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遠野と花巻を中心に ”「旅のテーマ」を決めて 旅する”、と数日前に決めた。
自分の狙ったところだけ 順路を検討し コンパクトに巡ってきた。
ただなんとなく…ではなく 明確にテーマに沿った旅をする 結構これが難しいw

賢治が通った種山で、、、風の又三郎の銅像をじっくり見て、、、 
賢治も受けたであろう岩手の風を、、、この身にも思いっきり受けさせた。。。
花巻農業高校にいき「羅須地人協会」となった賢治の家を見て
「イーハトーヴォ」を心に築いた。
賢治記念館にいって賢治の文献 生い立ち 環境 政治情勢など当時のことをたくさん見て識った。
賢治の通った花巻大沢温泉の露天にもつかってきた。

そして遠野物語の「とほの」に行けた。
土淵の佐々木喜善(ササキキゼン)の生家を薬師神社から遠くに眺めた。
目と鼻の先にある「ダンノハナ」と「デンデラノ」を散策し 
こんな環境にあった喜善の生い立ちや暮らしを想像した。

水車小屋、カッパ淵、博物館にも行けた。
数十年間も? 心に思っていたことを 順当に訪ね歩けた。
この眼でみたいものを挙げ 全てをこなせた。
”中座”を得意とする身にはw快挙に等しい、 ある意味「事件」だっともいえる。

そして「岩手路」の最後に遠野物語の情景を一挙に見下ろすことのできる「六角牛山」に登った。
心に宿す、広がる盆地を、この目で、ついに、現実の「遠野」にさせて、すっかり眺めてきた。
皐月の風を受け、じつに、爽快だった。


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はじめての山なので いちおう「備忘録」として留めておきたい。
年に数回あるかないか? 自分にとっては 久しぶりの登山報告になるw

花巻のジャンクションから釜石道へと入り一気に遠野まで進む。
天気は曇りだが 昼には晴れる、登山には上々だ。

朝、8時過ぎに六角牛山登山口にあたる六角牛神社にて手を合わせ 無事を祈念し、
4kmほどの林道をゆっくり車を進めた。

登山口、、、準備を整え 装備をCHECK 不要なものを省いて車にデポし 9時に出発。
春の目覚めとでも云うのか? 山全体が未だほんのり色づいたばかり 先っぽしか芽をほころばせていない。
明るい登山道を歩き出す、、、

ぼぼっぼぼっぼぼっ♪ 夏の渡り鳥 托卵族のツツドリが鳴く、小さな鳥たちがそちこちで歌う
中低木のなかに引かれた一本の小道を辿るように ただまっすぐ山に招き入れられる。


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道の脇に顔を出しているのは どれもこれも 今しがたホコロビ出したばかりの小花たちだ。
エンレイソウ、チゴユリ、ヒメイチゲ、スミレサイシン、すみれ3種類、カタバミソウ、ニリンソウなど
すべてが小さい。その小さな花を見ながら なんともあっけなく4合目。

さてさて、ここから急登と成るらしく 衣服を一枚脱いでみた。水を飲んだ ゆっくり休む。
朝、躰の順応を待つのが最近の習い。スタート後 汗をうっすらかいだなら 順応時間を躰に与える。

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つづいて 一気に7合目までつめるぞ と「精神」に気合を入れる。
岩がゴロゴロしているけれども 特に問題もなく進む。拍子抜けか? 

景色は 林の間から時々垣間見える程度。苔の生えた岩をどんどんと登る。
樺の木が増えたかな? そう思いながらも快調 快調、登る 登る 汗があまり出ない。

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7合目での休憩を終え 山頂まで一足飛びに詰める。笹が出てきた。笹の中に 古いちいさな観測小屋がある。
先日まで雪が被っていたのか? アチコチの方向に笹が倒れている。寝た子を起こすように進む…手前の稜線に飛び出る。
どうやら双耳峰っぽい、騙しピークのようだ。 一旦窪に下って残雪を右にみて 登り返すと奥の宮にでた。

奥の宮を回り込むようにして 眺望の良いピークにたった。
11時、明るい日差し 心地よい風を受けながら眺める。 音のない 春のにおう これぞ遠野盆地! 

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二等三角点の頂に立ち、東に蟹が岳、片羽山(かたばさん)の雌岳、雄岳がすぐ目の前、空堀した廃坑跡も見える。

遠野盆地の見える西側に場所を代えて ゆっくり弁当をひろげる。
眼下に遠野盆地を眺め、下山後に巡る土淵のデンデラノ、ダンノハナに思いを馳せる。
疲れた躰に甘いお菓子を口にした お茶を飲んだ とてもゆったりした。

11時45分 靴紐を締め直し循環コースの下山にかかる。
出だしから急降下と笹薮が続く、ソレを過ごせば 岳樺と水楢と思しき灌木の小道 気持ちいい。

まさに春山 どっちを向いても新芽ばかり 太陽の光をさんさんと浴びながら歩む。
笹が、草が、光に反射してまばゆい。

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途中、カラマツ林となり 景色がスカスカに広がる中 ピンクテープを拾いながら 
ゆったりとした伐り出し材の運搬道だったであろう綴ら折れを ウネウネと右に左に折れながら 
それでも時々 ショートカットを試みながら のんびり進む。

カラマツ林の皆伐が済んだ地点をさらにミズナラ林に入ったところで 
遠くから 哀愁を帯びた短調♪の汽笛が 響き渡ってきた。
「ボーッ」…♪、釜石線 SL銀河”だ、、、一日に片道切符たった一本。
そうだ 蒸気機関車が走っているんだった たった今思い出した 眺めればよかったかな。

きっと 遠野駅12:41発 花巻行の上り列車だったのだろう。
そう気づいたら もう一度、「ボーボー、ボッボーーー♪」少し長めに汽笛が響く、、、
汽笛の余韻が山間にコダマする、、、連れの目がクリクリと輝き アレは何?と聞いてるよう。

こんなタイミングで 汽笛が添えられたのだから チョッピリ旅情を感じとったか? 
旅愁が そこいら一面に漂う、、、旅に出ているんだ…と 実感した。

ついつい 
線路に耳を当て…遠くからやってくる汽車の音を聞いた 幼い日を…
同時にそれは、懐かしい「引込線のある風景」だったことを…
またそれは 幼かった頃の「長い、暑い、夏休み」… 母の実家の暗い土間… 土の匂いのする… 
一挙に思い出させもした。 豊かな山旅となったことに感謝した。

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12時45分、暮坪コースと中沢コースとの分岐点。これを右折し中沢コースを採る。
道に草が生え、落ち葉がかぶり判然としなくなる。

よくよくピンクテープを目で追いながら進むと 道は沢上の山肌をウネウネ巻くようだ
13:10 ヒトリシズカの咲く 太い作業道に飛び出る。

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一服して、のちにスグ林道にでた 一安心だ。
今朝の駐車場まで 150mの高差を登りかえす仕事が待つが 急げば30分ほどか? 

