほしい」という「承認の欲求」悪く言えば「媚び・諂い」じゃん、これが登山ブロガーたちの共通事項だろう。逆に、山に登らない日常は「憂い」「倦怠」「淋しさ」「溜息」で埋め尽くされてるんじゃないのかなぁ?、ブログが在るから我慢できるっ…とかいって 無理やり自分の頭で切り返したりしてるんじゃないのかなぁ?、でないと自分が納得できなくなるし自分の人生が哀れになるからだなぁ。

表で活躍中のキラキラブロガー様とは正反対に裏の暮らしは曇ったままかい?w 先行き不透明感だけがバッチシくっきり?何でもかんでも後回しで置き去りのまま?山に行ったきりで日常生活は放ったらかし?…いつかはツケがまわるぞぉw 炊事 洗濯 掃除 片づけ・・・あとでヤロっと♪ 人間関係も「山関係だけ」になってしまって近所づきあいもない・・・あとでヤロっと♪ 自分には「想い」を書けるブログがあるし 俺様の見てくれ「写真」があるし コメントをくれる「読者」がいるし ブログさえあれば満足だ。。。世事は後回し・置き去りにしてでもブログさえあればキラキラした自分の存在はいつだって得られるし、証明される? 「〇〇さんって凄いのねえ」とか?チヤホヤされて、今が充実してりゃそれでいい。。。のかなぁ・・・?

居間でくつろいでいる時、ふと庭に目をやれば…夏草がぼうぼうと繁茂。 気になるけど、山で疲れて重い体は動かずw。風で飛んできたビニール袋が片隅で石灰化してる、、、気になる・・・でも見なかったことにしよう( ^ω^) キラキラ輝いているはずの山ブロガーさんの生活、その実態は「不信」と「献身的自己犠牲」の上に成り立っている・・・信じらんないけど。表面的で、今さえ良けりゃそれでいいのか? 最近、居間でテレビの野球中継も見なくなった 枝豆つまんでビール飲んで一息つく・・・それは昭和のイメージだ!って昭和世代から言われたくないけどw それよりも PCの前に坐って週末の情報を漁ってる・・・そもそも日常からしてこれだもの。  

まあ それに気づく人はまだマシか 気づかない人はジジ・ババになっても気づかないんだろ? 還暦になってネットにお熱?想像しただけでゾッとしちゃうけど(あ、俺だったw) 明日を生きる「人生の再生エネルギー」は老いのネット発信、、、って? たとえ出遅れた人生でも、せめてネットよ お前だけは裏切らないでおくれ・・・って? ネットに縋る。おいおい、老いたれば 縋る相手が違うだろ? いやはやどうにも おかしな世の中になっちまったな。 



もし この記事を読んでから・・・気づいた!ってことであれば 君も完璧なジジ・ババになったってことだよ おめでとう。 ネットと無縁な人生の入口へ ようこそ! ネットからの解放だ これからの人生100年は 薔薇色だ(笑)











by tabilogue2 | 2019-06-12 14:05 | アラカルト | Trackback | Comments(8)

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あぶみ(ラダー)・・・ですが 内作でこさえてみました。

いまどき 
エイドクライミングラダーを自作するなんて人は、もぉ いないんでしょうけどw

昔は・・・
テープ式ラダーなんて売ってなかったもんで たいていは自作したものでした。
自分の脚の長さ、脚の上げやすさ、癖に合ったステップ間隔を 自由に調整したものです。

特にもう 
この歳で 岩場をバンバン登るわけではありませんから、ステップも5段や8段は必要ないんですが
滝場を越えるのにパっとセットできる、3段ぐらいの取り回しのよい長さがあれば充分。
なんせ歳をとったので、、、エイドに頼って A0 A1 あたりまえ! これでっすw