途中に登山道を右に示す四辻に出る 右には折れずに
林道をまっすぐ40分ほど掛けて歩く 余韻を楽しみながら駐車場に戻った。 

午後2時だった。

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画像データより
登山口9:00-4合目9:35休憩-7合目10:09休憩-観測小屋10:50-山頂11:06-出発11:45-中沢分岐12:43-林道13:15-登山口13:55




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by tabilogue2 | 2018-05-11 22:12 | 花巻 遠野 岩手 | Trackback | Comments(5)

5日、地元の捜索隊に発見された。疲労は見られるが命に別条なく、自力で下山した。 山形県警新庄署によると、5日午後0時45分ごろ、新庄市萩野の西火打岳付近の岩陰にうずくまっていた大泉さんを、捜索に当たっていた登山ガイドの男性が発見。大泉さんは「大きなけがはしていない。道に迷った」と話しているという。


各方面からの情報で この間の経過をまとめている最中です。ビバーク日、ビバーク場所が不明ですが、、、

① 遭難者は入山が29日、11時と遅すぎ。初日に権八小屋跡でビバーク。(私見:よほどこのコースを知ってる方です)
  翌30日、8時に神室岳避難小屋通過、10:30頃に小又山手前でモヘエさん(我々の登山仲間)と交差している。
② 地図あり。磁石なし。ピッケルなし。30日の16:30ごろ家族にメールで下山が遅れる旨を連絡。17時火打岳通過。
  その後に遭難。下降中にスリップで携帯を紛失携帯のGPSに頼っていたので現在地がわからなくなった。
③ 驚くべきは「30日、17時過ぎ西火打岳を通過後、砂利押沢方面に下りた」行動心理・・・ここがポイント。  
  雪に覆われ夏道は判明せずそのまま砂利押沢へ。この動線は遭難者独特で通常の推理が及ばないところ。
 (私見:我々は西火打岳直下を西北方面と考えた。しかし彼女は反対の北東尾根に迷い込んだ。正解はその中間尾根だが)
④ 1日、2日、ビバーク場所は河口近く?沢中?尾根上?稜線上?(不明)ヘリに手を振ったが発見されず。
⑤ 3日から4日まで風雨をしのいで「砂利押沢/土内」河口付近に滞在?。稜線付近には居ない?(不明)
⑥ 5日、土内川を中洲まで渡渉。水位は腰。対岸が断崖だったので諦めた。また渡渉して引き返す。
⑦ 5日、もと来た尾根を登り返す。(私見…すごい体力の女性です)途中で捜索隊の熊鈴が聞こえた。
  西火打岳下の夏道から2~300m離れた砂利押沢寄りで発見。

新庄で、山岳捜索に本部を作ったが地元警察と消防と山岳会有志とでの意思統一、連携など組織的な動きは弱い感じ。
地元山岳会の動員数もたった3名 予想の半分以下。若手がいない現状を露呈。17名(警察と消防で8名、有志9名)
この状態で各方面に捜索協力依頼が出されていない。なぜ?…行政が縦割りだから捜索もか? 依頼あれば最上や仙台からも行けた。
72時間という生存率と初動捜索人数、縦割り、指揮の責任、捜索側の課題累々。結局、捜索隊が編成できない山には登るなということ?

私見
装備品にツェルトとシュラフカバーとあったので どこか登山グループ、登山研修会などで経験を積んだ方じゃないか?と判断しました。
仮に1日と2日と稜線上に居ればヘリによる発見は早かったはず。沢に下りたのは何故か?経験があるからか?「その訳」を知りたい。
この方は 一旦沢に下ってから(体力もあってか)再び尾根に戻って その途中で捜索隊の熊鈴を聞いた。結果 発見された。
装備をきちっと持参し パニックにならず 山馴れもされておられ 土地勘も有って 助かるべくして助かった方 そう思います。
冬山、春山、素人ならこうは行かなかったでしょうけど でも 全てを良い方に設えることができる方だと 結果的に思えます。



神室山遭難の女性、スマホ無くし道迷う 余裕ある計画、山岳関係者が呼び掛け (山形新聞より転載 5/8 )

2018年05月08日 11:27
神室山で遭難した女性が6日ぶりに救助された。山での事故が増えており、注意が必要だ=新庄市萩野
神室山で遭難した女性が6日ぶりに救助された。山での事故が増えており、注意が必要だ=新庄市萩野
 本県と秋田両県にまたがる神室山(1365メートル)の登山中に遭難し、6日ぶりに救助された仙台市の女性(47)は、自身の位置把握で頼っていたスマートフォンを無くしたことで道に迷ったとみられることが7日、関係者の話で分かった。さらに、登山届を提出していなかったことも捜索に影響した可能性があるようだ。地元の山岳関係者は、無理のない登山計画や万一に備えた登山届の提出を呼び掛けている。

 女性の第1発見者で地元登山ガイドの田中康裕さん(47)=新庄市末広町=が当時の状況などについて説明した。

 女性は、神室山や小又山、天狗森など神室連峰を1泊2日で縦走する行程で、先月29日午前11時半ごろに入山した。道に迷ったのは、下山途中の30日夕だった。行程最終盤の西火打岳付近でスマホを紛失。現場付近は登山道が残雪で覆われてルートを見失いやすく、別方向へ進んでしまったとみられる。

 遭難後、女性は岩陰に入って雨風をしのぎ、ツエルト(簡易テント)などを身にまいて体力の消耗を防いだ。持っていた食料は限られ、雪をバーナーで溶かして水を作ったが、ガスが切れてからは沢の水を飲んでいたという。3、4両日は悪天候に見舞われ、5日に一度斜面を下って、再び戻ってきた際に捜索隊から発見された。

 田中さんは「登山時には余裕を持った行動計画を立てることが肝心だ」と指摘し、「遅くとも午後3時まで目的地に着けるスケジュールにすべきだ」とする。また、道に迷った場合は、むやみに先へ進まず、自分の現在地が確認できる場所まで引き返すことが大切という。

今年既に12件―遭難や事故、昨年比7件増
 県警地域課によると、今年は5月7日現在、山の遭難・事故が12件発生し、昨年同時期(5件)より大幅に増えた。内訳は登山と山菜採りで計8件に上り、シーズンが本格化するのを前に県警が注意を呼び掛けている。

 今年は気温が高めに推移し、例年より入山時期が早まっているようだ。死傷者は7人を数え、朝日町立木では4日、山菜採りに訪れていた仙台市の70代男性が遺体で発見された。

 仮に遭難した場合、迅速な救助が必要となるが、同課によると、遭難者は登山届の提出率が低いという。行き先を知らせることは捜索の大きな手掛かりとなる。同課は家族に告げる場合も「市町村名だけでなく、どの山に入るのか、地域や集落名などを具体的に伝えてほしい」とする。

 入山に当たっては、防寒具やラジオ、携帯電話などの十分な装備、食料も欠かせない。遭難した際にヘリに居場所を知らせるため、発炎筒など目立つ物も有効という。「山は危険な場所という認識を持ってほしい」と同課は話している。

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左、越途と 中、小又山と 右、天狗森   撮影日2014.5.31





この連休に 新庄神室で仙台市宮城野区田子の大泉◯◯子さん(47歳女性)が遭難か

30日に「船形山のブナを守る会」会員のモヘイさんが稜線(天狗森から小又山への鞍部付近)で声をかけていたようだ。
「29日は土内から入山した」「小屋に届かず尾根でビバーク」さらに「火打新道で下山予定」と女性は話していたようだ。
初日に小屋に届かない…? その日は晴天・夏日だったはず、体調崩れか? 原因は不明、行方も生死も不明。

経験上、、、尾根ちがい・道迷いなら「西火打岳鞍部のダワ」近辺か? その手前、雪で埋まっているはずの砂利押沢方面には下りていないとは思うが? でも 体力が尽き進退極まった場合は、火打岳への急登を断念し 土内に下りようと考えたかもしれない・・・砂利押し沢の二股まで雪尾根を降りることも あるだろう。その先はデブリで埋め尽くされた谷だが。

主稜線上での滑落なら…根ノ崎沢方面か? 小又山を越えていれば?…西ノ又沢方面か?
降雨雪崩の危険があるため 谷筋捜索はヘリコプターしか手が出ない。

これで、、、新庄神室を思い起こしてもらえば… 理解は早いはず。左右斜面ともに、特に東斜面に大量に雪が残っている。
滑落する斜面は大抵45度前後の急斜面。どの山の登山道も左右斜面はソレぐらいだということを忘れないでいて欲しい。
春山では 重いアイゼン1台 長いピッケル1本でも それで「生死が分かれる」ということを記憶にとどめておいて欲しい。
明日は雨、雪上に残された唯一の手がかり、「痕跡」が消える。



東京都岳連の推奨している「JRO ジロー」には「ヤマモリ」という山岳救助システムがあります。
日本山岳救助機構会員制度「ヒトココ」と「ココヘリを学んでもらいたいですね。

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●JRO保険申込み 
登山用品店のカウンターで入会金+年間保険料で4,000円。会員が増えるほど「個人の費用分担は下がる」ので
皆さんもこの「ヒトココ」に加入してもらいたい。捜索費用は最大330万までカバーします。

キノコ採り 山菜採りも保険の対象です。最近は300万ぐらい捜索費用が掛かるということ。実例あり。
うっかり山にも入れない。特に山スキーは行動範囲が広く かなりの経費と日数がかかる。

ヒトココ」の発信チップ「ヤマモリ」は3ヶ月間電波を発信し続けます。
ヒトココ」子機で約10,000円 親機で約20,000円。

●「ココヘリ
ヘリを飛ばして電波を受信すれば遭難現場が特定できます。
山岳会未加入の「ソロ登山者にはピッタリ」のフローです。
ココヘリ」は入会金3,000円 年会費3,650円  
発信機の価格は子機約10,000円。小型の発信機は会員証を兼ねている。
新しい救助システムに加入していないと 救助方法は旧態依然な人海戦術に頼らざるを得ないのが実情です。

●山岳保険に入っていても 遺体回収ができなければ「遭難死亡認定に7年も掛かる」しその間 保険金は下りません。








Z50213

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by tabilogue2 | 2018-05-03 11:31 | 新庄神室 | Trackback | Comments(8)


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Pentax 100mm macro



山形県左沢(アテラザワ)の中世代の山城 楯山城跡の曲輪に咲く、キバナノアマナというユリ科の小さな花を見に出かけました。テッペンまで車で行けるので 下から登ろうという考えには至らず、ソロソロ車を進めると「日本一の公園」と称される最上川を見下ろす景勝地に出ました。実にイチコロニコロサンコロです。これで田んぼに水を満々と張った季節になれば 月の光りで見事な写真が撮れちゃうんじゃないかしらん? 懐手にしながら髭をさすって胸算用はじいてみました(笑)

左沢駅が右手下方に見えました。目をつむれば、イヤ 開いていても思い出しますがw大学1年時に学友と2人で左沢線(ザワセン)でこの駅に降り立ち、*予約しておいた宮宿経由の朝日鉱泉行きの小さなバスに乗りこみましたっけ。揺られながら遥か遠く、夏休みの山旅に向かったことを思い出します。懐かしい。最初の小屋が鳥原小屋でした。嗚呼…と感慨に浸れども 当時山以外には目もくれず、花の何たるかの知識も持たず、ただ只管に歩みを進め翌日には以東小屋まで行けたりして なんともはや ただ歩くだけの味わいのない縦走でしたw

複雑な地形の曲輪の中に足を踏み入れました。展望台の後手から3段ほど下りた当初は、他の草たちに紛れて一つも見つけられず。目につくのはエンゴサクばかりで…諦めかけていたのですが 周囲に眼が馴れてくると黄色い花が咲き出しているのが不思議と分かってきます。日が昇るに連れてそれが緑の中に目立ち始めました。たった滞在1時間の間にたくさんのキバナノアマナを見かけることができたのです。以前、白いアマナは見ていましたが今回の黄花は初めてです。春爛漫の野に咲く、”可憐”という言葉のためにあるような 貴女のような?とても慎ましい花です barabaraさん情報ありがとうございました

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雪解けの水を満々とし、置賜からの流れはこの城下で180度(測ってはいないが…)屈曲する。交通の要衝の地 左沢。

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長井に向かいましたが 目的の農家レストランはご法事の貸切営業とかで、、、帰路の荒砥に向かい、素朴な農家蕎麦屋の「熊屋」に立ち寄ってもり蕎麦と追加一枚を戴いてきました。ツナギを使わない蕎麦粉100%の短い蕎麦ですが「白鷹の隠れ蕎麦」の純朴さを提供なさる蕎麦屋さんです。タレが椎茸で出汁をとったような味がしましたが、何でしょう?二度目の訪店ですが謎解き未了です。

お腹が塞いだところで、揚々と黒鴨温泉まで足を伸ばし ヌルヌル蕩けるような泉質のPH8.8のお湯を浴びました。足下を流れる川は雪代で激流です。こちらの「黒鴨の即身仏」様は5月連休まで公開はされないようでした。ちなみに頭殿山の積雪期登山口です。宿の婆さまは頭殿山を”トオドノオヤマ”と言わっしゃっておられましたね。

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今日の山形は28℃まであがったのかな?旧車にとっては過酷な一日となりました。RR車なので既存のリアラジエターに加え、フロントに増量コアラジエターを増設し 水温対策は済ませてあったのですが山形の暑さは容赦なかったようです。山形市緑町の「鯛焼わかば」さんの店先で 緑の冷却液を御商売中の店前に撒き散らしご迷惑をおかけしました。店主に詫びると「きにしなくていいよ~」の一言。まことに申し訳ありませんでした。

いつも予備に持ち歩いている(笑)2リットルの水を足しながら走りましたが、水温計を覗くとあれま!レッドゾーンをはるかに越えているじゃありませんか!? 直ぐにスタンドに飛び込んでラジエターの冷却水温度が下がるまで水をじゃんじゃんラジエターに飲ませてあげて定温を維持しつつ、ボロボロの頭でオロオロした上、ほうほうの体で帰路につきました。途中、笹谷峠で民家に水を求めて立ち寄り、大量に頂いてご親切にわざわざ表まで出て戴いたり 様々な御心配ご厚情をいただきました。