左右セットで2本作りました。


6mmスリングとステップとなるアルミプレートとペツルのスカイフックで・・・ 簡素な仕上がりw

でも、左右の、段の高さを整合させるのは これでいて微妙でして・・・
ステップが水平になるように ステップ左右の「結びを微調整する」のが じつにメンドイ。

何故か、、、ステップが水平にならないとイズイんです(仙台弁で、しっくりこない という意味)。
テープ式なら母指球から土踏まずをくるむ感じなので 足を捻ったりズラしたりすれば問題なくいくんでしょうけど
アルミプレートの場合 斜めっていたりすると? 掛かる力が左右に逃げちゃうんです 
いちおう 神経質なもんで・・・♪~(´ε` )

これと同じものを 30年ほど以前にも作っていましたので・・・(3台目です)
作るのにはさほど抵抗はありませんでした。 パーツの発注依頼もスムーズでしたし、、、
すべり止めテープを貼って ササっと完成 じつに手慣れたものです。

しっかし アルミプレートの値段が30年前の2倍になってました 800円でした。
6段ならテープ式の値段とさほどかわらん(´艸`) テープ4段ラダーの方が じつは安いかもねwww


これで・・・ 何処 登りまんねん? って、、、よお聞いてくれはりましたん
滝の中央突破ですわ 決まっておりまっしゃろ 今さら聞かんでよろし(爆)










by tabilogue2 | 2019-06-09 17:36 | アラカルト | Trackback | Comments(4)

突然の不動車 (´艸`)

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ロータスエスプリSE 綺麗だねぇ ほれぼれするなぁ




今日は朝から不動車??? 
さっそく ロードサービスに来ていただきました

バッテリーにジャンプコードかませて 
スターターボタンON

ぶわっ bobobobonnnn
bububububu・・・

一発OKっす 発電もされてる

やっぱ イイ子は・・・動くんですよ 
かまってちゃんなんすよ・・・コレ

今日は朝からイッズミー 晴れなので 緊急参戦 
とはいえ10時になりましたけど

朝から迷惑かけてイッズミー到着~ 
さっそく
バッテリー端子のカットオフ装置をOFFって駐車

とまあ ココまではいいんだ 
ココまでは。。。




なんだかんだ 久しぶりのメンツとお話して 
お昼までダラダラして

いざっ 帰るとなって スターターON

あれれっ?

ぷス というか うんともすんとも音無し 再度不動車再現か?

おーやっぱし・・・かまってちゃんは これですよ
エンジンがかからないではないか 
いい子だ かかってくりよ 頼むぅ 

おねがい・・・と その辺の仲間に頭を下げて集まってもらって
ついに 押し掛けして貰いました・・・ 

スターターON 2速に入れて クラッチを繋ぐ
ガタン ガタンガタン がたがた
ぎゅるぎゅるぎゅる・・・るるる ぷすっ

んが 掛からない?


ま、あれですよ
トンネルまで下れば・・・あれです

エンジンもご機嫌になるんじゃないの?
ってことで 道路に出て

いよいよ下り坂に・・・
これで自主独立ですよ

押せ、押せ、おしまくれ~っ!

スターターON 2速に入れて クラッチを繋ぐ
ガタン ガタンガタン がたがた
ぎゅるぎゅるぎゅる・・・るるる ぷすっと

だっけど かからないんだわ 
30mも 下ってしまった ああもったいない💦

みんな また集まってくれた 

すまんのう みんな 次回もあるから。。。たぶん プッ
再びの 押し掛けをしてもらおうと いざっ!

その段になって・・・
思い出したのである ひらめき!ピカッ


っ! 


忘れとったわ カットオフ あのままだったわ おれ(´艸`)

すまぬ~ ごみんにごみんに~

ひんしゅくものだった💦



やっぱ 歳はとりたくないねぇ 
みんな ありがとねぇ
 
勘弁しちくり~ またヨロシクっすぅ




クラシックフェラーリ348と エスプリSE
そういえば
テスタロッサ世代の 97年型 F355も来てたんだった 
次回 撮らせてねぇ!

カメラもすっかり忘れてるし ああ 歳はとりたくないねえ(T_T)




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by tabilogue2 | 2019-06-09 16:35 | Car | Trackback | Comments(2)