みなさまのご厚意に感謝申し上げます 誠にありがとうございました。お陰さまで車共に無事帰宅できました。御礼申し上げます。



*車両前後に搭載した2基のラジエターを1基のウォーターポンプで循環させており、その力が弱いことと配管の途中に空気の層があってか?循環が巧く行かずに、沸騰した冷却液がフロント側のラジエター継手からダダ漏れしていた状態でした。今朝ほどオーバーフロータンクのラジエター液量を見た所 ほとんどカラに減っていたのでエンジン&配管内にバキュームされた事がわかっており、空気の漏れは治まったかもしれません。さらにショップに行ってパイプ継手の増し締めを行い、ラジエター液を総取っ替えすれば「なんとかなるはずです」 とまあココらへんは「修理は推理だ」の世界ですがw

*追記の追記…結局、フロントラジエターに水漏れ穴を発見。修理不可なので新品コア購入・交換と相成りました。

*追記の追記の追記ヤフオクで年代物のデッドストックが放出されていました。20段コアの出物 さっそく落手。なかなかパーツのない中で 加工せずに取り付けられるのは有りがたい。にしても「ねん金生活者」にとって旧車は弊害多々でがんす(´;ω;`)





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by tabilogue2 | 2018-04-22 18:57 | 朝日連峰 | Trackback | Comments(4)

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雪道を走れる車がない今、冬季7回目のJR仙山線登山でした。すっかり仙山線にはお世話になりました。6時に自宅を出て8時には面白山高原駅。カモシカ尾根を登り 山頂から天童高原経由で循環してきました。時間が読めるって 最高ですね。遅くとも17時20分に乗れば 夕刻ギリギリには帰宅可能ですから 17時までゆっくり歩いてスギ花粉に殺られながら「グチュグチュ」させ 一日中歩けばそれでいいんですw

さて、すっかり雪がなくなり 長左衛門水平道まではオール夏道でした。プラブーツが重いです(笑)水平道から上部はザラメ雪で詰まっている急斜面。おまけにいやらしいクラックの斑模様のやりにくい斜面。斜面を前にちょいと一服、、、ストックを折りたたみ ザックサイドに括ってピッケル&アイゼンを出して いわゆる「ピッケル&アイゼン登高」が山頂まで。雪山から春山に姿を変え、残雪の山々が楽しみですね。


100m続く急斜面の中ほど・・・・下山してきたソロの男性とすれ違いました。挨拶を交わし数歩やり過ごしたときに ザザザーッ という音。 滑落。 振り向きざまに ソロの男性が落ちていくのを目にしました。ストックで止めようと必死にもがく。突いたっ!と同時に反転し、頭から仰向けに滑り落ちる、あっという間

その男性はブナの木に思いっきり体当り、一度は止まりかけましたが 勢い余ってさらに5mほど滑り落ちました。暫くうずくまってたけれど、、、立ち上がったようで、まずは一安心。 その方、朝の電車が一緒だった男性ですが かなり飛ばしてのピストンのようで・・・、おそらく足にきてたんじゃないかな? ソロだから 休憩も充分とらなかったでしょうし。。。上り電車は午後1時半、次は午後3時半。2時間も待ち時間があるのは確かにツライ。急いでいたんでしょうね。いきなり15mも滑落って・・・怖い! 

まだこんな斜面だからいいですけど。これが100m 200m ってなれば? 一般ソロ登山者の現実、「春山の恐怖」なんです。それにソロだから、休憩せずに歩きっぱなしでしょう?一般登山者の典型スタイル=軽アイゼン6本爪+ダブルストック、ピッケルなし

知ってか知らずか 春山は一旦滑り始めると止まりません。アルミ10本爪でさえ 滑り出すんですから…! 滑るのは承知していても 止める道具がないんじゃ どうしようもない。 打つ手なし 無防備そのもの。

ザラメ雪じゃ止まりません! 朝のうちは 氷結して軽アイゼンでも効きがいい。 午後は…腐れ雪で 表面下10cmほどがザラメ層になります。朝に効いたはずのアイゼンも 午後はまったく歯が立ちません。おまけにアイゼンの「プラスチック製アンチスノープレート」がさらに滑る役目を果たし どんどん滑るわけです。

軽アイゼンの刃は短いので なおさらザラメには役立ちません 春は氷結斜面以外はまったく効きません。頭から滑り落ちて 天地逆さまじゃ止められない。仰向けになって 頭から立木に激突★★★ストックが長いので、止めようにもなんともならない ただ空を掴むようにもがくだけ? 落ちるに任せる 哀れ。




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急斜面でのピッケル&アイゼン歩行は三点確保が基本
春山でピッケルを持っていない人は・・・「それで いいヨ」って 何処から知識を得たんでしょう?ピッケルの使い方がわからない? 仮に滑ったらどうする?、、、尖がってる先を雪に打ち込めば「初速」なら片手でも止まる!三沢山から北面白山の山頂まで、長左エ門水平道から山頂まで、、 縦走用ピッケルが必携になります。

歩き方は・・・ピッケルを刺して、一歩、そして二歩、進めます。前進も後退も ピッケルを刺してワン・ツー。ピッケルを刺してワン・ツー、ピッケルを刺してワン・ツーのリズム、急斜面の定石です。さらにキツイ斜面は カニ歩きでジグザグに登ります。雪に刺しこんだピッケルが効いてるんで 怖くありません。

ッケルは 常に(自分に対して)山側に位置するように持ち替えながら 確実に刺しこむようにする。アンザイレン時のロープは 自分に対して谷側に位置するように持つ。左斜上は右手にピッケル左手にロープ。右斜上は左手にピッケル右手にロープ。ジグザグの度に持ち替えます。
理由は 刺したピッケル支点から滑リ始まった所までの距離 =「落下のモーメント」を初動で最小限にするため。

降時はピッケルを刺して横歩きで 一歩目を少し大きめに下方へ踏み出します。二歩目は小さく添える感じ。急傾斜では なおさらピッケルでの「三点確保」で降ります。とにかく キッチリ刺しこんでください。急斜面で、氷結バーン、、、なら ピッケルの尖った先(ピック部)を氷結面に刺して バックステップで下りる。ピッケルを打って 後ろ向きにワン・ツーでおります。

最大傾斜角に近い登下降は、どんなアイゼンでも滑りやすいんで、最大傾斜線に正対して降りる」のは危険が増します最大傾斜線に対してアイゼンを真横」に置いて カニ歩きのように登下降します過信」は禁物ですがね。

とまあ こんなことを山岳会にあっては教えてきました。一般の皆さんにも教示は必要で、今日からでも覚えてください。実戦でやる前に 何処かのお山で練習を積まないと 急斜面の山には なかなか思い切りよく入れません。






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ついに・・・ついに 在庫販売も秋まで になりましたね 
富士フィルム(モノクロふぃるむ)






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by tabilogue2 | 2018-04-05 21:06 | 面白山 | Trackback | Comments(0)

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今冬も JR仙山線沿線登山だったし…
蕃山 戸神山 北面白山 南面白山 そして 新川岳
こじつければ 山寺の裏側にも足を延ばす

いつも同じ景色を いつも同じ時刻の車窓から眺め
停車駅も 落合 白沢 奥新川 面白山高原 いつもの4駅
厭きてきた…と言えるかな 5年目だからね


風の強い日が続く一週間
朝から気温は7℃ 日中では19℃、、、春山だね
マイカーを駆って出かけられるようになった

というわけで へへへ 愛車を駆って泉ヶ岳へ
新鮮だね 道々の木々も田も畑も
ヒュンヒューン 景色がうしろに飛んでいく


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山は雪が締まって 踏み抜くこともない

樋沢川を頼りないスノーブリッジを伝って渡り
うぐいす坂を登り 三叉路まで一直線

いつもの撮影ポイント”四本カツラ”で
雪面に浮いた泉ヶ岳を撮る


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FUJIFILM XE-1 



帰り道も同じポイントで撮影した

朝は白かったブナの樹肌が 黒々としていた
その樹肌に柔らかみが出てきたことを知る

梢を渡る風は
ヒューヒューと微音を立てつ過ぎる

”寒気”を 記憶から呼び戻してやろうと 唸っているが 
もう春を知ってしまった躰は 反応しない

さあて 雪のあるうちに… 歩き残した山… 
どこか… ひとつ ふたつ


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2015年2月 SIGMA DP3 Foveonクラシックブルー

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by tabilogue2 | 2018-03-16 10:24 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

山菜山行でした。

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山クラブKAMUROの皆さんとグループ”山菜”山行でした。。。大倉尾根にて


福島第一原発の核物質拡散事故から6年が過ぎ 原発事故の恐ろしさが薄れてきている頃合い。セシウム134、セシウム137が青葉区定義で採集したコシアブラ検体から一般食品制限基準値の2倍…209.3ベクレル/kgの数値が先週5月12日に出たばかりだ。コシアブラ以外の山菜からは検出されていないけど。まあ、もっとも宮城県のホームページにも出荷制限品目が掲載されているが ”コシアブラ”は山菜筆頭株でそれに含まれる。

放射能は半減期まで30年は消えない。だから、、、政府のいう「除染」という言葉に騙されてはならない、あくまでも「除染」は「移染」なのだ。 

むしろ 壊れた原発から南風に乗って飛んでくるセシウム。融点が摂氏28度と低いセシウム、夏は大気に溶け込んでくる。完全廃炉まで夏季はわいた羽虫のように飛んでくる。黄砂のように見えればいいんだろうが「大気に溶け込む」ってわけだから見えない、かなり厄介だ。かつて 大人たちが「大津波の怖さ」を忘れたように 既に今、セシウムの怖さをたった6年で忘れかけ始めている。孫が遊びにやって来るジジババの家庭では山菜は食べないほうがいい。女の子に比べ男の子は甲状腺癌になる確率が 2倍ちかく高い。

いま地方自治体の放射能ゴミ「一斉焼却」が問題になっている。 「放射能の拡散」を地方自治体に押し付ける国・環境省。山に焼却灰を分散で埋めもどすだなんて、、、まして 堆肥として?林野・公園地下に鋤き込む(すきこむ)だなんて、、、ありえない。 正しく処置するならば… 30年という期間、原発地区内で一箇所に集めて保管すべきで、半減期に至って償却すればいいことだが。何故 地方自治体に分散・焼却させるのか甚だ疑問だ。 安倍総理、自ら招致に出向いた2020オリンピックのためか? 森友学園や加計学園にばかり便宜を図らず、こういう所で政治がリードしないと核物質汚染が日本中に拡散する。

「ブナ」は1本の木で 約8トンの水を蓄えるといわれる。その根元に放射能焼却灰を埋めるってどういうことだろう? 爆発による核拡散に加え その「原発事故の焼却灰」で 我らの「命の水」を汚染しようするなんて「ありえない話」だ、いや、あってはならない話だ。80年もの間、地下を巡り巡って地表に出てくる「地巡りの水」。それをほんの一瞬で汚染する。それって「汚染被害を広めるだけ」だろう。それは人間が「自分で自分の首を絞める」ということを意味する。国の指示というなら それこそ国家による「テロに等しいほどの蛮行」だ。一度ならず、二度までも 国民生活を脅やかすことになる! 安倍って…、いったい何様のつもりだ?


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山菜の中でも「コシアブラ」はセシウムの取込みが 他の山菜、ウド、タラノメよりも多い。 地域によっても 思わぬ測定結果が出ているとのこと(山形県の最上地区)。理由は セシウムとカリウムの性質が似ていて、コシアブラがそれを必要栄養素としていっぱい取り込むから… なんだそうだ。先々週学んだばかりだった。せっかくセシウムを多めに摂り込んでくれているのに、それを人間が採り集めてわざわざ食べるだなんて…おかしな話だ。でも原発事故以前はそれが庶民の楽しみだったのだ。

私には孫が四人いる。夏休み 冬休み 春休みに元気にやって来る。そんな孫達が居る限りは 簡単にヒョイと採集する気にはなれない。まして持ち帰るなんてことは ないだろうな。。。

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今日は、「そんなこと私たちには関係ないわ」 と言わんばかり?(´艸`)  理論より食感が勝る。 放射能よりも”山菜のエグ味”?っつう「コシアブラ・山菜山行」だったw おいしい…から、天麩羅でコシアブラを食べるのも個人の楽しみ、、、だが放射能汚染山菜を食べないことも個人の主義主張や立場…、孫と同居の方もいるだろうし…、互いの立場を認め合うことも大事。 福島の方々は 一概に?そうも言っていられないだろうけど…。

まあ、そうだとして・・・ 食べずとも、「採ることだけは 愉しい」 それだけは楽しみではある。

それにつけても頭に血がのぼる! 市民の楽しみを奪ってしまった東京電力の原発事故って 平成人生の一生の恥辱。 原発推進のために並べた嘘八百の「安全神話」「原子炉の七重構造壁」・・・国民を騙し続けた自民党は 一切の責任を取れ! 公布金に目がくらみ騙された地方自治・・・原発で補助金を得た自治体も恥を知れ! 
大企業の生産活動のために原発はある。市民の生活には無縁だ。その証拠に今でも電力は充分間に合っている。国は大企業のために安い電力を供給し、原発事故という高い犠牲を地方に強いる。原発再稼働だなんて 絶対ありえん! 権力の「無神経」さに辟易だ!


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登る途中で大きな桂の木が目についた

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桑沼近辺ではアスナロがたくさん生えてるが 大倉山稜線上では太いクロベの木が目立つ


泉ヶ岳の奥、桑沼をすぎ 縄文の森登山口から大倉山へ登る。トンペイ(東北大)のサークルがトレランで登る大倉尾根に 我々も軽く一汗かいて上がった。さっそく 「コシアブラ眼?」に成り切った人たちから 順に採取が始まる。北泉分岐まで 藪に入り採取を続け…手に下げたビニール袋の半分に少し足りないくらいに。さらに「水源」に降りるまで採集を続け ランチしてからも 食後の運動とかで採集を続ける?

昼休憩に天麩羅か?( ^ω^)・・・山菜山行だから、採りたてを天麩羅にするのか?と期待したが…全てお持ち帰りだそうだ。 山クラブKAMUROでは「山上の天麩羅大会」はしないらしい。採る方にしてみれば 家庭から寄せられる期待を担った身だからして(笑 なかなか現地消費とは…いかないらしい と想像するが、 大人の事情というヤツかな(´艸`) 晩酌にそれを待ってる旦那サマもいるしね。。。

むかし、只見・赤崩のゼンマイ小屋で浦和浪漫山岳会の山菜山行に興じた。中ノ又山まで登ったその夜は酒宴となったのだが、聞きしに勝る浪漫の連中は下戸では太刀打ちできない連中だった。山菜よりもじつに酒が多かったw YMCA山岳会でも山菜班と岩魚班に分かれて採集して天麩羅やおひたし、酢醤油で食べた。山葡萄の芽、ウドの花芽、イワナの天麩羅もいけた。ウルイ シドケ ミズ… あの頃をつい思い出してしまう。


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ブナの道が続く
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登山道のド真ん中、水溜りにサンショウウオの卵が・・・
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水源 字のごとし源頭部に近い


懐かしい「水源」でおにぎりを食べて過ごす。「水源」キャンプ場、、、大学一年生の時以来だっ。あの時は ホエブスで米を炊き 鍋を持ち上げて芋の子汁?トン汁だったか?を作った。バッカみたいな話だがw、今どき立派なオートキャンプ場が定番だが、昔はこんな山の尾根上で焚き火をしてキャンプしたものだった。

大倉山の山裾を流れ伝って丸松保沢(まるまっぽ)に流れこむ、ここ「水源」は長倉尾根「登山道開削」の基地だった所。 戦後 1950年の夏に半月ほどかけて開削された「長倉尾根」登山道。「水源」に笹の葉で簡素な屋根を葺いた小屋をたて 登山道開削に当たった。吉岡の住民が船形山経由で定義山詣でができる と同様に根白石の住民たちも定義山詣でが可能となった。もうかれこれ67年の歴史に在る。

登山道が「沢化」しちゃって ボサが溜まってウッチャリたい気分にもなるが 開拓者の労苦を思えば感謝の気持ちがこぼれだす。歴史を知ってるのと知らずにいるのと同じ登山道への想いは反し合うものだ。水源のブナは300年以上のものが林立してる。。。

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300年ものブナ林の中に佇んでいられる… 
それだけで 僕にとっては最高の気分だ なんといっても おちつく。

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長倉尾根分岐 

水源からの帰り道 ピタリ30分でこの分岐までの登りをクリアした。往きも還りも休憩にはちょうどいい所だ。 
下界は30度だったらしいが 1000m付近は吹き抜ける風が心地よかった。

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復路は急な崖を桑沼に下った 長倉尾根分岐から40分で桑沼の畔に出た。
この急傾斜な崩れた個所は コース自体を迂回させれば問題ないのに・・・ 何故しない?

ニリンソウが咲き ムラサキヤシオが咲き サンカヨウがほほ笑む道( ^ω^)・・・
終点は間もなくだ

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サンカヨウ
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ムラサキヤシオ
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桑沼の湖畔にたどり着いて ホッと一息
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何やら桑沼では見かけぬ大魚が2匹・・・? ゆうぜんと泳いでいた

鯉かとも思ったが そのわりに鼻先が長い 尾びれも長い 
南米の魚種かもしれない? いや? チョウザメの一種かもしれないな・・・、

何故 こんなところに放すのだろうか? イワナとイモリとモリアオガエルの沼なのに。
生態系が崩れてしまうぞ? 釣り上げてしまわないと・・・。



↓ わかるかな?
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by tabilogue2 | 2017-05-21 20:39 | 船形連峰 | Trackback | Comments(0)

水原のクマガイソウ群落

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最高速度80km/h ± 10km/h いまどき陳腐なミニ号で
郷里のクマガイソウ群落を観に行ってきた、、、土湯から15分ほど

小さい頃、自衛隊の水原演習場の射撃場に潜り込み銃弾を拾い集めてたっけ。
それを屑鉄屋に売り飛ばし 小遣い銭にしてた いい稼ぎになったんだわw
特に、銅でできてる銃弾はまさにピッカピカで 高値で売れたように記憶している。
田舎なもので 遊ぶといっても 山と川しかないので 銃弾拾いはお手のものだ。

にしても、その隣リ、水原川の右岸側にこんなにでかいクマガイソウの自然林ができるとは?
当時 小学生の頃だから、、、懐かしすぎて 感慨深いものがあるな。
すぐ近くの「笹森山電波中継所」には遠足に出かけたことがある。
その隣はエビスサーキット、峠コース、西コース、東コース、サファリパーク まさに地元。
エビスサーキットでの走行は 8年ほど前に西コースを走ったのが最後かな?

広角は18mm、望遠は100mm、標準は35mm。
植物 花撮りなので もっと望遠を持ち出せばよかった 失敗だった。
それと逆光の処理がうまくいかず 葉っぱが白飛びしちゃって ほとんどがボツ。
500mmのバズーカで撮ってる人もいたが 正解かもしれない。
こちらは大型三脚の持ち込みはOK。助かるねえ、手ブレ防止は三脚必須だから。


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by tabilogue2 | 2017-05-20 21:43 | 磐梯・安達太良 | Trackback | Comments(2)

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やましゃくやく
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はないかだ
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わからん? タチガシワ
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たけにぐさ
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えんれいそう 種子
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ちごゆり
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やまぶきそう


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by tabilogue2 | 2017-05-20 21:02 | 磐梯・安達太良 | Trackback | Comments(0)

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このあたり、高低差のある雪庇が続く。 この雪堤をどこまでも登り続けると後白髭山。
下空沢の稜線上に着ている。今日は1100mを越え、頂上まであと2キロ地点を最高点とした。



今日は「ブナを守る会」の観察会 2回目の参加。場所は船形山系の後白髭山。四輪駆動車がないので定義林道を乗合で行ける企画は 僕にとって凄く楽しみ。今日の参加メンバーは19人 前回の北泉ヶ岳とは違うメンバーが半数ほど? 前回と合わせて全部で30人ほどと知り合いになる。名前がまだ空覚えだけど(m´・ω・`)m ゴメン…あらためて、200人ほどのサポートメンバーだそうで 緩いけど凄い?集いですね。

今日の目的は「雪堤」見物。仙台から残雪が白髭のように見える後白髭の山容。その白髭のように見える雪提そのものを実地見物することが今日の目的。白髭の謂れは 山形の白髭神社が大本らしいと”深野”本にも出ていた。ヒゲの文字は「顎鬚」ではなく、「頬髯」でもなく、「口髭」の髭・・・( ^ω^) 25000図では「白髮」と記されている。どうみても「シラヒゲ」とは読めない。むかし国土地理院が間違えて「髪」と誤記してしまったという。白髭山も後白髭山も名誉を回復されないまま現在に至っている。

屋敷平からではなく その上の定義林道を一段駆け上がった地点からのアプローチ。夏道は林道の下半分を車で通過し二段上がった「4キロの看板」から登っていたが 今日はキッチリと下から登った。これで定義コースの未踏部分がなくなったw。 次回、登る時は屋敷平から車を使わずに「県内最高の標高差1044m」を徒歩で味わおう。




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この辺り1000m まだ新芽が吹いていない 雪堤上で立休憩するブナの会の会員さん達


この雪提に乗るまで 道々にはコシアブラがたくさん! タラッポがたくさん! あった。天婦羅で、日本酒で一杯・・・妄想が脳内を駆け巡りつい採りたくなる

福島第一原発の核物質拡散事故から6年が過ぎ 今は原発事故の恐ろしさが薄れてきている頃合いだが じつは「コシアブラ」はセシウムの取込みが 他の山菜よりも多く て思わぬ測定結果が出ているとのこと。・・・ ”net情報”から・・・セシウムとカリウムの性質が似ていてコシアブラがそれを必要栄養素(チッソ、リン、カリウムなど)としていっぱい取り込むから…だそうで、セシウムを吸収する「チャンネル」の量に差がある事による・・・。なるほど だから…コシアブラだけが他の山菜よりも多くセシウムが検出されるわけだ。コシアブラ同様、キノコの仲間もセシウムを効率よく吸収する「チャンネル」を多く持っているようで「セシウム多検出」となる。秋のキノコも 採取はヤバイということになりそうだなぁ・・・。

隣県、山形でさえセシウム134とセシウム137とが大量に検出された。最上地区の件り・・・。どなただったか?新庄神室登山で地竹汁を食べていたみたいだけど…?(排泄も最上地区で済ませてきてくれ 笑)最上地区、山菜出荷前検査での検出結果だという 恐ろしい。奥羽山脈系なら宮城県も「同等」だ。「気楽に採取した山菜天婦羅…」、体外排出後も核物質が浮遊するので食べない方がベター。ご近所にお裾分け??? とんでもない!!! 配ってはダメ!!! 拡散は禁物。子供に食べさせては 絶対ダメ! 「甲状腺被曝」問題がある…絶対ダメ! お孫さんをお持ちの家はダメ! 目に見えないものだから、、、つい…。 一旦多く取り込めば… 近い将来、遺伝子的に影響が出るものと思って「家庭内持込み」は回避しよう。ベトナム戦争の枯葉剤散布でさえ多くの奇形が現出しているじゃないか(ベトちゃん ドクちゃんの例があるじゃないか)、大人たちが神経を尖らせないで 誰が子らを守るというのか?…ということ。

福島浪江町での山火事が起きた。融点が摂氏28度といわれるセシウム、山火事などが起きたら大気に気体ガスとして溶け込み風に流される。近隣住民の内部被曝に関しては留まることを知らない。大人が知恵を働かせることを怠れば 孫や子らの被爆は山菜どころの話ではない。

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ちなみに原発事故後、福島の甲状腺ガン罹患者数は(プライバシー問題云々で)明確に発表されてはいない。じつは確実に罹患者数は増えているんじゃないの?という疑問がでている。政府も「5年後の数字」を発表したらどうなんだろう? 
実際、福島での一斉検診データによれば、2015年時点で子ども達に1巡目で113人、2巡目ですでに25人、計138人の「甲状腺がん」罹患、または疑い。 2001年から2010年のデータの男子は90倍、女子は52倍とされた時点からさらに増加しており、事態は深刻のはず。いまだ中間の2011年から2016年までの「5年間の経過データ」は環境省による発表がない。チェルノブイリでも大きな社会問題になっているのだから この日本でも現出しないわけがない。
環境省は数的情報を積み上げているというが、もし正確な罹患者数を発表したらブーメラン効果で「自主避難者の正当性」を認めることになる。未発表の理由は不明、というか「怪」。


来週、三峰山の「山菜山行」の予定だが、コシアブラとキノコは「食べないのがベスト」「採らずに過ごすのがベター」な選択。Sさんから5月12日現在の青葉区定義で採集コシアブラを 測定依頼した際のデータが別紙にて示された。それによると セシウム134が34.3ベクレル/kg、 セシウム137が175ベクレル/kg、 合計で209.3ベクレル/kgというデータが示された。宮城野区役所6階にある測定所に持ち込んでの結果。一般食品の基準値は、100ベクレル/kg以下ということだから 約2倍の値になる。”今日の強烈な「セシウム情報」をお知らせしました”…ですと。壊れた原発から南風に乗って飛んでくるセシウム、完全廃炉になるまで、夏季はわいた羽虫のように飛んでくる 収まるはずがない。まいっちまう 原発。。。



<米国>核実験による死者、従来の9倍 米大分析
米軍が戦後、米本土で実施した核実験の放射性降下物により、従来の分析より34万~46万人も多い人が健康被害で死亡していたと、このほどアリゾナ大学のキース・メイヤー氏(環境経済学)が分析結果を発表した。汚染された牧草を食べた牛の乳などの乳製品を摂取した人や、地域を中西部から北東部にも調査範囲を広げたことで、従来の推定結果より被害者数が7~9倍多くなった。 これまでの調査では実験に参加した兵士や周辺住民など約5万人が健康被害を受けたとして、米政府から20億ドルの賠償金を受け取っている。メイヤー氏は、1986年に旧ソ連のチェルノブイリで起きた原発事故の約150倍に当たる放射性降下物が風により運ばれ全米に降り注いだと指摘、乳製品などの摂取により米全土に健康被害が広がったとしている。 米国は45年7月に西部ニューメキシコ州で初の核実験を大気圏内で実施した。その後はビキニ環礁など南太平洋のマーシャル諸島で核実験を続けた。しかし、ソ連が49年に初めて核実験をしたことにショックを受け、実験回数を加速するため63年まで西部ネバダ州などで大気圏内核実験を実施した。63年に部分的核実験禁止条約が発効するまで大気圏内核実験は約100回実施された。
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ランチ後 帰り足ですが雪提は続きます


今日も アカデミックな観察会だった。 山ヤは山ばかり見て 沢ヤは沢ばかり見て 釣師は魚影ばかりを追って 山と関わっているが、いづれも山の捉え方に偏りが見られる。「楽しさを求めることばかりが山じゃない」ってこと。山に行く途々で登山行為とは別の観点・基準で山を振り返り観ることの重要さをこの観察会で教わった。今まで半世紀、山に通ってきたのに…いったい何を学んできたのだろ? 見返りでのショック!? 痛いほど我が身の「着眼点のズレ」をさらけ出し、その代わりとして新しい知識と考え方を心地良く教わった。

ある種、50年も登山行為で親しんできた「自然」をより総体的な「暮らしの中の一概念」として探ろうと筋書き。つまり山は 日常生活とかけ離れたところにあるものではなく、また精神の浄化作用をもたらすための特別な地域・環境でもなく、日常にある普通の生活と常に接続するものとして位置づけられている…ということだろうか。

それで何が見えてくるのか? 過去に為された事柄が現在そして未来にわたり暮らしにどう関わっているのか? さらにこれからどんな影響が出るのか? そう考えると… 単に フィジカルに沢を、単に 雪山を「消費登山」していただけじゃないか・・・単に ブナのもつ柔らかさに憧れ 単に その情念に身を任せ 単に ブナの森の懐に寄り縋っていただけじゃないのか? 山歴だけは50年の身ゆえに、自省の嵐が吹き荒れる。

300年、400年と生きるブナたちを… 山に常備された置き薬のように「在って当たり前」なものとして、今現在の断末魔に単に過ぎ去る「背景」として、、、君は見てるだけ?って…問いかけられた。実はそこに「政治」が大きく関わっていた…ということを見逃していた。それらのもっと根本的な問題が「ブナの森から社会に向けて発信されている」ということが見えてくる。そういう立場で ブナの会の「観察」「学び」の見学会にこれからも参加していこうと思う。 

しょせん、一階の住人にはニ階の住人の暮らしぶりなど見えないものだ、、、上には上がいる その一言だった。「船形山のブナを守ろう」「仙台の水源を守ろう」と行動を起こした先達がいたから こうしてブナの森を我々は歩くことができる。またしても開眼させられた。ほんとに感謝し、皆さんの博学 深みのある知識 行動力に感服している。。。 

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今日のチーフリーダー Sさん 「仙台のブナ林と水・自然を守る会」幹事。90年代当時、彼らの「皆伐反対運動」のお陰で、我々はブナの森を楽しんでいられる、「感謝」の一言である。2週間前に下見に来た時と違って雪の後退が早くて驚かれていたようでした。 それにしても担当者は 下準備 ご手配 ご苦労様なことです。

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最近、テレビのニュースに「熊と一緒に出演」されている後姿の彼・・・(笑)ブナの葉に関しても ヒトクサリ持っておられるようで、黙ってここは伺った。「ブナ林に霧がよく発生する」、その訳は?という小噺。 構造的、科学的な論拠だ。それはブナの葉に関する考察、知識がある故の説明でとても解りやすかった。

ブナの葉の表面は水を溜め込もうとする構造になってるそうだ。まずは全体が「繊毛」に覆われ 葉の上の水滴を溢さず、繊毛の内側に溜め込む能力があるとのこと。コレは解りやすい。それともう一つ、ブナの葉に秘密があるそうで、、、くるりんと「U字」になっている葉の形状 更によく見ると ブナの葉の縁(フチ)は波を打つように出たり引っ込んだりを繰り返して先端に向かっている。で、波の引っ込んでる部分の縁にちょうど葉脈が当たるようになっている。容易に水滴を葉脈から葉のフチに流し落とさないため だそうだ… で 樹幹流につながるワケ。

U字と繊毛と葉脈、これらが葉に水滴を貯めており、それが水蒸気となりブナ林内を霧に包んでいる という説明。保水性の高いブナ。伐採したら山全体の保水力を失ってしまう という論拠の一つはココにある。100年かけて幹周り50cm ゆっくりと育つブナ。平均寿命は300年。その一本の木で約8トンの水を蓄える。根は複雑に絡み 天然のダムと言われる由縁。土壌の崩れも防止する。だから「皆伐」はいけない。だから「ダム建設」も要らない。。。林野庁お抱え学者によって、ブナは利用価値がないだの、曲がり易くて木材としては扱いにくいだの、さんざん言われ続け、何にも役に立たない無価値な木という意味で「橅」の文字があてがわれた。「皆伐の根拠」にされてきたが・・・、環境との関連で説けばこれほど市民に密着した、理解しやすい樹木はないのである。林野庁は「無価値の森」とブナ林を言い続けてきたが、そのカラクリは以上の如くである。

熊で一躍「時の人」になった彼だが、熊以外の知識も相当に備蓄されてるようだ(´艸`) 


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「ダウンバースト」・・・いつぞや、日本中がこの話題に席巻された感があったダウンバースト。この船形山系でもこの辺り、標高700mあたりにその痕跡を見た。山形空港に吹き下ろされた気流は 山形盆地の斜面を駆けあがって奥羽山脈を越えようとした。「ダウンバースト」下降気流・・・下降してきた冷たい空気は地表にぶつかり秒速30mから50mという横風になる。その横風が通過したという痕跡。このあたりの「大量の太いブナが折れ、倒れて林が明るくなっている」という説明があった。気象条件の凄まじさを目の当たりにした。これも今日の話題の一つ、教えて頂いた。ほんと毎回 山知識が深まる。参加に有意義を感じる。

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「樹幹流」 よく雨の日に ブナの幹を雨水が伝い流れ落ちるシーンを目にする。。それが樹幹流(じゅかんりゅう)だそうだ。この言葉自体を初めて知り この「ウダイカンバ」の木にも樹幹流の流れが幹を伝って滴れ落ち 白い泡となっている、、、これらの現象を教えていただいた。そういえば 沢荒れの日などは・・・沢水が汲めなくなるのでブナの幹に笹っ葉を当てて ペットボトルに雨を溜め込んだもんだった。樹幹流、おかげさま!

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木炭用に伐採したブナ林も「下種更新」(落下した種から生え育って新しく林を成立させた)により二次林となったわけだな。昭和63年に立てられたこの看板には林齢50年とある 既にこの二次林は80年が経過してるということか。この立て看板一枚にも 休憩時間10分ほどをまるまる割いて 立看板に書いてある言葉の意味を一つ一つ解いて、文章の中身をくわしく説明されておられる CLのSさん ありがとうございました。


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なかなかどうして こんなアカデミックな山登りは他に例を見ない。いや、他にない。もともと「観察会」は「登山」という範疇にはないカテゴリーだけど それら両面が味わえて愉しい。 「学びの心」を呼び起こす。それもこれも 先達の皆さんがブナとの関わりを深く持ったが故なのだろうけど 今日で、僕は二回目の「ブナの森」の見学会参加・・・、カルチャーショック 依然として出遅れ気味だ。

ブナの森を遠くじっと見据えれば、「自然」を通して「国家」「政治」が霧の中に浮かび上がってくる。懐かしい、故庄司幸助衆院議員の話も出て…、今日も本当に自分の無知無頓着さを認識した次第。CLのSさん ピタッと後ろにくっついて迷惑だったでしょうかw たくさんお話を戴きありがとうございました。次回 栗駒山の「千年クロベ」 再びお会いできることを楽しみにしております。






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by tabilogue2 | 2017-05-14 21:32 | 船形連峰 | Trackback | Comments(2)

笹谷峠と信心

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こちらの 鶏亀(ケイキ)延命地蔵尊は 
穏やかな表情をされて 美人さんでおられます

説明書きを読めば 
持ち物からして戦国時代以降の作であろうとされる
それから ずうっと建っていなさる

朴として峠路に立つ 綺麗な顔立ちの地蔵尊に 
誰もが ハッとさせられたことだろう

峠を越える・・・ということに
昔は どんな 意味をもたせて いたんだろうか?

冬路の峠に ひっそり立つ地蔵尊
この穏やかな顔を拝することで 冬路の旅人は・・・きっと

「生」を心に感じたことだろう
ありがたや 延命地蔵尊


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地藏さんの目の前の辻が 笹谷峠
お助け小屋を兼ねたお寺(東国山仙住寺)も備えられた
寛永十九年 1642年のこと


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仙人沢の山ノ神碑




アビラウンケンソワカ
真言密教の呪文である
ソワカというのは呪文の最後につける言葉で
仏への呼びかけのようなもの

もとは「山ノ神」信心なのだろう
村人の暮らし向きも 旅人の安全も・・・

山と密接につながることで 護られる
暮らしも旅も交易も大事にされた
人の心が穏やかなころの 心の拠りどころ


それが今や 登山ブームで通過するだけ
スポーツ登山で 信心は
向こうの山に吹き飛ばされた(´艸`)

もはや
立ち止まって 手を合わせることは
ごく一部の登山者だけ



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スミレサイシン


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by tabilogue2 | 2016-05-14 05:00 | 蔵王連峰 | Trackback | Comments(0)